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◇アトミック・ボックス

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アトミック・ボックス / 池澤夏樹

新聞連載中に拾い読みしつつ、単行本になったらちゃんと読もうと思いながらついつい忘れていた2014年の池澤夏樹作品。
ストーリーそのものがロード・ムーヴィー風というかミステリー仕立てっぽくなっていることもあって、はらはらしながら寝るのも惜しんで一気に読み上げてしまった。

どこかのレビューで「サスペンスとしてはプロットも稚拙でいい加減」みたいなコメントがあったのだけれど、その批評はまるで、音楽そのものの価値、音楽がもたらしてくれる感動を無視して曲の構成やギターのリフやインプロビゼーションの良し悪しだけで判断するようなもの、狭い世界の末端の定型の枠の中でだけで作品を評するようなものだ。
この作家はそもそも物語のための物語を書くひとではない。背後に揺るぎない世界観があり、それを表現する入れ物として物語を組み立てるひとだ。
物語の枠組みそのものはメッセージを伝えるための器、肝心なことはすべて登場人物の言葉の中にある。
とあることから重要な国家機密を知ってしまった女性を通じて展開する物語の中で、原発や核というものへの考え方、紛争抑止力としての武力や国家の安全保障への考え方、或いは歴史との向きあい方などを縦軸のメッセージとして、横軸には国と地方の関わりや人と人の関わりをおきながら、全体として国家や組織の思考方法と一個人として生活をするひとりひとりの人間の思考方法の違いを描き出し、民主主義の根本を問いかけている。
敢えて個人的な主張を一方的に声高に叫ぶのではないのが池澤さんらしい。
主人公と対立する側の考え方を単純な悪をとしてではなく、向こう側の考える正義の主張をしっかりと伝えた上で、それはそれで論理として理解はできるけれどもひとりひとりの人間の生活の立場から見たときにはやはり受け入れるわけにはいかないのだ、という主張を、両論を対峙させながら物語の中で自身の考えを主人公に語らせていくのだ。
読者はそのプロセスも踏まえて自分ならどう考えるだろうかと自分に問うてゆく。そういう意味でこの物語は、賛否両論はあるにせよ、論文や随筆やコラムでは成し得ない、物語でしかできない役割を果たしている、いい物語だと思います。

主人公の言葉より。
『あなたは国家は個人の運命を超越すると思っていますね。国を動かす者にはそうしなければならない時があると。核兵器を人々の上に落とさなければならない時があると。政治家は人間を数として見ますよね。有権者として見て、納税者として見て、守られるべき羊の群れとして見る。一人一人を見ていては国は運営できないと考える。でも一人一人には考えも、思いも、意地もあるんです。数でまとめられないものがある。私は今ここであなたに人間としての倫理で勝ちたい。数をまとめる立場の政治家たちに対して、一人一人の個人がどう抵抗するか、聞いてください。』



物語の感想からは少しはずれますが、熊本での大きな地震のこと。
阪神大地震や東日本大震災を知ってしまった今では、死者41人という数字をついつい「これくらいの被害でましだった。」ととらえてしまう自分がいます。
でも、それじゃぁ、この物語で指摘されている政治家の論理と同じなんですよね。
そうじゃない、それじゃいけない。
ひとりひとりのたいせつな暮らしが失われてしまったことをもっとちゃんと想像して、痛みを感じられるように。共感して寄り添えるように。この国に暮らしている以上、明日は自分ごとかも知れないのだから。
亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。
そして、被害に遭われた方々が一日も早く元の暮らしに戻れることを願ってやみません。



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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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