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兵庫県成立の謎と失なわれた丹の国

我らが阪神タイガースは、もはやCS進出の望みもなく、最下位争いドラゴンズとの直接対決にも敗れ、最下位へまっしぐらという不名誉な結果でシーズンを終えようとしている。このふがいない闘い方と今の勝率なら、最終的に5位だろうが最下位だろうがもはや大して変わらない。
なんかいろんな選手をとっかえひっかえして、一年中オープン戦を観さされていたような気分がする(笑)。それくらい本気を感じられないシーズンだった。
期待の大きかったロサリオの不発や大山の伸び悩み、藤浪の不振や秋山の失速などいろんな要因はありましたが、、、そもそも選手たちが楽しそうじゃないのが問題かなぁ。首脳陣の責任は免れないと思いますが。

それはともかく。
大阪の人はなぜ兵庫県西宮市に本拠がある他県の球団を地元のように愛するのか、という疑問が古くからあります。
この謎の答えは、実はとても簡単。
そもそも西宮市を含む阪神地域は、大阪の一部分だったからです。
「律令国」という地域を区分けする制度は、飛鳥時代の昔から明治の廃藩置県に至るまで実に1200年以上も使われてきました。律令国の制度では、今の大阪府は摂津・河内・和泉の三つの国に分かれ、摂津国は実は淀川東岸から神戸までのエリアだったのです。
だから阪神地域と大阪は文化的には元々同じというわけ。
西宮がなぜ「西」か。大阪の西にあるからです。尼崎出身のダウンタウンが大阪的な代表として自然に認知されるのも、そもそも共通の文化を持つ土地だから。
大阪が元々3つの国で、パ・リーグに関西の球団が3つあったのはわりと理にかなっていたのだな。摂津の阪急、和泉の南海、河内の近鉄。どのチームもなくなっちゃったけど。

大阪から阪神地域をぶんどって成立した兵庫県というのは、実はとても不思議な成り立ちをした県です。
律令国は全国で五畿七道・68国ありました(明治になって廃藩置県までの間に出羽・陸奥の分割と、北海道の11国が加えられ五畿八道・84国になっています。)
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旧律令国の地域がそのまま今の県とほぼ同じなのが、上野=栃木県、下野=群馬県、甲斐=山梨県、信濃=長野県、越中=富山県、近江=滋賀県、大和=奈良県、讃岐・阿波・土佐・伊予の四国4県と肥後=熊本県、日向=宮崎県。
だいたいの県は、隣同士の国を合同させてひとつの県を作っています。だいたいはふたつの国の対等合併、小さな国ならみっつ。
伊豆+駿河+遠江=静岡県、三河+尾張=愛知県、飛騨+美濃=岐阜県、能登+加賀=石川県、越前+若狭=福井県、因幡+伯耆=鳥取県、出雲+石見+隠岐=島根県、備前・備中・美作が岡山県、備後・安芸で広島県、周防と長門で山口県、薩摩と大隅で鹿児島県。新潟県は越後一国のように見えますが佐渡国の合併です。
ところが、大都市近郊を中心に、単純合併ではないエリア変更が行われた場所がいくつかあって、兵庫県は播磨国+但馬国のみならず、摂津国の西部、丹波国の篠山・氷上エリア、さらに単体だった淡路国までを合併する巨大な県になっています。実際今もこの広い県の中での交通の行き来は悪く、友人の兵庫県民も「姫路ですら行くことないのに、豊岡なんて同じ県だと思ったことがない。」と言います。
そうやって阪神地域を併合して巨大な県になった兵庫県。でも、何百年も同じ地域・同じ文化圏だったつながりはそうそうすぐにはなくならない。
世界中にはこうやって恣意的に分断された国境を持つ国で民族紛争が絶えないわけで、これはただの例え話ですが、、、仮に戦後、日本がふたつの国に分割されその国境が兵庫大阪の府県境だったとする。兵庫側のウエスト国は運営が失敗して貧しくなり大阪側がイースト国が豊かだったりすると、西宮や尼崎市民がイースト国との民族統合を求める紛争を起こすことになる。世界で起きている紛争をそんなふうに例えて見るとわかりやすいのかもしれないです。民族なんていうほど大げさかと思うかもしれませんが、世界中の自称民族のほとんどは、播州人と大阪人の違い程度だったりします。関西人と関東人なんて世界標準でじゅうぶんに別民族です。双方がそう主張さえすれば。ま、これは完全に余談ですが。

