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音の食卓〈あじの干物〉

年齢を重ねるごとに、洋食や揚げ物よりも和食の方が好きになってきた。
若い頃に当時の大人たちがそんなことを言っていて、そのときは「ジジくせー。そーゆーもんかぁ??」って聞き流していたけど、実際そーゆーもんのようだ。

和食といっても、いわゆる世界遺産と奉られるような料亭っぽいもんじゃない。
もっとフツーの日本に昔からある一汁三菜的なもの。
ご飯・味噌汁・お新香・あじの干物、みたいな。




Ry Cooder / Ry Cooder

あじの干物、と書いて頭に浮かんだのは、なぜかライ・クーダーだった。

なんていうんだろうかなぁ、このなんともひなびた魅力は。
ジューシーでもしっとりでもない。
ガツンとくる旨さではない。
じわじわと、じっくりと、時間をかけて旨みをぎっしり凝縮させた味わい。
清貧な暮らしの知恵から生まれた味わい。

特に好きなのは、古いフォークソングやブルースのカヴァーばかりを集めたファースト・アルバムだ。
ウッディー・ガスリー、リードベリー、スリーピー・ジョン・エスティス、そういった面々の古くて田舎くさい歌を田舎くさいまま歌い奏でている。



食べものも音楽もさまざまな成立過程があるけど、大きく分けると「作りあげたもの」と「生まれてきたもの」がある。
60年代のポップスや昭和の歌謡曲や90年代以降の秋元康に代表される一連のアイドルたちの歌は、最初にマーケットがあって、それに対してコンセプトを練りターゲットを絞って作りこんでいったもの。
どちらが良い悪いと優劣をつけられるものでもないし、相互作用も大きいので対立関係ではないけれど、歌謡曲と違ってフォークやブルースといった音楽は日々の暮らしの中で感じたことを歌わずにおられない衝動から生まれてきたのであって、あじの干物という食べものはそういう点でフォークソングやブルースと同じ成り立ちをしていると思うのだ。

・・・今年はあじがたくさん獲れた。
ありがたいことだけど、村中の人間が満腹なってもまだまだある。
当然冷蔵庫なんてない時代、せっかくの大漁なのにこのままでは腐ってしまう。
日々の食べものに事欠く時代、なんとかこの魚たちを腐らせずに少しでも日持ちさせる方法はないものか。
やがて誰かが、日に当てたまま放置してカラッカラになった魚が腐敗していないことを発見する。しかも、かなり旨い。
そこから人手をかけて日干しして食料を貯蔵する技術が生まれた。

ライ・クーダーが歌い奏でるフォークソングやブルースからは、そういう暮らしへの愛情や共感を感じることができる。
厳しい暮らしの中で歌を紡ぐことやその歌を分け合うことで救われた魂、そういうものへのリスペクトがある。

ご飯・味噌汁・お新香・あじの干物。
まずは毎日ちゃんとご飯が食べられることに、感謝したいと思う春。





光ある方へ



地下鉄の駅から地上への、長い階段。
出口から光が射している。

あの光の向こう側にあるものは
この場所からは見えない。

けど、光のある方に向かって、
長い長い階段を上るより
他に方法はない。

光のある方向へ向かって、
顔を上げて。
でも、歩みは一歩一歩だ。
駆け上がろうとしても
躓いて転んでしまうのが関の山だ。
慌てず、焦らず、一歩一歩。
気がつけばいつの間にか、
高いところに上っている、
そういうものだ。



なにかこれをモチーフにした絵を描いてみたい、と思って撮った一枚。
結局描けそうにないままなんだけど。


とりあえずは、Happy Birthday to myself.

慌てず焦らず、一歩一歩、光の方へ。
ぼちぼち上ることにする。



Long as I can see the light / C.C.R




2021年3月

東日本大震災から10年という節目と、コロナ禍から丸1年という3月。

この2つの災厄、さらに原発事故も含めた3つの災厄について考えると、人間というものは自然の原理の前にはあまりにも無力なのだと思ってしまう。

人類が数千年に亘って累々と気付きあげてきたものと、自然の営みはまずもって桁が違う。
そもそも人類の文明の歴史はたかだか4000年。45億年の地球の時間の中ではほんの一瞬に過ぎないのだし、細胞レベル、遺伝子レベルでのウイルスの世界と人類の日常はやはり桁が違いすぎる。原子レベルの物理現象であり半減期が数万年単位の放射線についてもそうだ。
いずれもまともに太刀打ちできる相手ではない、というのが大前提なのだ。

