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♪SYNCHRONICITY

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Synchronicity / The Police

Synchronicity I
Walking In Your Footsteps
O My God
Mother
Miss Gradenko
Synchronicity II
Every Breath You Take
King Of Pain
Wrapped Around Your Finger
Tea In The Sahara

1983年、高校2年生だった。
その頃クラスで一番人気があったのはハードロック/へヴィーメタルだった。
ラウドネスは地元が生んだヒーローとして特別扱いだったし、アースシェイカーも男子にも女子にも人気があったね。オジー・オズボーンの“Bark at the Moon”とかアルカトラスのファーストとかが出て、ジェイク・E・リーやイングウェイ・マルムスティーンがギター・ヒーローとしてもてはやされていた。
MTVが始まってカルチャー・クラブやデュランデュラン、カジャ・グー・グーなんかが一躍アイドル的に大ブレイクしていた。
YMOが“浮気なぼくら”をリリースして散開を宣言した。
ニューミュージックと当時呼ばれていた日本のアーティストではサザンが人気を不動のものにし、ユーミンは“リインカネーション”を、山下達郎は“メロディーズ”を、甲斐バンドは“GOLD”をリリースしていたし、アイドルは大全盛時代を迎えて松田聖子と中森明菜が大人気、それからチェッカーズがデビューしたのもこの年。
RCの“OK!”とストーンズの“アンダーカヴァー”も1983年だな。
高校2年生ともなるとみんなそれぞれにいっぱしの「好きなミュージシャン」がいて、休み時間やお昼休みには音楽談義にも花が咲き、レコードの貸し借りなんかもしょっちゅうしてたな、なにしろみんなお金はなかったから。なけなしのお小遣いで買ったレコードをみんなで回しあっていたのだ。

あ、また前置きが長くなってしまった。
メタル、アイドル、ニューミュージック、それぞれにみんないろいろと好みがあったけれど、そのどの派からも「これはすごい!」と高い評価だったのがポリスの“Synchronicity”だった、ということが言いたかったこと(笑)。
それくらいこのアルバムの人気は高かった。
かっこいいよな、実際。
スティングの佇まいがなんというか、インテリ不良っぽくっていかしてた。このサウンドをたった3人で演っているの?という驚愕とリスペクト、“Walking In Your Footsteps”や“O My God”といったポリリズムっぽい不思議な浮遊感と今までに聴いたことのない感覚。“Mother”のアヴァンギャルドなサウンド・・・プログレ?ジャズ?アフリカ音楽?そんな不可思議でありながら高度に昇華された音楽の渦に巻き込まれた挙句の“SynchronicityⅡ”。イントロのキューーーーン、というギターの音に続いて始まるゾクゾクするような疾走サウンド。B面は“Every Breath You Take”、“King of Pain”、“Wrap Around Your Finger”といったオトナなヒット曲のオンパレード、まさに捨て曲のない鉄壁のアルバムでした。
今聴いても、他に類似やフォロワーの見当たらない独特のサウンドですよね。
元々ジャズを演っていたスティングと、プログレを演っていたアンディ・サマーズとスチュワート・コープランドが、パンクのムーヴメントにのってレゲエから大きくサジェスチョンを得たサウンドでデビューしてからわずか6年、アルバムごとに脱皮と進化を繰り返して得たサウンドは、前衛とポップ、プログレ感とソウル感、太古と近未来といった異なるベクトルをぜーんぶひっくるめて内包していたわけで、今思えばロックの最終進化系とでも言えそうな感じだったんだな。
そう、あの頃はまだ、ロックは進化していくものだったのだ。
50年代にブルースやカントリーから進化したロックンロールは、ブルースもソウルもジャズも、クラシックや現代音楽やオペラや民謡さえも雑多に雑食的に取り込みながらずーっと新しい音、新しい表現、今まで誰も聴いたことがないようなその時代を的確に掬い上げた音楽としてずーっと進化し続けてきたのだ。
そんなロックが進化の足取りを止めて、先人の作り上げた音楽の縮小再生産に陥りはじめたのも80年代の半ばのことだった。
それからすでに30年、ざーっと時代の推移を見渡してみると、あの時代は実は時代の潮目だったんだなということが見えてくる。
僕らはロックが進化していく、時代は進歩していくという成長時代の幻想にギリギリ間に合った世代、そして進歩を絶対的価値観としなくなりはじめた世代の始まりにいたんだな。
だとしたら、この先の僕らの世代の役割は何なんだろう。
原発に象徴されるエネルギー消費前提での物事のあり方、或いは年功序列や家長主義や男尊女卑的な儒教的な思想ベース、努力根性みたいなスポ根的発想やみんなで手を取り合ってがんばっていきましょう的な共同幻想、そういったものが僕らの世代を境に多数派が逆転してきた気がするんだけれど、さて、僕らはそういった前の世代の良さをちゃんと継承していくべきなのか、それともそういうものの考え方の息の根を止める役割なのか。

あ、ポリスの話からずいぶんそれてしまったな(笑)。
ただ、そういうことをついつい考えさせられてしまうような哲学的深さもまたポリスの魅力のひとつなのだと思うのだけれど、ハハハ、こじつけすぎですか(笑)。
あれほど反逆的な目つきでたった3人のバトルに火花を散らしていたスティングは、いつの間にかエコロジーを語る胡散臭いおっさんになってしまったけれど、僕らはそうならずに反逆的な目つきのまま大人になっていくことができるのだろうか、それとも、前の世代と同じように「俺たちの若い頃はな、」なんて誰からも歓迎されないボヤキを繰り返す大人になってしまうのか、いや、そもそもとっくに大人の年頃なのに大人になるもくそもあったもんじゃないんだけどさ。


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[C2650] Re: 後から分かることもある

deaconblueさん、こんばんは。

> ☆ ゴードン・サムナー氏の年譜を見ていると,「見つめていたい」やこのアルバムの頃,離婚調停をしていたようです。だからEvery claim you stakeなのか。

なるほどー。私生活で起きていることは当然歌に反映されているでしょうね。
ビッグブラザーによる監視云々はスティングのアーティスト性故の深読みでしたか。。。
  • 2015-09-14 23:42
  • goldenblue
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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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