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続・音楽歳時記「夏至」

6月はどちらかといえばあまり好きな月ではないのです。
じめじめと湿気が増えて不快指数が上がっていくし、蒸し暑かったりとたんに涼しかったりで体調管理も難しく、なんとなく血の巡りがぐずぐずしてなんだかなぁ感がつきまとう。
春の爽やかさやうららかさはなく、一方で真夏や真冬のように肚を据えて挑むほどでもなく、どこか中途半端というか過渡期的というか。

そんな6月に好きなことがふたつ。
ひとつは、夜に窓を開けて眠ること。
昼間の蒸し蒸しが退いて涼しい風が入り込んでくるのを感じながら眠るのが心地よい。明け方に少し冷えて、ふとんをかぶりなおしたりするのも心地よい。
もうひとつは、まだ日があるうちに退社できる機会が増えること。仕事が終わってもまだ明るいと、ちゃんと仕事以外の自分の人生の時間が確保されているような嬉しい気持ちになれる。
本屋にでも立ち寄るか、ビールでも飲みにいくか、それともぶらぶら散歩でもするか、なんて、なんとなく心に余裕ができる気がするのですよね。

6月21日は夏至。
夏至を過ぎるとだんだんと日暮れが早くなっていくのは少し悲しい。
仕事もここから秋まではどんどん忙しくなっていくし。
切羽詰まってキリキリするのは自分も周りもしんどくなるからね、余裕、ゆとり、失いたくないですね。

そんなゆとりを感じられる音楽を夏至の一枚に。
原田知世さんの『音楽と私』。

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音楽と私 / 原田知世

原田知世さんの、まぁいわゆる過去のヒット曲のセルフ・カバー集なんだけど、決して昔の名前で出ています的なテイストではなく、大人になった立ち位置で歌われた歌。今の知世さんの充実ぶりが感じられる。
さっぱりと爽やかで明るい感じが素敵。

ロマンス
時をかける少女

爽やかといってもカリフォルニアみたいなカラッとピーカン湿度ゼロみたいな爽やかさではなく、ミストシャワーみたいな穏やかな湿り気があるし、明るいといってもはしゃぎまわったり能天気だったり或いはネオンライトのギラギラだったりみたいな明るさではなくて、ちょうど仕事あがりの夕方の空みたいな明るさなんですよね。
穏やかな湿気と淡い明るさ。
そのバランスがすごくいい。
心にスゥーッと心地よい風が吹く感じ。
ぐずぐずする心やだらだらする体を、やわらかく解きほぐしてくれる。
声もいいよね。声量のあるヴォーカリストではないけれど、透明感や清涼感のある独特の雰囲気が素敵なんだな。
アンニュイな雰囲気はあるけれど気だるくはならない。ウィスパー系の息づかいが聴こえるような歌い方をしてもぬめっといやらしくはならない。ふわっと異空間へ連れていってくれるような浮遊感もあるけれど、しっかり地に足がついた生活感もある。そして年齢を重ねた分だけ、声に奥行きや陰影があってそれが実にいい味わいになっていて。
とてもいい年齢の重ね方をされている感じが、同世代としてとても頼もしくもある。

こういう心地よさに包まれていると、バスケットにサンドイッチでも詰めて、お気に入りの帽子をかぶって、木綿のワンピースでも着てちょっと公園にでもお散歩に、みたいな乙女っぽい気分になってくるよね。
いや、ワンピースは着たことないけど(笑)。
あれ、風が通って心地よさそうなんだよなぁ。
女装癖はないけれど、ワンピースは着てみたい。或いは生まれ変わったらワンピースが似合う女の子に生まれ変わりたい(笑)、なーんて軽口のひとつやふたつもチョーシこいて言えるような余裕、ゆとりが大事かと。

夏至を過ぎれば1年ももう折り返し。
年を重ねるごとに1年の感じ方は短くなるけれど、一方で季節の流れに感じる思いは年を重ねるごとに豊かになっていく気もする。
のんびり行こう。







地震20180618

今まで経験した中では二度めの大きな衝撃だった。
下からガツンと突き上げるような衝撃。
一瞬何が起きたのかわからない。
照明が落ち、きゃぁーっ、と女子高校生たちの叫び声。横揺れがグラグラグラッと来てから、スマホの地震警報が鳴った。遅いよ。
いつもなら確実に通勤電車の中なのだけれど、たまたま朝から配送センターへ行く用事があって枚方市駅で降りた直後だった。
電車に閉じ込められた同僚の話では、一時間以上停まったあと最寄りの駅で下ろされ、数駅分の距離を歩いて帰ったというから僕はラッキーだった。帰りも僕の沿線の電車は動いていた。動いていない沿線の人たちが、バス停に長蛇の列を作っていた。

普段気にしていないけど、地震だとこうなるんだ、と思ったことがふたつ。

1・頭上のものは落ちてくる
今回落ちてきたのは、エアコンの風の方向を調整するフラップだけだったけど、電光掲示板が落ちてきた駅があったり、窓ガラスが崩れ落ちた建物もあった。ブロック塀の下敷きになった痛ましい事故もあった。
普段歩く場所なんかでは、頭上になにがあるのか確認しておいたほうがいい。

2・電気は停まる
駅構内で地震に遭い、とりあえず揺れが収まって、さてどうすべきかと思って、いろいろと長丁場になりそうだしとりあえず用を足しておこうと思ってトイレに行ったら、大のほうからおっさんが出てきて「流れまへんわ。」と。排水のセンサーが作動しないらしい。
あー、そーゆーことね。。。
改札機も停まっていたから駅の外へ出るためにもカードを駅員さんのパソコンで解除してもらわないといけなかった。
市内の高層マンションなんかではエレベーターが停まって住民は軟禁状態になったらしい。
そういう些細な日常行動が電気で動いていることを把握しておいたほうがいい。電気が停まったときに何が動かなくなるのかは知っておいたほうがいい。

日常の風景があっという間に変わってしまうものだということを僕たちは先の大震災や阪神淡路大震災で経験している。
そのおかげだろうか、人々の対応はとても落ち着いたものだった。
ただ、もう少しひどい被害だったらどうだったのだろう。
民家が燃えているのをテレビで見た。幸い消防車がすぐに駆けつけていたけど、家屋の倒壊が相次いで道路が寸断されていたら。
地下鉄なんかで情報がないまま何時間も閉じ込められたりしたら?もし津波が来るとしたら?
そのときにパニックが起きないとは限らない。
職場の同僚でも、僕と同じように駅で被災、津波や余震があるかもと駅に留まった人もいれば、とにかく職場へ行こうとバスやタクシーに乗った人、駅に着いて引き返した人、まだ家にいた人、いろんなシチュエーションがあった。その瞬間にどこにいたのかで運命が変わる。どう動いたかでまた運命が変わる。
数名の命が失われ、今もガスや水道が止まって不便な暮らしを強いられている今回の地震を被害の多い少ないで軽微だったとは言わないけれど、いつかもっと大きいのが来る。来ないでと願ったところで自然には届かない。
そのときのための心構え、十分な準備はできないとしても、気持ちのシミュレーションだけはしておいたほうがいい。
そんなことを改めて思ったのでした。


No Language in Our Lungs / XTC

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XTC Black Sea








♪らっきょうブルース

らっきょうがおいしい季節です。
シャクシャクとした歯応えと、適度な酸味とほのかな甘み。
つまみだすと止まらなくなるんですよね。
らっきょうの可食部分は玉ねぎのように根っこのところ。正しくは根っこではなく茎が肥大化したものなんだそうだけど、こういう植物のこの部分を食べるとおいしい、って発見した人は誰なんだろう。生だとかなり辛みがあってピリピリするはず。それを酢に漬け込んで辛み成分をとばしてやわらかくする食べ方を発明したのは誰なんだろう。人間の知恵ってすごいですよね。

らっきょうの大産地である鳥取県の砂丘地方でらっきょうの栽培が始まったのは江戸時代の末期のことらしい。
らっきょうは、豊かな土壌よりも栄養が少ない痩せた土地のほうがおいしく育つ。少ない水分と栄養分をしっかりと球根に蓄えておいしくなるのだ。
江戸時代というのは、末期には実質貨幣経済になっていたとはいえ基本は「米」を中心にした経済制度で、米がとれる地域は豊かで米の栽培に適さない地域は貧しかった。そういう社会にあって鳥取の砂丘の近くの村の貧しさは想像に難くない。なにしろ水はけの良すぎる砂地、田んぼ溜める水の確保も一苦労で、土の栄養もすべて流れてしまう痩せた土地。お米はまともに穫れない。
お代官様、勘弁してくださいまし
ならぬならぬ、年貢米を滞らせるなど不届き千万、ならぬものはならぬのじゃ
そこをなんとか、うちには病気を抱えた母親と娘が
ほう、娘とな、歳はいくつじゃ
この春で数えで14にございます
14ならばもう働けるではないか
娘も体が弱く
その娘を連れてまいれ、遊郭で稼がせればよいではないか
お代官様、ご慈悲を
おとっちゃん、あたい、行くよ
お加代・・・
・・・なんて、こんな物語をつい想像してしまう(笑)。
らっきょうが砂地で育つこと、砂地で育ったらっきょうの方が質が良いことを知った砂丘の村の人々の喜びはいかばかりだっただろうか。
これで年貢を追いたてられることがなくなる、ひもじい思いをしなくて済む、娘や息子たちを奴隷のような仕事にやらなくても済む、一家が離散しなくて済む。そんな思いだったんじゃないだろうか。
スイカやメロンやトマト、茄子やきゅうりなんかもそうだろうけど、夏においしい野菜や果物のいい産地は全部米どころではない場所だ。
たった200年ほど前、そういう土地で暮らすことがいかに大変なことだったか。
そんなことに思いを馳せながら食べるらっきょうは、とてもせつない味がするような気がする。


農業といえば、なんとなくミシシッピ・デルタ・ブルース。
サン・ハウスの“Country Farm Blues”を。

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♪Vinyl Change The World

6月9日、ロックの日。
たまたま観る機会があって、それ以来めっちゃお気に入りのバンド、ザ・50回転ズ。
今のところぶっちぎりで2018年度最優秀ソングに決定です。

“Vinyl Change The World”
ザ・50回転ズ


62年のハンブルグなら
港町に響き渡る
やけくそな“Twist and Shout”
昨日の涙も知らない顔で
歌ってくれるよ
あの日のビートルズ


高校生のときに聴いていたら、きっと大ファンになって追っかけてたただろうな。
ルックスがいけてないとこがまたいいんだ(笑)。
ラモーンズとジャム、それにブルーハーツが好きなんだろうな、ってすぐにわかる音。そういう音にぶちのめされてそれを支えに生きてきたことが、音からビシビシ伝わってくる。ロックンロールへの愛があふれてる。

世界を変えるなんて
難しいことじゃないさ
たった3分だけ
時計を止めてあげるよ
針を落とせばもう
まばたきもできない
回り続けるよ
君をのせて


ロックンロールの魔法がかけられた3分間。
レコードの魔法は二度ととけないんだぜ。


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ザ・50回転ズ / ザ・50回転ズ






続・音楽歳時記「芒種」

6月6日に雨ざぁざぁ降ってきて。
梅雨入りですね。
雨はそんなに嫌いでもないのですよ。
晴れた日のほうが好きだけど、雨には雨の風情がある。
めんどくさいのは、傘を差さなきゃいけないことかな。
傘を持つと、片手が塞がるじゃない。あれがあんまり好きじゃない。多少濡れたところでそんなに困らないのだけど、びしょ濡れで朝の満員電車に乗るのも気がひけるので朝から雨が降る日なんかは一応傘を差しはする。夜から雨が降りだしたときなんかは傘を持たずに帰ることもある。濡れて帰ってお風呂に直行。冷えた体とあったかいお風呂の落差が気持ちよかったりもして。
どしゃ降りのときは別だけど、しとしと降る雨なら濡れて歩くのもけっこういいものです。

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You're Only Lonely / J.D Souther

雨の日にはなんとなく大人っぽい音楽がいい。
しっとりとちょっと後ろ向きな気分で。
例えばこういうの。謂わずと知れたAORの名盤。
うつむき加減のジャケットが、なんとなく梅雨の季節っぽい。
“You're Only Lonely”“If You Don't Want My Love”“Last In Line”“White Rhythm and Blues”と続くA面の4曲は完璧。
憂いをたっぷりと含んだボーカルに、しっとりとしたアコースティック・ギターやピアノの響きがとてもいい。
聴いていると、自分がとても優しい男になったような気がしてくる。いや、実際優しいんだけど(笑)。
ただ、毎日いろいろあると、なかなか優しさなんて表に出てこなくなっちゃうよね。
そういうとき、こういう柔らかな音楽は、立ち止まらせ振り返らせてくれるからいい。
思っているよりも、世の中は穏やかで優しいものに溢れている。みんなそうでありたいと願っている。
いろんなしがらみやちょっとばかりの優越欲求や承認欲求が時々、それを隠してしまったり棚上げしたり邪魔したりするだけで。
さみしいときにはさみしいとそっと呟けばいいし、嬉しいときにはにっこり微笑めばいいし、間違っていると気づけば素直に謝ればいいし、誰かが困っていれば素直に手を差しのべればいい。
そういうことができにくくなってしまうのは何が原因なんだろうね、なんて思いながら“You're Only Lonely”をリピートして聴いていた。

6月6日は芒種。
種を蒔く時期という意味。
種にとって雨は恵み。
ゆっくり育てばいい。








パン工場(後編)

会社の経営状況は思わしくなかった。
80年代後半から90年代にかけての流通構造の変化に完全に乗り遅れていた。つまりは、大規模化したスーパーマーケットチェーンと広がりはじめたコンビニチェーンに入り込めなかったのだ。
今ではもはや見かけなくなった、駄菓子屋とかクリーニング屋とかと一緒に奥さんとおばあちゃんが交代で店番をしているような小さなお店にパンをほんの10個ほど運んでいたって儲かるわけもなく、大手のスーパーで山ほど積まれた他社のパンの脇にほんの少しだけ場所をもらった自社のパンの返品を持ち帰るのはとても惨めだった。
「お前とこのパンは売れんのぉ。」とスーパーの仕入れ担当から嫌みを投げつけられ、販促の提案をしても「お前とこので売れるのこれとあれだけやし他のはいらん。」とにべもなく断られ、心の中で「ですよねー。」と呟きながら「そこをなんとかなりませんかねー。」とかペコペコしている自分が嫌だった。
大手のスーパーには「返品OK」という条件がついているお店もあった。立場が弱いからやむを得ない、まずは売り場に並ばなきゃお客様が買うはずもないと置いてもらうのだけど、翌日に大量に残った返品を持ち帰るのは辛かった。
「これ、まだ賞味期限内ですけど?」
「あほぬかせ、そんな古い日付のパン置いてたら、うちの店が古いもんばっかり置いてるみたいに見えんねん。とっとと赤伝切って持って帰れ!」
その一方で駄菓子屋とかクリーニング屋のお店は返品不可。おばあちゃんが泣きそうになりながら、「これ引き取ってもらわれへんわなぁ。いっぱい余ってしもうてん。」と差し出してくる返品を断らなければいけないのも心苦しかった。この店、たぶん赤字やろなぁ、そう思いながら「いやー、無理なんでー。」
商売とはいえ、人としては良心が痛む。でも仕方がない。仕方がない、それが世の中だ、そう呟いて自分の正義を自分で折る。それって終わってるよな。。。

ある日、工場全体の大きな会議があって「わが社としては現在の事業をリストラクティブすることになりました。リストラクティブとは再構築するということです。」と発表があった。世間はまだバブル崩壊前の好景気の中、後に当たり前の言葉になった「リストラ」という言葉を僕はそのとき初めて知った。不採算のラインが縮小されそれに伴う配置転換や人員カットが行われた。労働組合はあったけど、所詮は本社工場の息のかかった傀儡組合で、まるで役立たずだった。田舎から出てきたばかりの高卒組がまず最初に首を切られた。
それでも1年やそこらでケツを割ったと思われるのは嫌だったから、自分なりには頑張りもしてみた。要領よくやればなんてことはない。業績が上がり始めると少しずつ僕の扱われ方も変わった。あ、やればできるんじゃんと少しずつ自信が出てくる。
あぁ、こうやってなんだかんだ言いながらも仕事を続けていくことになるんだろうか。それはそれで正しい選択なのかも知れない。
そう思い始めた頃に、友部正人の歌を聴いた。
ブルーハーツのマーシーやボ・ガンボスのどんとさんたちが影響を受けたと再評価され、古いアルバムがCDで再発された頃だったのだ。
『1976』というアルバムにこんな歌があった。

