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♪きゅうり

この季節にうまいもの。
きゅうり。
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妻も娘もあんまりきゅうりは好きではないみたいで、あまり我が家の食卓に登ることはない。「あんなもん、水ばっかりで栄養ないし。」なんて言われている始末で。
でも、好きなんで、たまに自分で買って帰ったりする。
おっさんが一人できゅうり二本だけ持ってレジに並ぶ。ちょっと奇妙な光景(笑)。

老後に家庭菜園をやりたい、なんて夢はないのだけれど、きゅうりだけは作ってみたいな。
毎朝もぎたてのとげとげのきゅうりを収穫しては、ポリポリかじるのだ。
今日はマヨネーズ、明日はもろきゅう、或いは塩昆布ともんで簡単浅漬け。
あー、きゅうり。


きゅうりにちなんだ歌なんてあったっけ、と思ったら、あった。
エコー&ザ・バニーメンのアルバム「Ocean Rain」の中の一曲、“Thorn Of Crowns”。

幻想的な雰囲気の中で、イアン・マッカロクが
C-c-c-cucumber
C-c-c-cabbage
C-c-c-cauliflower
なんてまるで魔法の言葉みたいに吠えるんだ。

ジャケットもクリスタル・ブルーがなんとも幻想的。
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Ocean Rain / Echo & The Bunneymen

氷のようなひんやりと冷たい雰囲気は、この季節のクール・ダウンにちょうどいい。
しっかし、蒸し暑いね。バテる。。。
もろきゅうでビールだぁ。

音楽歳時記「大暑」

7月23日が大暑。
文字通り、暑さ最大限。一年で一番暑い時期ということだ。
この時期は、単に気温が高いというだけではなく、湿気がめちゃくちゃ高いから、不快指数はまさにMAX。うだるような暑さ。息するだけで疲れる(笑)。
特に3方を山に囲まれた盆地である京都や、街中に極端に緑が少ない大阪の暑さといったら。たぶん東京と体感温度で3℃くらいは違うんじゃないかと。

と、そんなクソ暑い真夏のド真夏、せめてリラックスしてご機嫌にいきたいね、って感じでの大暑のチョイスはデヴィッド・リンドレーさん、1981年のファースト・アルバムです。

david lindley
El Rayo X / David Lindley

なんともご機嫌で能天気なヌケた音。
見た目のイカつさとは真逆の妙にかわいらしい歌。
なんとなーく、なんでもいいや、って気分になれる。
うー、とりあえずビール(笑)。

収録された曲のうち、半分はカバーなんだけど、これが実にいい味わい。エヴァリー・ブラザーズの“Bye Bye Love”やアイズレー・ブラザースの“Twist And Shout”、テンプテーションズの“Don't Look Back”などなど、レゲエのリズムで仕上げられたR&Bの名曲たちのなんともかわいらしい感じ。かと思えば、バリバリのハード・ロック風に駆け抜ける“Mercury Blues”あり、スペイン語で歌われる“El Rayo X”やフランス語の“Petit Fleur”でのテックスメックスやケイジャンあり、泥臭さ満点なのに妙にキュートで、能天気でありつつもそこはかとなく哀愁が漂って。
リンドレーの弾くスライド・ギターやフィドルの響きも実にマッチしているんですよね。青い空へ吸い込まれていくみたいにユラユラと立ち昇っていく。
見上げれば真夏の抜けた青空、灼熱の太陽、陽炎が揺らいでいる。

こんな季節はそもそもがんばっちゃいけない。
めんどくさいことはいろいろあるけど、リンドレーみたいなゆるーいリズムでテキトーにやりすごしたいもんですがね。。。


♪母親の退院

脛椎の手術でひと月半ほど入院していた母親が先週退院しました。
退院したのはめでたいことなんだけど、一人暮らしなのでこれからがまたたいへんっぽい。
歩けるのは歩けるんだけど、首にまだ固定具をつけているから足元がおぼつかない。実家の階段は狭くて暗くて急だからできるだけ昇り降りはほしくないのだけれど、洗濯物はやっぱり二階のベランダの物干しで干したいらしい。
弟は「転んで怪我したらあかんから。」ってやめさせようとするんだけど、まぁかれこれ50年以上もやっていることだからね、そうそう簡単に習慣を変えたくないんだろう、って気持ちもわからないではない。やめろって言うのは簡単だけどだからって毎日世話できるわけでもないし、たいへんでも自分でやりたいと思う気持ちがあるならきっとその方がいいはず。

日曜日も実家へ行って、あれをどこへ動かしてくれとかこれはいらないから屋根裏へ上げてくれとか母親の要望にひととおり応えて、買い物に連れていって、掃除機かけて、風呂掃除して。これからしばらく、少なくとも首の固定具がとれるまでは頻繁に実家へ行くことになりそうだ。
家にいることがどうも居心地が悪くて、高校を出てから一年せっせとバイトして金を貯めて家を出た、あれからもう30年以上だ。こんなふうに実家を行き来することになるとは当然想像すらしなかったな。

ちなみに手術そのものは、脛椎の軟骨がへたって神経を圧迫していたことによる痛みを、脛椎のうしろに器具を入れて固定させるというもの。
レントゲン画像を見せながら、
「ここに固定具を3つくらい取り付けたということなんやて。」と母。
「サイボーグ手術やな。」と茶化す兄。
「割れたり錆びたりせーへんのやろうな。」と弟。
「セラミックやから強いみたいやで。」と答える母に、
「最後に焼いたあと、骨といっしょにそれが出てくるんやな。」とシュールな冗談をいう自分の口調が、とても死んだ父親にそっくりだな、って思った。



一応音楽ブログなので何か母親に関する歌を、と思ったのですが、どうも「家族」を歌った歌は苦手でね、なんとなく。
昭和の頃はやたらと、苦労をした、あるいは苦労をかけた母の歌が、平成のいつ頃からかは、産んでくれてありがとう、とか、いつか母さんみたいに、とか、やたら感謝っぽい歌が多いような気がするんだけど、そーゆー歌を聴くと、なんとなくどこかむずがゆいような感じがしてしまうんですよね。
あるべき正しい価値観を押しつけられてるみたいな、なんとなーく痒いような居心地の悪い感じがしてきてしまうのです。僕の感じ方のほうがひねくれているのは間違いないんだろうけど。
別に家族が苦手だっていいじゃん。家族が揃って愛に満ちていて、支えあって生きていく、みたいなのが幸せの理想像じゃなくってもいいじゃん。逆にそういう価値観を目指した結果、思うようにいかなくて崩壊寸前の家族がたくさんあるんじゃない?だいたい、そんな価値観を押しつけられなくったって切りようのない縁なんだからさ。

母親が出てくる歌で好きなのは、シオンのこの歌かな。

街は今日も雨さ / SION

都会へ出てギリギリの生活をしている男が、公衆電話から実家に久しぶりに電話する。
母親は静かな声でたった一言、「生きてなさい。」って言うんだ。
その言葉にあるどうしようもなく複雑な感情こそがね、薄っぺらな言葉じゃとても言い表せない深い愛情なんじゃないかって。





◇夏服を着た女たち

アーウィン・ショーの名作短編に「夏服を着た女たち」という作品がある。
舞台はニューヨーク。夫が妻といっしょに出掛けたときに、「夏服を着た女性たちを見るのが好きだ。」なんて言って、妻がすねる。夫はそんな彼女の心象にまるで気づかないまま、夏服を着た妻のことを「きれいな女だな。」と思う、みたいなお話だった。

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夏服を着た女たち / アーウィン・ショー

僕なら奥さんの前で、他の女のひとをきれいだと思う、みたいな話は絶対しないけど(笑)、いや、奥さん以外のどんな女のひとの前でもだ。仕事柄、女のひとと接する機会やご意見をお聞かせいただく機会はとても多いし、上司も同僚も女性比率がとても高いので、そーゆーことがいつの間にか身につきました。家庭内でも女2対男1だし。
そもそも女のひとは、誰だってそのひとなりにとても美しいというのは、ある意味当たり前のことだもの。なんていうとかっこつけすぎか(笑)。でも、ほんとうにそう思うんですよ。美しい美しくないには客観的評価が入るのでおいておくとしても、女のひとの考えること感じることには、正しい正しくないではなく一理ある、といつも思っています。

まぁ、そういうことはともかくとして。
夏服を着た女たち。なんていうかね、夏服っていう響きがなんかいいよね、って思うんですよね。
涼しげな生地のワンピースやノースリーブのチュニック、健康的なタンクトップに薄いショールとか、素足のサンダルとか、いいなって思う。いや、スケベな意味ではなく、涼しそうでさわやかで。
男なんて年中ワイシャツとスーツだからね、、、暑いんだ、これが。
ようやくネクタイなんていうわけのわからないものはしていなくても失礼じゃないという認識は当たり前になってきたけど(パン屋で配達の仕事をしてたときなんて、何度ネクタイとっちゃおうかと思ったこととか・・・)、まぁ相変わらずワイシャツ&スーツなんですよね。着る服考えなくていいから楽ではあるんだけど、なんでTシャツじゃだめなのさ。ほんとはランニングシャツに短パンとビーチサンダル&ねじりハチマキで行きたいくらいだけど(笑)、襟がないと、っていうんならポロシャツでもアロハでもええやんかいさ、と。
だいたいワイシャツ&スーツなんて、寒いヨーロッパの国のもの。日本の都会は亜熱帯だぜ?
昔、エジプトで着せてもらったガラベーヤという民族衣装はとても涼しかった。最初は下から風が入ってスカートはいているような気分がしたけど(笑)、風が通って、でも直射日光は防げて、とても理に適っていた。和服だってそうですよね。明治維新以降、西欧の文化を旺盛に取り入れていったことはよかったんだろうけど、和服が廃れてしまったのだけは残念だな。
最近はすっかり誰も言わなくなったけど、スーパークールビズのキャンペーンをまたどこかの政治家さんがやってくれないもんかな。
男連中が暑苦しい格好しているせいで室内温度は24℃、女性たちは寒くてカーディガン羽織ったり膝掛けしたり、、、なんてアホ臭い。そんなことで原子力で作った電気を消費すべきじゃないだろー、って、まぁほんとは自分が暑い嫌でクーラーも苦手だからなんだけど。



音楽歳時記「小暑」

7月7日、今夜はは七夕なんだけど、二十四節気では小暑。
梅雨明けがまだのこの時期、なかなか牽牛と織姫は会えないんですよね。本来の七夕は旧暦の7月7日なので今の暦なら8月半ば。その時期なら雨もあんまり降らなくて、宵の口には白鳥座が天の川にかかって、牽牛と織姫は年に一度の逢瀬をたっぷりと楽しめるのにね。
「小暑」というのは文字通り、「大暑」と比較してのこと。小さいというよりはLess Thanという意味合いでの「小」。いよいよこれからどんどん暑くなってきますよ、って時期だ。

今から30年も40年も前のことだから・・・今じゃ考えられないことだけど、実家にはクーラーという文明の利器が存在しなかった。真夏といえばシャツ一枚で汗だくで首にタオル巻いて過ごすのが慣れっこで、それでもやたら暑くてたまらないから、真夏の夜といえばいつも外で過ごしていたような気がする。
昼間の熱を帯びたアスファルトは夜とともに冷え始め、田舎だったせいもあるんだろうけど山から涼しい風が吹いてきてそれなりに涼しかったような気がする。
蚊に食われたり蛾を追い払ったりしながら、だらだらと何時間もツレと話こんだり、とても暑くてたまらないときは自転車でおもいっきり下り坂を飛ばして風を浴びたり。
田舎なりに遠くでチカチカ光る団地の灯りや、田んぼの中を貫ぬ幹線道路の街灯がきれいだったり。
牽牛や織姫みたいなロマンチックなことなんてなーんにもなかったけどね。

さて、そんな暑い夏の夜に似合う一枚ということで、これを。

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Volume One / The Honey Drippers

収録されている曲はすべて50年代後半~60年代前半のいわゆるオールドスタイルのロックンロールとリズム&ブルース。
ツェッペリンを解散して隠居同然だったロバート・プラントが、ジミー・ペイジやジェフ・ベックを呼んで、、、なんてことはこの際どうでもいい。このレコードにパッケージされているのは、そういうロック伝説みたいなものとは遠いところにある、青春の熱気みたいなものだと思うから。
ノリノリのレイ・チャールズの“I Got A Woman”やロイ・ブラウンの“Rockin' At Midnight”のゾクゾクするようなセクシーさ。甘ぁーくロマンチックな“Sea Of Love”。そしてベン・E・キングの“Young Boy Blues”のキュンとするようなせつなさ、たった5曲の収録曲をがぜーんぶかっこいい。
青春っぽいっていうか、とろけるような甘さも、胸締め付けられるようばせつなさも、熱く迸るようなドキドキも、ぜーんぶ制御できないような心の底から迸りだったり疼きだったりするようなね、そんな感じ。

