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♪親愛なる者へ

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親愛なる者へ / 中島みゆき

裸足で走れ
タクシードライバー
泥海の中から
信じ難いもの
根雪
片想
ダイヤル117
小石のように
狼になりたい
断崖-親愛なる者へ-


「みゆき、って言う名前、そんなに好きじゃないのよねぇ。」
そう言ってみゆきさんは大きくため息をついた。
「狼にー、なぁーりたいぃぃぃー、って叫ぶ歌、あるじゃない。夜明け前の吉野家がどうの、俺のナナハンがどうの、ってやつ。」
「『親愛なる者へ』のB面ですよね。」
「なればいいじゃない、って思うのよ。狼に。なりたいんだったら、なればいいのよ。なれもしないってわかってるのに、なりたいって叫んじゃうのって、一番痛くない?」
「えぇ、まぁ。」
「なればいいのよね、狼に。でもなれないのよ。」
「・・・。」
「そういうところがね、きらいなの。でも、聴いちゃうのよね。聴かずにはいられないの。そんな、聴いちゃう自分、聴かずにはいられない自分がね、嫌なの。」
「・・・。」
「もう一杯だけ飲んでく?あんた何にする?」
「えっと、そうですね、チューハイのレモンを。」
「あたしは焼酎、水割りでね。」

みゆきさんはそうオーダーをすると、また大きくため息をついた。
ノースリーヴのワンピースからのぞく白い肩が少し震えている。

「ならなくていいんじゃないですか。」
「えっ?」
「狼に。」
「そう、、、」

狼になれない悔しさを知っている人のほうが、狼になってしまえる人よりきっと何倍も、ほんとうの優しさを知っているんだと思う、というようなことをみゆきさんに伝えたいと思ったけれど、どうしてもうまく言葉にすることができなかった。

「そうかもね、きっとそうよね。」
「そうですよ。」
そういって僕たちは笑った。
「あんたって、“タクシードライバー”の運転手みたいね。」
「そう?あの人って、ただの空気読めないおじさんじゃないの?」
「ハハハ、そうかも。まっ、そーゆーところも含めてよ。」
「なんか誉められた気がしないなー。」
「誉めたんじゃないのかもね。」
「あ、そうなんだ。」
「ね、『親愛なる者へ』の中ではどの曲が一番好き?」
「うーん、難しい質問。そうやなぁ、最初は“根雪”が好きだったかな。それと“小石のように”。」
「どうして?」
「中学生の頃だったからね、一番わかりやすかったんじゃない?」
「ふふふ、そうね、じゃ、今は?」
「うーん、やっぱり“断崖”かな。」
「どうして?」
「うーん、なんていうんだろ。生きていく覚悟っていうのかな、その宣言っていうのかな、倒れちゃったらガラクタと呼ぶだけだ、とかさ、すっごく悲壮感あるのに、飄々とした感じで吹っ切れたみたいに明るく宣言してるじゃない。音楽的にも、後のロック化していく前兆っぽいところもあるし。」
「なるほどねー。あんたらしく理屈っぽくていいわ、その答。」
「ムッ!」
「そうよね、寒いとみんな逃げてしまうものね。」
「みゆきさんは?」
「ぜんぶよ(笑)。」
「それ、ずるいよ。」
「女はずるくてもいいのよ。さ、お勘定。いろいろ聞いてくれてありがと、おごるわ。」

みゆきさんはそう言って席を立つ。
遅れて僕も席を立つ。
うまく伝えることができなかった言葉はまだそこらへんで宙をさまよっていたけれど、みゆきさんはそれを蹴散らすみたいにはらりとカーディガンをまとった。


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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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