災害に抗う手立てはないんだと思う。
いつだって自然は、人間の想定なんて、軽々と越えてくる。
人間の想定を嘲笑うかのように、なんて比喩すら通用しない。
自然は嘲笑ったりはしない。
ただ、現象としてそこにあるだけだ。
人間たちだけが勝手に、経験上からこの程度だろうと勝手に想定して、勝手に想定外だと騒いでいるだけなのだ。
災害という言葉ですら、自然にとっちゃ知ったことではない。
物理的な現象が発生したときに、人間にとって不都合なものが災害と呼ばれるだけ。
自然にはそもそも知る意志すらない。

だからといって運命に従うしかないという諦念をここで言いたいわけではないのです。
そういう状況の中でも少しでもよりよい方向へ向かえるよう知恵と工夫を凝らし世の中の在り様を改善することができることこそ、人類が築きあげてきた叡知だと思う。
ただ、この10年で震災で得た教訓が活かされた社会に転換できたかといえば、残念ながらそうとは言えず、コロナ禍でも同じ過ちを繰り返してしまっている気がしてならないのだ。



震災の年に出版されたこの本を再読してみた。


春を恨んだりはしない / 池澤夏樹

10年前に書かれたこの本は、震災から一年の節目に、自らの経験を踏まえた考察を綴ったもの。
タイトルの『春を恨んだりはしない』は、ポーランドの詩人、ヴィスワヴァ・シンボルスカの詩の一節から引用されている。

またやって来たからといって
春を恨んだりはしない
例年のように自分の義務を
果たしているからといって
春を責めたりはしない
わかっている
わたしがいくら悲しくても
そのせいで緑の萌えるのが
止まったりはしないと


失われたひとりひとりの“看取られることのなかった”死を悼み、自然現象を擬人化したところで自然にはまるで意図などないことを確認しつつそれでもそうせざるをえないのが人間だということを認め、原子力の安全に対する言葉の嘘を見破り、政治にどのような姿勢で接するべきかを説き、それらすべての考察がまた、人が時代と共に生きることへと収斂されていく。

この本の結びには、池澤さんのこのような考察がある。

これを機に日本という国のある局面が変わるだろう。
それほど目覚ましいものではないかもしれないかもしれない。
ぐずぐずと行きつ戻りつを繰り返すかもしれないが、それでも変化は起こるだろう。
ぼくは大量消費・大量廃棄の今のような資本主義とその根底にある成長神話が変わることを期待している。
集中と高密度と効率追求ばかりを求めない分散型の文明への促しのひとつとなることを期待している。
人々の中では変化が起こっている。
自分が求めているのはモノではない、新製品でもないし無限の電力でもないらしい、とうすうす気づく人たちが増えている。
この大地が必ずしもずっと安定した生活の場ではないと覚れば生きる姿勢も変わる。

おそらく変化は起きているのだと思う。
ただ、その変化もまた、人間ひとりの人生から見たらまた遅々としてしか進まないものなのだろうと思う。

戦後から高度経済成長、ジャパンアズNo.1からバブル経済までの期間においしい思いをした人たちにとっては、経済というのはどこまでも伸びていかなければいけないものなのだろう。
そういう世代が政界や経済界を握っているうちはまだまだ旧態依然とした政策が繰り返されるのだろうな。
でも、平成生まれ以降のもっと若い世代は違う感性を持っている。
モノを所有する豊かさよりも、コミュニケーションが豊かな社会の方が居心地がいいことを知っている。

意外とキーを握っているのは、60年代後半から70年代前半に生まれた我々の世代なのかも知れない。
僕らの世代は、生まれた頃から豊かさを享受してきた分、豊かでなければならない強迫観念は薄い。
ギラギラした脂っこい大人たちに「近頃の若いもんは」と言われて育ったけど、「近頃の若いもんは」と若者たちに言わない。
親たちがずっと受け継いできた儒教的価値観や農村的価値観を継承しなかった代わりに、ジェンダーやLGBTやそういう多様性について変化を担ってきたし、ハラスメントについても前の世代の価値観を共有しはしなかった自負があるはずだ。

分散型の文明。有限の豊かさのシェア。
あの地震から10年経って風化しはじめてきてしまったあのときの思いを、コロナ禍が呼び起こすというのも皮肉なことだけど、立ち止まって考えなきゃいけないんじゃないかと思ったのです。