いよいよクソ暑いド真夏へと向かう小暑の夜。
疼くような熱気をたまには思い出しながら、ロッキン・アット・ミッドナイト。



♪Sittin' On The Fence

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先週の六本木。
ライヴ前、ガードレールに座って缶ビール。
夏の夕暮れの風が気持ちよかった。
基本出不精なんで、明るい空や外の空気を感じるのはなんだかずいぶん久しぶりのような気がした。
いいもんだよね、夏の夕暮れ時。

♪ドアの前に突っ立って、通りすぎる女の子たちを眺めていた
なんて歌があったけど、ちょっとそんな気分だったかも。

Waiting On A Friend / The Rolling Stones

子供の頃は、けっこう外で遊ぶのも好きだった。学校帰りは毎日寄り道ばっかりしてた。
中学生や高校生の頃は、家にいると兄貴や父親や母親がうっとおしくって、やっぱりよく外でぶらぶらしてたな。

ストリートの上、といえば、思い出すのはこれだ。

Standing On The Street / ARB

それから、これ。

Sittin' On The Fence / The Roosters

フェンスに腰掛け、明るい空の下、
考えているところ
これから何をやろうかな。

こう蒸し暑いと、ビール飲むしかないな。
表へ出てもむんとした熱気。
もう7月だぁー。


♪東京散歩

東京へ行くときはできるだけ誰か東京在住の友人に会うようにしているのだけど、今回はバタバタしているうちに誰ともアポをとっている暇がなくって。
あー、そういや俺しょっちゅう東京行ってるけど、新宿近辺と上野近辺くらいしかうろうろしたことないなー、と思って、今回はいろいろ歩いてみた。

初日は山手線を新橋で降りて、汐留→築地→勝鬨橋で折り返して銀座→日比谷。日比谷公園ではアフリカ・フェスティバルっていうお祭りをやっていて、ゴスペルっぽいバンドが演っていた。そこでビール飲んですっかりいい気分になって、それから国会議事堂を横目に虎ノ門→東京タワーの見えるとこまで歩いてから六本木へ。
翌日は、地下鉄を半蔵門で降りて、千鳥ヶ淵→皇居の北の丸で日本武道館を見て靖国神社。カラスがいっぱいいて、しばらく観察してた。靖国神社のカラスって人に慣れてるのかな、全然逃げないんですね。
それから坂道を下って西神田→水道橋→お茶の水→秋葉原。ここまで来たんならってスカイツリーも見ておきたくなって、最後は隅田川を渡って両国まで。
いずれもニュースやなんかでしょっちゅう見聞きする地名ばっかりだけど、実際歩くと位置関係がよくわかる。これは、若い頃海外をうろうろしていたときによくやったんだよな。街に着いたらまず地図を手に入れてとにかく歩く。ブロックを越えるごとに街の表情が変わっていくのが楽しいのです。

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写真は、お茶の水の聖橋から秋葉原方面の風景。
この景色はいつか見てみたいと思っていたんだよね。
さだまさしの“檸檬”っていう歌に出てくるんだ。

食べかけの檸檬/聖橋から放る/快速電車の赤い色がそれとすれ違う

投げられたレモンは川面に落ちて波紋を広げ、主人公の恋人はその波紋の広がりを数えたあと、ため息混じりにこう呟く。
「捨て去るときにはこうしてできるだけ遠くへ投げあげるものよ。」
橋の上から高く投げ上げられたイエローの固まりが回転しながら落ちていくところへ赤い快速電車が通りかかる。ゴゥゴゥと音を立てて。そんなビジュアルが鮮やかに浮かんでくるこの歌の景色。「檸檬」っていうのは、もちろん梶井基次郎が一枚かんでいる。青春のもやもやを時限爆弾に見立てて丸善に置かれた、あのレモンだ。
お茶の水近辺っていうのは文京区っていうだけあって学生街なんですね。
「まるでこの街は青春たちの乳母捨て山みたい。」「ほら、そこにもここにも、かつて使い捨てられた愛が落ちている。」という主人公の恋人もしくは元恋人の言葉が、街を歩いてみるととってもしっくり来る。

食べかけの夢を/聖橋から放る/各駅停車のレモン色がそれを嚙み砕く

夢の行き止まり。青春の、なんともへヴィーな局面。
放物線を描いて川面に落下してゆくレモンに込められた、ひとつの終わり。
なんてブンガク的なんだ。
さだまさしの原曲はさすがにもっちゃりしていて70年代フォーク感が古くさくも感じてしまうけれど、例えばシオンあたりがブルージーに演ったりするとすげえかっこいいだろうな。
なんてことを思いながら、聖橋の上で、行き交う電車をしばらくずっと眺めていた。
電車についてはまるで詳しくないしまぁ詳しくなろうとも思わないんだけど、電車が行き交う風景っていうのはいつまでも飽きずに見ていられるものですね。
みんなそれぞれに行き先があって、ほんの少し交差して、それぞれの場所へまた去っていく。
そのちょっとせつない感じ。
人の流れにも似て。

と、ここまで書いて、「流れていくもの」への憧れが自分にはあるのかも知れないと思った。
今回の散歩のコースはなんとなく東京らしいところ、って考えただけだったんだけど、隅田川の河口から始まって、江戸城のお堀周りから神田川を下るコースは全部水辺なんですね。川の流れ。
それから音楽も流れていくものだ。
やってきて、ひとしきりなにがしかの感情を残して、去っていく。
流れそのものになるよりも、流れを眺めているのが好き。
そう思って後ろを振り返ると、自分もやっぱり流れてた。


♪6月24日六本木

さて、楽しかった週末の出来事をどこから話そうか。
あまりに楽しすぎて、言葉が見つからない。あるいは、どんなに言葉を尽くしてもきっと伝えられそうにない、というのが正直なところ。

きっかけは六本木のバー“Deuce”のマスター・サトシさんからkonomiさんへの一本の連絡だったそうだ。
「うち、またライヴやるんで、よかったらまずはやってくれないか、」って。
六本木一丁目にあるバー“Deuce”は、それこそ20人も入れば満杯の小さなハコ。建物も実際ボロボロで、オーナーが建て替えを考えて立ち退きが決まったそうで、ここでライヴをすることができなくなった、それが4年前。
ところが、オーナーが代わったとかで立ち退きの話は立ち消えになったんだそうだ。

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夕方5時ごろ。新幹線で東京に着いた僕は、“Deuce”の前で今夜の主役「めれんげ」のVo、Gでソングライターのkonomi氏とスタッフの花マロリンさんと11月以来の再開。まだ夏至を少し過ぎたばかりの明るい空。いつもは11月なんでこの時間はもう薄暗いんだよね。
そして、続々と集まってくる美しくもどこか個性漂うお姉さま方と一部お兄さん。みんなkonomiさんのブログでつながった仲間たちだ。なぜか女子率高く。
「野郎どもにもっと来てほしいんだけど。」と言いつつ、まんざらでもなさげなkonomiさん。
再開を喜びあうみなさん、それからはじめましてのご挨拶の方々。
konomiさんや花マロさんがハグして喜びあう姿を見ながら、僕は2011年の秋のことを思い出していた。
みんな、ここで出会ったんだ。
konomiさんや花マロさんはもちろん、今回は来れなかった波野井さんやezeeさんやmegumick、Miyaちゃんヒデソン氏、deguちゃんやシゲさん。今はどうしているやらのリュウくん。再開できたsaltちゃん、そしてバンドのメンバーのみなさん。それより前にお会いしていたのはOkadaさんくらいだもんね。
もう7年も経つんだ。konomiさんが最初にブログにコメントくれてからもう10年くらい経つんだ。いつの間にか「そういえば、いっつもいますよね。伊勢の方?」とか言われちゃうくらい、めれんげの東京ライヴはすっかりなくてはならない行事になっておりますが(笑)。

ライヴの第一部は、konomiさんとG.下村さんの二人での弾き語り。
いきなりの“東京ブギウギ”で始まって、ビートルズの“A Hard Day's Night”、RCの“あの娘のレター”、「ソウルバラードを演りまーす。」というMCで“My Girl”のイントロのあとに始まったのは“はじめてのチュウ”。下村さんの麗しいギターの見せ場“Till There Was You”のあとはルースターズを二連発。スライダースが来て、下村さんが歌うコーナーはまさかの永六輔中村八大“黄昏のビギン”に、続いてkonomiさんがまさかまさかの“ハッとしてGood”、ドラムの藤倉さんが歌ったのはサウスの有山節、あとなんだっけ、konomiさんのルーツであろうキャロルとクールスか。インプレッションズの“It's Alright”もあったっけ。
全部書いてたらキリないんではしょるけど(笑)、二部は基本めれんげのオリジナル名曲集。途中Alley NutsのKazさんとLillyさんをフューチャーしたブルース・コーナーがあって(ピアノの馬橋さんのヴォーカルもいい味!)、アンコールはチャック・ベリーに捧ぐ“Jonney.B.Goode~Bye Bye Johnney”。
たっぷり楽しみました。

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「やっぱりお客さんに楽しんでほしいからね。」って、ライヴがはねたあと酔っぱらったkonomiさんは言うんだ。
「こんな伊勢の田舎のバンドのために、みんな集まってくれる。俺たちが楽しいから演ってることなのに、チャージ払ってね。ありがたいよ。楽しんでもらいたいよね。」
「いつか、書いてくれてたやん、“めれんげの音楽は、お客さんが楽しんでくれて完結する音楽だ”って。ほんとそうなんだよ。」

土曜日演奏された曲は全部、カバーもオリジナルも全部、きっと具体的に「この人にこの曲を聴いてほしい」という意図があって選ばれたんだと思う。
天国のOnnzyさんへのスライダース、東京ライヴのきっかけになった清志郎へのリスペクト、バンドのメンバーのため、お母さんやお姉さんのため。若くして亡くなられた恋人のための“夏の朝5:20”は、亡くなられた小林麻央さんとダブって余計に泣きそうになったけど。
この曲を聴いて足を運んでくれたというジャズ・ヴォーカルのかずさんのための“星の隠れ家の前で”。めれんげファンのためにもはや欠かせない“ブルースは聴かせないで”と“シャララ”。それから若かりし自分自身へのためのキャロルやルースターズ。この日お誕生日を迎えられた初参加ちびさんのための“Happy Birthday”。
そういうところがね、konomiさんの一番の魅力なんですよね。
そして、そんな人柄が演奏にあふれている。
僕たちは、音楽だけじゃなく、音楽の形をした心を聴いている、受け取っている。
もちろん本人のために弁護しておくと、ただの優しい男ではない。
「ステージでイェーィ、ロックだぜー、なんて言っているけど、ほんとは暗いやつなんです、そこんとこわかってくれる方だけおつきあいよろしくー。」なんてMCをしゃあしゃあとのたまう人で、だからこそみんな頷けるし、一人一人「俺も」「わたしも」って思っちゃうっんだろうな、なんて。

とりとめもなく長文になりすぎました。
それからちょいと誉めすぎた(笑)。
たぶんだけど、土曜日の演奏は、本来のめれんげからすると70%くらいの出来だったんじゃないかと思う。
でもね、それくらいゆるいくらいが僕はけっこう好きだな。
ゆるくっていいから愉快に、でもだらだらではなく譲れないセンはちゃんとキープして、50過ぎるとだんだんそうやって、自分自身が楽しめることと目の前のあなたが楽しんでくれることの真ん中くらいで生きていけるのがきっと一番素敵なことなんじゃないかって思うんですよね。
っていうか、konomiさんたちとのおつきあいやみなさんとの出会いを通じてそう思うようになってきたって感じかな。

まだまだ先はもうちょっとある。
また笑顔でお会いしましょうね。



音楽歳時記「夏至」

6月21日、夏至。
太陽が最も北に寄り、北回帰線の真上までくる。すなわち、一年のうちで一番昼間が長い日。
北欧など緯度の高い国では夏至の日にはお祭りが行われる。日照時間が貴重なため、太陽は信仰の対象になるのだろう。古代からの太陽信仰と、キリストの聖人の祝日が重ねられる。イエス・キリストよりも半年早く生まれたと言い伝えられる聖ヨハネの日なのだそうだ。

そんなお祭りみたいにハッピーで踊り出したくなるような1曲目、“Jackie Wilson Said”から始まるこのアルバムが、夏至の日の一枚。

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St.Dominic's Preview / Van Morrison

ヴァン・モリソンの「セント・ドミニクの予言」。
聖ドミニクは、1170年にスペインで生まれたカトリックの修道士なんだそうだけど、その方がどういう方でヴァン・モリソンさんがどういうことを歌っているのかは、不勉強でよくわかりません、ってか、キリスト教の基礎知識がないので、訳していてもちんぷんかんぷん(笑)。
ただ、全体として聖なるものへの敬虔な思いや祈りや願いといったものが歌全体を通して歌われている感じはひしひしと伝わってくる。
中でも圧巻なのは11分にも及ぶ“Listen to The Lion”。
懐の深いゆったりとしたアコースティック・ギターで始まり、清らかにピアノが響く中で、天に響かせるように歌うモリソンの声は、やがてリズムのうねりとともに咆哮へと変わっていく。聴き終えた後には、魂をゴシゴシと洗われたみたいな、心地のよい虚脱感が残る。
続く“St.Dominic's Preview”にしても、軽快でフォーキーな“Redwood Tree”にしても、なんていうんだろうか、ナチュラルなグルーヴがすごく気持ちいいんですよね。安心できるというか、懐が深いというか、リズムのうねりとヴァン・モリソンの歌の滋味がなんとも味わい深い。この深みはやはり信仰の深さから来るものなのだろう。
そして、夏の夜風のような“Almost Independence Day”。