どうして旅に出なかったんだ、坊や
あんなに行きたがっていたじゃないか
どうして旅に出なかったんだ、坊や
行っても行かなくてもおんなじだと思ったのかい
おまえは旅に出るよって行って出なかった
俺は昨日旅から帰ってきた奴に会ったんだ
あいつはおまえとおんなじだったよ
ただ違うのはあいつはまた昨日旅に出たけど
おまえは行かなかったのさ
(どうして旅に出なかったんだ / 友部正人)

鈍器で頭を殴られたような衝撃だった。
どうして旅に出なかったんだ、あんなに行きたがっていたじゃないか。
ざらざらした友部正人の声が、僕の喉元にナイフを突きつけるようにして歌う。
どうして旅に出なかったんだ
どうして旅に出なかったんだ
あぁ、そうだった。そうだったよ。
やっぱり僕はここを出ていくべきだ。
想いも覚悟もないままずるずるとこんなところにいたらほんとうに腐ってしまう。

「ヨースケ、俺、やっぱり辞めるわ。」
「そうなんか。最近仕事おもしろくなってきたとかゆーてたし、辞めへんのかと思うてたわ。」
「仕事なんかそれなりに頑張ったらそれなりの結果が出るってわかったからな。」
「まぁな。」
「沈んでいく船に乗り続けてから手遅れになるよりは、溺れても泳いでみるべきなんじゃないかと。」
「俺も考え時かなぁ。」
「日本は福祉国家だからな。食いっぱぐれても、貧乏で死ぬことはない。なんとかなるもんやって。」
「なんか儲かる商売でもするか?」
「いや、借金してまでギャンブルするのはやめとくわ。そこそこぶらぶら遊んで、金がなくなったらどっかの会社に潜り込む。」

退職届はあっさりと受理された。
退職する日の朝、朝礼で挨拶をしろと呼ばれ前に立った。
「お先に失礼します。」
と挨拶をしたら最後に上司にこっぴどく怒られた。

その工場は今、別のパンメーカーに買収され、別の会社の大きな看板が立っている。
僕が辞めてから数年後、会社は倒産し、工場は別のメーカーの手に渡ったのだ。
工場の中では、同じような仕事をあの頃とは別の誰かがやっている。変わらない日常の中で人だけが入れ替わっている。その中に、会社を辞めずにそのままパン工場で働き続けた自分の姿を想像してみる。暗い顔して、ああ、やっぱりあのとき辞めておけばよかった、今さらこの歳で雇ってくれるところなんてありはしない・・・そんなふうに毎日後悔しながらトラックでパンを運んでいる男の姿が見える。
そうならなくて済んだことは本当にラッキーだった。




“どうして旅に出なかったんだ”

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1976 / 友部正人




パン工場(前編)

娘が生まれてから今の家に移ってきてもう15年以上経つ。おそらく今の家が一番長く住んだ場所ということになる。
18のときに実家を出てから今まで、いくつかの場所で住んできた。
その中で2年と少しの間、パン工場に住んでいたことがある。
といっても、もちろん工場の中ではない。
工場の敷地の端に併設されていた男子寮、築15年以上は経つであろうおんぼろの2階立てで、6畳2間の部屋が10ほどある建物だった。
部屋は2人用の大部屋で、昔はそこを4人で使っていたのだろう、6畳間に二段ベッドが2つ置かれていて、もうひとつの6畳間にはテレビがあるだけの簡素な部屋だった。朝からパンが焼けるいい匂いが漂う以外には何のプラス要素もない物件。部屋には電話もなく、外界との連絡手段は寮にひとつだけ置かれた公衆電話だけ。もちろんケータイもスマホもない時代だ。
同室になった男はヨースケ。
「おまえ、ARB聴くんや。」
引っ越してきた日に僕が荷物の中から引っ張り出したARBのレコードを見て驚いたように話しかけてくるヨースケ。
奴は大学のときに映画研究部にいて、松田優作の映画化「ア・ホーマンス」で石橋凌を見てファンになったらしい。
僕たちはすぐに意気投合した。
就職活動で僕はとある製パンメーカーを就職先に選んだ。大阪出身だけど京都での就職を希望し京都のメーカーを選んだのだが、同期が20人くらいいたうちの5人だけが、大阪工場での勤務を命じられることになったのだ。なぜ僕たちが選ばれたのかは誰にもわからない。
僕とヨースケの他に不本意にも大阪行きとなった3人の同期。福祉大学出身のちょっと生真面目なムライ、わたせせいぞうが好きだったおしゃれでスタイリッシュなオカノ、二浪して年は二つ上だったキモトはフットボール選手みたいにごっつい体で酒を飲んで赤くなると赤鬼みたいになった。
その3人はそれぞれ先輩と相部屋だったので、必然的に僕たちの部屋が同期メンバーの溜まり場になった。
京都が本社のこのメーカーにとって大阪工場は、植民地における現地政府みたいなものだった。地元のローカル企業から関西圏を中心とした企業へ進出する足掛かりとして15年ほど前に建てられたそうだが、実質何をやるにも本社のお伺いが必要で、大阪行きはメイン・ストリームではないことが工場の幹部たちの媚びた態度から感じられた。社員のほとんどは現地採用で、今までいろいろな職を転々としてきたであろうやさぐれ感がある労働者っぽいおっさんたちばっかりだった。新卒でそれなりの希望をもって就職したはずの僕たちにとって、大阪工場で知る現実はかなり思い描いていたイメージとは違っていてそれなりにショックだったわけで、だからこそなのだろうけど必然的に僕ら5人の結束は固くなった。
まだまだ遊びたい盛りの僕たちにとって、寮というのは思いのほかうってつけの場所だったようで、毎晩ビールを買ってきては風呂上がりに僕らの部屋に集まるのが日課になった。
連夜の宴会、ビデオ鑑賞会、人生ゲーム大会。夜中にギター弾いて騒いだり、工場の屋上で無許可で花火を打ち上げたり、返品の食パンの集積場で食パンをどれだけ遠くまで投げられるか競争をしたり。ほとんどはヨースケが思いついて僕らがそれに輪をかけた。

仕事そのものはそんなにキツかったわけではない。
基本はルート・セールス。担当になったお店に毎日パンを運び、集金をして、注文をもらい、会社に帰って発注する。翌朝には発注したパンが工場のゲートに並んでいる。それをまたトラックに乗って運ぶ。その繰り返しだ。
キツかったのは「朝配」と呼ばれる早朝シフトがあるときだった。
受け持ちのお店に朝一番用のパンを納品するのは正社員ではなくアルバイトさんの仕事だったのだけど、そのアルバイトさんがよく休む。或いはよく辞める。今思えば当然で、朝の3時や4時に出勤しなくてはいけないアルバイトがそうそう長続きするわけもない。大抵のアルバイトさんは、何かしらの理由で金に困っていて、昼の仕事を掛け持ちしていたからだ。
早朝のアルバイトさんに欠員が出ると、正社員がたたき起こされる。まるでそのために寮があるんだと言わんばかりに。
ひどいときなんて、夜中の2時くらいまで馬鹿騒ぎしたあとの4時くらいになってドアをガンガンと叩かれてお構い無しに起こされたし、大きな声では言えないし今の時代ならば絶対に許されないことだけれど、酒を飲んでいても叩き起こされて配送に行ったこともある。

僕は寝坊キングで、3日に2回は遅刻した。朝の体操かなんかを事務所でやっているうちにこそっと入るのだ。上司にいくら注意されても寝坊を繰り返し、イラストが得意だったオカノが僕のベッドに「起こすなキケン」と落書きしたボードを置き、ヨースケがそこに「反省してませーん」と書き込む。そしたらひとつ上の先輩に「反省しろっ、ボケッ」とマジギレされた。
配送のトラックにはAMラジオしか付いていなかったので、荷物を積み込んだあと寮の部屋にラジカセを取りに戻って助手席に積んでいったりもした。もちろん安全上も禁止のはずで見つかったらこっぴどく怒られるのだろうけど、そんなことはお構い無しだった。
取引先のあまりにも理不尽な対応にぶちギレてケンカしたこともある。上司が呼び出され平謝りするのを僕はむくれた顔をして聞いていた。
明日の仕事のために早く寝て体力を蓄えたりしたくなかったんだ。日々の暮らしが、仕事だけで終わってしまうことがどうしても我慢できなかったんだ。
AMラジオから流れるいかにも庶民的なほっこりした空気感が苦手だったのだ。ああいうものを毎日聞いていたら、そのうち牙を抜かれてしまう、と本気で思っていた。
取引先の上から見下すような態度が我慢できなかったんだ。取引先とはいえ、フェアじゃない命令なんて突っぱねて当然だと思っていた。お客様は神様なんかじゃない。やり方は稚拙だったにせよ。
1989年だった。
ある日、取引先の待合室で見かけた新聞には、隣の国の民主化デモの様子が一面を飾っていた。
海の向こうでは同じ世代の奴らが自由を求めて命掛けて闘っている。
なのに、俺は馬鹿馬鹿しい日常に縛られて何をやっているんだろう。

「おまえさぁ、この仕事ずっとやる?」
と、ヨースケ。
「いやぁ、無理。監獄やで、ここは。」
「俺、多分前世で悪いことしたんやと思うねん。せやからこんなとこに送りこまれてまうことになったんやと思うわ。」
「ハハハ。」
「いや、そうとでも思わんとやってられんやろ、これ。」
「そら確かにそうや。」
「なんか一生遊んで暮らせるくらい儲かる仕事ないかなぁ。」
「そんなんあったらみんなやっとるって。」
「いや、まだまだいろいろあるで。そーゆーのを思いついた奴が勝ちなんやって。」
ヨースケはいつもそんな話をしていた。
「せやけどなぁ、新卒で入って半年やそこらで辞めても、次の会社の面接ですぐにケツ割ったヘタレやと思われそうやん。やっぱり最低でも1年、できれば2年は勤めとかんとなぁ。」
と現実的な返しをする僕。
「せやなぁ。。。」
酒を飲みながら悶々とした話しをしていると、同期の誰かがビールを持ってやってくる。
「シオタのおっさん、クビらしいで。」
「なんかな、集金の金ちょろまかして着服してたらしい。」
「まじで。」
「お店は払ってんのに、事務のほうで入金がまだなんですがー、とか催促の電話して発覚したらしいで。」
「あほやろ。そんなんすぐバレるに決まってるやん。」
「ほんまロクなやつおらんな。」
「吹きだまりやで。」
「なーんでこんな会社に入ってしもーたかなぁ。」
「まぁ、とりたてて一生懸命就職活動したわけでもないし、いわゆる自業自得ってことやけど。」
「ショーケン会社に入ったツレとか、ボーナス5ヶ月分あったらしいで。」
「世間はバブルで浮かれてるのになぁ、俺らにはなぁーんも関係あらへん。」
「どこをどう間違ったかなぁ。」
「もともとそうやってこきつかわれる運命やったんやって。」
「せやけど、もうちょっとおもろいことあってもええやろ。」
「そうや、あれ、弾いてみてや。映画のエンディングの曲。」
「“After'45”やな。」
「かなしーみうぉぉおーっ、ぬぐいさぁーれずにぃー、ってやつ。」
「うーん、コードわからんけどこんなんかなぁ。」
D、A、G、うーん、次はAか。
「おうおう、そんな感じや。」
悲しみを拭い去れずに
君は夜の川を渡る
忘れなよ、忘れてしまえ
悪い夢にうなされていたのさ
ヨースケが立ち上がって歌う。
石橋凌になりきって、腕を大きく振り上げて。
誰かが缶ビールをプシュッと開けると大きく泡が吹きこぼれる。
僕は一生懸命コードを押さえてギターをストロークする。
薄い木製の扉がドンドンと叩かれ、隣の部屋の先輩が「おいっ、お前ら何時やと思うてんねん。俺、明日朝配やねん。」とかなんとか叫んでいるのを無視して、僕たちは騒ぎ続けた。


“After'45”

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砂丘1945年 / ARB







♪Two Punks

喫茶店のアルバイトは退屈だった。
人通りの多い繁華街の大衆喫茶、薄暗い室内、たいしてうまくもないブレンドコーヒーに立地がいい分それなりに代金をとるふつーのカレーライスやナポリタン。バイトの時間が6時から10時だったせいもあるかもしれない。普通の人間はその時間帯はコーヒーなんて飲まずに飯食うものだからね。
退屈なアルバイトの唯一の楽しみは、有線放送にリクエストすることだった。
お店ごとに割り振られた有線をリクエストできるコード番号があって、それを告げるとリクエストを受け付けてくれる。リクエストしてから30分くらいするとその曲がかかる。曲が終わるとまた電話ボックスへ行って10円玉を入れ、次の曲をリクエストする。
選局していたのは日本のポップスのチャンネルだったから、大抵は当たり障りのない歌謡曲、当時だと松田聖子や中森明菜、それに毒にも薬にもならないポップなニューミュージック、、、杉山清貴とオメガトライブとかさ、、、が流れるのだ。そこにあえてハードなロックをリクエストするのが好きだった。シングル盤しかリクエストできなかったので、スターリンの“ロマンチスト”をリクエストしたり、戸川純の“レーダーマン”を掛けてもらったり、基本日本語の曲しかかからないのを逆手に取ってVOWWOWの英語のシングルをリクエストしたり。なんてことのない歌謡曲の次にエキセントリックなシャウトや音圧の高いハードなロックがぎゅわんぎゅわん流れて、くつろいでいる店の客の顔がちょっと歪むのを見るのが好きだった。

ある日、あまりにも退屈だったんで賭けをすることにした。
大好きなロックが掛かっている間、一切仕事をしない。客に呼ばれてもその曲が掛かっている間は無視する。
それで客とケンカになっても構わない。クビになっても構わない。
そうなったらそうなったで面白いじゃないか。ただボサッと銀色のお盆を持って突っ立っている退屈よりはずっとましじゃないか。
このまま日和見しながらペコペコと頭を下げる毎日が続いていくのか、それとも自分の意思を曲げずに貫いていけるのか、その賭けに、自分のこれからの生き方が懸かっている気がした。
どうせなら、めちゃくちゃ長い曲にしてやれ、と選んだのは、ザ・モッズの“Two Punks”のライヴ・バージョン。“激しい雨が”のシングルのB面に入っていた、8分以上もあるやつだ。
トイレに行ってきます、と持ち場を離れて公衆電話を掛ける。
係の女の人は僕の目論見など知るはずもなく無機質な声でそのリクエストを受け付ける。30分ほど経って、突然静寂になったかと思うと歓声が聴こえ、レゲエのビートのカッティングに合わせて森やんが歌いだす。
虚ろな街に風が吠え抜ける
俺たちはアスファルトの上
転げ落ち
観客といっしょに歌うヴァースがしばらく続く。
そしておもむろに森やんが“みんなのため、トゥー・パンクス!”と叫ぶと、ビートが加速する。
店の空気が少しだけ熱くなる。
客の顔が少しだけ歪む。
銀色のトレイを持って突っ立ちながら僕は、もっと音量上げろよ、と思っていた。
もっと、もっとデカイ音で聴かせてくれ。
俺をぶっ飛ばしてくれ。
もっと、もっとだ。
ここにいる奴らをみんなぶっ飛ばしてくれ。
Two Punksしばられて
Two Punks見張られて
Two Punks 逃げられない
一度だけ、僕の少し前のテーブルにいた客が、水のおかわりかなんかで僕を呼ぼうと少し片手を上げたけれど、僕は完全に無視をした。
少し離れた場所にいた島田紳助似のアゴの出たヤンキー上がりの先輩が僕に目配せしたのも無視した。紳助は、チッと軽く舌打ちをしたように見えたけれど、とりあえず客の対応に動いた。
俺たちは乗ることができなかった
俺たちは乗ることができなかった
俺たちは乗ることができなかった
俺たちは乗せてもらえはしなかった
ビートがどんどん早くなり、森やんがシャウトする。
そして曲が終わる。
音楽は少年隊に切り替わり、店の空気も元に戻る。
結果的には、何にも起きなかった。
客が怒りだすことも、紳助に文句を言われることもなかった。
もし客が怒りだしたら「うるせぇ」って言ってやるつもりだったけど、そういうことにはならなかった。
何にも起きなかった。
でも、18才だった僕にとって、それは、とても大きな意味を持つ8分間だった。



