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生きて虜囚の辱しめを受けず


『生きて虜囚の辱しめを受けず』

この言葉は、近衛文麿内閣で当時陸軍大臣だった東条英機が、戦陣訓として通達した言葉だったそうだ。

捕虜になったり囚られたりするのは日本国民として恥だ。敵の捕虜になるくらいなら死ね。

そういう意味の訓示を真に受けてしまった多くの若者たちが、実際は失う必要のない命を戦地で散らした。

太平洋戦争での戦没者は約310万人、そのうち軍人・軍属が240万人と言われているが、もしもこの言葉がなければ、数十万人以上は命を落とすことはなかったのではないだろうか。
ガダルカナルで、ブーゲンビルで、ラバウルで、サイパンで、インパールで。
作戦はすでに崩壊しているにも関わらず突撃していった兵士たちや、捕虜になることを恐れてジャングルに隠れた挙げ句マラリアに罹って病死したり食糧が尽きて餓死した兵士たち。生きて国に帰れないと自決した兵士たち。
もし捕虜になることが恥辱だという刷り込みさえなければ、投降さえすれば多くの命は助かっていたはずなのだ。

清水義範さんは著書『暴言で読む日本史』の中で、この言葉を、他に類を見ないほどの暴言であり愚言である、と断罪していた。

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暴論で読む日本史 / 清水義範

“捕虜になることは、国際的には決して罪でも恥でもない。
戦時国際法でも捕虜には人道的扱いをしなければいけないことが定められている。”
“そもそも、劣勢になるたびに全員自殺してしまうのでは、兵力が低下するだけではないか。東条英機は戦争の勝ち方というものがまるでわかっていなくて、どんなに苦戦でも突撃していくなんてという軍人の美に酔っていただけなのである。”とコテンパンにやっつけている。
そのくせ本人は、戦後GHQに逮捕される直前に自殺を図って死にきれず、最終的に戦犯として死刑になったのもとてもみっともない、と。

まぁ、東条英機が実際どんな人だったのかは知らないし、正直どうでもいい。
『生きて虜囚の辱しめを受けず』という言葉も、東条英機固有の思想というよりは、当時の日本の空気が生んだ思想であっただろうし。
怖いのは、その空気だ。

一見正当性があるかのような暴論が、さも誰しもがそう言っているかのように喧伝される。
じわりじわりとそういう雰囲気が醸成され、いつの間にか誰も反対できなくなってしまう、空気。


NOと言えなきゃね。
NOという人を叩き潰すのが正義だと勘違いしないようにね。
例え主張や信条が違っていたとしても、NOと声を上げた人は護られるべきなんですよね。

みんなそう思ってるよ、なんて言葉にそそのかされちゃいけない。
そういう世論を裏で操ろうとしている輩がいる。そうなったほうがなにかと都合がいい輩がいる。
声の大きな奴や、力の強い奴の言いなりになって、命を落としたり、愛する人を失ったりしたくない。


終戦記念日の季節になると、いつもそういう思いが強くなる。







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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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