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◇40年

5月15日、沖縄が日本に復帰して今日で40年。
沖縄が今も抱える様々な問題については思うところはあるけれどそれは別の機会に改めるとして、思わず「えぇぇぇぇ〜」と唸ってしまうのは、自分自身がしっかりと記憶している事柄が、今や歴史の中で語られるような「昔の話」になっているという事実。
1972年は弟が生まれた年。浅間山荘の事件や日中の国交が正常化して上野動物園にパンダがやってきたのもこの年だった。僕は5歳、幼稚園の年長さんだった。それくらいのころからかなりはっきりとした記憶が残っているようだ。
以前もどこかで書いたかな、うちの父親は長く労働運動をやっていて某政党系日刊紙が当たり前にあって母親は当時熱心に黎明期の生協運動をやっているような人だったから、家族の食卓の場でもそんな社会的な事柄がよく話題に上っていた。
フィンガー5の影響もあったのかな、沖縄=アメリカ、という印象は当時ものすごくあったのだ。その沖縄が日本になるということがどういうことなのかを理解していたわけではないけれど、沖縄では英語は公用語だとか、車は右側通行だとかそんな話を聞いては、沖縄の人は今からは日本語を勉強しなおさないといけないなんてたいへんだろうな、なんて思ったりして、5歳なりにとても大きな変化が起きているのだと感じたことをよく覚えている。

考えてみればあの頃って、敗戦からたった22年しか経っていなかったんですよね。
今から22年前といえば1990年、それって僕たちにとってはけっこう最近、っていう感覚じゃない?少なくとも歴史上の出来事とは到底感じないですよね。
戦争なんて僕たちにとって遠い遠い歴史上の出来事だと思っていたけれど、当時大人だった人たちからすれば、僕たちが今1990年に対して感じる身近さと思い入れと同じように戦中や終戦直後の時代のことを感じていたんだな。
逆に今の子供たちからしたら、1990年なんて歴史の彼方なんだな。
何となく不思議な感覚だけど、それぞれの立場の数だけそれぞれの時代認識がある、ということなのだ。

人間は誰しも、生まれ育った場所と時代の影響を強く受けて育つ。
経験していることも考え方もまるで変わってくる。
ジェネレーション・ギャップが生じ、それが埋まらないのはある意味とても当たり前のことなんだな。
増してや、こんなにも速いスピードで物事が移り変わってゆくこんな時代ならば、年寄り世代と考え方が合わないことも、若い世代と外国人並みにコミュニケーションがとれないことも実は当たり前のことなのだろうな。
そもそも育ってきた背景が違うのだから、通じ合えると思うのが大きな間違いなのだ。
そしてそんな人同士がわかりあうためには、お互いの生まれ育った時代背景を知ることは大切で、それぞれの時代がどのように連なってきたのかを知れば、変だと感じていた相手の行動や考え方にもある程度許容できるような気がして来る。
そういう意味で、歴史や文化を学ぶことは大切なのだ。
学校にいた頃はただただ年号を暗記させられるだけの退屈な学科だと思っていたけれど。


高等学校琉球・沖縄史
高等学校琉球・沖縄史 / 新城 俊昭


この本は、以前に沖縄に行った時に沖縄の本屋さんで買ってきたもの。
歴史なんてものは所詮、勝ち残ったものが勝ち残った側を中央とした解釈で書くものだから、辺境側からの景色は伝わりにくい。
同じ景色は反対側から見たらどう見えていたのかという点で、地方の視点から書かれた歴史は興味深い。



◇69 -sixty nine-

ゴールデンウィーク大掃除 本の巻。

512

段ボールにつっこんでいたり、枕元に積み上げられたりしていた本の類も無事片付け完了。
こうして整理してみると、すぐ手に届く場所においておきたい本のほとんどは、10代後半〜20代前半に読んだものになってしまうようだ。
片付けをしながら「おぉっ、懐かしいっ!」と感動して手を止めてしまい、ついつい真剣に読み返してしまったのがこれ。

69
69 sixty nine / 村上 龍

これ、「大好きな小説ベスト10」を選んだら必ずランクインすると思われる大好きな一冊だった。
この小説を読んで僕は、何か今すぐ行動を起こしたいといても立ってもいられなくなり、とある左翼系団体に誘われるままに出入りするようになり、腐りきった日本を変えるために日々革命活動に励んだのだった。というのは嘘で、本当は6畳一間の下宿でポテトチップスをかじりながら「ギャハハハハ〜!これサイコー!」と腹を抱えて爆笑していただけだった。
しかしこの本を読んで僕は大いに刺激を受け、ジャニス・ジョプリンのレコードを意味も無く女友達に貸し、レッド・ツェッペリンのコピーバンドを結成してフクちゃんみたいに「ドンチューノードンチューノー」とシャウトして、フェスティバルをやろうと息巻いて友達を集め、映画のシナリオを書き8ミリビデオを後輩からだましとってとてもシュールでロックな映画を一本撮影し、その主演女優とめでたくつきあうことになったのだった。というのも全部嘘で、大学の食堂のテーブルで集まってくる友達とだらだらとくだらない話をしては日々アルバイトに勤しんでいたのであった。

残念なことに、この本が出版された時、僕はもうすでに大学生になっていて、受験だなんだという抑圧からも、とにかく女の子とやりたい、という悩みからもとりあえずは解放されていたのだった。
でも、もしこの本が出たとき、高校生だったとしたら、かなり影響されたんじゃないかという気がする。
実際、あとがきに託されたこの本の主題となるメッセージにはガツンとやられたし、その後の生き方に大きな影響があったことは確かだ。
『楽しんで生きないのは罪なことだ。楽しく生きるためにはエネルギーがいる。退屈な連中に自分の笑い声を聞かせてやるための戦いは死ぬまで終わることがないだろう。』

若い頃に読んだ本を再読して思い出すことは、ただの懐かしさだけではない。
その頃に感じたこと、そのときの雰囲気まで思い起こさせられてしまう。
そして、その頃の自分に『あの頃に「嫌だなぁ」と思った大人になっていないか?』と問いかけられているような気がする。
うん、今はまだ大丈夫、なはずだ。
片付けの手を止めて夢中になって、あの頃と同じようにギャハギャハと大笑いすることができたのだから。




♪再稼動しちゃえば?

いっそさっさと再稼動しちゃえば?
この度の事故ではたくさんの放射性物質がまき散らかされたけれど、放射能を直接的な原因とした死者は一人も出ていないではないか。
つまり原子力発電所は、千年に一度の規模の大津波でも誰も死なないレベルには安全だということだ。
しかし、電気がなければ確実に死人が出る。
重篤な患者を扱う医療現場で、真夏に熱中症で、信号が止まった交差点で。

一昨年の猛暑、覚えていますか?冷房があってさえあれだけ暑かった夏、ピーク時に節電なんて本当に出来ますか?微量な放射線の影響は出るかでないか、出ても数十年の単位のこと、でも熱中症は今生きるか死ぬかだよ?
そして、電力の停滞が長引けば、確実に経済は衰退する。
経済が衰退するということはどういうことか?単なる不景気とは訳が違う。
この国でモノが作れない、生産がされなくなり流通が止まる、そのことで生活の糧を得ている会社は次々とリストラ、或いは倒産。仕事がなくなる、収入がなくなる、ますます消費は滞り行き詰る会社が増え失業者が増える悪循環、海外から入ってくるものは当然うんと高くなる。石油だって値段吊り上げられる。ものすごいインフレが起きてごく一部の金持ちと貧乏人の格差はますます広がっていくだろう。
仮に少しの規模の放射能漏れがあったところで、被害に遭うのは一部の人たちだけじゃないですか?
でも原発が止まったままだと日本中の人がとても困ってしまうんですよ?
少しの土地で農業や漁業ができなくなったとしても、経済さえ順調ならばよその国から買えば済むことじゃないですか?でも経済がだめになったら、よその国から買うこともできなくなるんですよ?
果たしてどちらが幸せでしょう?
それでも原発を稼動させるのは反対ですか?




極端に意地悪なことを敢えて書きました。
それは、原発がらみの報道を見ていたらこの歌を思い出したからだ。

  THE BLUE HEARTS-イメージ

♪どっかの坊主が親の脛かじりながら
 どっかの坊主が「原発はいらねぇ」ってよ
 どうやらそれが新しい流行なんだな
 明日は一体何が流行るんだろう

 イメージ、イメージ、イメージが大切だ
 中身はなくてもイメージがあればいい

Bust Waste Hip
Bust Waste Hip / ザ・ブルーハーツ


この曲が出された80年代後半、チェルノブイリの事故を受けて反原発の機運が高まった。
今度の事故でも「あの時もっと反対していれば」と思った人も多いはず。
なぜあの時、運動は雲散霧消してしまったのか。
・反原発が特定のイデオロギーと結びついて、政治の道具のようになってしまったこと。
・バブル絶頂期、経済成長の足を引っ張るようなことなど到底考えるまでもなかったこと。
・なんだかんだ言ってもあれはソビエトでの話。優秀な日本人が事故を起こすはずがないと心の底では誰もが思っていたこと。
・反原発だと言うことが(エコロジーっぽくて)かっこいいことみたいになったこと。結果的にそれはファッションになり、最後には飽きられてしまった。
そんなとこじゃなかったでしょうか。

まずは「反対だ!」と声を上げること、それは第一段階としてはとても大切なことなんだと思う。
でも、ただ反対するだけなら、誰だって出来る。
原発を推進したい人たちはきっと、今「反対」と叫んでいる僕たちの底の浅さを知っていて、なんだかんだ言ったところで実際真夏になってにっちもさっちもいかなくなって計画停電をやるといえば、原発を動かしてくださいと逆に泣きついてくるさ、とタカをくくっているに違いない。
実際僕もそう思う。
「仲間を裏切らない」と堅く心に誓ったはずの男が、拷問を受けていとも簡単にすべてを吐いてしまうように、勢いだけの反原発の掛け声なんて、たった一日の猛暑の日の停電でもろくも崩れ去ってしまうに違いないのだ。
そうなってしまえばきっとおしまい。
あれほど威勢の良かった学生運動のお兄さんたちがあっという間に従順な社会人に変身して、続く世代の芽まで全部摘んでしまったみたいに(トゲのある言い方で申し訳ないが僕はあの世代が大嫌いなのです)、あっという間に終わってしまうはずだ。

本当に、子供たちの将来に原発を負の遺産として残したくないのなら。
志の高い一部の人たちは、節電を強要してはいけない。
つまり、電気を使うことを「悪」にしてはいけない。
人は誰も幸せと快適を求めるもの、苦行のために生きているわけじゃないのだから、幸せと快適のためには電気は必要なのだ。そこ、認めるところからはじめよう。
問題はどのようにして電気を造るか、だ。
そのために、どのようにして原発に代わるクリーンで持続可能なエネルギーを確保していくかの中長期的なヴィジョンとロードマップが必要だ。

まずは、福島での事故の原因を第三者機関を含めて究明すること。
その上で、地震や津波に対して一定の安全基準をクリアしている原発を再稼動を行うことについては、安定した電力を確保する上で必要ならば認めるべきだと思う。
ただし、事故が発生した際の避難計画を、事故の規模に合わせて(福島以上の規模も想定した上で)明らかにすること。
それから、老朽化した原発の廃炉の基準と手順を明らかにし、順次廃炉の作業に入ること。
並行して、代替エネルギーの開発が旺盛になるための補助金や税制上の優遇措置の政策を速やかに実行し、再生可能エネルギーの実用化を国を挙げて推進すること。
そのようなプロセスを経て30年程度かけて新しいエネルギーの仕組みを安定させながら最終的に原発を0にしていく。
実現可能な「脱原発」というのはこのような感じなのではないのだろうか。

電気を使うことを「悪」にした途端に、反原発は失速する。
ヒステリックになって性急にコトを解決しようとしないほうがいい。
冒頭に書いたような脅し文句で奴らは原発の再稼働を突きつけてくるのだろうけど、ビビッてはいけない。経済の低迷は奴らも望んではいないのだから、そんなのはただの脅し文句に過ぎないのだ。
反対派も推進派もこの国を滅ぼしたいわけではないのだから、接点は必ずある。
だから、どうか流行りで終わらせて頓挫してしまうのだけは勘弁してほしいな。





♪断舎離??