明日からは少しずつ日が短くなる。少しずつ短くなって冬至を迎えた先に再生が待っている。そんな一年のサイクルを人の一生と重ねながら、昔の人は人生の再生=生まれ変わり、転生を願ったのだろうか。


♪Search and Destroy

「大城直俊さんですね。署まで任意同行願えますか。」
ギターを抱えてスタジオへ行こうと扉を開けた途端、角から制服の男二人組が現れ、手帳をかざしてそう言った。
「え?何のことかよくわからないのですが?今から約束がありまして。」
「楽器演奏の合同練習ですね。その事でしたら問題はありません。」
「は?」
「駒田太郎さん、原達也さん、梨野亜里沙さん、みなさん署に同行いただいておりますから。」
「どういうことだ?」
「詳しくは署でご説明致します。ご同行をお願い致します。」
制服の男の口調は、丁寧だが有無を言わせない高圧的なところがあった。こういうのを慇懃無礼というのだろうか。この手合いは昔から苦手だ。
逃げるか?という考えが一瞬頭をよぎったが、やましいことなど何もない。同行する以外に選択肢はなかった。

思い起こせば、あの事件がきっかけだったのだろう。
2020年8月15日、東京駅、新宿駅、東京スカイツリーで同時に起きたテロ事件。合わせて2000人以上が死亡した大事件は、無事成功裏に終わった東京オリンピックでの覚めやらぬ興奮を嘲笑うかのように起こされた。オリンピック後に警備が手薄になることを待ち構えていたのだろう。インドネシア人を中心とするイスラム過激派の仕業とされたが、結局犯人は捕まらないままだった。
あれから一気に、一般市民への監視が厳しくなった。あらゆる主要駅の改札に検問所が置かれ、電車に乗るためには行列に並ばなくてはならないことなった。終戦記念日という日本人にとってとても大切な日に首都が狙われたということもあってか、そのことを多くの国民が支持をした。
やがて政府に批判的なコメントを書いたSNSのアカウントが次々と削除されはじめ、翌年の夏にはそのことに対して反対の声をあげた国会前でのデモの参加者たちが、テロ等準備罪で現行犯逮捕される事件が起きた。
そして、今のような密告社会が始まったのだ。

取り調べを経て、僕たちは書類送検されることになった。
罪状は、テロ等準備罪違反。
直接的な証拠として、先月のライヴで演奏したある曲のビデオが提出されていた。
イギー・ポップ&ストゥージースの“Search and Destroy”。この曲を一部日本語にして歌ったのが、テロ等を思想的に支援している、扇動的だとされたというわけだ。善意の人からの告発があったと警察は言っていた。
そんな意図などまるでない、僕たちはただ好きなロックを演奏しただけだ、という主張は受け入れられなかった。
取り調べの中では、僕が匿名で書いているブログの記事での、アナーキーやARB、セックス・ピストルズやクラッシュの記事までもが、反社会的であり暴動を扇動している思想の根拠とされたのだ。

結果的には不起訴処分となったものの、僕たちのバンドは解散せざるをえなくなった。
ドラムの達也は「ひどいめにあったぜ。だからパンクなんて今時流行らないって言ったんだよ。」とバンドを去っていった。ベースの亜里沙も「もう無理っぽいよね。」って。ギターの太郎だけは「あいつら、俺たちの演奏がかっこよすぎてムカついたんじゃね。」って強気なままだったのだけど、じゃあとりあえず二人で演ってみるか、ってライヴ・ハウスのマスターのところへ相談に言ったら、「警察から通達があってな、すまん、俺もこの店で生活していかなきゃいけないから、、、。」って。
そうか、あいつらそうやって人の心の弱さにつけこんで、人々を分断していくんだな。たかが若造のやることにもこうやって牽制球を投げ込んでくるのはそういうことなのか。
従うしかない一般市民は、お上のすることにモノが言えなくなっていく。
Search and Destroyと叫んでいた僕たちのほうが、探しだされ、ブッつぶされたなんて、くだらないジョークみたいだ。

マスターは「やっぱりあのときに、もっと反対しておかなくっちゃいけなかったんだ。」と悔いていた。
オリンピックが始まる3年前の2017年6月だったそうだ。当時の政権与党が、数の力に任せて強硬採決を行ったのだ。首相は「オリンピックを成功させるためには不可欠な法律だ」と主張し、「一般人が捜査の対象になることはほとんどゼロに近い」と発言していたのだそうだ。一部のマスメディアや野党は「戦前の治安維持法のように、政府が恣意的に運用できる」「言論の自由が侵害される」と主張してはいたものの、当時の国民はほとんど無関心だったそうだ。海外でも大きなテロ等が続発していたし、中国や当時の北朝鮮や韓国といった国々との関係も悪化していたためか、キレイゴトじゃやっていけない、反対する人たちはあまりにおめでたすぎるという風潮も強かったのだそうだ。その頃はまだ、国防軍はなく自衛隊と呼ばれていて、憲法には非戦を謳った9条というものがあったのだそうだ。
テレビからは、「この国を守りたいのなら、ともに戦おう」と勇ましい言葉で、国防軍の採用募集のコマーシャルが流されていた。

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“Search and Destroy” Iggy Pop & The Stooges


♪Life Goes On

「こないだ朝礼のあとで部長にこっぴどく怒られてさ、俺の朝礼の態度が悪いっていうんだよ。ふらふらしたり、壁にもたれたりとか、人の話を聴く姿勢じゃない、ってさ。いやー、そんな態度してたつもりないんだけど。」
メシ食いながら、おもむろにTがそう話しはじめた。
「うーん、そうかなー。そんな気になるようなことはなかったけど。」
「ま、確かに専務の話が長すぎて。出た、いつもの具体性ゼロのスローガンだけのハッパかけ!とか思ったのは確かなんだけど、だからってそんなの態度に出して反発するようなトシでもないしさ。でさ、ふと思い当たったの、俺、病気かもしれない。」
「は?」
「ちょっと前からなんとなく腰や背中が痛くってさ。どよーんと重い感じっていうの?そんなに筋肉痛になるようなこともしてないし、あ、これ運動不足でギックリ腰になる手前かな、なんて思ってたのよ。」
「前にギックリ腰やってたことあったわな。」
「でも、そのときの感じともちょっと違うんだよ。もっと重いっていうか。」
「ふむ。」
「2年くらい前にさ、亡くなったFさんって覚えてる?」
「あぁ、癌だったっけ。膵臓?」
「膵臓。」
「わかったときにはレベル4で、もう手のほどこしようがなかったって。」
「Fさんさ、倒れる前に、腰や背中が痛い、って言ってたんだって。」
「・・・」
「ひょっとして、俺もそれじゃないかって。」
「まさか。」
「な、お前、余命があと数ヶ月だって言われたら何したい?」
「えー、考えたことないな。旅行とか?」
「旅行ね。ま、ありがちだね。」
「ハイハイ、どーせありがちっすよ。」
「旅行なんて行ったところでさ、体調悪いのにそうそう海外なんて行けないし、日本中ならどこ行ってもおんなじじゃん。海があるか山があるかくらいの違いでさ、どこにだって国道沿いにチェーン店のファーストフードがあって、コンビニがあって。」
「そんなとこばっかりでもないだろうよ。」
「いやー、そんなもんよ。地元の名物です、なんて出された料理も原料はぜんぶ海外産だったりさ。」
「じゃ、お前は何がしたいんだよ。」
「俺ね、手紙を書きたいんだ。」
「手紙?」
「お世話になった人ひとりひとりに手紙を書くの。それを、死んでから投函してもらうんだよ。」
「それ、重くね?」
「いや、もっと軽いやつ。暑中見舞いみたいな。ハロー、その節はお世話になりました、そちらはいかがですか、こっちは天国で元気にやってます、また会いたいですねー、みたいな。」
「いや、重いでしょ、じゅうぶん。」
「そうかなー(笑)。」
「ま、とにかく医者へ行ってこいよ。」
「即入院とか言われたらどうしようか。」
「そのときはそのときで、しっかり養生するしかないしさ。」

ひとしきりTとの会話を終えたあと、僕はふとこんな歌を思い出していた。

逃げることもない、恐怖に向き合わなくてもいい。
君が無防備だって、人生はそこにある。
ある日そいつはやってきて、君はただ受け取ればいい。
君が予想もしないうちに、そいつは突然やってくるんだ。
そして、君もいつか逝く。
そのときになってわかるんだ。
人生は続いていくんだって。
君がいい奴だったか、それとも嫌な奴だったか、
正しかったか、間違っていたか、
そんなことは誰も気に止めやしない。
だって、それぞれの人生は続いていくんだから。
(Life Goes On :The Kinks)


レイ・デイヴィスらしいシニカルな歌。
77年の『Sleepwalker』だったっけ。結構好きなレコードだった。アコースティック・ギターのストロークのジャキジャキした音色がキンクスらしくって。
誰もがいつか逝く。僕だって。予想もしないうちに突然なのか、余命を宣告されてじわじわか、それとももうすっかり人生に飽きてしまって今か今かと待ちわびてか、或いはそういうことすら自分ではわからないくらいボケてからなのか。
どっちにしたってどうすることもできない。僕らはただその結末を受け入れることしかできない。
重いよ、ってやんわりと断ったけど、亡くなってから届くTからの手紙は、ちょっと読んでみたい気も少しするけどね。
でも、たぶんすぐに忘れてしまうのかもしれない。僕は僕の人生を、僕らは僕らの人生を生きるのにきっと忙しすぎる。
今までも何億何十億という命がこの世に生まれては消えていった。幾人かの近親者がその失われた命を惜しみ、でもやがて誰もがいつか逝ってしまって、誰の記憶にも残らない。そういうものだと思っておけば、それはそんなに辛いことでもない。そういうものだと思っておけば。

ちなみにTは、その週明け、検査を終えて普通に出社してきた。少し浮かない顔をしながら。
「軽い胃炎だってさ。薬出してもらったよ、きっちり2週間分。」

Life Goes On.
人生は続いていく。
Life Goes On.

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“Life Goes On” The Kinks

音楽歳時記「芒種」

芒種 (ぼうしゅ)は、「麦を納め稲を植う。芒ある穀類、稼種する時也」という言葉からの節季。
要は、種蒔きをする時節、ということですね。いわゆる田植えの季節。
田んぼには水が張られ、鏡のようにキラキラ光る。
その水鏡がずっとずっと広がっている。
はるか2000年3000年の昔から続く日本の初夏の風景。
米を主食とする民族にとって田植えというのはとても大事な行事で、失敗するとその一年、一族もろとも村もろとも食いっぱぐれてしまうことになるわけだから、成功のためには集団の構成員は好き勝手な行動は制限され組織されることになる。ルールが作られ、それを遵守することが尊ばれる。異端は排除される。日本的な生真面目さや集団のヒエラルキーは、そういった米作りにおける集団作業から発生しているのでしょうね。

まぁそういうことはともかく、田植え的生真面目さでなんとなく思い出したのがヒューイ・ルイス&ザ・ニュース。
きっちりと鍛練されたジャストでタイトなリズム、完璧なハーモニーのコーラス・ワーク。
そんなふうにプロフェッショナルな技術に裏打ちされているにも関わらず、どこかピュアな素朴なところが農耕民っぽい。
みんなで力をあわせてコツコツと努力を積み重ねた上で、最後はお天道様におまかせするようなフィーリング、っていうか。
メガ・ヒットになった『Sports』もポップでさわやかな『Picture This』も大好きなんだけど、それらに負けず劣らず大好きなのが、この『Four Chords & Several Years Ago』です。

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Four Chords & Saveral Years Ago / Huey Lewis & The News

ヒット曲を連発したクリサリスを離れてエレクトラからの94年のこのアルバムは、オールド・スタイルのロックンロールやR&Bの地味渋カヴァー集。
1曲めからジョー・ターナーの“Shake, Rattle And Roll”でご機嫌に始まって、サニー・ボーイ・ウィリアムソンの“Good Morning Little School Girl”やアラン・トゥーサンの“Mother In Low”、ファッツ・ドミノの“Blue Monday ”、ロイド・プライスの“Stagger Lee”といったブルースやニューオリンズR&Bの名作から、“Searching For My Love”や“Some Kind Of Wonderful”、“If You Gotta Make a Fool of Somebody”、“She Shot a Hole in My Soul”といった知る人ぞ知る名曲まで、泥臭くもポップでヒューイたちらしい陽気でのびのびとしたプレイが楽しい。
ポップ・ヒットを連発するよりもこうして好きな音楽をただ演りたいだけ、とでも主張するかのような、かつてのメガ・ヒット路線を拒否するかのような姿勢というか、このアルバムの演奏からは、オールド・スタイルのロックンロールやR&Bへのリスペクトと、自分たちの役割は大いなるルーツの継承だというような意志が感じられるのですよね。

