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♪世界音楽

実は、年を越してから自己最高体重を更新中だったのですが、インフルエンザで寝込んだお陰でベスト・コンディションまで体重が落とすことができました。
危険なインフルエンザ・ダイエット(笑)、いや、これこそが人間万事塞翁が馬ってことで。
あんまりスタイルやファッションは頓着しないのですが、腹だけ出たみっともないオヤジにはなりたくないのです。
4日休んで無精髭も伸び、ちょっとやつれた感じ。
ちょうど海外をうろついていた頃の20代半ばの自分の顔を少し思い出したりもしました。

前記事の「イスラームから見た世界史」という600ページ超の分厚い本を読んでいる間、イスラムっぽい気分や中世っぽい雰囲気に浸りたくなって、ずいぶん昔によく聴いたいわゆるワールド・ミュージックと呼ばれた音源を棚の奥から引っ張り出して聴いていました。20代後半~30代前半くらいかな。最新型のロック(もしくはロックごっこ)やヒップホップを追いかけるのがしんどくなってきて、ジャズや古いR&Bなんかといっしょにこういうのをよく聴いていた時期がありました。

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Caravanserai / Santana [Waves Within]

これはわりと最近、Bach Bachさんのブログに触発されて聴きなおしてみたばかり。なんとも崇高な雰囲気とリズムの嵐。
東洋的な思想に導かれて編んだシンフォニーをジャズとロックの語法で演奏した感じ。
演奏に込められた志の高さが、気持ちをとても高いところへ連れていってくれる。


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The Mansa Of Mali / Salif Keita [Mandjou]a

西アフリカのイスラムの国、マリのサリフ・ケイタ。
イスラムというのは神に委ねるという意味だけど、まさに身も心も委ねてしまわざるを得ないような強い説得力のある声がすごいです。
原初的なエネルギーとハイレベルなセンスに裏打ちされたテクニックの融合、中世的でありながら近未来的でもある感じは、まさに「世界音楽」かと。


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Swan Song / Nusrat Fateh Ali Khan [Allah Hoo ]

この方はもう、圧巻です。20数分、ひたすらループしていく演奏に身動きがとれなくなってしまう。
「世界音楽」という枠すらはるかに超越した、「人間の音楽」という感じ。



久しぶりにこういう音楽を聴きながら、20代の頃に訪れたアラブの国の人々の、暑苦しいほどの喧騒を思い出していた。
どこかふらりと出掛けてみたい気持ちに少し駆られたりもして。
トルコからイランに渡ろうとしてビザが取れずに、また翌年にでも来るつもりであっさり引き返してきてからそのまんま、そこで旅を中断したまんまなんだよな。
思い描くのは、ティムールの都だったサマルカンドや古都・ブハラの青いモスク、セルジューク朝時代には「世界の半分」とまで謳われたイスファハーン、アルメニアの古い修道院やアララット山、或いはサハラに点在するオアシス群、バマコやダカールのバザールやマーケット。
行こうと思えばいけないわけではないけれど、今はまだもう少し今の場所でやるべきことがある。
いずれ、そのうち、いろんな準備が整ったらね。




◇イスラームから見た「世界史」

小学生の頃から、得意な教科は国語と社会だった。
3才のときに大阪で万博があったんだけど、その公式ガイドブックが人生初の愛読書で、そこに載っていた国や国旗は片っ端から覚えていたらしい。だから小学生の頃から、イギリスの正式名称はグレート・ブリテンおよび北部アイルランド連合王国だとか、北朝鮮は朝鮮民主主義人民共和国だとか、当時のソビエト社会主義共和国連邦だとか、そーゆー舌を噛みそうな長い名前なんかもスラスラ言えた。ハハハ、そう書いてみるとけっこう嫌なガキだな(笑)。
ただ、世界史だけはあんまりおもしろいと感じなかったのです。
ディオクレティアヌスとかメッテルニッヒとかホンタイジとか読みにくくてわけのわからない人名がずらずら出てきて、紀元前264年ポエニ戦争とか1077年カノッサの屈辱とか1517年ルターの宗教革命だとかそういう年号と事件名ばっかりをとりあえず覚えさせられた印象があって。
日本との関わりもまるでわからないし、時代の大きな流れが見えないから教えられる(覚えさせられられる)事柄ひとつひとつが全然つながらなくって、まるでピンとこなかった。
興味を持ったきっかけは、いわゆるバックパッカー的にいろんな国をうろうろしたからなんだけど、やっぱりその国の人たちのことを知る上で歴史って大事だな、と。
で、図書館でいろいろ借りては今さらながら「あー、そういうこと!」とか思ったりしています。


インフルエンザで出勤停止という思ってもみなかった連休をいただいて、ふとんの中でずっと読んでいたのはこんな本でした。

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イスラームから見た「世界史」 / タミム・アンサーリー

ハードカバーで600ページ以上もある、物理的にも「重たい」本なんだけど、おもしろくってスラスラ読めた。
冒頭、著者はいわゆる中東地域のことを「Middle World」と呼ぶことを提唱する。
極東=Far Eastもそうなんだけど、中東=Middle Eastという呼び方はヨーロッパ側を中央としてヨーロッパから見た呼称であって、この言葉自体が、現代がアメリカを含むヨーロッパ文明が世界を制覇していることを表すものなんですよね。日本から見たら西にある地域なのに日本人が直訳の「中東」という言葉を違和感なく受け入れているのもそもそもおかしい感じ。
日本の教科書で教える世界史は、世界史とは名ばかりの「中国史」と「西洋史」の寄せ集めなので、この地域のことは断片的にしか教わらない。教わったとしても、背景の見えない事件名をまとめて数百年分、って感じでしかないし、どこか悪役的な役割を担わされていることが多いですよね。例えば古代マケドニアのアレクサンダー大王の東方遠征のことは教わるけれど、視点はアレクサンダー側=征服者側=西欧側。どうしてアレクサンダーが短期間の間にアフガニスタン近くまで広がる大帝国を築きあげることができたか。簡単だ。そこにはすでにペルシャという大帝国が栄えていたからだ。
そもそもヨーロッパ人が世界を完全に支配したのは18世紀の産業革命以降のこと。15世紀末の大航海時代が始まる前は、それぞれの地域でそれぞれの文明と歴史があった。紀元前3000年頃にはメソポタミア、紀元前2500年頃にはエジプト、その後ギリシャ、ローマで文明が興り、一方東ではインドや中国でもそれぞれの文明が興る。それらは混じりあうことはほとんどなかった。そんな中で交流と相互影響があったのがユーラシア大陸で、長い歴史の中でこの大陸で文明をリードしてきたのは、アッシリアでありバビロニアでありペルシャでありイスラーム帝国、モンゴル帝国、オスマントルコと続いていく現代では「中東」と呼ばれる地域だった。インド亜大陸や、中国を含む東アジア地域は独立性が高かったし、ヨーロッパを含む地中海地域はローマ帝国の没落以降はずっと長い間、文明的には辺境でしかなかったのだ。地理的にも文明的にもこの地域こそが世界の中心、だからMiddle World。だいたい「ユーラシア大陸」という名称そのものが、ヨーロッパとアジアを連結させて後付けで名付けた名称で、それはつまりこの土地こそが「世界」で名前を付ける必要がなかったということに他ならない。「大陸」という概念そのものが大航海時代よりあとに生まれた概念だということだ。

この本、「イスラームの歴史」ではなく「イスラームから見た世界史」なので、イスラム教発生前後の社会状況や初期のイスラム教がどのようなプロセスを経て世界宗教になっていったかに多くページを割きつつも、世界史上の事件がイスラーム世界から見たときどう認識されていたのかがおもしろい。
例えば11~12世紀の十字軍遠征は、イスラム側からすれば野蛮人の略奪行為が散発的に繰り返されたに過ぎない。スペインでのレコンキスタも辺境地方の反乱でしかない。それほど当時のイスラムとヨーロッパの力の差は絶大だったようだ。
むしろイスラーム帝国にとって打撃的だったのは、モンゴル民族の来襲。これもヨーロッパ史では負の歴史に当たるためかあまり大きく取り上げられないが世界をひっくり返すような大事件で、当時アッバース朝第37代カリフのムスタアスィムが統治するアッバース朝の首都で100万を超える居住者と6万の精強な軍隊を誇った世界一の大都市だったバグダッドは徹底的に破壊され、数々の図書館に収蔵されていた何十万冊もの大量の学術書はモンゴル軍によって燃やされ、メソポタミア文明ならびにイスラム文明が築いた多くの文化遺産が地上から消失したのだそうだ。ただ、侵入してきたモンゴル人たちも結果的にイスラムに改宗したのは、イスラムが当時最高の文明だったということの証でもあるのだろう。
十字軍の影響は文明の一騎討ちとはまるで違う形で最終的にヨーロッパとミドルワールドの立場を逆転することにつながっていく。発展したレヴァント地方から持ち帰られた香辛料や奢侈な品々は、ヨーロッパ人へ東方への憧れを抱かせた。当時、ヨーロッパ人がインドや東アジアへアクセスするためにはミドルワールドを経由しなければならなかった。これをイスラム商人を通さずに取引できないものか、という思いが大航海時代を生んだのだ。

