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♪BLOOD MOON

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Blood Moon / 佐野元春 & The Coyote Band

境界線
紅い月
本当の彼女
バイ・ザ・シー
優しい闇
新世界の夜
私の太陽
いつかの君
誰かの神
キャビアとキャピタリズム
空港待合室
東京スカイライン

中学1年生の時にはじめてレコードを買ってからもう三十数年、たくさんのレコードを買って来た。そんな中で今も、ニューアルバムの発売日を待ちわびて、発売と同時にCDショップへ買いにいくアーティストは、この人だけだ。
前作に続き佐野元春 &The Coyote Bandの名義でリリースされたこのアルバムを、発売日に買ってきて以来一週間、ずっと聴いている。

基本的には『THE SUN』で新境地を開いた以降の作風の延長線上にある、少しくぐもった歌い方と、あえて平易な日本語を使いながら明確な意志を込めたリリック、そしてギター・オリエンテッドでシャープでありながらどっしりと力強いリズムのサウンド。
素晴らしくポジティヴでかっこよかった前作『ZOOEY』の“世界は慈悲を待っている”、“La Vita e Bella”、“ポーラスタア”みたいなノックアウト級のポップ・チューンは控えめだけど、その表現はよりシンプルに研ぎ澄まされ、バンドのグルーヴはよりしなやかになったと思う。
アルバムの位置付けとしては『ナポレオンフィッシュ』の後の『Time Out』、『Sweet16』のあとの『The Circle』みたいに少しクールダウンして熟度を深めた作品のようだ。
とにかくバンドのグルーヴ感が半端なくかっこいい。
COYOTE BANDとしてツアーも重ねて、ずいぶんと熟成され、佐野さんの意図と演奏が一体化している感じがとても気持ちいい。バックバンドとシンガーという関係ではなく、楽曲の世界観をバンドと共に練り上げていった感じ。バンドの音に意思がある。佐野さんは元々そういうバンド志向が非常に強いけれども、ここへきてザ・ハートランドのフレンドリーさともホーボー・キング・バンドのプロフェッショナルらしさとも違う、歌の世界をより強力に推進する、荒々しくもしなやかで強靭なグルーヴを手に入れた、という感じ。
正直言うと自分のような年寄りにはもう少しアコースティックなゆるいグルーヴのほうが心地よかったりはするのだけれど(笑)、ハリのあるリズム隊のすがすがしいくらいのうねりのある音と、グイングインと迫ってくるギターの音の壁の圧倒的なパワフルさには年を忘れて持っていかれてしまいます。佐野さんがかつての自己を縮小再生産する隠居したロッカーではなく、またどこかコアな層にだけ通用すればいいと考えている趣味人的音楽家ではなく、現代にコミットした今の時代の音楽、今の時代に伝わる/伝えたい音楽表現を志向している表現者であることがよくわかる。

アルバム全体のトーンを代表しているのはアルバム・タイトル・トラックの"紅い月"だろうか
 
 空を見てごらん
 赤い月が浮かんでいる
 夢は破れて
 すべてが壊れてしまった
     (紅い月

うたのことばだけを取り上げると、ずいぶんと悲しげで漠然とした絶望感にとりつかれているような感じがする。アルバム全体としてはこいうったトーンの詞が多い。

 この決意はどこへ向かっているのだろう
 自分でも判らないくらいだ
     (境界線

 なんだろう
 ひとはあまりに残酷だ
 約束の未来なんてどこにもないのに
     (優しい闇

 不確かなことだけが確かなこの世界
 待っていたって何も変わらない
     (新世界の夜)

あからさまな怒りと抵抗の歌もある。

 役人たちはこう言う
 「歴史を変えればいいだろう」
 でも誰がマトモに聞くもんか
 結局誰かの都合のせいさ
     (キャビアとキャピタリズム

痛烈な皮肉と批判。強烈なビート。

どちらかというとにっちもさっちもいかない行き詰まり感があって希望の見えてこない世の中。問題は山積みで、未来は決してバラ色ではない。かつて若い頃に希望を持って夢を語っていた世代も、物心ついた頃から閉塞感に満ちてしまっていた世代も、なかなか安易に明るい未来など語れない時代。
でも、これらの言葉が、バンドの音と共にメロディーとグルーヴを持って耳に入ってきたとき、それが決して絶望一色のどうしようもないものではないことが伝わってくるのだ。
こんな時代、こんな状況ではあるけれど、クールにタフに生き抜いていきたいというひとつの意思が聞こえてくる。
時代を変えるようなことはできないかもしれない、時代を動かすようなうねりは起こらないかもしれない、けど、個人的な幸福まで奪い取ることはできない。個人的な幸福を追い求める中から生まれる命のビートやグルーヴみたいなものをつないでいくことだけが、世の中を動かしていく可能性を持っているのではないか、そんなメッセージを僕は感じました。

 いつかの君は世界を変えようと
 どこか生き急いでいたかのようだ
 どんなペテン師がそこにいたとしても
 確かな君はもう惑わされない 
       (いつかの君)

佐野元春との出会いは高校1年生の冬休みだった。これはどこかですでに書いた。
佐野元春の音楽を通じて僕はいろんな偉大な音楽を知る入口に立った。これもすでにどこかに書いた。
受験生だったとても孤独だった17歳の冬に『VISITORS』を聴いて僕はベルトコンベア的に流れていく世界に立ち向かうことを決めた。これもすでにどこかに書いた。
そもそもこのブログの一番最初の記事は佐野元春の『SOMEDAY』だった。
多くの人にとって佐野元春の音楽はごく初期のポップなロックンロールのイメージと共に青春の一ページの中に埋もれてしまっているのだろうと思う。それはそれで否定できることではもちろんない。
でも、佐野元春は今も今の時代の空気を震わせる音楽を演り続けている。特に2004年の『THE SUN』以降の作品は、毎回最高傑作だと思ってしまうくらい素晴らしい。もし君がまだ子どもの頃に少しでも、佐野元春の音楽で励まされたり癒されたり勇気づけられたことがあるのなら、ぜひこのアルバムも聴いてみてほしいと思う。



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コメント

[C2612]

つき子さん、こんばんはー。
お忙しいようで。つかの間でものんびりできたようでよかったです。
佐野さん、そうですね、ちょっと苦い感じもいいですね、苦さに酔ってポーズつけているようなのじゃなくって、誠実で率直な苦さ、苦いだけでは終わらないからこその苦さ、みたいな。
まだまだこれから暑さ厳しくなります。ご自愛を。

[C2611]

お久しぶりです。この記事を拝見して、佐野さんの前のをさっき車で聴いていました。いいですねぇー。オトナ…苦い感じもいいなぁ。今日は朝礼のみ出勤で、その後は久しぶりの平日お休み。たまった用事を片付けつつ、ほっとしたいので一人ランチ中です。何をバタバタしてんだろ、毎日。あーそれにしても車なんで飲めないのが残念… goldenblueさんも夏をお楽しみくださいませ。
  • 2015-07-28 14:43
  • つき子
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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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