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すいかの匂い

小学生の頃、夏休みには毎年、家族でキャンプに出掛けることになっていた。
琵琶湖湖畔のキャンプ場。
湖の畔からそう遠くない山の斜面にテントを張れる場所が整備してあって、いくつもの青や黄色やカーキ色のテントが林の中に立っていた。奥の方にはいくつか、丸太でできたロッジもあった。
父親の勤め先の保養所みたいなところだったのだろうか、市営か県営のものの一部を勤め先が借りきっていたのだったか。父親の勤め先の同僚やそのご家族もたくさん来ていたから、そもそも父親の勤め先の労働組合かなにかのイベントだったのか。
水泳も海水浴もあまり得意ではなかったけれど、夏休みのキャンプ場は我が家の定番イベントだった。

覚えているのは、なんとも妙な記憶ばかり。
磯臭い浜辺の匂い。
砂浜の端の方にぐるぐるとまとめられた漁業用の大きな網に絡まった発泡スチロールの固まり。
砂浜のあちこちに転がっていた、前の日のものであろう花火の燃えかす。

夕方になると、浜辺でバーベキュー大会みたいなものが催されていて、大人たちが缶ビールを手にしながらわいわいやっていた。赤と金で麒麟の絵があしらわれたキリンビール、当時はクラシックラガーなんて名称はなかった。
家でめったに酒を飲む姿を見なかった父親も赤い顔をしていた。
カラオケ大会みたいなのがあって、マイクを握って歌う父親が、まるで別人に見えたこともよく覚えている。“あなたとわたしの合言葉~有楽町で会いましょう~”というフレーズと、普段家で見る父親はあまりにもかけ離れていた。
子供向けには映画大会があるよ、なんて言われて、浜辺にスクリーンが立てられるのをわくわくしながら待っていたら、始まったのはテレビでやっていた「まんが日本むかし話」でがっかりだった。
すいか割りもあった。
タオルで目隠しをされて、さぁ行くぞと思ったら大人に抱えられてぐるぐる回されて。どっち方向だなんてわかりようがない。仕方がないからあてずっぽうに歩いて適当なところで砂浜に棒をうち下ろす。はずれ。嗤い声。
すいか割りなんて、どこがおもしろいんだろう、って、ジャリジャリと砂が混じった、ぬるいすいかを食べながら思った。
キャンプから帰ると、ひりひりと焼けた肌。眠ろうにも背中が痛い。剥がれかけた鼻の頭の皮、無理に剥がそうとするとピリッとした痛み。いたた、というと、3つ上の兄貴がどれどれとやってきて、様子を見るふりをしてその皮をひっぺがす。イタッ!
・・・ばかやろう。

不思議と覚えているのはそんなことばっかりだな。
楽しいと思ったこともあったには違いないし、不快だとは感じてもそういうもんなんだろうとも思っていた。


そんなことをなんとなく思い出したのは、この本を読んだから。

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すいかの匂い / 江國香織

江國さんらしい、少女ならではの世界への違和感を、とても透明感のある文章で紡いだ短編集。
少しホラーっぽかったり、世にも不思議な物語的な奇妙さだったり、どこか胸がザワザワするような独特な世界観を持った11の夏の物語たち。

どの作品も、どこか少し歪んでいる。
けれどその歪みを、静謐で端正な言葉と、どこか甘やかな香りのする文章が紗をかけて、ぼんやりと包み込んでいる。
少し未熟なすいかの匂いのように、水っぽくも淡い甘みと、ほのかな青臭さと瓜独特の鈍い苦味を感じる。
夏に羽化する昆虫の羽根のように、少し湿って怪し気で、透明でやわらかくて、でも世界の真理を見せられてすんなりと受け入れて引き込まれてしまうような空気を醸し出している。

何かに似てるな、まったく同じではないけれど子供の頃に同じような思いをしたんじゃないのかな、そんな気分になってくる。
それは、例えば、兄貴がひっぺがした鼻の頭のような、ひりひりとした痛み、血のにじみ、そのあとに現れた薄いピンクの新しい皮膚。
あるいは剥がしたあとの焼けたうすい皮の、はかなさ。
小汚なくて嫌な臭いがするけれど、それが確かに自分の一部分で、否定したいけれど一方で捨てられない愛着のようなものすら感じてしまうような、そんな感じだろうか。







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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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