ゴールデンウィークは、おそらく就職して初めて(!)カレンダー通りにお休みをいただきました。
いや、学生の頃も祝日はバイトが忙しかったからひょっとしたら高校生の時以来かも。
とはいえ、特にどこかへ出かけるでもなく、家でゴロゴロ、子どもと遊んで本を読んで夕方になったらお酒を飲んで、みたいな感じのルーズなお休みを。
基本、出不精なのです。その気になれば一ヶ月外へ出なくても大丈夫(笑)、家でゴロゴロ、サイコー。
そしてゴールデンウィークのメイン・イベントは実は「片付け」!
すっかり魔窟と化している部屋の整理のために、ゴールデンウィークにあわせて棚を購入したのです!
あわせていろいろと要らないものを整理してしまおう、と。

で、床に散乱していたCDは、無事こんな感じに。

5.6

とりあえず納まるべき場所を確保できれば、当面魔窟化は防げるはず。。。
それと、まったくの物置部屋だったところに一畳くらいのちょっとくつろげるスペースが出来たのもうれしい。

ただ、「いらないものを整理」に関しては困難を極めました。
多分、見ずに捨てればきっと要らない物ばっかりなのです。
でも、開いてしまうと、、、あぁ、写真に手紙に住所録、旅行の地図に、日記もどきのメモやら作品もどきがぞろぞろと、、、うーん、懐かしいな、こんなことやっていたのか、あんなこともあったなぁ、これまだ捨てていなかったのか、、、とまぁ、とても片付けにはありがちな予想通りの展開に。
いかんいかん、感慨にふけっていても作業がすすまないのだ。
で、「これはまた今度!」ととりあえず保管段ボール箱行きに。
しかし、ひょっとしてこの箱、自分が処理しない限りは最後は「遺品」として開かれてしまうのではないか?それはちょっと困るかも、、、そのうち自分で処理しなくっちゃ、、、なんて思いつつ、でもやっぱり捨てるにはまだちょっと忍びない。


作業の間に喜んで聴いていたのは、ほとんど聴かなくなってダンボール箱に放りこんでいたカセットテープやCDの山の中から発掘物。いろんなものが出てきます。
例えばこれ、マーシャル・クレンショウ。

Downtown
Downtown / Marshall Crenshaw


この人、けっこう好きだったのに、すっかり存在を忘れていたよ。
名前でピンと来ない方は、映画『ラ・バンバ』でバディ・ホリーの役をやっていたお兄さん、といえばわかるでしょうか。
バディ・ホリー譲りの朗らかで軽やかなロックンロール。
皮肉の効いていないエルヴィス・コステロ、或いは国籍違いの初期佐野元春って感じ。

Marshall Crenshaw - Little Wild One

5月の爽やかな気候にはピッタリだな、これCD売ってるかしら、とアマゾンで調べたらベスト盤が出ていたので思わずポチッっと。
結局、片づけするつもりで、またブツを増やしてしまったのでありました。
断舎離の道はまだまだ遠いな。


This Is Easy: The Best of Marshall Crenshaw
This Is Easy: The Best of Marshall Crenshaw / Marshall Crenshaw




♪DIAMONDS

ゴールデンウィーク、終わっちゃいましたね。
ゴールデンウィーク中の一番の出来事は、今はもうなくなってしまった配送センターで配送していたパートさんたちとのかれこれ10年ぶりの同窓会でした。
その頃僕はある配送センターで駆け出しの責任者をしていました。
事業をパート主体に移行していくとの方向性で一気にパートさんを増やした時期があって、おかげでそれはもう女子校みたいなノリのやんちゃでにぎやかな配送センターでした。正直まとめるのにはとても苦労した、というか、今になって思えばまとめようとすることそのものが無理だったんだろうけれど(笑)。
何しろ言うこと聞かない連中ばっかりだったから(笑)、怒鳴り散らしたこともたくさんあった。
ガチンコで喧嘩もしたし、失敗を責めて泣かしたこともあった。
ほんとうは彼女たちの言うことの方が正しいのかもと思いながらも、素直に聞けなかったこともたくさんあった。
でも、さんざんぶつかりあって本音で言い合いをしたからこその奇妙な信頼感みたいなのがあって、本当に結果を出さなきゃいけないときにはしっかりまとまれる、そういうメンバーでもありました。

当時はみんな30代半ばくらい。
でも、久しぶりなのにみんな全然変わっていなかったのが嬉しかったな。
そりゃ年相応にそれなりに年は食ったんだろうけど、それぞれの個性というかキャラはもうまるで相変わらずで。
この日の夜も、昔と変わらないはじけっぷりがとても楽しく、いい気分で酔っぱらいました。


当時、みんなでカラオケで大騒ぎしていた頃に必ず誰かが歌っていた一曲、プリンセス・プリンセスの“DIAMONDS”を。

DIAMONDS
DIAMONDS / プリンセス・プリンセス


♪ダイヤモンドだね 
 Aha いくつかの場面
 Aha うまくいえないけれど宝物だよ

ほんま、そんな感じ。
あの頃に彼女たちから教えてもらったたくさんのことが、今となっては宝物。
僕たち責任者はセンターの数字のことしか考えていなかったけど、利用する側の立場になって少しでもお役に立ちたいと仕事をしていたのは彼女たちの方だった。
残念ながらほとんどのメンバーはその後辞めちゃったけど、彼女たちがその頃「会社よりも自分たちのほうが正しい」と思ってやっていたことは、今は真っ当に評価される時代になりました。それはたくさんの彼女たちのおかげなのだと思うのです。
仕事も家庭もなんだかんだと毎日毎日ややこしいことめんどくさいこといろいろあるけど、ややこしいことめんどくさいことの方が後になってみれば楽しいことになっていたりもするわけで。
これからもみんなにたくさんの宝物が見つかるといいな。




おまけ:
こちらはつい先頃、16年ぶりに行われた再結成ライヴ。
驚いたことに、若い頃よりも今の方が断然かっこいいのです!
すごい。
懐メロ同窓会じゃなくて、本気で演っている。しかもリラックスして楽しんで。
こういうのを見ると、女の人にはやっぱり敵わないな、、、なんてつくづく思います。。。


♪はじまりは「トランジスタラジオ」だった

RCサクセション − トランジスタ・ラジオ

はじまりは「トランジスタラジオ」だった。
1980年。中学2年だったはずだ。
その頃みんなが聴いていたのはいわゆるニュー・ミュージックといわれる音楽で、アリスとか松山千春とかオフコースとか中島みゆきとかさだまさしとか・・・何しろまだレンタルレコード店もない時代だから音楽を聴くのはラジオか、そうでなけりゃ友達に借りるしかなかったわけで、それでもいわゆるニュー・ミュージックの人たちの音楽はアイドル歌手が歌う歌謡曲とは別の次元のことが歌われていて、まぁ中学生にもなったらこういうものを聴くもんだ的な感覚で聴いていたんだろうな。実際好きな歌はいくつもあったし、そういうものは今でも空で歌えるわけだけれど。
ロックなんて少なくとも身の回りにはなかった。ツイストやチャーやサザンはテレビで見てたけど、ニュー・ミュージックのグループという認識だったし、永ちゃんは不良が聴くものだった。
ロック=不良、ツッパリ、暴走族・・・みたいな思い込みが確かにあったんだよ、あの時代。
中学生っていうのは実は一番保守的な年頃なんだと思う。自分にわかるものしか受け付けない。
実際うぶでまじめだったんだよ、かなり。いや、まじで。勉強も好きだったしね。

RCだって、なんかキラキラした衣装で派手なメイクした気色悪い奴等でしかなかったのだ。
竹の子族とか、そんなのと同じような人たちだと思っていた。
でも、「トランジスタラジオ」っていう曲はなかなかいいな、って思ったんだ。

 ♪君の知らないメロディー
  聴いたことのないヒット曲

でも、カセットテープに録音したりするほどでもなかったし友達も誰もレコードを持っていなかったから、RCのことはそれっきり忘れていたんだと思う。

RCが周りで一気にブレイクしたのは1982年。
僕は高校一年生になっていた。
『夜のヒットスタジオ』で「ロックンロール・ショウ」を演るRCに釘付けになった。
あれ、めちゃくちゃかっこよかったよ、背筋に電流が走るくらい。
そのあとにさらに「サマーツアー」での“ガム吐き事件”とかあって、その頃には友だちから『PLEASE』も『BLUE』も『RHAPSODY』も借りて、『愛しあってるかい?』も読んですっかりRCファンになっていたから、そのわずか一年と少しの間に、僕の中にいろんな変化があったんだろうな。
あんなにまじめな子だったのに、、、!って親は嘆いていたのかもしれない。
先生は、小憎たらしいうっとおしいガキだと思っていたのかもしれない。
自分でも何が自分の中で起きていたのかはよくわからない。
ただ「おまえのためだ」と言いながら頭ごなしにいろんなことを押し付けてくる人たちの言うことを、素直に聴く気にはなれなくなってしまった。
そして、そんな僕にとってRCサクセションは、とてもビンビン来たのだった。


EPLP
EPLP / RCサクセション


清志郎がいなくなってからもう3年。
でも、もう嘆いたりはしない。
新しい曲が聴けなくなってしまったのは残念だけど、清志郎は今もここにいて、僕の中でもみんなの中でもちゃんと生きていることを知っているからね。




♪Wreck On the Highway

朝、いつもと同じように出かけていった人が二度と帰ってこない。
「行ってきます。」と交わした言葉が最後の言葉になってしまう。
一体どんな気持ちがするのだろう。
想像しただけで、胸が締めつけられるほど苦しい気持ちになってしまう。

祇園で、そして亀岡で、痛ましい事故があった。
毎日のニュースはいつも痛ましい事故であふれている。
旅先での楽しいひと時が、いつもの普通のお昼休みが、いつもの通学路が、いつものバス停が、いつもの通勤電車が、あっという間に暗転する。
その残念さを、何と言葉にしていいのかわからない。
不慮の事故。
運が悪かった。
かわいそうに。
直接関係のない人たちはきっとそんな風に言ってしまってやがて忘れてしまうのだろうけれど、到底そんな言葉で割り切れるものでは当然ないだろう。残された者たちは、一生その悲しみを背負って生きていかなくてはならないのだから。
ましてそこに、加害者側のあきれてしまうような思慮の浅さが原因としてあったならば、許すことなどできるはずがない。


僕はこれまで幸いにして、親しい人を事故で失ったことはない。
そして自分自身もこうやって45年間、無事に生きていることができる。
でも、紙一重なんだろうな。
ほんの次の瞬間にも、とても想像できないような事故に巻き込まれないとも限らないのだ。
そう考えると、ほんとうに、毎日無事で生きていられることが奇跡のようにも思えてしまう。
震災以来、特にそんなことを考えることが多くなった。
僕らの生活は、実はとてももろいものの上に成り立っているのだということ。
だからこそ毎日をやりたいことをやって悔いなく過ごさなくては、、、なんてことは思いこそすれ実行した試しはないのだけれど、毎日の平穏無事な暮らしをとても愛おしく思うことは増えた。

どうか、まきこまれませんように。
どうか、日々が無事でありますように。
またいつもと同じように、みんなに会えますように。

そんなことをふとしたときに考える。
こんな曲を聴いたときにはなおさら。



Bruce Springsteen - Wreck On the Highway

ゆうべ、車を運転していた
一週間の仕事が終わり、家へ帰るために
そぼ降る雨の中を独り
車どおりもまばらな群道2号線を
そこで事故に遭遇したんだ

血とガラス片があたり一体に散らかっていた
僕のほかには誰もいなかった
雨は激しくなり、とても冷たかった
道路の脇に若い男が倒れていた
「助けてくれ、、、」と奴は叫んでいた

