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♪向かい風が吹いてきても / 佐野元春 『THE BARN』

THE BARN
THE BARN/佐野元春 and The Hobo King Band

1997年発表のHobo King Bandとしての2枚目のアルバム『THE BARN』。
高校生の頃以来の佐野ファンの僕だけど、実はこのアルバムはあんまり聴きこんだ記憶がなかった。
プロデューサーにジョン・サイモンを迎えウッドストックで録音されただけあって、70年代前半のルーツ系バンドっぽい音を目指したようなそのサウンドは、なんだか佐野さんの声とはいまひとつマッチしていないように聴こえたし、佐野さんのヴォーカルもふにゃっとして張りがなく、楽曲そのものもいまひとつのような気がしたのだ。その当時期待していた佐野元春像とはなんだか違う、と思ってしまったのだろう。

先日何の気なしに中古CD屋をぶらついていて、250円なんて値段で売り飛ばされていたものだからなんとなく買ってしまったのだけど、今聴くと、沁みる。
そのほっこりしたサウンドに乗せて歌われる、どこか吹っ切れて肩の荷を軽くした上でせつない願いのようなフレーズ…穏やかな佐野さんの声。『SOMEDAY』で歌われたのと変わらない、いやむしろいろいろ乗り越えてきてさらにその純度が増したような、アキラメの向こうに見出したような希望。基本的にはヘヴィな世の中であるという基本認識の下に、ポジティヴに生きるための術を探るための歌。

「バカさわぎはもういい、無傷なものなんてどこにも見当たらないのさ 」と歌う「風の手のひらの上」、「君の抱えたブルースが、ひとつひとつ消えてゆくといいな 」と歌う「ドクター」、「向かい風が吹いてきても、この気持ちだけは変わらない」と歌う「ロックンロール・ハート」。
高校生の頃に聴いた「つまらない大人にはなりたくない」とシャウトは、僕にとってはまるで神の啓示のようだった。周りになんてあわせなくても、自分の思うとおりにやればいいのだ、と。そして実際佐野さんは、不毛だった「日本のロック」の新たな地平を常に開拓するような作品を発表し続けてきたのに、このアルバムでは立ち止まってしまったように当時は思えたのだけれど、全然そうじゃなかったのだ、立ち止まっていたのは、佐野さんじゃなくて僕のほうだったのだ…ということに今さらながら気がついたのです。

若き日のようながむしゃらなスピードのままで、長い人生を走りぬくことはとても難しい。
何かを得る代わりに何かをあきらめながら、生きる方向は少しずつ定まってゆく。「あれが自分の目指す場所!」とまではいかなかったとしても、「少なくともアッチの方へは行きたくない」という消極的選択であったとしても、歩んでいく方向は自ずと定まってゆく。僕らがあんなに突っ走ろうとしたのは、その方向を、誰かに決められるのではなく自分で決めたかったからなのだと思う。
進む方向がある程度定まったのなら、ペースを落としてしっかりと歩いてゆけばいい。
このアルバムでの佐野元春は、そんな境地だったのではないか。
つまり、あぁ、佐野元春はこのアルバムでターニング・ポイントを曲がったのだな、と。
当時失速と映った失望感は、自分がまだそんな境地がわかっていなかったのだな、と。

ちなみにこのアルバム発表当時、佐野元春41歳。11年経って僕もその歳に追いつきました。


蛇足ですが、このアルバムのオープニングとエンディングはHobo King Bandによるインスト曲。これがまたいいのです。どよんと曇った空のようなざわざわした不安感を感じさせる一曲目から、口笛吹いて能天気に歩んでいくような最終曲へ。不安や幻滅をまとめて処分して、これからは我が道を飄々と歩んでいく、そんな意思表明にも聴こえてくるのです。



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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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