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天王寺ステーションデパート

ショー・ウィンドウに飾られた色とりどりのたくさんのメニューの中で、5才だった僕の目を奪ったのは「お子さまランチ」だった。
うすいグリーンのクラシック・カー型の陶器のお皿ににぎやかに並べられた唐揚げ、ハンバーグ、エビフライ、オムレツ、フルーツ。山型にこんもり盛られたチキンライスの上には、カナダかどこかの国境が飾られていた。
うわぁー、かっこいい。こんなの見たことない。
でもな。贅沢だな。
「タケシ、どれにするか決めたか?」
「う、うん。」
注文したいものは決まっていた。あのお子さまランチだ。
でもな。高いんじゃないのかな。
こんな高いもの、頼んでいいのかな。

何の用事があったのか、よく覚えていないけれど、その日は珍しく百貨店でお買い物。母と、兄。弟はまだ生まれてなかったんじゃなかったかな。お昼を過ぎて、上の方の階にあるレストランでごはんを食べることになった。
子供の頃、なぜか僕は、自分の家は裕福ではないと子供心に思っていた。服も絵本も全部兄のお下がりだったし、ほしいおもちゃも買ってもらえなかったし、母は何かにつけて「もったいない。」って言っていたから。
父も母もしっかりした人だったからひょっとしたら、贅沢をせずに無駄遣いをしない暮らしを心がけていたのかもしれないし本当のところどうだったのかはよくわからないけれど、子供の頃の自分自身の認識としては「貧乏」だったのだ。
かっこいいよな、あのクラシック・カーのお皿。注文してみようかな。いくらするんだろう?えっ、780円?母が注文したのは280円のきつねうどん、兄の注文も380円のカレー・ライスだ。無理無理。そんな、僕だけ780円もするもの、頼めないよ。
でもな。
「何でも好きなもの頼んだらええで。」と母。
「う、うん。」
「ハンバーグとかにしとくか?」
「う、うん、いや。」
「はよ決めて。店員さん待ってはるし。」
「う、うん。あの。」
僕は迷った。何でも食べてええってゆーてるやん、たまにはいいんじゃないのかな、いや、やっぱりダメだよ、あんな高いもの。どうしよう、早く決めなきゃ。どうしよう、どうしよう、えいっ、頼んじゃえ。
「これ、この車の。」
「なんや、お子さまランチか。ええよ、これでええな。」
「うん。。。」

頼んでしまった。あんな高いもの。780円もあったら何が買えるんだろう。僕のおこづかいの何ヵ月分だろう。すごい贅沢しちゃったんじゃないかな。でもうれしいな。あの旗、持って帰れるかな。持って帰って、昨日作った粘土の基地の上に立てよう。それはかっこいいな。
だんだんとワクワクした気持ちが高まってくる。
まだかな。まだかな。
母のうどんが来て、兄のカレーも来た。
いよいよ僕の番だな。

「お待たせしました。お子さまランチです。」
そう言って店員がやってきた。

えっ。

僕の目の前に置かれたのは、普通のランチプレートに盛られた、普通の、どこにでもあるお子さまランチだったのだ。

えっ。
違う。
違うよ、これ。
違う。
違うって。

騙されたんだ。

さんざん悩んだ末に思いきって頼んだのに。
目の前に出されたプレートを見て、僕はやっと理解した。お子さまランチが食べたかったんじゃなくって、あのお皿と旗に惹かれてたんだ、と。でも、あのショーケースの見本は実物ではなかったんだ、と。
悔しくって、涙がボロボロ出てきた。
騙したお店に腹が立つと同時に、そんなことにワクワクして踊らされて騙された自分が悔しくて。
そして大声で泣いた。
母はおろおろして、泣きわめく僕が叫ぶ言葉の断片から、僕があのクラシックカーのお皿やカナダの国旗が来るものだと思っていたことを理解し、お店に抗議してくれたのだけど、お店の対応は、
「あれは見本ですから。」
と、素っ気なかった。
僕は、ずっと泣いていた。


この一件以降僕は、子供らしい素直さのないこまっしゃくれたかわいくない子供時代を過ごすことになった。
うわべの見せかけに騙されちゃいけない、ちょっとした欲望に踊らされちゃいけない、と強く思うようになった。そして、なんであれ僕は誠実でいたいと思うようになった。
そのことが僕の人生にとって、良かったのか良くなかったのかはよくわからないけれど。





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[C3116]

波野井さん、毎度ですー。
これもほぼ実話です。小さなときのことなんで細部は脚色してますが。
緑色で分厚いグラスに入ったクリームソーダ、屋上のレストランでしか注文できないメニューでしたね。
  • 2017-10-30 08:08
  • golden blue
  • URL
  • 編集

[C3115]

そうそう、デパートの最上階のレストラン。
自分も楽しみだったなあ(^^;)。
毎回クリームソーダ頼んでた気がします(^^;)。

実話ですかねえ(^^)?
そんな子どもを騙すレストランがあったら
許せません(^^;)!!
  • 2017-10-29 17:47
  • 波野井露楠
  • URL
  • 編集

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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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