10年やそこらで風化するはずもない、失われた命を悼む気持ちに手を合わせて。






ビンとテープ、他

絵画で表現された世界を言葉で語ることは、とても難しい。
言葉はイメージを限定してしまうからだ。
下手をすれば、とても奥行きと広がりがあるその絵の世界観を、ある固定の解釈に誘導し、狭め、矮小化してしまうことにもなり兼ねない。
ただ、上手く言葉を紡ぐことができれば、抽象的な世界観に輪郭を作ることができるかもしれない。

そんな思いをこめて、あすてかさんの絵に、少し言葉を添えてみることにする。




「ビンとテープ」 drown by Asuka

透明なビンの中に
閉じ込められた音楽。

赤いリボンは、
これから結ばれようとしているのか。
今、ほどかれようとしているのか。
それとも、ほどきかけてためらわれたのだろうか。
行きつ戻りつを繰り返しながら、
少しためらいながら、
それでもひとつのアクションを起こそうとする意志がこの絵にはある。
いや、意志というほど強くはない、
もう少しふんわりした“想い”のような。

このリボンがほどかれたとき、
聞こえてくる音楽は、
どんな音楽だろう。
明るくて透明感があって、
淋しさやためらいがありながらも、
しなやかで本当の意味での強さが
感じられる音楽だといいな。




「会話」 Drown by Asuka

蝋燭とグラスたちの“会話”。
近づきたい距離と、近づけない距離。
ゆらゆらと揺れる炎への、
憧れと恐怖。
不安と希望が託された青。
ときめきと揺らぎ。

この絵を見ていると、
揺らぐことは普通のことと思えてくる。
むしろ、素敵なことだと思えてくる。




「貝殻」 Drown by Asuka

貝殻たちのひそひそ話。
とてもファンタジックだけど、
少し見方を変えて見ると、
なにやらモゾモゾしたりイガイガしたりしたものが心の底で沈殿しながら、
声にならない言葉を呟いているようにも見える。
あるいは、耳の奥にある蝸牛や、
脳の底にある海馬や下垂体、
そういう脳内の構造物のようにも
見えてくる。

そんな見え方がしてしまうのが
彼女の作品の奥行きだと思う。
どこかに透きとおった痛みのようなものがあって、
だけど彼女の絵は「こんなに痛いのよ」とは言わない。
むしろ「だいじょうぶだよ」と
明るく笑っている。
明るく笑った次の瞬間に、
ふらりと倒れこんだりしてしまう危なっかしさもあったり、
意外とタフだったり。

そういえば、彼女のテーマは
「静の中の動」だという。

美しさと生々しさ、強さと脆さ、
賑やかさと静けさ、
そんな相反するものが
違和感なく同居する不思議な魅力が
彼女の絵にはある。



今回はこれくらいにしておこう。

続きは、いつかの個展のために。



もうずいぶんと長いおつきあいになるけれど、ブログを始める前の彼女のことは正直よく知らない。
知らないけれど、彼女の絵からは、悲しい経験や辛い思いを胸の奥に大切に抱えながら、明るさを失わずにいようとする願いのようなものを感じるのです。

ちなみに、土曜日にあった彼女は、この絵くらいに元気でたくましく、それがとても微笑ましかった。




写真絵画ファインアート展 9/nine sence



古い倉庫を改造したらしいそのギャラリー兼カフェは、オフィス街の裏手の路地にひっそりと佇んでいた。



「どういう展示にしようかすごく悩んだのよ。こう並べたときに、ここに入れたい縦の写真が見つからない、とか。」

「写真ってのは、なんていうか、抽象なんだよね、具体的な何かの記録というよりも。」

「ずいぶん前から準備してたの?えっ、二ヶ月前?いい意味でまきこまれちゃったのね。」

ひっそりとした佇まいとは正反対に、ギャラリーはとても賑わっていた。
あっちこっちで交わされる会話と、小さな音で流れるジャズ、エスプレッソの香りに、僕は心地よい気分に包まれながら、言葉が立ち上がってくるのをぼんやりと待っていた。



