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意訳 Red Army Blues

The Waterboys“Red Army Blues”意訳



家族を残して故郷を離れることがそんなに辛いことだと、その時はまるで思わずに家を出た。
出発の朝、母さんは僕にこう言ったんだ。
「いいかい、何人のドイツ人を殺すかじゃないのよ。たくさんの人民を解放するのがあなたの使命なのよ。」
母さんが丁寧にブラッシングしてくれたいたちの毛皮の帽子をかばんに詰め込んで、僕は初めて故郷を離れた。
17歳だった。
まだ女の子とキスをしたことすらなかった。

僕たちはヴォロネシ行きの列車に乗せられた。
1943年。まだ夏だったのにロングコートに皮の手袋、鉄板が入ったブーツ、厳重な防寒対策を施され、制服に着替え、銃剣を背負わされた。
自分たちがドイツ人を追い払うと信じていた。本当に信じていたんだ。
神様の福音が聞こえた気がしたんだ。






そもそものことの始まりは2年前。
ヒトラーのドイツ帝国が、独ソ不可侵条約を破っていきなりポーランドに攻め込み、ワルシャワを陥落させて我が祖国の国境まで進軍してきたのだ。
我が祖国は防戦一方だったものの多くの同胞たちの犠牲と引き換えに、なんとかこの奇襲攻撃を耐え忍んだ。
冬になると形勢は逆転した。
奇襲攻撃で一気に攻め落とす計画を練っていたドイツ軍は、ロシアの凍える冬に備えていなかった。補給線は伸び、兵士たちは凍え、飢えた。ドイツが誇る高性能の装甲車は雪のなかで立ち往生し、その間に我が祖国は態勢を立て直したのだ。

翌年ベルリンに入った僕たちは、暴虐の限りを尽くした。
それが我らがスターリン同志からの指令だったからだ。
ダイナマイトを仕掛けたビルディングは粉塵をあげて崩れ去る。逃げ惑うドイツ人たちに向けて僕たちは背後から機関銃を連射した。街の隅に追い込んでから、戦車から高速砲をぶっぱなし、街中のあらゆるところに紅い旗を翻らせた。
それが我らがスターリン同志からの指令だったから。
まるでゲームみたいな感覚で、僕たちは腕を競いあった。
どれくらいの命が奪われたのか、そんなことは知らない。
そんなことを考える必要はない、というのがスターリン同志からの指令だったからだ。

そういえば、そこで僕は初めてアメリカ人というものを見た。
同胞たちから聞いていた話では、アメリカ人は鬼のように大きな体つきで肌はざらつき口元が悪魔のように割けている、とのことだったけれど、僕が会った男は、見た目僕らとそう代わり映えはしなかった。赤ら顔で煤けた皮膚の農夫の顔つきをしていた。
捕らえられた彼は、テネシー州のハザードっていう町に妻子がいると命乞いをした。自分が戦争に出たせいで麦の種を蒔くこともままならずに困窮しているのだと。
僕は故郷の母や兄のことを思い出して、引き金ひくことを一瞬躊躇してしまったんだ。
その時、隣にいた同僚がすかさず引き金を引いた。
農夫のような男は、目の前でばったりと突っ伏して痙攣し、やがて動かなくなった。
同僚は僕を見下すような目付きで一瞥し、あごをしゃくって隊列に戻ることを促した。




召集されてからふたつの厳しい冬を越えた1945年の5月、突然に戦争の終結が知らされた。
我が軍がプラハを陥落させ、ヒトラーを自決に追い込んだのだ。
僕にも解放指令が届いた。
僕と200名近くの仲間は列車に乗せられステッティナーへ連れて行かれた。
人民委員が告げたのは、キエフへ行けという命令だった。
けれど、僕らがキエフにたどり着くことはなかた。
そして、故郷に帰り着くこともなかった。

列車はタイガを越えて北へ向かったのだ。
蚊柱が音を立てて迫ってくるような沼と泥だらけのシベリアの大平原で僕らは列車からひきずり降ろされ、果てのないような大地を行進させられた。
針葉樹の立ち並ぶ林で縞のシャツを着せられ、鎖でつながれ、小さな斧とぼろぼろの鍬で林を開墾させられた。朝鮮人らしき男や日本人らしい男たちがあとからあとから送り込まれてきた。
「俺たちは祖国のために命懸けで戦ったんだ。俺たちは戦争に勝ったんだ。なのに、どうして?」
「俺たちはベルリンで西の奴らと交わっただろ。それがお気に召さないらしい。反革命的なんだとさ。同志スターリンの命令だとよ。」
そう教えてくれた男は、次の日から姿が見えなくなった。
そして僕も、別室に呼ばれた。

僕は祖国を愛していた。
僕は祖国のために戦った。
戦勝のあかつきには素晴らしい未来があると信じていた。
それなのに。
母さん、僕がしたことは罪だったのでしょうか。
福音は訪れはしなかったのです。
兄さん、僕の屍が故郷に戻ったら、僕の墓にこう記してほしい。
「The brute will to survive!(野蛮人だけが生き延びる)」と。

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ザ・ウォーターボーイズは、80年代後半に現れたスコットランドのバンド。
荒れた手触りのサックスが氷河を渡る風のようにこだまし、ヴァイオリンが冬の月のように鋭利に輝く。その中で吠えるように歌うマイク・スコットは、まるでブリザードの中に閉じ込められたはぐれ狼の遠吠えみたいだ。

真冬の寒さの中でとぼとぼと歩いていたら、まるでシベリアを行軍させられているような気持ちになってしまい、この歌を思い出した。

“Red Army Blues”は、祖国の正義を信じた若者が、祖国にいいように使われた挙句に、ゴミのように扱われて死んでゆく物語。
そうそうたくさんの人が知っているわけでもないバンドのそうそう知られてもいない曲を訳してどうなんだ?って感じはあるけれど、そのストーリーをモチーフに妄想を広げて3倍くらいに膨らませてみた意訳です。

国家は人民のために存在するのか。
国家のために人民が存在するのか。

それは、決して「戦争があった頃」のテーマなんかではない。
それは、形を変えて、今も、僕らの暮らしと隣りあわせなのかもしれない。


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A Pagan Place / The Waterboys






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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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