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♪I'll be your angel tonight

The Circle

The Circle/佐野元春

見開きのジャケットの佐野元春は、コートを羽織って左手をポケットにつっこんでこちらをまっすぐ見つめている。ディランの“Blonde on Blonde”だな、なんてことはちょっと音楽に詳しい人なら誰でもすぐに判る。
それをパクリと呼ぶのかオマージュと呼ぶのかは人によって様々だろうけれど、このアルバムも“Blonde on Blonde”も僕にとっては、風が冷え始め冬に差しかかる頃になるととても聴きたくなるアルバムなのだ。そして、このアルバムを聴くたびに、このアルバムで表現された世界こそが今の時代にとても必要なのだ、という思いになる。

アルバムは“欲望”というタイトルの曲で始まる。
鈍くて重いギターのイントロ。
そして歌い始められる言葉は、とても鈍くて重くて絶望的。

ふくれていくだけの欲望、何もかもが手に届かない、Rescue Meとの呟き。
欲望の赴くままに狂騒的に日本中が浮かれていた80年代が過ぎて、喪失と停滞と変化の兆しが現れ始めた90年代。その風景を通じて、2000年代を予言していたように感じられる。
“Blonde on Blonde”が、熱く激しい革命への熱気の時代の中で、その次に来る、誰もが商業主義に取り込まれていく空虚な70年代を予言していたように。

2009年、ついにこの国の政権は変わったけれど、課題は山積されている。
どう考えても自分たちの未来にとって明るく豊かな展望などとても描けそうにない。
時代は緩やかにカーブを描きながら再編と縮小へベクトルを向けているにもかかわらず、有頂天になったまま変化に乗り遅れたメディアや自らの生き残りをかけた大手企業は、未だ拡大を志向しそのために欲望を生産する。還るべき場所から切り離された人々は欲望の中で自分を見失い、欲望を肥大化させてはそれが叶わないと絶望し、壊れてしまったり、暴発してしまったりしているように見える。
そんな時代で生き延びていくためには、プログラムの修正が必要だ。
何も手に入らない時代に育った古い世代は物質的な豊かさこそが豊かさだと信じて何でも手に入れようとしてきたけれど、今や物質的なものであれば望めば何だって手に入れることが不可能ではない時代。
だからこそ、自分に手の届く範囲の必要なものだけを手に入れる。今あるもので満足する。モノよりも精神的なもので満たされたい。
2000年代は無意識であるにせよ少しずつたくさんの人がそんな行動を取り始めた時代だった。

このアルバムでの佐野は、今までに得たものを一度すべて捨てようとしている。
それは、佐野自身が伝えようとしてきた50年代や60年代のロックンロールから継承したスピリットさえもが商品化され記号化され大きな流れの中へ取り込まれてゆく無力感への抵抗だったように思う。
そして絶望を嘆いた後に、それでも生き延びていくために、小さな希望を託すことが出来るものを見つけようとしている。
だから、“欲望”でこれからどこへゆこう?/誰も答えられないと歌った佐野は、“新しいシャツ”では新しいシャツを見つけにゆくと歌い、“ザ・サークル”ではさがしていた自由はもうないのさ/本当の真実はもうないのさと過去を一度否定したあと、今までのようには○○しないと繰り返し、最後に少しだけやり方を変えてみるのさと歌うのだ。
そして愚かなひとたちはまだ/偽りに流され 迷子のひとたちはまだ/哀しみにおぼれて(“Rain Girl”)という中でこれからは新しいルールを作るのさ(“君を連れてゆく”)と、決して高らかな宣言ではなく、しかし強い意思を感じされるはっきりとした口調で歌っている。
そうなんだ。
おそらく、それが今の時代に必要なスピリット。
そしてその拠所としての、小さな灯りや温もり、ささやかなシアワセを感じることのできる心。
冬の冷たい風はまだ吹き始めたばかりで、これからもっと寒くて暗い季節が来る。
それを乗り越えて生き延びるためにはそんな心の在り様が必要なんだ。
このアルバムにはそんな意思と願いがたくさん込められているように僕には聴こえてくる。
それこそ、ディランの音楽と言葉がある世代にとって道を照らし続ける灯りや人生を解読するためのヒントだったりしたように、佐野元春の音楽と言葉は僕にとってそのように存在しているのだ。

ソウルフルなジョージィ・フェイムのハモンド・オルガンがとってもかっこいい“ANGEL”で歌われるフレーズ、あなたの天使になりたい。
とっても素敵な願いだと思う。


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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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