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低気圧

今年は蒸し蒸しした残暑がだらだらと続くんだろうなぁ、と思っていたら、いきなりの雨続き。
最高気温28℃、朝晩は23℃。
これくらいなら全然過ごしやすい。
もう猛暑酷暑なんてうんざりだもの。

ところが、昔からそうなんだけど、そしてひょっとしたら誰でもそうなのかもしれないけど、僕は急激な温度変化や気圧の変化にものすごく弱い。
それこそ「低気圧うつ」とでも呼べそうなくらい、気圧が下がると途端にやる気がなくなる。
猛暑酷暑が続く中で働かなきゃいけない日というのは、それなりに体が戦闘体制に入っているのだと思う。
つまりはアドレナリンが分泌されている。
めんどくさい仕事に立ち向かうためのある種のドーピングみたいな状況を体が作っているんだと思われる。
それが、気圧が下がると止まる。
「あー、もう夏の戦い終わったんだよー。」と体は反応しているわけだ。
でも実際はまだ水曜日だもの、働かなきゃいけない。
でも、やる気が振り絞れない。
なんとなく腰や節々が痛む。
夏の疲れがどっと出る、というのはこういうことなんだろう。

こういう気分、体調のときは、大好きな音楽を聴くことすらしんどくなる。
特にリズムの強い音楽がうるさく感じてしまう。
こんな気分のときに心地よいのは、例えばこういう音。


Brothers in Arms / Dire Straits

ぼそぼそとした呟きのような歌、枯れた味わいのギター、ぼわんとして岸辺で佇んで川の流れを眺めるようなメロディー。

いつの間にか、窓の外からは秋の虫。
タイガースは今日も負けた。
明日もきっと勝てないだろう。





妄想 at Used Shop

もうずいぶん前から、月に1回か2回、職場近くの中古CD店を覗くのが習慣になっている。
10年か少し前までは、欲しいCDがたくさんあって、覗きに行く度に1枚か2枚ゲットしていた。
「あ、こんなアルバムがもう中古で出てる。」
「カセットテープで散々聴いたけど、これCDで持ってないんだよな。」
「おっ、この人、昔けっこう好きだったんだよな。」
そうやっていつの間にか、我が家のCDラックの魔窟は超魔窟と化していったのだ。

それがだんだん買わなくなったのは、例えば、持っていないと思って買ったら既に所有していた、とか、懐かしさで喜んで買ったものの結局はまるで聴かなかったとか、そういうことがたびたび起こるようになってからだ。
あるいは、興味はあったものの聴く機会がたまたまなかったアーティストだと勇んで買ったものの、聴いてみるとすでに既視感(既聴感?)のある音楽だったことが続くようになってからだ。

「あー、シンプリーレッド。アルバム持ってなかったよな。いや?あったっけ?うーん、でもどーせベスト盤で事足りてるしなー。」
「アヴェレージ・ホワイト・バンドなぁー、興味はあるんだけど、、、聴くかな?」
「シャム69かー、あぁ、ジェネレーションXも。うーん、昔は興味あったけど、多分聴くことないよなぁ。」

・・・そうやって一度は手に取ったアルバムを棚に戻すことが多くなった。
そもそもマニアやコレクターじゃないし、希少品を所有することに対する欲望はなかった。
ただ、新しく刺激的な音楽に出会いたかった。
けど、どんなアーティストやどんなアルバムを聴いても、10代後半や20代前半に聴いたような刺激を得ることがとても難しくなってしまったのだ。
「俺も、出来上がってきっちゃったんだろうな。」
そう思いながら、昔から大好きだったアルバムばかり聴くようになっていったのが40代の半ば差し掛かった頃くらいだったろうか。