この本を読んで改めて知ったのは、イスラム教という宗教の成り立ちと本質。
ムハンマドがイスラム教を興した頃のミドルワールドは、ビザンツ帝国がギリシャ、アナトリア、レヴァント、エジプトを、ササーン朝ペルシャがカスピ海やアラル海近くの中央アジアを含む地域でそれぞれ大帝国を築いていた。この二大帝国の抗争から陸路の交易が途絶え、当時は辺境だったアラビア半島が紅海を経由した海の交易路として活況を呈することになるのだが、実質は富める一族と貧しい人々との貧富の差は増すばかり。
貧しい境遇に育ったムハンマドが説いたのは、神は唯一無二であり、神の前では誰もが平等であるということ。偶像崇拝を禁止し、神への信仰を告白し神へ礼拝を続けることで神の意思に帰依すること。そして同じ一神教であるユダヤ教やキリスト教と性質が異なっているのが、イスラムが「社会的平等が確立された公正な共同体を建設することを意図した社会事業」という側面を持っていたことなのだそうだ。
私たちが一般に連想するような個人の信仰としての宗教ではなく、思想的なことも政治的なものもすべて包括した社会システムとしての教義。
なるほどど思ったのは、なぜ7世紀にイスラム世界が広まり、信仰が確立されたかだ。著者はその理由のひとつに、イスラムの軍事的勝利を挙げている。実際、迫害されていた設立当初のムスリム集団は団結が強く軍事的にも強かった。そのことがムスリムは神に守られていたことに説得力を持たせた。そこから先は、いわゆる「勝ち馬に乗る」的な広がりもあったのだろうけれど、ムスリム圏が広がり、絶えず拡大しているのは一つの奇跡であり、ムスリムはそこに神の恩寵を感じたというのが、著者の考察だ。
これまでムスリムは神に守られて勝利してきたが、モンゴルの前にイスラム帝国は崩壊、パグダッドは破壊される。そのときから、ムスリムはなぜ神の恩寵が得られないの悩みはじめる。そこから、イスラムの改革運動も起きる。
しかし、クルアーンは「神からの預言の最終形」として出されたものであるが故に、イスラムでは常に原点に回帰することが求められる。イスラムを改革しようとする運動は根本的にイスラムそのものの中核をなす教義に本質的に逆らうものであり、各自が最良と思う宗教実践を行う権利を個々人に保証することを目指すような運動は許されなかった。実際、18世紀の産業革命につながっていったジェイムズ・ワットの蒸気機関に近いものは、イスラム文明でもすでに発見されていたのだそうだが、イスラムの社会にはそれを社会的な発展に活かすという発想がなかったのだそうだ。
産業革命以降、一気にヨーロッパとの形勢は逆転し、オスマントルコは分割される。トルコはイスラム国家であることを否定して世俗主義の国を作り、一方イランはアメリカとの石油がからんだ駆け引きの中からイスラム原理に立脚した国を作り、アラブ民族はエジプト・ヨルダン・レバノン・シリア・イラク・クゥエートと分割され、さらにパレスチナにユダヤ人の国を興され、イスラムの中では異端だったワッハーブ派のサウード王家の土地では石油が出たことでアメリカと接近して軍事大国になり・・・と完全に分断された地域になってしまった。
イスラムの人たちは、これを「神に対して誠実でなかったことへの神の怒り」と捉え、原理主義運動が深まっていくのも、イスラム教の成り立ちから考えればそれは不自然なことではないのかもしれない。


歴史というものは勝者側・支配者側から書かれ流布されるのが常。
実際のところどんな現場にも、立場によっていろいろな視点と考え方と感じ方がある。
著者はアメリカ在住のアフガニスタン系で、当然イスラム礼賛に近くはありつつも、教わってきた、あるいは私たちが自然と受け入れてしまっているヨーロッパ中心史観へのカウンターとして、とても刺激的な本でした。
むろん、ここに書かれたことへも、トルコ人からの、モンゴル人からの、インド人からの、いろんな見方がきっと存在するはずだ。
むしろ、世界中の地域でこういうものが書かれればいいのに。
それを段階を置いて学ぶことができれば、多様性を認め合い、物事を大きな視点と流れで捉えて、憎しみあわずに冷静に判断できる人間が育つと思うのですが。
フェイクなニュースが飛び交う現在だからこそ、多様なものの味方と騙されない眼を養いたいものだと思います。
ある物事を反対側から見てみることは、きっとその訓練にはなるのではないかと、タミフルでちょっとぼんやりした頭で、そんなことを思っていました。



音楽歳時記「雨水」

2月19日、雨水。雪が雨に変わる頃、という意味なんだそうだ。
薄く曇った空、薄い水色の晴れ間が見えているのにパラパラと細い雨が落ちてくる。

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Randy Newman / Randy Newman

用心はしていたのだけど、インフルエンザに罹ってしまって療養中。
そんな弱った感じにはランディ・ニューマン。
風邪引きのようなひび割れた声。火の消えかかった暖炉のように侘びしく、しかし確かに灯し火の暖かさが感じられるピアノ。冬の朝のもやのようなオーケストレーション。
真冬のような張りつめた厳しい冷たさではない、けれど暖かくなってきたというにはあまりにも心許ないぼんやりとした寒さに、ぼんやりとしたランディ・ニューマンの歌が染み入る。
小さな呟きやため息のようにほんの2分ほどで終わってしまう作品群が収められた、たった30分ほどのアルバムは、どこかこの世のものとは思えないようなドリーミーでポエティックな美しさを湛えていて、そして同時に、とてもヘヴィでダークな部分やクレイジーな部分を懐に忍ばせている。
そのクレイジーさは、真夜中の酔っぱらいのようではなく、むしろ冬の朝に公園で佇む老人のように、物悲しくてどうしようも救いようがなく、なおかつ少し滑稽ですらあり。

割れた窓、人通りのない廊下
青白い顔で死んだ月がグレイの空の上
人の優しさがあふれすぎて
今日はこれからきっと雨降り
(I think it's going to rain today / Randy Newman)

Human kindness is overflowing.
And I think it's going to rain today.

人の優しさがあふれすぎると、雨になる。
その微妙なニュアンス。
雪が雨に変わる、という意味にもとれなくもないな。
雪はやがて雨に変わる。
雨はやがてあがって、晴れ間がのぞきだす。
季節は少しずつ移ろっていく。
悲しい気持ちも楽しい気持ちもお天気のように移ろっていく。





♪ふとんとブルース

今年はほんとよく冷えますね。
大阪や京都南部では幸い雪が積もることもなく、ふだんの暮らしに支障はないけれど、寒さはこの数年で一番。
そんな中でなんとか風邪もひかずに過ごせているのは、あったかいおふとんのおかげです。
年明けすぐにね、ちょっと体調崩しかけたときがあって。朝目が覚めると体が冷えきっていて。どうも安眠できていないんじゃないか、と。
エアコンは喉が乾燥するし、電気毛布みたいなのも局部的に熱くなりすぎて好きじゃないのですよね。例年の冬はそれで何ら問題ないんだけど、今年はさすがに。
そこで買ってきたのが、いわゆる「かいまき毛布」というモノ。袖を通して着るタイプの毛布ですね。首元あたりにはファーもついていて、これがとってもあったかい。これを使うようになってから、すっかり安眠できるようになって、体調も万全。多少のウィルスなら跳ね返してるんじゃないかと思えるほどで、心なしか肩こりもましになったような。

この「かいまき毛布」、昔は「夜着」と呼ばれる貴族や上級武士しか使えない高級品だったようで、実は「掛けふとん」よりも早くから使われていたそうです。
ちょっと興味がわいていろいろ調べてみると、江戸時代に入るまで「ふとん」というものはなくて、それまで農民は藁の中で、庶民は畳の上にゴザで眠るのが普通のことだったそうです。殿様や貴族でさえも、このあったかいおふとんで眠る心地よさは知らなかったのですね。当然今よりも家屋内は寒かったでしょうから、冬とかめちゃくちゃ寒かったことでしょう。当時の人からしたら、羽毛ふとんなんて神グッズでしょうね。
「夜着」が発明されたのが室町時代後期(1500年代中期)、江戸時代元禄年間(1600年代後半)になってようやく「綿」の入ったふとんが登場したのですが、当初「綿ふとん」が使用されたのは遊郭で、ふとんは一枚30両、今の金額だと5~600万円もする超高級品だったのだそうです。
なぜ高級品だったか?元々暖かい土地の作物である綿花は当時の技術では日本国内ではほとんど栽培できないものだったから。鎖国の時代だから輸入もままならず、綿はとても希少だったのですね。手を出せない庶民の間ではこれを真似た「和紙製」のふとんが一般的になっていったそうです。
庶民がふとんで眠るようになったのは明治の中頃(1890年代)まで下る。ふとんで眠る文化はたかだか120~130年ほどしかないのですね。

なぜ、超高級品だった綿が庶民にも手に入れることができるようになったのか。
その答えは「産業革命」と「奴隷制度」です。
18世紀後半の1764年にイギリスのジェームズ・ハーグリーブスが複数の糸を紡ぐジェニー紡績機を発明。1769年にはリチャード・アークライトらがより強い糸を作ることができる水力式の精紡機を、1779年にはサミュエル・クロンプトンが大量生産に向くミュール紡績機を開発。綿花から糸を紡ぐ効率が一気にアップしたのと並行して、1785年にエドモンド・カートライトが蒸気機関を動力とした動力織機を発明して織物の生産力も向上。原綿の供給面でも1793年にはアメリカのイーライ・ホイットニーが綿繰り機を発明したことで梳毛が大幅に改良され、大量の原綿が供給されることとなった。
そしてその綿の原料である綿花栽培を支えたのが、アメリカ南部。サトウキビやタバコと並ぶ大プランテーションの労働力としてアフリカから奴隷が売買されてアメリカへ連れてこられたわけですね。
アメリカで栽培された綿花が、イギリスで綿の製品になり、その製品は植民地へ売られた。製品を手に入れる対価としてアフリカ人は奴隷を売った、そういう三角貿易のスパイラルで綿産業は飛躍的に発達していった、ということなのです。
その結果、東洋の国にも安価な綿製品が流れ込んだ。日本人はそれをふとんにした。