では、どうして兵庫県が優遇されて巨大な県になったのか。
出身の政治家がゴリ押ししたとか、東京に対抗する勢力である大阪を分割して力を削いだとか諸説あるのですが、どうやらそれまで小さな漁村だった「神戸」を国際港として開き育成するために、兵庫県を大きくしたということなんだそう。兵庫県の税収を増やすため、農業漁業が盛んであった但馬国を文化的地理的につながりの濃い丹後や因幡ではなく、播磨へ合併させたということ。さらに、豊岡と神戸との廻廊にあたる丹波国の氷上、篠山をも吸収。
そのあおりで丹波の国は分断され、京都府に吸収されることになる。
丹波国は、元々山と川で分断され、京都寄りの亀岡、兵庫寄りの篠山、そして豊岡や舞鶴と繋がる福知山というそれぞれの地方がばらばらで発展し中心になるところがなかったらしいのですが、見事に分割されてしまったのです。
遠江の浜松、三河の豊橋、飛騨の高山、備後の福山など旧国の中心都市がそれなりに地方都市としての存在感を持っていることも多いことから比べると、丹波国はあまりにも存在感が薄く、京都・兵庫の付属地的扱いになってしまっていて旧国としてのアイデンティティが今や完全に消失してしまっている。ケンミンショーで京都市内出身の西村なんとかが大きな顔をしている一方で福知山出身の千原せいじがいつも小さくなっているのはそういうことだ。
もしもの話だけど、日本に開港を迫るのがアメリカよりもロシアのほうが早く、国際港として開港したのが神戸ではなく舞鶴だったら、ひょっとしたら但馬・丹後・若狭・丹波あたりで大きな「舞鶴県」みたいなのが出来ていて発展していたのかもしれない。京都は南部の山城国が近江・大和・伊賀あたりとくっついた県になっていたかもしれない。舞鶴県が栄えていれば、若狭に原発が集中することもなかったのかもしれない。

こういう意図的な統合・分離は神奈川県でも起きていて、今の横浜は元々武蔵国の辺縁の漁村だったそうですが、神戸と同じく国際港として育成するため、横浜を相模側に寄せて神奈川県の県庁所在地としたそうです。
肥前国でも幕府直轄地で国際港だった長崎を県庁所在地にして長崎県に仕立てたが、これに明治維新の勇藩だった佐賀が反発、肥前国は長崎県と佐賀県に割れることになったのだとか。
ちなみに元々「国」ではなかったのに分立して県になっているのは佐賀県以外には埼玉県だけ。ここにはどんな思惑があったのかも興味深いです。

兵庫、神奈川のように優遇された県とは逆に、丹波のように分割されて元の姿を留めなくなってしまった不幸な国もいくつかあります。
豊前国は、豊後国との単純合併ではなく、小倉など北側と炭田があった田川が筑前・筑後と併せて福岡県側に持っていかれ大分県が割りをくっています。日本の近代を支えた製鉄は本来大分県だったはずなのです。
下総国は一部が茨城県へ、一部が東京府へ、残りが千葉県に。両国という名前のとおり、武蔵と下総の国境は隅田川だったというわけ。
また、伊賀国は元々関西圏だったのに、伊勢国側へ統合。三重県は、伊勢・伊賀に志摩国と、元々紀伊国だった尾鷲・熊野が取り込まれるという複雑な成り立ちになりました。
1200年もの歴史に比べて廃藩置県があってからまだたったの150年。土地に根付いた文化というものはちょっとやそっとでさっと変わるわけではないようですね。



えーっと、どうでもいいことを長々と書いたなぁ(笑)。
元々何の話だったっけ?
阪神タイガースか。
ウーン、、、この調子では来年もあんまり期待できそうにないなぁ。。。
別に毎年優勝してほしいとかそんな贅沢は望みはしないのです。
ただ、もうちょっとスリリングでエキサイティングな野球で楽しませてほしい。さすがプロ!というプレーでワクワクさせてほしい。
景気づけに半ばやけで(笑)、六甲おろしでも歌っとくかー。

六甲おろし / 山本彩




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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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