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◇みんなの図書室

「電車の中に乗っている人が全員スマホを見ていた」なんてことがよく言われる。
たいていは否定的な文脈で、新聞の投書欄なんてガキやジイサンがよくこーゆーこと書いてたりする。「近頃は」云々とか、「僕は読書をしたほうがいいと思う」みたいなトーンで。
確かに、こんな現象はこの数年のことだ。
でも、それは悪いことなのだろうか?
通勤電車、隣りあわせた見ず知らずの人たち、その人たちのと何か心を通わせる必要がどこにあるかしら?むしろそんなめんどくさい公共から離脱できるプライベートな空間を多くの人たちが手に入れることができたというのは、素晴らしいことなんじゃないのか、と天の邪鬼な僕は思うのです。
電車の中で本を読んでいても誰も否定しないのに。公共からの離脱、自分だけの世界への逃避、という意味では本もスマホも変わらない。
電車の中で新聞広げているおっさんが駆逐されたのはむしろスマホの功績だ。狭い中で無理やり畳んだり、隣の人のスペースまで広げてきたり、あれはけっこう迷惑だった。
公共の中での共感なんて求めちゃいないのに、そういうのを否定するのってなんだか矛盾してる気がするよね。
そういうありきたりでありがちなことを平気で言ったり、それにのっかってるのがどうもあんまり好きじゃない。
自分のアタマで考えずに世間の当たり前をなんとなく鵜呑みにしている奴がさ、普通の顔して普通に差別的なことやハラスな振る舞いをするんだ。そういう人たちが「この程度のことは昔から当たり前だった。」とハラスメントを擁護したり、「この国も武装すべきだ。あんたの息子を国のために貢献させるべきだ。」とか言い出すんだよ。
考えもせずにイメージにのっかって。

だいたい「読書」を持ち上げる人に限って、実はあんまり本なんて読んでいなかったりする。
読んでいたとしても「◯◯を◯◯するナントカの方法」だとかそーゆービジネス本やハウツー本程度だったり(笑)。
活字中毒者の実感としては、読書は、学んだり感性を磨いたり、自分自身を見つめなおしたり、という以前に、現実逃避のための有効なツールだ。現実逃避という言い方が否定的だとすれば、リアルの人生とは違う別の人生を覗き見るツールとでもいうか。たくさんのものを読んだ結果として知識や見聞が広がったり論理立てや表現力が高まったりすることもあるけれど、それは副次的なもの。結果のひとつであって目的ではない。
おそらくは読書の代わりにスマホを使うことによって得られる能力というのもきっとあるはずで、それはそれでこれからの時代を生きていくのに大切な能力になるのかもしれない。
だから読書を持ち上げるのはなんか好きじゃないな。
楽しみのひとつでいいんだと思う。


読書が心から好きなんだな、と思わせてくれる作家さんのひとりが、小川洋子さん。

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みんなの図書室 / 小川洋子

「みんなの図書室」という本は、文学作品を紹介するラジオ番組を本の形にまとめたもの。
紹介される本は、古今東西の古典から現代の作家、ベストセラーから恋愛もの、推理小説、エッセイ、絵本や児童文学までなんでもあり。
感想が素直すぎて食い足りない感もあるけど、評論家チックに頭でっかちじゃなく、純粋に好きな感じが伝わってきて好感がもてる。

楽しみとしての読書。
ツールとしてのスマホ。
そもそも相容れないものではないはずだよねー。




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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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