それでも、中古CD店に足を運ぶ習慣だけは変わらなかった。1ヶ月とか2ヶ月近く足を運ばないとだんだんムズムズしてくるのだ。
「あ、こうしている間に、ほしかったレCDが入荷しているかもしれない。」
そんなそわそわ感が押し寄せてくる。
それで時間を作って足を運ぶ。
最初は「あ、あれも。これも。」と手に取るのだけど、なんとなく途中から虚しくなってきて結局何も買わないで帰るのだ。
物色するだけで満足する、といえばそうだが、なぜか束の間の高揚のあとに、「どうせ知ってる音だろうな」とか「聴かないんだろ、どうせ」なんて気持ちがむくむくと立ち上がってしまうのだ。
ただ、物色している最中はとても幸せなのも確かなのだ。



その日は珍しく早めに仕事が切り上がった。
予定されていた会議が延期になったり、やらなきゃと思っていた仕事をたまたま同僚が先に済ませてくれていた。
ふっと手持ちぶさたになって、ふらっと2ヶ月ぶりくらいで中古CD店に立ち寄ったのだ。
いつものように、洋盤のAから順に棚をパトロールする。
Aの欄でいきなりアーサー・コンレイの「Sweet Soul Music」と「Shake,Rattle and Roll」が並んでいて色めきたった。
Bにはバーバラ・リンにブッカーT&MGズ、Cにはクラレンス・リードとクリス・ケナー。おぉっ、なんかすごいぞ。
ちょうど10年くらい前だろうか。アトランティック・レーベルの60年代R&Bのアルバムが廉価で再発されたことがあった。そのラインナップが大放出されているようだ。
クローヴァーズにコースターズ、スピナーズにスイートインスピレーションズ、ドン・コヴェイにエディ・フロイド、カーラ・トーマスにジョニー・テイラー。
すごいな、これだけあるとかえって目移りして絞れないな。どーしたもんだろうか。
誰かがまとめて売ったのは疑いの余地がない。
誰が売ったんだろう。
そう思ったときに、ふと、ゾクッとして妙な気配を感じたのだ。

あ、この人、亡くなったな。

大量のコレクションが出回るとすれば、何らかの理由で突然飽きたか、当座の金に困っての金策か、あとは故人の所有物の整理だ。
理由はよくわからないけれど、なぜか「亡くなった」という直感が降りてきたのだ。
どんな人だったんだろうか。
歳は50代か、60代か、それとももう少し若いのか。
「お父さんが亡くなってもう三回忌、そろそろ遺品を整理しないと。」
「いっぱいCD集めてたけど、そもそも聴くことないもんね。」
「中古の専門店にでも売りにいけばいいんじゃない?」
そんな遺族の会話があったに違いない。
どんな人だったんだろうか。
どこかでご縁があれば、友達になれた人かもしれない。
打算も下心もなにもなく、ただただ好きな音楽について言葉を交わせる人っていいよな。

・・・ただの妄想です。
でも、その人のために何か一枚は買うべきだろうと思った。
形見分けじゃないけど、そういう感じ。
あるいは妄想をリアルにするための。


いろいろ迷った挙げ句、2枚のCDを手に入れた。

一枚は、カーティス・メイフィールドが脱退してからのインプレッションズのアルバム“Finaly Got Myself Together”。



初期からのメンバー、サム・グッデンとフレッド・キャッシュが、レジー・トリアンとラルフ・ジョンソンというふたりのリードシンガーを迎えて録音した、新生インプレッションズの一作目だと解説書に書いてあった。
ゴスペルとファンクとソウルが融けあっているクールなレコードだった。



もうひとつは、ドン・コヴェイがジェファーソン・レモン・ブルース・バンドというバンドを率いて録音したアルバム“The House Of Blue Lights”。



ジミー・リードみたいなロッキン・ブルースを中心に、ドン・コヴェイらしいポップさとアクの強さがかっこいい。



たまにはこうやって、何かに導かれるように音楽に出会うのも悪くない。

亡くなってしまったソウル・マニアに敬意を込めて。

いや、妄想ですが。。。









The Boys Of Summer

夏も終盤のニオイを感じると聴きたくなってしまうアルバムのひとつが、ドン・ヘンリーの“Building The Perfect Beast”。
セピア色の落ち着いたアルバム・ジャケットにふさわしい、大人の渋さがむんむんと匂いたつようなレコードだった。


