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♪THE BEST OF SIMON & GARFUNKEL

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The Best Of Simon & Garfunkel / Simon & Garfunkel

The Sound Of Silence
Homeward Bound
I Am A Rock
The Dangling Conversation
Scarborough Fair/Canticle
The 59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy)
A Hazy Shade Of Winter
At The Zoo
Fakin' It
Mrs. Robinson
Old Friends/Bookends
The Boxer
Bridge Over Troubled Water
Cecilia
The Only Living Boy In New York
Song For The Asking
El Condor Pasa (If I Could)
For Emily, Wherever I May Find Her (Live)
America
My Little Town


 こんにちは、暗闇君
 僕のたった一人の古くからの友人
 今日も君と話をしたくって
 なぜって
 僕が眠っている間に幻影が残していった種が
 僕の脳みその中で育っては繰り返すんだ
 沈黙の音楽を伴って

 不安定な夢の中を僕は一人歩いていた
 コブルストーンの狭い通りを
 街灯に目が眩み 
 僕は寒さに襟を立てて黙り込む
 ネオンライトのフラッシュが僕の目に突き刺さり
 夜は引き裂かれ
 沈黙の音楽に触れた

 そして裸の光の中で僕は見たんだ
 1000人、いやもっとそれ以上の人々が
 話すことなく語り合い
 聴くことなく耳を傾け
 決して分かち合うことが出来ない声で歌を書く
 そしてそのことに誰も気に留めることすらなく
 沈黙の音楽を乱すものは無い

 「そんな馬鹿な」と僕は呟く
 沈黙はまるで癌のように転移していく
 僕が君に伝えたかった言葉を聴いてほしい
 あなたへとさしのべた手をとってほしい
 けど僕の言葉は静かに降り注ぐ雨粒のように
 沈黙の井戸の中でこだましているだけ

 そして人々は拝み祈る
 自分たちで創り上げたネオンの神様に
 ネオンサインは激しく警告し続ける
 「預言者の言葉は地下鉄の壁や下水道の穴に記されている」と
 沈黙の音で囁いている
       (The Sound Of Silence)

音楽に言葉が必要か否か、二者選択でどうしても答えなければならないとするならば、必ずしも必要ではないと答えると思う。
音楽とは、リズムであり音色でありメロディーでありハーモニーでありアンサンブルである。演奏者たちの“思い”や“気”がそこにあるとき、言葉そのものの持つ意味は二次的なものになる。
けれど、時に音楽に言葉を乗せることが、言葉の持つ意味を、演奏者の表現したい世界観を、はるかにわかりやすく聴き手の心の奥深くに届かせてしまうことがある。
そのことを初めて体感したのが“The Sound Of Silence”だった。
こんなにも美しいメロディーとハーモニーを持った歌が、こんなにもシュールでペシミスティックで絶望的な世界観を持っているなんて。或いは、こんなにもシュールでペシミスティックで絶望的な世界観を持った歌が、美しいメロディーとハーモニーに乗ることで、違う響きを持って多くの人の心に届いていくなんて、という驚きがあった。
それが中学生の頃だ。
それ以来、サイモン&ガーファンクルはずっと大好きなアーティストであり続けているのだけれど、正直ロックやパンクやブルースの世界を知れば知るほどに、サイモン&ガーファンクルの音楽はどこか優等生的で軟弱な音楽のようにも感じられて、あまり人前でサイモン&ガーファンクルが好きだと言うことはなかったと思うし、実際今でもそうなんだけど、40代を越したくらいからようやく、彼らの音楽の持つ深みを素直に受けとめられそうな自分がいることに気付いたりしたのだった。
どことなく落ち着くというか、心の少し深いところで安心して受け入れることができるような癒しを得ることができる音楽。また情感のみならず思考や思索を促されたりという点でも共感要素が高いところがあって。
“Scarborough Fair”の静寂の中にあるひりひりとした痛みの感覚。“El Condor Pasa”にある叶わないものへの憧れと悲しみ。“America”で歌われる未来への不安感や果てしない怖れ。去っていく友を励ましつつ独り取り残される密やかな孤独感を歌った“The Only Boy In New York”、こんちくしょう!って叫びながらなにもかもぶっ壊してしまいたくなるように胸がしめつけられるような狂おしさを持った“The Boxer”、大人になっても生まれ育った町での経験に引き戻されてしまうことへのなんともいえない気持ちを歌う“My Little Town”。
全部が全部、心の中にある窪みみたいな場所の形とぴったりとフィットするようにはまるんだな。

 「神様はいつも私たちの行いを
 全てご覧になられています」
 そう信じこまされていたんだ
 生まれ育った小さな町で
 なんだかすごくうっとおしかったんだ
 神様は僕が壁に向かって忠誠を誓うよう
 僕の頭を押さえつける
 なんだかな
 今も思い出させられちゃうよ
 僕の小さな町でのこと
    (My Little Town)

そんな気持ちを抱えながらあの町を出て、早や32年。
今ではもうその頃のことを思い出して悔しくなったりうちひしがれたりすることはないにせよ、サイモン&ガーファンクルの歌はいつもそんなふうだった自分のことを思い起こさせてくれる。
ただ、懐かしさを呼び起こすのではなく、その頃に感じていたいろんな悔しさややりきれなさを。
そして、そういう場所と今いる場所をひとつに結んだ上で、その先に向かうべき方向を指し示してもくれる。
そんな気持ちの時に聴く“Bridge Over Troubled Water”なんかには、ほんとうに力と勇気をもらえるような気がするんですよね。

 元気をなくしてしまったとき
 自分がとても小さく思えてしまうとき
 涙が浮かんでしまうのなら
 乾かしてあげたいとそう願う
 あなたのそばにいるよ
 時代がどんなにすさんでも
 友が見つからなくても
 
 荒れる海の中に身を投げ出している
 あの橋のようでありたい
 荒れる海の中に身を投げ出している
 あの橋のようでありたい  
    (Bridge Over Troubled Water)

ピアノから入って、弦楽団が盛り上げて、というおよそロックっぽくない、イージーリスニング的リスナーに媚を売ったようなあざといアレンジではあるけれど、そのあざとさも含めていい曲だな、と思う。
なんか背筋が伸びるというかね、しゃんとしなくっちゃ、って、まるで国旗掲揚のときに国旗がするすると昇っていくのを見守るように背筋が伸びる。
まだもうちょっとがんばらなくっちゃね、って気持ちになる。
今年ももう12月、2016年もあっという間に過ぎ去ろうとしている。
あと何年、あとどれくらい、どんな想いを経験していけるんだろうな。
なんて。

サイモン&ガーファンクルの歌を聴くと必要以上に感傷的になってしまう。
でも、そういう音楽が持つ効果に、僕たちはいつも救われているのだと思う。



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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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