ルーツへのリスペクト。ルーツの継承。
人々はそうやって、先人から受け継いだ文化を黙々と継承してきた。
その積み上げの先に今の僕たちの便利で快適な暮らしがある。
この歳になってようやく、そういうものの大切さがわかりかけてきた感じ、てっとこだろうか。



♪See The Sky About The Rain

電車を降りて駅を出た瞬間、空がピカッと光った気がした。
え、カミナリ?
まだ六月になったばかりだというのに。
それとも錯覚?と思う間もなく、また、まるで切れかけた蛍光灯みたいに青白くほんの瞬間光る。西の空の雲が反射する。どどどどどど、と地鳴りのような低い響き。そう思ってすぐに、実は地鳴りなんて聞いたことはないけれど、と思う。
あなたの心ない言葉で私は傷ついた、とLineのメッセージ。
そんなつもりなんてなかったんだ。いつまでたっても理解しようとしないあなたに少し苛立っていたのは確かだけれど。
そして、砂漠に水を撒くように不毛だと感じているのも確かだった。と思って、やはり、砂漠で水なんて撒いたことはないけれど、と思う。
再びの稲光と雷鳴、そして巻き上げるような突風。まるで竜巻のようだ、と思う。
竜巻ならば見たことはある。以前住んでいたマンションは向かいに線路があって、その向こうには川、そしてその向こうにずーっと田んぼが広がっていたのだ、たぶん甲子園球場数個分。四階のベランダから、田んぼの上で渦を巻きながら移動していく竜巻を見たことがある。甲子園球場にも行ったことがある。タイガースがスワローズに破れた試合だった。逆転打を打たれた投手へ、スタンドから容赦のないヤジが浴びせられていた。

雨が降るのだろうか。
そう思って空を見上げる。
そういえばそんな歌があった。
ニール・ヤングだ。“See The Sky About The Rain”、ビーチにキャデラックだかビュイックだかが突き刺さったジャケットのアルバムのニ曲目。

雨が降るのだろうか。
そう思って空を見上げる。
破れた雲、雨。
機関車が列車を牽引している。
僕の頭の中で汽笛が鳴り響く。
だだっ広い平原につっ立っているいくつもの信号機。
線路を転がっていく。
雨の降る空を見てごらん。
幸せ行きの人もいれば、栄光行きの人もいる。
失うばかりの暮らしに行き着く人もいる。
おまえの物語を、一体誰が語れるというのだろう。

そんな歌だ。
どうしてニールは、雨空を見上げて、平原をひた走る機関車を思ったのかいまひとつよくわからないのだけど、僕にはこの歌の機関車とあの田んぼを横切る竜巻がなぜかダブってしまうのだ。

やがてボトボトと音を立てて雨粒が落ちてきだした。
まるで彼女の涙のようにボトボトと。
彼女の涙は見たことがある。泣かせたのは僕だ。
肩に、服に、カバンに、雨粒がボトボトと落ちてくる。痛いくらいに大粒の。
もっと降ればいい。いっそ、もっと激しく、もっと激しく。
その雨を浴びながら、僕はまるであの日の打ちのめされた敗戦投手のようにダッグアウトへ帰るのだ。


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“SeeThe Sky About The Rain” Neil Young



音楽歳時記「小満」

5月21日は小満。
二十四節気の中ではかなりマイナーな存在ですが、「陽気盛万物稍満足す。万物盈満すれば草木枝葉繁る」、気候がよくなると、あらゆるものが生気に満ち、草木も生い茂る、というようなことがその意味するところ。ヴァーサイタルでポジティヴ、かつささやかな充実感に満ちているような言葉です。

昨日も今日も、雲ひとつないいいお天気。
さわやかで心地よい。
こんな抜けた青空といえばこのアルバムだ。

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Little Feat / Little Feat

スカッと抜けたさわやかなカリフォルニアの青い空。
そんなジャケットのイメージとは裏腹に、ドロッとくたくたなブルースがいっぱいつまっているこのアルバム。
よく見ればジャケットの青空の下には浮浪者がうろついている。
リトルフィートの音楽って、どこか抜けてるっていうか、ピュアっていうか、どろどろのブルースなのにどこか清々しさがあるのですよね。理詰めじゃない。ガツガツしてない。スキマの美学というか、いろいろがら空きなのになんとなく満たされた感じというか。
あるがままという感じ、或いは、足るを知るという感じ。
求めれば求めるほど、手に入らないことが苦しくなる。今あるものを見渡してみれば、実はじゅうぶんに足りている。
ましてこんないいお天気だもの。
ついつい飲みたくなって、昼間っからビールの缶をプシュッと。
あー、気持ちいい。

昔の人たちにとってもこの時期は、衣食ともに不自由しない、ある意味ささやかながらも満たされた、いい季節だったのだろうな。
小さく満たされる。
この歳になってくるとそんなに大きなことは望まない。
若い頃なら、こんないいお天気の日に出掛けもせずに家で飲んでるなんて、なんてシケてるんだと思っただろうけど、今はそうは思わない、というか、そういうのがむしろ楽しい。
いいお天気の過ごしやすい穏やかな日に、昼間っから酔っぱらう、そんな穏やかな幸せ。
小さく満たされる。
なにしろこんないいお天気なんだから。


◇唄めぐり

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音楽好きの人と話をしていると、意外と皆さん「新しい音楽」をちゃんとチェックされているんだなぁ、と感心することがある。
こちとら、すっかり時代から取り残されている。
90年代にヒップホップとグランジが主流になったころからすっかりついていけなくなってしまったからなぁ。
いや、ついていけなくなったというよりは、ついていく必要がないと思った、すなわち、自分が求める音ではないと思ったっていうのが正しい言い方ですが。
そういう自分が「新しい音」としてワクワクするのは、「古い音楽」なのです。
50年代、40年代のリズム&ブルースやドゥー・ワップ、モダンジャズになる前のジャンプ・ブルース的なジャズ、あるいはモダンブルースになる前の古いブルース、30年代や20年代のジャズ。なんていうのかな、人が歌を歌う、音楽を演奏する息吹というか、生の感情というか、そういうものがダイレクトに伝わってくるのが心地よい、という感じ。
そういう感じで古い音楽ばっかり聴いていると、古い日本の民謡なんかも実はとてもリアルに生々しさを感じる音楽であることに気づいたりする。若い頃は、日曜日のお昼にテレビでのど自慢大会なんかが始まったりすると吐きそうなくらい気分が悪くなったくらい、退屈な音楽だと思っていたけれど。

石田千さんの「唄めぐり」は、日本全国各地で歌い継がれている民謡を訪ねて現地を訪れた紀行エッセイ集。
3年以上にわたって訪れた土地は、北海道から沖縄まで25か所もあって、その土地土地で出会った人々とのさりげないふれあいや、土地のお酒や食べ物、風土や気候、歴史なんかが、淡々と綴られている。
ちょっとほわっとして、散文的な石田千さんの独特の文体から、いにしえの人たちが唄に込めた感情が、ふわりふわりと浮かび上がってくる。なんとなく自分もその土地にお邪魔したことがあるような気分になってくる。
取り上げられた唄は、佐渡おけさ、木曽節、こきりこ節、安来節、黒田節、会津磐梯山、こんぴら舟々、安里屋ユンタ・・・といった聞き馴染みのある唄から、宮崎県の刈干切り唄、熊本の牛深ハイヤ節、酒田甚句に秋田米とぎ唄なんていう耳にしたこともないものまで様々で。
現在残されているほとんどの民謡は、明治中期~昭和初期にかけて編集されたもののようだけど、そのルーツは実は様々。“こんぴら舟々”なんかは元々芸者さんが演っていたお座敷唄だったり、“刈干切り唄”は神様に捧げる唄だったり、広島の“壬生花田植唄”は一大イベントである田植えを祝うお祭りの唄だったり、“牛深ハイヤ節“はシケの時に風待ちの港で漁師たちが酒盛りをした騒ぎ唄だったり。“秋田米とぎ唄”なんかは、日本酒を仕込むときの米とぎの作業の時に歌われた労働歌だったのだそうで、歌うことがそのまま作業工程の時間を図るタイマーのような役割も果たしていたということだ。或いは歴史の伝承として歌われたアイヌの歌や、浪曲の要素を盛り込んで町のゴシップを歌いワイドショー的に発展していった河内音頭、重税に苦しめられた庶民の嘆きを歌ったものが多い八重山民謡など、読み進めていると民謡とひとくちにいってもその出自はずいぶんと多様であることを知る。
元々音楽や歌っていうのはそういうものなんでしょうね。ブルースのルーツが、プランテーションに縛り付けられた奴隷たちのフィールド・ハラーであったり、囚人農場で集団作業をするための労働歌であったり、酒場で憂さを晴らすための政治的な歌や、猥雑な歌であったみたいに。日本にもかつてそういう歌があり、そういう歌を必要とする暮らしがあった。そんなに昔のことじゃなく、少し手繰り寄せれば捕まる範囲の歴史の中に、そういう暮らしがあった。たくさんの人たちが、そんな暮らしの中で連綿とつないできた先に僕たちの今の暮らしがある。
石田さんは、そういうことを、現地の人たちとの交流や土地や風土のことを語りながらほんわりと伝えてくれるのです。

「安里さんの三線は音の粒がそろい、ひとつぶずつのあいだにこころのひだの濃淡がある。弦をたどる指は、さっき会った子どもたちのようにのびやかだった。声は空にのびて、たくさん語りあうよりも、手をつないで伝える情けのほうが、はるかに多かったころの時間と景色を見せる。」

「民謡のなにが好きときかれたら、一番は正直。うれしい、かなしい、たのしい、しんどい。嘘をつかなくてもいいし、恥ずかしがらない。広い景色を浮かべ、ほんとうのことばにさわる。からだぜんぶを使って歌うすがたに、気づかずおさえつけていた日々のふたがゆるむ。ほんとうだなあと素直になれる。」

石田さんの言葉のなかに感じたことは、本来音楽がもっていた機能のことだ。
つまり、こころを伝え、こころを共有するという、音楽の役割。
最近の音楽にこころがない、とジジイの戯言みたいなことを言いたいわけではない。商売を前提とした音楽の中にも素晴らしいものはたくさんあるし、僕は今の年ではまるでピンと来ない歌にもこころを震わせることができる世代がいることも承知しているけれど、まぁだいたいは既成のものをとっかえひっかえしただけの「ごっこ」なんだよな。結局のところ、つまらないなと思ってしまうのはそういう部分。もちろん古い音楽や、民謡を含むワールドミュージック的な辺境の音楽がすべて素晴らしいわけではなく、いつの間にかありがたがられて○○流、なんて型にはめられてしまったお師匠さんが伝承していくような類の民謡のほとんどはつまらない。僕が昔吐きそうになったのど自慢大会なんかもほとんどはそうだったんだろうと思う。
結局のところ、聴きたいのは、古い新しいに関わらず、魂を揺さぶられるようななにか、こころの底から歌い演奏されるなにかなんですよね。
そういうものと自分自身の気持ちがスコンとシンクロしたときのなんともいえない心地の良さこそが音楽の一番の素晴らしさなのだと思うのです。



音楽歳時記「立夏」

5月5日は立夏。
夏の気始めて立つ。
暦の上では今日から立秋までが夏。野山に新緑が目立ちはじめ、風も爽やかになって、いよいよ夏の気配が感じられるようになる時期です。

一年を一生と考えると、5月頃っていうのは思春期の入り口にあたるイメージがある。
すべてが初々しく、活気にあふれ。やんちゃでむこうみずで、その分、痛くてせつなくて。
あたたかい気候に誘われて表でやんちゃに遊ぶのもいいし、逆に明るい陽射しから逃げるように部屋に閉じこもっているのもそれはそれでよし。
そんな思春期のイメージと重なるのがRCサクセションのこのアルバム。
1980年、僕も思春期の入り口にいた。

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Please / RCサクセション

“モーニングコールをよろしく”とか“体操しようよ”みたいな、ちょっとかわいらしい、無邪気な歌がたくさん入っているんだよね。“ミスターTVプロデューサー”もどこか引きこもりの少年の呟きっぽくてなんとなく共感しちゃうし、“僕はタオル”みたいなぶっ飛んだ異色作も入っている。
それから、キョーレツなインパクトを持った“ダーリン・ミシン”、“DDはCCライダー”。その後ライヴの定番になった“Sweet Soul Music”や“いいことばかりはありゃしない”の影で、定番にはならなかったしベスト盤にも収録はされないけれど、いかにも清志郎らしいチャーミングな曲がたくさんあって。
どの曲にも、あの時期の清志郎にしか書けなかったような無邪気さがあります。無邪気であるが故の自信と、それを認めない世の中への不審と、それらがないまぜになってごちゃごちゃになって溢れだしてくるような。光と影、すなわち思春期。
それから、なんといっても“トランジスタ・ラジオ”だ。
5月の青く晴れ渡った空を見上げながら、タバコを一服。
そのとき、僕はいつでも屋上にいる。
内ポケットにはいつも、トランジスタ・ラジオだ。
君の知らないメロディー、聴いたことのないヒット曲、なのだ。
彼女が教科書を広げているときに、ホットなナンバーが空へ溶けていく。
夏が始まる。


