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音楽歳時記シーズン3「大寒」

1月20日、大寒。
真冬の一番底。
休日は冷たい湖の底で泥に潜って固まっているような気分で眠っていた。
犬や猫や熊のように毛皮を持たないヒトという生き物の基本設計は明らかに寒冷地仕様ではないのですよね。
冬にやる気が起きないのは当たり前だ、と自分の怠惰を人類の起源に押しつけておく。

よく冷えた夜に意識の底で鳴っている音楽は、氷のように冷たく尖った印象の音楽だ。
氷のようにクリスタルで、光の角度によって色を変えるような。

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Undercurrent / Bill Evans and Jim Hall

Undercurrentというのは、底流というような意味なんだそうで、例えば“have an undercurrent of tension”・・・目に見えない緊張感が漂った・・・みたいに使われる、日本語にはすんなり置き換わらない独特の表現だ。
言葉にならない意識下の感情だけど、無意識とも違う。言葉にするほどではないが、その意識の底流にある感情は、表情や仕草には現れてしまうレベルで気づこうとすれば気づくことができる。

ビル・エヴァンスとジム・ホールのこの演奏にUndercurrentというタイトルをつけたのは秀逸だと思う。
ピアノとギターだけによるセッション。
いずれもコード楽器でありメロディーも奏でリズムも刻む弦楽器であるピアノとギターは、下手すればぶつかりあってお互いの良さを相殺してしまうことがある難しい組み合わせだけど、マエストロふたりにかかれば当然そんなことは微塵も感じない。
ピアノとギター、それぞれが意識の底流にある気持ちを交換ながら、有機的に絡み合っていく、この心地よさ。

ジャズはほとんど聴かないんだけど、時々、ジャズじゃなきゃダメな気分のときもある。
ロックのビートがうるさいと感じるとき。ヴォーカリストの歌がどうにも邪魔なとき。
できるだけ具体的なことは考えたくない。
無意識の底の底の方へ意識を潜り込ませ、ただただその無意識の海の中へ意識を解放して泳がせたいとき。
水中を覗き込むみたいに自分の意識が海の底で漂っているのを眺めていたい、そういう気分のとき。
そういうとき、ビル・エヴァンスとジム・ホールの演奏はすんなりと心の形によくなじむ。



大寒を越えれば、少しずつ暖かくなる。
春の足音が近づいてくる。
それはそれで心地のよいもので待ち遠しくはあるのだけど、意識の穴蔵に閉じこもって底流を流れる音にただ身を委ねておくのも悪くない。

湖の底で泥に潜って、底流にある意識と戯れる、真冬の底。






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コメント

[C3354]

うすい三日月さん、ありがとーございます。
今夜あたりは三日月の裏の二十日月あたりでしょうか。

そうね、お互いの音を聴きながらひとつひとつの音を紡いでいくのが大事なんだなぁ、って思う今日この頃です。
ひとつひとつの音を大切に、響きあえるといいですね♪
  • 2020-01-21 00:54
  • goldenblue
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  • 編集

[C3353]

今は歌詞もいらない、大声も自分に酔ってるような歌声もいらない。お互いの音を聴きあって、作っていくのね。
  • 2020-01-20 23:18
  • うすい三日月
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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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