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◇パックス・モンゴリカ

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パックス・モンゴリカ ーチンギス・ハンがつくった新世界ー / ジャック・ウェザーフォード

「モンゴル帝国」について最初に興味を持ったのは、エジプト・トルコへ旅行した時にたまたまトランジットでモスクワに立ち寄ったことがあってからのこと。いわゆるバックパッカー的な貧乏旅行で、当時まだソ連だったエアロフロートがカイロへ行くには一番安かったのだ。
モスクワで一泊して赤の広場とかを観て、数時間街をうろうろした。そのときはなんとも思わなかったのだけど、その後トルコに行ったら、建物や街の作りがとてもモスクワと似ていて。え、なんでそんなに近いんだ?と思って帰国してからいろんな本を読むうちに、ロシアもトルコもかつてはモンゴル帝国に支配されていた期間が長かったんだ、ということを知ったのだ。その後、中国の内陸の町へ行った時ににも同じことを感じて。
そもそも、ロシアという国がヨーロッパから中央アジア、シベリアに広がるあんなにどでかい国土を持っているのは、モンゴルの支配地をそのまま受け継いで拡大したから。そもそもは黄河、長江流域の中原地域だけを支配していた歴代のいわゆる中国各王朝が、満州・内蒙古・ウイグル・チベットを含む漢民族以外の領土を持つようになったのも、モンゴルが拡大した支配地をそのまま受け継いだからだ。

モンゴル帝国については、学校の世界史ではほとんど習わないのですよね。
チンギス・ハン率いる騎馬民族が中国を支配下に置いて「元」という王朝を作ったこと、西方まで勢力を広げてキプチャク・ハン国、イル・ハン国、チャガタイ・ハン国といった国になったことや、日本も支配しようと戦争を仕掛けたが失敗したこと、、、くらいしか教科書には出てこない。
元寇の脅威と西欧中心の歴史観が相まって、モンゴル帝国=残酷な虐殺を繰り広げて人民を蹂躙した悪徳国家のような印象が強いのだけど、モンゴルが全ユーラシアを平定したからこその安定の時代「パックス・モンゴリカ」の時代があり、世界史に大きな影響を与えた、というのがこの本の主張。
この本を読むと、モンゴル帝国の行ったことっていうのは、教科書1、2ページ程度でトピックス的に扱われる辺境での出来事ではなく、世界史上の最重要の出来事のひとつだったことはおろか、モンゴル帝国が作り上げたことが現代社会の基礎として受け継がれていることがよくわかる。

モンゴルという国は、交易、すなわち商業を中心に成り立っていた。遊牧民の暮らす本国は何ら産物を生み出すわけではなく、支配した土地から収奪する、或いは上納させる富で権力を維持していた。やがて収奪が一定の限界に来ると、交易を発達させることで国家の収入を得ることになる。
モンゴルが行った国家運営が他の国々と違っていたのは、代表的には以下のようなこと。
●統治者であるハーンは指名による世襲ではなく、一族のみとはいえ選挙を通じて選任されていた。
●公正な貿易を行うために広い支配地域に共通の法律を整備した。
●道路を整備して山賊を取り締まり、50kmごとに駅を置く駅伝網を整備することで情報通信網を整備した。
●世界中から集めた莫大な富を信用に、紙幣を流通させた。
●異民族を支配はするものの、忠誠さえ誓えばその地方に大きな自治権を与え、宗教や言語は押し付けず、政教分離を行い信仰の自由を守った。
モンゴルの国家運営はとても合理的で、それらはいずれもそれまでの中世社会にはなく、とても革新的なことだった。
そしてそれらは、後にグローバル化していく世界の価値観・・・資本主義や民主主義、政教分離や自治による連邦制などの基礎となっていったということなのだそうだ。