人はなぜ、写真を撮るのだろう。
人はなぜ、絵を描くのだろう。

少なくとも、意味や目的が先にあるのではないという答えだけがぼんやりと浮かんでくる。
意味や目的が先にあるのではない。
伝えるべきメッセージが先にあるのではない。
その人が見聞きし感じたことを、その人なりの切り取り方で二次元に還元する。
その切り取り方の中に、その人の感じ方が投影される。
意図的にではなく、無意識の羅列の先に、ひとつの世界観が浮かびあがってくる。
観る人はそれを、言葉を介さずにダイレクトで受け取ることができる。
まるでテレパシーのようだ。
写真家やアーティストはそういう意味で超能力者なんだろう。
そのときに言葉はほとんど必要がない。
テレパシーをそのまま受け止めればいいのだ。



ギャラリーには、世界の断面が8種類あった。
静かなものと熱いもの。
暖かいものとヒリヒリする痛みや孤独を伴ったもの。
溢れるもの、噴き出すもの、こぼれ落ちるもの。
それぞれの切り取り方で切り取られた世界は、まるで違う世界のように存在しながらもなんらかの調和を持っているように思えたのは、少し不思議な感覚だった。
ワタシハコンナコトヲカンジタノ
オレハコンナカンジガダイスキナンダ
そんな呟きの断面から、ひとつの景色が浮かびあがってくる。

ひとりひとりが思い思いの格好で、思い思いのダンスを踊るパレード。

エスプレッソの豆を挽く音や香り、いい具合にブレンドされたギャラリーの灯りと外からの陽光、たくさんのおしゃべりの声までもが、その多様性と調和に寄与しているように思えた。

そういえば、「多様性と調和」をテーマにした世界規模のお祭りが、その精神を全く理解していないおっさんたちに牛耳られていたことが露になったこの2月。
多様性、調和、、、そう言いながらスポーツは闘い、順位を決め、勝者と敗者を作るけれど、アートの世界には競技も順位もない。
それぞれがそれぞれのインスピレーションを形にすることの先に、お互いがその価値を認めあい讃えあえる世界がある。

僕が立ち会ったのは、小さな小さな東京オリンピックだった。







2月20日土曜日、快晴

2月20日土曜日、快晴。
前日までのシベリアのような極寒とはうってかわっての春のような陽気だ。
ちょいとそこまで、くらいの軽い準備をして京都駅からのぞみに乗る。



富士山を絵に描くときって、雪の帽子を被せて王冠みたいにギザギザを入れるけど、あのギザギザには谷筋があって、そこでは雪が溶けないんだな、なんてことがはっきりわかるくらいくっきりと見えた富士山。
そんな光景を眺めながら、午前中からビールを飲んでいい気分になって、お昼過ぎには東京に着いた。

コロナのことはいろいろと気にせざるを得ないのだけど、どうせ緊急事態宣言都市どうしの移動、神戸へ行くのも東京へ行くのも大して変わることではない、と都合のよい理屈を使って自分と同意することにしたのだ。


東京へ行った目的はこの「写真絵画ファインアート展」。
ソウルシスターあすてか画伯の絵を生で見てみたいと思ったからだ。

このことについては、改めて書くことにする。



ブログで知り合った友人と実際に会うときの感覚っていつもちょっと不思議な気がする。
web上のキャラクターがリアルになる感覚はなんていうんだろう、小説の登場人物が映画化されて動きだすような感じだろうか。
普段の生活の自分とは半分重なって半分ずれたキャラクターが立ち上がって動きだすのだ。

200年前の人たちが、歩いて2週間もかけて旅したような道のりを、まるで時空を越えてワープする超光速の宇宙船で移動するみたいに2時間と少しで駆け抜ける。
雪の積もる関ヶ原を越え、浜名湖を渡り、大井川を渡り、箱根を越えて東京へ。
こんなにたくさんの町があって、そこにはとてもたくさんの人たちが日々の暮らしを営んでいて、きっとそこにも気のあう人たちがいるはずなんだけど、そういうことには目もくれず、ピンポイントで東京の小さなギャラリーへ向かう、その感じがまたなんとも不思議な気がするんだな。
あすてかさんと会うのは一年と数ヶ月ぶりだけど、新幹線での2時間少しの移動は、その会わなかった期間をも軽々とワープする。

ちょうど去年の今頃、仕事場でより重い責任が与えられ、与えられた以上は頑張るしかないのでとりあえずは文句も言わずがむしゃらに働いてきた。
期せずしてコロナ禍がやってきて、経験したことのない状況に四苦八苦し、それでもなんとか対応してきた。
もちろん爪先立ちで走りながらなので、派手にスッ転んでしまうこともあった。

