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ブラックカンパニー(後編)

ガイダンスを終えて配属が決まり、僕は次の日から郊外の市の山沿いにある配送センターへ出勤することになった。
簡単な地図を片手にバスに乗ってたどり着いたのは、トラックのホームが10台分ほどの、トタンで覆われたちゃっちい建物。
階段を昇り事務所の扉を開けると、そこにはリーゼントっぽく髪をアップに撫で上げて首から金色のネックレスをのぞかせたチンピラっぽいお兄さんがいた。
「お、自分が◯◯くんか。今日からヨロシク。」
前日のガイダンスに続いて、僕の不安が増大したのは言うまでもないが、もはや後に退くことはできなかった。

チンピラお兄さんは配送センターの副センター長で、その子飼いのヤンキーが僕の直属の上司だった。
加入しなければ利用できないという生協の特質上、新しく加入していただく組合員を増やすというのが業務の至上命題であることを僕はそのとき初めて知ることになる。とにかく事務所での話題は新規組合員拡大と重点商品の販売促進オンリー。
目標を持たされ、1ヶ月で10名近くの新規加入を獲得してこなくてはならない。もちろん、パン屋に比べたら扱う商品の品質は確かなので、それなりに声をかけていけば、思いの外簡単に加入していただけたりもする。道端を歩いているひとに声をかけるキャッチ・セールスも、一件一件玄関先でチャイムを押しての個別訪問の営業もこの頃初めて経験した。
ただ、それでも目標は高く、詰めは厳しかった。
「おい、おまえ、明日の目標やけど、対象者おんのか?」
「えーっと、先週おさそいからサンプル渡した返事待ちで、あとはベタオルグかキャッチで。」
「絶対2、必達やぞ。わかってんな。」
加入をあげるためには配送終了後からが勝負。
あたりをつけていた新築っぽい家に訪問。
ピンポーン
「生協ってご存知ですかー?」
「けっこうです。」
断り文句があればいいほう、無視、黙殺、怒鳴られることも当たり前。次の家も、その次の家も。
持ちネタ尽きて結果報告の電話を入れる。
「またボウズかっ。サルッ!ハナクソッ!」
「まだ9時やんけ。加入上がるまで帰ってくんなっ!」
「やる気あんのか。なめてんのか。」
「死ぬ気でやってこいや。」
こんなことで命掛けてられっかよ。あほちゃうか。たいがいにせいや。飲み込む言葉。
「今日は回収できませんでしたが、明日加入のアポ取れました。」
「あほか、ボケッ!即書いてもらわんかい。」
「でも今日はもうご主人も帰ってきてて。」
「そこを粘らんかいっ。根性なし。甘いんじゃ。」

「今日は1上がりました。」
「おー、そうか、でもおまえ今日の日次目標は2やぞ。あと1どーすんねん。」
「・・・。」
友人の住所と名前を借りて自腹で買った三文判を押した加入用紙を僕はずっと持ち歩いていた。今日加入が上がらずに上司に詰められたらこれを出そう、と。明らかに私文書偽造なのだが、そういうことでもして自らをガードしない限り、上司の罵詈雑言は永遠に続くのだ。
でも、まだそんなカードを出す時期じゃない。我慢だ。地道にまっとうにやるんだ。

最初の半年で、正直二度、辞めようと思ったことがある。
一度めはいわゆる年末商品の販売促進。
無漂白の数の子とか産直みかんとか、そういうものに受け持ち組合員数の半分以上もあるようなバカ高い目標が課せられている。それなりに頑張ってはいたのだけど目標に届きそうにない。すると、ヤンキー上司がこういうのだ。
「売り残した分は、お前の注文書に付けて全部買い取らせるからな。」
今なら完璧なパワハラだ。実際にそういうことをされたとしても裁判で絶対勝てる。だけど残念ながら当時、パワハラという概念は存在しなかった。僕は青ざめた顔をしながら、なじみの組合員さんにお願いしまくって、最終的にはなんとか目標をクリアしたものの、同情してもらって必要もないものを買っていただくというのはほんとうに惨めな気持ちになった。そんなことをしてまで目標を達成したくない。こんなこと続けてたら心が腐ってしまう。

