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◇世界の辺境とハードボイルド室町時代

20代半ばの頃にエジプトやトルコを放浪していた時のこと。
当時、まぁ今でもそうなのかも知れないけど、向こうにはコンビニはおろかスーパーマーケットすらひとつもなくって、買い物をするのは全部市場なのですよね。
市場では「定価」というものが存在しない。商品に値札は一切付いていなくて、全部店員との直接交渉。故に買い物はいつもバトルだった。
「これ、なんぼや?」
「これは10ポンドやな。」
「高いわ。5ポンドにしてや。」
「いやぁ、旦那。勘弁しとくなはれ。そのかわりおまけしまっせ。」
「いや、そんないらんねん。こないだこれよそでもっと安かったで。」
「そうでっか、ほな5ポンドで手打ちまひょか、旦那。」
ちょっと買い物するだけでも必ずこういうやりとりが必要になるから、めんどくさくってたまらない。
なにしろ、値段表がちゃんと掲げられているホテルですら平気で値段表より高い宿泊代をふっかけてくるようなところだ。外国人と見るや必ずふっかけてくるし、相場がわかるまではずいぶんぼられもした。
でもね、ある時ふと思ったんだ。
実は、すべて物に定価が決まっているということが、歴史的に考えれば特異なことで、彼らのやっていることのほうが実は普通なんじゃないか、と。
思えば日本でも、つい数十年前までは商売というものはそういうものだったんじゃないか、と。
こういうことを「先進」「後進」と呼ぶのは自らの社会への驕りだとは思うけれど、経済や社会の発展が同じような経緯を辿るとすれば、向こうの社会はまだ大量消費型のシステム化された段階には至っていない。
それぞれの土地で社会や経済の発展には時間的なズレがあるんだな、違う文化への旅とは、地理的な移動だけではなく時間的な移動をも兼ねているんだな、ってそのとき実感したんだ。

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世界の辺境とハードボイルド室町時代 / 高野 秀行 、清水 克行

「世界の辺境とハードボイルド室町時代」。
某作家の某小説のような人を食ったようなタイトルのこの本は、ソマリランドへ足繁く通っているノンフィクション作家の高野秀行さんと、室町時代時代を研究している歴史学者の清水克行さんとの対談本なのだけど、まぁとにかくおもしろかった。
例えば、「表向きは西洋式の近代的な法律があるんだけど、実際には、伝統的というか、土着的な法や掟が残っていて、それが矛盾していたり、ぶつかり合っている。」という論。
ソマリランドでは、市場で泥棒が盗みを働くと、捕まえてリンチがあるらしい。警官は一応呼べば来るんだけど見てみぬふりをする。中世の日本でも、盗みの現行犯は殺していいっていうルールが庶民の間であったらしくて、人のものを盗むということはひとつのケガレであると考えられていたそうだ。
それから、「復讐や仇討ちを認める社会」の話。
中世の人々は、身分を問わず強烈な自尊心をもっており、損害を受けたさいには復讐に訴えるのを正当と考え、しかも自分の属する集団のうけた被害をみずからの痛みとして共有する意識をもちあわせていたそうで、これも現代のソマリア社会で今も普通にある考え方なのだそうだ。
なんだかよくわからない応仁の乱とソマリアの内戦も、そういう文化的なことを考えていくと、自分たちの現在の価値観では理解しにくいにせよ、彼らなりの理由があることがわかってくるらしい。
他にも、刀とピストルは、その武力的効果そのものよりも所持していることへのステイタスが大事である点が似ているとか、信長とISには共通点があるとか、伊達政宗とイスラム教徒の男色傾向にある背景とか、ちょっとおもしろい中世と現代のいわゆる辺境のエピソードが諸々。
ただ、そういうことをおもしろおかしく話す本ではなくって、根本のところを貫いているのは、「今生きている社会がすべてだとは思わないでほしいって。それとはぜんぜん違う論理で動いている社会があるんだし、我々の先祖の社会にも今とはぜんぜん違う仕組みがあった。その仕組みを勉強しても直接的には役に立たないけれど、そういう社会があったっていうことを知るだけで、ものの見方が多様になるんじゃないか。」という考え方。
今自分が属している社会の価値観というものは、実は絶対的なものではなくて、絶えず流動的に変わり続けるものなのですよね。
そういうことを知ることは、すなわち既成概念を疑ってみること、今目に映るものを違う角度から見てみること、多様な考え方を一旦認めてみるということに繋がっていくのだ、と。
そういうのってロックだな(笑)。
いや、マジで。
混沌としていくこれからの時代にこそ必要な考え方なんじゃないのか、なんて、キナ臭いニュースを見ながら思ったりするわけで。
歴史を学ぶということにはそんな裏メッセージを読み取る力を養うことで、けっこうアナーキーでロックンロールなことなのかも知れません。

詳しくはこちらで立ち読みできます。


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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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