厳しい綿摘み労働の中で歌われたハーラーソングが原型となって、やがて仕事の憂さを晴らす風刺歌がジューク・ジョイントで歌われ、ブルースが生まれる。1930年代になり、畑労働の機械化や化学繊維の台頭におされてたくさんの労働者が大都会へ流出してシカゴ・ブルースが生まれ、そのシカゴ・ブルースに感動したミックやキースがバンドを始めると、歴史と現代が一気に繋がっていくわけで。

ふとんの話がブルースに繋がっていくとは、思いもしなかったけど。
人の暮らしと歴史、奥が深いです。



ライトニン・ホプキンスの“Cotton Field Blues”を。

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音楽歳時記「立春」

昨年一年の間で、いわゆる「新作」のレコードはたったの二枚しか買っていない。
一枚はチャック・ベリーの遺作。もう一枚が佐野元春の「Maniju」。コヨーテ・バンドとの息もぴったりの素晴らしいアルバムだった。
佐野元春というアーティストへの印象は、おそらく世代によって大きく違うのだろう。フォークやニューミュージックの世代や、まだロックンロールが一部の不良たちのアウトローだった時期に知った人からすれば気取ったシティ・ポップスの人に見えただろうし、僕らより下の世代からはサザンや浜省と並ぶ日本のロックのオーソリティーだっただろうし、もっと若い人たちからすればおかしなしゃべり方をする変なおじさんなのかもしれない。
今となってはピンと来ないだろうけど、1982年~83年の頃、佐野元春は本当に新しくてヒップなアーティストだったのだ。その頃に高校生になったばかりだった僕にとって、本当に初めて夢中になったアーティストで、僕は佐野元春からロックンロールのスピリットの真髄を教えてもらったのだ。そして、佐野元春のアルバムだけは、新作が出るたびに必ず買っている。「Visitors」での変化についていけなかった友人たちがファンを辞めたあとも、だんだんと作品のインターバルが長くなってあまり話題が聞こえてこなくなってきてからも。

そんな佐野元春のアルバムの中で一番聴かなかったのがこれ、1999年発表の「Stones and Eggs」だ。

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Stones and Eggs / 佐野元春

このアルバムは、おそらくファンの間でも一番評価が低いのではないかと思われる。
アルバムはヒップホップっぽい“Go4”で始まるのだけれど、なんだかとってつけたみたいに凡庸。ラップのようなスポークンワードの中に“さよならレヴォリューション”とか“輝き続けるフリーダム”とかかつてのヒット曲のフレーズがはさみこまれているのにも違和感があった。
そのあとに続く曲も、当時の僕にはなんだかとてもバラつきが激しく、ありきたりに聴こえたのだ。新しい表現に常にチャレンジし続けてきた佐野さんが、12作めにして初めて後ろを向いたというか、ありきたりの自己摸倣をしたような気がしたんだ。その頃すでに、かつて大好きだったアーティストがピーク時の劣化コピーみたいな作品を出してはがっかりしてどんどん新作を聴かなくなっていった頃だったから、「佐野さん、あなたもですか・・・」と思ってしまったのだ。
当時僕は32才。佐野さんは43才でデビューから19年が経っていた。
今ならわからないでもない。新しい表現を常に模索していくということは本当にエネルギーのいるしんどいことだと。若いうちは何もかもが新しく新鮮で、また上の世代へのカウンターとしての表現方法がいくらでも見つかる。しかし、ある程度のキャリアを経て一定のスタイルができあがったあとにそれを覆してより新しくよりクオリティーの高いものを作ることは並大抵のことじゃない。
でも、当時はそんなことは理解できなかった。

それから何年かして。
佐野さんはエピックを離れて自らのレーベルを立ち上げた。ひと世代下のメンバーを集めてコヨーテ・バンドを作った。その音楽は見違えるようにみずみずしく勢いがあり、それは昨年の「Maniju」でも健在だった。
やっぱりこの人は別格だな。
そう思って改めてこの「Stones and Eggs」を聴いてみたら、めちゃくちゃよかったんだ。
C'mon”とか“メッセージ”とか“シーズン”なんてとてもポップで数ある佐野クラシックと遜色ないできだし、“だいじょうぶ、と彼女は言った”もとてもいい。祈りのような気持ちに満ちた“石と卵”もすごくソウルフル。
確かに喉はへたっているし、作品それぞれも水準程度ではあるけれど、決して自己摸倣の作品じゃない、苦しい時期に苦しいなりの足掻きとも呼べるような葛藤があったことや、その中でも新しい表現を模索しようとしていたんだな、ってことが聴こえてきた。
この作品は、確かに中途半端ではあるけれど、今までを精算して次のステージへと行くために必要なプロセスだったんだな、って思ったんだ。

さて、季節は立春。
一応暦の上ではここからが春。
でも実際はまだまだ寒さがとても厳しい。
誰の人生にも冬の時期はある。
冬の寒さを耐えしのいだあとに咲く花がある。
今までを精算して次のステージへ行くために必要なプロセス。
立春とはそういう季節なんだと思う。
今はまだとても寒いけれど、春の気配はやがて立ち始めてくる。



♪レトロニム

言葉っておもしろい、という話の続き。

言葉は時代にあわせて変化していくものなんだけど、“現在呼ばれている呼ばれ方が、実は元々はそう呼ばれていなかった”ということがけっこうある。
わかりやすい例、例えば「ガラケー」という呼び方。
僕がスマホに変える前にあの形状のものを使っていたとき、それは「ケータイ」と呼ばれていたのだ。当時、携帯電話といえばあれだった。スマートフォンが普及し出してから、スマホとの区別をするためにガラケーと呼ばれ始めたのだ。
こういう言葉のことを“レトロニム”と言うらしい。
「固定電話」という言い方もそう。携帯電話が普及する前、電話と言えば家にあるあれのことだった。わざわざ固定なんてつける必要はなかった。
ガラケーと同じように最近のIT化で生まれた言葉として「紙媒体」とかもそうですね。

ちょっと調べると、まぁたくさんあります。
「天然芝」は人工芝のレトロニム。「白熱電球」は蛍光灯のレトロニム。「プロペラ機」はジェット機のレトロニム。「アコースティックギター」もエレキギターのレトロニム。エレキが発明される前、ギターはアコースティックが当たり前だった。
「日本酒」「和食」という言い方だって、洋酒や洋食が入ってきてから使われだした言葉。明治に入るまで酒といえば日本酒だったのだ。

おもしろいな、と思ったのは後から出たほうが元祖の言葉を乗っ取ってしまうケース。
例えば「サイレント映画」。映画というものができたころは無音が普通で、トーキー映画が誕生したあとに区別され、それが主流となったときに後出のトーキーという部分が取れて「映画=音声あり」となり元祖のほうに注釈が残る形に変わってしまったのですね。
「白黒テレビ」と「カラーテレビ」の関係も同じですね。今時誰も「カラーテレビ」なんて言わない。カラーが当たり前なんだから。
「コーヒー」と「レギュラーコーヒー」、「チョコレート」と「ホットチョコレート」の関係もそう。コーヒーは元々豆から挽くのが当たり前だったし、チョコレートは元々お菓子ではなく温かい飲み物だったのだそうだ。
「パンダ」と「レッサーパンダ」もそうで、最初パンダと呼ばれていたのは今でいうレッサーパンダの方だったとか。後から発見されたほうは「ジャイアントパンダ」と名付けられたが、ジャイアントパンダが超メジャーになった結果、今では「パンダ=白黒の」になってしまったのだ。なんか不憫だぞ、レッサーパンダ。
あぁ、そういえば、と納得したのは「ライヴ」という言葉。これもレトロニム。
20世紀に入ってレコードが発明されるまでは、そもそも音楽は生で演奏されるものだったんですよね。レコードが普及して、ラジオで録音が流れるようになって、それと区別するために「生演奏」「ライヴ演奏」という言葉が生まれたわけですね。

ピーター・グリーン時代のフリートウッドマックとか、ピーター・ゲイブリエル時代のジェネシス、シド・バレット在籍時のピンクフロイド、二人組の頃のオフコース、なんていうのも一種のレトロニムですよね(笑)。

ニール・ヤングとスティーブン・スティルスがいたバッファロー・スプリングフィールド 、ニック・ロウがいたブリンズリー・シュウォーツ、山下達郎と大貫妙子のいたシュガーベイブ、ヒューイ・ルイスがいたクローヴァー、ポール・ヤングのQティップス、ビリー・アイドルのジェネレーションX。平成の日本ならハナレグミのヒットのあとで知ったSUPER BUTTER DOGとか、星野源のサケロックとか。
メンバーのその後のソロ活動で陽の目を浴びたバンドっていうのもいくつもあります。
活動当時は後にそういうふうになるとは誰も考えなかっただろうなぁ、と思うと、なんとなくレトロニム的。
ふと思い出したのは、Blue Angelというバンド。
シンディー・ローパーさんがブレイクしたときに、元々いたバンドとして再発されたLPをレンタル屋で借りたことがある。
50~60年代風のオールディーズっぽい感じがけっこう好きだった。

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Blue Angel / Blue Angel

I Had A Love

今普通に使っているものにも、やがてレトロニムになるものがたくさんあるんだろうなぁ。
「二次元テレビ」とか「手動運転式自動車」とか「手描き画家」とか「生ヴォーカリスト」とか(笑)。

