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RCサクセションが、きこえる。

3月。春らしい明るい日差し。
あったかくってコートを思わず脱いだ。
今年は春が早くていいね。
毎年、3月になると気持ちがほっとする。
あー、寒い冬もやっと終わって春が訪れるなぁという安堵感と、また次の年齢にたどり着くことができたと、ひとつの区切りを迎えることへの安心感。新しい年齢のゲートをくぐることができる晴れがましい気分。
なにしろもうすぐ誕生日なので。

またひとつ歳をとるわけですが、「歳をとる」という言い方より「歳を重ねる」という言い方の方がいいな。
「歳をとる」という言葉には、どこかの時期にピークがあって、そこから少しずつ重い負荷をのせられていくような感じがする。
「歳を重ねる」は、それぞれの年頃の自分が地層のように堆積していくようなイメージ。幼い頃からこの歳までのグラデーションが見える感じ。
重なった歳は、重なっているだけなので、ふとしたことですぐに表れてくる。
例えば、ツイキャス・ラジオからRCサクセションが聞こえてきたときなんかには、あっという間に14歳の自分がひょいっと顔を出す。


話をしよう ーjukeのツイキャスー


“トランジスタ・ラジオ”が流れている間、僕は14歳の少年だった。
晴れた空、屋上、授業をサボってタバコを吸っている自分を思い描いていた。
“すべてはAlright”が流れている間、僕は18歳だった。
アルバイトにまみれて、先が見えない虚ろな気持ちを抱えながら、なんとか「だいじょうぶだ」って自分に言い聞かせていた。
京都会館であったRCのライヴに、好きだった女の子を誘った。デートでワクワクしてたのに、ステージが始まったらそんなことほったらかしで「チャボーッ!」「キヨシローッ」って叫んでた。
女の子にフラれたあとは、“エンジェル”を聴いて泣いた。
初めて就職した会社で生意気言っておっさんたちにこてんぱんにやられて、配送トラックの助手席にラジカセ持ち込んで、♪2トン車、2トン車、ぶっとばせハイウェーイ!って歌ってた。
清志郎が亡くなってしまった日のただただ呆然とした気持ち。
清志郎から広がっていったブログの交遊関係。

そういう、そのときそれぞれの自分が、RCを聴くとすぐに戻ってくる。
古い思い出や懐かしさではなく、そのまんまリアルに戻ってくる。
いつでも、14歳にも18歳にも25歳にも38歳にも43歳にもなれる52歳なのだ。
そういうのって、なんか年を重ねた感じがして、すごくいいだろ。
年を重ねた分だけ、いろんな自分になれるのだ。
そういうのって、なんかいい。すごくいい。



今日も、RCサクセションが、きこえる。









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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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