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なんば地下街喫茶V

その喫茶店は、地下街の中にあった。
通学経路の乗り換えターミナルだった難波駅。店頭にはコーヒー豆を売るコーナーがあり、室内はやや薄暗く、4人掛けのテーブルがいくつかの島に分かれて15ばかりあっただろうか。
コーヒーはブレンドとアメリカン、他にはミックスジュースやクリームソーダがあり、サンドイッチやカレーやナポリタンといったいくつかの軽食メニューがあった。つまりは駅のそばという立地だけが売りの安っぽい喫茶店だ。
浪人して受験なんてまっぴらだと思った僕は、とりあえず滑り込んだ京都の三流大学に通うことになった。
自宅から学校までは電車を4つ乗り継いで2時間。下宿なんてさせるお金はあらへんで、という親にそれ以上借りを作りたくなくて、僕は下宿をするための資金稼ぎのアルバイトを始めたのだ。たまたま通りがかった喫茶店にアルバイト募集のビラが貼ってあった。時給は確か750円。夕方6時から閉店の10時まで一日4時間を週に5回。高校時代、休みの間のバイトはいくつもやったけど、週5とかでちゃんと働くのは初めてだった。
ポマードをべったり頭に塗りたくった小太りの店長がいて、島田紳助似のヤンキー崩れのウェイターが店内を仕切っていて、薄いブラウンのカッターシャツとブラウンのネクタイと黒のスラックスを貸与された。ウェイトレスは紺のチェックのブラウスだった。
そもそも郊外の田舎町で育った金のない高校生だった僕は、喫茶店なんてろくに行ったこともなかったから、最初はヘマばっかりやらかしていた。
「オーダー入りまーす。ミックスサンド1。」
「飲み物は?」
「えっ?」
「普通、サンドイッチ注文したら、飲み物も頼むやろーがっ!」
「いや、お客さん、何にも言われてなかったですけど。」
「水でサンドイッチ食う奴おらんて。もう一回聴いてこいや。」
「は、はぁ。(そーゆーもんなんかなぁ、、、とほほ。)」
みたいな。
あまりに僕が世間知らずなので、僕はボンというあだ名をつけられた。関西弁で言うボンボン、お坊ちゃん育ちという意味だ。

2、3ヶ月してちょっと仕事に慣れた頃、新しいアルバイトが入ってきた。3つくらい年上のやぼったい男で、確かシモヤマとかいった。
シモヤマくんはロックが好きで、パチンコが好きで、大学に行っているとか訳あって休学中だとかなんかそーゆーことを言っていた。喫茶店には有線が入っていて、休憩時間に10円玉を握りしめて好きな曲をリクエストするのだけがこのアルバイトでの唯一の楽しみだった僕は、シモヤマくんと同じシフトの日にはロックの話ができるのが楽しみのひとつになった。
「ナイトレンジャーのニューアルバム、かっこよかったで。」とシモヤマくん。
「そうなんや。まだ聴いてへんけど。最近はハード・ロックよりも、スタイルカウンシルとかトーキングヘッヅがよかったかな。」
「スティングもソロはジャズっぽかったしな。」
「MTVで観たわ。」
「あと、エアロスミスが復活アルバムをレコーディング中らしい。」
「え、まじで。RUN-DMCで当たったから調子乗っとんな。」
「クラッシュも新メンバー入れて活動再開、ミック・ジョーンズは新しいバンドを結成したらしい。」
「へー。そらすごいな。」
そんな具合。

そんなふうにして夏休みも終わる頃、シモヤマくんが、なんだか妙に深刻な顔をして「バイト終わったらちょっとええか。深刻な相談があんねん。」って言ってきた。
なんだかよくわからないままバイト上がりに居酒屋へ行き話を聞いた。深刻な話とは、つまり金を貸してくれということだった。なんだかよくわからないままだったけどよほど深刻なんだろうと思って、僕はなけなしの貯金の中から3万円を貸した。
「助かるわぁ。これで学校辞めんで済むわ。来月の給料日には返すから。」

その翌週。
シモヤマくんはバイトに来なかった。
急用ができたとか、体調が悪いとか。
一週間が過ぎ二週間が過ぎてもシモヤマくんから音沙汰がない。
不安にはなった。でも、きっと何か理由があるんだろう、と思うことにした。信じて貸したんだからと誰にも相談しなかった。
結局、給料日が明けてもシモヤマくんからの連絡はなかった。
「店長、実は、シモヤマさんのことなんですけど。」
「あいつ?もう来ぇへんで。おとついくらいか、給料取りにきて、辞めるって。」
「え、、、」
僕の顔は真っ青だったはずだ。
「どうしたんや。」
「実は、金貸してたんです。給料日には返すからって。」
「あほやな、お前。そりゃ戻ってこんで。無理無理。あんなんに貸した方が悪いわ。見たらわかるやろ、だらしなさそうなとこくらい。」
「そんな、、、」
「先に相談しといてくれりゃ、給料から差し引くこともできたやろうけど、もう渡してしもたがな。どないもならんで。」

社会っていうのはこういうとこなんだ。
自分の馬鹿さ加減が身にしみた。
そうやんな。店長の言うとおりだ。
なんて甘ちゃんなんだ、僕は。
店長は落ち込んでいる僕をよそに、バイトメンバーにそのことを言いふらしまくる。
「ボンな、シモヤマに金貸しててんて。」
「えー、まじで。」
「なんぼ?」
「3万。」
「うそっ。ありえへんな。」と厨房のヤマグチさん。
「俺に貸してくれたら、パチンコで倍にして返したんのに。俺にもなんぼか貸してくれや。」と紳助。
「3万あったら、ソープ行ってドーテー卒業できたのにな、ハハハハハ。」
「2週間分、タダ働きっ。ご苦労っ!」
「お前、ほんまボンやな。ボンボンやのうてボンクラのボンや。」
「そんな可哀想なことゆーたりなや。言われてもしゃーないけど(笑)。」とヤマグチさんと付き合っていたウェイトレス。
「・・・なんとかなりませんかね。」
「そら無理やろ、お前。借用書とかももろてへんねやろ。」
「・・・はい・・・」
僕はただただ小さくなって、逃げ出したいような気持ちをただただじっと堪えるしかなかった。

今の僕を知っている人からすれば、きっとピンと来ないエピソードだと思う。
今の僕はそんな気の弱いキャラとはとても遠いところにいる。むしろ、頑固で理屈っぽくて、誰に対しても物怖じせず言いたいことを言いまくっている、一癖も二癖もある男だと思われているはずだけど、あの頃はそうじゃなかったんだ。ほんとうに子供だったと言えばそうなんだけど。

10月も過ぎた頃、なんとか目標だったお金を貯めた僕は、大学の近くに下宿するためにバイトを辞めた。3万円はとうとう返ってこなかった。
その喫茶店は今もまだ難波駅の地下街の中で営業していて、たまに仕事の用事や実家へ帰る途中なんかにその喫茶店の脇を通ることがある。
悔しいけれど、ああいう経験したことで強くなったことは確かだ。
誰かがどこかで腹を空かせながら狙いを定めている。弱みを見せたら食いつかれる。そんなサバンナみたいな世の中で、いっちょまえに生きていくためには、したたかでなくっちゃいけない。自分の意思を強く持っていなくちゃいけない。あの頃、そう強く思ったんだ。



20180523214711d23.jpg
The Dream Of The Blue Turtle / Sting




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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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