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♪Two Punks

喫茶店のアルバイトは退屈だった。
人通りの多い繁華街の大衆喫茶、薄暗い室内、たいしてうまくもないブレンドコーヒーに立地がいい分それなりに代金をとるふつーのカレーライスやナポリタン。バイトの時間が6時から10時だったせいもあるかもしれない。普通の人間はその時間帯はコーヒーなんて飲まずに飯食うものだからね。
退屈なアルバイトの唯一の楽しみは、有線放送にリクエストすることだった。
お店ごとに割り振られた有線をリクエストできるコード番号があって、それを告げるとリクエストを受け付けてくれる。リクエストしてから30分くらいするとその曲がかかる。曲が終わるとまた電話ボックスへ行って10円玉を入れ、次の曲をリクエストする。
選局していたのは日本のポップスのチャンネルだったから、大抵は当たり障りのない歌謡曲、当時だと松田聖子や中森明菜、それに毒にも薬にもならないポップなニューミュージック、、、杉山清貴とオメガトライブとかさ、、、が流れるのだ。そこにあえてハードなロックをリクエストするのが好きだった。シングル盤しかリクエストできなかったので、スターリンの“ロマンチスト”をリクエストしたり、戸川純の“レーダーマン”を掛けてもらったり、基本日本語の曲しかかからないのを逆手に取ってVOWWOWの英語のシングルをリクエストしたり。なんてことのない歌謡曲の次にエキセントリックなシャウトや音圧の高いハードなロックがぎゅわんぎゅわん流れて、くつろいでいる店の客の顔がちょっと歪むのを見るのが好きだった。

ある日、あまりにも退屈だったんで賭けをすることにした。
大好きなロックが掛かっている間、一切仕事をしない。客に呼ばれてもその曲が掛かっている間は無視する。
それで客とケンカになっても構わない。クビになっても構わない。
そうなったらそうなったで面白いじゃないか。ただボサッと銀色のお盆を持って突っ立っている退屈よりはずっとましじゃないか。
このまま日和見しながらペコペコと頭を下げる毎日が続いていくのか、それとも自分の意思を曲げずに貫いていけるのか、その賭けに、自分のこれからの生き方が懸かっている気がした。
どうせなら、めちゃくちゃ長い曲にしてやれ、と選んだのは、ザ・モッズの“Two Punks”のライヴ・バージョン。“激しい雨が”のシングルのB面に入っていた、8分以上もあるやつだ。
トイレに行ってきます、と持ち場を離れて公衆電話を掛ける。
係の女の人は僕の目論見など知るはずもなく無機質な声でそのリクエストを受け付ける。30分ほど経って、突然静寂になったかと思うと歓声が聴こえ、レゲエのビートのカッティングに合わせて森やんが歌いだす。
虚ろな街に風が吠え抜ける
俺たちはアスファルトの上
転げ落ち
観客といっしょに歌うヴァースがしばらく続く。
そしておもむろに森やんが“みんなのため、トゥー・パンクス!”と叫ぶと、ビートが加速する。
店の空気が少しだけ熱くなる。
客の顔が少しだけ歪む。
銀色のトレイを持って突っ立ちながら僕は、もっと音量上げろよ、と思っていた。
もっと、もっとデカイ音で聴かせてくれ。
俺をぶっ飛ばしてくれ。
もっと、もっとだ。
ここにいる奴らをみんなぶっ飛ばしてくれ。
Two Punksしばられて
Two Punks見張られて
Two Punks 逃げられない
一度だけ、僕の少し前のテーブルにいた客が、水のおかわりかなんかで僕を呼ぼうと少し片手を上げたけれど、僕は完全に無視をした。
少し離れた場所にいた島田紳助似のアゴの出たヤンキー上がりの先輩が僕に目配せしたのも無視した。紳助は、チッと軽く舌打ちをしたように見えたけれど、とりあえず客の対応に動いた。
俺たちは乗ることができなかった
俺たちは乗ることができなかった
俺たちは乗ることができなかった
俺たちは乗せてもらえはしなかった
ビートがどんどん早くなり、森やんがシャウトする。
そして曲が終わる。
音楽は少年隊に切り替わり、店の空気も元に戻る。
結果的には、何にも起きなかった。
客が怒りだすことも、紳助に文句を言われることもなかった。
もし客が怒りだしたら「うるせぇ」って言ってやるつもりだったけど、そういうことにはならなかった。
何にも起きなかった。
でも、18才だった僕にとって、それは、とても大きな意味を持つ8分間だった。



20180528001914c83.jpg

ザ・モッズ : 激しい雨が cw/Two Punks


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コメント

[C3202]

Matsさん、はじめまして。
モッズやルースターズは憧れでした。
同世代のロック好きにとって博多はある意味聖地ですのでうらやましいです。
だらだら長文が多いブログですが、今後ともよろしくお願いします。

  • 2018-05-29 22:17
  • goldenblue
  • URL
  • 編集

[C3201] ありがとう

当時、博多で日々を過ごしてた50代の者です。
いつも楽しみに拝読しています。
two Punksは
To  Punks
Too Punksの意味も含んでます。
  • 2018-05-29 16:47
  • Mats
  • URL
  • 編集

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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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