と、そんなことを書いていたのは、まだブログというSNSがあった頃。元号はまだ平成だった・・・って。



♪Language Of Life

一服の清涼剤だ、という言い回しがある。
例えば「トレイシー・ソーンのオーガニックなヴォーカルは、ユーロビートに浮かれたバブリーなシーンの中で、一服の清涼剤だった。」というように。
そう書いて、ふと思う。
「清涼剤」って、なんだ?
少なくとも僕は、「清涼剤」という言葉を、さっきのような例えでしか使ったことがない。
サイダーみたいなもの?いや、あれは「清涼飲料水」であっても「清涼剤」ではないだろう。
ミントとか、そーゆーハーブっぽい類いのものか?いや、言葉のイメージからしたらもっと錠剤か粉末みたいなもののような気がする。昔、駄菓子屋で小さなコーラの瓶の形をしたプラスチック容器に白い粉が入っていて、水を入れるとソーダっぽい味がするお菓子があった。ああいうものがかつては一般的に「清涼剤」として売られていたのか?
うーん、わかんない、って僕は匙を投げる。
ん?「匙」???
僕らの世代だと、それはいわゆるスプーンやああいう形状で液体や粉末を掬う器具のことだとわかるのだけど、たぶん娘にはわからないだろうな。僕と妻の会話には蚊帳の外って時があるもんね。
ん?「蚊帳」?
どういうものかはわかるけど、使ったことはない。
気になってきた。いろいろ調べてみたくなる。僕はこういうところけっこう几帳面なんだ。
ん?これは「帳面」?
調べてみると、この言葉の語源は「几の帳面」ではなく「几帳の面」。「几帳」とはいわゆる間仕切りのための家具、パーテーションみたいなもの。その柱の角が丁寧に丸める加工を施されていたことから、隅々にまで気を回すような意味に転じたようだ。

言葉っておもしろいものですね。
元々の語源になった言葉は廃れたり使われなくなったり別の言葉に置き換わったりしていくのに、合成語や比喩表現や慣用句の中で元の言葉が生き残っていたりすることがときどきある。
やがて語源そのものは誰もわからなくなっても、そういう言葉だけはずっと残ったりして。
「さつまいも」や「越前そば」が古い地名だというのはわかるけど、これらの言葉は今は基本モノの名前の中でしか使われない。「いよかん」しかり「越乃寒梅」しかり「吉備団子」しかり。海外なら「シャム猫」や「ペルシャ絨毯」もそうだ。
「丑三つ時」みたいな昔の時間の区切り方が残っている言葉も多い。「おやつ」とか「四六時中」とか。「午前」「午後」だって12時が午の刻だったことによるものだもんね。
「図星」は弓矢の的の中心のこと。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」の八卦は占いに使う図表のひとつ。どちらの道具も今、一般的には使われない。
「管を巻く」は、紡績工場で絹糸をまきとる音がガタガタうるさかったことから来た言葉。「はめをはずす」は、馬の口にはめる馬銜(はみ)のこと。なんとなくわかるとはいえピンと来ない。
「おくびにも出さない」の「おくび」とはゲップのこと。「ほぞをかむ」のほぞは、おへそのこと。どちらの言葉も今は、この慣用句の中でしか使われない。


はて、なんでこんな話になったんだったっけ。
あ、「清涼剤」か。
そうだった。
トレイシー・ソーンの涼しげな声で頭を冷やそう。
こういうクールでオーガニックな音を、寒い冬の日にひっそり聴くのもいい。

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Language of Life / Everything But The Girl
Driving


言葉っておもしろいね。
その時その時の人間の暮らしが、化石みたいに痕跡として残っていくものなんだな。
きっとここに挙げたものの何十倍とあるよ、そういう言葉の化石。
考え出すとキリがないくらい。
ん?「キリがない」の「キリ」ってなんだ?
あ、これは単に「区切り」の「切り」か。
まるで埒があかないな。
ん?「埒」って何だ・・・???



音楽歳時記「大寒」

1月20日は大寒。
一年で一番寒さが厳しい時期。
この数日はちょっと寒さは和らいでキーンとくるような冷え込みはましになったとはいえ、やっぱり寒い。
寒いのは苦手なんですよね。
ほんとうはどこへも出掛けずに、冬眠していたい。基本出不精だし、インドア派だから、3ヶ月くらいは表へ出なくても誰とも会わなくても全然平気なのだ。好きな音楽聴いて、本を読んで、気が向いたら料理でも作って、酒飲んで、映画でも観て。あぁ、仕事なんてめんどくさい・・・と(笑)。

そんな苦手な冬にシアワセを感じるもの。
ひとつはあったかいお風呂。
もうひとつはあったかいおふとん。
熱ぅーいお湯をたっぷりためた湯船に浸かってうぇーいとか言いながら放心するシアワセ。
それからぬくぬくのおふとんにくるまってごろごろするシアワセ。
これは冬ならではでこそです。
おふとんの中に、大好きなひとがいっしょだったりしたら、もう言うことないんだけれど(笑)。
お風呂やおふとんを発明した人は偉いよなぁ。
おそらく数百年前までは、貴族や王様でもこんな至福は味わっていなかったんじゃないかと。現代に生まれてよかったよ。

さてさて、音楽の話を。
温もりを感じたい季節の、温かい音楽といえばソウルだ。
それもとびっきりスイートでホットでセクシーなものを。
ってことで、大寒の一枚はアル・グリーン師です。

Im Still In Love With You
I'm Still In Love With You / Al Green

もたったリズム、キュートなギター、もこもことうねるベース、そしてハートウォーミーかつセクシーなヴォーカル。
あったかい。
このセクシーさは明らかに狙ってる。白で固めたジャケットからして狙ってる。その狙いにまんまとはまる心地よさといったら。
I'm Still In Love With YouLove and HappinessLook What You Done For MeFor the Goodtimesといった代表曲から、I'm Glad You're MineWhat A Wonderful Thing Love IsSimply Beautifulといった隠れ名曲、それにロイ・オービソンのOh, Pretty Womanのカバー、と捨て曲なしの最強ラインナップ。
あったかいお風呂にのんびり浸かったときみたいに、ほんのりとのぼせて、血行促進、健康にもたいへんよろしい感じ。
まさに冬の至福。

それにしても、実際、お風呂とおふとんとソウル・ミュージックは最強です。
あったまって、心を解放してあげたら、たいがいの争いごとはどーでもよくなる。
それは世界平和への第一歩ですらあると思うのです。



♪リベンジ成功

高校三年の秋のこと。
文化祭を間近に控えているのに、実行委員の成り手がなくって。
ホームルームで議論しても誰もやろうとしない。
そのクラスメイトたちの人任せで無責任な感じにものすごくムカついて「じゃぁ俺やるからっ!」って引き受けたことがあったんです。
で、直前の週に遅くまで残っていろいろ準備してたら、生活指導の教師が来て
「お前ら、何を遅うまで残っとんねん!」って頭ごなしに怒られて。
誰も引き受けんかったことを俺らは引き受けてみんなのために前向きにやろうとしてんのに、なんで俺らが怒られんなあかんねん!理不尽すぎるやろっ!ほな、「僕もできませーん」ってしてたほうがよかったんかよっ!って、めっちゃくちゃムカついてね。
これ、いまだに思い出すたびムカつくんですよね。

うちの事務所の入り口には、正月明けに毎年「啓翁桜」を飾ります。
毎年お花のお取引先様が送ってくださるのです。
本来総務部の役割のはずなんですが、行き掛かり上、担当のバイヤーとなぜか世話焼きの僕の仕事になっていて。
飾ったり、片付けたり、正直けっこう手間がかかるのです。
去年、ついうっかりもう花が散りはじめていたのに忙しくてほったらかしにしていたら、総務のおっさんがやってきて「いつまで出してんねん。散らかるからさっさとしまえ!」って頭ごなしに怒られてさ。
忘れかけていた文化祭での一件を思い出して、余計にめっちゃくちゃ腹がたって。
ほんま「はぁ?」って感じっすよ。なんで俺らが怒られるのん?

その怒りを一年間ずっと持ち続けていました。
今日、松の内も済んだタイミングで、今年の桜を先手を打って片付けました。
なんとなくリベンジ成功。
すっきりした気分。
正しいと思うことならなおさら、誰かに言われる前に率先してやるって、大事なことだと思いました。

奴らに走らされる前に、
自分の足で歩くんだ
by キース・リチャーズ

Before They Make Me Run”

♪Many Rivers To Cross

いろんなことがなかなか思うようにはすすまないもんだなぁ、とため息が出るようなことが続く。
怒りを持って立ち向かうほど理不尽でもなく、こりゃもうだめだとあきらめるほどに絶望的でもなく、ただなにかがなんとなくずれている感じ。ボタンをひとつかけ違えたまんまでも日常生活にはそれほど支障はないけれど、どうにもしっくりこない、そんな感じ。
なんなんだろう。そもそもの考え方のベースにずれがあるのか、それともただ深く考えないだけなのか。そもそもの責任感や実行力の差なのか、それともただ実務的にずぼらなだけなのか。
仕事をする上でお互いに共通の考え方がベースにあって、自分も相手も「そりゃこうでしょっ!」って行動が一致したときっていうのはとても気持ちがいいのだけど、「えっ、そこでなんでこうなんの?」ってなったときはとても歯痒い。「だってこれはこういう考えに照らしあわせてこう考えたんだけど。」っていう明確な理論と根拠があれば「おぉ、そうか、そういう考え方ね。」って納得もするのだけれど、「いやぁ、それは・・・・モゴモゴ・・・」ってなった日にゃあね。遠回しにやんわりと、ではけっきょく何にも変わらない。でもあせって相手を罵倒したところでやっぱり伝わらないどころか断絶になっていくわけで。
難しいね。仕事として。相手の成長にとって。
いや、本当はそんなことはどうでもよくって、自分が日々ご機嫌に円滑に物事を進めたいだけなんだけど。