やがて救急車がやってきた
僕は、救急隊員が彼を連れて行くのを見送っていた
そして、彼のガールフレンドかまだ若い妻のことを思った
州警察が真夜中にやってきて、
「あなたの愛する人がハイウェイの事故で亡くなりました。」と
彼女に告げるときのことを

暗闇の中に座って時々
彼女の寝顔をじっと見ている
そして、ベットから抜け出て彼女をきつく抱きしめるたくなる
ハイウェイでの事故のことを思い出して眠れなくなった夜には


River

The River / Bruce Springsteen




みんな、ちゃんと生きていてね。


♪体操しようよ

megumickさんのブログのコメントに少し書いたことだけど、先日から毎日体操をしています。
ギックリ腰以来、体の衰えと運動不足をまざまざと実感したからなのです。
もともと姿勢がいいほうではないのに、今の部署に来てからは基本的に一日中パソコンに向かってばかりだから、右側の肩凝りがひどいし、時々右の肘や手首も痛む。それに連動してか或いは別の理由があるのかもしれないが左側は膝や足首が時々痛む。どうもどんどんといびつな形で体が歪んでいってるんじゃないか?70歳になる頃には左右で10cmとか20cmとか体がずれちゃうんじゃないか、なんて思ったりもして。

そんなわけで毎日11時と3時、他の用事がない限りは、パソコンの入力作業をしているパートのお姉さんたちに混じって体操をする。
腰を回したり、ひざを高くあげたり、思いっきり背伸びしたり・・・とてもギクシャクした感じで客観的に見た場合にはとんでもなく不恰好なんだろうけど、そんなことは言ってられない(笑)。
実際これがけっこうなかなか気持ちいいのだ。
特にポイントは肩甲骨だな。凝り固まっている感じ。
よほど意識しなけりゃ、肩より上に手を上げることすらないからね。

人間の体は、使わなければ退化する。
動かさない場所は放っておいたら、固まって動かなくなってしまうのだ。

やわらかくしておきたものですね、できるだけ。
カラダも、アタマも、ココロも。
もはや手遅れ気味なだけに、ちょっとでも悪あがきをするのだ。




体操といえば、思い出したのはこの曲。

  RCサクセション−体操しようよ

  ♪君がいちばん
   すてきだった
   体操をする君を
   みんなが
   1・2・3・4
   見ていた 
   ドゥドゥンドゥドゥン♪

PLEASE
PLEASE / RCサクセション



もうすぐ清志郎のご命日。
もう3年になるんだなぁ。



♪めんどくさい奴

仕事場にめんどくさい奴が一人いるだけで、厄介ごとが増える。いろんなことが滞る。めんどくさい。
基本的に悪い奴ではないのはわかっているのだが、なんていうんだろうか、物事の受け止めがどうもまっすぐに届かない。曲がっていく。スムーズに行かない。めんどくさい。
そもそもの能力の問題、資質の問題もあるのだろう。仕事への姿勢の問題もあるのだろう。まるで努力をしていないとも思わない。でも、やっぱり曲がっていく。
彼の仕事のおかげで余分な仕事が増えることもめんどくさいっちゃぁめんどくさいのだけれど、それはまぁ仕事として一歩譲るとしても、だ。
仕事の出来栄えがとにかく雑い。指摘した事がいつもいつもその場しのぎで終わってしまって結局何度も何度も同じミスが繰り返される。いい加減こっちも指摘するのが嫌になって放っておいたらおいたで締め切りのキワまで放ったらかしで、挙句「ちょっと言ってくれてもいいのに。」「意地の悪さをを感じる。」「嫌われているのかな?」。カチンときて少し荒っぽく注意したら「そんな言い方されても素直に聴けない。」、フォローしたらしたで「わかってくれるのはあなただけ」とばかりに擦り寄ってくるし、上司に然るべき指導をしてもらおうと相談したら「自分のいないところではなく直接言ってほしい。」(←何回もゆーてて埒があかんからそーしてるんやんけー!)、「怒られた、怒られた」と騒ぐくせに、怒られたことばかりが頭にあって具合的に指導された内容については結局行動が変わらないまままた同じくり返し。そのくせ幹部に何か言われたらそのあとの業務の流れも確認もしないまま「わかりました!」とふたつ返事で答えてさらに仕事をややこしくする(笑)。おかげで幹部からの受けは良く可愛がられているようで、怒ってばかりいるとまるでこちらが器が小さく優しくないような見られ方すらされてしまうからおそろしい×××
・・・と、こういうひとつひとつがとってもめんどくさいのです。。。
このストレス、少しはおわかりいただけるでしょうか?

彼の一番嫌いなところ、それはいつも自分を一番下に置くところ。
「聞いてない」「教えてもらってない」「知らなかった」「もう少し待ってほしい」「今いっぱいいっぱいなんです」
全部自分都合の言い訳やん!
聞くところによると彼は五人きょうだいの末っ子らしい。
家族構成によるメンタリティの違いってけっこうあるね。血液型よりもよほど。
多分、生まれてからずっと「自分の周りの人はみんな自分より経験があって、自分の周りの人の言うことはすべて正しい。」というような育ちをしたのだろう。そして「自分の周りの人はすべて自分をフォローしてくれる。」と思っている節もある。そしてそのことに自覚がない。
僕は三人兄弟の真ん中という生まれなので、ついついバランスを取って奴の言い分を聞いてしまうのだが(笑)、これがまたけっこうめんどくさいんだなー。。。聞いちゃう自分が嫌になる。。。
友だちなら親身に相談にも乗ってやるのだが、奴は友だちではない。協力していい仕事をするための関係だ。奴がこれからどんな人生を歩もうとそんなことは知ったこっちゃない。ただ僕は、スムーズにちゃんと仕事がしたいだけなのだ。
もう一度言おう。
自分で自分を一番下に置く奴は嫌いだ。
それは「謙虚」ということとはほど遠い、ただの責任逃れだ。
自分を一番下に置くことは楽だろうな。
言い訳ばっかり繰り返して何もかも人のせいにしてりゃいいんだから。


申し訳ない、長文で愚痴りました(笑)。
さて、と。
気分がささくれ立った時に聴きたいのはやっぱりパンクだ。
がつんがつんにビートがきいて、切れ味鋭い奴を。

イン・ザ・シティ
In The City / The Jam


ピストルズの叫びは、痛快だけれどどこか自虐的なところがある。
クラッシュの叫びは、自分を抑圧する大きなものに対する反逆。
それに比べてジャムの音には、権力への怒り以上に、自分の人生を自分で生きていないすべての人への苛立ちが含まれているように感じる。
ジャムをパンクと呼ぶかどうかは別にしても、このアルバムの緩急などまるでない直球一直線のスピード感は最高だ。
ザクザクと切り拓くナイフのようにソリッドでシャープなポール・ウェラーのギター、ぶりぶりと突き上げてくるブルース・フォクストンのベース、ビシバシとあおるリック・バックラーのドラム、そして3人が息つくひまもなくたたみかけてくるエネルギッシュさ。
そしてなによりも3人のビシッとした佇まい。
「自分を一番下に置く」なんてこととは一番縁遠い、いかした奴等だぜ。


THE JAM - IN THE CITY



♪意訳 シップビルディング

Elvis Costello - Shipbuilding

妻に新しい冬用のコートと靴を買ってあげると約束したんだ。
それから息子の誕生日には自転車を。

 女や子どもが騒ぎ立てて国中に広まった噂のせいで
 閉鎖されていた造船所の仕事が
 もうすぐ再開される

「父さんは仕事に行かなくっちゃいけない。
でも、クリスマスには戻ってくるから。」

 国中に広がった噂のせいで
 多くの人間が職を失ったんだ
 “こんな船を造った奴等のせいで、たくさんの人間が殺されたんだ”っていう噂


世界中の人々のすべての意思に沿って
命をつぎ込んできただけなのに
真珠を獲ることだってできたこの海で

 国中に広がった噂、いや、それはただの噂さ
 電報で、葉書で、最近親者に通知が届いた
 数週間の内に、造船所が再開される、と

我々が持っている技術はこれしかないのだから
我々は船を造るだろう
世界中の人々の意思に沿って
命をつぎ込むのだ
真珠を獲ることだってできたこの海へ

(Lyrics in English)

エルヴィス・コステロの1983年の作品『Punch The Clock』のA面の最後に収録されていたこの曲。
“Shipbuilbing”とは造船のこと。82年にフォークランド紛争が起きた際に、反戦運動家から戦艦を作った造船所が批判されたことを歌っているのだそうだ。
造船所を発電所に置き換えれば、今福井で起きていることと同じことが歌われているのではないだろうか、と思った。

パンチ・ザ・クロック
Punch The Clock / Elvis Costello & The Attractions


原子力発電所を動かさなければこの夏の電力が不足する、という話は本当なのか?
原子力発電がなければ、この国は経済競争力を失う、という主張は正しいのか?
大飯原発が満たしているという「政府の定めた安全性の判断基準」は信用していいのか?
人間は必ずミスをする、自然の巨大な力の前で人間の力などまるで及ばない、ということを僕たちはまざまざと見せ付けられたのではなかったのか?そして、原子力発電所での大事故は、本当に取り返しがつかない事態、今の世代だけでは到底責任を負えないような事態を巻き起こすのだということを経験したのではなかったか?

僕自身は、原子力発電に依存したこの国のあり方を見直すべきだと考えている。
でも、だからといって、ただ反対すればいいってわけじゃない、ってこともわかってしまっているから、そう簡単にはすすまない。
日本中に54基もの原発を造らせたのは僕たちの意志で、その恩恵を僕たちは享受し続けてきたのだから、そのことへの代償は支払わなければならないのだろう。いいとこ取りばっかりし続けることはできないのだ。
原発に依存したこの国のあり方を変えるということは、そのまま自分たちの暮らしのあり方を変えるということ。エネルギーをふんだんに使った便利で快適な暮らしを変えることが出来るのか?それだけの覚悟があるのか?ということが問われているのだと思う。
面と向かってそう問われた時、僕には「そうだ」と言い切れる自信がない。
妻に新しい冬用のコートと靴を、息子の誕生日に自転車を買ってあげることの中にこそ、人が生きる喜びがあるのではないか、ということを否定できない。 ささやかであれ過剰であれ、モノやサービスを介して得ることができる幸せを手放すことができない以上、文明社会を否定することはできない。
そうして結論が出せないまま、考えは宙をさまよってしまうのだ。





♪エリック・カルメン

風邪引き、花粉症、ぎっくり腰、なかなか上がってこない気温と同じく、いまいちシャキッとしない低空飛行の日々が続いていた春先。どうもビシッと気合いが入らない。
あぁ、そろそろ起きなきゃ、と思いながらついあたたかいお蒲団の中でぐずぐずしていたいような感じなのだ。

そんな気分で通勤電車の中、桜咲く春の景色をぼんやり眺めながら聴いていたのは、エリック・カルメンのベスト盤。

Best of
Best of Eric Carmen / Eric Carmen


ぼんやりとあたたかくてドリーミーな感じが、肌寒さがほんの少し残るけれど少なくともセーターやコートの心配をしなくてよくなった穏やかな陽気にとてもよく似あう気がする。
中でもフィル・スペクター流儀のこの曲が好きだったな。

 Eric Carmen - Make Me Lose Control

♪Turn the radio up for that sweet sound
 Hold me close, never let me go
 Keep this feelin' alive, make me lose control