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ザ・モッズ : 激しい雨が cw/Two Punks


なんば地下街喫茶V

その喫茶店は、地下街の中にあった。
通学経路の乗り換えターミナルだった難波駅。店頭にはコーヒー豆を売るコーナーがあり、室内はやや薄暗く、4人掛けのテーブルがいくつかの島に分かれて15ばかりあっただろうか。
コーヒーはブレンドとアメリカン、他にはミックスジュースやクリームソーダがあり、サンドイッチやカレーやナポリンといったいくつかの軽食メニューがあった。つまりは駅のそばという立地だけが売りの安っぽい喫茶店だ。
浪人して受験なんてまっぴらだと思った僕は、とりあえず滑り込んだ京都の三流大学に通うことになった。
自宅から学校までは電車を4つ乗り継いで2時間。下宿なんてさせるお金はあらへんで、という親にそれ以上借りを作りたくなくて、僕は下宿をするための資金稼ぎのアルバイトを始めたのだ。たまたま通りがかった喫茶店にアルバイト募集のビラが貼ってあった。時給は確か750円。夕方6時から閉店の10時まで一日4時間を週に5回。高校時代、休みの間のバイトはいくつもやったけど、週5とかでちゃんと働くのは初めてだった。
ポマードをべったり頭に塗りたくった小太りの店長がいて、島田紳助似のヤンキー崩れのウェイターが店内を仕切っていて、薄いブラウンのカッターシャツとブラウンのネクタイと黒のスラックスを貸与された。ウェイトレスは紺のチェックのブラウスだった。
そもそも郊外の田舎町で育った金のない高校生だった僕は、喫茶店なんてろくに行ったこともなかったから、最初はヘマばっかりやらかしていた。
「オーダー入りまーす。ミックスサンド1。」
「飲み物は?」
「えっ?」
「普通、サンドイッチ注文したら、飲み物も頼むやろーがっ!」
「いや、お客さん、何にも言われてなかったですけど。」
「水でサンドイッチ食う奴おらんて。もう一回聴いてこいや。」
「は、はぁ。(そーゆーもんなんかなぁ、、、とほほ。)」
みたいな。
あまりに僕が世間知らずなので、僕はボンというあだ名をつけられた。関西弁で言うボンボン、お坊ちゃん育ちという意味だ。

2、3ヶ月してちょっと仕事に慣れた頃、新しいアルバイトが入ってきた。3つくらい年上のやぼったい男で、確かシモヤマとかいった。
シモヤマくんはロックが好きで、パチンコが好きで、大学に行っているとか訳あって休学中だとかなんかそーゆーことを言っていた。喫茶店には有線が入っていて、休憩時間に10円玉を握りしめて好きな曲をリクエストするのだけがこのアルバイトでの唯一の楽しみだった僕は、シモヤマくんと同じシフトの日にはロックの話ができるのが楽しみのひとつになった。
「ナイトレンジャーのニューアルバム、かっこよかったで。」とシモヤマくん。
「そうなんや。まだ聴いてへんけど。最近はハード・ロックよりも、スタイルカウンシルとかトーキングヘッヅがよかったかな。」
「スティングもソロはジャズっぽかったしな。」
「MTVで観たわ。」
「あと、エアロスミスが復活アルバムをレコーディング中らしい。」
「え、まじで。RUN-DMCで当たったから調子乗っとんな。」
「クラッシュも新メンバー入れて活動再開、ミック・ジョーンズは新しいバンドを結成したらしい。」
「へー。そらすごいな。」
そんな具合。

そんなふうにして夏休みも終わる頃、シモヤマくんが、なんだか妙に深刻な顔をして「バイト終わったらちょっとええか。深刻な相談があんねん。」って言ってきた。
なんだかよくわからないままバイト上がりに居酒屋へ行き話を聞いた。深刻な話とは、つまり金を貸してくれということだった。なんだかよくわからないままだったけどよほど深刻なんだろうと思って、僕はなけなしの貯金の中から3万円を貸した。
「助かるわぁ。これで学校辞めんで済むわ。来月の給料日には返すから。」

その翌週。
シモヤマくんはバイトに来なかった。
急用ができたとか、体調が悪いとか。
一週間が過ぎ二週間が過ぎてもシモヤマくんから音沙汰がない。
不安にはなった。でも、きっと何か理由があるんだろう、と思うことにした。信じて貸したんだからと誰にも相談しなかった。
結局、給料日が明けてもシモヤマくんからの連絡はなかった。
「店長、実は、シモヤマさんのことなんですけど。」
「あいつ?もう来ぇへんで。おとついくらいか、給料取りにきて、辞めるって。」
「え、、、」
僕の顔は真っ青だったはずだ。
「どうしたんや。」
「実は、金貸してたんです。給料日には返すからって。」
「あほやな、お前。そりゃ戻ってこんで。無理無理。あんなんに貸した方が悪いわ。見たらわかるやろ、だらしなさそうなとこくらい。」
「そんな、、、」
「先に相談しといてくれりゃ、給料から差し引くこともできたやろうけど、もう渡してしもたがな。どないもならんで。」

社会っていうのはこういうとこなんだ。
自分の馬鹿さ加減が身にしみた。
そうやんな。店長の言うとおりだ。
なんて甘ちゃんなんだ、僕は。
店長は落ち込んでいる僕をよそに、バイトメンバーにそのことを言いふらしまくる。
「ボンな、シモヤマに金貸しててんて。」
「えー、まじで。」
「なんぼ?」
「3万。」
「うそっ。ありえへんな。」と厨房のヤマグチさん。
「俺に貸してくれたら、パチンコで倍にして返したんのに。俺にもなんぼか貸してくれや。」と紳助。
「3万あったら、ソープ行ってドーテー卒業できたのにな、ハハハハハ。」
「2週間分、タダ働きっ。ご苦労っ!」
「お前、ほんまボンやな。ボンボンやのうてボンクラのボンや。」
「そんな可哀想なことゆーたりなや。言われてもしゃーないけど(笑)。」とヤマグチさんと付き合っていたウェイトレス。
「・・・なんとかなりませんかね。」
「そら無理やろ、お前。借用書とかももろてへんねやろ。」
「・・・はい・・・」
僕はただただ小さくなって、逃げ出したいような気持ちをただただじっと堪えるしかなかった。

今の僕を知っている人からすれば、きっとピンと来ないエピソードだと思う。
今の僕はそんな気の弱いキャラとはとても遠いところにいる。むしろ、頑固で理屈っぽくて、誰に対しても物怖じせず言いたいことを言いまくっている、一癖も二癖もある男だと思われているはずだけど、あの頃はそうじゃなかったんだ。ほんとうに子供だったと言えばそうなんだけど。

10月も過ぎた頃、なんとか目標だったお金を貯めた僕は、大学の近くに下宿するためにバイトを辞めた。3万円はとうとう返ってこなかった。
その喫茶店は今もまだ難波駅の地下街の中で営業していて、たまに仕事の用事や実家へ帰る途中なんかにその喫茶店の脇を通ることがある。
悔しいけれど、ああいう経験したことで強くなったことは確かだ。
誰かがどこかで腹を空かせながら狙いを定めている。弱みを見せたら食いつかれる。そんなサバンナみたいな世の中で、いっちょまえに生きていくためには、したたかでなくっちゃいけない。自分の意思を強く持っていなくちゃいけない。あの頃、そう強く思ったんだ。



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The Dream Of The Blue Turtle / Sting




続・音楽歳時記「小満」

雨があがって新緑がきれい。風が爽やかに吹き抜けて、道端にはたんぽぽの黄色い花が揺れていた。
暑くもなく寒くもなく、とても過ごしやすい休日。
コンビニ限定のポテトチップス“パクチー&レモン味”をかじりながらプロ野球中継をだらだら眺めていた。
こういうなんでもない一日がシアワセだと思う。
せっせと5日間働いて、2日休むっていうのはちょうどいいバランスなのかもしれない。
節季は21日が「小満」。
「小さく満たされる」っていうのはなんかいいよね。
50も過ぎると、人生に高望みはしない。今さら億万長者になりたいとも美女に囲まれてちやほやされたいともあんまり思わない。そもそも人生のおいしいところって、そーゆーわかりやすいところにはないって知ってるからね。

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There Goes Rhymin' Simon / Paul Simon

こんなよく晴れて穏やかな季節に聴きたいアルバム、ポール・サイモンの「ひとりごと」。
どこかで書いた気もするけど、ポール・サイモンは僕の憧れの人のひとりで、この人の表現へのスタンスは、とてもバランスがいいと思うのですよね。っていうか、自分がいいな、と感じるバランス感覚にとても近い、といった方が正しいのかな。
基本スタンスとしては誠実、真面目。でも意外と杓子定規なクソ真面目ではなく、ユーモアのセンスもあるし、何よりとてもポップ。真面目だけど従順ではなく、時には反逆的ですらあるけれど、その反逆は暴力的ではない。好奇心旺盛で学究的スタンスも強いけれど、マニアックにはならない。根本的にはペシミスティックでありながらネガティヴではなくどこかあっけらかんとして突き抜けていて、繊細だけどしたたかでもあって、芯のところではとてもタフで。
作品にしても、詩やメロディーにとてもこだわりがあるようなイメージが強いけれど、実はリズムとアンサンブルが素晴らしいのですよね。新しいリズムへのチャレンジとトラディショナルな音楽へのリスペクト。そういうバランス感覚がとても素敵なのです。
こんなに天才的なすんごいミュージシャンで、実際スーパースターであるにもかかわらず、ポール・サイモンの立ち位置ってのはどこか地味なんですよね。
生真面目キャラを背負って時々イライラしたり悲観したりもしてそう。でもだからといってポール・サイモンが例えばミック・ジャガーみたいな華麗な人生を求めているかっていうと、時には憧れるかも知れないけれど自分には向いてないって思ってるんじゃないかな。結局自分らしいのが一番で、自分がいいな、好きだな、と思えるのが一番。

日々はいろいろあるけど、こーゆー感じで真面目にコツコツやるのはけっこう好き。
クソ真面目じゃなくって、自分なりのペースとリズムで楽しみながら、真面目にやるんだ。
誰かに強制されてじゃない。そーゆーのが好きだから。
そんなとき僕は小さく満たされる。
それが一番だ。



♪指鹿為馬

中国に「指鹿為馬(しかをさしてうまとなす)」という故事があって、「馬鹿」という言葉の語源のひとつとされているそうだ。

秦の2代皇帝・胡亥の時代、権力をふるった宦官の趙高は謀反を企み、廷臣のうち自分の味方と敵を判別するため一策を案じた。
彼は宮中に鹿を曳いてこさせ『珍しい馬が手に入りました』と皇帝に献じた。皇帝は『これは鹿ではないのか』と尋ねたが、趙高が左右の廷臣に『これは馬に相違あるまい?』と聞くと、彼を恐れる者は馬と言い、彼を恐れぬ気骨のある者は鹿と答えた。
趙高は後で、鹿と答えた者をすべて殺したという。
(Wikipediaより)

毎日新聞のインタビューで辺見庸さんが、この故事を持ち出して、昨今の政権と官僚のことを揶揄していた。

さて、「馬」と答えて生き残った者と「鹿」と答えて殺されたもの、どちらが馬鹿なのでしょう。

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Won't Get Fooled Again / Thw Who



東灘区御影

先日、久しぶりに神戸へ出掛けたときのことだ。
阪神電車に揺られ、ぼんやりと窓の外の景色を見ていた。
尼崎を過ぎ、芦屋を越えて電車は神戸に入る。左手にはぼんやりとした海、右手にはごちゃっとした町並みとその向こうに六甲山。
やがて電車は御影駅を通りすぎる。
あ、なんだかこの駅、見覚えがある。ここで何かを経験したことがあった気がする。
そして、ずいぶんと長いこと忘れていた記憶が、そのときに感じた何ともいえない感覚ごとふわりと浮かんできた。

あれは、大学生になったばかりの初夏の頃だった。
小学校のときのクラスメイトだったタカノから、神戸の大学に受かり下宿することになったからって葉書が届いて、ずいぶん懐かしくって遊びに行くことになったんだ。住所は東灘区御影。
駅を降りて下宿に電話すると、タカノが原チャリに乗って迎えにきてくれた。
僕はその原チャリの後ろに乗せてもらって、神戸特有の長い長い登り坂を上って下宿に向かった。当時はまだ原チャリにノーヘルで2ケツしてもOKだったのだ。
タカノと会うのは小学校の卒業式以来だった。
タカノは勉強ができてスポーツも万能でもちろん女の子たちにもモテモテで、勉強は中くらいでスポーツはまるでダメだった僕とはまるっきり違っていたのだけど、なぜか僕とはよくウマがあった。学校の帰りによく道草をしながら、タカノの家によく遊びに行った。木造平屋の市営住宅で、ほんの申し訳程度の小さな庭があった。
タカノには年の離れたお兄さんがいて、お兄さんの部屋にはギターがあって、壁には外人のタレントのモノクロのポスターが貼られていた。
「この外人さん、誰?」
「ビートルズ。」
「へー。知らんわ。」
「もう今は解散してるらしいけどな。」

秀才だったタカノは教育大学の付属の中学校に合格し、春休みに大阪市内へ家族で引っ越した。元々小学校を出たらそうする計画だったのかも知れない。僕は普通に地元の中学に通った。引っ越しの数日前に「遊びに来いよ。」「そのうち行くわ。」とかなんとか話をして、それから幾度か葉書をやりとりして、やがてお互いに音信不通になった。あの年頃の友達同士なんて、まぁそんなものだろう。

タカノの下宿は、六畳ほどの小さな部屋に、玄関からつながったキッチンがついていた。
窓の外には阪急電車が走っていた。窓の外、というよりも感覚としては窓の上。ガラガラと窓を開けるとちょうど目の高さに線路の枕木や敷石が見える。神戸は坂道だらけの町で、北へ行くほどに土地が上がっていく。タカノの下宿は線路と東西を走る大通りの間の狭い敷地の中にへばりつくように立っていたのだ。
「ひさしぶりやなぁ。何年ぶり?」
「あんまり変わらんなぁ。」
「酒、どうや。とりあえず、飲もうか。」
その夜、何を話したのか、あまりよくは覚えていない。
ひとしきり共通の友人の話をしたあとはとりたてて話すこともなく、飲みつけないウイスキーをちびちびとやりながら、もっぱら宇宙の果てはどうなっているとか、ブラックホールは実はとても重たい重力を持った恒星で、とか、恐竜は実は大きな隕石が落ちてきて滅んだのだとか、そういうような話ばかりをしていたように思う。小学校の頃、そういう話ばかりしていたように。
時折窓の上からガタガタガタと電車が通りすぎると、部屋がガタガタガタと揺れた。

よく覚えているのは、その翌朝のことだ。
目が覚めると、キッチンから湯気が立っていて、母親が朝ごはんを作るようないい匂いがしていた。タカノと、知らない女性が穏やかな笑みを浮かべて楽しげに話している。
「お、やっと目、覚めたか。」
「お、おお、おはよう。」
ズキン。頭が痛い。飲みつけないウイスキーのせいだ。
「タカノくんとお付き合いさせていただいているヨシオカといいます。」
と、その女性は僕に挨拶をした。
すらっとして色白でとても聡明そうで、しとやかな大人の雰囲気が漂う女性だった。
「俺さぁ、今日昼からバイトあるの忘れてたんだよな、もうちょっとしたら出かけなきゃいけないんだけど、せっかくだし飯食ってゆっくりしていけよ。」とタカノ。
「え、いや、そんな、悪いし。」
「気にせんでええって。」
そう言ってタカノは身支度を始める。
ヨシオカさんが入れてくれたコーヒーを三人でいただく。
「小学校の頃からのお友達なんですってね。タカノから聞いてます。学校は京都?大阪から通うのってけっこうたいへんね。」
「え、ええ、まぁ。」
「じゃ、俺行くわ。また遊びにきてな。」
そういってタカノは靴をはく。
部屋には女性特有の甘い香りが漂っている。
壁には、ビートルズのポスターがあった。マッシュルームカットのスーツ姿のモノクロではなく、Let It Beの頃の髭ヅラの4人。
「僕も夕方からバイトなんで、ご飯いただいたら帰ります。」
ヨシオカさんはニコニコと笑みを浮かべながら、とりとめのない話をする。窓の上を阪急電車がガタガタガタと通りすぎていき、そのたびに彼女の言葉はしばし中断した。僕はときどき相づちをうちながら、その甘い香りに、とても居所のない頼りない気持ちと、こういうものにずっと包まれていたいような柔らかい気持ちと、なんでこうしているんだろ的不思議感の混ざった複雑な気分で気が遠くなりそうだった。
小学校のクラスメイトと、神戸の下宿にいる彼女がどうしても現実として結びつかないまま、タカノのいる場所と僕が今いる場所がとてつもなく宇宙的に離れているような気がした。タカノは宇宙飛行士の姿をして宇宙船から地球を眺めていて、僕は地べたでアリのようにはいつくばっている。その距離はとても縮まらないどころか、どんどんと離れていき、タカノとヨシオカさんは遠い星になって僕は手の届かない場所からそれを呆然とただ見上げていた。

