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京都ホテル

「暑っついなー。今、何度ある?」
「たいしたことないで。ほんの35℃。」
「地獄やん。」

灼熱の太陽が降り注ぐ真夏に、僕たちはひたすら石膏ボードを運んでいた。
石膏ボードとは、壁や天井に貼り付ける建築資材だ。一枚はちょうど畳一畳分くらいあって、重さは一枚だとせいぜい3kgとかくらいだろうけど、一枚では効率が悪いのでだいたい一度に5枚くらいは運ばなくてはならない。
建築中の建物の現場は、当然クーラーなんて設置されてはいないし、安全のために貸与されている長袖の上着はすでに汗を吸って重くなっているのに脱げない。
屋上から吊るされたクレーンで何千枚という石膏ボードをフロアに運び上げる。そこから各部屋へは、僕たちのような下請けの人足が手作業で運ぶのだ。
運んでも運んでも一向になくならないボードの山。
吹き出す汗。
確かに地獄だ。

現場は、当時景観問題で京都市民を二分していた京都ホテル。
17階立て、地上60mの高さは、従来は規制により建てることができなかった建物だ。
最初の会社を辞めて無職だった僕は、とりあえずいろんなアルバイトをして糊口をしのいでいた。最初にやった印刷会社でのアルバイトはなんだかやる気のないくすぶった感じにいたたまれなくなってすぐに辞めた。設計事務所でのアルバイトはわりと楽しかったのだけれど、いかにも典型的な中小企業の社長タイプのワンマンな社長が鼻についてやめた。昼夜二交代制の自動車工場のラインは給料こそよかったものの、長く続ける種類ものではなかった。そうやってアルバイトを転々としているうちに、建築現場の日雇いに落ち着いたのだ。
日雇い会社から人足として向かわされたのが京都ホテルの現場だった。
石膏ボードだけじゃなく、天井に張り巡らせるステンレスの骨組みみたいなものや、アスベスト入りの断熱シート、玄関ホールの大理石の床石やら、ホテル内のチャペルの白い扉やら、スイートルームに入れる大型のテレビ台や、とりあえず何でも運んだ。今は一般人が決して立ち入ることができない屋上の給水塔にも登った。腰から安全ベルトをぶらさげて屋上の上に組まれた足場の上で鳶職の真似事みたいなこともした。遥か向こうの大文字山が同じ目の高さに見えた。

建設現場の良いところは、日当がそこそこ貰えたことと、その日の仕事あがりに現金で貰えたこと。
日雇いだから毎日行く義務はないのだけれど、工期が押し気味だったのか「明日も頼むわ。」と言われると断りきれず、まぁ金もないしどーせヒマだしと週6ペースで出勤していた。
毎日現場へ行っているとだんだん顔見知りが増えてくる。基本、そういう現場へ働きにくる奴らは、どいつもこいつもけっこうどこかぶっ飛んでいる。ギャンブル狂い、借金まみれ、宵越しの金は持たない遊び人、あるいはいわゆる社会生活不適合者。そういう僕だって、周りの人からそう見られていたのかも知れないけれど。
年齢不詳のジイサン(といっても当時の僕からジイサンに見えただけで実際は50くらいだったかも知れない)から10代の学生までいろんな人たちがごちゃごちゃ働いていた中で、自然に仲良くなったのは同世代の連中で、とりわけ意気投合したのは同い年のツカサくんだった。確か本名は中務とかだったと思うけど、みんなツカサくんと呼んでいた。
ツカサくんは元パンク・バンドのヴォーカリストで、ピストルズとスタークラブの大ファンだった。
「お前、ギター弾けるって?バンド演ろうぜ。今何もやってへんし、ウズウズしてんねん。」
コンビニで買ってきた安いシャケ弁当を食ってるときに、ツカサくんがそう持ちかけてきた。
「弾けるってほどではないけどなぁ、まぁコードガチャガチャするくらいやったら。」
「上等上等。パンクバンドやで。ジャジャーン、ガシャーンでええねん。」
「リズムは?」
「時々来てるシミズくんっておるやろ。あいつ叩けんねんて。ベースはシミズくんの彼女の友達。」
「あー、けっこう男前のあいつな。」
「シミズくんな、家は横浜やねんて。」
「そうなん?なんで京都でバイトしとんねん。」
「なんかな、京都におる彼女が東京の方に遊びに行った時に知り合って、こっちへ転がり込んできたらしいで。」
「そーなんや。自由やなぁ。」
「ロッカーっぽいやろ(笑)。」