そんななんだかなぁ感の気分にすんなりはまったのが、ニルソンとジョン・レノンがコラボしたこのアルバム。

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Pussy Cats / Harry Nilsson

Without You”のセンチメンタルなバラードのイメージのニルソンとはまるで違う、酒で涸らしたような焼けた声で歌われる、なんともやるせない歌。
収録曲のほとんどがカバーなんだけど、その解釈は実にひねくれていて。
例えば“Many Rivers To Cross”はジミー・クリフの原曲のピンと張りつめた艶感を敢えて殺したヨレヨレのへヴィーな歌に。ドリフターズの“Save The Last Dance For Me”も、他の男と踊る彼女をいじいじとなじる情けない男の歌に。逆にディランの“Subterrenian Homeshick Blues”はザクザクと荒っぽいへヴィー・ロックに。それからビル・へイリーの“Rock Around The Clock”なんてもう、酔っぱらいがへべれけで踊っているみたいのやけっぱちさで。
なんだかね、聴いているうちに、いろんなことがとても些細でどうでもいいつまらないことのような気分がしてきて、どよーんとした気分がいつの間にかさっぱりするような感じになれるんです。

まぁ、日々はなんだかんだといろいろある。
そういうのも、例えば運動会の出し物の一部みたいなもんで、きっとなんにもなきゃないでつまらないのかもしれない、と。
出し物が綱引きであれ玉入れであれ二人三脚であれ、ホイッスルが鳴るまでの間、悪戦苦闘するしかないのだ。
むしろ大事なことは、いやーな気分やモヤモヤを溜め込まないことだ。自分のせいにして自分を虐げすぎないことだ。
そういうとき、音楽とか、自分が楽しめて解放されるものがあるっていうのはラッキーだと思う。


音楽歳時記「小寒」

お正月明けひとつめの節季は「小寒」。
いわゆる「寒の入」の季節。
ここからが一年で一番冷える時期、とわかっちゃいても寒い。
ほんっと今年はよく冷えますね。

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Horses / Patti Smith

凍てつく冷たい風、冬の張りつめた空気。
なんとなく連想したのはパティ・スミスさんだった。
1975年のこのファーストアルバムに詰め込まれているのは、世界中のあらゆる場所で「確かに存在しているのに存在しないことにされてしまっているような魂のあり様」に、全身全霊を込めて形を与えようとしているかのようなパティの姿だ。まるで、神の啓示を受けて立ち上がったジャンヌ・ダルクのように、言葉だけを武器に、情念を込めてマシンガンのように世界中にぶっ放してゆくパティ。
その声は、冬の張りつめた風のように耳に痛い。
けれど、その姿は、凍りついた世界に背筋をピンと伸ばしてひとり立ち向かうように、凛として気高い。
「背中丸めてうだうだいってんじゃねーのっ!」ってケツをひっぱたかれるように気合いが入ります。

Gloria / Patti Smith

年が明けて2018年。
世間を見渡してみても、あんまり明るい話題は聞こえてこない。
経済はもはや飽和状態。国の借金は火の車、国民年金も医療保障も破綻状態。ただでさえ人口減少の下り坂をどんどんと転がっているこの国で、危機だの国難だのの言葉ばかりが煽り立てられて、分断と対立が広がっていく。
あいつが敵だ、こいつがダメだと非難することは確かにわかりやすい。
でも、目の前の敵をやっつけたら問題は解決するのか?本当に?
パティさんはそこらへんのパンクスみたいに、あいつが敵だ、あいつ引きずりおろして叩きのめせ、とは歌わない。ノーテンキになんとかなるさとも歌わない。なんともならない状況をしっかりと見据えて、なんともならないとしても目を閉じちゃいけないと歌う。
冬の風のようにピンと張りつめた声で、冬の風に立ち向かうように凛として。

寒いのは好きじゃないんだよな。ほんとは毎日コタツで丸くなっていたい。
でも、まだまだやるべきことをやらなきゃならない。
パティさんの声にケツをひっぱたかれながら、さぁ、表へ出る時間だ。



♪Happiness

晴れときどき曇りたまににわか雨。
よく冷えてはいるけれど風は冷たくない。
お日様の前を雲が横切ったかと思えばパラパラと雨粒が落ちてきたり、雲のすきまからお日様の光の筋が射し込んできたり。
ん?光の筋?
あれ、正しくはなんて呼ぶのだろう?
「天使の梯子」とか「天使の階段」とかいう比喩表現は聞いたことあるけどこれは妙にロマンチックに過ぎる。
「レンブラント光線」?それも画家のレンブラントがよく描いたことによる比喩。
調べてみると「薄明光線」と言うらしいのだが、なんだかあまり美しくないなぁ。
太古の昔から起きている現象なのにどうして「くも」とか「かぜ」とか「にじ」とか「ほし」のような基本的な名前がつけられなかったのだろう?
「薄明光線」は英語ではcrepuscular raysなので、その直訳語。20世紀以降に西洋科学とともに入った言葉だろう。「天使の梯子」だって早くてもキリスト教解禁の明治以降のだいぶたってからの言葉だろうし、だとすればそれより以前、この現象はどう呼ばれていたのだろう?

などと、正月早々どうでもいいことをついつい考えてしまう。
僕はいつもこんな感じ。

大晦日まで働いて、仕事を終えて紅白を観て。
お正月、お雑煮を食べてから、家族で実家へ行って母と弟とおせちをいただき。
二日、昼前まで寝て、お笑い番組を観て、肴やお菓子をつまみながらだらだらと過ごす。
明日は初詣へでも行くべきか。年賀状の返事も書かなくっちゃ。
特別変わったことなど何もない、とりたててどうっていうことのない普通のお正月。
その普通さがありがたい。
この平穏さがありがたい。

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Big Love / Ali Campbell

UB40のリード・シンガー、アリ・キャンベルさんが95年に出していたソロ・アルバム「Big Love」は、「Labour of Love」以降のUB40と同じポップ・レゲエ路線の一枚。
ゆるくてのんびりしたレゲエのリズムにのせて、どこかとぼけたようにソフトなアリ・キャンベルさんの声。言ってしまえば毒にも薬にもならない普通のポップス。
でも、それでいいんだよな。
いや、それがいいんだよな。
シアワセっていうものは、実はこういうことなんだろう。

Happiness”という曲を。

In my heaven here on earth
I found my paradise
All the laughter in my heart
I credit to your smile
Happiness is seeing all the stars in your eyes
Happiness is knowing you are loved



今年もよろしくお願いします。


♪All I Have To Do Is Dream

2017年もいよいよ押し迫ってきました。
年末だから、年を越したからって何が変わるわけでもないんだけど、なんてうそぶきながらも、毎年ブログではちゃんと一年の締めくくりの記事を書いている。意外とちゃんと律儀なんだよ。昭和育ちだからね。
そんな50代になって初めての年末。

さて、今年は自分にとってどんな年だったんだろうか?と振り返ってみようとしてふと気づく。そもそもこんなふうでありたいみたいな目標すら立てていなかったということを。
過去の年末の記事を読んでみるとね、40代の半ばくらいまでは「今年はこういうことを目指した」とかちゃんと書いているんですよね。
それが、年を経るにつれて、そういうことにこだわりがどんどんなくなっていったような気がする。いい意味で、がんばらなくなってきたっていうか。がんばらないは言い過ぎか、気張らない、力まないってことかな。
50才を越えてなんとなく楽だなぁ、と思うのはそういう感じ。とりあえず最低限はクリアして来るべきところまでは来たのかな、みたいな。気張ってこれを成し遂げようとか、誰かに認められようとか、もうそういうことは考えなくてもこのまんまでいいや、って。
あとはもう、ゆるゆるとペースダウンしながら下り坂をゆっくり降りていけばいい。登り坂を登っているときには見る余裕もなかった風景なんかをのんびり眺めたりしてもいい。
自分が楽しいと思えることと、周りの人たちが楽しいと思えることの真ん中あたりでうろうろしていよう。
そんなふうに思えるのがとても気楽な感じです。
ただ、ずるずると老いぼれていくのは嫌なので、夢だけは見ていたいなぁ。
夢を実現させるためにあくせくはしない。叶わなくっても全然構わない。ただ夢を見るために夢を見ていたい。

今年の最後を締めくくるのは、ゆるーい夢の歌にしよう。

All I Have To Do Is Dream / Nils Lofgren

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ニルス・ロフグレンが2001年にひっそり出していたソロ・アルバム「Breakaway Angel」より。ジャケットが妙にハードコア・パンクみたいなのが気に入らないんだけど(笑)、中身はほっこり渋めの大人のロックで、地味だけどけっこうお気に入り。
原曲はエヴァリー・ブラザースの50年代の甘ぁーいヒット曲だけど、ぐっと枯れた感じで孤独をまといつつも、悲嘆や絶望方面には向かわずにのんびりぼやーんとしてる感じがとてもいいのです。