エリック・カルメンは70年代半ばにAll By MyselfNever Gonna Fall In Love Again といった甘いバラードをヒットさせたシンガー・ソングライター。70年代の頃のことはまるで知らなかったけれど、大学生の頃「ダーティー・ダンシング」っていう映画のサントラでHungry Eyesって曲が大ヒットしたんだよね。
この曲もよくFMラジオから流れていたのを覚えている。
まだFM802もαステーションも開局する前のこと、あの頃はFM大阪かNHK-FMしか局がなかったのだったかなぁ、あぁ、そういえば、その当時つきあっていた彼女はとてもFMラジオが大好きだったな。
甘ったるいくらいのポップスやヒット曲、そして軽快な、時にはとても落ち着いたDJのおしゃべりが彼女の部屋にはいつも少し小さな音で流れていて、ひょとしたらこの曲を聴いたのも彼女の部屋だったのかもしれない。春になると桜がきれいな通りの一筋裏にあった、六畳一間の小さなアパート。お別れすることになるなんてその頃は夢にも思わなかったな。

…なんて、どうでもいいようなことをふと思い出してしまったのは、きっと穏やかな陽気のせい。或いは咲き乱れた桜のせい。
もう少しだけ、もう少しだけあたたかいお蒲団の中でぐずぐずとしていたいなぁ。
せめて、やがて降る次の雨が桜の花びらを地面に落としてしまうまでは。



♪Only You

やっと咲きはじめたね、桜。

今日の気分はこれ。

Photograph: The Very Best of Ringo
Photograph: The Very Best of Ringo / Ringo Starr


このところいろいろとカリカリすることが多かったのです。
すべてが自分の思い通りにすすむわけなんてないことは分かりつつも「もうちょっとなんとかならんのかぁー!」と、心の中で机をひっくり返すことが毎日15回あまり(笑)。
失敗の非を自分に求めることや、相手の立場に立ったきめの細やかな配慮ある行動が求められるのは頭ではとてもよくわかるしそうでありたいとは思うけれど、自分が幹部や上司からそう扱われていると感じられないのに、それを他の人にすることはなかなか難しいですよ。
自分ではあまりそうは思わないけど、やっぱり几帳面というか、ひとつひとつをきっちり片付けて、歪んだものはちゃんと真っ直ぐにしなければ気が済まないタイプなんだろうなぁ。
いろんなことにいちいち突っかかる、流すことができないから、なかなかボヤキが絶えないわけで。
でも、桜の花の咲いている姿を見たら、気持ちがほぐれたのか、しょうもないことにいちいち突っかかっている自分がちっぽけであほらしく思えてきたのか、カリカリすることにもちょっと自分で嫌気がさしたのか、とにかく今日はすっきりといい気分で過ごすことができた。

リンゴ・スターは素敵だな。
この人はとにかくいい人だ。
音楽から人柄の良さがにじみでているもの。
とかく熱くなりがちな他のメンバーの後ろからいつもニコニコして見守り、誰に対しても同じ距離でフラットに接し、そしてタイプの違うメンバーの全員から好かれ慕われた。
僕にはとてもこんな風には振舞えそうもないなぁ。
でも、だからこそ憧れるのです。


   Ringo Starr - Only You

ジョン・レノンがプロデュースしたこの曲は、あのプラターズの有名な曲のカバー。
♪オゥンリィーーーユゥゥゥゥゥ〜、っていう、あれね。
だけど、リンゴの歌から聞こえてくる感情は、プラターズのものとはまるで違う。
ほんの少し淋しげで、とても飄々とした愛のつぶやき。
こんな風に歌えるリンゴはやっぱり素敵だ。
リンゴから見たとき、ジョンの過激さや饒舌さやアップダウンの激しさは、果たしてどんな風に映っていたんだろうね。



♪ロイ・オービソン

ご心配をお掛け致しております。
お蔭様で、まだ腰の筋肉に少し張りはあるけれど、ようやく普通に歩けるくらいまで回復しました。

思うように動けない間、いつもと同じ通勤の道で見える景色は少し変わりました。
何より、バリア・フリーの対応のあることのありがたさを思い知りました。
エスカレーターやエレベーターのありがたさは言うに及ばず、階段に少し手すりがあるだけでもまるで違う。
節電が騒がれた折には、大体世の中便利になり過ぎてみんな横着しすぎなんだ、エスカレーターやエレベーターなんて止めてしまえばいいのに、とかね、正直思っていました。
でもそうじゃないな。
今までまるで気にしたことなどなかったけれど、このような施設や器具がなければ生活の範囲がぐんと狭まってしまう人たちが確かにおられるのだということ。
弱者、という言い方は決して好きではないけれど、普通の人が思う普通の生活ができない人の立場になって初めて、その大変さが少し見えてくる。自分がその立場になった時に困るであろう問題を、少しの配慮と手助けで解決していける、そういう世の中であってほしいし、そうであるために自分ができることっていうのは意外とたくさんあるのだろうな。

そして、そのようなことに気がつけたということは、体が不自由になることも悪いことではないな。
…などと思って、あぁ、それはそれでなんと傲慢な考え方か、とまた反省。
震災の時の停電の経験を「このようなことも、災害の怖さを知る上でたまには経験しておくべきでしょう。」みたいなことを言っていたキャスターがいて、思わず「それはお前が今もう安全だからだろうがっ!!」とつっこんでしまった事があったのだけど、それと同じような物言いだ。例えばこのギックリ腰で自由に動けない辛さが一生続くのだとしたら、とても「不自由になるのも悪いことではない」なんて言っておられるはずがないもの。
でも、そんなことを実感を持って考えることができるのは、やはり震災以降の経験があってこそなのかも、という気がしたりしています。

グレイテスト・ヒッツ 
All-Time Greatest Hits of Roy Orbison  / Roy Orbison

腰痛をこらえながら、できるだけおとなしめのものを(笑)、とよく聴いていたのがロイ・オービソン。
この一週間の間にずいぶん気候も春めいて、穏やかな春らしさにもぴったり。
ロイ・オービソン、好きなんですよ。
50年代後半から60年代初めの初期のロックンロールやR&Bはかなり好きなほうだけど、その中でもバディ・ホリーよりも、ジーン・ヴィンセントよりも、プレスリーよりも好き。いや、チャック・ベリーやリトル・リチャードを含めても、ひょっとしたらレイ・チャールズよりも、サム・クックよりも、ボ・ディドリーよりも、ジミー・リードよりも好きかもしれない、っていうとかなり好きだね。

ロイ・オービソンの声は甘い。
その上、ストリングスが大袈裟に盛り上げる曲もたくさんあって、これもかなり甘い。
ビートも強烈ではないし、ギターもうならない。
でも、その甘さは、よくあるナツカシのオールディーズのような甘さ一辺倒の甘さとはどこか違うのです。
そしてその大袈裟さも、ハリウッドのスターのトゥー・マッチさとは少し違う気がするのです。
ムネヤケしない、というか。
甘さの中に、哀しみがあるというか。
とても癒されないような深い哀しみ。
幸せであればあるほど、一点の染みのようにどうしても拭うことができない哀しみ。
その哀しみは、例えば南部で黒人たちが虐げられてきた苦しみや呻きからすれば、甘っちょろいものなのかもしれないのだけれど、確かにブルースと呼ばれるべき感情がにじんでいるように思うのです。


Roy Orbison - Love Hurts
Roy Orbison - It's Over
Roy Orbison - Running Scared

♪ぎっくり腰

土曜日の夕方、前の記事を書き終えた後のことだ。
ゲホンゲホンと大きな咳をしたとたん、背筋にピキッっと電流が走って腰が砕けた。
あ、あ、あ、これは、、、なんてこった。
アタタタタタタ、、、
固まってしまって立ち上がれない。
ぎっくり腰だ。
何年か前、まだ現場にいた頃に一度倉庫で物を持ち上げようとしたときにやってしまったことがあって、あの時は本当に床に置かれた重量物を悪い姿勢でそのまま持ち上げようとしたから自業自得だと思ったのだけれど、まさか咳でぎっくり腰になるとは、、、そういえばここしばらく、ちょっと腰に違和感は感じてはいたのだけれど、まさか。お年を召した方が咳やくしゃみで骨折することがあるというのは聞いたことはあるけれど、まさか。
まるでジジイだな。

治療とかどうすりゃいいんだ、とWikipediaで「ぎっくり腰」を引いてみた。

ぎっくり腰:
急性腰痛症の俗称。地方によっては「びっくり腰」とも呼ばれ、欧米ではその病態から「魔女の一撃」(独: Hexenschuss)とも呼ばれている。急性の筋・筋膜性腰痛、腰椎椎間板ヘルニアや腰椎椎間関節捻挫などの病態であることが多い。
発生要因等も様々であるが、主に年齢や運動不足などが考えられる。
予防策としては、荷物などを持つ際に足場の悪いところで無理な姿勢で持つなどしないように心がけることや、極端に重いものはなるべく持たずに済むように、物の収納の方法などを普段から工夫しておくことも有効である。また、睡眠不足でなおかつ過労ぎみの時なども起きやすいので、そのような労働環境に陥らないように防衛策を打つか、労働環境を自分から変える(配置転換の要望、転職など)もひとつの方法である。
可能ならば普段から軽度の運動をして腰まわりから背中にかけての筋肉全体が弱らないようにしておくこともそれなりに有効である。またゴルフをする人については、ドライバーの飛距離を争うようなプレイのしかた(=背中から腰にかけて極端な負荷がかかる行為)やその目的の練習を避け、他の要素をゆったりと楽しむというのもひとつの予防策になる。

まさか「ぎっくり腰」の検索で転職を勧められるとは思わなかった(笑)。
それに、ゴルフなんてしないし、余計なお世話だって(爆)。
でも、まぁ、結局のところ運動不足+疲労蓄積+加齢、ということなんだろう。
自分ではまだ若いと思ってても、やっぱり確実に年をとっている。
少なくとも、精神年齢と身体年齢は別ってことだ。
そろそろ自分を労わる方向へシフト・チェンジしていかないといけないのかもね。

まぁ、そんなわけで日がな一日ゴロゴロしていた。
動けないのだからゴロゴロするよりほかにないのだ。
ゴロゴロしている分にはそんなに不便はないのだけれど、いざ動こうとするとこれが辛い。
まず立ち上がるのが一苦労、壁に手を伝いながらそろりそろりじわりじわりと腰に力がかからないように体を持ち上げていかなきゃいけない。
歩くのもすり足でそろりそろり。
しゃがめないから、冷蔵庫からものを取り出したりするのも一苦労。
ズボンを履くのも突っ立ったまま片足ずつちんたらと時間をかけてで、でもこれはまだマシな方、靴下履くのはもっと大変。左を履く場合、右で一本足で立って左足を右ひざにひっかけてフラミンゴみたいな体勢をとってバランスをとりながら両手でさっと左のつま先に被せる。右はその逆。バランス崩したら腰に力が入ってピキッ。。。あ、イタタタタ。。。
あと辛いのは、咳やくしゃみをすると腰に響くこと。
まだ花粉症治りきっていないのに、咳やくしゃみを我慢するのはちょっとした努力と忍耐が必要だ。

あぁ、なんにしても、体の自由が効かないってのは辛いですね。
奪われてみて初めてわかる自由のありがたさ。
思うように動くことが出来ないことは、単に物理的に制約がかかるのみならず、精神的にきついです。
僕は出不精なほうで、ずっとゴロゴロしている退屈さは全然平気な方だけれども、それでもやはり「動かない」ことと「動けない」ことの差は思いのほか大きい。
それから、ちょっとしたことを人に頼まないとできない、ということもたまにはいいんだろうけれど、その関係が一方的に手助けを受ける側になることは精神的にはしんどいですね。
例えば被災地で支援が必要になった方の、いや、もっと身近に体の一部に障害がある方やご高齢で介護が必要になった方の立場っていうのはこんな感じなのだろうか、なんて少し考えたりもした次第。
そして、やはり心も体も、可能な限り自由でありたいと願うのです。

