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♪跳び箱、或いは、努力は必ず報われるか

4月にうちの部署に来て、もうすぐ半年になる新人さんがいるんだけど。
彼がなかなか仕事の習得が遅くて、ちょっとみんなの悩みと心配の種になりはじめていて。
不真面目な人ではないので、教えたことはとりあえず「はい。」って返事してやろうとするのですよね。「できた?」って聞くと「できました。」、でも中身を点検してみると結構めちゃくちゃで。
そりゃ、わからないなりにやるんだから仕方がない。間違えて覚えればいい。で、間違えていた箇所を指摘して、正しい考え方を教える。すると「わかりました。」と。
ところが、次やってもらうと、またとんちんかんで、前回の指摘がまるで活かされていない。「えっ、ここ、前にもゆーたやん。」
「あ、そうでしたっけ。」
「これは、何でこうしようと思ったん?」
「え、それは、うーん、なんででしょう。」
そういうことがやたらと繰り返される。
コーチしている同僚もだんだんとイライラしてきてるのがわかる。
そうこうしているうちに時間だけがどんどん過ぎて、上司から「あいつ、こんなこともまだ理解しとぉれへんぞ。もう何ヵ月や。どんな教え方しとんねん。」などと言われはじる始末。

彼が努力していないとは思わないんだよね。
ただ、たぶん努力の方法がずれている。
そういうことってあるよなぁ、と子供の頃のことを思い出した。
小さな頃、僕は運動が苦手だった。
例えば跳び箱。
小学校も三年生くらいになると、みんな5段や6段くらいは平気で跳べるのだけど、僕は跳べなかった。
高いのじゃ無理なのか、と3段や2段に下げてもらっても跳べない。
みんなができていることができないということを、女子も含めてクラスメイトみんなが見ている前で曝されるというのは本当に耐えられないほど辛いもので。僕が跳べないと笑いが起きる。授業が終わってもからかわれる。小学校三年生あたりとういのはほんとうに残酷で容赦がない。(こういう状況でいじめられっこ的に転落しなかったのは、僕がお絵描きや漫画がとても上手かったからなのだが、その話はまた別の機会に。)
子供心にはものすごく落ち込んだよね。体育の時間が嫌で嫌で堪らなかった。
自分なりには一生懸命やろうとしてるんだよ。
でも、できないものはできないんだ。
ボクハキットヒトヨリモオトッテイルンダ、、、キットダメナヤツナンダ、、、コレカラモズットコウヤッテワラワレルンダ、、、
自己否定。できないことを延々とやらされることは、ほかのいろんなことまで自信ややる気を失わせていく。

そんなとき、担任以外の別の先生がアドバイスをしてくれたんだった。
「君は、踏み台を蹴ったあと、上に上に跳ぼうとしていて手が前に出ていない。跳ぼうと思わずに、体を前に出して、跳び箱の一番向こうの端っこをつかむようにしてごらん。」
半信半疑で言われたようにやってみると、今までは跳び箱の真ん中でどすんと尻餅を着くような感じだったのが、おしりをかすめるくらいまで跳べた。あ、できるかも。そう思って幾度かトライすると、すとんと跳べた。
なんだ、跳べたやん。できるやん。できないわけじゃなかったんだ。やり方が悪かったんだ。そういうふうにやれば跳べるなんて、誰も教えてくれなかったじゃないか。

どんなことでも新しいことをするときは、まず観察から入るようになったのはそれからだ。何をどういうふうにやったらどうなるのか。まずはじっくり観る。構造を把握する。間違ったやり方で馬鹿みたいに努力したって上達するはずはない。どうやって「コツ」をつかむかだ。
そういうことがわかりはじめると、馬鹿みたいに根性根性でまずはやってみろとかいう教え方をする教師や、理論や理屈で教えることができない大人を軽蔑するようになった。(そういう経験は、やがて学校や親に対して反抗的になって、ロック大好きになっていくことにつながるのだけど、そういう話もまた別の機会で。)

「努力は必ず報われるか」というよくある問いかけがある。
僕なりの結論としては、「無駄な努力ならやらないほうがまし」ということになる。
努力をすれば必ず報われるわけではない。
無駄な努力は逆に自信を失わせ、やる気を後退させる。どーせ何やってもダメだしどーせ怒られるし、って。できなかった悔しさをバネにがんばれる人も中にはいるんだろうけど、そういう人ばかりじゃない。
必要なのは、努力の量ではなくて努力の質。
努力の質を上げるために必要なものは、観察力と分析力。
できている人はどうやっているのか。自分はそのときどんなふうにやっているのか。それを客観的に見つけることができれば、自ずと問題は解決に向かう。
質のいい努力は、たとえ結果がついてこなくても何か残って、それは別の機会のときにすごく有効だったりするのですよね。そういう意味では「(質のいい努力なら)努力は必ず(何らかの形で)報われる」と言えるけど。

この跳び箱の話を先日彼にしてみたんだけど、うーん、リアクションは薄かった。。。
うまくコツを見つけてくれるといいんだけど。うまくコツを伝えられるといいんだけど。




Jump / Aztec Camera

跳び箱、ジャンプつながりで、アズテック・カメラの“Jump”を。
仕事帰り、雨が降っていたのでジャンプ傘を持って帰ったら、前の台風で壊れてた。

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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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