結局それ以来、タカノと会うことはなかった。
フェイスブックで消息はなんとなく知ったものの、連絡はしていない。
あの電車の線路の下にへばりつくように立っていた下宿は、きっと今はもうないだろう。
あのとき感じたクラクラするような遠い距離感を誰かに感じることもおそらくこの先二度とないだろうと思う。



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I've got a feeling / The Beatles


♪グレーのパーカーにまつわる小さな事件

いつもの通勤電車。
僕は車両の一番奥の、隣の車両への扉の辺りに吊革を握って立っていた。
すし詰めというほどではないけれど体を少しでも動かせば隣の人の体に触れるくらいには混んでいる。
いつものように電車はターミナル駅に着いた。
降りようとするのだけれど、通路が満員なのに椅子に座っていた人たちがその満員の通路に立ち上がるのでその入れ替わりがもたもたとしていてなかなか動けない。
僕の横で立っていた大学生くらいの女の子はこの駅で降りないらしく、前の席の女性が立ち上がるのを待っている感じだった。ようやく通路が少し空いて、座っていた女性が立ち上がり扉へ向かう。
そのとき、大学生っぽい女の子が急にしゃがんで、床に落ちたグレーのパーカーらしきものを拾いあげる。座っていた女性が立ち上がったときに落としたらしい。その女性は気づかずに降りてしまったらしい。
僕はその女の子の後ろをすり抜けて扉に近づいてから、その女の子が困惑していることに気がついた。
拾いはしたものの、彼女はその駅では降りない。つまり、落とし主を追いかけて手渡してあげることができない。

あ、

そう思ったときにはもう遅かった。
僕は電車を降りてしまい、扉は閉まろうとしていた。
彼女はグレーのパーカーを手に持って困惑したままだった。
そして扉が閉まって電車が動き出したとき、彼女はそのパーカーを、そっと網棚の上に置くのが見えた。
電車は駅を離れていった。

「渡してこようか。」と、どうして声を描けることができなかったのだろう。
2秒。ほんの2秒だけ、気づくのが遅かった。
あ、と気づいてから状況を再確認できるまでの一瞬の躊躇。
せっかくの彼女の優しさのバトンを受け取ってあげることができなかった。
そのことで、ずいぶんともやっとした気持ちが残ってしまった。僕にも、その女の子にも、そしてパーカーを落としてしまった女性にも。
おそらくは、終着駅で網棚に残ったままのグレーのパーカーは、駅員さんに見つけられただろう。よくあることとして終着駅で遺失物として取り扱われるだろう。落とし主の女性に探す気持ちと時間の余裕さえあれば、グレーのパーカーは彼女の元に戻るだろう。彼女はほんの不注意で時間を浪費したことをもやっとした気持ちのまま受け入れるしかないだろう。
パーカーを拾った女の子も、きっともやっとしているだろう。パーカーを網棚に残したまま電車を降りるとき、きっと心が痛んだだろう。自分が降りるべき駅ではなかったけれど、降りて追いかけるべきだったのかもと自分を責めているかもしれない。落とした方が悪いんだ、そのせいでどうして私がもやっとしなきゃならないの、と思っているかもしれない。彼女はまた同じことがあったときは、拾いあげることすら躊躇してしまうかもしれない。
そして、その状況にほんの一瞬立ち会ってしまった僕ももやっとした気持ちが残ったままだ。
どうして一言声を掛けることができなかったのか。さっとパーカーを受け取って、素早く落とし主を追いかければ、誰ももやっとすることはなかったのだ。
こういうもやっとした気持ちの積み重ねが、人と人との関わりを消極的にしてしまう。そういう経験の積み重ねが、世の中の平和を少しずつ悪い方向へ回転させてしまうのだと思う。

ずっと前にね、電車の中で鼻血が出て、カバンを探してもポケットを探ってもティッシュがなくって困っていたときに、さっとティッシュを差し出してくれた人がいたんだ。そのとき、こういう人になりたいって思ったんだ。
そういうことが自然にできる人こそが、本当の大人で、そういう人たちが世界を平和にしているんだと思う。
とっさのときの判断力と行動力。そういうことの大切さを、僕らはあの大きな地震から学んだはずだったのに。
反省。


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日々のあわ / ハナレグミ

「きのみ」


続・音楽歳時記「立夏」

5月5日、立夏。
連休の真っ只中の土曜日は、さわやかな青空。
過ごしやすくて、明るくて、元気溌剌。
なんとなく青春っぽい感じ。
で、青春っぽいといえば、初期ビートルズだ。

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Please Please Me / The Beatles

“I Saw Her Standing There”で始まって“Twist and Shout”で終わる。
それだけでこのアルバムは満点だ。
この二曲、中学生の頃に最初に聴いたビートルズのベスト盤には入っていなくて、そのあとでラジオで聴いて「なんでこんなかっこええ曲がベスト盤に入ってへんねんっ!」って思った記憶がある。どうやら世間で思うビートルズの良さと自分の感じ方は少し違うのかも、と。
このアルバム、この二曲以外ハチャメチャなロックンロールは入っていなくってあとはミディアムものがほとんどだけど、いわゆるスローなバラードものは一曲もないっていうのもいい。
“Chains”“Boys”と続くカヴァー曲の楽しそうでイキイキした感じや、ジョージやリンゴが歌っているのもバンドっぽくていいし、“P.S I Love You”や“Baby It's You”もなんとなく青春っぽくっていい。もちろんヒット・シングル“Please Please Me”と“Love Me Do”も入ってる。
なんだかんだとアルバム単位ではこれが一番よく聴くビートルズかもしれない。これに“I Wanna Hold Your Hand”と“She Loves You”も入っていれば完璧。
いや、おっさんくさくてもっさりした“Taste Of Honey”だけは、なんでこんなの入れたんだって思うけど(笑)。ま、色んな事情があったんだろうな。
そういう蘊蓄はきっとビートルズ・マニアな人たちがいくらでも語ってそうだけど、個人的には、ビートルズに関しては、なんとなくあんまり語りたくない気分がある。いろんな人がいろんな切り口で語ってきたし、その語り口はともすれば音楽そのものよりも、社会現象的な側面や文化史的な面ばかりがクローズアップされたり、或いはどうでもいいトリビア的な情報に終始するマニアックなネタばかりだったりもして、正直そういうのにはうんざりなんだよね。
僕が聴きたいのは純粋に音楽としてのビートルズ。
そして僕が好きなのは、音楽史的意義がどうだのこうだの革新的な音楽的実験がどうだのこうだのではない、バンドとしてのビートルズ。
で、バンドとしてのビートルズの味わいは、やっぱりファースト・アルバムが最強だ。
なにしろ“I Saw Her Standing There”と“Twist and Shout”が入ってるんだから。
このイキオイ、溌剌感、怖いものなし感、いろいろあるけどぶっ飛ばしていくぜーって感じは、ロックンロールの最高のエッセンスが詰め込まれていると思う。



♪ゴールデンウィーク対談:監獄ミュージック

golden(以下g):「ゴールデンウィークといえば、大掃除の季節ですねー。」
blue(以下b):「そうなんか?」
g:「普通、大掃除といえば年末ですが、あの時期はいろいろ忙しくて。それに寒くて動くのめんどくさいでしょ。厚着では動きにくいし、窓開けても寒いし。」
b:「雑巾絞るのにわざわざお湯沸かしたりな。」
g:「この時期なら休みもとれるし、冬物片付けるのと一石二鳥なわけさ。」
b:「わりと一理あるな。俺は年末にするのが好きやけどな。」
g:「で、大掃除ついでのお題なんだけど。」
b:「はぁ。」
g:「部屋にCDいっぱいあるじゃない。」
b:「そんなでもないやろ。1000枚くらいちゃう。」
g:「いや、それはじゅうぶん多いよ(笑)。」
b:「そういうもんか?まぁ、この先一生聴かんのもありそうやけど(笑)。」
g:「実際に処分するわけではないけどさ、もしこの中から5枚しか手元に残せないとしたら何を選ぶ?ってのを語り合うってのはいかがかと。」
b:「いわゆる、よくある『無人島CD』の類いやな。」
g:「まぁ、いわゆるよくある(笑)。」
b:「俺、無人島行かへんし(笑)。そもそも無人島で音楽聴かれへんよ。」
g:「だから、無人島じゃなくって、究極の断捨離をするとしたら、みたいな想定で。」
b:「それやったらむしろ、『独房に入れられて何年も過ごさないといけないときに、5枚だけCDの差し入れが許されるとしたら何を持ってきてもらう?』の方がええんちゃう?」
g:「なんか、それ妙にリアル(笑)。まぁなんでもいいんですけど。」
b:「無人島より可能性あるやろ(笑)。」
g:「ポイントは、『好きな5枚』とか『生き方に影響を受けた5枚』とかのニュアンスじゃなくって、日常生活の中でいつも聴けて長く聴き続けられるとかね、気分を変えたいときにはなくてはならないとかね、そーゆー感じ。」
b:「『i-podから消せない5枚』、みたいな?」
g:「まぁ近いけど。」
b:「とりあえず真っ先に思い付くのはあれやな。」
g:「あれってどれ?」
b:「黄色いレコード。」
g:「ピストルズ?」
b:「そう。セックス・ピストルズ“Never Mind The Bollocks”。あれは最強やで。何かイラッとするときとか、ぶっ飛ばしたい気分のときとか、あれを爆音で聴くだけでスカッとするでー。」
g:「一発で気分変えられるっていうのは音楽の魅力だからね。」
b:「これはまじマストやで。」
g:「僕も一発で気分が変わるやつを。ピストルズとは真逆だけど、ロイ・オービソン“The Very Best Of Roy Orbison”。」
b:「甘っ!」
g:「これ聴くと、なんていうか、スイートでセンチメンタルな気分になれるのですよね。」
b:「まぁ、この時代のロックンロールは粋っていうか、雰囲気ええわな。」
g:「エルヴィスとかサム・クックもいいんだけど、ロイ・オービソンが最強かと。」
b:「最強かつ鉄板のマスト・アイテムといえば、フェイセズやな。」
g:「70年代ブリティッシュ・ロックのど真ん中。」
b:「どのアルバムもいいんやけど、解散直前のシングルまで入ったベスト盤が一番へヴィーローテーションかな。2枚め、フェイセズのベスト盤“Snakes and Ladders”で。」
g:「とりあえずめっちゃ元気になる感じだもんね。」
b:「この系統のロックンロール・ミュージックといえばまずはストーンズなんやけどな。でも、ストーンズよりも朗らかでユーモアがある感じが好きやねんな。」
g:「僕も2枚目は王道で。ポール・サイモン。S&G解散から“Graceland”の時代までのベスト盤、ポール・サイモン“Born At The Right Time”を。」
b:「やわいの好きやなぁ。。。」
g:「いや、ポール・サイモンはけっこう硬派よ。シニカルだけどユーモアもあるし、リズムがかっこいいよね。」
b:「レゲエ演ったり、ニュー・オリンズに行ったり、南アフリカに行ったり。」
g:「新しいリズムを貪欲に取り入れていくという点ではストーンズと共に時代を作った人ですから。っていうか、聴いてて単純に気持ちいいのですよ。」
b:「リズムといえば、レゲエを一枚入れておきたいね。監獄で躍りたくなったときのために。」
g:「いいね。」
b:「ジミー・クリフ“Follow My Mind”。」
g:「あ、それ僕も候補に入れてた(笑)。」
b:「70年代後半のジミー・クリフは、すっごくソウルっぽさもあるし、おおらかで、ゆるいのがええねん。」
g:「でもレゲエが本来持つレベル・ミュージックとしてのファイティング・スピリットもビシバシ感じますよね。」
b:「なんていうかな、元気出るよな。」
g:「僕の3枚めは、これもベスト盤で申し訳ないんだけど、ザ・フー“The Very Best Of The Who”。」
b:「あ、それ、俺の候補・・・。」
g:「やっぱり被った?」
b:「ビートルズちゃうんや?」
g:「ビートルズももちろん捨てがたいんだけど、ビートルズのベストはわりとすぐに飽きそうで。」
b:「ビートルズ・ファンに怒られるで(笑)。」
g:「初期のロックンロールのアルバムだと尺短いじゃん。でもベスト盤はいらない曲も多っくって。」
b:「わかるけどー。」
g:「フーはね、飽きないのよ。ドラムだけ聴いてても楽しめるし、ベースだけ聴いててもかっこいいし。」
b:「なるほどなぁ。」
g:「さて、あと二枚。」
b:「パンクとブルースの俺としては、ブルースのアルバムを入れないわけにはいかんわな。」
g:「監獄といえばブルースですか。」
b:「大好きなのはいっぱいあるけど、アルバムとしてバランスが良くて、バラエティーもあって聴き飽きないという点でいえば、ジミー・ロジャース“Chicago Bound”やな。」
g:「あえてマディやロバート・ジョンソンではなく?」
b:「そう、ハウリンウルフでもジミー・リードでもなく。」
g:「歌もギターもかっこいいよね。」
b:「なんちゅーんかねぇ、職人の矜持的なね。黙々と裏方に徹しつつ、実はけっこう熱い。」
g:「ポップだしね。」
b:「あんまりどろどろ過ぎると救いようがなくなるやろ。監獄やと。」
g:「救われる、癒される感じというところで、僕の4枚めはオールド・ジャズ。レスター・ヤング&テディ・ウィルソン・カルテット“Pres and Teddy”。」
b:「懐かしくてゆるーい感じがいいね。」
g:「なんかね、歌ものがうるさく感じる気分のときがあるような気がして。」
b:「あぁ、なるほど。」
g:「穏やかに、メロディーとリズムに身を委ねる心地よさ、みたいなね。ピアノやサックスの音もすごくあたたかいし。」
b:「一人で浸れる心地よさね。」
g:「そうそう。」
b:「最後の5枚めはそういうのにしておこうかな。70年代のトム・ウェイツのベスト盤、“Used Songs 1973-1980”。」
g:「渋い。」
b:「監獄暮らしで孤独をかみしめるときに、孤独な自分と向き合える強さみたいなのが、トム・ウェイツにはある気がすんねんな。」
g:「深い響きがあるよね。」
b:「罪を受け入れて赦してくれそうな、そんな深さっていうか優しさっていうか。そういうのが沁みるなぁ。」
g:「さて、ラストの1枚。やっぱり5枚に絞るのって難しいねー。」
b:「言い出したの、おまえのほうやん(笑)。」
g:「ここまで選んだのを見てみるとね、80年代ものが入ってないね。」
b:「まぁ、やっぱり70年代はロックの黄金時代やし、絞りこんだベーシックなものとなると50年代60年代になってくるか。」
g:「あと、女性も入ってないな。」
b:「あぁ、そうやなぁー。たまには聴きたくなるかも、女の人の声。」
g:「アコースティックで和めるのがいいね。80年代で、女声ヴォーカルで、ちょっと落ち着いたアコースティックなレコードといえば、僕ならフェアグラウンド・アトラクション“The First Of A Million Kisses”だね。」
b:「“Perfect”、好きやったわ。」
g:「エディ・リーダーの大人っぽいのにちょっとこじらせてる感じがいいよね。」
b:「ほっこりするし、ちょっと切ないし。」
g:「アコギやウッド・ベースの音もすごく体温があるしね。」
b:「独房で荒んだ心が癒されるかもなぁ。」
g:「これで5枚ずつ。」
b:「うーむ、このセレクトで良かったんやろか。ソウルやR&Bのオムニバスがあってもよかったかな。」
g:「まぁ、迷いだしたらキリがないよね。」
b:「爆音ロックンロールはピストルズを選んだので外れたんだけど、ジョニー・サンダース&ザ・ハートブレイカーズの“L.A.M.F”も入れときたかったなぁ。あとパティ・スミスにテレヴィジョン。」
g:「そりゃ、リトルフィートやJガイルズ・バンドあたりもあるといいんだけど。それからニール・ヤングとトム・ペティとボニー・レイット。」
b:「もちろんストーンズもビートルズもやな。」
g:「リッキー・リー・ジョーンズも持って行きたいなぁ。」
b:「コステロかニック・ロウ、80年代ならアズテック・カメラかポーグスやな。」
g:「もうちょっとあとの時代だと、マシュー・スイートとスザンナ・ホフスの“Under The Cover”シリーズとかね。」
b:「あれは名曲がいっぱい入っててお得感あるな。」
g:「でもさ、意外と一番使えるのは、ヒット曲満載の、ボズ・スキャッグス“Hits”とかフリートウッド・マックの“Greatest Hits”とかだったりしてね。」
b:「気分は盛り上がりそうやけどな。」
g:「日本人は入れてなくてよかったの?」
b:「RCは本来マストやけど。」
g:「ただ、歌詞が直接頭に入りすぎるのは監獄という環境では不向きかもしれません。」
b:「必要以上に気持ちが乱され過ぎる。」
g:「音として聴き込むのならやっぱりアメリカ・イギリスになっちゃうね。」
b:「いざとなったら歌えばいいしな(笑)。」
g:「ずいぶん前に書いた『私を構成する9枚』とはだいぶ違うラインナップになったね。」
b:「まぁ、今回のは、日常的にずっと聴けるっていうのがコンセプトやからな。」
g:「二人であわせて10枚。これで孤独な監獄暮らしがだいぶましになりそうな気がするね。」
b:「とりあえずな。」
g:「でも、実際問題さ、監獄にCDって差し入れしてもらえるのかな?」
b:「知らん。たぶん無理ちゃうかー(笑)。」