♪清志郎祭り

今夜は三日月。「多摩蘭坂」みたいなお月様がのぞいている。
清志郎さんが亡くなってもう何年経つのかな。
日常的に聴いているから、いまだにもうこの世にいないという実感がまるでないのだけれど。

ずいぶん前にチャレンジして挫折した、清志郎ベストCDを作ってみた。ディスク74分ギリギリいっぱいの17曲。

トランジスタ・ラジオ / RCサクセション
JUMP / 忌野清志郎
激しい雨 / 忌野清志郎
Sky Pilot / RCサクセション
つ・き・あ・い・た・い / RCサクセション
ガ・ガ・ガ・ガ・ガ / RCサクセション
ブン・ブン・ブン / RCサクセション
多摩蘭坂 / RCサクセション
ギビツミ / 忌野清志郎 Little Screaming Revue
世間知らず / 忌野清志郎
あふれる熱い涙 / RCサクセション
彼女の笑顔 / 忌野清志郎
空がまた暗くなる / RCサクセション
毎日がブランニューデイ / 忌野清志郎
イマジン / RCサクセション
すべてはALRIGHT / RCサクセション
お弁当箱 / 忌野清志郎&23's


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惜しくも外れた曲が山ほどあります。あくまでも今の気分。へヴィーな曲があんまり入っていないから、自分的にはわりとゴキゲンなんだろうな(笑)。
次選ぶときにはごろっと変わってるかもしれないけど、どんな気分のときでも僕の心にひっかかってくれる清志郎のうたが必ずある。それだけたくさん影響を受けているってことなんだろうけどね。

共謀罪?初の米艦防護へ自衛隊初出動?大臣の失言?国家公務員が総理大臣をそんたく?なんだかうんざりするようなニュースばっかりだ。清志郎が生きていたらどんなうたを歌ってくれたんだろ。いや、残された僕たちはどんなうたを歌うべきなんだろ。
あほくさいことになんてかまっちゃいられない。愛と自由こそが生きている価値だ。それを邪魔する奴らなんて、笑いとばしてしまいたいな。


音楽歳時記「穀雨」

穀雨 (こくう)の名前は「百穀春雨に潤う」の故事より。田植えや畑仕事の準備が進み、それに合わせるように春の雨が降り穀物を潤してくれる、という意味らしい。
今でこそ晴れの日=いい天気、雨の日=悪い天気、といった言い方を天気予報ですらするけれど、今よりもっと農業が暮らしの中心にあった時代、雨は恵みをもたらす貴重で大切なものだったことを思い浮かべることができる。

今夜は雨。
春の雨にはなんとなく優しく柔らかいイメージがある。実際は激しい雨も降るんだろうけど、夏の夕立やゲリラ豪雨とは違って、もっとしとしと降って、けれどじとじとじめじめではなく、世界に潤いをもたらしてくれるようなイメージ。
そんな雰囲気の音楽を、と思い浮かんだのがこのレコードです。

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Pres and Teddy / The Lester Young and Teddy Wilson Quartet

レスター・ヤングは33年にカウント・ベイシー楽団に入り、それまでセンターを張っていたコールマン・ホーキンスの男くさく豪快なブロウとはまるで違う、ソフトでシルキーな音色と流れるようなフレージングで一世を風靡し、自身の楽団やビリー・ホリディとの競演で一時代を築いた人。が、第二次大戦で徴兵された軍隊でひどいしごきやいじめにあって精神を病み、除隊後も酒や薬に溺れて、昔日の輝きは失われてしまったという。
そして1959年に49才で亡くなってしまうのだが、その晩年の56年に旧友のテディ・ウィルソンらと共に録音したのがこのアルバム。
いろいろあった若き日を思い起こし、過ぎ去った日々の思い出を語るような、ほのぼのとした味わいの中にひとつまみのせつなさを感じさせるような演奏。
悠然と、時に朗々と、時に朴訥と歌うレスター・ヤングの音色。それに寄り添うテディ・ウィルソンのピアノ。
まるであと数年で人生を終えることが判っていて、なおかつ駆け抜けてきた自らの人生を悔いもせず、柔らかい気持ちで振り返っているような。
喜びも悲しみも怒りも嘆きも全部ひっくるめて全部人生なんだと肯定してくれるような。
そんな音楽の中にある潤いが、まるで春の雨のように優しく、恵みをもたらしてくれるような気がするのですよね。



◇世界全史

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世界全史 「35の鍵」で身につく一生モノの歴史力 / 宮崎正勝

娘が高校に通いはじめまして。
まぁいろいろあって、ろくに受験勉強もせずに行ける通信制に近いような高校へ。
個人的に受験勉強には懐疑的でね、あんまりやいやいと言う気になれなかった。僕自身も嫌々やってたからまるで身につかなかったんだけど、だからって社会生活で困ることなんて何にもないし、いわゆる偏差値が高くないと行けない大学へ行っていた人たちが、だからって頭がよいわけではないことや、受験勉強当時に詰め込んだ知識なんてほとんど忘れてしまっていること、中卒高卒でもとても頭がよく知識も豊富な人がたくさん社会にいらっしゃることも知ってしまったし。結局学校っていうのは一生勉強していくための方法を学ぶところだと思うんだけど、受験勉強がそういう役割をちゃんと果たしているとは思えなくってね。

勉強が嫌い、というわけではない。っていうか、自分で言うのもなんだけど、勉強そのものはけっこう好きなんですよね。自分で言うのもなんだけど、って前置きをしなくちゃなんだか傲慢なことを言ってしまっているような気がしてしまうのがすでにこの国の国民と勉強の関係を表しているような気もするんだけど、子供の頃から知らないことをすぐに調べたりするのが好きだったみたい。鳥や虫の名前を覚えたり、星や元素の名前を覚えたり、世界の国の名前や首都や国旗を覚えたりね、そういうのも大好きだった。
なんていうか、とても単純に、知らなかったことを知るっていうことは楽しいというか、そういう快感ってあると思うんです。
特に地理や歴史は大好きなんですが、学校で習った世界史はとてもつまらなかった。なんかね、ややこしい人物名と年号を暗記するだけの科目、って感じ。
要は個々の事象だけにとどまっていて「流れ」や「つながり」が見えなかったんですよね。それと、いわゆる西洋中心史観。
改めてこういう本を読み直してみると、そういうことがよくわかる。
今の時代はアメリカが世界で幅をきかせていて、資本主義と議会制民主主義、自由や人権、個人主義も含めて西洋的な価値観が当たり前になっているから、イスラムの国々や中国のやることがすごく不可解なことのように思えるけれど、アメリカなんてたかだか300年にも満たないポッと出の新興国家、西欧だって11世紀までは森林に覆われた辺境だったのであって、それより以前には500年以上もイスラム帝国が世界を牛耳っていた時代があったということ、中国だってこの200年ほど西欧に圧されているだけでずーっと東アジアの中心であり続けていたこと、そもそもイラクとイランとインドと中国は文明発祥の地だしね、そういうことを改めて知ると、彼の国には彼の国の論理があって行動原理が違うのも当然のことに思えてくる。
ロシアとモンゴル帝国の関係もなるほどと腑に落ちたひとつで、僕たちはロシアをヨーロッパの国だと思っているけど、あの国はモンゴルが遠征して平定したキプチャク汗国の地盤をそのまま引き継いでいるんだね。同じようにモンゴル帝国の遺産を引き継いだトルコとロシアの間でのいざこざや、モンゴル・トルコ的支配の影響があった旧ビザンツ帝国エリアと、それを免れた当時のユーラシア世界での辺境であった西欧・北欧エリアで考え方が異なることもよくわかる。そもそも西欧も日本の辺境だったからこそ中央からの干渉を避けることができたのだな。
大西洋での三角貿易が資本主義経済勃興の始まりだったこと、アメリカの独立が国民国家の始まりだったことにも納得。砂糖や紅茶、コーヒー、カカオ豆。そういう商品作物の生産のための労働力としてアフリカから奴隷が売買される。その儲けの蓄積が金融としてさらなる投資を生む。アジアやアフリカに輸出するための需要に応えるために綿紡績の工業化が加速され、原料の綿花を栽培するためにアメリカ南部にプランテーションが作られ、その労働力としてまたアフリカ人が運び込まれ、という増幅。こういうことを通じて中南米やアフリカ、東南アジアは否応なしに世界史に接続されていく。この当時、日本がこういうサイクルに巻き込まれなかったのは辺境だったからこそだ。
世界史と日本史の関係も授業ではほとんど教わらないのだけど、6世紀から7世紀にかけて大和朝廷の政権が成立することと同時代のアジアの動きの関係とか、宋が元に滅ぼされる過程と鎌倉政権へ与えた影響とか、当然16世紀のポルトガルやオランダが日本へ来た狙いや、幕末期に西欧が企んでいたことなども含めて、世界史との関係で日本史を捉えておくのは今の時代とても必要なこと。第二次世界大戦の勃発過程では、自国優先の保護貿易が戦争を招いたという記述もあって、今の時代とリンクするとトランプさんやヨーロッパでの自国最優先主義は不安に感じたりもするんですが。歴史の教訓に従えば、世界の覇権を握った国はその権力の肥大化故にやがて衰退していくのが歴史の常であって、そう考えると今のこの国のアメリカ追従姿勢っていうのはリスキーなんじゃないか、とか。

学校で教わったことのほとんどは断片的な知識だった。
でも、こうやって流れやつながりが見えてくると、単なる知識を知恵に変えることができるのかもしれない、という気が少し湧いてくる。
サブタイトルが妙に受験本的手っ取り早さが感じられてしまうのですが、それとは裏腹に、学校で暗記させられた事柄の向こうに実はこういう諸々があったんだな、と納得させられる一冊でした。


♪When Will I Ever Learn to Live in God

このところめちゃくちゃ忙しくてね。
ちょっと上司のやり方にいろいろ疑問があって戦った結果、いままで以上にいろんなこと引き受けなくっちゃいけない羽目に陥ってしまった(笑)。それはそれで責任範囲としてはわかりやすくてやりやすい面もあるんだけど、プレイングマネージャーってのはけっこうきつい。正確には肩書きなしのマネージングプレイヤー、実態としては何でも屋さんなんだけど。
幹部向けの部署の報告会が急に決まって、報告は女子がやるんだけど、その報告のシナリオ書いて、しゃべり方の指導して、パワーポイント作りこんで。こういう仕事をしているときは、「プロデューサー」だったり「職人デザイナー」だったり、一方でパートさんや若い職員に対してはほぼ「上司代行」。自分の本来の受け持ちでは「プレイヤー」であり、パートナーとの関係では「信頼できる必殺仕事人」的であったり、その一方でお店の応援なんかへいくと完全に「サービス・スタッフ」、かと思えば先日なんかは、今年の新卒職員への自部署のガイダンスの講師を頼まれたりもして、このときのキャラクターはほぼ「塾講師」。娘くらい年の離れた若者に話をするにあたっては当然わかりやすく、楽しく、最後はそれなりに感動させるといった仕込みも必要だし、説得力をもって講師をするためにはそれなりのエネルギーも必要だし、なかなかハードでした。
まぁ、それなりのキャリアも積んで、それなりの引き出しはあるわけで、割と器用ではあるのでそれなりにはこなすし、いくつものキャラをそのときに応じて使い分けはするんだけどね、「教師」役をやらなくっちゃいけない寸前まで「プレイヤー」として慌ただしくしてたりとか、一生懸命「職人デザイナー」視点で作りこんでいる最中にパートさんから相談されて「上司代行」になったりとか(笑)。20代30代の頃なら「今それどころちゃうねん、俺に聞くなよ。」とか平気で言ってたんで(←それはそれで最悪、、、)、昔よりはスムーズに切り替えられるようにはなってはきたとはいえ、一日のうち、一週間のうちに頻繁にいくつものキャラの切り替えがあると、なかなか疲れるわけです。仕事以外でも「父親」「夫」という役割も当然あるわけで、時々本当の自分のキャラはどれだ?なんて一瞬見失いそうになったり。
今さらながら大人ってしんどい、と(笑)。
みんなそうなんだろうけどね、なんて50を過ぎて今さら気づいている次第。

そんなドタバタとフルスロットルな毎日。
だからこそ落ち着いた大人の音楽を、ってんで、このところよく聴いているのはヴァン・モリソン。

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The Best Of Van Morrison
The Best Of Van Morrison Vol.2