今年もたくさんの方々にお世話になりました。
2018年もこんな感じで、何にも目指さないことを目指そうかと思います。




音楽歳時記「冬至」

冬至。一年中で最も昼の短い日。
暗くて寒く、太陽の力が弱まっていくこの時期は、悪霊の力が強まると昔は考えられていたそうです。
牧畜や農耕で暮らす民族にとって、太陽はまさに恵みの象徴で、その日照時間が日々減って暗闇に近づいてゆく冬至までの期間はとても心細く不安なものだったのだろう。だからこそ冬至はおめでたい日として祝われた。日本でも古くから「一陽来復」と言って、この日を境に運が上向くとされていたそうです。
この時期にキリスト教の大切な祝祭日があるのも、この日を境に日照時間が増えていくありがたさが復活の象徴として結び付いたから、と云われているそうだ。
僕は宗教にはまるで興味がない不信心者だけど、人が宗教を求める気持ちはわからないでもない。いつの時代でも人は生きていくのが心細くて、何が正しくて何が誤りなのかがわからなくって、だから誰も抗えない超越した力を持つものを設定することで心の拠を作る。神に祈りを捧げることで心細さから解消される。不安から解放される。そういうものなんだろうな。
音楽も、もともとの始まりはそういう“祈り”の気持ちから生まれたものなのだろうな、という気がします。
日常を越えた絶対的な存在に触れることで、自分を小さなものとして謙虚に認識する。そのことは不安の解消にとても効果がある。

歌に込めた祈り成分の高さ、超越した歌の力、とくればこの方、アレサ・フランクリンです。

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Amazing Grace / Aretha Franklin

アレサの歌は、60年代アトランティック・レーベルでのヒット曲の数々も、80年代以降の女王のように堂々としてパワフルな録音も大好きなんですが、やっぱり黒人解放運動とリンクした70年代初頭が圧巻です。
これは、1972年にロサンゼルスのバプティスト教会で録音されたゴスペル・アルバム。
そもそも高名な牧師の家に生まれ幼い頃から教会で歌っていたアレサにとって、ゴスペルはルーツでありホーム・グラウンド。オープニングの“Mary,Don't You Weep”、チロチロしたオルガンとピアノが刻むゆるいリズム、クワイヤのコーラスの中にアレサの♪ウェェェェ~というハミングが入るだけでもう教会はアレサ・ワールド。キャロル・キングの“You've Got A Friend”も奥行きの深いゴスペルに。圧巻なのは、延々と10分近くにわたって熱唱する“Amazing Grace”。いかにもゴスペルっぽいバラードだけではなく、映画「ブルース・ブラザース」でJBが飛んだり跳ねたりしながら歌っていた“Old Land Mark”とかノリのいいのもたっぷり。聴衆の熱さもハンパない。
バックのメンバーは同時期の「Live At Fillmore West」や「Young,Gifted,and Black」などと同じく、バーナード・パーディー(dr)やチャック・レイニー(b)、コーネル・デュプリー(g)らが務めているのですが、ここでは匿名性の高い歌伴に徹していて、とにかく主役のアレサのパワフルな歌を盛り上げている。
力強いといっても、単なる馬力としてのパワーだけじゃない。熱量と、よくしなるしなやかさと、遠く深くまで浸透していけるだけの持続的な強さを兼ね備えたアレサの歌は最強だ。
かぼちゃを食べて無病息災を願い、柚子湯に入って邪気を祓うように、冬至にはアレサのゴスペルを。



♪KYOTO 1985-2017

地下鉄の階段を上がると、よく見知った光景が広がっていた。
このあたりで僕は大学時代の4年間を過ごした。
もう30年も前のこと。
19やハタチの青二才だった。
ふらふらと界隈を歩く。
ショッピングモールには駐車場に並ぶ車の列。このショッピングモールは元々はでっかいバス停だったんだよな。
バイトしていた居酒屋はもうなくなってしまっていたけれど、建物や佇まいはそのまんまで別の名前のお店になっていた。
バイト帰りによくいった銭湯は健在だった。
最初に下宿した4畳半の風呂なしアパートはとっくに取り壊されて、ハイツみたいなものが建っていた。
下宿近所の某ファミリーレストランは、「カウボーイ家族」なんていうなんとも情けない名前になっていた。

界隈のはずれ、大学時代の先輩が、昔は集合市場だった場所を改造してアーティストたちの溜まり場的な怪しげなアジトを作っている。
そこで、大学時代からの友人のレコ発ライヴがあるんだ。
ちょっと寝坊しすぎた。慌ててパンをかじって電車に飛び乗ったものの、到着はギリギリだ。
冷たい北風を真っ正面に浴びながら、僕は急ぎ足で歩いた。
この町で過ごしていた19ハタチの自分のマボロシとすれ違いながら。
今はまだ懐かしくもなんともない。思い出したくもないほど嫌なことばかりだったわけでもなく、だからといってあの頃に帰りたいなんて思うほど甘く美しい青春だったわけでもない。ただただガキだったのだ。

あれからそれなりに遠いところまで歩いてきたつもりだったのだけれど。
たどり着いたアジトには、30年前とほとんど変わらないまんま、でもそれなりの大人になった奴等の顔が見えた。はじめて会う人たちも30年前から知り合っていたような錯覚をするような、そんな場所だった。
ライヴが終わって、廃業したパチンコ屋がどうだの、フランスへの37日ツアーがどうだの、鹿のローストがどうだの、まるで興味のないどうでもいいことをとうとうと語る人たちの話を聞きながら、まるで興味がないにも関わらずとても楽しく聞いていた。
なんだか愉快な気分だった。

♪覚えてるのは、あのオレンジ


オレンジ&ターミナル
オレンジ&ターミナル / 福田ユウイチwith後藤トシロウ


CDの感想はまた改めて。



♪Everybody Got To Go

この世に生まれてから死ぬまで、人はいったいどれくらいの人と出会うのだろうか。
或いは、僕は今までにどれくらいの人と出会ってきたのだろうか。
芸能人などこちらが一方的に知っているというケースは除いて、お互いがお互いにに認知しているというレベルで考えても膨大だ。
例えば小学校時代。40人学級で4クラスあって、2年に一度クラス替えがあった。全体の4分の3が入れ替わるとして、クラス替えのたびに30人新しいクラスメイトができたとして40+30+30=100、それだけで100人くらいは名前と顔が一致するレベルで知り合っていることになる。それに先生方を入れて120人、近所の上級生下級生を加えて150人、友達の親や兄弟を加えて180人、中学でもは別の小学校からの人たちが加わって250人・・・。
今、仕事で日常関わりがある方だけでもざっと100人以上、お取引先さんなど含めると200人以上、配送センター時代、例えばあるセンターではパートさんアルバイトさん含めて120人以上いて、そういうセンターをいくつか異動したのでそれだけで300人強。三日で辞めたアルバイトさんなんかも含めるともっとたくさん。配送を担当していたときには受け持ちのお客さんだけでも500人はいらっしゃったわけだし。
そう考えると、軽く見積もっても3000~5000人、ひょっとしたらそれ以上。1万人とまではいかないにしろ、ものすごくたくさんの方々と時間を共有してきたんだな。
その中で、ほんとうに忘れられないくらい深く関わった方、その方と出会ったことが自分の人生の中で大きな影響があった、という人は何人くらいいるんだろうか。
彼女はそういうひとりだった。
僕が駆け出しの責任者だった頃に、パートで配送の仕事をしておられたTさん。
僕よりもひとまわり上で当時40を過ぎたくらいだったか。どんくさくって、ミスは多いし、数字はあげてこないし、僕は彼女を叱ってばかりだったと思う。
でも、誰よりもお客さん思いでね。
聞かれたことは絶対に忘れずメモして、次の週には必ずお返事する。おすすめの商品でノルマがあったとしても、お客さんの好みでなければ無理に頼んだりはしない。逆にお客さんから「これよかったよ。」というお声を聞けば、自分でも使ってみて、ノルマのある商品をほっといてもそっちをおすすめする。書いてしまえば当たり前のことなんだけど、当時ブラックに限りなく近い運営をしていた僕たちは、そういうことよりも「数字!数字!」だったのだ。いくら正しいことでも組織の価値観で評価されないことをやり続けるということは大変なことで、でも彼女はそれをやり続けていたのです。そんな彼女は、お客さんや周りの仲間からとても信頼され、愛されていた。
今は時代も変わって、彼女がやっていたことこそが正しいと思える方針に変わってきているのだけど、そういうことの大切さを僕は上司からではなく彼女や彼女を慕う仲間たちから教わりました。

60の定年を迎える少し前だったかな、癌を患って長期入院して。入退院を繰り返しながら一年がかりで病を克服して、嘱託として仕事にも復帰して、お孫さんも生まれ、お嬢さんも婚約されて。
8月ごろに再入院されたとは風の噂で聞いていたし、9月にあった飲み会にも体調が悪くて参加できないとは聞いていたけれど、まさかそんなにあっけなく向こう側へいってしまわれるとは想像もしていませんでした。亡くなられた11月の半ば、お通夜で拝ませていただいたお顔は、ぽっちゃりした笑顔とはほど遠く痩せて。お疲れさま。ありがとうございました。これから楽できるところだったのにね。

なんにもない休日、うすく晴れた空を見ながら、ふと、もう彼女がこの世に存在しないということが、とても不思議で不思議で堪らない気持ちになってしまう。それってどういうことなんだろう?全然理解できない。まるで理解できない。
数千人と出会ってきた方々の中には、ひょっとしたらもう亡くなっておられる方もいらっしゃるのかもしれない。生きていても二度とお会いすることのない方もいらっしゃるでしょう。でも、そのことと、もうすでに彼女がこの世にいないということの距離の開きはあまりにも大きい。
これからもいくつかそういう思いを経験することになるんだろうけど。きっとこういう気持ちはずっと理解できないままなんだろうけど。なんだかとてもせつない。