新幹線に乗ってみてわかった。
普段の自分を一度リセットして、遠い場所でリフレッシュしたい願望が自分の中にあったんだな。
時々無理して自分の素とは違うキャラクターを演じざるを得ない日常からのワープ。
そういう意味で、僕にとっての新幹線は、時空を越えるタイムマシーンなのかも知れない。






せっかくの東京なので会いたい人もたくさんいたのだけれど、今回は急遽決めたのと、コロナもややこしいので自粛しておきました。
またしょっちゅう行く機会はあると思いますので、その節はよろしくお願いします。









音の食卓〈ピザ〉

「500円で本場アメリカのピザが食べ放題!シェイキーズ心斎橋店オープン!」

そんなニュースに飛びついたのはクラスメイトのSだった。
「500円で食べ放題やってよー!今度の日曜日あたり行かへんかー。」
幾人かが賛同し週末の心斎橋行きが計画される。
「おまえも行くやろー?」
「うん、まぁ、ええけど。」

1983年、高校2年生だった。
ギリギリ大阪府内にある、大阪の端っこの田舎の高校。地元の町にあるチェーン店といえば王将くらいだった。
500円で本格ピザが食べ放題。それは確かにセンセーショナルなトピックだったのだろう。
1980年代は次から次へと新しいことが起きる時代だった。アメリカ系資本やその亜流の「新しくておしゃれな」ものが「東京で大流行」という神話とともにどんどんと流れこんできた。
そういうものがお洒落でカッコいい最先端なんだと言われると、カッコつけたい盛りの高校生に抗う選択肢はなかったのだ。
正直言えば、僕はどっちでもよかった。というか、積極支持ではなかった。
月々たかだか3000円程度の小遣いでやりくりしている高校生にとっては、500円ですら安い金額ではなかったし、地元の町から心斎橋までは南海電車で往復660円もするのだから、なんだかんだで月の小遣いの半分くらいを失うことになるのだ。
それならせっせと貯めてレコードの一枚でも買いたかった。ほしいレコードならたくさんあったのだ。
それでも「まぁ、ええけど。」と返事をしてしまったのは、周りから取り残されたくない思春期独特の心細さだったのだろう。

・・・

「食べ放題や、言われても、そんなに食えるもんでもないな。」
「ほんまやな。」
「それに、コーラが別料金や、ちゅうーのは聞いてへんかったわ。」
「予定外やったな。」
「おれ、ピザ、一生分食うたで。」

週末、僕らはこんな感じで微妙な敗北感を味わうことになった。
僕も同じ。どろっと濃いチーズがたっぷりトッピングされたピザは、一切れ二切れまではおいしかったものの、五切れめには胸ヤケがしてきた。食べ放題なんだからと意地になるものの、あとはもうコーラで流し込む状態。お腹こそ膨れたものの、おいしいものを食べた満足感にはほど遠かった。
そもそもみんな実家暮らしで、切実な空腹感には縁がなかったし、ピザなんて、みんなろくに食べたことなんてなかったのだ。
雰囲気に憧れる背伸びの季節にありがちな微妙な敗北。
それ以来、ピザというと、ちょっと微妙なあの気分が脳裏をかすめてしまう。
もちろん嫌いではないんだけど。



なんとなくピザのイメージがあるのは、シンディ・ローパーさんだ。
ちょうどその頃大ヒットしていた「ニューヨークはダンステリア」。
ゴテゴテと飾った奇抜なコスチュームと躁状態はしゃぎっぷりは、たっぷりのチーズにも似た濃い味だったし、レインボーヴォイスと言われた不思議なテイストの声は、色とりどりのトッピングみたいだ。
口に合うのかおいしいのかも正直なんだかよくわからないまま、こういうものが今の最新流行なんだということだけで受け入れていたのかな、当時は。


She's So Unusual / Cyndi Lauper

今聴くと、すごくいい。
なにより声が素敵だし、楽曲は当時思っていた以上にソウルフルだ。
ポップミュージックがたどった歴史を俯瞰で見れば、シンディというちょっと妙ちくりんなポップシンガーが、それまで女性シンガーが暗黙のうちに求められていた役割の壁を壊してブレイクスルーさせたのだということもよくわかる。
淑女でも娼婦でもウーマンリブでもない、一人の女性としてありのままで生きていいというメッセージを普通に自然に体現できたポップシンガーはそれまでいなかった。