FREE SPIRIT
FREE SPIRIT / ジョニー、ルイス&チャー


「自由」というキーワードだけでひっぱり出してきたこのアルバム。
どっかのレビューに「RCサクセションの“ラプソディー”と並ぶ日本のロック黎明期の金字塔」みたいな表現があったのだけれど、まさにそのとおり。
ワイルドでファンキーでグルーヴィーで、しなやかだけど骨太で、なにより演奏の中の空間が高くて広くて自由だ。
あぁ、しまった。
こんなもの聴いてしまったら腰に響いてしまうじゃないか(笑)。


Johnny,Louis & Char - YOU'RE LIKE A DOLL BABY
Johnny,Louis & Char - 風に吹かれてみませんか



♪ベランダの岸辺

ベランダの岸辺

うちの裏には疎水が流れていて、ベランダから疎水を見ることができる。
休みの日、たまーにベランダに出て、ぼけーっと疎水を見るのが僕の癒しの時間のひとつ。
この疎水は、毎年冬のある時期には流れが堰止められてしまう。
そうすると疎水は深さ10cmくらいの大きな溝になり、水底にあった藻なんかがぷかぷか浮いてきたりして見栄えとしてはずいぶんみすぼらしいものになってしまうのだけれど、それはそれで楽しいこともある。
どこからともなく白鷺がやってくるのだ。
適度な浅さが彼らにとって格好の漁場になるのだろう。
白鷺が魚を探しにじーっと水面を見つめて突っ立っている。
そろりそろりと移動して狙いをすませてたかと思うやいなや、さっと飛びかかってバクっと魚を仕留めていく、その様はずーっと見ていてもまるで飽きない。
やがて4羽、5羽と集まってきては、白鷺の晩餐が始まる。
彼らは、僕がのぞき込んでいることなどお構いなしにひたすらに魚を狙い、満足したらふわっと飛び立ってゆく。
たまにギュエェェェェー、とか大きな声で啼き声をあげたりする。
愉快だ。

すぐそばに生き物の気配がするというのはなんとなくいいな。
お互いの存在は認めつつもまるで利害関係がないので、どちらも自分たちの好きなようにふるまっているその様子は、アフリカのサバンナに暮らすインパラやシマウマみたいな気分がしてきて何とものどかな気分になれるのです。

ところが。
先週からまた疎水に水が流されはじめてしまった。
疎水に水が満たされてしまうと、白鷺たちの愉快なパーティーは終わりを告げる。
白鷺たちは撤退を余儀なくされ、どこか別のエサ場を求めて去っていってしまう。
やがて疎水には観光用の十石船の運航がはじまり、土手には花が咲き、遊歩道にはお散歩する人の姿が戻ってくるだろう。
それはそれで別の種類ののどかさはあるのだけれど、どことなく淋しい気がしてしまうのだ。


ベランダの岸辺
ベランダの岸辺 / のっこ


今日の音楽はのっこさんの『ベランダの岸辺』。
あの元レベッカのNOKKOさんが唯一「のっこ」という名義で出したアルバムで、ユーミンの“ヴェルヴェット・イースター”やミルトン・ナシメントの曲のカヴァーがあったりして、レベッカやソロでの元気いっぱいのNOKKOとはまた違う、ふとひとりになったときの素顔みたいな感じのプライヴェートな佇まいがとても素敵な作品だ。

     のっこ 「わすれな草」

ベランダの岸辺でまだ肌寒い風を浴びながらぼんやりと過ごす午後。
疎水の水面に走るさざなみを見ながら、飛び立ってしまったものたちのことを考える。
あの白鷺たちは、どこへ飛んでいったのだろう。
そして今はどこにいるのだろうか、と。




♪「幸せになりすぎないことだ。 そして、悲しみすぎないことだ。」

春分の日も過ぎたというのに一向にあたたかくなる気配がない。
今日こそはもうコートは要らないんじゃないか、そんなことをほんの少し期待して扉を開けたら、夕べと変わらないチーンと冷えた空気。そんな毎日。
こんな季節は、淡々とやり過ごしておくに限る。
僕の周りで、いろんな風が舞っている。
いろんな人のいろいろな思い、夢や希望や、自己嫌悪や自己弁護、ぼやきやため息や苛立ちや、思惑や企みや、やさしさや寂しさや悩みや開き直りや、その他諸々諸々の風が高いところで低いところで、うなりをあげたりさやさやそわそわしたりしながら舞っているけれど、とりあえずは淡々とやり過ごしておくことにする。


テレビジョンの『マーキー・ムーン』。
昔、初めて聴いたときには、その色白で細身のメンバーのルックスとも相まって、ずいぶんとトンガっていて、神経症的なピリピリした音楽だと思っていたけれど、今聴くと、こんなにも美しく、そして優しい音だったのか、と驚いてしまう。
ぐずぐずと鼻水をすすりながら、日当たりの悪い穴倉に閉じこもって明るい春の日を待つのにはちょうどいい音楽だ。


I spoke to a man
Down at the tracks.
I asked him
How he don't go mad.
He said "look here junior, don't you be so happy.
And for heaven's sake, don't you be so sad."

 尋ねてみたんだ
 通りすがりの男に
 「どうして気が狂わずにいわれるのか?」と。
 奴はこう言った。
 「幸せになりすぎないことだ。
 そして、悲しみすぎないことだ。」

     (Television - Marquee Moon)

マーキー・ムーン<SHM-CD>
Marquee Moon / Television


3月の夕方は、日が暮れたあとの西の空に金星が光る。
今日もまぁまぁの一日だった。
それがなによりだ、とでもいうように、優しく光る。
まぁまぁの一日、それが何よりだ。
遅かれ早かれ春は訪れて、そしてまた去ってゆくのだし。



♪Stray

So if you find yourself alone and so unkind
and if you've asked yourself,over and over
and even if your heartbeats hurt like goodbyes
Try,tyr,try,open your mind
Spend some time with the Gentle Kind
                       (Aztec Camera-The Gentle Kind)

 「どうしてこんなに優しくないんだろう。」と一人ぼっちの自分に気づいて
 なんどもなんども自分に問いかけてみる
 それでも心臓の音が「さよなら」にきこえるときは
 心を開いてみるんだ
 そして、ほんの少しのあいだ、穏やかなものと過ごしてみるといい
  


ストレイ
Stray / Aztec Camera



先週からずっとひどい咳をしていて、なかなか治らない。
ずいぶんとましにはなったのだけれど、そのかわりに今度は鼻がグズグズ。
花粉症だ。
これさえなければ、春は最高の季節なのだけどなぁ。
気温の上下も激しいからついつい体調を崩して風邪気味になる。そこへ花粉がやってくる。
鼻が詰まってついついのどで呼吸をしてしまうので、またのども荒れるし菌も体内に侵入する。
花粉症の症状で安眠できず免疫力は下がり傾向だから、抵抗力が弱まってまた風邪をひく。
そんなふうに花粉症と風邪の症状を行ったり来たりしながらが僕の3月の恒例行事なのだ。
明日も雨なのに、けっこう花粉飛ぶみたいだな。
のんびりすることにしよう。


アズテック・カメラの4作目のアルバム『STRAY』は89年の発表。
ウェス・モンゴメリー風のジャズっぽい演奏があるかと思えば、ギターのよく鳴るロックンロールがあり、以前からのネオ・アコっぽいスタイルあり、ミック・ジョーンズとの共演で当時ミックが率いていたビッグ・オーディオ・ダイナマイト風のヒップ・ホップっぽいものもあり、と、ずいぶんととっちらかったレコードなのだけれど、そのとっちらかりぶりが、優等生っぽいイメージのロディ・フレイムがその殻を破ろうと悪戦苦闘しながらさまよっているようで、僕はとても好きだった。
ロディ・フレイム、このときまだ26歳だったんだな。
ロディの弾く音の粒のきれいなギターや、繊細な声がよく似あう美しいメロディは、穏やかな春の始まりにとても心地よい。
ほんの少しのあいだ、穏やかなものと過ごしてみる、そんな一日。


Aztec Camera - Song For A Friend


♪花のように鳥のように

西原理恵子さんの言葉より。

「悲惨な現実はある。そして、男のジャーナリストは、その悲惨な現実だけを伝えたがる。それがジャーナリズムだ、みたいな。
でも、どんな悲惨な国でも、子どもたちの笑顔があり、家族のだんらんがあるんです。
どんな悲惨な環境でも、お母さんたちは明日の食事の心配をする。
そして、家族が食卓を囲む風景がある。そこに人間の幸せがあると思う。」

こういう言葉を聞くたびに、女の人には敵わないと思うのです。
毎日の暮らしと、日々の喜びが一致していることの幸福。
難しい顔して天下国家を論じることもありだろうけれど、深刻な顔で悲惨な事実を報道することも必要だろうけど、ほんとうの幸せは、やっぱり毎日の暮らしの何気ない場所にころがっているのであって、そのことをちゃんと慈しみながら暮らしていきたいものだと思います。


♪預言者の不吉な言葉より
 子どもたちの歌声を聞こう

花のように鳥のように-上々颱風

上々颱風3
上々颱風 3 / 上々颱風


テレビは今日、震災一周年だらけ。
深刻ぶった顔をあれだけあっちこっちで見せられると、正直疲れます。
これだけ深刻ぶっておいて、明日からはケロッといつものくだらないのをやるんですか?
次の大特集は一年後?
二年後には「あぁ、そんなこともあったな」ってしたり顔で言うのだろうか?
そうじゃないだろ、という思いが心の底に重ーく沈殿してしまった一日でした。

寒の戻り、春はまだ足踏み。


◇一年

東日本大震災から一年。
このことに関して何か記事を書くべきかどうか迷っていた。
あまりにも多くのことがあり、多くの情報があり、けれども一方で本当に大切かもしれない情報はどこにもなく、それぞれがそれぞれにいろんな角度からいろんな感じ方考え方があって。
その中で自分は何を感じて何を考えてきたのか、と何か書こうとすればするほどに、思考はどんどん袋小路に入って行き詰まってしまい、書くべきことの糸口が見えなくなってしまう。言葉がどんどん遠ざかっていく。何が言いたいんだ、僕は??
そもそも一年たったといっても、被災地の外側にいた僕たちと、被災された土地のみなさんではきっと一年の流れ方も重みもまるで違うのであって、そんな僕が一年ということを振り返るのはとてもおこがましい気さえしてくる。

「たいへんだけどがんばっていきましょう」
「復興はまだまだ遠い道のりだ」
「自分にできることは何でもやっていきたい」

その複雑で言葉にしにくい思いを、とりあえずそんな言葉でごまかすことは出来る。
でも結局のところそんな言葉は、ただの標語や表題程度の意味しか持ち得ない。
テレビと週刊誌はどこも震災一年ということを切り口にある種の“お祭り”的な様相を見せているけれど、そのほとんどは、どこか細部の迷いや戸惑いを切り捨ててドラマチックに仕上げたにおいがしてどうも素直に受け入れられない。
だからといって、誰かを非難したり中傷したりのやり玉探しや、自分のことを棚に上げた「だからダメなんだよ」的なあるべき論を振りかざされるのはもっと嫌だし、もしもM9クラスの地震が来たら、的な番組は部分的には役立つものの、きっと本当に事が起きた時にはやはり機能しない程度の知識でしかない。
なんていえばいいんだろう。
僕が聴きたい言葉は、そんな言葉でない、という漠然とした思いだけが宙に舞っている、そんな感じ。


著作をそんなにたくさん読んだわけではないけれど、辺見庸氏はとても信頼できる書き手だと思う。
通信社の記者として、また作家として世界中を移動し、様々なことを自分の目で見て語ってきた氏は今、脳卒中の後遺症により半身不随になり、被災地へ赴くことが叶わないのだそうだ。
そんな中で書かれたのがこの本。