●goldenくんの5枚
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Roy Orbison “ The Very Best Of Roy Orbison”
Paul Simon “Born At The Right Time”
The Who “ The Very Best Of The Who”
Lester Young & Teddy Wilson Quartet “Pres and Teddy”
Fairground Attraction “The First Of A Million Kisses”

●blueくんの5枚
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Sex Pistols “Never Mind The Bollocks”
The Faces “Snakes and Ladders”
Jimmy Cliff “Follow My Mind”
Jimmy Rogers “Chicago Bound”
Tom Waits “Used Songs”


♪ある春の日に、マイケル・ジャクソン

マイケル・ジャクソン?
そんな甘っちょろいもん、聴いてられっかよ。
そもそもちゃんとアルバムを通して聴いたこともない。
なんというか、動きがやかましいんだよな、マイケル・ジャクソン。
ちょこちょこチャカチャカした動きがやたら多くって。
音楽もそうだ。無駄な飾りが多すぎる。
効果音っぽいのとか、必然性を感じない轟音ギターが突然鳴ったり、いきなり奇声を発したり。

でもね、この曲は好きだな。
Heal The World”。
ベタな展開の曲だよ。
サビでコーラスが入って、だんだん盛り上げっていって、最後は大合唱、的な。
あざとい。いかにも狙ってる感じ。
メッセージも陳腐だ。
「世界を癒そう」だなんて、何様?そもそも癒せるもの?神様目線?
だいたい、癒されるとかヒーリングだとか、そういうのって好きじゃない。そもそも癒されようのない世界で生きていくんだっていう覚悟からロックンロールは始まっているんだ。
甘っちょろいんだよ。
でも、この曲を聴いていると、なんか泣けてくる。
涙がじわじわと溢れてきて止まらなくなる。
何度でも聴きたくなる。
聴き終わると、なぜか心が洗われたような気がする。

心の中にひとつの場所がある
それは愛
その場所は明日をより明るくしてくれる
もし本当に向き合うことができれば
泣き叫ぶこともない
痛みや悲しみを感じることもない
そこへ至る道はあるよ
生きることをもっと大事にすれば
小さな場所を作ろう
よりよい場所を
(Heal The World)

青臭いメッセージも、マイケルの声で歌われると素直に聴ける気がする。
この人はほんとうに、世界中の人々が、癒され、平和に暮らせることを願っていたんだと思う。ほんとうにそう感じられる。
立場の弱い人に威圧的に振る舞ったり、人の揚げ足をとっては馬鹿にしたり、誠実さのかけらもなく自分に都合のいいように嘘を重ねて事実を改ざんしたり、人々の暮らしを駆け引きの道具にしたり、爆弾を作って脅しをかけたり、よその国に爆弾を落としたりている偉い人たちに聞かせてやりたいよな。
森友・加計問題、公文書改ざん、防衛省の日報、財務官僚のセクハラ、或いはアメリカ大統領の振る舞いにしても隣の国の国家主席にしても、誤魔化しても隠しきれる、力で相手を黙らせることができる、と思っていることがそもそも大きな問題。時代錯誤。
そんなことを論じたいわけではないけれど、マイケルが歌う愛や人が生きることへの誠実な向き合い方がひとつも感じられないんだよな。

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History -Pats,Present and Future- / Michael Jackson

マイケルのバラードはいいな。
心が洗われる。
どーなってんの?だいじょうぶかよ?と思ってしまうようなことがいろいろある世の中だからこそ、心をクリアーにして鎮めておくことが必要だ。
マイケルのバラードはいいよ。
“You're Not Alone”もしみるし、“I Just Can't Stop Loving You”もぐっとくる。それから、ジャクソンズのアルバムに入っていた“Be Not Always”も泣ける。
「オフ・ザ・ウォール」の“She's Out Of My Life”も「スリラー」の“Human Nature”もいいし、「BAD」の“Man In The Mirror”にも世界を憂い何かを改めたいと願う気持ちが歌われている。

って、なんだかんだとけっこう聴いてるわけね(笑)。




◇みんなの図書室

「電車の中に乗っている人が全員スマホを見ていた」なんてことがよく言われる。
たいていは否定的な文脈で、新聞の投書欄なんてガキやジイサンがよくこーゆーこと書いてたりする。「近頃は」云々とか、「僕は読書をしたほうがいいと思う」みたいなトーンで。
確かに、こんな現象はこの数年のことだ。
でも、それは悪いことなのだろうか?
通勤電車、隣りあわせた見ず知らずの人たち、その人たちのと何か心を通わせる必要がどこにあるかしら?むしろそんなめんどくさい公共から離脱できるプライベートな空間を多くの人たちが手に入れることができたというのは、素晴らしいことなんじゃないのか、と天の邪鬼な僕は思うのです。
電車の中で本を読んでいても誰も否定しないのに。公共からの離脱、自分だけの世界への逃避、という意味では本もスマホも変わらない。
電車の中で新聞広げているおっさんが駆逐されたのはむしろスマホの功績だ。狭い中で無理やり畳んだり、隣の人のスペースまで広げてきたり、あれはけっこう迷惑だった。
公共の中での共感なんて求めちゃいないのに、そういうのを否定するのってなんだか矛盾してる気がするよね。
そういうありきたりでありがちなことを平気で言ったり、それにのっかってるのがどうもあんまり好きじゃない。
自分のアタマで考えずに世間の当たり前をなんとなく鵜呑みにしている奴がさ、普通の顔して普通に差別的なことやハラスな振る舞いをするんだ。そういう人たちが「この程度のことは昔から当たり前だった。」とハラスメントを擁護したり、「この国も武装すべきだ。あんたの息子を国のために貢献させるべきだ。」とか言い出すんだよ。
考えもせずにイメージにのっかって。

だいたい「読書」を持ち上げる人に限って、実はあんまり本なんて読んでいなかったりする。
読んでいたとしても「◯◯を◯◯するナントカの方法」だとかそーゆービジネス本やハウツー本程度だったり(笑)。
活字中毒者の実感としては、読書は、学んだり感性を磨いたり、自分自身を見つめなおしたり、という以前に、現実逃避のための有効なツールだ。現実逃避という言い方が否定的だとすれば、リアルの人生とは違う別の人生を覗き見るツールとでもいうか。たくさんのものを読んだ結果として知識や見聞が広がったり論理立てや表現力が高まったりすることもあるけれど、それは副次的なもの。結果のひとつであって目的ではない。
おそらくは読書の代わりにスマホを使うことによって得られる能力というのもきっとあるはずで、それはそれでこれからの時代を生きていくのに大切な能力になるのかもしれない。
だから読書を持ち上げるのはなんか好きじゃないな。
楽しみのひとつでいいんだと思う。


読書が心から好きなんだな、と思わせてくれる作家さんのひとりが、小川洋子さん。

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みんなの図書室 / 小川洋子

「みんなの図書室」という本は、文学作品を紹介するラジオ番組を本の形にまとめたもの。
紹介される本は、古今東西の古典から現代の作家、ベストセラーから恋愛もの、推理小説、エッセイ、絵本や児童文学までなんでもあり。
感想が素直すぎて食い足りない感もあるけど、評論家チックに頭でっかちじゃなく、純粋に好きな感じが伝わってきて好感がもてる。

楽しみとしての読書。
ツールとしてのスマホ。
そもそも相容れないものではないはずだよねー。




続・音楽歳時記「穀雨」

4月20日は穀雨。
穀物を潤してくれる雨が降る頃、という意味の節季だ。
田植えにむけて整えた田んぼを静かに潤す春の雨。
うららかな春の風景に、そこに降る静かな雨を想ってみる。
山も川も家も畑も、静かに濡れて優しくうつむく。その穏やかさを想ってみる。
暑くもない寒くもなく湿気も少なく爽やかな今の季節にはつい、ずっといいお天気なら、と思ってしまうけど、やっぱり雨が降る日もたいせつだと思う。

しとしと降る穏やかな春の雨の日に決まって聴きたくなるレコードのひとつが、ニック・ヘイワードくんのこのアルバム。

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North Of A Miracle / Nick Heyward

このアルバムを初めて聴いたのはまだ高校生だった。83年だから、多分二年生。
確かシングルの“Whistle Down The Wind”がFMラジオでかかってたのかな。なんとなく、あ、これは好きかもって思って、名前をメモして、駅前にできたばかりのレンタル屋で借りたんだったかな。
当時はいわゆるエイティーズの全盛期で。デュラン・デュランとかカジャグーグーとか、いわゆる美少年っぽいヴィジュアルを売りにしたバンドがMTVの人気と相まって大ブレイクしていた頃。最新のヒットチャートにも興味はあったけど、そんな女やガキが聴くような甘っちょろいもの聴いてられるかー、って思ってたから、ニック・ヘイワードがヘアカット100のメンバーだったって知っていたらレコードを借りようとは思わなかったかもしれないんだけど(笑)。
家に帰って、ターンテーブルに乗せて針を置く。
ドラムに続いていきなりブラスがパパッパラーと元気よくなって、キラキラと弾ける青春のようなサウンド 。これはちょっと自分には似合わないノーテンキだな、、、と思ったものの、二曲めの“Blue Hat For A Blue Day”が鳴って、あ、これこれ、こーゆー感じ。うつむき加減でセンチメンタルで、ちょっと陰りをまといつつも、明るく微笑んでみせるような。そんな感じがスッと心に落ちた。
シンセ中心の打ち込み系の音が氾濫していた時代だったからなおさら、アコギやピアノのアコースティックな音がよく鳴っているのが心地よかった。ブラスやマリンバや弦楽団なんかの使い方もとてもおしゃれで。おしゃれさとは無縁な田舎の高校生すらうっとりするくらい。
それからもう何年経つんだっけ。
35年?いちいち数えなくてもいいけど、それ以来このアルバムはずっとお気に入り。
50を過ぎた今聴いても、センチメンタルだけど、湿度の低い、そよ風が吹き抜けていくようなさわやかさが、少し甘酸っぱい香りを運んでくれる。
ふとずっと昔のこと、叶わない恋の悩みや、これから先の人生について思い悩んでいた頃を思い出させるような。
そして、それをどうこうしようっていうんじゃなく、そういう気持ちになることもあるよね、って感じでただ漂わせているのがいい。

音楽っていうのは、突き詰めていえば世界観を表すもの。
この人の音楽は「売れてスターになって金持ちになりたい」というギラギラした場所からは少し距離を置いた、もっとゆるくて穏やかでガツガツしていなくて、まぁ今の言葉で言えば肉食系ではなく草食系っぽい世界観を感じるのです。当時そんなふうな言葉で思ったわけではないけれど、思い起こせば自分はずっとこっち方向だったんだよな、と改めて思ったりする。気負ったり勘違いしたりしてガツガツしたこともあるけれど、やっぱりそっちじゃなかった。そんなふうに16才と51才の自分がすんなりシンクロする。

さわやかな晴れの日続きの人生もそれはそれでいいんだろうけど、雨の日をうまくやり過ごせる人生のほうがきっと素敵だ。
ほんのりと心地よい感傷に浸りながら、そんなことを思っていた、穏やかな春の雨の日。



◇人生相談

基本的には、人に悩み事の相談はしない。
悩み事がないわけではない。大きなことから小さなことまで、生きてりゃ誰でも困ったことや何かを選択しないといけないことはいつだってあるわけで、でもほとんどの場合、どうすべきかっていう答えは自分の中にすでにあるんですよね。
人生の大きな岐路、例えば高校や大学の進路、就職先も退職も、ほとんど相談せずに自分で決めた。結婚だけは相手があるもんだから相談したけどね(笑)。幸いにしていい選択をしたと思っている、っていうか自分で決めたんだからなんであれ納得できているんだろうね。
人から相談を受けることもあるけど、だいたい答えは本人が気づいているにしろ気づいていないにしろ、もう本人の中で決まっている。相談者はそのことを後押ししてほしくて相談してくるわけで、そのことを否定したりすると不満気な反応が返ってきたりする。まぁ、悩み事や相談ごとなんていうのは、そういうもんだ。

「人生相談」というのも文学のジャンルのひとつになるんだろうか、わりと新聞やら雑誌やらのコーナーとしては確立されていて、いろんな人がいろんな悩みに対していろんな回答をしているけれど、あの相談者の心理はどんな感じなんだろう。回答に納得されているのだろうか、そのことで人生が変わったりしているのだろうか、それとも「私が聞きたかったのはそんなことじゃないっ!」って逆ギレしているのだろうか。

文学ジャンルとしての「人生相談」は、相談の中身そのものよりも、誰がどう答えるのか、だと思う。ある意味、大喜利みたいなもん。おもしろいのは、回答する側の人生がその回答の中から垣間見えるところだ。
そういう意味でおもしろかったのが、このマツコさんと中村うさぎさんのこの本。僕は雑読なので図書館でちょっと気になったら片っ端から借りるのですが、これはそういう本のひとつ。マツコさんにもうさぎさんにもそんなに関心はなかったけど、その時借りた中で一番おもしろかった(笑)。

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信じる者はダマされる / マツコ・デラックス 中村うさぎ

このお二人って、何気ない普通の一言が妙に深いのですね。
人生相談にありがちな、お説教的でも教訓めいたまとめでもなく、これもありがちな茶化しておしまい、話題を自分の話にすり替えておしまい、っていうのではなく、かなり真摯に真面目に受け止めて回答されている。
ただし、その回答は世間的にはかなり異質。
「話上手になりたい」という相談に「無理よ。なれない。」と切って、「なる必要がない。」「そもそも聞き上手のほうが需要があるのよ。」とか、「中学生の息子が勉強しない」という相談にも「勉強なんて必要ない。何ひとつも役に立っていない。」「勉強って、自分からしたくなる年齢があるのよ。いずれ勉強したい気持ちになったときにすればいい。」とか。
「自分の住んでいるマンションの共用スペースをルール無視して使っている人に腹が立つがどうしたらいいか」という相談にはズバリ「ほっておけば。」と。そもそも世の中のご近所トラブルは「妙に正義感が強い人」の方が正義を振りかざすことで起きている。自分が正しい、自分が正義と思っているかもしれないけど、正義ってものほど他人への抑圧になるモノはない。むしろ「正義は凶器であり狂気」だと言っちゃうあたりはすごく痛快でした。
切って捨てるだけではなくて、63才のおじさんからの「定年後も勤めてほしいと言われているが、地毛が減ってカツラがつけられなくなりそう」という相談には「カミングアウトしたからって、自分が思うほど他人は衝撃を受けないわよ。」「むしろその方が株が上がる。」「コンプレックスをむきだしにするって大事。」「隠したりする煩わしさから解放されたほうがいい。」などなど、どっちが年上なんだかわからない回答でカミングアウトを後押ししたり。そこにはコンプレックスを抱えて生きている人への愛が感じられたりもする。

基本的に既成概念を信用しないところがベースにあるお二人。既成概念を押し付けてくる人たちに、嗤われ虐げられつまはじきにされながら苦難の時期を過ごし生き抜いてこられたんだと思う。その中で、いかに自分の欲求に忠実に、一方でどうやって社会と折り合いをつけていくのかという葛藤があったからこその説得力というか。
そのスタンスは、かなりロックだと思います。