Building The Perfect Beast / Don Henley

リリースは1984年。
長年のロック・ファンの間では、イーグルスらしさが感じられない、80年代っぽい打ち込みサウンドが似合わないと不評だったようだけど、シングル・カットの“The Boys Of Summer”は、そんなオールド・ファンの嘆きなど意に介さずヒット・チャートを駆け昇っていったのだった。
当時高校生でイーグルスにさしたる思い入れのない僕にとっては、ドン・ヘンリーは“Voice of Hotel California”であるよりもこのアルバムの人、という認識が強い。

最初聴いたときには、どっちかっていうと引っ掛かりが少なくて、まぁよくできたポップ・レコードっていう印象だったんだけど、これが年を重ねるごとにどんどんとよくなっていくから不思議だ。
今聴くととってもダサい感じのする、80年代独特のスカスカで抜けのよい音空間に、なぜかノスタルジーすら感じてしまうのだ。



誰もいない道
誰もいない浜辺
肌に触れる風に感じる
夏は過ぎ去ってしまったと
空っぽの湖
空っぽの街路
太陽が孤独に沈んでいく
あなたの家まで車を走らせる
あなたはいないと知っているのに

僕には見える
太陽に照らされた褐色の肌
髪をとく姿
サングラス
あなたを愛する気持ちは
まだまだもっと強くなっていく
夏の少年たちが去ってしまったあとも

(The Boys Of Summer)

夏の少年たちが去ってしまったあと。
これが暗示するものは決してイーグルスの解散だけではないだろうけど、そういう気分も敢えて一枚噛ませてみたのではないかという気がする。
解散しても尚、まとわり続けるイーグルスの幻影。イーグルスっぽいものを求めるファンたち。
そういうものたちへ向けて、もう夏は終わったんだと語りかけるメッセージ。
そして、それでも音楽への愛や情熱はより強くなっているんだ、というドン・ヘンリー自身の立ち位置の表明。
このとき、ドン・ヘンリーはまだ37才、若き日の栄光に殉ずるにはまだ若すぎる。
夏が終わったあと、長い秋や寒い冬を僕たちは生きていかなくてはいけないのだし、実際のところチキンレースで消耗戦の真夏よりも、秋のほうが実り豊かなのだし。

I can tell you
my love for you will still be strong

夏は退却し過ぎ去っていくものだけれど、秋は深まっていくもの。
愛もそういうものであるといいな。





音のパレット〈セピア色〉

セピア色は、過去に属している。

色褪せたセピア色の思い出・・・セピア色といえばそういう言い回しがセットになっている。
セピア色の情熱、だとか、セピア色の未来、なんていう言い方は聞いたことがないし、おそらく誰もしないだろう。

セピア色に褪せた思い出というのは、だいたいが夏の景色だという気がするのは気のせいだろうか。
なんとなくだけど、冬にみんなで鍋をつついたとか、子どもの頃に兄弟でいっしょに雪だるまを作ったとか、そういう思い出はセピア色にならない気がするのだ。
チューリップやカーネーションはセピア色になりにくいが、ひまわりはセピア色になる、という感じ?
セピア色になるのは、海までドライブした日の水平線が見えるカーブだとか、防潮堤のコンクリートの上でかじりついたスイカだとか、夏休みにクラスの友達で連れだっていった遊園地でなぜかとても気になった女の子の笑顔だとか、そういうものの記憶がセピア色になる。
つまりは、眩しい記憶。
その裏の色がセピア、ということはセピアは夏の記憶の色なのだ。