瓦礫の中から言葉を―わたしの<死者>へ (NHK出版新書 363)
瓦礫の中から言葉を―わたしの<死者>へ  / 辺見 庸


この本の中で辺見氏は、3.11の後、いくつかの新聞のインタビューで「日本はどうなると思うか」「日本はどのように再生すべきか」と問われ「この際いっそ滅びてみてもよいのではないか」「べつに再生しなくてもかまわないのではないか」などとまぜかえしたが、案の定新聞には一行も載っていなかった、とのエピソードを『表現の“デキレース”』という言葉で紹介している。
彼らは結局のところは、聞く前から出きている記事のパターンに合う手垢のついた言葉を拾ってあてはめる作業を行っているに過ぎないのだ、と。
検閲制度がないにもかかわらず、強制されてもいないのに自由な言説を自己抑制し、課されてもいないのに自ら謹慎してしまう、そんな内圧がとても高いこの国で、言葉が危うくなっている、と。
そしてそんな空洞化した言葉は、人々の胸の奥底には届かず、そらぞらしく発声され、人を抑圧しているのだ、と。

思い出してみよう。
もっと生々しい感情が、あったはずだ。
そして、もっと生々しい、言葉にならない言葉がそこにはあったはずだ。
そして、今もあるはずだ。
一年ということに対して何かを書くことに抵抗があったのは、一年ということを区切りに、この災厄をみんなで「まとめ」をして「ハイ、おしまい」としようとしているような感じがしてしまうからかもしれない。
そうじゃないだろう。
被災地だけのことではない。国民全員が当事者としての問題であるセシウムによる食品汚染のことにしても、原発をこれからどうするのかということにしても、方向を導き出せないまま袋小路に入ってしまっているうちに、みんなめんどくさくなってだんだんと忘れてしまおうとしている。或いはそんな状況に目をつぶって慣れてしまおうとしている。
いや、そうじゃないだろう。
あの日見た光景、あの日から経験したいいようのない恐れや不安、それをもう一度ちゃんと思い出してみるべきだ。あの日以降に芽生えた感情を思い起こしておくべきだ。
そうでなけりゃ、デキレースの言葉に、簡単に騙されてしまうことになってしまうのかもしれない。
そんなことを思った、ということだけは書きとめておかなくてはいけない、と思ったのだった。



♪卒業式

今朝の朝刊。大阪府教育委員会が、府立学校の卒業式で君が代斉唱の際に起立しなかった教職員17名を懲戒処分(戒告)とした、とのニュースが載っていた。
昨年6月の起立斉唱を義務づける府条例施行後初めての処分で、過去に君が代を巡っての懲戒処分を受けたのは6名のみで前例のない大量処分となる見通し、なのだそうだ。
今回処分された女性教諭は、新聞の取材に対し「思想良心の自由を主張したことで処分されるのは納得できない。ひとつの考えを強制して全員を立たせようとするのは本当に恐ろしい。君が代の歌の意味は国民主権を掲げた憲法にそぐわない。学校は生徒がいろいろな考えを似とめるように育てる場所なのに、ひとつの考えしか認めず邪悪なものは排除しようとするのが条例の本質。」と語っていた。

毎日なんやかんやでニュースに登場してくる橋下改革。
権力を振りかざして、力で何かをさせようとする発想そのものがやっぱり好きになれないな。
この国の政治に大きな変革が必要なことはよくわかるけれど、そのためには多少の荒療治も必要なんだろうっていう気分に世間がどんどんなっていくのはとても居心地の悪い気分がする。
しかし、そもそもなぜ今そんなに「君が代」にこだわるのか、そこのところがよくわからない。
反対する立場の皆さんの思いもわからないではないんだけど、抵抗して立たないというような闘い方はもはや通用しないのではないかという気がする。結局最後は処分が重なって立場を奪われてしまうのではないのだろうか?本当に貫きたい事が「君が代」を個人としてどうしても歌いたくないということならそれもいいだろうけれど、そういうことを強制する体制への異議申し立てなのだとしたら、あなた一人が処分されて話はおしまい、では何も変わらない。それはただの自己満足でしかないのではないのか?という気がするのだ。
だからといって、今まで反対していたのに条例が出来た途端に「仕方ない」なんて抵抗をやめる人たちのことは僕は軽蔑する。闘いを、抵抗を、あきらめなさいということがいいたいのではない。

もっとポップに意見を主張できればいいのになぁ。
力を持っているものに対して真正面から勝負を挑んでも勝ち目は薄い。
例えばこんな方法はどうだろう。
ちゃんと立ち上がって大きな声で歌う。
ただし、めっちゃくちゃな音程で(笑)。
ーミーーヨーぉー

みたいな。
これ、処分はされないだろう(笑)。
ちゃんと起立して斉唱してるんだから。
本気でやれば、かなりの破壊力があるかもしれないぜ。



僕も何度か卒業式というものを経験したけれど、あまり大した思い出はない。
学校は嫌いではなかったけれど、どちらかといえばさっさと出て行きたい場所だったから。
高校の卒業式、終わってからこの曲を聴いた。
とてもせいせいした(笑)。

仰げば尊し - 遠藤ミチロウ

これ、大学時代にレンタルレコード店でバイトしているときに、この時期に店内でかけて楽しんでいた。
美しいコーラスに聴き入っていた客が、ぎゅわわわわーんドコドコドコドコドコってギターとドラムが入ってくるところで眉をしかめるのが楽しかったんだ(笑)。ハハハ、性格悪い。
しかし、今聴いてもぞくぞくするくらいかっこいいなぁー。

こっちのバージョンの
♪学校でたら、学校でたら、学校でたら、未来はバラ色〜
ってコーラスも大好きだけど。

SCHOOL'S_END(仰げば尊し)___遠藤ミチロウ

THE END
THE END / 遠藤ミチロウ



♪45歳

45歳になりました。
45ってのは客観的に見た場合、けっこうなおっさんのトシだな。
それなりの分別とそれなりの社会的責任のあるお年頃、四捨五入したらもう50代だ。
ってことは、アラフォーじゃなくてアラフィフの仲間になってしまうのだろうか(笑)。
確かに白髪は増えたし少しは薄くもなったけど、腹だってそんなに出っ張ってはいないし、多少は疲れやすくはなったもののまだまだそんなにくたびれてはいない。
そして45歳なりの分別や思慮深さもまるで持ち合わせないまま。
子どもの頃、いや、30過ぎた頃にだって、自分で思っていた45歳というのは、めちゃくちゃおっさんでめちゃくちゃ大人のイメージだったのに、いざなってみると、20やそこらの頃とまるで成長していない。
まるで、は言い過ぎとしても肝心なところはほとんど成長していない。
そのことに愕然としてしまうと同時に、少しそれでよかったとも思ったりするわけで。
今更、ある日突然、思慮深く配慮に行き届いた大人になんてなれそうもないもの。
もうここまでこんな感じでやってきたんだから、これからもこんな感じでやっていくしかないのだ。
それで失うものもあれば、それで得る喜びもきっとある、ってことだ。
どんな結果になるにしろ、それは自分が招いたことなんだから、全部受け入れるしかないだろう。

なんて、相変わらずそんな子どもじみたわがままなことを性懲りもなく思っていた、45歳の誕生日。
聴いていたのは、10年前に50歳でくたばってしまったジョー・ストラマーの遺作。

Streetcore
Streetcore / Joe Strummer&Mescaleros



Silver and Gold
I'm gonna go out dancin' every night
I'm gonna see all the city lights
I'll do everything silver and gold
I got to hurry up before I grow too old

I'm gonna take a trip around the world
I'm gonna kiss all the pretty girls
I'll do everything silver and gold
And I got to hurry up before I grow too old

Oh I do a lotta things I know is wrong
Hope I'm forgiven before I'm gone
It'll take a lotta prayers to save my soul
And I got to hurry up before I grow too old

 毎晩ダンスに出かけよう
 全部の街の明かりを見つけに行くんだぜ
 銀やら金やら輝くことならなんだって
 年を食いすぎてしまう前に、急がなきゃ

 世界中を旅するんだ
 可愛い女の子ならみんなにキスするぜ
 銀やら金やら輝くことならなんだって
 年を食いすぎてしまう前に、急がなきゃ

 悪いこともたくさんやってきたよ
 こんなこと望めた義理じゃないが、どうか許してほしい
 俺の魂の救うためにはかなりたくさん祈らなきゃ
 年を食いすぎてしまう前に、急がなきゃ



くたばるまで自由気ままでわがままを貫いたジョー・ストラマーは、男の永遠の憧れなのだ。
ちくしょう、悔しいくらいかっこいいよなぁ。。。

Joe Strummer & The Mescaleros - Coma Girl


♪穏やかな春の日にStarting Over

3月最初の土曜日は、とても清々しいお天気。
明るい日差し、穏やかな空気。
今日はコートは要らないや。
3月は僕の誕生月。
我ながら、とてもいい季節に生まれたのだなぁ、と思う。
まだまだ寒さがぶり返す日もあるのだろうけれど、とりあえず真冬の日々は去っていった。


穏やかな午後に、ふと聴きたくなったのはこの歌。


出会ってからもうずいぶんと時が過ぎた
時が過ぎることは誰も邪魔することなんて出来ないけれど
また君にこうして出会えて
また恋に落ちそうな気分
まるで最初からやり直すみたいにさ
   John Lennon - (Just Like) Starting Over

そう、最初からやり直すみたいにね。
また、始めよう。
新しい季節に。
ゆっくりと愛しあえればいいな。

Double Fantasy
Double Fantasy / John Lennon、Yoko Ono


このレコードを初めて聴いたのは中学生の頃。
ジョンとヨーコの歌が交互に入っている共作アルバムなのだけれど、ヨーコの歌はとても恥ずかしくてまともに聴けなくて、ジョンの曲だけをカセットテープに録ってそればかり聴いていた覚えがある。
でも、最近はけっこう、ヨーコの歌も聴けるようになった。
いろいろと誤解されることも多いけれど、ほんとうはとてもかわいらしい女性なんだな。
この曲なんて、とてもチャーミングだと思う。

Yoko Ono - Yes, I'm Your Angel

 Happy birthday, my love,
 I'm your angel,
 I'll give you everything,
 In my magic power,
 So make a wish,
 And I'll let it come true for you.


♪富士山とストーンズ

MT.FUJI

今日もよく冷えますね。
日差しはずいぶん春めいているのに、空気はキリリと冷たい。
春はすぐそこまで来ているはずなのに、どうもすっきりしない毎日が続くのは、たぶん寒さのせいだけではない。

写真は、先日東京へ行く途中に新幹線から撮影した富士山。
こうやって見ると、つくづく惚れ惚れするくらい美しいフォルムですね。
凛としていさぎよさすら感じるような。
よく晴れた冬の空、雪の冠をかぶった富士。
はるか昔から、神のように奉られるのがよくわかる気がする。

この写真を携帯の待ち受けにしてみた。
ポケットから携帯を出すたびに、青い空と、凛とした佇まいの富士山が見える。
あー、めんどくせー、やってられんわー、とか、どこか心が荒んでいるなと思うとき、富士山の凛とした姿を思い起こしてみる。
そうすると、不思議と気分が落ち着く気がするのだ。
たとえここは冷たい雨が降っているとしても、今もあの場所に富士山はある。
ただそこにある、その佇まいがとても力強い。
みんないろいろたいへんな思いを抱えながらなんとかやりくりしているのだ。
そんなとき、心の中に富士山の姿を思い浮かべてみるといい。

スティル・ライフ(アメリカン・コンサート’81)
Still Life / The Rolling Stones


東京でおみやげにkomomiさんから頂いた81年のストーンズのDVDを見ていたら何度も繰り返し聴きたくなって、今日のウォークマンはこれ。
いやぁ、やっぱりかっこいいなぁ。
実はそんなに毎日毎晩聴くほどのストーンズ・フリークではない。次々とリリースされるアーカイヴものにも飛びつくほどではない。
でもやっぱりストーンズの存在は、とても特別だ。
あえてこじつければ、富士山みたいなものだと思う。
晴れた日も雨の日も風の日も寒い夜も、揺るぎない存在感でそこに在る。
そのことだけで、すべてOKと思わされるような圧倒的な存在感。
些末なことなどとりあえずば横において、自分のやるべきことをしっかりやればいい、なんて思えてくるから不思議。
イェーイ!Going to a Go-Goなんて鼻歌で歌いながら、キースばりにエアギターでポーズ決めて、今日も元気出していくとしようぜ、Boys&Girls!