すごいよねぇ、この人は。何をやってもどしっと自分の表現の核があり、スタイルがある。
こういう大人に憧れつつ、なかなか10代20代の頃に出来上がったパンク小僧的なものもやっぱり自分として捨てるわけにもいかないし、結局憧れは憧れでしかなかったりするんですが。
ただ、こうやってベスト盤でヴァン・モリソンの若い頃からの変遷を追っかけて聴いていくと、ヴァン・モリソンとて昔っから大人だったわけでもなく、それなりに野性と理性をコントロールしながら少しずつスタイルを作りあげていったんだな、ということも見えてくる。若き日の野獣みたいにワイルドな“Gloria”、アメリカへ渡ってレコーディングしたポップな“Brown Eyed Gril”から、いくつもの変遷を経て、崇高な輝きを放つ“When Will I Ever Learn to Live in God”や“Hymn To Silence”まで。その道のりはけっこう山あり谷ありだし、そのとっつきにくそうなキャラクターの割に楽曲そのものはかなりポピュラーでコンテンポラリー。そして悟りきった仙人のように見える表現の中にも、ギラリと光るような野性味は隠されていて、年齢と経験を重ねても若き日の野性が消失したわけではなく表現の方法こそ違っても歌の核心部分は何にも変わっていないことも見えてくる。
そういう感じ、ちょっとでも自分のものにしたいものだな、なんて思ったり思わなかったり、“When Will I Ever Learn to Live in God”=「いつになったら神と共にあることを私は学ぶことができるのか?」に例えれば、“When Will I Ever Learn to Live as an Adult Man”って感じで、まだまだ腰の据えきれない50代であります。



音楽歳時記「清明」

四月の一週めは「清明」。
清明の名前の由来は「万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれる也」という漢文の一節だそうで、世の中が生命で満ちあふれはじめる季節のはじまり、ということらしい。
遅かった桜もようやくちらほらと咲き始め、桜だけじゃなく草木がぐんぐんと伸び、花が咲き、蜂や蝶々が飛び交い、燕も渡ってくる。
清く明るい、って言葉だけでも清々しいですよね。

で、生命力にあふれ、清く明るいといえば、例えばこういう音楽だな、ってことでサム・クックさんです。

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The Man and His Music/ Sam Cooke

最初に聴いたときは、なんだか白っぽい普通のポップスだと思ったんだ。ストリングスの入ったアレンジなんかもけっこうあって、全然悪っぽくない、善良な市民のための音楽、これがソウルなの?って。
今思えば、サム・クックの深さやかっこよさ、ある種の潔さがわからないなんてガキだな、なんて思ったりするのだけれど(笑)。

歴史のことはよく知らない
生物だって得意じゃない
数学だって苦手だし
フランス語なんてどうでもいい
でも、君を好き、ってことは知ってる
もし君も同じように僕を愛してくれたなら
世界はとっても素敵になるんだけど
(Wonderful World)

初恋に落ちたばかりの中学生が歌いそうな、ピュアで可愛らしい歌ですよね。純粋に、勉強や世の中のルールなんかより愛が大切、そして愛されたいという歌。
サム・クックの声の持つピュアネスやイノセンスがこの歌をより清々しく、キュートに響かせてくれる。春の始まりの清々しさと同様に。
ただ、サム・クックがすごいのは、一見ただのポップ・ソングに聞こえるような歌に、深い思想を練り込んでいるところだと思うのです。
優れたポップ・ミュージックには両義性がある。
この歌が歌われた時代はまだ黒人への差別が露骨だった頃。この歌を歌っているのが、差別と貧しさで学校へもろくに通えなかった黒人少年が白人たちに向けて歌っている、と置き換えてみるとどうだろうか。学力や学歴なんてなくっても、愛する心が大切。互いに愛し合うことができれば世界はとても素晴らしくなる、というメッセージに聞こえてきませんか?
サム・クックはライヴのステージではもっと荒々しくシャウトしていたことが後に世に出たライヴ音源などで知られていますが、シングルは敢えてそういう黒っぽさを控えて軽くポップに仕上げていた。それはまだまだ黒人音楽は売れないという実状があったにせよ、サム・クックは黒人だけのスターでいることをよしとしなかった。それは、黒人としてのメッセージをアメリカ中に聴かせたいという思いがあったからだと思う。
そういうメッセージを忍び込ませた歌を、黒人向けだけではなく白人の少年たちもすんなり受け入れられるようなポップなサウンドで聴かせる。
演説や、デモや、まして暴力ではなく、こういうポップなフィールドで世の中を変えたい、そんな意思があったのだと思う。そういう清く明るい変革の意思。敵を作って格差や分断を煽るやり方ではなく、愛と共感をベースにしたやり方で。
そんなサム・クックの姿勢こそ、今の時代に必要なはず、と思うのです。
清く、明るく。
笑われたって、腰抜けと言われたって、そういう力を信じたいですよね。



◇世界の辺境とハードボイルド室町時代

20代半ばの頃にエジプトやトルコを放浪していた時のこと。
当時、まぁ今でもそうなのかも知れないけど、向こうにはコンビニはおろかスーパーマーケットすらひとつもなくって、買い物をするのは全部市場なのですよね。
市場では「定価」というものが存在しない。商品に値札は一切付いていなくて、全部店員との直接交渉。故に買い物はいつもバトルだった。
「これ、なんぼや?」
「これは10ポンドやな。」
「高いわ。5ポンドにしてや。」
「いやぁ、旦那。勘弁しとくなはれ。そのかわりおまけしまっせ。」
「いや、そんないらんねん。こないだこれよそでもっと安かったで。」
「そうでっか、ほな5ポンドで手打ちまひょか、旦那。」
ちょっと買い物するだけでも必ずこういうやりとりが必要になるから、めんどくさくってたまらない。
なにしろ、値段表がちゃんと掲げられているホテルですら平気で値段表より高い宿泊代をふっかけてくるようなところだ。外国人と見るや必ずふっかけてくるし、相場がわかるまではずいぶんぼられもした。
でもね、ある時ふと思ったんだ。
実は、すべて物に定価が決まっているということが、歴史的に考えれば特異なことで、彼らのやっていることのほうが実は普通なんじゃないか、と。
思えば日本でも、つい数十年前までは商売というものはそういうものだったんじゃないか、と。
こういうことを「先進」「後進」と呼ぶのは自らの社会への驕りだとは思うけれど、経済や社会の発展が同じような経緯を辿るとすれば、向こうの社会はまだ大量消費型のシステム化された段階には至っていない。
それぞれの土地で社会や経済の発展には時間的なズレがあるんだな、違う文化への旅とは、地理的な移動だけではなく時間的な移動をも兼ねているんだな、ってそのとき実感したんだ。

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世界の辺境とハードボイルド室町時代 / 高野 秀行 、清水 克行

「世界の辺境とハードボイルド室町時代」。
某作家の某小説のような人を食ったようなタイトルのこの本は、ソマリランドへ足繁く通っているノンフィクション作家の高野秀行さんと、室町時代時代を研究している歴史学者の清水克行さんとの対談本なのだけど、まぁとにかくおもしろかった。
例えば、「表向きは西洋式の近代的な法律があるんだけど、実際には、伝統的というか、土着的な法や掟が残っていて、それが矛盾していたり、ぶつかり合っている。」という論。
ソマリランドでは、市場で泥棒が盗みを働くと、捕まえてリンチことがあるらしい。警官は一応呼べば来るんだけど見てみぬふりをする。中世の日本でも、盗みの現行犯は殺していいっていうルールが庶民の間であったらしくて、人のものを盗むということはひとつのケガレであると考えられていたそうだ。
それから、「復讐や仇討ちを認める社会」の話。
中世の人々は、身分を問わず強烈な自尊心をもっており、損害を受けたさいには復讐に訴えるのを正当と考え、しかも自分の属する集団のうけた被害をみずからの痛みとして共有する意識をもちあわせていたそうで、これも現代のソマリア社会で今も普通にある考え方なのだそうだ。
なんだかよくわからない応仁の乱とソマリアの内戦も、そういう文化的なことを考えていくと、自分たちの現在の価値観では理解しにくいにせよ、彼らなりの理由があることがわかってくるらしい。
他にも、刀とピストルは、その武力的効果そのものよりも所持していることへのステイタスが大事である点が似ているとか、信長とISには共通点があるとか、伊達政宗とイスラム教徒の男色傾向にある背景とか、ちょっとおもしろい中世と現代のいわゆる辺境のエピソードが諸々。
ただ、そういうことをおもしろおかしく話す本ではなくって、根本のところを貫いているのは、「今生きている社会がすべてだとは思わないでほしいって。それとはぜんぜん違う論理で動いている社会があるんだし、我々の先祖の社会にも今とはぜんぜん違う仕組みがあった。その仕組みを勉強しても直接的には役に立たないけれど、そういう社会があったっていうことを知るだけで、ものの見方が多様になるんじゃないか。」という考え方。
今自分が属している社会の価値観というものは、実は絶対的なものではなくて、絶えず流動的に変わり続けるものなのですよね。
そういうことを知ることは、すなわち既成概念を疑ってみること、今目に映るものを違う角度から見てみること、多様な考え方を一旦認めてみるということに繋がっていくのだ、と。
そういうのってロックだな(笑)。
いや、マジで。
混沌としていくこれからの時代にこそ必要な考え方なんじゃないのか、なんて、キナ臭いニュースを見ながら思ったりするわけで。
歴史を学ぶということにはそんな裏メッセージを読み取る力を養うことで、けっこうアナーキーでロックンロールなことなのかも知れません。

詳しくはこちらで立ち読みできます。


♪I Fought The Law

その日は朝からある工場への訪問で、某高級住宅街近辺の私鉄の駅で現地集合だった。
いつもより早起きして1時間半以上電車を乗り継いで、到着したのは集合時間10分前。
初めて降りる駅、あー、こっからまた車で移動して工場へ行くとなると、タバコ吸っとけるのはここしかないよね、ってんで、駅前へ。おおっ、向こうに公園があるね、人通りもないしここなら迷惑にならないよね、とようやく朝の一服を。
青い空、あったかい、煙が空へ昇っていく。
吸い終わって、携帯灰皿に吸い殻をしまおうとしたその時だ。
突然、制服を着たおじさんたち3人に取り囲まれた。
「ここは喫煙禁止区域なんですよ。」
そのうちの一人がそう言うんだ。
「あ、そうでしたかー。すいませーん。」
そう言って立ち去ろうとする僕を、またおじさんたちが取り囲む。
「ちょっと待ってください。喫煙禁止区域なんです。」
「すいません。以後気をつけます。」
「いや、あの。」
「???」
「当市では条例で喫煙禁止区域を設けておりまして、違反者には過料を徴収しているんです。」
「はぁ?」
「過料をいただくことになります。」
「はぁ?知らんがな、そんなん。どこに書いたあんねん?」
と言い返した瞬間、目の前の看板に目がとまる。
確かに書いております。大きな文字で喫煙禁止エリア、地図、違反者には過料2000円の文言。
だが、言い返してしまった以上、もはやあとには退けない。
「知らんがな、そんなもん。ここ、初めて来てんで。こんな小さい駅前で喫煙禁止なんか考えもせんかったわ。知らんかったもん、知らんわ。」
「そう言いましても規則ですから。」
「知るかいな、そんなもん。そんな条例あることなんか。そもそもお前ら誰やねん。」
「私たちは○○市の・・・」
「禁止かなんか知らんけどな、タバコ吸うてる間、誰一人通ってへん。誰にも迷惑かけてへん。払いません。」
おじさん3人組のリーダーっぽいおっさんは少しうろたえている。一番年配っぽい爺さんは「こんなこと言う奴初めてや」という感じでまじでイラついている。僕は続ける。
「禁止なんやったら、あんたら俺が火点ける前に止めに来いよ。吸い終わった瞬間に現れやがって。以後気をつける、ゆーとるやんけ。啓蒙活動やろ?それとも罰金目的かよ。納得いかん。誰にも迷惑かけてへん!」
「あんたな・・・」
「用のない街の条例なんか知りようないし、払う必要あらへんわ!」
僕の断言に若い方の男がひるんだ。
「ですからね、今後気をつけてください、って。初めての駅でも今喫煙禁止区域はたくさんありますから、よく見てね、あの、」
「そやな、気ィつけるわ。今度から気ィつけるし。」
そこへ、迎えの車がやってくる。僕はそそくさと乗り込んだ。
「え、なんかもめてました?」
「いや、別に。」

誤解を招くといけないのは、これは公権力から逃げ切った自慢話でも武勇伝でもなんでもない。
当然のことながら、法治国家に於いて、法令は遵守しないといけない。法で定められた喫煙禁止区域でタバコを吸ってはいけない。初めての街だろうが、誰にも迷惑かけていなかろうが、法律違反は取り締まられて然るべきだ。
ただ、取り締まりの男たちの態度がとてもかんにさわったのだ。権力をバックに、自分たちの小さな正義を振りかざす人たちが。昔高校時代に校則違反で先生に呼びつけられたこととか、バイト帰りに警察官に吸ってもいないタバコを疑われたこととか、そういうことがフラッシュバックしてきて、つい反発してしまったのだ。
それから、無職時代に放浪していたエジプトやトルコでの経験も反射的に浮かんだのかもしれない。ガチの勝負ではひるんだほうが負け、言い切ったもんの勝ち、奴らの理屈にまるめこまれたらとことんふんだくられる、、、そういう経験が、負けてたまるか、ひるまへんぞ、いちびったんねん、という感情を呼び起こしてしまったのだと思う。
あるいは清志郎やそういうロックンローラーたちから受け継いだ反逆精神。権力を笠に着た奴らからガツンと来られたらやられっぱなしじゃいられない、噛みついてやる、足掻いてやるって。いくつにもなっても、そういうしみついたものはこんなときに出てくるものなのだ。それでひどいめにあったとしても自業自得。
けれど、勝てないとしても戦わずに服従したくはない。

