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音楽歳時記シーズン3 「夏至」

節季は夏至。
昼の長さと夜の長さが同じになる。
この日をボーダーに、誰も気付かないうちに何かがそっくりと入れ替わる。
その何とも言えない奇妙な感覚。
その昼の長さが夜の長さへ反転する瞬間を見たいと思う。
太陽の軌道が90°に達して折り返すその瞬間を。

ふと思う。
僕は、どこで人生の夏至を迎えたんだろうか。
まだまだ長いと思っていた昼の時間が、気が付けば短くなっていて、いつの間にか夕方にさしかかっていた。
なんだかなぁ。
そんな気分で歩く、いつもの駅までの道。
しとしとと雨が降っている。
いつもと同じで見慣れたような、まったく初めて通るような駅までの途。
駅の改札をくぐって反対側のホームへの階段を下っていくと大きな窓がある地下室にたどり着いた。
地下室の窓を開けるとそこは寂れた港で、船着き場の脇には古い木製の下駄箱があった。
あぁ、靴を履き替えなくっちゃとその開き戸を開けると、そこには眩しいくらいの青空が広がっている。
空からぶらさがっていた縄ばしごをたどって地上に下りていくと、カラフルな洗濯物がいくつも並んでいるビルの屋上に着いた。
洗濯物のひとつに手を伸ばすとそれは傘に変わっていて、傘だと思っていたら、僕はいつの間にか紫陽花の花の下にいた。

夢か?


そんな奇妙な夢の中にいた曇り空の日に、聴いていたのはXTCの『Skylarking』。
カラフルでちょっとミラクル。
32色入りの色鉛筆で描かれたうすぼんやりとした風景は、エッシャーの騙し絵のように境界線が歪んでいる。

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Skylarking / XTC

XTCの魅力は、とてもつかみどころがない。
英国風のトラディショナルなメロディーとキテレツなメロディーの行ったり来たり。
知的なようで滑稽で、整然としつつ混沌としていて、ポップでカラフルでどんよりとくすんでいて。
雲の中に迷い込んだように視界が見えない歌の隙間に雨の日の信号機のようなぼやけた灯りが点って、そちらへ向かって歩いていけばまたうすぼんやりの中。
そんな出口が見えない感覚の音楽。
出口が見えないといっても、迷路だったり独房だったり井戸の底だったりといった閉鎖空間に閉じこめられたりという感覚はなくって、ただただうすぼんやりとした世界がただふわふわと続いているような感覚。
何度曲がり角を曲がってもいつの間にか同じ曲がり角にたどり着いてしまうような、そんな果てしのなさ。


きっと、夏至の瞬間を突き止められたら、この果てしなさから抜け出せるんじゃないかと思う。
太陽の軌道が90°に達して折り返すその瞬間さえ捉えられたら。
そう思って必死に空を見上げるけれど、残念ながら雲行きが悪く太陽が見えない。
やはりその瞬間を見るためには、ここじゃだめなのか。やはりボロブドゥールへ旅立つべきだったのか。
しかし、そうするためには洗濯が間に合わなかったのだ。
あぁ、そういえば、洗濯物を干しっぱなしだ。
洗濯機の中ではハムスターが紫陽花の花をむしゃむしゃと頬張っている。それも器用にパープルの花とヴァイオレットの花を左右の頬で噛み分けながら。
屋上ではバレエのステージが始まっている。
舞台の上にはオレンジ色とレモン色のレインコートがぶらさがっている。
そこへグレーのタイツをはいたハムスターが傘を回しながら♪バレットフォーザレイニーデーイ、とアンディ・パートリッジの声色で鼻歌を歌ってやってくる。頭にはシルクハット、足下にはバスケットシューズ。
ハムスターがしかめっ面の笑顔で大袈裟に一礼すると、空から紫陽花が降ってくる。
「紫陽花の花びらに見えるひとつひとつが実際は花なのだよ、もちろんご存知でしょうがな。」といつの間にか隣で座っていた大学教授のような男がいがらっぽい声で僕に話かけてくる。
「ところで、クリケットのルールでは、コールドゲームになるのは何点差がついたときか、ご存知ですかな?」


夢か?

夢だな。

夢は現、現は夢。

いつの間にかもう夕方、それもまた夢、現。

音楽はいつの間にか、繋ぎ目もなく次の曲にすりかわっていた。

また、夏至の境目を見つけることができそうもない。







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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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