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意訳 新・時代の流れ

喜納昌吉&チャンプルーズ
“新・時代の流れ” 意訳




昭和8年の生まれだったおじいから、いろんな昔話を聞かされて僕は育った。
おじいの昔話は、子供ながらにとてもおもしろかった。
この島に昔から住み着いているキジムナーや聖霊たちの話が一番好きだった。
嫌いだったのは戦争の話。
おじいの話は、いつも決まって最後は戦争の話になるのだった。
集団疎開で鹿児島へ向かった対馬丸が沈められたくさんの幼なじみが命を失った話。
ひめゆり部隊に加わって倒れた日本兵を介助しているときに機銃掃射で命を落とした姉の話。
洞窟に逃げ込んだ町の人たちが、母親に赤ん坊を絞め殺させたというむごい話。赤ん坊が泣くと米兵に居場所がばれてしまうから、ということだったそうだ。
そして、敵軍に辱しめを受けん、と集団自決が行われた話。

おじいは酔っぱらうと、やおら三線を取り出して唄を歌った。
中でもよく歌っていたのが、この歌だった。
歌ったあとには、よく歌の意味を聞かせてくれた。

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唐ぬ世から大和ぬ世 
大和ぬ世からアメリカ世
ひるまき変わたるこぬウチナー
アメリカぬ世やならんでぃち 
またん大和ぬ世けーなてぃ
ぬーがましやらむる分からん

銭や円からドルになてぃ 
またん円にないびたしが
変わるかーじに損どぅする

車昔せー右通い 
今や左どぅ通やびん
何時や何時までぃどぅぬまーぬ

山や昔せーウチナーむん 
くぬぶーんいちどぅんどぅらりたしが
今や基地なてぃアメリカむん

海ん昔せーウチナーむん 
我ったやいちん入らりたしが
今やリゾート勝手なてぃ

変わてぃ変わたる事やしが 
ぬーん変わらん基地ぬ島
いつか変わらん基地ぬ島
元祖に手合わちウートートゥー

//////////////////////////////////////


「元々、琉球王国は、中国の王朝と良好な関係を築き、室町時代の頃には明の庇護の元で東南アジア諸国を相手に貿易で栄えていたのだよ。
それを盗みとったのは徳川幕府だった。
幕府は1609年に薩摩が琉球に兵を送ることを許可し、その貿易の実りを我が物にしようとした。
時代は下り、明、清と薩摩の二重支配の時代を経て、明治維新のあと、琉球は国際的に日本に帰属することになる。鎖国していた日本も清も西洋の圧力から国を開いた結果、中継貿易という沖縄の生命線がなくなってしまった以上、どうすることもできなかったんだそうだ。或いは日本の庇護を受けなければアメリカが武力侵攻していたとも言われる。実際強い国が力で支配する、そういう時代だったのだよ。」

「沖縄の人々は鎮西八郎源為朝の子孫だ、とわしらは教えられてきた。
元々内地の日本人とは同じ文化だったのだし、日本になったことはいいことだとわしは子供の頃そう信じていたんだが、わしがおじいから聞いた話ではそうでもなかったらしい。
維新政府は、皇民化だ、お前らも万世一系の天皇の臣民にしてくれてやる、と内地の暮らしかたをウチナンチュに押し付けてきた。学校ではウチナー言葉で話すことを禁じられ、ウチナー言葉を話した子供は首から「土人」と看板を掛けさせられたまま授業を受けさせられたんだそうだ。
それでも、日本になったことで島はいくらか豊かになった。わしは日本の皇民として誇りを持って少年時代を過ごしたもんさ。
けれど。
その結果、わしらが経験したようなむごい戦争があった。わしらの先祖が守ってきた土地は取り上げられ、アメリカーの基地になってしまった。
そんなことももはや歴史の1ページとなってしまったけどなぁ。」

「銭、円、ドル、円と通貨が変わるたびに損をさせられる。
車は右側通行だったのが左側通行になったけど、未だに慣れはしない。
山も海も、昔はぜんぶウチナンチュのものだったのに基地だらけになってしまって、残された少しの海岸も今じゃリゾートって言うのかねぇ、貧乏人には立ち入れないところになってしまったし。
もちろん、時代は移ろっていくものだし、変わっていくものだ。
けど、基地はずっと変わらずこの島にあるままだ。
わしらにできるのは、神様を拝むことくらいい、悲しいことだよ、まったく。」




おじいは無念を抱いたまま逝ってしまった。
そして今もおじいの願いは果たされないままだ。
おじいの無念を果たしたくて、僕は県民投票に行ったよ。
総理大臣は「結果を真摯に受け止め、これからも基地負担軽減に全力で取り組む。」と言うけれど、やってることがまるでその言葉と一致しないんじゃ信用なんてとてもできない。
普天間の返還は当然のことだ。
その代替え地は本当に必要なのか、本当に必要だとしても沖縄でなければならないのか、という思いへの納得できる説明はなされないまま。
この民意を踏みにじられたまま新しい基地ができてしまったら、僕らの意思表示は一体どこへ行くんだろうか。
一体どこへ。


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赤犬子 / 喜納昌吉 & チャンプルーズ

「時代の流れ」は、戦後沖縄民謡の大家、嘉手苅林昌さんの代表作で、「新・時代の流れ」は、それが世相に応じて替え歌になっていったもののひとつらしい。
喜納昌吉さんが初めて沖縄民謡だけで作った98年のアルバムの収録曲。

沖縄に生まれた若者だったとしたら、の想定で、おじいさんから聞いた話として物語にしてみました。
沖縄に暮らしているわけではない自分に、沖縄の人たちの本当の思いを語ることはできません。部外者がわかったようなふりしてるんじゃないか、っていう謗りは甘んじて受けます。
ただ。
国は民意を優先しない。
その事実は、決して他人事ではないはずなのです。





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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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