時代がぐいぐいと昇り調子にあがっていく変わり目にパッと咲き誇った花。
誰もを引き込んでしまう華やかさやエネルギーがシンディにもシェイキーズのピザにもあった。
僕らは、そういうものを横目で見ながら巻き込まれながら育った世代だったのだ。











音の食卓〈牡蠣〉

牡蠣という食べ物は、なんともなまめかしい。
セクシーでエロチックな感じがする。
ぷりっとふくよかな身、こってりとミルキーなコクと磯の香り。
ジューシーでみずみずしいんだけど、同時にどこか生臭さがあって、生き物をまるごといただいている感じがすごくする。
しかも内臓だけをすすっているような生々しさというか。
もちろん嫌いではないんだけど、食べるときには少し勇気がいる。

学生の頃に、友人の下宿で牡蠣鍋をたらふく食べて、翌日ひどくお腹を壊したというトラウマもあるんだけど、それ以上に、あの「生き物をそのまま食べる」生々しさがどことなく躊躇させるのだと思う。
ちゃんと腹を据えて向き合って食べなきゃいけない気持ちになる。



牡蠣のようななまめかしさを持った音楽で思いあたったのは、プリンスだ。


Parade / Prince and The Revolution

なにしろ常識とかモラルとかを超越したところで歌う人だ。
歌詞にもセクシャルな表現がてんこ盛りなんだろうけど、それ以上にリズムと声がエロい。
ジューシーでミルキー、そして生臭い。
人工的でミニマルなビートと喘ぎ声のようなウィスパー&シャウトのせめぎあいは、まるでぬめぬめと舌を這わされるようで、その執拗な責めに羞恥心に似た不快感と不思議な快感の間で揺れ、いつの間にかプリンス・ワールドに引き摺りこまれてしまう。受け入れさせられてしまう。
あぁ、明日もしお腹を壊してしまったとしても、この快感には代えがたい。
そういうところが、すごく牡蠣っぽい。



そういえば牡蠣というのは、実は天然ではあのような姿では存在しないらしいですね。
そもそもはもっと小さな生き物で、岩場にフジツボみたいにへばりついて生きるらしい。
稚魚の頃は遊泳するのだけど、へばりつく場所を定めるとそこからは移動する必要がないので筋肉がなくなり、ああいう姿になるのだそうだ。
そういう習性を誰が発見したのか、海中にホタテの貝殻をぶら下げておくと稚魚がへばりついて勝手に大きくなる。
岩場では栄養摂取に限界がるのだろうけど、栄養豊富な海中だとあそこまで肥大化するらしい。
まるで快楽的な部分だけを局所的に膨らませるように。

海のミルクと呼ばれるほどの豊富な栄養と、体調が悪いときに聴くとお腹をこわしそうなくらいの毒を両方持っている牡蠣。
そういうところもなんとなくプリンスぽいんじゃないかと思うのです。








わきまえる

「わきまえる」という言葉が話題になっている。

事の発端となった、オリンピック組織委員会会長の発言の是非については、僕は古い世代のオッサンの古い価値観による戯言だと思うので、「それ、あかんやろ」という指摘さえすれば、大騒ぎするものではないだろうと思っている。
発言の内容はもちろんアウトだ。
会議が長くなることに性別による差はない。あるとすればそれは性別ではなく、論理的な考え方の構築力であったり、会議そのものへのスタンスの差でしかない。
撤回すればいいというものでもない。
でも、そこまで鬼の首をとるようにするべきことなのか?という違和感は少しあった。
会長の首を取ったところで考え方の本質が変わるわけでもない。むしろそれで済ませて一件落着となれば本質の解決からは遠ざかってしまうのでは、と思うのだ。
Harder they come,Harder they fall.
どっちにしたって、失言を繰り返すような輩は、いつかそのせいで大きなしっぺ返しを食らうものだ。

ああいう価値観の違いは、世代による差がとても大きい。恐るべきジェネレーションの違い、なのだ。
女性を下に見ることが当たり前の社会でずっと育ってきた人にとって、価値観を変えるというのは、なかなかそう簡単には修正がきかないものなのだろう。
ああいうジジイがあんな発言をしたところで、今の若い人たちの価値観が揺らぐわけもなし、どうせそう遠くないうちにああいう世代はこの世から引退するんだし。

