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陸前高田

初めて陸前高田を訪れたのは、震災があった年の夏だった。決して自発的な意思からではなかった。勤務先がボランティア団体と関わりがあったことから、要員として駆り出されたに過ぎない。そういう活動がとても大切だということは頭ではわかる。けど、同時に、どこか胡散臭い感じ、敢えて言うならば偽善っぽい臭いもしないではなく、できるならば避けたい気持ちもどこかにあったというのが正直なところ。春先に行った先発隊はトラッ...

京都ホテル

「暑っついなー。今、何度ある?」「たいしたことないで。ほんの35℃。」「地獄やん。」灼熱の太陽が降り注ぐ真夏に、僕たちはひたすら石膏ボードを運んでいた。石膏ボードとは、壁や天井に貼り付ける建築資材だ。一枚はちょうど畳一畳分くらいあって、重さは一枚だとせいぜい3kgとかくらいだろうけど、一枚では効率が悪いのでだいたい一度に5枚くらいは運ばなくてはならない。建築中の建物の現場は、当然クーラーなんて設置さ...

河童くんの池

毎日学校の帰り道に道草をするのが大好きだった。小学校3年とか4年の頃だ。子供の足で15分くらいの道のりの間には、田んぼがあり畦道があり、用水路がありため池があった。春にはたんぽぽの綿毛を飛ばし、いちごをつまみ食いし、夏にはおたまじゃくしを捕まえ、大きな蓮の葉の上で水玉を転がし、秋にはトンボを追いかけ、干してある稲わらに体当たりする。食用ガエルや草ガメもたくさんいた。何にもいないときは空き缶を集めて...

小学校のプール

死にそうになった経験がありますか?僕は一度だけあります。あれは小学校2年生の時。体育の授業中だった。夏、といっても肌寒かったからまだ6月くらいだったのかも知れない。その日がプール開きだった。2年生からは本格的な水泳の授業が始まる。1年生のときは浅い幼児用のプールで水遊びするだけだったのだが、水深1mのプールに入ることになるわけだ。水着に着替え、シャワーを浴び、カビ臭いにおいのする消毒液のプールに浸...

パン工場(後編)

会社の経営状況は思わしくなかった。80年代後半から90年代にかけての流通構造の変化に完全に乗り遅れていた。つまりは、大規模化したスーパーマーケットチェーンと広がりはじめたコンビニチェーンに入り込めなかったのだ。今ではもはや見かけなくなった、駄菓子屋とかクリーニング屋とかと一緒に奥さんとおばあちゃんが交代で店番をしているような小さなお店にパンをほんの10個ほど運んでいたって儲かるわけもなく、大手のス...

パン工場(前編)

娘が生まれてから今の家に移ってきてもう15年以上経つ。おそらく今の家が一番長く住んだ場所ということになる。18のときに実家を出てから今まで、いくつかの場所で住んできた。その中で2年と少しの間、パン工場に住んでいたことがある。といっても、もちろん工場の中ではない。工場の敷地の端に併設されていた男子寮、築15年以上は経つであろうおんぼろの2階立てで、6畳2間の部屋が10ほどある建物だった。部屋は2人用...

なんば地下街喫茶V

その喫茶店は、地下街の中にあった。通学経路の乗り換えターミナルだった難波駅。店頭にはコーヒー豆を売るコーナーがあり、室内はやや薄暗く、4人掛けのテーブルがいくつかの島に分かれて15ばかりあっただろうか。コーヒーはブレンドとアメリカン、他にはミックスジュースやクリームソーダがあり、サンドイッチやカレーやナポリタンといったいくつかの軽食メニューがあった。つまりは駅のそばという立地だけが売りの安っぽい喫...

東灘区御影

先日、久しぶりに神戸へ出掛けたときのことだ。阪神電車に揺られ、ぼんやりと窓の外の景色を見ていた。尼崎を過ぎ、芦屋を越えて電車は神戸に入る。左手にはぼんやりとした海、右手にはごちゃっとした町並みとその向こうに六甲山。やがて電車は御影駅を通りすぎる。あ、なんだかこの駅、見覚えがある。ここで何かを経験したことがあった気がする。そして、ずいぶんと長いこと忘れていた記憶が、そのときに感じた何ともいえない感覚...

天王寺ステーションデパート

ショー・ウィンドウに飾られた色とりどりのたくさんのメニューの中で、5才だった僕の目を奪ったのは「お子さまランチ」だった。うすいグリーンのクラシック・カー型の陶器のお皿ににぎやかに並べられた唐揚げ、ハンバーグ、エビフライ、オムレツ、フルーツ。山型にこんもり盛られたチキンライスの上には、カナダかどこかの国境が飾られていた。うわぁー、かっこいい。こんなの見たことない。でもな。贅沢だな。「タケシ、どれにす...

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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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