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♪Free Falling


彼女はとてもいい子
神様と祖国を愛してて
エルヴィスが大好きで
車とボーイフレンドを愛してて

郊外の町では
1日の時間がとても長い
空き地には高速道路が通ってて
僕は悪い男
彼女のことを恋しくもない
僕は悪い男
彼女の心を粉々にした

堕ちていく
僕は堕ちていく
奈落の底までまっ逆さまに
僕は堕ちていく
(Free Fallin' / Tom Petty)

パン屋の営業の仕事なんて、とても退屈なものでさ。
早朝、工場のゲートに焼き上がったばかりのパンが箱に詰められて山積みになっている。僕らはそれを2tトラックに積み込んでスーパーマーケットを回るのだ。
預けられたシャッターの鍵を開けて台車に満載したパン箱をパンケースの前へガラガラと運ぶ。いくつかそういうことを繰り返しているうちに夜が明けていく。
開店前に慌ただしく動き回っているパートのお姉さん方の間をすり抜けてパンケースにパンを並べる。コンビニにたかが数個のパンを納品し、期限の切れそうなパンを引き上げる。そういうことを午前中いっぱいいくつも繰り返したあと、午後は注文の確認に、朝とは逆の順番でまた受け持ちのお店を回る。スーパーのオヤジに「お前んとこのパンはさっぱり売れんな。」と嫌味を言われる。
大学を出て一年め。バイトばっかりしていたとはいえのんきに無責任に暮らして学生時代から一転して、口うるさい上司からやいやい言われる毎日、学生時代に付き合っていた彼女とも別れることになり、何もかも嫌気がさしていた。トラックの中に無断でラジカセ持ち込んでパンクばっかり聴いていた。
そんな毎日の中で僕に優しくしてくれたのは、スーパーのパートの奥様方やお姉さんたちだった。
「あんた、青い顔して。朝ごはん食べてないんちゃうの。」ってサンドイッチをくれたり、「また店長に怒られたんちゃうの。」って慰めてくれたり。
あまりにもやる気なさげでガキだったから、逆に心配してくれたのだろう。
いくつかのお店で幾人かいたそういう優しいお姉さんたちの中で、とても気があったのがA子さんだった。8つ上って言ってたから30過ぎたばっかりだったのだな。ちょっと元ヤンキーっぽいやんちゃっぽさ。昼休みをずらして彼女のいる店でごはんを食べさせてもらって、たっぷり1時間、いろんな無駄話をした。
俺はねぇ、今はパン屋で配達してるけど、本当はもっとBIGなんだぜ。働いてお金貯めたら、アメリカへ行こうと思ってんのよ。とりあえず何ヵ月かかけてアメリカ横断してさ、それから気に入った街に住もうかな、とかさ、、 、なんてことをうそぶく僕。
彼女は彼女で、ずいぶん年の離れた旦那がこのところすっかり冷たくて、たぶん浮気してるんだわ、稼ぎも少ないくせに遊んでばっかりで、なんであたしが働かなきゃなんないわけ、いやんなるわ、子どもも最近全然言うこと聞かなくなってきてね、うん、10才と6才、どんどん旦那に似てくるのよね、ここの店長なんか目付きがやらしいでしょ、すれ違うふりしてお尻触られたりしょちゅうよ、誰があんなデブ、勘弁してよ、、、そんなことをとりとめもなく話す。
「今度、映画でも見に行こうか。」と誘ったのは僕の方だった。
来るはずがないと軽い気持ちだったのに、うん、いいよと彼女。
いつがいいかしら、来週は土曜日シフト入ってんのよね、日曜日にしようか。
観た映画はスティーブン・キング原作のホラー映画だった。タイトルもストーリーもまるで覚えていない。そもそも観たい映画なんてなかった。口実なんだから。
映画の途中で彼女は僕の手を握ってくる。僕も握り返す。
映画館を出たあと僕たちは、映画の感想なんて一言も言わずにホテルへ向かった。

それから数ヶ月のうちに幾度か、おそらく4回か5回、僕たちは密会を重ねた。
その間に配送エリアの担当替えがあった。
僕は彼女の体をむさぼったけれど、愛しているとか深い感情があったわけではなかった。ただただ満たされない何かをぶっ飛ばすみたいに彼女を抱いた。この女が本気になって、旦那と別れて結婚しようなんて言い出したらどうしようか、なんて内心思いながら、激しく抱いた。そんなことどうでもいいや、今楽しければそれでいい。それでいい。それでいい。

今思えば、どこかで道を誤って途方もない荒野へ出てきてしまったような感覚だったのだろう、という気がする。宝物を探して旅に出たら、いつの間にか道に迷ってしまって、気がつけば無人の荒野でひとり。食うものがなけりゃ食べられるものならなんだって食うし、寝るところがなけりゃボロ小屋でだって雨露がしのげるならありがたい。目指していた宝物のありかを追い求めるどころか、命をつなぐのに必死。

その頃出たトム・ペティのソロ・アルバムの1曲目に“Free Fallin'”という曲があった。
フリー・フォーリン。自由落下。
物理の用語で、物体が空気の摩擦や抵抗などの影響を受けずに、重力の働きだけによって落下する現象のことだ。遮るものもなく底なしにどこまでも落ちていく、という感じだろうか。


その日、彼女は待ち合わせの時間に来なかった。
どうかしたんだろうか、なんて彼女を気遣う気持ちなど持ち合わせていなかった僕は、遅れてきた彼女をなじった。
実はね、急に旦那が仕事だって出掛けてね、どうしても子どもたち置いてこれなくて連れてきてるの。向こうの喫茶店で待たせてるの、ごめん。
はぁ?子連れでデートなんてできるわけないやろ。何考えてんねん。帰れよ。子ども連れてさっさと帰れ。
それが彼女と会った最後だ。

ひどい男だ。
どうでもいいんだよ、どうにでもなればいい。
どうせいつかはここを出ていくんだ。
どうにでもなればいい。


僕は悪い男
彼女のことを恋しくもない
僕は悪い男
彼女の心を粉々にした

堕ちていく
僕は堕ちていく
奈落の底までまっ逆さまに
僕は堕ちていく

しゃがれた声で、トム・ペティが歌っていた。
フリー・フォーリン。


“Free Falling” Tom Petty

201710170003023bc.jpg
Full Moon Fever / Tom Petty



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コメント

[C3108]

波野井さん、毎回おつきあいありがとー。
これは、恥ずかしながら、かなり実体験に基づくお話でありまして。
トム・ペティさんの訃報のときに“Free Falling”を聴いて思い出しました。。。
  • 2017-10-18 23:54
  • golden blue
  • URL
  • 編集

[C3107]

わおっ(汗)!
フィクション??
今度聞かせてくださいね(^^;)!!

今回も聞き込まれましたっ!!!

TBさせていただきますね~(^^;)。
  • 2017-10-18 20:36
  • 波野井露楠
  • URL
  • 編集

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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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