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♪Life Goes On

「こないだ朝礼のあとで部長にこっぴどく怒られてさ、俺の朝礼の態度が悪いっていうんだよ。ふらふらしたり、壁にもたれたりとか、人の話を聴く姿勢じゃない、ってさ。いやー、そんな態度してたつもりないんだけど。」
メシ食いながら、おもむろにTがそう話しはじめた。
「うーん、そうかなー。そんな気になるようなことはなかったけど。」
「ま、確かに専務の話が長すぎて。出た、いつもの具体性ゼロのスローガンだけのハッパかけ!とか思ったのは確かなんだけど、だからってそんなの態度に出して反発するようなトシでもないしさ。でさ、ふと思い当たったの、俺、病気かもしれない。」
「は?」
「ちょっと前からなんとなく腰や背中が痛くってさ。どよーんと重い感じっていうの?そんなに筋肉痛になるようなこともしてないし、あ、これ運動不足でギックリ腰になる手前かな、なんて思ってたのよ。」
「前にギックリ腰やってたことあったわな。」
「でも、そのときの感じともちょっと違うんだよ。もっと重いっていうか。」
「ふむ。」
「2年くらい前にさ、亡くなったFさんって覚えてる?」
「あぁ、癌だったっけ。膵臓?」
「膵臓。」
「わかったときにはレベル4で、もう手のほどこしようがなかったって。」
「Fさんさ、倒れる前に、腰や背中が痛い、って言ってたんだって。」
「・・・」
「ひょっとして、俺もそれじゃないかって。」
「まさか。」
「な、お前、余命があと数ヶ月だって言われたら何したい?」
「えー、考えたことないな。旅行とか?」
「旅行ね。ま、ありがちだね。」
「ハイハイ、どーせありがちっすよ。」
「旅行なんて行ったところでさ、体調悪いのにそうそう海外なんて行けないし、日本中ならどこ行ってもおんなじじゃん。海があるか山があるかくらいの違いでさ、どこにだって国道沿いにチェーン店のファーストフードがあって、コンビニがあって。」
「そんなとこばっかりでもないだろうよ。」
「いやー、そんなもんよ。地元の名物です、なんて出された料理も原料はぜんぶ海外産だったりさ。」
「じゃ、お前は何がしたいんだよ。」
「俺ね、手紙を書きたいんだ。」
「手紙?」
「お世話になった人ひとりひとりに手紙を書くの。それを、死んでから投函してもらうんだよ。」
「それ、重くね?」
「いや、もっと軽いやつ。暑中見舞いみたいな。ハロー、その節はお世話になりました、そちらはいかがですか、こっちは天国で元気にやってます、また会いたいですねー、みたいな。」
「いや、重いでしょ、じゅうぶん。」
「そうかなー(笑)。」
「ま、とにかく医者へ行ってこいよ。」
「即入院とか言われたらどうしようか。」
「そのときはそのときで、しっかり養生するしかないしさ。」

ひとしきりTとの会話を終えたあと、僕はふとこんな歌を思い出していた。

逃げることもない、恐怖に向き合わなくてもいい。
君が無防備だって、人生はそこにある。
ある日そいつはやってきて、君はただ受け取ればいい。
君が予想もしないうちに、そいつは突然やってくるんだ。
そして、君もいつか逝く。
そのときになってわかるんだ。
人生は続いていくんだって。
君がいい奴だったか、それとも嫌な奴だったか、
正しかったか、間違っていたか、
そんなことは誰も気に止めやしない。
だって、それぞれの人生は続いていくんだから。
(Life Goes On :The Kinks)


レイ・デイヴィスらしいシニカルな歌。
77年の『Sleepwalker』だったっけ。結構好きなレコードだった。アコースティック・ギターのストロークのジャキジャキした音色がキンクスらしくって。
誰もがいつか逝く。僕だって。予想もしないうちに突然なのか、余命を宣告されてじわじわか、それとももうすっかり人生に飽きてしまって今か今かと待ちわびてか、或いはそういうことすら自分ではわからないくらいボケてからなのか。
どっちにしたってどうすることもできない。僕らはただその結末を受け入れることしかできない。
重いよ、ってやんわりと断ったけど、亡くなってから届くTからの手紙は、ちょっと読んでみたい気も少しするけどね。
でも、たぶんすぐに忘れてしまうのかもしれない。僕は僕の人生を、僕らは僕らの人生を生きるのにきっと忙しすぎる。
今までも何億何十億という命がこの世に生まれては消えていった。幾人かの近親者がその失われた命を惜しみ、でもやがて誰もがいつか逝ってしまって、誰の記憶にも残らない。そういうものだと思っておけば、それはそんなに辛いことでもない。そういうものだと思っておけば。

ちなみにTは、その週明け、検査を終えて普通に出社してきた。少し浮かない顔をしながら。
「軽い胃炎だってさ。薬出してもらったよ、きっちり2週間分。」

Life Goes On.
人生は続いていく。
Life Goes On.

KinksSleepwalker.jpg

“Life Goes On” The Kinks

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[C3045]

波野井さん、こんばんは。
引き続き、実体験からインスピレーションを得たフィクションシリーズ、誉め言葉には調子に乗りやすいタイプです(笑)。

つい最近、独り暮らしの母親が入院して病院へ行く機会が増えたせいもあって、命のことは考えちゃいますね。
シニカルですが、シリアスになりすぎずユーモアたっぷりのキンクスは、こういう気分にはとてもしっくりきますね。
  • 2017-06-09 00:38
  • goldenblue
  • URL
  • 編集

[C3044]

こんばんは。
自分も最近、命とか最期とか、ちょっと考えますね。
自分のこと、親のこと、家族のこと。
もう、そんな歳ですね。

でも、goldenblueさんは相変わらず渋いなあ。通というか。
チョイスが絶妙!
  • 2017-06-09 00:17
  • 波野井露楠
  • URL
  • 編集

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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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