そんなセピア色の情景が浮かぶ大好きな曲がいくつかある。
「青い瞳のステラ、1962年夏」もそういう歌のひとつだ。
夏の終わりのセンチメンタルにとてもよく似合う。



柳ジョージさんの声は、遠い夏の感傷を呼び覚ましてくれる。
ウェットだけど、じとつかない声がいいんだな。
そしてツボを心得て的確なレイニーウッドの面々。


Woman and I ...Old Fashioned Love Songs / 柳ジョージ&レイニーウッド

情けなくもの哀しい男や情にもろい女の物語がたくさん詰まったレコード。
ジョージさんの音楽が、僕のソウルやブルースへの入り口だった。






This Night



8月25日は、個人的にちょっとした思い出の日。
どんな思い出かは内緒なのだ。
センチメンタルで甘い音楽が、仕事帰りのビールのつまみ。

タイガースも快勝したし、仕事も山場を乗り越えられそう。
とても気分がいい夜。
これでもうちょっと涼しけりゃ、言うことないんだけど。


An Innocent Man / Billy Joel

まだまだくそ暑い真夏の夜だけど、甘い思い出を思い浮かべながら、ほっとひといき。
若い頃の日々がイノセントで今は汚れているとは思わないけど、次々とやってくる無理難題をかわしているうちに自分を見失ってバテてしまわないためにも、若い頃の甘い思い出を思い出しておくこともときには大切だと思う、そんな夜。








音のパレット〈水色〉

毎日暑いですねぇ。
天気予報を見ただけでうんざりしてしまう。
真っ赤染まった連日の猛暑日予報。
週末は少しましになるようだけど、ムシムシするんだろうなぁ。

こんな日々に、いつもレベルの仕事量と出来映えを求めることなんてそもそも無理だ。
緩めなきゃやってられない。
本当に日本にもサマータイムやシエスタの導入が必要なんじゃないかと思う。

そんな酷暑の日々、もはや緩い音楽しか聴きたくない(笑)。
こんな酷暑に落ち着いて聴けそうな音楽。例えばエヴリシング・バット・ザ・ガールだ。


Worldwide / Everything But The Girl

アコースティックかつシンプルなリズム。涼やかなヴォーカルとハーモニー。クールな世界観。

エヴリシング・バット・ザ・ガールの音は、色に例えれば、淡い水色だと思う。
水彩絵の具でさらっと描いたような静物画のような淡い色。

水色っていうのは、存在感の薄い色だと昔は思っていた。
あっさりしていて主張が薄く、消え入りそうな色だ、と。
けど、青系の色にある憂鬱感ではなく、清らかで、こざっぱりとしていて、青というよりは緑の仲間のような独特の、しかし水色にしか出せない爽快感と哀愁感がある。
淡さと隣り合わせの、けれど、水色ならではの控えめだけど確かな存在感がある。

エヴリシング・バット・ザ・ガールの淡い水色の控えめな存在感。
形はなくても確かに残る感覚。
執着やアクの薄さが逆説的に、ただただそこに「ある」ことの充足感を映し出してくれる。










バナナ・ボート

シュガースポットが出て、ぱっくりと皮が裂けたバナナ。



バナナは戦国時代中期1570年(永禄13年)にポルトガル人により日本に持ち込まれ織田信長からも珍重されたが、完熟すると自然に皮が裂けることが切腹を連想させる、と武家から嫌われたため、日本には根づきませんでした。
幕末になるとその潔さが勤王の志士の間で尊ばれ、坂本龍馬も気に入って食べていたそうです。


嘘です(笑)。

ひとつめの嘘は切腹。
武士の間で、責任をとる際の死罪としての切腹が広まったのは江戸時代に入ってから。
名誉ある自死としての切腹は、1582年羽柴秀吉が備中高松城を攻めた際、敗北した清水宗治が切腹視したことが賞賛されたことから徐々に広まったのだそう。

嘘、その2。
食物としてのバナナは紀元前よりアフリカや東南アジアで食べられていたが、これは芋のように蒸して食べる主食であり、熟させて食べる果実としてのバナナの栽培の始まりは1874年まで下る。
アメリカがコスタリカで大規模プランテーションで栽培を始めてから普及したのだそうで、あくまで最初から大量生産・大量販売の商業作物として栽培が始まったのだ。
織田信長はもちろん、坂本龍馬もバナナなど見たことがなかったはず。

日本にバナナが初めて輸入されたのは1903年(明治36年)。
フィリピンでドール社がバナナ・プランテーションを始めたのはなんと1966年。
僕の少年時代にはすでにバナナは当たり前にありましたが、当時はまだようやく庶民の口に入るようになった食べ物。
そんなもんなんですねー。
母がよく「昔はバナナは高級品だった。」という意味が改めて理解できました。