それからはツカサくんとシミズくんと、三人が同じ現場になるたびにバンドの話。
「何演る?」
「下手くそやし、簡単なやつで頼むわ。」
「勢いイッパツでいけるって。」
「パンクやしな。」
「とりあえず、ピストルズは演りたいねん。」
「そこははずされへんとこなんや。」
「あと、ラモーンズな。」
「ええな。」
「それからスタークラブとコンチネンタルキッズやな。」
「そのへんはちゃんと聴いたことないねんけど。」
「ま、だいたいでええんちゃうの。今度貸したるわ。」

いよいよスタジオに入る日が決まった。
曲はとりあえず“Anarchy In The U.K”と“電撃バップ”と“White Riot”。
電撃バップとWhite Riotはなんとかなりそうだけど、ピストルズは意外に難しい。アーイ、ワーナービーィ、イーッ、アーナーキィーッのところのE、D、Cと下がってくるところがなんとも感じが出ない。リズムを取るタイミングがなかなかうまくいかないのだ。ピストルズのライヴ・ビデオも借りてみたけど、シド・ヴィシャスがピョンピョン跳び跳ねているばっかりでまるでわからない。
「ま、いいか。勢いイッパツだ。」なんてうそぶきながら、毎日汗だくになって泥まみれになってヘトヘトで疲れた体でせこせこと練習をする。スティーヴ・ジョーンズだってああ見えてもきっとこうやってせこせこと練習したんだろうな、なんて思いながら。

けれど、結局このバンドは、スタジオにすら一度も入ることはなかった。
灼熱の炎天下の作業中に、僕が意識を失って倒れてしまったのだ。
病院に運ばれ点滴を受ける。診断としては軽い熱射病ということだったのだけど、そもそもが貧血というか栄養不足というか、体力が弱っていたのだろう。だいたい朝飯抜き、昼はおにぎり、夜はビールとラーメンかチャーハンみたいな食生活が1年以上も続いていたのだ。そりゃ栄養も偏る。まして暑さには定評のある京都の夏に炎天下での体力仕事。いくら若いとはいえ、ガタがこないはずはない。
入院こそしなくて済んだものの、その夏僕は一切の仕事をせずに療養することを迫られたのだ。
携帯もない時代、バイトに行かなきゃメンバーとのコミュニケーションもない。ツカサくんたちは別のギタリストを見つけたものの、ドラムのシミズくんが、彼女とケンカ別れして同棲していた部屋を追い出されて横浜へ帰ってしまい敢えなく解散となってしまったと後になって聞いた。

そろそろまともな仕事を探すべきなんだろうか。
それとももう少しふらふらしていようか。
俺、どこへ向かっているのかな。
そもそも何がしたいんだろう。
なんとでもなる、どうにでもなる。そういう自信だけはなぜかあったのだけど、根拠はどこにもなかった。
空はいつの間にか少し秋めいてきて、高い空にいわし雲がなびいていた。


2018071707532191c.jpg
Ramones / Ramones

“電撃バップ”




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コメント

[C3213]

ご訪問ありがとうございます。
ブログ記事、いくつか拝見させていただきました。
音の好みはとても近いように感じました。
今後ともよろしくお願いします。
  • 2018-07-18 22:42
  • goldenblue
  • URL
  • 編集

[C3212]

何とも言えない素晴らしい記事ありがとうございます。
読んでて、昔自分が書いたブログを思い出しました。よかったら
http://southerncomfort.yoka-yoka.jp/e615560.html#comments

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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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