そもそもモンゴルがユーラシア大陸を東から西まで統一するまでは、ヨーロッパ~西アジアまでの地中海世界と、中国・東アジア世界の間には直接的な交流はなかった。それぞれの地域がそれぞれに発展を遂げてきたわけで、13世紀のモンゴルの出現によってはじめて「世界史」が始まったのだ。
そして、交易が活発化することで、羅針盤などの航海技術や製紙技術、印刷技術、それに火薬などの軍事技術など中華文明の優れた技術が14世紀を通じてヨーロッパに伝わったことが、15世紀以降のヨーロッパのルネッサンス、そして世界進出の礎になったのだそうだ。
もっとも良いことばかりではなく、ペストという災厄をヨーロッパにもたらしたのもモンゴルの交易網によるものなのだが、ペストで中国世界が壊滅的になったからこそのその後のヨーロッパの躍進という側面もある。
もし、モンゴル帝国が存在しなければ、ヨーロッパの席巻する大航海時代はなかったのかもしれない。アメリカの発見やアフリカの植民地化もなかったのかもしれない。
もし、元寇に敗れて日本もモンゴルの支配地となっていれば。朝鮮やチベット同様にそのまま中国の属国となっていた可能性も大いにあり得る。
まぁ歴史に「もし」はなく、歴史いうのはそうやって相互に影響を与えながらすすんでいくものだけれど。

ちなみに元は、1274年と1281年の二度の失敗で日本をあきらめたあと、1288年にはベトナム、1292年にはジャワ(インドネシア)にも派兵し、敗北している。それで海での戦いには懲りて台湾やフィリピンには攻撃すらしなかったのだとか。日本が守られたのは、神風なんて関係なく、ユーラシアを席巻した騎馬隊の戦法は海では通用しなかったということだったのですね。
同様にヨーロッパの西への侵攻が旧ソ連圏までで止まったのも、森や山脈に阻まれてのこと。馬に餌を与えるために必要な草原がない場所では、モンゴル軍は思うような活動ができなかったのだそうだ。

いずれにしても、学校で教わる「世界史」というのは「西欧史」と「中国史」に偏りすぎていて、ついつい西欧と中国が古代からずっと覇権を握り続けていたような潜在意識を刷り込ませるのだけれど、なんてことはない、パックス・モンゴリカの時代、西欧は世界の辺境だったし中国も非支配地域だったのだ。
それが時代を経るうちにひっくり返る。
世界は元々、そんなふうにダイナミックだった。
アメリカと中国の関係がどんどんキナ臭くなっている昨今の情勢。
そんな中でこの国はどこへ向かおうとしているのか?
なんとなく今までの流れの延長上でなんとかなるさとぼんやりしてたら、とんでもない場所へ追い込まれてしまうのではないのかしら?なんて思ったりもする。









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コメント

[C3228]

つき子さん、こんばんはー。
まぁ、モンゴルもいいことばっかりではもちろんないのですがね。反抗する国は皆殺し状態で徹底的に殺戮したそうです。見せしめにして、その噂を隣の国に流して、戦わずに服従させるという戦略だったそうですが。
レールだけ敷いてあとは任せた、税金さえちゃんと納めてくれたら細かいことは言わないよー、という統治がいいなぁと思うのは、現状と照らし合わせての憧れがあるんでしょうね、きっと(笑)。

世界地図は見ていて飽きないですねー。
アフリカに、世界で唯一、四つの国境が重なる場所があります。探してみてー♪
  • 2018-08-29 21:35
  • goldenblue
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[C3227]

モンゴルの国家の統治の仕方がその地域の運営を尊重しつつ、というか、任せた感、というか、統治追いつかない感?ポイントは押さえて、あとは自由に感、お好きですか?今、一人イタリアンを楽しみつつ、世界地図帳をあちこち見ていて、とてもおもしろい。コロンビア=コーヒー豆!みたいな雑な感じもおもしろい、南アフリカ=金!です。ハハハ
  • 2018-08-29 20:25
  • つき子
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[C3226]

Bach Bachさん、こんばんはー。
春休みのイスラム本に続いて、夏休みはモンゴルでした。
ほんと、歴史の積み重なりには壮大な気持ちになりますし、今の状態が永久ではないということを知る意味でもためになります。

モンゴルの音楽はあまり詳しくないですが、中世の草原の風景が浮かぶような壮大にして儚い感じがありますよね。

次は時代を下って、オスマン帝国かティムールの本を探そうと思います♪
  • 2018-08-28 20:39
  • goldenblue
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  • 編集

[C3225] うわ~勉強になります!

メッチャ面白かったです!西洋世界を除外してみると、イスラム帝国が消えたギリシャの知を保存して、その後にモンゴル、そしてまたイスラムなのですよね。今は世界が西洋世界中心にグローブされてますが、その下層にこういう歴史が幾層も積み重なってると思うと壮観です。
民族音楽を聴くと、こういう800年も1000年も前の歴史の残滓が残っているのに出くわす事があるのは驚きです(^^)。

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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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