大事なのは「それはダメでしょ」とちゃんと声をあげることだと思う。
よほどの馬鹿じゃない限り、これはダメなんだと学習する。
その積み重ねで時代の価値観は変わっていく。

そう考えると「多くの人はわきまえている」という発言の方が、問題の根が深いのではないか。
権力を持つ人がこういう物言いをすることは、暗に「わきまえろ」「こちらの価値観を理解してソンタクせよ」というメッセージになってしまうからだ。
そこには、聞く耳を持たない、反論は受け付けないという強制力が含まれてしまう。

「わきまえる」というのは実際どういう意味なんだ?と思って辞書をひいてみると、次のような意味があることがわかりました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
1・物事の違いを見分ける。弁別する。区別する。
「事の善悪を―・える」「公私の別を―・えない」
2・物事の道理をよく知っている。心得ている。
「礼儀を―・える」「場所柄を―・えない振る舞い」
3・つぐなう。弁償する。
~~~~~~~~~~~~~~~~~

物の違いを見分けるためのモノサシになる価値観は、個人によっても、地域や時代によっても異なって当然だから、この「わきまえる」という言葉の実態は実にあいまいだ。
別の価値観を持つ者からすれば、「わきまえてないのはあんたや!」ということになる。
これだけ世代による経験やそこから生まれる価値観が多様化してしまっている世の中では「わきまえる」ことは、なかなか一筋縄ではいかない。

だから、無理にわきまえる必要はないんだろうね。
ものわかりのいい馬鹿にはなりたくない。
だからといって、なんでもかんでも噛みつく馬鹿にもなりたくない。
自分のモノサシと社会のモノサシを上手に使いながら、ときどき間違えたり謝ったりしながら、自分自身が居心地の悪くない方向でスイングできること、大事なのはそっちだ。






ちなみに。
「わきまえる」は漢字では「弁える」と書くのだけれど、この「弁」という字にはいろんな意味がある。

【A】 わきまえる。わける。処理する
【B】はなびら。また、液体や気体の出入りを調節するもの。
【C】 かたる。話す。述べる。説きあかす。また、言葉づかい。
【D】 かんむり。

これは、本来別の意味の四つの字を「弁」にまとめたことから来るそうで、本来Aは[辨]、Bは[瓣]、Cは[辯]、Dが[弁]の字を充てるそうだ。

またひとつ、使えない余分な知識を仕入れてしまいました。






音の食卓〈ハンバーガー〉

ラモーンズはハンバーガーだ。


Ramones / Ramones

ラモーンズはハンバーガーだ。
その一言だけで、あんまり説明はいらない気がする(笑)。



若い頃にアメリカ横断バックパックの旅をした。
道中、昼飯も晩飯も基本はずっとハンバーガーだった。
当時、マクドナルドのハンバーガーは85¢、1$100円の時代だったから、日本円換算85円くらい。
ややこしい会話もせずに300円もあればそれなりに満腹になるハンバーガーは、貧乏旅行者にとってはとてもありがたい食べ物だったのだ。
カウンターに立って、メニュー表を指差して「1burger and 1cheese burger,and small coke please.」、これでOK。
一度、たまにはちゃんとレストランで食うか、ってお店に入ったら、ディナー皿にハンバーグとパンが出て来て10$くらいとられて。「これってハンバーガー食っててもおんなじやん??」って思ってからはずっとファストフードだけで過ごした。たまにウィンピーやタコベルに浮気したけれど、あの国の空気の中だと、毎日ハンバーガーでもなぜか飽きないのだ。

ハンバーガーのいいところは、とにかく手軽で安価。
コンパクトでもちゃんと腹持ちするんですよね。
日本のコンビニおにぎり感覚。
あの国のソウルフードだね。
いろいろとバリエーションはあっても基本型は同じ。



ラモーンズの良さも、そのコンパクトさとエネルギー効率の良さ、そして基本型の変わらなさだと思う。
ロックンロールの王道、3つのコードとシンプルなエイトビート、その基本型は完成されつくしていて、ちょっとやそっとじゃびくともしない。
レストランでフォークとナイフなんて堅苦しくってやってられない、路上でパクつけばいい、そういうがさつでワイルドなところもハンバーガーだ。



しばらくマクドナルドも行ってないなぁ。
今日はとてもいいお天気、たまには路上でハンバーガーにかじりつくか。







Appendix

Profile

golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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