♪They Call Me

「偉い人たちには、自分たちの振る舞いがどう見られているのか、ということに鈍感になってほしくはない。ゆーてることとやってることが違うんちゃう?ということに下の人たちはとても敏感だ。いくらいいこと言ってても行動が伴わないものはその程度の重みでしか部下は受け止めない。従って部下の行動は変わらない。」
というようなことをわりと最近書いたんだけど、その続き。
残念な上司がいてね。
上司っていっても同い年なんだけど、まぁ若い頃からバリバリやって出世して「自分はできてる」と思ってるんだろうね。そこが勘違いの根本なんだけど。
ある日この方からお達しが出た。
『職場内で、愛称で呼ぶことは禁止』と。
詳しい経緯は報告がないんだけど、どうやら一般の方々が出入りするフロア内で職員同士が愛称で呼びあっていて、それってどうなんだという指摘を上から受けたということらしい。
いや、そもそもあんたも使ってるやん。愛称どころか、蔑称的な・・・たとえば亀◯さんのことを「カメ」、◯留さんのことを「ドメ」みたいな・・・とは思ったんだけど、まぁ提案内容そのものはいいことなんで受け入れた。ってか、そもそもそんなの世間じゃ当たり前だし、これをきっかけにそういうことを意識されるのなら、それは善いことだな、と。

誰をどう呼ぶかっていうのは、その人自身の人間観が表れます。
ある上司は、どんなに目下の人にも必ず「さん」付けをされます。怒るときでも。これは、相手の人格への敬意ですよね。相手をちゃんと一人の人間として認めているという。
逆にやたらと愛称で呼びたがる人がいる。「◯◯ちゃん」「◯ちん」「◯子りん」・・・あれはなんなんだろ。親しみアピール?僕にはいまいちしっくりこないんだけど、呼び捨てや蔑称よりはいい。
ただ、呼び捨てや蔑称を使う人の中には、それが親しみの表現だと勘違いしている人がいるから具合が悪い。体育会的なノリの延長なんだろうね。よほど信頼関係がある人からならなんとも思わないんだけど、そうじゃない人から呼び捨てされるのはあんまり気分のいいものではないな。無意識のうちに相手を支配しようという目論見を感じてしまうのですよね。

で、件の『職場内で愛称禁止』のお達しがその後どうなったかっていうと、、、
お達しが出た翌週には出した本人が「カメ」とか「ドメ」とか呼び捨てとか使いだしたのよね。
指示を真に受けて使わないよう心がけていた愛称派の人たちからしたら「・・・・・。」って感じ。
アホですね。
言った本人が忘れてる。
本人にしても誰かに言われての指示だからその考えの根本にある「人間観」なんてことは頭にないんだろう。
まぁ、正義を振りかざして相手をとっちめても栓ないこと。
この人のために敢えて指摘をしてあげようと思うほど世話にもなっていないし敬意もない。
きっとこの人は、いつか自分のそういう振る舞いで墓穴を掘るんだろうな。
むしろ、人振り見て我が振り直せ、ってことだ。


春だけど、重いブルースな気分。
「人は俺のことこう呼ぶんだ。泥水野郎って。
青く深い海みたいに、手の施しようがない男さ。」
マディ・ウォータースの“The Call Me Muddy Waters”

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They Call Me Muddy Waters / Muddy Waters




続・音楽歳時記「清明」

4月5日は清明。
僕のCD棚にあるアルバムの8割方は、男の人のものなんだけど、春爛漫の時期になると、女性の歌う爽やか声が聴きたくなる傾向が強くなる。穏やかでやわらかく、ふんわりとした気分がそうさせるのだろうか。
なんとなく、春のウララカさが、心をゆるくしてくれる。
ピュアでゴーイング・イージーな気分にしてくれる。
なにしろ「清明」ってくらいだ。清く明るくだ。

そんな気分にぴったりマッチする女性シンガーといえば、例えばニコレット・ラーソンさん。
さっぱりとしてクールで涼やかな声、だけどただ清楚なだけではなく、跳び跳ねるような元気さややんちゃさ、芯のところでの強い意思も感じるような。

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Nicolette / Nicolette Larson

ファンキーで泥くさいのから、ハードなロックから、清らかなソウルから、やんちゃなカントリーから、しっとりと歌い上げるバラードまで、実にバラエティーに富んでいるこのアルバム。
飛び抜けて歌がうまいわけでも華があるわけでもないけれど、どこか純粋というか純真というかそういう感じの明るさにあふれている。
そんな無垢で純粋なニコレットを、プロデューサーはじめバンドのメンバーがみんな素直に愛情を込めてバックアップしていて、彼女はそんな愛を素直に受け止めて歌っている。そういう感じがこのアルバムをとても明るくてピュアなものにしている、それが何とも素敵なのです。
何て言うのかな、彼女の声はすべてを肯定しているんだな。
それは多分、彼女が、人生に起こるすべてのことを肯定的に捉え、愛しているからだと思う。その愛に満ちた感じが、彼女を素直に応援したくなる感じを呼び起こす。そんな愛の循環。

聴いていると、何か心の角質みたいなものがボロボロと剥がれ落ちていくような気分になる。
頑なな心の壁が崩れ落ちて、ほんわりとゆるい空気と一体化していくような気分になる。
普段はわりと我慢してしまうほうだから、気がついたら心の角質がゴリゴリに固まっていたりしやすいんだ。
そういうときは、ピュアなものに触れて、心の垢擦りが必要だ。

You send me / Nicolette Larson

季節は春。
ゆるく行きたいね。
愛に満たされて行きたいね。
そういう気分を邪魔するものは残念ながらたくさんあるけれど、できるだけ愛情を素直に受け止めて、それを素直に返していこう。
できるだけ、ね。
そんな愛の循環こそが、世界を平和にするはずだと思うから。。



♪花唄

4月になった。
なんとなく今年の3月は、ぼぉっとしたままあっという間に過ぎてしまった感じがする。
寒かった真冬には、もう二度と暖かい日など来ないとさえ思えてしまうほどだったのに、まるであんなに寒い日があったなんて幻だったかのように、普通に暖かい日が続いている。
二度と普通に立ったり座ったりなんてできないんじゃないかとさえ思えた腰痛も治り、痛みもなく普通に立ったり座ったりできるようになった。
プロ野球が開幕した。新しくフレッシュな人が出てきて活躍する一方で、かつてのスター選手の名前がスターティング・メンバーから漏れていたり、別の場所でいろんな苦労を重ねた人が返り咲いたり。
桜はあれよあれよという間に咲いて、さらさらと散っていこうとしている。
大阪では、市営地下鉄が民営化して「大阪メトロ」になるんですよね。実は父はここで40年勤めあげて僕たち家族を養ってきたのだ。父が生きていたらきっと大きな感慨を抱いたのだろうと思いながらぼんやりとニュースを見ていた。
いろんなことが移り変わっていく。
ゆっくりと、或いは突然に。

来年には天皇陛下が退位し、元号が変わる。
「平成」という元号に変わったとき、慣れるまでかなり違和感があったことを思えば、あれからずいぶんな時間が流れたんだな。
今はまだ誰も知らない新しい元号を、一年と少しあとには誰もが当たり前に使っているんだと想像すると、なんだかとても不思議な気持ちになってしまうな。


今日の音楽。
TOKIOの『花唄』

♪泣き出しそうな僕のために、舞う花吹雪

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♪桜

3月ももう終わり。
例年よりも幾分早く、穏やかな桜日和。
暑くもなく寒くもなく清々しい。
桜やお花見については古くからいろんな人がいろんなことを言ったり描いたり歌ったりしているけれど。
何かを感じて、それを誰かに伝えたくなる。美しいものにはそういう何かがあります。


『花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは。雨に対ひて月を恋ひ、垂れこめて春の行衛知らぬも、なほ、あはれに情深し。咲きぬべきほどの梢、散り萎れたる庭などこそ、見所多けれ。歌の詞書にも、「花見にまかれりけるに、早く散り過ぎにければ」とも、「障る事ありてまからで」なども書けるは、「花を見て」と言へるに劣れる事かは。花の散り、月の傾くを慕ふ習ひはさる事なれど、殊にかたくななる人ぞ、「この枝、かの枝散りにけり。今は見所なし」などは言ふめる。』
(徒然草 / 吉田兼好)


吉田兼好の「徒然草」の有名な一節。
僕は偏屈で理屈っぽくて天の邪鬼なので、この感じはよくわかる気がする。
現代語に訳してみるとこんな感じかな。

『満開の桜とか満月のときだけやたらにはしゃぐなんて、馬鹿げていると僕は思うんだな。むしろ、雨の日に月を恋しく思ったり、春が来ているのに部屋に閉じこもってぼんやりしてるほうが素敵なんじゃないかって。花が咲き始める頃の梢だとか、散ってしおれた花びらが舞う庭だとかだって、けっこういいもんだぜ。よく「せっかく花見に来たのにもう散ってしまった」とか「いろいろ忙しくて花見にいけなかった」とかいって嘆いている人がいるけど、僕からしてみればもう全然わかってなさすぎなんだ。そりゃ花が散ったり月が傾くのは悲しいけどさ、「もう散った枝は見所がない」なんて言っている人は、もののあわれという気持ちを知らなさすぎるんだよ。』

なぜか「ライ麦畑」風になってしまいました(笑)。

今年はあたたかくて桜が早い。その上、晴天に恵まれて、きっとこの週末あたりはたくさんの人が桜の名所へ花見に出掛けるのだろう。或いはお弁当を持って近くの桜のある公園なんかでお弁当を食べたりするのだろう。
お花見という風習は、まだ日本中にこんなにソメイヨシノが拡散する前の奈良時代あたりから貴族の間で行われていたらしいから、そもそも僕たちのDNAに組み込まれてしまっているのかもしれない。
そういう僕も、やはり桜が咲き始めると観に行かなくっちゃ、行かないわけにはいかない、ぜひとも観に行くべきだと思ってしまう。本能的に、とすら言いたくなるくらい。
そして満開の桜を眺めて美しいな、と思う。豊かで穏やかな気持ちになる。
その一方で、どうも天の邪鬼な気持ちもムズムズしてくるんだよな。
そんなに綺麗か、桜。そんなにめでたいか、桜。
ほんの短期間、派手に咲いてさっと散ってしまうなんて、なんだか自分勝手だよな。
本当に美しいのは、その花見のゴザの下で潰されてしなっているシロツメクサやイヌノフグリや小さな名前さえ知らない花なんじゃないのか?なんて思ったりするのだ。
桜自身にしてもそうだ。花の開花は桜にとっての生命維持のサイクルの一部分であって、若葉が芽吹くことも、実をつけて種を残すのも全部大切なこと。花の部分だけをとってざわざわされるのは「どうかしてるぜっ」って感じじゃないのかしらん。人間がいくら集まったって受粉を手伝ってくれるわけじゃなし。
ハハハ、そこまでいうとただの偏屈だな(笑)。
ただ、兼好法師のおっしゃるように、満開の桜だけが桜じゃないはずだ。
つぼみの脹らみに春の近さを感じたり、今は目の前にない遠い桜の開花を思ったり、散ってしまった花びらが雨に濡れてぐしゃぐしゃになっている哀しさを思ったり、揚々として鮮やかな若葉に初夏を感じたり、いつか観た桜のその場所や一緒に観た人のことを思い出したり、そういうすべてを愛しいと思えるほうがいいよな、なんてね。

素直に桜の満開を歓びたい気持ちもある。
それをちょっと否定したくもなる。
50を過ぎても相変わらず、そんな感じだなぁ。

今日の音楽。
宮本君がまだとんでもなく偏屈だった頃のエレファントカシマシ。

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浮世の夢 / エレファントカシマシ

世を上げて春の景色を語るとき
暗き自部屋の机上にて
暗くなるまでただ漫然と
思いゆく春もある
(「序曲」夢のちまた / エレファントカシマシ)

そういう春もそれはそれでいいのだよ。
と、ようやく治ってきた腰をさすりながらそう思う。
土日にお花見にはたぶん出掛けない。
その代わり今夜、どこかひっそりとした夜桜を眺めに行こう。




続・音楽歳時記「春分」

昨年の春分から始めた「音楽歳時記」のシリーズも一年をひとまわり。
まだまだ書いてみたいものもあるので続編Continueです。
ま、ブログも10年以上書いてるとネタ切れなので、テーマがあるほうが書きやすいってこともあるんだけど(笑)。

春はやっぱり大好きな季節。
日に日にあったかくなっていくっていうのはいいよね。
自然と気持ちもゆるむ。
腰痛もようやく収まったし、一時期ひどかった花粉症も、この数年わりとおとなしくて。
今日はあいにくの雨だけど、それでも冬の雨とは気分が違う。

春らしくのんびりとご機嫌な音のイメージって、なんとなく60年代初期モータウンの感じ。
特に春のほわっとした気分によくあうのは、ミラクルズだなー。

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Going to a Go Go / Smokey Robinson & The Miracles

ゆっくりと花びらが開いていくような“Tracks of My Tears”でアルバムは幕を開ける。
2曲めに早くもガンガンのイケイケナンバー“Going to a Go-Go”でご機嫌になったあと、、しっとりと“Ooh Baby Baby”、これぞミラクルズというような美しいコーラスにホーン・セクションのリフがかっこいい“My Baby Has Gone”と、オープニングから4曲立て続けの名曲連発。
続くは、ブルージーなギターにロビンソンがファルセットではなく地声で歌う“In Case You Need Love”、さらにミラクルズの裏名曲“Choosey Beggar”、ドゥーワップっぽい“Since You Won You Heart”と、広島カープ打線も顔負けの役者揃いの切れめのないラインナップはまさにミラクルだ。
この時代のソウルのアルバムには、1、2曲のヒット・シングル以外は凡作もしくはシングルの焼き直しの金太郎飴・・・みたいなものも多い中、バラエティーに富んで捨て曲なしというのは、まさにロビンソン氏の溢れる才能の賜物、世界文化遺産級の素晴らしさだと思います。

Beggars can't be choicey I know
That's what the people say.
But though my heart is begging for love
I've turned some love away.
Maybe one was true love
I'll never know which cause
your love is the only love to make this beggar rich.
I'm a choosy beggar and your my choice.