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Everybody Got To Go / Buddy Guy

Everybody's got to go home,
Heaven only know
Way up in the sky,
to that sweet bye bye,
Everybody's got to go


音楽歳時記「大雪」

めっちゃ寒い。ツーンと冷えますねぇ。
そりゃぁもう12月だもの。

12月7日が二十四節気の「大雪」。
師走なんて言って年末は忙しいってことになってるけど、うん、まぁ確かに何かと忙しい。年末じゃなくてもいっつも忙しいんだけど(笑)。
ほっこり落ち着いて、あったかいのが聴きたいな、ってことで、冬の定番レコードを引っ張り出してきた。
エラ・フィッツジェラルドさんとルイ・アームストロングさんのデュエット・アルバム。1958年の録音。

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Ella and Louis / Ella Fitzgerald and Louis Armstrong

気取らず自然体なふたりのデュエット。いずれもすでに風格のある大御所でありながらエラソーな感じがひとつもなくって庶民的で、でも気品があってベタな宴会芸には陥っていなくって。
ふたりの歌を支えるオスカー・ピーターソン・トリオの演奏も同じく。
豚汁や芋煮みたいに、地味で田舎くさいんだけど、いいおだしがたっぷりしみてて味わい深い。
ほっこりと温まりますねー。
物理的な温度だけではなく、心もホカホカと。そんなあったかさがいい。
なんなんだろうね、このあったかさの素は。フィッツジェラルドさんとアームストロングさんと演奏陣の間の絶妙の距離感というか。お互いがお互いの歌や演奏をしっかりと受け止めながら反応していく感じ。前提としてお互いへの信頼があって、もちろんいい演奏とは当然そういうものなんだけど、よりお互いの感情が親密というか、お互いの体温を感じながら演っているような感じっていうか。しかもベタベタせずに。
それは、演奏の間に「愛」があると言ってもいいのかもしれない。「信頼」と言ってもいいんだけど、あえて「愛」と呼びたいな。
それぞれから発せられた「愛」の表現が、相手に届いて、相手が受け止めて、より大きくなっていく。そんな愛のアンプリファイヤーとしての音楽。
そういうものが、このアルバムに収められた歌たちの体温になっていると思うわけで。
あったかいもの食べて、あったかいお風呂に入って、あったかいコタツにもぐってこーゆーあったかい音楽を聴いていると、、、あかん、寝落ちしてしまいそう。
この上なくシアワセな瞬間。
こーゆーシアワセが、寒い冬の一番の楽しみかと。


音楽歳時記「小雪」

卵とベーコンがフライパンの中
それにくんくん鼻を鳴らす犬
教会の尖塔の鐘、ロープの脇の鳩
犬たちは一晩中ゴミ箱をひっくり返し
それにいつも工事中で悩ませられる
うちの近所でのことさ
近所での

金曜には葬式
土曜には花嫁
セイはレジの脇でピストルを持っていた
配送のトラックがやたらと騒がしい
俺たちのバターはもう届かない
うちの近所でのことさ
近所での
(In The Neighborhood / Tom Waits)

すっかり寒くなって冬の匂いがする晩秋の真夜中、トム・ウェイツを聴きながらとぼとぼと歩く帰り道。
しゃがれた声が心のひび割れにぐいぐい染み込んでヒリヒリする。

トム・ウェイツのことを初めて知ったのは、高校を出てすぐの頃だったと思う。アサイラムから出たばっかりのベスト盤のレコードを買った。
絞り出すようなしわがれ声、伸ばした顎鬚と不敵な目付き、そんないかがわしい雰囲気と裏腹のピュアな物語たちは、当時、大学に通いながら繁華街にあるうらぶれた喫茶店で独り暮らしをするためにバイトばっかりしていた僕の心に深く静かに染みこんでいった。毎晩、酔っぱらいたちに紛れて終電に乗り、駅から15分の道のりをとぼとぼ歩いて帰るときに、頭の中でトムのしわがれた声が鳴っていた。

あれからもう30年以上が過ぎて。
今も同じようにトムの声が響く帰り道。
特に、こんなくたびれた晩秋には。

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Swordfishtrombones / Tom Waits

このアルバムは、そんなふうにトム・ウェイツに引きずり込まれた頃に最新アルバムだった83年の作品。晩秋の感じ、というとこっちだな。
アコーディオンやラッパの入ったチンドン屋みたいな音に最初はものすごく違和感があって、よく分からないままほったらかしていたのだけれど、年を重ねるごとによさがわかるようになってきた一枚。
なんていうんだろうか、このアルバムは、架空の映画のサウンド・トラックみたいだ。
赤茶けた古新聞、奇声、犬の小便の臭い、食べ残しのカレーライス、脱ぎ捨てられたパーティードレス、禿げた革の手袋、カラス、リアカー、鉄屑、焼酎、剥がれ落ちた壁、剥き出しの配管、手巻きのオルゴール、退役軍人、厚化粧のピエロ、サーカス小屋、・・・
くぐもったオルガンやひび割れたトムの声の向こうにそんな情景とも言えないような鄙びてどこか歪んで狂気をはらんだ情景が何度となくフラッシュバックしてくる。
下品で雑多で猥褻、そんな音の連なりの中から、時折ぽっこりと美しいメロディーが浮かび上がってくる。まるでゴミ箱に咲いた白い花みたいに。その切なさに、ぎゅうっと胸が締め付けられる。
とっぷりと暮れてしまった秋の夜に酔っぱらって一人歩く道づれにはちょうどいい。
何とも言えない鈍い疲れと、どこか割り切ってしまったような爽快感と、忘れた頃にどこかに当たってはピリピリしてしまうすり傷のような痛みと、どこか発酵したような酸っぱい匂いが、古ぼけた映画みたいに頭の中を行ったり来たりする。

節季は小雪 。
陽射しは弱まり、冷え込みが厳しくなる。木々の葉は落ち、遠い山の頂きには雪が見られ、冬の到来が感じられる頃。
もう今年も一か月と少しだ。


♪「酒とエレキとロックンロール」に寄せて、に寄せて

11月18日、東京・東中野、MusicShed“YES”にて、めれんげのライブがありました。
記念すべき10回めの東京ライブ。
残念ながら僕は参加できなかったのです。
泊まりがけでの仕事とぶつかってしまってどうしてもパスできなくなってしまって。
2011年からもうかれこれ6年も行き続けてきたのにね、めちゃくちゃ残念で。
このイベントを通じて知り合ったたくさんの方々ともとってもお会いしたかったのですが。
夜の懇親会でしょーもないおっさんたちとどうでもいい話をしながら、あー、今頃みんな楽しんでるよなーってことばっかり思っていました。

その代わり、ってことでもないのですが、今回konomiさんが限定販売で作ったビデオ『酒とエレキとロックンロール Vol.1』に寄せる文章を書かせていただきました。
主役は映像、ライナーノートなんてあくまでも添え物に過ぎないのですが、売り物に載せた文章なので、あえてブログにはアップしないでおきます。

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大好きなバンドの紹介文を書かせていただけるなんて、ほんと光栄なこと。
喜んで引き受けさせていただいたのではありますが、、、実際のところはめちゃくちゃ難しかった(笑)。
よく国内盤のアルバムにはライナーノートが載っていて、もちろんそのアーティストへの愛情があふれる文章がほとんどなんだけど、中にはクソみたいな文章もあって、なんじゃこりゃ?って思うことも多々あったりするのだけれど、そーなっちゃうワケもちょっとだけわかった気もしました。
完成品が届いてから、原稿のアップまでってほとんど時間がないんですよね。僕は一週間いただいたんだけど、やっぱり〆切直前まで書けなくって。

こだわったのはふたつ。
ひとつは、持ち上げてばっかりの提灯記事にしないこと。
もうひとつは、文章のリズム。
まぁ何を書くにしても、そのとき本当に感じたことでないと書けない。頭で考えたことを書いたって伝わらない。
そーゆー意味では、文章を書くのも音楽を演るのもちょっと似てるのかな。たぶん、絵を描いたりダンスを踊ったりすることも。

表現っていうのは技術的に上手であれば感動できるってもんではない。
konomiさんたちの音楽を聴いていつも思うのは、そーゆーところこの人達はほんとわかってる人達だということ。
ただ、間違えちゃいけない。思いをそのまんまぶつけりゃ伝わるかっていうと、それも大間違い。
気持ちをちゃんと加工して、相手に届くような形にするための技術も絶対に必要、そうじゃなきゃ誰も楽しめないのであって。そこ勘違いしたバンドや路上シンガーもいっぱいいるんだけど(笑)、そこの思いと技術のバランスが、konomiさんたちは最高に絶妙なんですよね。
本当に演りたいことがあって、少しでも伝わればいいな、って思いがあって、そのことを上手に盛り付ける器としての音楽があって、そのために必要な技術があって、音楽を技術の従属物になりさげない音楽へのリスペクトがあって。
お客さんに楽しんでもらえることが何より楽しい。
ただし、楽しんでもらおうと媚びたりはしない。楽しんでもらえるためのクオリティーはキープした上で、自分たちがまずは楽しくやる、そのことがお客さんも絶対楽しいはずだ、と。
そういう音楽。
だからみんな集まってくる。また来たくなる。
次の機会こそはなんとしてもね。



◇不機嫌な長男・長女、無責任な末っ子たち

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不機嫌な長男・長女 無責任な末っ子たち / 五百田 達成

