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河童くんの池

毎日学校の帰り道に道草をするのが大好きだった。
小学校3年とか4年の頃だ。
子供の足で15分くらいの道のりの間には、田んぼがあり畦道があり、用水路がありため池があった。
春にはたんぽぽの綿毛を飛ばし、いちごをつまみ食いし、夏にはおたまじゃくしを捕まえ、大きな蓮の葉の上で水玉を転がし、秋にはトンボを追いかけ、干してある稲わらに体当たりする。食用ガエルや草ガメもたくさんいた。何にもいないときは空き缶を集めて用水路に流してレースをしたり、ため池に浮かべて石を投げて撃沈させたりした。
楽しかったのはザリガニ釣りだ。用水路の端っこでザリガニを捕まえる。そいつの腹を割って中の肉を紐に結びつけてため池の淵から池の中へたらすと、ザリガニが食らいついてくる。
おもしろいくらいよく釣れて、バケツの中へ数匹のザリガニを放り込むとザリガニたちはハサミを振り上げて闘いを始める。そいつらに名前をつけて闘わせて遊んだ。
遊べるネタは無限にあって、飽きることはなく、いつも泥んこで帰っては母親に叱られた。

その日もひとりでザリガニを釣っていた。
釣り上げたザリガニの腹を割ろうとしていたとき、後ろから声が聞こえたんだ。
「かわいそうだからやめてあげて。」
振り向くとそこには、河童がいた。
ひょろんと細長い手足、背丈は僕より少し小さいくらいだろうか。全身は雨蛙よりは濃いくらいの浅い緑色で、頭の上には絵本やなんかで見た通りに薄い黄色のお皿が乗っていた。
「かわいそうだからやめてあげてよ。」
河童は今にも泣きそうな顔をしていて、なぜだか僕は素直にそうだなと思った。
「うん、そうだね。かわいそうだね。」
「ありがとう。」
河童くんの声はちょっと甲高く、ちょっとくちばしにかかったような不思議な声だった。
「君はこの池に住んでいるの?」
「そうだよ。」
その年はカラ梅雨で雨が少なく、池の水はいつもの年の半分くらいに干上がっていた。
「今年は雨が少なくってさ。ザリガニだっていろいろとたいへんなんだよ。」
「そうなんだ。ごめんね。」
「雨が降らないといろいろ困るよね。大好きなきゅうりもあんまりとれなくって。」
「やっぱりきゅうりが好きなの?」
「うん。きゅうり、食べたいなぁ。」
「じゃあ、僕、明日持ってきてあげるよ。」
「えっ、ほんと?」

そうして僕と河童は友達になった。
畦道でかけっこしたり、縄跳びをしたり、キャッチボールをしたり、野球盤で遊んだりした。
ユニホームが緑色だからという理由で南海ホークスのファンで、僕が大阪球場に連れていってもらったことがあると言ったらとてもうらやましそうにした。
そんなにふうに僕は学校が終わってから毎日河童くんと遊ぶようになった。ランドセルを置いて、隣のおじさんが小さな庭で作っている畑からきゅうりをもらって持っていくんだ。
そしてきゅうりをふたりでかじった。
「きゅうりって意外とおいしいんだなぁ。」
「そうだろ?」
「あんまり好きじゃなかったんだけど、好きになったよ。」
「きゅうりほどおいしいものなんてないよ、きっと。僕たちはお肉とか食べないから。」
「そうなんだ。」
「生き物が生き物を食べるなんてさ、残酷だよ。」
「そういうもんかなぁ。考えたことなかったけど。」

