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意訳 Thousand are Sailing


The Pogues “Thousand are sailing” 意訳



今はもう、その島は静けさに満ちている。
けれど今もまだ、亡霊たちが手を振っているのが僕には見える。
腹を空かせてこの島にたどり着き、血と汗と涙を流しながら、とうとう報われることがなかった彼らの魂が。

事の起こりは、1845年のことだ。
どこからか紛れこんだじゃがいもの疫病は、またたくうちにアイルランド中に広がり、たくさんのじゃがいもが被害を受けた。
翌年のじゃがいもの作付け面積は1/3にまで減少した。
人々が種いもまで食べ尽くしてしまったからだ。
飢饉は、1849年まで実に4年も続いた。
幼いものと老いたものから順に倒れていった。

「この島はもともとエメラルドの島と呼ばれていた。
東海岸側は実り豊かな田園地帯で、わたしたちは慎ましく暮らしていた。そこにイングランド人たちがやってきたんだ。」

亡霊は、静かな声で語りはじめる。

「日に日に厳しくなるイングランド人たちの支配に、わたしたちは一揆を起こした。が、それは奴らに制圧され、豊かな大地は奪われた。
アイルランド人の農地は没収され、わたしたちは小作農になった。育てた小麦は全部イングランドへ運ばれた。
わたしたちは自分たちが食べるために、アメリカから運ばれたじゃがいもを植えたんだ。
じゃがいもは、小麦が育たないような石ころだらけの荒れ地でも、ほとんど手を掛けることなく育った。
じゃがいもは『貧者のパン』と呼ばれるようになり、アイルランド人はじゃがいもを主食にするようになったのだ。」

そのアイルランドを、じゃがいもの疫病が襲ったのだ。
主食をじゃがいもに依存していた貧農たちはなすすべがなく領主や地主たちに救済を乞うたが、彼らは小麦をアイルランド人へ分け与えることなく、イングランドへを輸出しつづけたのだという。

「栄養失調から病になり、次々と人々が死んでいく。村がまるごとなくなってしまった地域もあった。生まれ育った先祖代々の土地を棄てて、国を出るしかなかったんだ。働き手が流出した故国で、残されたものたちは、家畜を食べ、雑草を食べ、人肉までもを食べたという。」

1776年に独立したアメリカは、西へ西へとフロンティアを開拓している真っ最中だった。
彼らが西へ進出するためには、奴隷と移民による労働力が必要だった。

「アメリカへ行けば、働き口はいくらでもある。たらふく食べられてがっぽり稼げる。あっという間に一攫千金だぜ、ってそんな口車に乗せられて、俺たちはアメリカ行きの船に乗った。
棺桶船と呼ばれたその船は、その名に違わずひどいものだったな。
150人程度の定員に300人近くが押し込まれ、6週間近くも大西洋を渡る。
もちろん、たどり着けずに大西洋に消えた船もいくつもあった。」

移民船がたどり着くのは、マンハッタン島の南に浮かぶエリス島。この島に移民監理局があった。

「アメリカには確かに仕事はあった。けど、うまみのある仕事は全部、イングランドやドイツやフランスからのプロテスタントの移民が取り仕切っていた。奴らは俺たちカソリック教徒を露骨に差別したんだ。
俺たちにあてがわれたのは、キツイ仕事ばかりだった。建築現場や線路工夫、炭鉱工夫、それから警備員。警備員っていったってろくに装備もない案山子みたいなもんだ。
線路工夫だった俺は、来る日も来る日もだだっぴろい平原のど真ん中でつるはしを振り回したよ。飯は朝昼あわせてライ麦の硬いパンをひとかけらとじゃがいものスープだけ。ちょっとでもサボれば監視員のムチが飛んでくる。
涙なんてすぐに枯れてしまった。本当に毎日がギリギリの暮らしでは、泣くことすらできなくなってしまうものなんだな。
故郷の古い歌に嘲られたり励まされたりしながら、月日を指折り数えるしかなかったんだ。」

そして、亡霊は歌い始める。
ビールジョッキを片手に高く掲げて歌うドイツ人のように、左腕を高く挙げ右腕を大きく振って。

♪幾千人もの人々が、西の海を渡った
チャンスがつかめるっていうこの土地へ
そのうちのほとんどの奴らは
ごく普通の将来さえつかめなかったんだ
自由への思いを腹いっぱいにして
西の海を渡ったんだ
貧困の鎖をきっと絶ちきれるだろう
そしてみんなでダンスしよう、って



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アイルランドからアメリカへの移民は、1845年からの10年間で200万人にも上ったという。

餓死、病死、そして若い働き手の流出によって、アイルランドは当時の約800万人の人口はほぼ半減してしまったそうだ。

ポーグスが歌うのは、そんな時代のアイルランド人たちの苦難の歴史。

アイルランド人にとってそれは決して歴史上の遠い過去の話ではなく、今も続くイングランドや連合王国との関わりを示すものとして、忘れてはいけない物語なのだろう。


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「思い出せば辛いことばかりの苦しい人生だったよ。空腹と疲労しかない毎日だった。

でも、俺たちはそんな中でささやかな楽しみも見つけてきたものだった。
祖国の音楽にあわせて踊りまくる夜。
あれは楽しかったな。
南北戦争が終わったあとには、労働者としてとして連れてこられた黒人たちとも一緒に歌い踊ったもんだよ。奴らのダンスはとんでもなくエキサイティングだったけど、俺たちだって負けちゃいなかった。アイルランド人はヨーロッパの黒人なんだってそう思ったよ。」

♪幾千人もの人々が、西の海を渡った
チャンスがつかめるっていうこの土地へ
宝くじを当てるんだ
青い空と海の絵はがきを送ってやるから

今、この部屋から明かりは見えないし
クリスマスツリーに明かりすら灯せないけれど
でも、
音楽にあわせて俺たちは踊る
俺たちは踊る

But,we dance to the music
we dance




彼らが歌い踊った音楽は、やがてアフリカから連れてこられた黒人たちが持ち込んだ音楽と混ざりあい、ブルースになりロックンロールになった。
その魂は、200年近い時を越え遠い海をいくつも越えて、僕らの心にもきっと受け継がれているはずだ。



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If I Should Fall Fron Grace With God / The Pogues



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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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