「乞食はものを選べない」って人は言う
そうさ、だけど恋は始まってしまったんだ
いくつかの恋を失ってきたけれど
たぶんこれこそほんとうの恋
もう迷うこともないはずさ
あなたの愛だけが乞食を豊かにするたったひとつのもの
僕は選り好みをする乞食
そしてあなたこそがマイ・チョイス
(Choosey Beggar)

ロビンソン氏は作詞家としても素晴らしい評価をされているけれど、なるほど、諺を逆手にとった意外な書き出しと、冒頭のネタ振りがきっちり回収される見事なストーリー展開。
この曲に限らずロビンソン氏の歌は、語り口は穏やかだけれどヤワではなく芯が強い。その静かな確信みたいなものが好きだな。



♪入院雑感

■腰という字は「にくづき」に「要」と書きますが、腰って、ほんと体の要なんだと実感した入院生活でした。
まさかぎっくり腰を悪化させて入院するとは思っていなかったですもん。

先週の土曜日の朝。医者へ行かなきゃと思って立ち上がろうとするんだけど、これが立ち上がれない。無理してふんばって、壁づたいに腕で支えながらなんとか立ち上がろうとしたものの途中で身動き取れなくなって。それ以上動かそうとすると激痛が走る。だんだん腕がしびれてくる。二進も三進もいかないとはまさにこの状態だと、頭のどこかで考えながら、腕はぶるぶる震えてくるわけで。あと数cm、この数cmが動かない。脂汗がにじりにじり。妻が隣でおろおろ。
自分の体って、自分が思っているよりもとても重たいんだということを実感しました。

そう考えると、羽生結弦くんとか内村航平くんとかはほんとものすごいことやってますよね。加速度をつけているとはいえ、自分の体を自分のエネルギーで浮かせた上に何度も何度もぐるぐる回って。
すごすぎます。

入院中の雑感をいくつか、メモ代わりに。

■人間が生きる上で「排泄」ということがいかに重要かということも、認識を新たにしたことのひとつ。
「排泄が自力でできるかどうか」は、人間の尊厳に関わるとてもたいせつなこと。
立ち上がれなくなった土曜日の前の夜、用を足そうとトイレにしゃがんだときも立てなくってね。パンツ下ろした状態で介助を頼むというのはとても情けないもので。これ以上無理できないな、って思ったもの。
入院してからの三日間は寝たきり。ここはいわゆる「しびん」でしのぎました。看護師さんは慣れているでしょうけど、これを手伝っていただくのは何とも辱しいもので。
あぁ、もし拷問とか受けたときに、気持ちでは「絶対死んでも口を割らない」と思っていても、尿意・便意にはきっと勝てないんだろうなぁ。縛られたまま敵の前でお漏らしでもした日にはきっと、泣いて許しを乞うて屈服してしまうだろうな、と。拷問を受けないといけないような予定は今のところないけれど(笑)。
大便は出なかった。金曜日の夜の経験が怖くて便秘になった。
月曜日の朝に、「今日出なければ、お手伝いしますから出してしまいましょうか。」と看護師さんは事も無げに言うのだけれど、そんな屈辱的なことはできる限り避けたい。月曜日の夜に自力で立ち上がることができるようになったのは、その辱しめから逃れたい一心だったのかもしれません。

■シモの話が続きますが。
人間の無意識下での体のコントロールっていうのは、ほんとうまくできていますよね。
トイレに自分で行けない環境のとき、ほとんど尿意をもよおさなかった。一日二回まで。出る小便はものすごく濃い。
ところが、火曜日以降自分で動けるようになると、とたんに尿意が増えるんだ。痛むし立ち上がりたくないもんだから我慢するんだけど、我慢しきれない。やむなく這う這うの体で立ち上がってトイレに行くと、明らかに薄い。おい、こないだまではもっと我慢できてたんじゃないの?どうなってんの?
おそらく月曜日までは、意識下でスクランブル体制が引かれていたんでしょうね。「今は無理だ。小便の余分な水分を他へ回せ!」と。それがスクランブル解除になると膀胱から拒否られる。
「緊急事態なら仕方ないっすけど、今はもう大丈夫っしょ。こっちも無理ばっかしてらんないんすよ。ただでさえ後始末ばっかやってる下処理部署なんで。」と我が膀胱庁長官。「いや、こっちもなかなかたいへんなんすけどね、そこをなんとか。」という四肢管轄庁からの申し出は、脳幹総督から却下を受ける。そーゆー状況。
おもしろいもんですよね。

■痛みがかなりましになってきて、一応動けるようになってから。
「どうですかー。お変わりありませんかー。」
「うーん、動かさなければ痛みはないんですが、腰を曲げるとすごく痛いんです。」
医者によると、もう炎症は退いて、外科的には治っていると。
「最初、すごく痛かったでしょう。その痛みを脳が覚えているから痛いんだ、というふうに最近は云われているんですね。はっきりしたメカニズムはまだ解明できていないんですが。」とその医者は言うのです。
「ここからは逆に、積極的に動かして、脳の記憶を書き換えさせないといけないんです。ゆっくりでいいから動かして、慣らしていってください。」と。
そういうものなんだろうなぁ。
「この動きは痛む。禁止。」と脳幹総督から命令が下ると、神経庁が脳幹総督に忖度するわけですね。「この動きをしたときは痛みを感じろ。総督からのお達しだ。」「ははっ。」、みたいな。
脳幹総督の意識を変えるためには「痛くない」実績を積み上げて命令を解除させないといけない。或いは我が脳の中のレジスタンスたちにクーデターを起こさせるか。
状況としては、あのアニメの有名なあのシーンと一緒ですね。
「クララ、あなたの足はもう治っているのよ。ねぇ、クララ。立って!」
「だめよ、ハイジ。私の足はもう治らないのよ。」
「クララのいくじなしっ!」
・・・
まぁ、そんなこんな。
ハイジに励まされて、僕は歩き出すことができました。

■病室で、若い看護師さんたちがきびきびと動き、笑顔で応対する姿はとても好感が持てるものでした。
若いからいいということではなく、まだ経験の浅い人たちが、ちゃんと心を込めて自分のできる対応しようとしている様子が心地よかったですね。
どこから来てるんだろ。なぜか方言まるだしで訛っている子が多く、ちょっとカーリング女子の「そだねージャパン」を思い出した次第(笑)。
入院患者はほとんどオーバー75の高齢者だったので、そのコントラストも含め、同世代がほとんどの日常では味わえない感じがおもしろかった。
ひとつだけ困ったのは、となりのベッドの爺さん。80前後くらいかなぁ、糖尿病を悪化させた挙げ句の体のあちこちの疲弊、という感じ。
この爺さんがね、ナースコールというものを理解しない。
何かあると「おーい。ちょっとー。」と叫ぶんですよね。
となりのベッドなので放っておくわけにも行かず代わりに呼んであげるのですが、それが連日。一回寝てるふりしてガン無視してやろうかと思ったのですが、ひょっと本当にナースコールに手が届かないとかの窮地だったりして、ここ無視すると将来同じような窮地に自分が陥ったときに誰も助けてくれなくって「あぁ、あのときのバチがあたったなぁ。」なんていう思いをするのも嫌なので結局呼んだんですが。
ちょっと痴呆も入ってるのかなぁ、急に「おかぁさーん、おーい。おーい。ちょっとー。」とか呼ぶのよね。看護師さんが「もう奥様は帰られましたよ。」というと「なんや。ここどこや。あんたはどちらさん?」みたいな。
あの世代ならきっと、若い頃から家のこととかはぜんぶ「おーい、ちょっとー。」で済ませてきたんやろうなぁ。
将来、ああいうふうにはなりたくないと思いました。自分のことが自分でできなくなったら、野生動物なら野垂れ死ぬのが当たり前なんだから。
ちなみにこのストレスは、「言葉が理解できる相手だと思うから腹が立つ」のであって、「言葉の通じない大きな犬が哭いているんだ」と思えば腹が立たなくなりました。
わんわんわわん。おぉ、犬が吠えている。なんかあったか。飼い主さーん。ってな感じ。

■いろいろありつつも、入院生活は概ね快適でした。
ウォークマンと本とノートと鉛筆くらいがあれば、暇で困ることはない。入院したのは、30才の頃に胃潰瘍で入院して以来だけど、今はスマホもあるしね。
基本的には畳一畳分くらいのスペースと少しの道具さえあれば大丈夫。多少の不便や物足りなさはあっても、今あるもので満足する。足りないことは工夫して楽しむ。そういうスタンスはたいせつかな、と。
この先あと30年近くは生きるとして、またこういう機会はきっとあるのだろうと思う。もっとひどい状況でこういう機会を迎えるかもしれない。それから、南海トラフ云々で避難所で過ごすようなことだって想定としてはあり得る。
そういうときのシミュレーションとしてもいい機会だったような気がします。



そんなわけで退院しての、のどかでウララカな休日。
リンダ・ルイスの透明な歌声と、アコギのがちゃがちゃが心地よい。

“Spring Song” Linda Lewis

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Lark / Linda Lewis


だらだらとまとまりなく長文書いてしまいました。
あー、月曜日までに残っている仕事を少しでも片付けなきゃ、なんだけど、あんまりそういう気分にならないなぁー。。。
ちょっと昼寝しよーっと。
あぁ、こんな感じで社会復帰できるんだろうか(笑)。



♪New In

「入院ってしんどいですねー。」
「やることなくてめっちゃヒマでしょ?」

入院となると必ず言われる入院あるある的なこれらの言葉ですが、僕はあんまり当てはまらないのです。

元々環境順応性は高いのか、例えば「枕が変わると眠れない」というようなことがない。
その上、冬の間は3ヶ月ほど冬眠したいというくらいの基本出不精。ひまをつぶす方法なんていくらでもあるのだ。
従って入院はパラダイス(笑)。
仕事休んじゃってご迷惑をお掛けしてしまっている同僚たちには申し訳ないんだけど。

入院生活で退屈を感じないためには、少しコツがあります。
それは「ひとつひとつのことを丁寧にやること」。そのためには「時間を一切気にせずに」することと、「ながら」をやめること。
例えば歯磨き。一本一本を磨くくらいの感じで、ゆっくりゆっくり丁寧に磨いてみる。急ぐ必要なんてどこにもないから計ってないけど、たぶん20分くらいかけて。それだけでものすごく達成感を味わえる。
新聞なんかも普段ほとんど読み飛ばしているけれど、じっくり一文字ずつ読んでいくとこれはなかなかの情報量。4ページめくらいになるともう集中力が切れてしまうくらい。
「ながら」も、やめてみると普段どれだけ「ながら」でやっているかよくわかります。
音楽聴きながらスマホ、テレビ観ながら新聞、などなど。
「ながら」をやめてひとつのことに集中すると、味わいがまるで変わってくるのですね。
あー、この曲、こんなベースラインだったんだ、とか、こんなとこでサックス鳴ってたんだ、とか、普段聴いているようで聞こえていない音が聴こえてきたりする。テレビでも、アナウンサーの顔じっくり見て「あー、この人こんな大きな耳だったんだー。」とか発見したり、普段見ていないスタジオのセットの背景が気になったり、いろいろ発見があります。
こーゆーことしてると、時間なんてけっこうあっという間に過ぎてしまうのですよね。

この「丁寧」を維持するポイントは、集中とリラックス。人間の集中力はだいたい45分~60分までのようで(学校の授業時間の長さは理に適っている)、それ以上になってきてちょっと飽きてきたなと感じ始めたら止める。
文庫本を一時間読んだら一旦止めて、音楽に切り替えて一時間。テレビもだらだら観ずに番組が終わったら一旦消す(幸い有料だから躊躇なく消せる〉、で、また本の続きを一時間。ほーら、もう4時間たったでしょ(笑)。

消灯は早いけど、山小屋だと思えば快適だ。
ご飯は決しておいしいとはいえないけど、最初からこんなもんだと思えばこんなもんだ。
となりのベッドの爺さんの独り言がたまにうるさいけど、まぁ大きな犬だというくらいに思っておけばだんだん気にならなくなる。
今ある環境を受け入れて、ココロに波を立てない。
慣れるとなかなかに快適ですよ。
もちろんこれが期間限定の非日常だからこそ、楽しめるんだけど。
期間限定の非日常という点では、お金持ちがバカンスに出かけるリゾート・ホテルだってそう変わらないんじゃないかしら。行ったことないからよくわからないけど(笑)。


心を穏やかに落ち着けたいとき、あるいはそういう丁寧な気分モードにしたいときに、この本を読むのがお気に入り。
池澤夏樹さんのブレイク作「スティル・ライフ」。

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池澤夏樹 「スティル・ライフ」

この物語の冒頭部分、というか物語に入る前のイントロダクションの部分が、暗誦したくなるくらい好きで。
全文引用してみます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。
世界はきみを入れる容器ではない。
世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている。
きみは自分のそばに世界という立派な木があることを知っている。それを喜んでいる。
世界の方はあまりきみのことを考えていないかもしれない。

でも、外に立つ世界とは別に、きみの中にも、ひとつの世界がある。
きみは自分の内部の広大な薄明の世界を想像してみることができる。
きみの意識は二つの世界の境界の上にいる。
大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。
たとえば、星を見るとかして。

二つの世界の呼応と調和がうまくいっていると、毎日を過ごすのはずっと楽になる。
心の力をよけいなことに使う必要がなくなる。
水の味がわかり、人を怒らせることが少なくなる。
星を正しく見るのはむつかしいが、上手になればそれだけの効果があがるだろう。
星ではなく、せせらぎや、セミ時雨でもいいのだけれども。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こういう考え方、こういう心の在り方。
普段忘れがちになってしなっているんだけど、こうやって普段のあくせくから離れてクールダウンしてみると、より心に響く。
二つの世界の呼応と調和。
50+1才としては、こういう感じでこの先行きたいよねぇ、って、入院という機会を得て改めて思い出すことができました。



♪YOー2

50+1才のスタートは、思わぬ苦闘から始まることになった。
腰痛。
診断書上の疾病名は急性腰痛症。
いわゆるぎっくり腰。

最初にちょっとピリピリするな、と思ったのは先々週の木曜日だから3月1日だった。まぁそういうピリピリはたまにあること。以前もぎっくり腰やったことあるし。用心しなきゃ、なんだけど、その土日にイベントがあって出なきゃいけなかった。早朝から二日間立ち仕事。これが効いたんだろうけど、月曜日はちょっとこりゃまずいかもの状態に。それでも普通に立ち歩けるので、誤魔化しながら出勤してた。
痛み始めた頃にさっさと養生しておけばいいのに、、、ってのはよくやらかしてしまうパターンで。歯医者だってそうやっていつも悪化させるし、人間関係だってギスギスする前に謝ればいいとは、、、わかっちゃいるけどねぇ、どうしようもなくなるまでほったらかしてしまうんだよなぁ。

月火平行線、水曜日に少しましになったと思ったのに、木曜日には再度痛み出し、金曜日に腰崩壊。布団から立ち上がることすらできなくって休んだ。医者に行こうにも動けない。そして土曜日から入院して治療することになったわけです。
一週間腰痛と闘って、結果敗北。。。
椎間板ヘルニアとかではなかったのはとりあえず一安心。

今日で入院5日め。
ようやく痛みも引いて、昨日から自分の足で歩けるようになってきました。まだ腰をかばって腹をつきだすので妊婦さんみたいな歩き方ですが。時速はおそらく60m/hくらい。km/hではなくm/hね。いや、実際一時間も歩けそうにないからこの数字は意味がない。要はトイレまでの10mの道のりに5分かかるということ。
それでも歩けるるようになった瞬間、タバコ吸いに行ったぜ。全館禁煙なので病院の外のコンビニまで、果てしない道のりを(笑)。

まぁ、いろいろと思うところはあります。
昔のように無理はきかなくなってきてるんだなぁ、、、というのが50+1才のはじまりの教訓としては象徴的かと。
つい無理をしてしまうのは、たぶん無理をするのが好きなんでしょうね。
でもここから先はそういうわけにもいかないぜ、って現実を突き付けられたような気分。
あぁ、これから先は、こういうこととの戦いが続くんだろうな、と。
何をどこまで無理すべきか。逆に何を適当にやりすごすか。選択と引き算の世界。


入院していると音楽を聴く機会はいつもより増えます。
何しろ暇なんで(笑)。
ただ、おもしろいことに、普段とちょっと聴きたい音の好みが変わる。
僕は3分間のロックンロールやポップスが大好きですが、入院中はちょっと元気過ぎて疲れてしまう。体のリズムと合わないっていうか。
もっと重くてどっしりしていて、かつ音楽全体に物語性のあるようなものが心地よく感じたのです。
けど、なにしろしっかり準備して入院したわけじゃなし、とりあえず持ってきたウォークマンに入っていたもので繰り返し聴いたのがこれでした。

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Joshua Tree / U2

U2。腰痛にU2。

まさかの駄洒落オチ!?


(*´艸`)



♪ソンタク

事務所の隣には、小さな会議室があって。
使う人がパソコンでスケジュールを入力して場所を押さえる仕組みになっているんだけど、実態としてはけっこう空いているので、ちょっと事務所ではしにくい打ち合わせやなんかには申請なしで使うことはままある。試食室を兼ねていて小さなキッチンが付いているから、新しい商品の試食などに便利ということもあって。
ある日、上司から朝礼でこんなお達しがあった。
「うちの部署が会議室を自分の部署の持ち物のように使っている、っていう指摘があった。会議室を使うときは申請せよ。」
ま、どっかから文句が出たんでしょうね。
ルールとしては誰も文句を言えないごもっともなお話。

で、つい先日のこと。
トイレ行こうと事務所を出たら、別のフロアの部署の方が数名、会議室の前でうろうろしている。やや困った感じ。
「どないしはったんですか?」
「いや、3時から会議室抑えてたんですが、何かそちらの部署の責任者会議か何かやっておられるみたいで。」
「そんなん、ちゃんとスケジュール抑えてはるんやったら、入ったらよろしいやん。」
「そんなことできませんよー、偉い人たちに向かって。」
「ほな、ゆーてきたるわ。」

ガチャン、「あー、すんません。3時から◯◯部がココとってはるみたいっすよー」
「・・・あ、そうかー。」

上司たち、すごすごと退散。
当然っていやぁ当然のこと。

「ありがとうございます。」
「そんなん、ちょっとゆーたらしまいやん。」
「いやぁ、よう言いませんわ。サラリーマンなんで。」
「なんでやねんな。ルールはルール。ちゃんと抑えている方が使うのは当たり前。上司やからって甘やかしたらあかんって。」

偉い人たちには、自分たちの振る舞いがどう見られているのか、ということに鈍感になってほしくはない。あんたら、ゆーてることとやってることが違うんちゃう?ということに下の人たちはとても敏感だ。いくらいいこと言ってても行動が伴わないものはその程度の重みでしか部下は受け止めない。従って部下の行動は変わらない。
でもね、部下の側で必要以上に上司の気持ちを慮ってしまうことも絶対に悪だ。
上司だからって甘やかしてはいけません。
誰がどう考えても自分側の行動や考えが正しいのならそう主張すべきだ。
上司相手に言えない、言わない、が結果として組織をだめにするんだと思う。
まぁ、それも部下がつい慮らざるをえないような組織風土を作っている側に問題があるんだけど、ただ、その風土とて上司側だけではなく、ソンタクしてしまう部下の側も加担しているんだと思う。

こういうの、僕は我慢できないから言っちゃうほう。
だから上司からは好かれない。
まぁいいんだ。
我慢するのは精神衛生上よろしくないからね。


このことを思い出したのは、ソンタクがらみのひどい話があったせい。
ソンタクして売買した挙げ句、ソンタクして改ざんし、ソンタクして隠蔽。
あの人たちは完全に国民をなめてますね。
小学生が60点のテストを、親に見せるときに80点に書き換えた、みたいなレベルと大差ない。バレたらこっぴどく怒られますぜ?
今時、隠蔽や改ざんやってたら、民間企業なら倒産に追い込まれる時代ですぜ?
そのことを政局に持っていこうとする野党にもうんざりだけど、言い訳さんざんの挙げ句とかげのしっぽ切りで終わらせようとする偉い人たちの無様でみっともない様からは、あの人たちが、国民にどう向き合っているかということがよくわかる。
次の選挙までしっかり覚えておくべきだと思います。

で、真実はどこにある?