テキトーなハッタリをかましたのは、単なる思いつきです(>_<)。


音楽はハリー・ベラフォンテの“Banana Boat”。
この歌、とても能天気な南国ムードだけど、実際過酷労働を憂うブルースなんですよね。
当時、“Black Lives Matter”なんてとても声に出せないくらい、アフリカ系労働者の命は軽かった。
過酷な労働を生まれながらに強いられた黒人労働者たち。
自国民の食糧よりも輸出用の産物を安価で作り続けることを押し付けられた第三世界の国々。
この国に生まれそれなりの幸福と安寧を享受できていることなんて、ほんとうにたまたまでしかない。
そのことを噛みしめなくてはいけないと思う。
この酷暑の中、クーラーのきいたオフィスや自宅でのテレワークが可能なのは、炎天下で働く人たちやいわゆるエッセンシャルワーカーの人たちのおかげ。
これだって、たまたま。努力や能力の差ではない。
そのことに思い上がった瞬間に、僕らの暮らしは足元から崩れていくんだと思う。
過酷な真夏の労働に感謝を込めて。









音のパレット〈スカイブルー〉

8月の色はスカイブルーがいい。
いろいろと異常づくめの夏でも、やっぱり空は青い。

朝早くからのラジオ体操、家族と行った海水浴、嫌でたまらなかったクラブ活動の夏連、バイトばっかりしてた学生時代、ただボンヤリとしていた無職の夏。
どの夏にも空を見上げれば、スカイブルーがいっぱいに広がっていた。



夏のスカイブルーの空といえばなぜだかラジオを連想してしまう。
ステレオを買うための短期バイトの廃金属処理の現場でずっと高校野球中継がラジオから鳴っていたせいかもしれない。
炎天下に野晒しにされた電話線か何かのケーブルをただ黙々とゴムとアルミニウムに仕分けるのだ。
あるいは仲間たちと連れだって行った海水浴の、ビーチと呼ぶにはあまりにもひなびて磯臭い浜辺から流れるFMラジオの印象のせいか。
ラジカセやウォークマンじゃなく、FMラジオからランダムに流れてくる夏のヒット曲。

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Armchair Theatre / Jeff Lynne

E.L.Oのジェフ・リンが1990年にリリースしたこのソロ作品は、ラジオから流れてくるヒット曲集みたいなアルバムで、ビートルズみたいなメロディーやビーチボーイズ風のコーラス、ロカビリーからスタンダード、いろんなパターンの曲が次々と流れてくるのが心地よい。
ジョージ・ハリソン風、ロイ・オービソン流、ちょっとディランっぽいホーボーソング、そのバラエティーとクオリティーにはただただ恐れ入るばかり。

ジェフ・リンという人は、セルフプロデュース力がとても高い。プレイヤーとしての自我よりもプロデューサー目線から自分をコントロールできる人だ。
ゴリゴリした自己主張ではなく、全体を見渡して上手にバランスをとって調和させる。
「この曲はこういう感じで」という着想に忠実に材料を取り揃えて構築し、イメージどおりの世界を再現する手法で、求められる世界に対して必要なものをひとつずつ丁寧に集めて作り上げていく。
イメージそのものになりきって、イメージしたものから発せられる波長に乗って演奏する。
それはもはや、職人技を通りこしてほとんど霊媒師並みの憑依力なのではないかと思ったりするのだ。
そのやり方はまるで、空中を飛び交うたくさんの電波から一番ぴったりと合うラジオ局の周波数にチューニングを合わせるのに近いのでは、と。

自分的にはなんとなく、そのセルフプロデュース力に、シンパシーを感じたりもする。
人生なんぞ結局のところは、どんな設定やどんなキャラをどう選ぶか。
その設定やキャラをどうセルフプロデュースするか、ってのはけっこう人生の幸福度に大きな影響があることだと思うのです。



