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◇森は海の恋人

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森は海の恋人 / 畠山重篤

東日本大震災からちょうど5年。
今夜もよく冷え込んでいるけど、5年前にこんな寒空の下で不安や絶望の中で一夜を過ごした人たちの気持ちを想像するといたたまれない気持ちになります。
でも、なんだか震災に対する今年の感じには、なんとなく違和感を感じるんですよね。
今年は妙にテレビも新聞も震災についての報道が多い。悪いことではないとは思うのです。風化していくあのときの記憶を、ああいう報道は思い起こさせてくれる。そのときにはわからなかったこと、時が経つにつれてどうなっていったのかということを知ることは、すなわちこれからどうなっていくのか、どうしていくべきなのかということを知る上でも大切な手掛かりとなる。
でもね、なんか腑に落ちないんだよな。素直に共感できない天の邪鬼な僕がいる。
「あの日を忘れない」なんていかにも寄り添うような言い方をするけど、当事者ならばむしろ忘れたくってでも絶対忘れられるはずなどないわけで、そもそも5年ということにどれだけの意味があるのか?と思ってしまうのだ。そりゃあもちろんそれなりの月日ではあるけれど、所詮はたまたま人間の手の指の本数と同じ程度の意味しかないじゃないのか?1、2、3、4、5・・・指折り数えてはい、おしまい。そうやって忘れてしまうための一区切りにしようとしてるんじゃないのか?6年目の来年は今年よりももっと報道が増えるのか?って気がしないんだよな。それが嫌ぁーな気持ちの元。すいません、ひねくれ者の独り言です。

この本の著者・畠山重篤さんは、気仙沼で長く牡蠣の養殖をしておられた方。
昭和40年代以降、海に赤潮の被害が続き、気仙沼の牡蠣の養殖は壊滅的な被害を受けた。それが何故でどうすればいいのか、途方に暮れていたときに畠山さんはフランスの牡蠣の養殖地を訪ね、その豊かな湾の上流に豊かな自然と森を流域に持つ川があることを知ってから故郷の気仙沼の山を見ると伐採で荒れまくっていることに愕然とするのです。そして、川の流域の豊かな森こそが海を育てるのだと気づき、山の自然を取り戻すための植樹運動を始められる。周囲の人に笑われながらも徐々に理解者を増やし、やがて山の広葉樹林の落とす葉が腐葉土となり海へ流れ込むようになって気仙沼の海はみるみるうちに回復したのだそうです。
海と山はつながっている。私たちは自然に依って生かされている。
この本で紹介される畠山さんの経験は、そういう大切なことを私たちに教えてくれる。

畠山さんももちろん、5年前に震災と津波の被害に遭った。先日NHKの大好きな番組『SWITCHインタビュー』に畠山さんが出演しておられて知ったのだけれど、牡蠣の養殖イカダは見るも無惨に流され、海中には泥や瓦礫が降り積もってしまい、養殖は10年はダメなんじゃないかと言われていたのだそうだ。
ところが。3ヶ月後にはプランクトンが増え始め、半年後には小魚が戻り、1年以内にはそれらの小魚を補食する大型の魚も戻ってきたのだ。「これならまた養殖を再開できるんじゃないか。」って牡蠣を吊るしてみたら、普段は2年かかる大きさにたった1年で育った、それくらい海の栄養は回復していたらしい。
人間はついつい自然にも人間と同じような枠をはめ同じようなフィルターを通してみてしまうけれど、自然の方では実は人間など見ていない。人間界でどんなことが起きていようが自然は自然の摂理で動いていく。そういうものなんだな、ということを改めて思いました。人間は自然と対等に対峙することなどできない。自然の中で生かされるだけ。古来の日本人にはそういう自然観が確かにあったはずなのだけれど、厳しい自然の脅威に対峙しながらそれを克服しようとしてきた西洋の文明に触れてから、日本人はついそういうことを忘れてしまっているのかもしれない。
畠山さんは番組の中でこんなことを言っておられました。
「ああいう津波があっても、この地域の人たちは誰も海を恨んではいないのですよ。日本人は昔からそうやって自然に依って生かされてきたのですね。」
抗えないものとして自然の力を受け入れること。立ち向かうのではなく、受け入れる。
小さなことにこだわらず、ありのままを受け入れる。
震災と津波の被害のことを小さなことだというつもりはないのです。当事者にとってはそれは一生を左右するとても大きなことだ。たくさんの失われた命のひとつひとつはとてもかけがえのないもの。でもね、そういうことすら自然の中ではとても小さなことなのかもしれない。とても小さなことを、だからこそていねいにたいせつに積み重ねながら人間は生きている。そういう気持ちが何かの救いにならないかな、なんてそんなことをぼんやり考えていた3月11日でした。



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コメント

[C2797]

櫟コナラさん、こんばんはー。
報道の件については・・・言っちゃいけないことだったのですね(^_^ゞ・・・来年もこれくらいちゃんと報道があることを期待してます。次は10周年、、、ってのはあかんと思う。。。

ていねいに、たいせつに。
難しいんですけどね、言いながら雑に過ごしちゃってます。
でも、生かされてる命だからこそ、ていねいにたいせつにしたいですよね。
  • 2016-03-14 22:34
  • goldenblue
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  • 編集

[C2796]

golden blueさん こんにちは。

>人間は自然と対等に対峙することなどできない。自然の中で生かされるだけ。

本当ですね。
昨年新聞の小さなコラムで、「もし植物が、利己的に振る舞い、自分の生存に必要最低限の光合成しか行わなかったら、われら地球の生命にこうした多様性は生まれ得なかった。」と書かれているのを読んで、
あらためてそう感じました。

 恩恵と災害の両方を自然から受けつつ、
感謝と畏敬の念を忘れない生活をしてきたのですよね。
「丁寧に大切に」 いい言葉ですね。自分もそうありたいと思います。

あ、でも3,11の報道のあり方には、わたしもつい天邪鬼がでました。
golden blueさんが書いてくださり、すっきりしました 笑




   


  • 2016-03-14 12:52
  • 櫟コナラ
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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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