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物語のなかとそと

お正月明け、怒濤の一週間。
あー、やっと終わったー。
根詰めたんで肩凝ったし。
お風呂でゆっくりあったまって、週末はとりあえず寝る(笑)。

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物語のなかとそと / 江國香織

さて、今回も本の紹介を。
これもお正月休みに読んでいた一冊。
江國香織さんの新刊、というか、江國さんがこの二十年に書いた「読むこと」「書くこと」にまつわる散文を集めたものだそう。
江國さんの長い小説はいまいちピンとこないけど、短編や随筆はかなり好きなのです。

眠る前のひととき、ふとんに潜ってから、本をパラパラとめくる、これは至福のひととき。
あー、江國さんらしい、美しくて心が穏やかになる文章だなぁ、いっぺんに読むのはもったいないなぁ、ゆっくり味わうのがいいなぁ、なんて思いながら読んでいるうち、ある掌編で釘付けになってしまった。
数十ページめに「食器棚の奥で」という2ページほどの随筆。

“十三歳から十五歳、その日々について私が何を憶えているかというと、孤独だったことです。食器棚の奥の、使われていない食器みたいに孤独だった。
それで、もうそんなふうではないいま、何が言えるかというと、あれは必要な孤独だったということです。食器棚の奥でじっとしていたひんやりした時間、その仄暗さ、私はそこで私になったのだと思う。”

“大人が子供に言いがちなことはたくさんあります。夢を持とうとか、何か一つでいいから打ち込めるものを見つけなさいとか、好奇心を持とうとか、友達をたくさんつくれとか。不要です、と私は断言します。”

“自分と自分以外のものがつながったとき、世界はいきなり開けます。これは本当です。それまでは、だからじっとしていてもいいの。ただし目はちゃんとあけて、耳を澄ませて、体の感覚を鈍らせないように。雨がふったら誰よりも先に気づくように。猫の毛と犬の毛の手ざわりの差を知るように。岩塩と天日塩の味の違いを歴然と知るように。
何もかもを自分で感じること。
食器棚からでたときに、それが基礎体力になるのです。”





なんかわかる。

こういう言葉を、あの出口がなくさまよっているようだった思春期の頃に知っていたらなぁ、って思ったなぁ。

ああだこうだとお説教されたことは、ほとんど要らないものばっかりだった。
子供の頃に得られて役に立ち続けているのは、本を読む力、ものの味がわかる力、ほとんどそのふたつだけだもの。

学校も親も、大人たちの言うことは何もかも信用できなくって。
欠点をあげつらっては「おまえのためだ」と言いながら自分達の理屈を押し付けてくる大人が大っ嫌いだった。
いいよ、もう、勘弁してくれよ。
全部自分で学んでいくから。
痛い目見たっていいんだ。路頭に迷ったって構わない。自分が感じたことを感じたようにやらせてほしいだけなんだ。

大人たちに合わせるポーズを取りながら、あきらめて醒めたふりをしているクラスメイトたちも嫌いだった。
「だっさー」
「しょーもなー」
「ムカつくわー」
その3つの言葉ですべて終わらせてしまう毎日を過ごす彼らと、そんな奴らに表面上合わせることしかできない自分が嫌だった。
早くここから出ていきたい、そんなことばっかり思っていたけど、出ていく勇気はなかった。決心はいつも揺らいだ。不安だったからだ。

もうそんなふうではないいま。
自分が感じていたことは間違っていなかったと心から思える。
ずるずると中途半端に周りに合わせたり、こんなもんだと安易に受け入れたりしなくて本当によかった。




そういえば、17になったばかりの若者がわが家にはひとりいるなぁ。
押しつけて読ませても仕方ないし、どこか目につくところに置いといてみようかな。






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十三歳から十五歳、その日々について私が何を憶えているかというと、孤独だったことです。食器棚の奥の、使われていない食器みたいに孤独だった。
それで、もうそんなふうではないいま、何が言えるかというと、あれは必要な孤独だったということです。食器棚の奥でじっとしていたひんやりした時間、その仄暗さ、私はそこで私になったのだと思う。
大人が子供に言いがちなことはたくさんあります。夢を持とうとか、何か一つでいいから打ち込めるものを見つけなさいとか、好奇心を持とうとか、友達をたくさんつくれとか。不要です、と私は断言します。もちろんそれらを本当に持っているなら持っているでいいのですが、なくても全く大丈夫。
子供の頃、私は夢を持っていませんでしたし、打ち込めるものも好奇心もありませんでした。友達も、そうたくさんはいませんでした。では毎日何をしていたのかというと、ただ見ていた。他人を、世界を、自分とはつながりのないものとして、ただ見ていました。名にしろ食器棚の奥の食器ですから、他にできることがなかったのです。
自分と自分以外のものがつながったとき、世界はいきなり開けます。これは本当です。それまでは、だからじっとしていてもいいの。ただし目はちゃんとあけて、耳を澄ませて、体の感覚を鈍らせないように。雨がふったら誰よりも先に気づくように。猫の毛と犬の毛の手ざわりの差を知るように。岩塩と天日塩の味の違いを歴然と知るように。
何もかもを自分で感じること。
食器棚からでたときに、それが基礎体力になるのです。


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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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