♪メトロに乗って浅草へ もしくは思いがけない副産物について

午前9時半。
目を覚ましたのはユニットバスみたいなプラスチックで覆われた半畳程度の狭い空間。
あら、どこだ、ここ。
あぁ、そうだった。
ここは東京、上野駅の裏手のカプセルホテル。ちなみに一泊3000円也。
チェックアウトの時間になって表に出たら、思いがけずとてもいいお天気。
このまま帰るのもなんだかなぁ、みたいな気分になって、駅前に出たら向こう側に東京スカイツリー。
おぉ、とりあえずあそこに行ってみよう。

ってなことでメトロに乗って浅草へ。

asakusa

浅草の町のレトロな佇まいにいにしえの日本を感じてしまう僕らの世代の感覚は、どちらかというと欧米人が日本文化にエキゾチックさを感じるのに近いのかもしれない。日本人として、というよりは、これはなんなんだ?と異質な文化に出会う喜びの方が大きい。でも、どこか日本人で、或いは東アジア人でよかったと思わされるような、血が思い出すような奇妙に懐かしい感じもふつふつと湧いてくるのですよね。

浅草寺の境内からすこし出たところに、いかにも昭和な飲み屋横丁。
ええなぁ、天王寺の新世界みたい、と思わず吸い込まれ、競馬新聞片手に真剣な目つきをしているおっさんの横で、名物だという牛モツ煮込みとホッピーで午前中からいい気分。

hoppy

牛モツ煮込みは、名物を謳うだけあってじっくりやわらかーく煮込んであって味わいから食感からもう絶品でした。味噌の味があたたまる感じがしていい!ホッピーは飲んだことがなくて、メニュー表に書いてある「ホッピー(中身)」っていうのがよくわからなかったのですが、となりのおっさんの飲んでいるのを見て、割る焼酎だけをおかわりすることだと知りました。で、思わず真似して「中身おかわり」してしまいました(笑)。あと、夕べから無性に食べたくなっていた焼き鳥を追加。
東京に来た目的はこんなことではなかったのだけれど、思いがけない副産物の効果ですっかりご機嫌になってしまいました。


さて、東京へやって来た本来の目的は、ブログ仲間の皆さんとの飲み会。
正直、実際にお会いするのはちょっと照れくさい部分もありますね。
ある意味、家族や兄弟、会社の同僚なんかにもあまり話していない生に近い自分を知られていたり、また逆の相手のことをそのような感じで知っていたりするわけで、会社の飲み会とも違う、同窓会やクラス会ともまた違うちょっと妙な感じ、、、といいつつ、もう十年来のお付き合いのように遠慮なくフル・オープンで飲んでいましたが(笑)。

ブログを書きはじめた理由は何だっただろう?
そして今も書き続けている理由は?
やっぱり第一には、自分が感じたことを何らかの形にして表現することで頭や心の整理整頓やリフレッシュがすすむこと。セラピーと呼ぶほどには弱ってはいないけど、まぁそれに類するもの。または、「あらら、自分でこう書いてしもうた以上はこうやっていかなあかんやん。」的な自分の追い込み方も含めて、書くことで自分の輪郭をよりリアルにつかみ、また自分をそのように形作っていくことにつながっていくようなもの。
第二には、単純に文章を書きたい欲求。読まれることを前提にした文章だからこそ、どう表現しようかと考える、それそのものが(時には面倒くさいこともあるけれど)行為として楽しい。つまりはとても個人的な娯楽。
そういう意味では、コミュニケーションはブログをやるメインの理由ではない。少なくとも僕の場合。
でも、その思いがけない副産物が、とても思いがけない充実感をもたらしてくれるから楽しい。
っていうか、意識しないと気が付かないかもしれないけれど、本当は今まで生きてきた中でも今の暮らしの中でも当初の目的そのものよりも副産物的なものがもたらしてくれた幸せのほうが、ひとつひとつは小さくても実はめちゃくちゃ多いんじゃないか、という気がしてきた。
そういうのって、けっこういいな。
寄り道しながら出てきたものを、ぜんぶ楽しんでしまえたらいいな。




浅草へ向かう地下鉄で、ふとこの曲のことを思い出していました。

メトロに乗って浅草へ - 上々颱風Shang Shang Typhoon Live '93

愛があるから大丈夫
愛があるから大丈夫 / 上々颱風


このアルバム、ええよー。

♪BIG LOVE

とりたてて大好きと宣言するほどではないけど、ついつい何度も聴きたくなってしまうようなレコードってありますよね。
なんとなくウマがよく合うというか、気がねなくリラックスしてしまうタイプの音楽。
どこがどう好きなのかよくわからないけど、なんとなく落ち着く。
僕の最近のお気に入りは例えばこれ、元UB40のアリ・キャンベルのソロ・アルバム。

BIG LOVE
BIG LOVE / Ali Campbell


中古店で100円で叩き売られていて、あー、UB40ってけっこう好きだったんだよなー、なんて思い出してなんとなーく買ってみた。
最初に聴いた印象は、なんか普通でもの足りないな、やっぱりこの程度のもんだな、と。
ま、どーせ100円だしね。そんなもんだ。
でも、何か捨てがたい感じがして二度目に聴くと、おや、意外といい感じかも。。。
三回目、だんだんなじんでくる。
四回目、ついついもう一回リピート。
もはやレゲエとも言いきれないようなポップなサウンドなんだけど、このなんでもなさが心地よいのだなぁ。
リラックスして、そこに流れている世界の中を漂う心地よさ。
難しいこと考えて、しかめっ面で理屈こねくりまわさずに。
頭からっぽにして、無理に心をどこかへ持っていこうとせずに。

「こうあるべき」なのに「どうしてこうじゃないんだ!」とかいうことが世の中には多すぎて、でもそんなことにいちいちつっかかっていたらもうくたびれて仕方がない。
もっとのびのびやりたいね。
心も体もスコーンと解放して。
BIGなLOVEで受け入れたい。

Ali Campbell-"Happiness"
Ali Campbell - "You Can Cry On My Shoulder"


さて、今日も一日よく働いた。
冷えきったからだを、あつーい湯船につかってあたためる。
風呂上がりにはやっぱりビールがうまい。あ、発泡酒だけど、それでいいのだ。
いんげんのゴマ和えがしゃくしゃくしておいしかった。
ごはんとお味噌汁がおいしかった。
普通だけど、それがいい。
なんでもないのが心地よい。
何も考えず、そこにあるものを受け入れる。
そのことを心と体が喜んでいる、ってことが大切だ。



よーし、明日はコレ聴こうっと。
Labour of Love
Labour of Love / UB40




◇足りないくらいがおもしろい

S氏は、日頃はロックだソウルだとほざいていますが、わりと根は生真面目なのです。
断りきれずに、或いはまぁなんとかなるだろう的に、もしくは隣の芝生のめんどうも自分ならうまくできるんじゃないか的いっちょかみたがり体質で、ついついいろんなものを請け負ってしまいがち。
気がつけばいつの間にか仕事が増えているようだ。
で、増えたからといって適当にえいやーっ、ってばっさりとやっつけちゃうことがなかなかできないようで、結局自分が納得いくまでコツコツと或いは意地になってやってしまうから、あー、今日もやりきったー、でもへろへろだぁ、みたいなことがままあるわけで。
三人兄弟の真ん中で育った、というせいもあるのだろう。兄貴と遊んだときの後片付けはいつも彼だった。兄貴は途中でさぼって、挙句「お前やっとけ。」って命令するから。そして弟と遊んだ時の後片付けもいつも彼。弟は「もう無理、あとはお願い。」って甘えてくるから、そういうのがすっかり身についてしまったのだ(笑)。しかも、やるからにはきっちりやらなきゃ気がすまない。
こういう性格はそれなりに役に立って重宝されることも多いのだけれど、やってる本人はどこへ行ってもそんな調子だから、やっぱり時々疲れたりもするみたい。
見えるから、つい動いてしまって、いらぬ苦労を背負ってしまって挙句パンクしてしまう、だったり、動かない人や気にもしない人についつい腹がたったり八つ当たりしたり。
性分だから仕方ないのだけれど、なんだかなぁ。


そんな気分のときにS氏が和まされ癒される本のひとつが、山本ふみこさんの本。
ぱらぱらめくると、そこにそのときほしいなぁ、と思っていた言葉がポンッとあったりするから、なかなかこの人の文章とは相性がいいらしい。


「期待」はときに、重すぎる。
そしてときに、ひとから自由を奪う。
たとえ「期待」されても、そしてそれがどんなに大きくて、自分に向けられる「期待」として見当違いだとしても・・・。そっとまたぐかくぐるかして、すたすた歩いてしまえばよかったのだ。そも、「期待」がわるいわけではないのだし。
   (思いがけないがんばり)


「根がおっちょこちょいなものだから、判断といったようななだらかなものが下りてくる前に動いて台無しにする。つまり、頃合いを、つい追い越してしまっているのである。」

「つかもうとするとだめなんじゃないか、とふと思った。もし、頃合いというものが降ってくるものだとしたら、
わたしは落ちてくるそれをそっと両の手で受けとめればいい、ということになる。」

「やってきた頃合いの顔を見てから考える、判断するというのでじゅうぶん間に合うことを発見した私は、以前の自分から見たら少し愚図になったようだ。けれど、愚図になったおかげで、自分が決めるのに違いないけれど、頃合いを雲の合間から落としてよこしたものに応援されているような、やすらかな心境を得たのである。」
   (頃合い(タイミング))

S氏的にはこれ、かなり“あるある”って感じなようです。

足りないくらいがおもしろい (山本さんの愉快な家事手帖4 )
足りないくらいがおもしろい (山本さんの愉快な家事手帖4 ) / 山本ふみこ


「足りないことのおもしろいのは、そこにたのしみやら贅沢やらがひそんでいるところです。」
なんて真正面から言われるとなんだかとても日々真っ直ぐに精進しておられるエライお方のお説教みたいにも感じてしまうのだけれど実は全然そういうわけではなく、むしろスタンスはテキトー&ゆるゆる。
ただ山本さんの場合は、生まれついてのゆるさというよりは、若き日にしゃかりきになっていろんな苦労をした挙句につかんだ極意、って感じがする。ところどころに生来の生真面目さもうかがえたりして、そんなとこちょっと共感したりしているわけで。S氏はこの人のそういう人が好きなんだろうな。

もうひとつ、このエッセイの中からご紹介。


「一日一善」ということばもある。一日にひとつ善い行いをする、という意味である。しかし、善悪というのがまたむずかしく、現代においてはますますむずかしく、よかれと思ってしたことがひとを不仕合せにしたり、ひどい仕打ちがひとを救ったりする。だから「一善」と云われても、わたしにわかりやすいのは、自分にとっての「一善」ということになる。
くり返しの生活をたのしむためにも、毎日ひとつだけでもたのしみの要素をみつけ、生活向上の手がかりをつかみたい。
そうは云っても一日ひとつはなかなかたいへん。思うにまかせぬことばかりが目の前に積まれがっかりする。
そこで・・・
・一週間(七日間)という幅で考える。
・ひとりで「一善」を気負わず、皆で手分けして善を生む。
名づけて「七日七善」計画。
    (なぬかななぜん)

七日七善。
ハハァ、これくらい大らかにいきたいもんですね。


※ちなみにこの本、オレンジページのHPに連載中のブログ『山本ふみこさんのうふふ日記』から編集されたものだそうです。ご興味ある方はぜひブログものぞいてみてください。




