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梅雨入り

近畿地方、本日ようやく梅雨入りしたそうです。

と書いて、ふと気になった。
「梅雨入りする」っていうのは、なんとなく妙な言い回しだな。
どうして「梅雨に入る」と言わず「梅雨入りする」と、わざわざ名詞化してから動詞にするのか。
「種蒔き」とか「草刈り」もそうだね。
「種を蒔く」と言わずに「種蒔きする」、「草を刈る」ではなく「草刈りする」。
僕の勤め先では顧客に利用を促す電話をかけることを「電話掛けする」と言います。昔から変なの、とは思っていたけれど、ひとりだけに電話連絡をするときには「電話掛け」とは呼ばず、複数の職員が大量の相手に掛けるときに「電話掛けする」と呼ぶので、そういう意味では「電話を掛ける」ことと「電話掛けする」ことは違う行為であると考えられる。
とすれば、「種を蒔く」ことと「種蒔きする」こと、「草を刈る」ことと「草刈りする」こともおそらく違う行為なんだろうな。

言葉はおもしろい。
疑問を持ち出すとキリがない。

ん?疑問はモノではないのになぜ「持つ」なんだ?、とか。

そもそも「梅雨」は元々は「黴雨」と書いてバイウと読んだそう。湿気が多くて黴が殖える時期の雨。
わかりやすい。しっくりくる。
どこかで風流な人が、イメージ悪い「黴雨=バイウ」を「梅雨=バイウ」と洒落たんだろうね。それがいつの間にか定着して、元ネタがわからなくなってしまった。
そういう例っていっぱいありそうだ。
梅、と言えば大阪の「梅田」。
元々湿地帯でそれを埋め立てて田んぼにしたから「埋田」だったのを「梅田」と置き換えたんだとか。

言葉は変化していく。
元の言葉が違うものを指す言葉として定着することもある。

「ちりめん」と言えば誰もが小魚の干物である「ちりめんじゃこ」を連想すると思うけど、元々「ちりめん=縮緬」は、平織りにした織物のこと。小魚を集めた見た目がその織り模様に似ていたから「ちりめんみたいな雑魚」だったのに、いつの間にか織物の縮緬は目にする機会が失われて「ちりめん」と言えば=じゃこを示す言葉なってしまった。
「キウイ」もそうだね。
元々先にあったのはニュージーランドの鳥のほうで、それに因んで「キウイフルーツ」だったのに、今や果物のキウイを正しくキウイフルーツなんて呼ぶ人はいなくて、逆に元ネタの鳥のほうが「キウイバード」と呼ばなければ通じなくなってしまった。

「これ、元ネタわからずに伝わるのか?」と最近思ったのは、デーモン閣下が『全員まとめてお得にしてやろうかっ!』って言うUQのCM。
あれ、『蝋人形の館』の中の決め台詞をもじっていることにピンと来るのは何歳以上何歳以下だろう(笑)。UQ、そこがターゲットなのか?
そもそもデーモン閣下が聖飢魔IIというヘヴィメタバンドのヴォーカリストだったっていうことすら今やどれほどの認知度なのか。

あー、こんなこと考えてたらまた眠れなくなっちゃう・・・
っていう台詞は青空三球照代だ、、、とどのくらい人がピンと来るのか。←古すぎる(笑)。


まぁ、テキトーなこと書いてますが。
適当っていうのは、今は「アバウト」「いい加減」的な意味で使われますが、元々は「ちょうどいい」「適切」という意味合いの言葉だったそうだ。

・・・

めんどくさい奴、って思ったでしょ(笑)。

・・・

今、大阪は金曜日のG20の対応でいろいろとめんどくさいことになってます。
明日から、自分の仕事は置いといて「電話掛け」の応援に行くことになっています。
まったくいい迷惑だ。
G20のGはなんだ?っていうと、GroupのGだそうですね。
しょーもな。
いちいち略せんでもええやん(笑)。



さて、音楽。
G20ではなく、G2のソロ・シングルのB面曲を。
けっこう好きだったんだ。



G2さん(後にGee2wo表記)、もちろんRCサクセションのキーボーディスト。本名・柴田義也さん。
G2はゴンタ2号の略。当初、キーボード・ロボットっていう設定だったようで。
で、ゴンタの由来はなんだったんだろ。

あぁ、疑問が浮かんでくるとキリがない。

ん?疑問はどこに「浮かぶ」んだ?脳ミソの中は気体や液体のイメージなのか、、、とか。。。

また、眠れなくなっちゃう。。。





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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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