さて、スカイブルーの話から大きく逸れてしまった。
スカイブルーはとても好きな色。
哀愁と清々しさが50:50の色。
楽しさと悲しみの比率は半々だけど、苦みや苦しみ、怒りや嘆きの成分はほとんどない。
淡々とクールなばかりではなく爽やかさや晴れやかさが強くて、イジイジしないのがいいな。

遅れてきた夏の空。
果てしないスカイブルーの中に飛び交う電波。
今日はどんな電波をキャッチして、どんな人生にチューニングを合わせようか。







スランプ

「そもそもあんたって優しすぎるのよ。そうでなきゃただの馬鹿ね。」
開口一番、カオルさんはそんな言葉を投げつけてきた。
「馬鹿はあんまりじゃない?俺なりには一生懸命やってるんだけど。」
試合が終わったばかりの疲れた体に藪から棒に投げつけられた厳しい言葉に僕はついムキになった。
「あたしね、自分で“一生懸命やってる”っていう人はあんまり好きじゃないのよ。
そんなの誰だって“自分なり”には一生懸命やってるわよ。サボってます、手抜いてます、なんて誰も言わないわ。
一生懸命やってるなんて、呼吸してます、心臓動いてます、くらいあったり前のことじゃない。
一生懸命なんて言葉、自分で勝手に自分の上限を引いて言い訳してるだけだと思う。」
やれやれ。
こういうときのカオルさんは手がつけられない。
「だいたいね、いやらしさが足りないのね。野球のことはよくわからないけど、それでも何が悪いかくらいはわかるわ。
相手の出方も読まないうちからホイホイ初球から手を出して、打ち損じや真っ正面。そりゃあ相手のピッチャーは助かるよね。自動アウトだもん。
ひょっとして何か勘違いしてんじゃない?
自分を天才打者だとでも思ってるの?
能力もないし知恵も足りない上に何の努力もしてないくせに。
そもそも欲どおしいのよね。
欲どおしいから、ど真ん中の球にバットが上滑りするの。打てばヒーローだ、なんて思いがバットを上ずらせるの。
もっと自分を客観的に評価してみたら?
天才じゃないものには天才じゃないものなりの戦い方があるでしょ。
もっと相手のことを考えることね。
相手が今、どんな心境か。自信満々なのなら、粘って粘って疲れさせて、その自信を崩すのよ。
相手が不安定なら、そこに付け入るのよ。一番やれらたくないことをやらなくっちゃ。」
「そりゃそうなんだけどさぁ。」
「けど、何よ。」
「そんなの楽しくないじゃん。」
「あんたの言うのは、“楽しさ”じゃなくて、ただ“楽したい”ってことよね。
それは、楽して勝てるほどの能力を持っている人が言えるセリフ。能力の足りない者は、別のやり方でカバーするしかないの。」
「レギュラーで試合に出てる俺に、能力がないっていうのかよ。」
「その無駄なプライド、どうにかしたほうがいいんじゃない?」
「はいはい、わかりましたよ。とりあえず次の試合を黙ってみとけ、って。」

翌日。
イラついていた僕は、何が何でも結果を出してやろう、と意気込んで球場に入った。
結果は、4打数3三振。
狙いを定めてフルスイングしたバットはことごとく宙を泳いだ。
スライダーを待って直球、直球に狙いを絞ってスライダー。0-2のカウントで一球外してくるだろうと読んでズバッと直球を決められる。
バットに当たった一打席はキャッチャーへのファウルフライ。
その上守備でもやらかした。
1アウト1、2塁の場面で浅い凡フライトに追いつけず、頭から突っ込んで後ろへ逸らした。
前の打席の配球の読みを失敗したことを思い返していて、最初の一歩が遅れた。
しかも、後逸を挽回しようと間に合いもしない三塁へ投げてとんでもない暴投をやらかし、一塁走者の生還まで許してしまった。
試合後に監督に呼ばれ、「疲れているのなら明日はベンチで休め。」と告げられた。

