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♪THE WILD,THE INNOCENT & THE E STREET SHUFFLE

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The Wild,The Innocent & The E Street Shuffle / Bruce Springsteen

E Street Shuffle
4th Of July, Asbury Park (Sandy)
Kitty's Back
Wild Billy's Circus Story
Incident On 57th Street
Rosalita (Come Out Tonight)
New York City Serenade

ブルース・スプリングスティーンが大好きだった。
大好きだった、とあえて過去形で書いたのは、今のスプリングスティーンの音楽に僕は心を揺さぶられないからだ。
それはなぜだかはよくわからないけれど、少なくとも僕がロックンロールに求めるサムシングが90年代以降のスプリングスティーンの音からは感じることができないでいる。
「青春の叫び」と題されたこのアルバムは、スプリングスティーンがまだ24歳、名もなく貧しくやせっぽちのひげ面の、どこの馬の骨ともわからない若造だった頃の作品で、そのタイトルどおり、路上で繰り広げられる町の若者たちのワイルドでイノセントな物語がいくつも収められている。裏通りにたむろするチンピラ風のいでたちで、町で見かけた物語をまるでマシンガンでも連射するかのようにいっぱいいっぱいに詰め込んでしゃがれた声でシャウトするスプリングスティーン。無邪気に女の子を口説いたり、悪友とつるんで悪さしたり、喧嘩したりしながら、己の心のありかを必死でつかみとろうとしているその情景の鮮やかさに、駆け抜ける疾走感に、ほとばしる情熱に、僕はノックアウトされたのだ。
そしてそのノックアウト感があまりにも素晴らしかっただけに、僕はスプリングスティーン本人にとっては当然必然性があったのであろう変化についていくことができなくなってしまったのだと思う。

ヨレヨレのホーンが奏でるオープニング・テーマからファンキーなカッティングのギターとともになだれこみ、路上の物語を早口でまくしたてる"E Street Shuffle"。いかにもテレキャスターなかすれた音色のスプリングスティーン自身が弾くギター・ソロから一転ホーン・セクションがバシバシ煽っていく展開もカッコいい。
その煽りたてた熱気をクール・ダウンするかのようにアコースティック・ギターが美しい"4th Of July, Asbury Park (Sandy) "。「ねぇ、サンディ、オーロラが昇っていくよ。桟橋の光、永遠に続くカーニバルの生活。もう二度とこの輝きに会えないかもしれないから、今夜は愛してほしい。」
ダニー・フェデリシの弾くオルガンがいかにも夏の夜のボード・ウォークの下での秘め事と夜明けの光の美しさの情景とシンクロする。
3曲目はそれこそ「ウエスト・サイド・ストーリー」で見たジェット団とシャーク団の決闘みたいな町のチンピラたちの物語。大袈裟なギターのオープニングに続いてのドラマ仕立てのストーリー・テリング。ここでもフェデリシのオルガンとスプリングスティーン自身によるギターがいい味を出している。後半、Kitty's back in town!のコーラスとともにリズムが速くなり、ホーンがうねり、どんどん煽られていく感じが気持ちいい。
続く4曲目"Wild Billy's Circus Story "ではうらぶれたサーカス団の興行の情景を、それを見る男の視点から淡々と語ることで人生のある局面を鮮やかに描き出し、B面"Incident On 57th Street "では、追い詰められたスパニッシュ・ジョニーとプエルトリカン・ジェーンが危険な賭け事へと手を出していく物語を、美しくシンパシーを込めて歌う。
そしてガツンとクラレンス・クレモンズのサックスが咆哮しリズム隊が疾走する"Rosalita"へとなだれこんでバンド全体を巻き込んでの大盛り上がりの大団円のあと、ひっそりと後日談のようにはじまる"New York City Serenade "へ。
いつ聴いても、心のどこか青い部分が疼くように震える。
描き出される情景の鮮やかさに、駆け抜ける疾走感に、ほとばしる情熱に、ノックアウトされてしまう。

簡単に言えば、僕にとってのスプリングスティーンの音楽は、青春の疑似体験だった。
歌の中でやせっぽちで口ひげを蓄えて小汚ない革ジャンをはおったスプリングスティーンは、サンディーとボードウォークの下でキスを交わし、悪ガキたちとEストリートを闊歩し、ロミオとジュリエットよろしくバルコニーの下からロザリータを口説き、ナントカ団の奴らとジャックナイフを立てて決闘をする。
スプリングスティーンの音楽を通じて僕はそれらを経験したのだ。
例え実際のところは、バイト先の女の子をなんとか口説いてデートに連れ出したものの二度めの約束を先延ばしにされたままやんわりと断られたり、金がなくって毎日もやし炒めとマルシンハンバーグばっかりの自炊生活だったり、借りたレンタカーですぐに違反キップを切られたり、四畳半の下宿でうだつのあがらない野郎たちばかりで朝まで飲んでは雑魚寝したり、といった情けないことばっかりだった青春だったとしてもだ、僕はスプリングスティーンの音楽を通じて、サンディーとボードウォークの下でキスを交わし、悪ガキたちとEストリートを闊歩し、ロミオとジュリエットよろしくバルコニーの下からロザリータを口説き、ナントカ団の奴らとジャックナイフを立てて決闘をしたのだ。
それらの経験は今も僕の中でずっと鳴り響いていて、やむことがない。



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コメント

[C2837]

Bach Bachさん、こんばんは。
〉感情移入というか、自己投影というか。
任侠映画を観たあとに映画館から肩をいからせて出てくる・・・みたいなのと同じような感覚かもしれませんね。
それくらい、この当時のスプリングスティーンは映像的、という気もします。詞の内容だけじゃなく構成や展開もドラマチックです。
  • 2016-05-18 21:25
  • goldenblue
  • URL
  • 編集

[C2836]

おっしゃること、痛いほどわかります。いい歌って、そういう作用ありますよね。感情移入というか、自己投影というか…。これは聴いてませんが、今年の正月にスプリングスティーンをたくさん聴いて、若い頃のスプリングスティーンのレコードは、全部聴きたいと思いました。出来れば、日本語訳つきで(^^)。

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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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