言論の自由 / RCサクセション

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初期のRCサクセション


♪3・12

まずいっと思ったときには、もう水の塊に足をとられていた。
ズブズブとあっという間に腰の高さまで上がってくる。必死で両手で水をかき分けようとするけれど体は前には進まない。見えない足元が何かにとられてつまずいたところへ、後ろから何か流れてきたものが背中を強打。態勢が崩れたところへ波が襲いかかってきて、とうとう流されてしまった。
ものすごいスピードで押し流される。流れてきた看板みたいなものに必死でつかまる。
ゼェゼェゼェ、ゲホッ、うぇっ。看板の上でなんとか呼吸を整えた。波にもまれたときに少し水を飲んだ。油臭くて胸がムカムカする。ここはどこだ。そのまま流されていくみたい。
やがて僕がつかまった看板は、大きな建物らしきものに引っ掛かって止まった。チャンスだ。なんとか沖まで流されずにすむのかもしれない。
必死でコンクリートの壁をつかみ、よじ登る。
服はびしょ濡れで、あっちこっち傷だらけでヒリヒリする。とにかく助かった。
いや、助かった?本当に?
あたりは人影ひとつなく、泥の海が渦を巻いている。屋根や車がゴッツンゴッツンとぶつかりながら流れていく。
連絡できるものはなにもない。ポケットにあったはずのスマートホンもどこかへ行ってしまった。もちろんポケットに残っていたところで使えるはずもない。
もしここへ誰かが助けに来てくれるのなら助かったといえるのだけど。
そもそもこんなひどい津波だ。日本中水浸しならきっと誰も助けになんてこれないのかもしれない。
それにしても寒い。
日が暮れていく。
歯がガタガタと震える。
体中がズキズキする。
頭が割れるように痛い。
このまま誰にも連絡がとれないまま、夜を迎えるとどうなる?
持ち堪えることができるのか。
寒い。
家族は、友達は、恋人は、どうしてるだろうか?
寒い。
意識が遠のいていく、、、
寒い、、、


・・・こんな夢をたまに見ることがある。
薄れていく意識の中で、こんなふうに亡くなっていったのかもしれない数えられないほどのたくさんの人のことをとてもやりきれない気持ちで思い浮かべる。
苦しかったですよね。
寒かったですよね。
痛かったですよね。
不安でしたよね。
愛する人に知らせるすべもないまま。


あの3月12日の朝、テレビのニュースで目にしたものは、なんにもなくなってしまった、かつて町だったはずの場所の風景だった。
石巻ではタンカーが街につっこみ、ほうぼうが燃えて真っ黒焦げになっていた。陸前高田では病院の屋根に取り残された数名がヘリコプターで救助されていた。
その映像には映らない、その夜を持ち堪えることができなかった人たち。

昨日、全国各地で黙祷をするニュースが流れていた。
でもね。
黙祷をするのは14時46分ではないような気がする。
だって、そのときはまだ、ほとんどの人は普通に生きていたんだから。

僕には何にもできない。
ただ、そういうふうに失われてしまった命があったということを想像して怖れていたい。
そして、これは決して他人事ではなく、いつだって自分の身に起き得ることなのだと思っていたい。

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In The Wake Of Poseidon / King Crimson




音楽歳時記「啓蟄」

啓蟄というのは二十四節気の中ではわりと有名な方でしょうか。
元々の言葉は啓蟄啓戸。「蟄虫(すごもりむし)戸を啓(ひら)く」、つまり冬眠をしていた虫が穴から出てくる頃という意味ですね。
いきなりの20℃越えには虫たちも花たちもちょっとびっくりしちゃいそうだけど。え、もうそんな季節?慌てて起き出さなきゃ、って。

この時期に聴きたくなるのは、元気な音じゃない。
元気になれそうな音。
この時期の朝の光のように、まだ力強くはないけれど、透明感があって澄んだ音。
例えばアズテック・カメラ。

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Highland,Hard Rain / Aztec Camera

はじけるような軽快なビート、軽やかに撥ねるギター、さわやかなメロディー。
だけどそれに乗る歌声はどこか心細く物憂げで、しかし荒んではいない。
所在なさ気で憂鬱ではあっても絶望ではない。希望の光はまだ弱く遠いかげろうのようにゆらゆらしてはいるけれど、木々の新芽のようにやわらかく瑞々しい。

Just close your eyes, again
Until these things get better
You're never far away
But we could send letters

もう一度、目を閉じてみて
もう少し世界がましになるまで
まだそんな遠くまで来たわけじゃないし
手紙を出すことだってできるしさ
(We Could Send Letters / Aztec Camera)

この曲の始まりの、とてもやわらかなギターの音がすごく好き。
音の粒のはっきりとしたアコギに、ブォーンと漂うように入ってくるベース。ピアノのか弱い音も交えながら少しずつ歌は熱を帯び、かきならされるアコギにコーラスが重なる。どんどんとメロディーが展開していきながら、サビでぶっきらぼうに言葉を吐き出した後の流れるようなギター・ソロが美しい。

寒い冬を越えて、命が再生される春。
まるで生まれたてのように不安も驚きも包み隠さずに歌うようなロディー・フレーム。
少しずつ、少しずつだけど、エネルギーが満たされていく。
慌てなくてもいい。少しずつでいい。
季節は確実に春に向かっていくんだから。



Appendix

Profile

golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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Live in Europe tomt 51cKCqaKQxL__SY355_.jpg 81DCRuSH25L__SL1500_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg MI0002782768.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg soulman_original_alb.jpg 51FGtOkImKL_SX300_.jpg west_side_soul1.jpg Beggars Banquet エヴリ・ワン・オブ・アス+1 randynewman.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 71otoVzhCuL__SL1105_.jpg 413AMGT7SFL.jpg 51ds00OKe-L.jpg 616osu5m8iL_SX425_.jpg 305a1614.jpg 81pMwMtFveL__SL1345_.jpg 81f2DLVCzJL__SL1300_.jpg 51uOzyp+Z6L.jpg 71eG2rIxazL__SL1046_.jpg 51ZJJGM2ZZL.jpg Fire and Water 91nimun-gdL__SX425_.jpg th.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg Fragile littlefeat.jpg 715IJ+j9EuL__SL1131_.jpg Music Muswell Hillbillies 71ctdmsHsJL__SL1084_.jpg 71PD4tBKioL__SL1116_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg SantanaCaravanserai.jpg 61XXWX6tmCL.jpg 61NAZCOWDDL__SL1100_.jpg セイリン・シューズ(紙ジャケットCD) 71eNbpCI6UL__SL1077_.jpg 511-tyxVUpL.jpg 91gT9fqhZ3L_SX425_.jpg I'm Still in Love With You 414HP65MBKL.jpg 51X8dY66CsL.jpg 愛と自由を求めて 51RXYQ9OO3L.jpg Takin My Time Closing Time There Goes Rhymin Simon 明日に架ける橋(紙ジャケット仕様) ひこうき雲 GP Moondog Matinee 716rGZASCKL__SL1425_.jpg 41SSP93BHWL.jpg 51zJyUc+r6L.jpg 51jCzIh4qRL__SS280.jpg 61-8DQVxWjL__SL1050_.jpg 61dZdC6t62L__SY355_.jpg 71aWAFuF6BL__SL1050_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 51JbSP69QaL.jpg 渚にて 5197RcTXXnL.jpg 81A5c2hHeyL__SL1425_.jpg 81qgW6uhF1L__SL1500_.jpg Born to Run Nils Lofgren 61BdFFiXniL__SX425_.jpg スネイクス&ラダーズ(ベスト)(紙ジャケットCD) 20171026013241d1d.jpg ROCK 'N' ROLL 61ijQ7n04TL__SL1065_.jpg 31vqqUxOjnL.jpg 612tlGtI4sL_SX425_.jpg Malpractice c674c8d38b834d1a46f26cee2f0381b7.jpg 71f0CPCXaJL__SL1050_.jpg 71s7uOgUVBL__SL1092_.jpg 81-hcf-9GdL__SL1228_.jpg In Concert: Best of Pretender 3112T4QJV9L.jpg Equal Rights Songs in the Key of Life “1976” 6184mADL6LL.jpg Ronnie_Lane_-_One_For_The_Road_-_LP_RECORD-57899.jpg Brinsley_Schwarz_Surrender.jpg 51sDSqlWYbL.jpg マーキー・ムーン Ramones L.A.M.F. - The Lost Mixes Never Mind the Bollocks Here's the Sex Pistols マイ・エイム・イズ・トゥルー+1 New Boots & Panties 7139dYLoG8L__SL1050_.jpg 21EXZVPG4AL.jpg 51fnZ7zzuUL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg KinksSleepwalker.jpg 4129-Q6sVHL.jpg 61NLoHBAYAL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg Black Woman Chaka Briefcase Full of Blues 616WAJF3SGL.jpg 91U+8UJ1+vL__SL1500_.jpg 80 51Cm3YGmDQL.jpg 51JKKZA9W4L_SX425_.jpg 518Vq58mgUL.jpg 41VQXG3BFML.jpg 1624540jpg.jpg 31V0AVW674L.jpg Long Run 71Y9bXH9D+L__SL1412_.jpg labour_of_lust_nick_lowe.jpg Into the Music London Calling マラッカ(紙ジャケット仕様) Rickie Lee Jones 81zR19Ga9VL__SL1079_.jpg 41cLeG0ZrFL.jpg The River Emotional Rescue THE ROOSTERS Woman and I...OLD FASHIONED LOVE SONGS(紙ジャケット仕様) RHAPSODY 41Tcvs70ZPL.jpg 51tRgx3mLgL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg Poet david lindley 91nimun-gdL__SX425_.jpg A00003808.jpg 800.jpg 51au3oRpDSL__SS280.jpg Heart Beat 61rH90dDhtL__SL1050_.jpg 71gHPyBVGqL__SL1050_.jpg lookout.jpg milk_hi.jpg 女の泪はワザモンだ!!<デラックス・エディション>(紙ジャケット仕様) Pipes of Peace 51QeHiRUz8L.jpg JOAN20JETT202620THE20BLACKHEARTS20I20LOVE20ROCKN20ROLL.jpg 62805277.jpg 71WCRrbfr5L__SL1500_.jpg 51YJOxD55iL.jpg 51SSVnYVsJL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 812JxniX3jL__SL1500_.jpg 41o+TOhThhL__SL500_.jpg 嘉門雄三 51wXhNgjs4L__SS280.jpg 510RsGZt0KL.jpg 71fefvSZXFL__SL1076_.jpg 71sCe7ReLUL__SL1273_.jpg Innocent Man 91nimun-gdL__SX425_.jpg 51ipQpNEBPL.jpg 51b+kbtwmZL__SX355_.jpg Uh-Huh (Rpkg) Learning to Crawl North of a Miracle 510NH8D9RTL.jpg MI0003515862.jpg 2017102722040546a.jpg 61gyVhU1QCL.jpg Ocean Rain インナ・ビッグ・カントリー<30周年記念デラックス・エディション>(紙ジャケット仕様) LIGHTS OUT 41uaexamSNL.jpg 819qdTNLMxL__SL1500_.jpg 616vZDe-wFL_SX425_.jpg 51Nh3RjwObL.jpg 31219QDNA0L.jpg Live in Italy YELLOW BLOOD(紙ジャケット仕様) 0831oyamatakuji.jpg pj.jpg 98e7c281-3edb-4b58-b382-0fee520de343.jpg 51xUBB5IDXL.jpg 51W5vbzNSoL_SX425_.jpg This is the sea Southern Accents Centerfield Rose Of England Poor Boy Boogie 51KQnRGfZkL.jpg 61P1R84YZTL.jpg THE仲井戸麗市BOOK 81xvZZeDEqL__SL500_.jpg 71uNe1yRlOL_SX425_.jpg 41BiuimcyaL__SL500_.jpg 71mWhnbZlBL__SL1045_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 51Uv2AegNJL.jpg Lone Justice Shake You Down 71qx7rhRauL_SL1247_.jpg Talking With The Taxman About Poetry 71PrfBnIAlL__SL1417_.jpg 51JC0ZVZ2JL.jpg 41FRDVE5HHL.jpg 51MCNZnwnYL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 41kyWjIskxL.jpg kaminari.jpg 61pfESgIsfL.jpg 51161GGhY3L.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 81341iLwJBL__SL1500_.jpg TearsofaClown2.png 41G391YlKQL.jpg 41H2ZNKB5BL.jpg RogerTroutmanUnlimited517753.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 71+LokGlumL_SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 51vj8mxfgpL_SX425_.jpg 61r6gn5Zw7L__SL1050_.jpg 81KoDrysvWL__SL1402_.jpg 81CONxXc05L__SL1425_.jpg MARVY Dream of Life 41P61852YRL.jpg First of a Million Kisses covers.jpg 51WXla6D4UL.jpg 51iMxsNHHpL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg MONKEY PATROL If I Should Fall From Grace With God Lou Reed NY アメリカ roy orbison mystery girl NZO.jpg tbirds.jpg ナポレオンフィッシュと泳ぐ日 浮世の夢 51lOB6A0QuL.jpg 31TRAKHBS3L.jpg 201710170003023bc.jpg 41HETTEDKEL.jpg 61WRTiXKDxL__SX425_.jpg 71XidOygo4L__SL500_.jpg 71VhTv2GwpL__SL1079_.jpg 61GF12GYFTL.jpg 41CX6E9PEDL.jpg 29b546020ea0dffa61f19110_L.jpg thEJUVZLEV.jpg 71sLT+3QzeL__SL1000_.jpg 51EXCEcq9XL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 51Cu2Y3de7L__SS280.jpg album-worldwide.jpg 416RTFVCTCL.jpg 愛があるから大丈夫 71-OO+VcMTL__SL1400_.jpg STICK OUT 91nimun-gdL__SX425_.jpg Through the Fire 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg album-four-chords-several-years-ago.jpg Mitakuye Oyasin Oyasin/All My Relations king-cake-front.jpg 81nBa9cn4ML__SX425_.jpg 71mdoTOXk2L__SL1084_.jpg 51zRUTKe5SL__SX425_.jpg 51AeVTRTGL.jpg 51uHHCgmeUL.jpg 201803020818585d9.jpg 20180302222942b4c.jpg New World Order Sound of the Summer Running 41PFEPPAEHL.jpg 615 61umgDYJ83L_SS500_SS280.jpg 20170806160213709.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg Home Girl Journey All That You Can't Leave Behind 91nimun-gdL__SX425_.jpg 31ARJGY84EL.jpg 31BGVPYMTKL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 日々のあわ 20171117081733097.jpg Soulbook 廻る命(DM008) 41mNSDBqy6L__SX355_.jpg Dance-With-My-Father-by-Luther-Vandross-J-Rrecords.jpg 81XonM-Wu4L__SX355_.jpg Okinawauta.jpg 41JYS3WjE6L.jpg 81DSuwZXaxL__SL1400_.jpg cover32.jpg 61gyVhU1QCL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg yjimage.jpg Chuck-Berry-1.jpg image3-e1508841142364.jpg

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