「泥沼ね。」
と、カオルさん。
「うるさい、ほっといてくれ。」
「ひとつだけ教えてあげる。
底のない底なし沼なんて本当はないんだって。底なし沼が底なしになる条件はひとつだけ。それは、自滅よ。もがけばもがくほど出られなくなるの。」

二日間、ベンチからゲームを観ながら、その言葉について考え続けていた。
力めば力むほど、余分な力が入る。
その余分な力があるべき形をさらに狂わせる。
その原因はそもそも、自分の能力なら簡単に打てる、という過信なのだろうか。
だって、自分に自信を持てなきゃどうしようもないだろう?
けど、ぞれが今の結果だ。
力を抜いてみて初めて見えるものがあるのだろうか。
腹が立つけど受け入れるしかないのか。
そうなんだろうな。
結局は何にも見ていなかったんだ。
目をつぶってただバットを振り回していただけだったんだ。
力を抜いて。
もがけばもがくほど溺れてしまうのだとすれば。

8回、2アウトで8番打者。
3対6の負け試合。
「出たら、行くぞ。」
とコーチが声をかけてくる。
カーン、レフト前。
出番だ。
「9番タナカに代わりまして代打ヤナギモト。代打ヤナギモト。背番号52。」
とにかく見よう。
そして粘ろう。
打てなくても出塁できれば御の字だ。
相手ピッチャーが投げる場所がなくなるまで、食らいついて粘ってやろう。
3-2からの6球目、インローのカーブ、なんとかバットに当てた。
7球目は外角へ逃げる球。
8球目、9球目、10球目。
じっくり見て、際どいところでカットしてファウルにした。
相手ピッチャーは右手に握ったボールの縫い目をじりじりさせている。
11球目、スッポ抜けたような直球が高めに来た。
無心でバットを叩きつける。
打球はピッチャーの股間を抜けてセンター前へ。
しかし。
盗塁を警戒してセカンドベース寄りに守っていたショートストップが横っ飛びでキャッチ。
一塁走者はまんまとセカンドベース手前でタッチされ、スリーアウト、チェンジ。
あぁー。
数千人の観客のどよめきがため息に変わる。

ベンチに戻ったら監督に無表情のまま
「前にとんだじゃないか。」
と声をかけられた。

試合後、カオルさんからLineが来ていた。
「今日はとてもよかったわ。やればできるじゃない。」

とりあえず、あっかんべーのスタンプを押しておいた。
誉めるのはヒットを打ってからにしてくれ。

もがけばもがくほど溺れていく。
自滅。
力を抜けば、自然に浮かび上がってくる。
目の前のことにだけ集中すればいい。
「強くもなく弱くもなくそのまま行け」って誰かが歌ってた。







音のパレット〈エメラルドグリーン〉



夏の朝
ぽとりぽとりと
朝露の滴がしたたるように
ゆっくりとゆっくりと
朝顔の花が開いてゆくように
できるだけ穏やかな気持ちで迎えたい

頭の裏側で
かすかに聴こえてくるのは
異国人たちの管弦楽団
カワラヒワの羽根のやわらかさと
冷たい水の硬さ
芝生の潤いと
ショウリョウバッタの賑やかさ
叢に埋もれたビー玉が
朝露に濡れてエメラルドに変わる


Apple Venus Vol.1 / XTC

フリューゲルホルンを抱えた
アブラゼミの大群が
“ソーダ水よりミネラルウォーターを”
“ソーダ水よりミネラルウォーターを”
“できればヴィッテルよりエヴィアンを”
“できればヴィッテルよりエヴィアンを”
そんなシュプレヒコールをあげて
行進していくのを見送ったとき
孔雀の羽根が空へ舞い降りた
緑色の瞳の少女
片手にはマシンガン
もう片方の手にはウシガエル
穏やかな夏の朝とは裏腹の
不安定に散乱する光の束



しくじった夢に
うなされて目を覚ませばまだ夢の中
遠くの小さな鉄橋を渡る電車の車輪に
トランペットのこだまが重なる
夕べの海亀の涙は
叢のカヤツリグサの足元で
エメラルドに光る
夏の朝








Appendix

Profile

golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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