♪I feel like it's rainin' all over the world

あー、月曜日からバテバテだ。
掛けられるハッパを真に受けてがんばろうとすればするほど、もっと仕事が増えてしまうのはなぜだ?
手助けしようと手を貸せば貸すほどクタクタになるのはなぜだ?
ちょっと理不尽さを感じてしまう今日この頃、いやほんとうはそんなに理不尽ではないのだろう。
そう感じるのは、きっと疲れているせいだ。
ちょっと気張りすぎた。
休まなきゃ。


立春も過ぎて、少し寒さの和らいだ雨の夜。
土曜日に飲みに行った居酒屋へ、忘れてきてしまった帽子を取りに行った帰り道、アーロン・ネヴィルのやわらかな声がしみる。

 Hoverin' by my suitcase, tryin' to find a warm place to spend the night
 Heavy rain fallin', seems I hear your voice callin' "It's all right."
 A rainy night in Georgia
 A rainy night in Georgia
 It seems like it's rainin' all over the world
 I feel like it's rainin' all over the world
   (RAINY NIGHT IN GEORGIA - AARON NEVILLE with CHRIS BOTTI

Bring It on Home: The Soul Classics
Bring It on Home: The Soul Classics / Aaron Neville


アーロン・ネヴィル師が2006年に発表したソウル・クラシック集。
ビル・ウィザースの“Ain't No Sunshine”、オーティス・レディングの“(Sittin' On)The Dock Of The Bay”、ベン・E・キングの“Stand By Me”、サム・クックの“You Send Me”・・・これでもかといわんばかりの王道クラシック・ソウルを、あのヴェルヴェット・ヴォイスでやられちゃ、もうたまらない。
まるで世界中が雨降りのようだ。
もう太陽は輝かない、だって君が行ってしまったから。
波止場にひとりぼっち、波が寄せては返すのを眺めていたい。
君がそばにいてくれれば強くなれるのに。
だって君はほんとうに誠実にしてくれたんだもの。
・・・などなどなど、歌の文句とともにいろんな想いが寄せてくるじゃないか。

ああぁ、優しくなりたいね。

音楽はチャカ・カーンとのデュエットの“Let's Stay Together”が終わって“It's All Right”に変わっていた。

うーん、It's All Right?
あぁ、とりあえずはIt's All Right。

でも、明日も雨降りならいいな。
やわらかい雨の中で、少し静かに、聞こえない声に耳を澄ませてみたい。





◇13歳のハローワーク

あんまり映画もテレビドラマも見ないほうなのだけれど、金曜日にTV朝日系で年明けから放映されている『13歳のハローワーク』というドラマがめちゃくちゃおもしろい。
うだつのあがらない現在35歳の主人公が22年前の1990年にタイムスリップし、13歳の頃の自分を再教育して運命を変えようとするという、ストーリー自体はまぁありがちなもの。
けど、そこに描かれている1990年当時のバブルに浮かれまくった日本と、「失われた10年」を経て大きな曲がり角に来ている現在の日本の対比を軸に、これからの日本のすすみ方を問うような鋭いメッセージがそこここに仕込まれている気がするのだ。
売り手市場の就職活動や、地上げ屋、金融屋の拝金主義、3Kと呼ばれた肉体労働・・・こうして振り返ってみれば本当にあの頃は異常な時代だったのだな。
ドラマではでっかい携帯電話や、ボディコンシャス、或いはセーターを肩にひっかける業界人ルックなど当時を再現したファッションや風俗が登場するのも楽しいし、主演のTOKIOの松岡くんがかなりいい味の演技を見せてくれるのも楽しい。未見の方は、ぜひおすすめです!

ドラマを見終わった後に考えてしまうのは、自分が13歳だったの頃のこと。
何になりたいと思っていたのだろうか。
思い出そうとしてみたけど思い出せない。
というか、そもそも何かの職業に憧れてこんな仕事をしたいと思ったことがなかった。
どうせ普通の平凡なサラリーマンになるんだろう、なんてタカを括っていた夢のない子どもだった。
小学校の頃はお絵かきや漫画が得意で、友だちからは「漫画家になれば」とも言われたけれど、真面目にそういう職業を目指して努力しようとはまるで思わなかった。小学校の卒業文集の「将来なりたいもの」の欄には「宇宙飛行士かレーサー」などと書いているのだけど、これはほんとうになりたい夢なんて何にも思いつかなくて、とりあえず子どもらしいこと書いておけばいいんだろうということで親や先生が喜びそうなものを書いたにすぎないのであって、まぁそれくらい憎たらしいというか醒めた子どもだったのだ。
高校3年くらいになって初めて自分の進路を考えてみて、だって今更医者や科学者になりたいなんて思ったところで普通の中の中の公立高校からじゃすでに無理じゃん、なんて気がついて愕然とした。子どもの頃に何かきっかけがあったかなかったかで進路なんてすでに決まってるやんか、と。

親の世話になるのが嫌で自分で稼ぎたいと思って公務員試験を受けたりもしたのだけれどやっぱり今から社会に出るのは何だか違う気がして、何が自分に向いているのかもまるでわからないからとりあえず執行猶予が欲しくて大学へ行き、結局アルバイトばっかりしてて何もつかめないままとりあえず某食品メーカーに就職し、何となくつまらなくて3年でやめていわゆるフリーター(当時はフリーターという言葉はなく“プー太郎”だった。)に。自動車工場の期間工やら、ファミレスの厨房、小さな印刷会社や製図会社、それに工事現場の日雇い人足、いろんなことやったなー。27歳でトラックドライバーになるつもりで今の会社に拾われたら望みもしない営業がたくさんあって、仕方がないから本気でやったら意外とちょろいもんでするすると管理職になって、やがてへとへとになって管理職をお払い箱になって、結果的にはたまたまなんだけど子どもの頃に得意だったお絵かきのセンスなんかも活きてくるような今の仕事に至る、というわけで、、、ハハハ、振り返ってみるとかなりなりゆき任せ。何かを目指して努力した結果今がある、というわけではまるでない。結果オーライというか、たまたまラッキーだな。
10代のときに20代の自分が、20代では30代が、30代のときには40代の自分がまるで想像つかなかったように、50代や60代の自分も、なりゆき任せでまるで想像のつかないことをしているのだろうか?
でも、それでいいんじゃないか、とも思ったりもする。
納得できないことややりたくないことを無理矢理やらされるのは嫌だけれど、まずは与えられた任務の中でやるべきことをやる。
その中に、自分なりのエッセンスを少しでも盛り込むことができたら、それでいいのだ。
あとは、自分に向いているものが何かは、周りが決めてくれるだろう。
もしも13歳の自分に会えることがあるのなら、「なるようになっていく中で、おもしろいことはいくらでもあるぜ。」なんて言ってやるべきかな。
多分理解できないだろうけど、ハハハ。


ドラマの原作、ということに一応なっている村上龍氏の『新 13歳のハローワーク』
13saino

職業というのは、単にお金を稼ぐ手段ではありません。その仕事をすることで、生きていくために必用な充実感、人間としての誇り、そして仲間や友人を得ることができます。職業は、その人と社会・世界をつなぐ窓のようなものであり、大切な架け橋のようなものです。――村上龍


村上龍氏の本は昔はよく読んだけれど、いつの頃からかまるで共感できなくなってしまい疎遠になってしまった。この本も図書館でパラパラとは読んだだけだけれど、この言葉にはまぁその通りかな、と思う。例え一生食っていけるだけのお金があったとしても、何か仕事をしたいと思うだろうね。
でも、13歳の僕がもしこれを読んだとしてもやっぱり、「なんだかよくわかんねー、なりたいものなんてなんにもないや。」って思うんじゃないか、という気がする。職業の一般的な情報ずらずら羅列されるばかりで、その職業に携わることの喜びや価値が見えてこないのが残念。
ちなみにこの本の中で僕の職業は紹介されていませんが、役割として一番近いものには「膨大なデスクワークを抱え、休日出社を余儀なくされているというのが現実だ。」と書かれている。
残念ながらそのとおりかも。



♪Lively Up Yourself

冷えますね。
風邪もようやく治って、元気回復!と言いたいところですが、仕事は相変わらずのコテコテぶり。
なかなかいろいろあるのですよ。
そうそう右肩上がりに伸びていく時代ではないだけに、ましてこれだけいろんな情報が飛び交っている時代だけに、どんな会社でもそうなんだろうけど組織の存在意義そのものが常に問われているのだ。
そして常に柔軟な変化が求められている。
だから、いろんな仕事が次から次へとやってくる。
できない理由を並べればいくらでもあるし、上司への不満やら組織への異議やら現場への要望やら、文句言いたいこともいくらでもあるのだけれど、今は率直に受け止めて、やってみるしかない。
何だかんだ言っても、やっぱり今の仕事は好きだからね。

20代や30代の頃は、怒りや悔しさやコンプレックスや負けず嫌いな鼻っ柱の強さが行動へのエネルギー源だった。ちくちょう、バカヤロウ、やりゃあええんやろ、見とけよ、、、みたいな。
今はね、そうでもない。
自分がどれくらいまでどんなふうにできるのかを見てみたいような感じかな。

楽しみながらやりたいね。
背負いすぎたら折れちゃう。
情熱はちゃんと心に保ちつつ、肩の力抜いて、リラックスして。
必要なものは、何万馬力ものパワーではなく、しなやかな強さだ。

日々めんどくさいことはいろいろあるけれど、元気出していくとしよう。
こんな感じのリズムで。



Bob marley & The Wailers / Lively Up Yourself


ライヴ+1
Live! / Bob Marley & the Wailers





♪カンフル剤はJB

まだ正月からひと月たっていなかったのか、、、とびっくりしてしまうくらい、年明けから忙しさ全開。
いろんなところからいっぱい球が飛んでくる。
全部拾ってたらキリが無いけど、どうやら今は拾わなきゃいけない時期らしい。
男、40代、いろいろありますわ。あ、もちろん女の人もいろいろありますよね。
そんなこんなでどたばたしていたら、ついに風邪をひいてしまいました。
ゲホゲホ、グシュグシュ。
今朝はまるで目が覚めずにぎりぎりまで爆睡してしまい、「えー、ほんとに起きるのー、あと半日寝てたらずいぶんましになるはずなんだよー。」というからだの声をなんとか説き伏せて出勤したのでした。
あー、休みたい。
のんびりしたい。
ゴロゴロだらだらしたい。
風邪引きのときくらいね、どてら着込んであったかいスープでも飲んでリラックスできるゆるーい音楽でも聴きながらコタツにもぐって読書などしつつうつらうつらと。
でも、なかなかそうはさせてもらえないわけで。
えーい、こうなりゃもう、カンフル剤打ってぶっとばすしかないっ。


一番よく効くとっておきのカンフル剤はコレ。
コレしかないでしょう!
ゴッドファーザー・オブ・ファンク、ジェ〜〜イムズ・ブラウ〜ンッ!!!!!

James Brown - Soul Power

イン・ザ・ジャングル・グルーヴ
In the Jungle Groove / James Brown


ガッガッガッガッガッガッガガッガー
ズッタッタッタッタタッタッタタッター
チャラリラ、チャラッッチャ
ハッ!
ウッ!ハァーッ!
ウァーーーーーーーッッッッツ!
ヒッミー!
ガラゲラッッ!


実は僕は滅多にジェイムズ・ブラウンを聴くことはないのだ。
実際、ブログ5年にして初JB記事だったりする。
理由はひとつ、テンション高すぎて日常生活にはそぐわないから。
こんなもの毎日聴いていたら廃人になってしまう(笑)。

でも、ここぞというときには一番よく効くブツが必要だ。
ここはもう、テンション上げて一気に乗り切るのだ。
明日も朝から大音量で聴くぜーっ!
週末まで一気にぶっとばすのだっ!

・・・・・

あ、しまった。
今週は土曜日も出勤なのだった、、、
こんなことしてる場合じゃない、さっさと眠らなきゃ、、、
でも、JBのビートが体に残って眠れなくなってしまった、、、
墓穴かも。。。



Appendix

プロフィール

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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