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♪グレーのパーカーにまつわる小さな事件

いつもの通勤電車。
僕は車両の一番奥の、隣の車両への扉の辺りに吊革を握って立っていた。
すし詰めというほどではないけれど体を少しでも動かせば隣の人の体に触れるくらいには混んでいる。
いつものように電車はターミナル駅に着いた。
降りようとするのだけれど、通路が満員なのに椅子に座っていた人たちがその満員の通路に立ち上がるのでその入れ替わりがもたもたとしていてなかなか動けない。
僕の横で立っていた大学生くらいの女の子はこの駅で降りないらしく、前の席の女性が立ち上がるのを待っている感じだった。ようやく通路が少し空いて、座っていた女性が立ち上がり扉へ向かう。
そのとき、大学生っぽい女の子が急にしゃがんで、床に落ちたグレーのパーカーらしきものを拾いあげる。座っていた女性が立ち上がったときに落としたらしい。その女性は気づかずに降りてしまったらしい。
僕はその女の子の後ろをすり抜けて扉に近づいてから、その女の子が困惑していることに気がついた。
拾いはしたものの、彼女はその駅では降りない。つまり、落とし主を追いかけて手渡してあげることができない。

あ、

そう思ったときにはもう遅かった。
僕は電車を降りてしまい、扉は閉まろうとしていた。
彼女はグレーのパーカーを手に持って困惑したままだった。
そして扉が閉まって電車が動き出したとき、彼女はそのパーカーを、そっと網棚の上に置くのが見えた。
電車は駅を離れていった。

「渡してこようか。」と、どうして声を描けることができなかったのだろう。
2秒。ほんの2秒だけ、気づくのが遅かった。
あ、と気づいてから状況を再確認できるまでの一瞬の躊躇。
せっかくの彼女の優しさのバトンを受け取ってあげることができなかった。
そのことで、ずいぶんともやっとした気持ちが残ってしまった。僕にも、その女の子にも、そしてパーカーを落としてしまった女性にも。
おそらくは、終着駅で網棚に残ったままのグレーのパーカーは、駅員さんに見つけられただろう。よくあることとして終着駅で遺失物として取り扱われるだろう。落とし主の女性に探す気持ちと時間の余裕さえあれば、グレーのパーカーは彼女の元に戻るだろう。彼女はほんの不注意で時間を浪費したことをもやっとした気持ちのまま受け入れるしかないだろう。
パーカーを拾った女の子も、きっともやっとしているだろう。パーカーを網棚に残したまま電車を降りるとき、きっと心が痛んだだろう。自分が降りるべき駅ではなかったけれど、降りて追いかけるべきだったのかもと自分を責めているかもしれない。落とした方が悪いんだ、そのせいでどうして私がもやっとしなきゃならないの、と思っているかもしれない。彼女はまた同じことがあったときは、拾いあげることすら躊躇してしまうかもしれない。
そして、その状況にほんの一瞬立ち会ってしまった僕ももやっとした気持ちが残ったままだ。
どうして一言声を掛けることができなかったのか。さっとパーカーを受け取って、素早く落とし主を追いかければ、誰ももやっとすることはなかったのだ。
こういうもやっとした気持ちの積み重ねが、人と人との関わりを消極的にしてしまう。そういう経験の積み重ねが、世の中の平和を少しずつ悪い方向へ回転させてしまうのだと思う。

ずっと前にね、電車の中で鼻血が出て、カバンを探してもポケットを探ってもティッシュがなくって困っていたときに、さっとティッシュを差し出してくれた人がいたんだ。そのとき、こういう人になりたいって思ったんだ。
そういうことが自然にできる人こそが、本当の大人で、そういう人たちが世界を平和にしているんだと思う。
とっさのときの判断力と行動力。そういうことの大切さを、僕らはあの大きな地震から学んだはずだったのに。
反省。


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日々のあわ / ハナレグミ

「きのみ」


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コメント

[C3200]

Okadaさん、こんにちはー。
この文章は、10秒かそこらのうちに起きた自分の心の動きを文章化できるのか、という試みでもありました。もやっとした気持ちが書いてすっきりしたという面もあります。
確かに難易度高いかも。でもそうすべきだったと思ったのは、女の子の困惑した表情に戸惑ってしまったかもしれませんね。

ハナレグミはいいですねー。痛いのに甘いという感覚を感じさせてくれる音楽は他にあんまりないかも。


  • 2018-05-10 08:18
  • goldenblue
  • URL
  • 編集

[C3199]

そのシチュエーションで瞬時に状況を理解し声をかけるのは、かなり難易度が高そうですね。
パーカーはきっと持ち主の元へ返ったのではないでしょうかね。

ぼくも先日うっかり傘を駅のホームに忘れてしまい、すぐに電車の中で気付いたものの引き返す時間がなくて
数時間後に駄目元で窓口に確認してみたら、しっかり保管してくれていて、無事に返って来ました。
傘くらい買い直せば良いか、なんて諦め半分だったんですけど、返ってくると嬉しいものですね。
以前、財布を落とした時も、落とした時のまま綺麗に返って来たこともありますし、
忘れ物・落し物を見つけた時は、しかるべき対処をしようと心掛けています。

きのみ、良い歌ですね。
  • 2018-05-09 23:08
  • Okada
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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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