もうひとつは、平和活動募金のカンパ。普通ありえないことだけれどカンパにも目標がある。
センター長も最初は「カンパなんて強制するものではないから。」とか言っていたのだけど、なかなか目標金額に届かず、おそらくは本部から詰められたのだろう。
「明日、一時間早く出勤しろ。配送の出発前に全員カンパの電話掛けだ。」と言い出した。
しぶしぶ1時間早く出勤はしたものの、朝の7時台、主婦の一番忙しい時間にそんな電話なんてできるわけがない。電話するくらいなら、その電話代をカンパに回せばいい。
僕は電話を掛けるふりをして一人芝居をした。
「朝早くから申し訳ありませーん。あ、そうですよね、お忙しいですよね、すいません。」
「平和活動の資金なんですけどね、いや、そうですよね、おっしゃるとおりです。そりゃそうですよね、使われ方、大事ですよね。今度の配達のときにゆっくり目的や使用内容をお伝えしてからですね。」
とかなんとか言って一件も電話を掛けずに乗り切った。
こんなことが続くんなら俺には無理だな、と、そのときもつくづく思ったのだけど、さすがに30前になってそう簡単には辞められない。当時付き合っていた彼女と、ちゃんと仕事が続いたら結婚するという約束もしていたし。

相手を嫌な気持ちにさせてしまう売り込みなんて長続きするわけがない。そういうことはしたくない。でも自分の責任数値はやらなきゃモノも言えない。結果的にはそんな気持ちが、事前にしっかり商品の良さを学んで相手にあったおすすめトークを考えるというスタイルに結びついてはいくのだけれど、あれはほんとうに辛かった。
組合員さんのほとんどは女性。誠実な対応を日々しっかりしていけば信頼して協力してくれるんだということ。挨拶をする、困り事をお聞きする、約束事を忘れない、そういうことの積み重ねで信頼関係が生まれてくれば、新規加入だって友達を紹介してくれるし、引っ越しがあれば一緒についてきて挨拶をしてくれる。販売促進だって、よほど不要なものでなければ「あんたのおすすめやったら。」と買ってくれる。
そういうことだよな。ブラックなパワーに負けちゃいけない。なにしろ商品が確かなんだもの。誠実に対応すればだいじょうぶだ。
そのことに確信を持ってからは、順調に数字は上がった。上司から詰められることもなくなった。ザ・掌返し。上司の評価なんてそんなもんだ。

そういう時代だったといえばそれまでだけど、メチャクチャだった。
組織全体もまだまだ若かった。
ここに挙げたようなことは、今じゃ絶対に許されない。
ちなみに組織の名誉のために付け加えておくのだけど、今はそういうブラックなマネジメントはありえません。
その後、コストの関係からパートさんの配送担当相を導入して以降、そういうやり方で人は動かないということが組織課題となり、超体育会的パワー・マネジメントは撲滅されていきました。当時そういうマネジメントをしていた上司たちの半分は掌返してそういうことはダメだというほうに回って出世し、半分は自分のやり方を変えられずに淘汰された。たまにいまだにその頃の成功体験が抜けないジジイが時々訳のわからないことを言うこともあるけれど(笑)、概ねは良好だ。
つくづく、今ならあり得ないと思う。
ああいう状況があと数年続いていたとしたら、ぶちギレて上司殴って辞めるか、不正を働いてバレて責任とらされるか、あるいは後輩に同じように厳しく迫ってキレられるか。
ほんとうに紙一重だったような気がする。

あの頃、しんどい状況を辛抱できたのは「三年近くも無職でさんざん遊んだのだから、これくらいの試練は仕方ないことなのかも」という思いがあったからだ。逆に、高校も大学もひたすらまじめにまじめにやってきた挙げ句のあの状況だったら、きっと我慢できずに辞めていたはずだ。
そして仕事を転々として、もっともっとブラックな会社でもっともっとつまらない仕事をしているか、今もアルバイトで食いつないでいたりしている可能性だってあった。
そう考えると、やりたくないことはやらずにテキトーにフラフラするような経験ってのはほんと大事だよな、なんて改めて思うのですよね。




♪ここらへんでーそろそろ僕がー
その花を咲かせましょー♪

1994年当時、わりと好きだった。
奥田民生「愛のために」。

♪人のためにー、自分のためにー、
引き受けましょー♪

ってね。





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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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