口論のあと、頭の中で流れていたのは、クラッシュの“I Fought The Law”だった。

灼熱の太陽の下、砕けた岩がゴロゴロ
俺は法と戦い、そして法が勝った
俺は法と戦い、そして法が勝ったんだ

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音楽歳時記「春分」

春らしい陽気、久しぶりの土日連休。
ひと月前の寒くて縮こまっていた頃とは違ってふわふわとあたたかい陽気、なんとなく自然と心がゆるんで穏やかな気分になれます。
日本に生まれてよかったなぁとしみじみ思うのは、こういう四季の移り変わりを感じられるときですね。
古くからの暦で「二十四節気七十二侯」っていうのがありますが、季節の移り変わりに名前をつけるということそのものが、とても豊かなことだなぁ、って思います。清明とか霜降とか、名前そのものもとてもイマジネイティヴで。
僕はけっこう気温やお天気と気分が直結するタイプで、暑い日には冷たいものを、寒い日には温かいものを食べたくなるのはもちろんですが、晴れた日には晴れやかな音楽を、雨の日には雨っぽい音楽を聴きたくなります。
そんな季節とともに移ろう気分を音楽で表現するとどんな感じ?ってことで新シリーズを始めたいと思います。

まずは「春分」。
国民の休日でもあるのでとてもメジャーな日ですが、これも二十四節気のひとつ。
昼夜の長さがほぼ同じ頃になり、この日を境に徐々に昼が長くなり、気温も暖かいと感じられる日が増え、本格的な春が始まる時期。
花冷えや寒の戻りがあるので暖かいと言っても油断は禁物ではありますが、気分としてはいよいよ春!って感じですよね。
こんな時期に心地よいのは、穏やかで心やすらぐ歌もの。アコースティックな響きで、できればやわらかな大人の女性の声がいい。
ってことで、キャロル・キングさんです。

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Tapestry / Carole King

たおやかでやわらかい声、でも甘ったるくはなく、芯の強さを感じる歌。
ゆっくりと花が開いていくような美しさと生命力を湛えた演奏。
力強くもどこかもろくて儚げなピアノの音色。
このレコードを聴いていると、嬉しいことも悲しいことも辛いことも楽しいことも、成功も挫折も失望も幸せも、いろんなことがあったんだろうな、って思いが湧いてくる。で、いろいろあったけど今はとても満ち足りた気分なんだろうな、って。
そして、そういうことを乗り越えてきた人だけが持つことができる本当の強さや、人生に於いて本当に大切なことをそっと教えてもらったような気がしてくるのです。

キャロルさんがこのアルバムをレコーディングしたのは29才のとき。10代の頃から後に夫婦になるジェリー・ゴフィンと組んでソングライターとしてヒット曲を連発して成功も名声も手に入れた彼女だが、ビートルズなどロックンロールの台頭とともにソングライターとしての栄光は過ぎ去り、やがてゴフィンとも離婚してしまうことになる。
失意の中でニューヨークからロサンゼルスへ活動拠点を移し、そこで出会ったリー・スクラーやダニー・クーチらと新たな活動を始め、自らシンガーとして歌い始めたのが27才。
そしてこの穏やかでシンプルなレコードが15週連続一位という大ヒットを記録することになり、一度晴れ舞台から退いた末の返り咲きを果たすことになるのだけれど、このアルバムにはそういった苦労や欲の影が微塵もないのですよね。
今の自分の感じたことをそのまま歌ってみただけ、そんな無欲さというか、ピュアな響きがある。
それが今も時代を越えて心の奥まで響いてくる理由のひとつだと思う。

多くを望まずに足ることを知れば、日々は穏やかになる。
成功や名声や、評価されたい、認めてもらいたいといった欲から解き放たれたとき、やっと穏やかな春が始まるのかも知れないですね。

と、そんな気分で明日は春分の日。
穏やかな春をこれからも迎えたいものです。


◇春を恨んだりはしない

東日本大震災から6年。
何か書いておきたいと思いつつ、どこかなんともいえない気持ちがあって、なかなか文章がすすまなかった。何を書いても何か違うんじゃないか、あるいはこんなことを書いてどうする?という気分がしていたのです。
昨年の熊本もそうだし、他にもいろいろ大きな災害やテロが起きている中で、東日本大震災だけが特別心に引っかかるのはどうしてなのか、ということもなんともいえない気持ちのひとつでした。
自分が被災地に行ったから?被害が特段に大きかったから?でも、見たものしか思い入れが湧かない、というのは違うだろうと思うし、たった一人であれ10万人であれ思いもよらない災害で人の命が失われたことには変わりないし、突然の暴力による死という点では災害もテロも変わりはしない。何よりも、亡くなった当人や遺された人たちの悲しみにはどんな死であれ変わりがないはずで、衝撃の大きさや亡くなった人の桁の違いで思い入れが変わるのもどうなんだろうかと思ったり。
そんなもやもやを抱きつつ読み返していた池澤夏樹氏の「春を恨んだりはしない」。震災直後から半年ほどの中での思索が綴られた本だ。

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まえがきにこんな言葉があった。
「これまで死者に会わなかったわけではない。
六十年の人生でぼくは何人もの肉親や友人を失った。棺に納まった姿に別れを告げたことも十回を超えている。
しかし、それはどれも整えられた死者だった。親しいものが逝くという衝撃的な出来事を受け入れやすくすべく、社会は周到な準備をする。悲しみを容れるための器は事前に用意されていた。」
「今年三月十一日、たくさんの人が亡くなった。
逝った者にとっても残された者にも突然のことだった。彼らの誰一人として、その日の午後があんなことになるとは思っていなかった。」
また、こんな言葉も。
「今回、たくさんの人々が付き添いのないままに死んだ。地震と津波はその余裕を与えなかった。
彼らが唐突に逝ったとき、自分たちはその場にいられなかった。
その悔恨の思いを生き残ったみなが共有している。」

50才の誕生日の日に、自分のお葬式をイメージしてみた記事を書いた。自分のお葬式のことを考えると心が安らぐ気がすると書いた。それはなぜなのか、というと、自分を愛してくれた人たちに見送ってもらえる、というイメージがあったからだと思う。
そして、東日本大震災が今も他の災害よりも強く悲しみの感情を巻き起こさせるのは、見送られることなく失われた命、また愛する人を見送ることもできず、その最後の様子さえ想像するしかなく、しかも、その人が生きた証でさえ記憶以外何もかも失われてしまった人たちがたくさんおられるからなのか、その痛みがあまりにも痛切だからなのか、と思ったのです。
行方不明者は今もなお2500人以上。
その人を突然失ったことでこれからもずっと悲しみを抱えていかざるを得ない方々はその数倍。
正直、あれから6年も過ぎてしまって、その間で見つからなかった遺体や遺品なんて、今さら見つかるわけなんてそうそうないだろうと思う。また、そういうものが見つかったとしても失われた命が戻るわけでもない。合理的に考えれば無駄なことだし、人間以外の生き物がそういうことをするとも思えない。
でも、だからこそ、人間にとって、それはとても大切なことなんだな。
死を看取ること、見送られること。
混乱し打ちのめされた気持ちを癒やすためのよすがとしての儀式的な行為。
だって、人は一人では生きられない。
もし自分が誰からも看取られることもなく命を終えたとしたら。あるいは、愛する人が誰にも知られることなく命を終えたら。その人が生きた証すら手元に何にも残らないとしたら。考えただけで苦しくなる。絞めつけられるような思いがする。予期せずにえぐりとられた心の穴をどうして埋めればいいのか想像もつかない。人の行為が相手ならば告発したり反対運動をすることもできるが、自然現象相手ではそれすら叶わない。
どうかそんなことが起こりませんように。無責任に世界中に、とはきっと言えません。せめて自分の身には、というのが本当の気持ちです。

うまく言葉が見つからないまま思いつきで書きました。
失礼な言い方がありましたら申し訳ありません。
亡くなられた方の無念を、遺された方の悲しみを、悼む気持ちには変わりはありません。



♪Glad and Sorry ~50周年所感~

いよいよ50才になってしまいました。
なんとなく50という節目は、我ながら感慨深いものがあります。
子供の頃にね、「ノストラダムスの大予言」が流行って、1999年で世界は滅亡すると言われていたから、僕は33才までしか生きられないんだと思い込んでいたんですよね。そういう意味では33才からあとの人生は想像したこともなかったので、こうして50才になれたというのは奇妙に不思議な感覚や、なんていうかひとつの到達感みたいなのもあって。あ、とりあえずここまで来れたね、みたいな。もう、あとの人生はおまけみたいなもんかも知れないな、と思ったりしています。
50年、割りと自分勝手に生きてわかったことは、やっぱり一人ではまっとうには生きられない、ってこと。周りの方々に必要とされたり喜んでいただけてこそやなー、と。おまけでもらった残り時間は、できるだけ楽しく、自分が喜ぶように、或いはお世話になっている方々に喜んでいただけるように過ごしたいものだな、と思っております。今までの「迷惑かけた」と「喜んでいただけた」はほぼ半々くらい。実際、平均寿命の80近くまで生きるとしても確実に残り時間の方が少ないわけで、ここから先は、どうやって借りをお返しするか、プラスへ持っていけるかです。最後はプラスで終わらせたいですよね。
そして「まぁまぁ良かったんじゃない?」と思いながら向こうへ行きたいものです。

そんなわけで、今日のプレイリスト。
「自分のお葬式サウンドトラック 」的なセレクトをしてみました。

Spiritual / Charlie Haden & Hank Jones
Glad and Sorry / The Faces
Nobody Loves You(When You Down and Out) / John Lennon
I Waited Too Long / La Vern Baker
I'm Gonna Start Living Again If It Kills Me / Dave Edmunds
I'm So Glad I'm Standing Here Today / The Crusaders with Joe Cocker
夜の散歩をしないかね / RCサクセション
Everybody's Somebody's Fool / Dextor Gordon
Someday / 佐野元春
You Make Me Feel So Free / Van Morrison
Stand By Me/ John Lennon
Shine A Light / The Rolling Stones
True Love Ways / Buddy Holly
What A Wonderful World / Joey Ramone



オープニングは、ピアノとベースのデュオによる黒人霊歌でしめやかに。
“Glad and Sorry”は、自分自身での反省と感謝。つまらないことで噛みついてごめんなさい。そんな僕にやさしくしてくれてありがとう。
ジョンの震えるような“Nobody Knows You”で懺悔して、“I Waited Too Long”で泣き叫び、デイヴとニックのセンチメンタルなスロウではしばししんみりと、ジョー・コッカーの熱いバラードで生きてきた想いを、それから思い出のための穏やかな曲をいくつか。“SOMEDAY”は、できればラジオから流れてくるような音質と音量が望ましいかな。
ラストに向けては、僕なりのメッセージ。感謝と愛、そしてあなたが歌う歌がぜんぶあなたの好きな歌でありますように。
バディ・ホリーのプライベートでスイートなラブソングをはさんで、でもしんみりとは終わらせたくないので、最後はドカーンと豪快に、ワイルドかつ充実感のあるロックンロールで〆たいな、ってことでのジョーイ・ラモーン“What A Wonderful World”でお開き。サンキュー、バイバイ、また会おうぜー、みたいな感じだね。
これでだいたい1時間。
坊主のお経はなし、焼香やらお涙ちょうだい的エピソード紹介もなし、あとはそれぞれで好きに思い出話でもバカ話でもしてくれたらいいのです。あなた方お一人お一人が生きているうちは、僕は死なないんだから。

・・・なんてね、くだらない企画でした(笑)。
誕生日にお葬式のテーマなんて縁起でもない?いや、そうでもないよ。50才という節目で、自分が死ぬときのことを想像しておくのは悪くないです。
なんとなく安心するっていうか、心安らかになるっていうか、そうやって笑顔で送り出してもらえるようにちゃんと生きよう、なーんて気持ちにもなれるって気がするんです。

多分、また5年10年のうちに、またこのリストも変わっていくでしょう。
そういう更新ができるよう、まだまだもうちょっと、がんばってみようと思っています。


♪日本のユーメイなロックンロール(2)


