ナポレオンフィッシュと泳ぐ日 / 佐野元春 佐野元春6枚目のアルバム『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』に収められた「おれは最低」を初めて聴いた時、ずいぶんと度肝を抜かれた記憶がある。佐野さんがこんなにも直接的な言葉で心情を吐き出すようなことはかつてなかったからだ。ファーストアルバム~『SOMEDAY』で、ロマンティックに、ポエティックに、街の少年少女のありふれた物語を第三人称で歌っていた佐野元春の姿はこの歌にはひとつもない。まるでビートルズの甘い夢を追い求めるファンを裏切るかのようにヘヴィーな『ジョンの魂』を録音したジョン・レノンみたいに、自分で作り上げた自分の虚像を自らぶち壊すような、そんなインパクトのある一曲だった。大ヒット曲「約束の橋」目当てでCD買った人はずいぶん戸惑ったのじゃないだろうか、と思ったりもしたけれど、余計なお世話か。
どこかのインタビューでも語られていたように、この当時、佐野さんは自身を取り巻く状況にずいぶん苛立っていたらしい。そのせいか、このアルバムは前述の大ヒット「約束の橋」といったポジティヴなポップチューンや「雪~あぁ世界は美しい~」といったポエティックな楽曲もあるけれど、この「おれは最低」をはじめ「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」にしろ「ジュジュ」にしろポップなんだけど、どこかシュールで壊れかかっていて、心のある部分がむき出しになっている曲が際立っている。
周囲は、かつての成功パターンを当てはめてそれを踏襲することを求めてくるけれど、そこにあるのは、システムの中に組み込まれたパターンをただ実践する執行者としての自分であって、それはぶっちゃけ誰がやっても代替可能だし、自分自身にとっては縮小再生産的行動でしかなく、当然そんな役割がおもしろかろうはずもなく、じゃいっそ今まで作り上げてきたものを一度フルパワーでぶち壊してしまえば、何か新しい自分自身が見えてくるんじゃないだろうか…なんてそんな思いで作られたような作品群。それが「ナポレオンフィッシュ」。
で、そんな感じが、実は僕自身の今の気分でもある。
まだほの暗い明け方、玄関を出たら、空が澄んで星がきれいだった。
なんとなく泣けてきた。
ピンと張り詰めたような冷気の中を、意識して背筋を伸ばして歩き出す。
冬の憂鬱はもうこれくらいにしておいて、エッジの効いたギターが闇を切り開くようなロックンロールからエネルギーを得て、一歩先へ歩いてゆくとしよう。
“おれたちは流れ星 これからどこへゆこう”なんて口ずさみながら。
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