やがて夏休みに入ったある日のこと。
その日、河童くんは浮かない顔をしていた。
「ゆうべお父さんに聞いたんだけど、この池、埋め立ててられちゃうかも知れないんだって。」
「えーっ、どうしてー。」
「この池を埋め立てて道路を作る計画があるんだって。お父さんもお母さんも反対運動をしていたんだけど、決まってしまったみたい。」
「そんな、、、引っ越しちゃうの?」
「うん、わからない。でも、近所の池もぜんぶ埋められちゃうんだって。」
「どうしてそんなことするんだろ。」
「うん、よくわからないけど、便利になるんだって人間たちが言ってたって、お父さんが言ってたけど。」
「別に今も何にも不便じゃないけどなぁ。」
「そのうち海の上に作る飛行場まで道路をつなげるんだって。山も崩したり、トンネル掘ったりして。それで、道路のそばにはスーパーマーケットやレストランができるんだって。」
「そんな・・・だからって埋め立てなくても。」
「まぁ、でもまだ決まったわけじゃないし。それより遊ぼ。」
「うん。今日は何をする?」
「野球!」
「じゃあぼくが門田ね。」
「じゃあ、ぼくは江夏。」
「おんなじチーム同士で対戦するのって変じゃない?」
「じゃあ、阪急の山田。」
そう言って河童くんはアンダースローで小石を投げる。僕が空振りをして、河童くんはガッツポーズ。

それからしばらくして。
お盆に母の田舎に帰ることになって、一週間くらい池に遊びに行けなかった。田舎から帰ったあとも、宿題もたまっていたし、夏休みの工作も作らなきゃいけなかったし、子供会のサマーキャンプにも行かなきゃいけなかった。
あぁ、河童くん、どうしてるかな。
河童くんの世界には宿題はないのかな。
「ちょっと遊びに行ってくる。」
「どこ行くんや。あんた、よく池に行ってるやろ。あの辺、危ないから行ったらあかんで。工事始まるから。」
「えっ!」
そんな、ほんとうに工事しちゃうの?
ダメだよ、池を埋め立てちゃ。
道路なんていらないよ。
僕は、慌てて池へ走った。
河童くんの好きなきゅうりを持って。
はぁはぁと息を切らせて池にたどり着くと。

・・・そこに池はなかった。
オレンジと黒の柵が張りめぐらされ、立ち入り禁止の看板が立っていた。
そして、ブルドーザーがごうごうと音を立てて土を運び、池を埋め立てていたんだ。
黄色いヘルメットを被ったおじさんがやってきて、おい、坊主、危ないからあっちへ行け、って。
河童くん。
どこへ行っちゃったの、河童くん。
僕はただ、わんわん泣いていた。
池のそばで、きゅうりを持ったまま、ただただずっと泣いていた。


春になる頃には、河童くんの池があった場所にはとても大きな道路が通って、車やトラックがびゅんびゅん走るようになった。
道路沿いにはガソリンスタンドやスーパーマーケットができた。お母さんはすごく便利になった、今までは隣の町の市場まで行かなくっちゃいけなかったのが近くなったし、何でも揃うようになったって喜んでいたけれど。
道路の先の山のほうにはたくさんの住宅ができて、転校生がいっぱい入ってきた。
僕は5年生になって、学校の帰り道に道草をすることもなくなった。
あなた最近きゅうり食べられるようになったのねぇ、前はよく残してたのに、それと、お肉はそんなに好きじゃなくなったのね、ってお母さんが言う。
そうだよ、きゅうりほどおいしいものなんてないよ、ねぇ、河童くん。

今も、きゅうりを見ると思い出すんだ。
特に今年のようなカラ梅雨の年には。
「おい、かぱ太郎、もう行くよ。」
「だって、友達が。」
「結局、わたしたちと人間は、うまくやっていけないんだよ。」
「でも、、、」
「仕方のないことなんだ。」
そんなふうにして池をあとにした河童くんの姿が、浮かんでくる。
そして、泣き出してしまいそうになる。
人間って勝手だよな。
今も元気でいてくれるといいな。
僕と遊んだこと、覚えてるかな。
人間のことを恨まないでいてくれるといいんけど。




20180626211054b46.jpg
For Everyman / Jackson Browne

I Thought I Was A Child





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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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