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いろいろと多忙続きで作りかけのまま放置していた「日本のユーメイなロックンロール」の続編。
85年から89年くらいかな。大学生~社会人一年目。っていっても、本当に授業出たり勉強したりの記憶が一切なくって、就職活動も卒論もいつやったんだか(笑)、バイトしてるか、友人とつるんでいるかしかまるで覚えていない(笑)。
まぁー、いろんなことがあったけどね。毎日がはっちゃけていた。自分勝手で無責任だったけど、とびきり自由だった。「ここじゃ上手に泳げない」と感じていた高校生が、水を得た魚のように泳ぎだして、気がついたらずいぶん遠くの海まで泳いできてしまった、振り返るとそんな印象ですね。
そんな年頃に、同時代に現れ、背中を押してくれた日本のロック・バンドたちのアッパー・チューンを。

人にやさしく / ザ・ブルーハーツ
ブギ―・ナイト / MOJO-CLUB
ファイティング・マン / エレファントカシマシ
Laughin' Roll / ラフィンノーズ
Lightning Scarlet / THE WILLARD
Casino Drive / レッド・ウォーリアーズ
風向きが変わっちまいそうだ / SION
ハンマー / ザ・ブルーハーツ
幸運 / アンジー
レプリカの街から / エコーズ
真夜中をつっぱしれ / ヒルビリー・バップス
Back To Back / ザ・ストリート・スライダーズ
時代を変える旅に出よう / BO GUMBOS
Royal Straight Flash R&R / レッド・ウォーリアーズ
Lucky Man / ザ・プライベーツ
ソウルサヴァイバーの逆襲 / ニューエストモデル

中高生の頃、洋楽のヒットチャート番組なんかを観ながら「海の向こうではロック・バンドがガンガンヒット曲を出しているのに、どうして日本では歌謡曲ばっかりなんだろう。」と思っていたから、こういうバンドたちがどんどんとメジャーになっていくのは素直にうれしかった。スゲエ奴らがいっぱい出てきたな、って。
少し前の世代の、ちょっと背伸びしてがんばってロックしてるけど根は日本の土着のリズムを引きずっているような感じとは違って、生まれたときからロックを浴びてきたような自然体のロック、っていうのかな。ビートルズもストーンズもエアロスミスもピストルズもRCも等間隔で接してきたような感じにすごく共感した。
ストレートなリズム、真っ直ぐな言葉、いかにも反抗的で世の中なめててアウトサイダーなアティテュード。当時既に60年代や70年代のロックの黄金時代の名盤もたくさん聴きあさっていたけれど、そういうのとも同じレベルで素直に「うぉー、かっこええー!」って思ったよね。
レッド・ウォーリアーズの下世話さ、スライダーズのふてぶてしさ、ラフィンノーズの痛快さ。ブルーハーツを初めて聴いたときには笑ってしまうくらいぶっとんだし、エレファントカシマシのデビューも衝撃的だった。
「おしゃべりは信じないよ 嘘のような気がする」
「権力者の言葉には鼻で嗤って答えろ、Oh,Yeah」
「どうせだめでも元々さ、砕け散るのも悪かねぇ、でもイカサマ野郎にゃ敗けやしねえぜ」
「泣きながら家を出るのは追い込まれたときじゃなくて、恵まれた今しかないんだ」
「コートをバッグに詰め込み通りで拾ったロックンロール、そうさBaby、ランブリング・ロード、そろそろ出かけようぜ」
「ああだこうだの押しつけばかりのプレッシャー、蹴飛ばしてやるぜ」
「俺が道を作る、好きなように生きる 時代を変える旅に出よう」
「このまま僕は汗をかいて生きよう、いつまでもこのままさ」
そんな言葉もビシビシ刺さったし、煽られたね。
こういう音といっしょに、自分の基本的な人格がこの時期に完成したのだと思う。
あれからもう30年近く、今もこーゆー音ってテンション上がる。ムカついたときとか落ち込んだときとか、目付き変わるよね。くそー、やってられんぜー、見とけよ、見返したるで、みたいな。ハハハ、ちょっとは大人になったつもりでも、あんまり成長してないな(笑)。
まぁいいや。No Surrender,Keep On Rock'n'Rollだ。
これからも。



♪日本のユーメイなロックンロール

ストーンズやビートルズを聴いて、チャック・ベリーやバディ・ホリーへとルーツをたどって、パンクやパブ・ロックへとゴキゲンなロックンロールを片っ端から聴きまくる。楽しいねー。
「ロックンロールだけがリアルであとは嘘っぱちだった」っていうのはジョン・レノンの言葉だけど、気分としてはまさにそんな感じ。
そういう思いを最初に抱いたのはいつ頃だったか、そもそも最初に一番夢中になったのはなんだったんだ、っていうと、80年代初めの日本のロック・バンドです。
まだテレビにロック・バンドが出ることなんてほとんどなかった時代、いわゆる歌謡曲とはまるで違う、カッコいい音楽を演っている奴等がいるんだって知ったことは衝撃的だったな。RCやハウンドドッグ、浜田省吾や佐野元春を入口に、モッズ、アナーキー、ARB、ルースターズ・・・とずぶずぶとはまりこんでいった82年~83年、15歳~16歳の頃。
空回りの思いとやり場のない憤りばかりの冴えない毎日の中で、僕はロックンロールを見つけたんだ。いや、むしろロックンロールに拾ってもらった、というべきか。

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というわけで、当時から大好きで、今もグイグイくる曲たちをまとめたプレイリスト。

イカれちまったぜ! / ARB
Ready Steady Go / アナーキー
Sittin' On The Fence / ザ・ルースターズ
トランジスタ・ラジオ / RCサクセション
Let's Go Garage / ザ・モッズ
カーニバル / 小山卓治
Dissatisfaction / ザ・ルースターズ
ノット・サティスファイド / アナーキー
つ・き・あ・い・た・い / RCサクセション
So Young / 佐野元春
Believe In R&R / ARB
だから大好きロックンロール / ハウンド・ドッグ
悲しきRadio / 佐野元春
トラブルド・キッズ / ARB
No Good! / 小山卓治
ガ・ガ・ガ・ガ・ガ / RCサクセション

16歳の頃を思い返した選曲なので16曲。60分テープに収めなきゃいけないし(笑)。
次々とレコードを買えたわけじゃないし、ロック好きな友達もいなかったし、限られた音源を何度も何度も繰り返し聴いていたから選曲は偏っちゃうんだけど、その分心と体への染みつき方は半端ない。♪寝ても覚めてもあの歌が体の中にしみついて、すっかりオレの脳みそも生き方さえも変えちまう~、って石橋凌が歌ってたとおり。
こういう音に衝撃を受けたことで、その先はずいぶん変わったよね。
RCやARBやアナーキーが一番尖ってたあの時代にちょうどあの年頃で良かったよなー。佐野元春はこういうバンドと並べると違和感があるかも知れないけど、ロックンロールを教えてくれたという意味では僕の中では等価なんです。あと、小山卓治。この“カーニバル”とB面に“No Good!”が入ったシングルをリリース後すぐに買ったんだ、16の頃。
ブルーハーツやレッドウォリアーズやラフィンノーズなんかが出てくる前、ストリートスライダーズですら新しすぎる。
もっと根源的なところで、15、16歳の僕を揺るがしたのは、こういうロックンロールたちだったんだ。




♪R&R/R&B COVERS IN 80's

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すっかり古いロックンロールやR&Bにはまりっぱなしのこの頃ですが、そういう音楽にはまるきっかけ、ルーツを遡って楽しむきっかけになったのは、80年代初頭のロックからの影響が実は大きいです。
例えば1985年のビッグ・イベント「Live Aid」、ミック・ジャガーとデヴィッド・ボウイの“Dancing In The Street”。うひゃー、なんじゃこれ、かっこいいー!ライヴ・エイドに合わせてこんなかっこいい曲を作ったのかー、と思ってよくよく情報をチェックすると、60年代のモータウンのヒット曲だっていうじゃないですか。うーん、あなどれんな、なんて。
当時、アルバムの中で1曲、とか、シングルのB面に、とかいう形でカバー曲を録音するアーティストがけっこういて、あー、あれもカバーなんだ、この曲も、なんて拾い聴きしていたのが、今回のプレイリストのような曲たちでした。

Oh! Pretty Woman / Van Halen
Dancing In The Street / Mick Jagger & David Bowie
You Can't Hurry Love / Phil Collins
Knock On Wood / Eric Clapton
You've Lost That Lovin' Feeling / The Firm
Baby It's You / Nick Lowe & Elvis Costello
Harlem Shuffle / The Rolling Stones
I Got A Woman / The Honey Drippers
Come On Let's Go /Los Lobos
Buzz Buzz Buzz / Huey Lewis & The News
Don't Look Back / Southside Johnney & The Jukes
People Get Ready / Jeff Beck featuring Rod Stewart
Under The Boad Walk / John Couger Mellencamp & Ricky Lee Jones
See You Later Allgator / Dr.Feelgood
Land Of 1,000 Dances / The J-Geiles Band

パンクから発展したニュー・ウェーヴの進化も一段落した80年代前半は、ロック界全体がルーツ回帰を始めた時代でもあった。いろいろチャレンジしてみたけど、やっぱり基本に帰るとこういうのがいいよね、って感じだったのだろうか。ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースのようなルーツ回帰っぽいバンドが突然売れたり、プログレ・バンドのドラマーがソロでシュープリームスを歌ったり。当時大ヒットしていたカルチャークラブやワム!なんかも今思えばかなりモータウンや60年代ソウルを意識した感じだった。「ロックの進化」を支えてきたツェッペリンのロバート・プラントやジミー・ペイジがなんで今更「懐メロ」なんだ、って揶揄するような音楽雑誌の記事もたくさん見たけど、僕は素直にけっこう好きだったな。
じゃあそのルーツを聴いてみよう、ってなるのはもう少し先のことだけど、83年~86年くらいのこうしたルーツ回帰の動きが、ロックンロールやR&Bを好きになる下地になったのは確かだと思う。
70年代や90年代に育っていたら多分こうはなっていなかったんじゃないかと。




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♪R&R/R&B COVERS IN 70's

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なんだかんだと、作らずにはいられない続編(笑)。
なにしろ、名曲名演名バンド名シンガーがあり過ぎるこの時代。
ブリティッシュだけではなく当然アメリカンも込みで、70年代の音源を中心に、泥臭めのセレクトでどうぞ。

Watch Your Step/ Dr.Feelgood
In The Midnight Hour / The Jam
Brand New Cadillac / The Clash
Shake Your Hips / The Rolling Stones
Messin' With The Kid / The Blues Brothers
Let Me In / Bonnie Raitt
Twistin' The Night Away / Rod Stewart
Peggie Sue / John Lennon
Lonely Teardrops / John Fogerty
If You Gotta Make A Fool Of Somebody / Ron Wood
Tracks Of My Tears / Linda Ronstadt
Only You / Ringo Starr
I Wish You Would / David Bowie
Boom Boom / Dr.Feelgood
Jeannie Jeannie Jeannie / The Stray Cats
One Bourbon One Scotch One Beer / George Thorogood & the Destroyers
Summertime Blues / The Who
Quater To Three / Bruce Springsteen & The E Street Band
Do You Love Me / Johnny Thunders & The Heartbreakers
Havin' A Party / Southside Johney & The Aspberry Jukes
Saved / The Band
It's My Own Business / Dave Edmunds
Slow Down / The Jam

70年代のロックの主流はハードロックとプログレとグラムロック、或いはドゥービーズやイーグルスらウエストコーストのアメリカン・ロックで、こういうロックンロールやR&Bは時代遅れのオールドスタイルだった。5年10年早く生まれていたとしたら、同時代にこういう音に夢中になったかどうかは自信がないんだけど、やっぱりかっこいいよねー。進化型ではなく基本型だからこそ、古びないというか、時代を越えてる。
硬派でやんちゃぽいDr.フィールグッド、ジャム、ストレイキャッツ。ガツンとぶっ飛ばすジョニー・サンダース。或いはザ・バンドやジョン・フォガティやジョージ・サラグッドの泥臭さ、サウスサイド・ジョニーやジョン・ベルーシとダン・エイクロイドのスコンと突き抜けた明るさ。カバー曲といえば忘れちゃいけないロックンロール職人デイヴ・エドモンズとブルース・レディーのボニー・レイット、歌姫リンダ・ロンシュタット。もちろん、ストーンズと元ビートルたちとザ・フーらの、さらっと演ってもどすんと貫禄のある佇まい。あと、オフィシャル音源ではないけれどどうしても入れておきたかったのはブルース・スプリングスティーンのライヴ定番曲。クラレンス・クレモンスがぶっぱなす豪快なサックス、ソウルフルでロッキンなボスはやっぱりかっこいい。それから、クラッシュのあの名盤の2曲目は実はロカビリーのカバー曲だったんですよね。
どの演奏もそのバンドらしさに満ちていて。売れるとか売れないとか流行りとか進歩とか関係なく好きだから演るって感じとか、ちょっとマニアックに振れたアウトサイダーっぽさとか、無骨で頑固で悪っぽい匂いがぷんぷんしてます。
こーゆーのを聴いてると、いくらでも飲めそうだ(笑)。なんか怖いものなしのような気分になってくるんですよねー。
あ、Jガイルズを入れ損ねた。。。80年代編も作る必要がありそうですね。



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Appendix

プロフィール

golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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