久しぶりに早く仕事をあがった先日、ふらっと寄った本屋で平積みされていて、なんとなく興味が湧いて。
こーゆー性格診断的なものには懐疑的ではありつつも、わりと好きなんですよね(笑)。
人間の性格というものは、生まれもったものと並んで、どういう環境でどう育ったのか、しかも幼少期にどういう環境でどんな経験をしたのかにかなり大きな影響を受けると思います。
この本は、生まれ育った環境によって「長子」「末っ子」「中間子」「一人っ子」と大きく4つに分けてその傾向とそうなる背景を、かなり軽いタッチで分類したもの。環境といっても、きょうだい以外にも性格に影響を与えるものはいろいろあるし、年の離れ方や男女によっても違うだろうし、すべての人に当てはまるわけではないのだけれど、自分にとっては、かなり「いやぁ、そのとおりっす。」と思うことだらけで、クスクス笑いながら読みました。

ものすごくシンプルにまとめると、
「長子」は、責任感が強く面倒見がいいが、自尊心が高く、人の気持ちには鈍感。
「末子」は、甘え上手で他力本願。要領がよくてしたたか、ノリがよくて楽しいことが好き、面倒なトラブルが嫌い。
「中間子」は、優れたバランス感覚や観察力があり、調整役。考えすぎ、八方美人的。
「一人っ子」は、マイペースで常識にとらわれず、自分の興味関心に忠実。人間関係には疎い。

自分、男3人兄弟の真ん中。
この本でいうところの「中間子」。

この本にある「中間子」の傾向を列記してみると・・・

●繊細で複雑で感受性の強い「永遠の思春期」
●誰とでもうまくやっていける、が。
●進路=道に迷う
●価値観=みんながやらないことをやる
●欠けているもの=素直さ
●決断=先延ばしにする
●ピンチに張り切る
●チャンスに尻込みする
●仕事=人間関係を求める
●チームワーク=誰かがやるべきだと思っている
●打ち合わせ=場の空気を優先する
●注意されると=何で自分だけ、といじける
●褒められると=裏があるのでは?と深読みする、素直に喜ばない
●酒グセ=荒れる
●友達付き合い=八方美人
●金銭感覚=お金にシビア
●結婚観=自分を好きな人と結婚する
●夫婦ゲンカ=現実的な落としどころを探って話し合う
●実家との関係=距離を置く
●博愛主義
などなど。

〈つきあいかた〉については、こんなふうに書かれています。
空気を読むのが得意な気配りの人であると同時に、他人からの注目を求めている、でもそれを素直に出さない、と実に複雑。
一見人当たりがよく誰とでもうまく付き合うのに、実は心を開いていなかったり、些細なことで傷ついたり。一筋縄ではいきませんが、裏を返せば人間味にあふれた深みのある性格。人付き合いや人間関係を大事にする人情家でもあります。
アンビバレンツな感情に揺れる中間子と付き合うには、その葛藤と並走する覚悟が必要ですが、尊重されればされるほど、相手を大事にする義理堅い一面もあります。

〈うまくいくひとこと〉
●褒めるとき→うらやましい
●叱るとき →もっとできるはず
●謝るとき →いやな思いをさせてごめん
●慰めるとき→君のせいじゃない
●誘うとき →みんな来るよ
●口説くとき→君みたいな人はいない
●頼むとき →あなたしかいない
●断るとき →残念なんだけど

ほかのきょうだい型と比較するとよりわかりやすいんだけど、まぁ、自分に関してはほとんどその通りですね。
うお座、A型、3人兄弟の次男。たぶん、この3つで僕の性格はだいたい把握できます(笑)。

次男、しかも、男3人兄弟の真ん中。
少年時代を思い出しても、それはそれは大変な毎日でした。
兄とケンカしては「弟のクセに」と言われ、弟とケンカすれば「お兄ちゃんのクセに」と言われ、服もおもちゃも学校の教材も、僕は兄のお古で弟は新品。自分の理屈で弟たちを従わせようとする兄と、気ままに振る舞う弟の間でどれだけの悲しみと苦労があったことか(嘆)。
よくあったのは、例えばテレビのチャンネル権。兄は自分の主張を通そうとする。弟は自分が優遇されるべき立場であることを本能的に見抜いている。折れるのは僕。兄とやりあっても弟とやりあっても勝ち目がない。
あと、よくあったのが「部屋の電気を消して回る」こと。兄は「お前消しといてくれ」、弟は「誰か消しといてくれるだろう」なので、結局僕が消して回っていたり。
今でも実家で3人集まったとき、兄はどかっと座ってて、弟はへらへら遊んでるから、お茶淹れたりするのはだいたい僕の役目だ。
まぁ、そういう環境で育ったお陰で、細かいことによく気がついて、かつ、めんどうでも自分が率先してやる、ということは身に付いたのですがね。普通にそういうことができるので、職場では重宝される。本人は「結局俺かよ!」ってストレスを溜めつつ、でも気づいちゃった以上はやる。
他に身に付いたことは、公平なバランス感覚かな。双方の意見を聴いて調整することや、極論に偏らないこと。人の意見も聴かずに一方的に物事をすすめていく奴が嫌いなのはそういうことなんだろう。ただ、意見は聴けば聴くほど全部を立てることは成り立たないわけで、決断力は鈍い。双方の意見のすき間にはさまってにっちもさっちも行かなくなってしまうことも多々あります。

長子や末っ子ももちろん当然悪いことはばかりではなく、兄は決断力がありリーダーシップに長け、弟は愛嬌があり外交力がある。母親の入退院のいろんなことでも、僕はそういうところは兄弟に任せて家の掃除やお墓参りをしてた(笑)。
この本では「愛情のエアポケット」と表現されていますが、中間子は、長子より親を独占する機会が少ないまま末っ子に親の愛情を持っていかれるため、愛情の欠落感があるらしい。それを埋めるために、長子も末っ子もやらないことをやるようになるらしい。なるほど、そのとおり。親の愛情が分散するということは、もちろんこれも悪いことばかりでもなく、兄よりもはるかに親に干渉されず自由に過ごせてきたのは良かったかな。

まぁ、この手の分析というのは、無理に当てはめたり決めつけたりするとよろしくはないのですが、人を知る、また自分を知る手掛かりのひとつとしては面白いものです。



音楽歳時記 「立冬」

冬の寒さの中
凍りついた湖を越えてゆく
狩人はそれぞれの旅に出る
駆け引きは全部裏目に出て
家族は腹を空かせて待っているのに
けど、決して失っちゃいけないものがある
狼は生き延びられるのだろうか?
(Will The Wolf Survive?)

冬の夜、冷たい風の吹く森の中を、餌を求めてさまよい歩く狼。
凍てついたたてがみ。
冷たい月、遠吠え。

“Will The Wolf Survive?”は、東ロサンゼルスのチカーノ街から出てきたロス・ロボスの84年のブレイク作、“How The Wolf Survive”からのヒット曲。
カントリーっぽく、かつメキシカンなルーツを感じさせつつも、どこかシャープなキレがあって、ヒットした当時から大好きだった。
ロス・ロボスはスペイン語で「狼たち」の意だから、この歌は売れない時代の自分たちを反映させたものであろうことは想像に難くない。
そして僕も、ときどきこの歌の狼に、狼なんてかっこいいもんじゃないことは知りつつも、自分自身を重ねたくなってしまう。
根本的には、組織で働くということに向いてないよな、って思うことがしばしばあって。
なんていうんだろうかね、基本的に序列やヒエラルキー的なものがどうもダメなんだな。小学校中学校の頃も先輩後輩の縦の関係が嫌で、だから体育会系の運動部にもなじめなかったし、そういう経験から逃げてきたせいか、いまだに偉い人がただ偉いっていうだけで相手を従わせようとするのにはすごく嫌悪を感じるし、偉い人に平伏してしまう人たちにも同じものを感じてしまう。

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How Will The Wolf Survive / Los Lobos

アルバムは、アコーディオンが入ってどこかフォークダンスを思わせるようなノーテンキな曲から、ホーンも入ってグイグイ盛り上がる曲まで、カントリーやメキシコ歌曲の影響も取り入れつつも、基本はシンプルなロックンロール。3分半のダンス・ナンバー。それがいい。

季節ははや立冬。
この日から立春までが暦の上での冬。
陽の光も一段と弱く、日は短く、気温は低く、景色から彩りが消えていく。
食べ物もなく冷えきった冬の日々を、狼は生き延びることができるのだろうか。

ただね、
The one thing he must keep alive
なんだよ。
決して失ってはいけないものがある。
ここまでこうやって生きてきて、もはや捨てられないもの変えられないことはたくさんある。それを失ってしまったら、自分じゃなくなってしまうようなことが。
自分らしさを貫き、かつ生き残っていくためには、めんどくさい奴だけど使い勝手があるじゃないか、気が利いてよく働くじゃないか、めんどくさいけど頼りになるじゃないか、そう思わせるしかないんだよな。
だから、僕の仕事は増える。
ある意味仕方のないことだと自分では思ってるんだけどね。

幸い理解してくれる人たちも幾人かはいる。そういう人たちの信頼に応えて役に立てるのなら、それが一番。
上司からの評価はどうでもいいけど、そういう人たちのためにも、生き延びなくっちゃいけないね。


♪10月28日 雨の伊勢

またしても季節はずれの台風が襲いかかる週末。
そんなお天気に一向に構うこともなく、伊勢へ行ってきました。

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Bamboo Barは近鉄宇治山田駅から徒歩5分の、風呂屋の二階にある。
近隣からの苦情によりドラムは入れられなくなって、今回はkonomiさんとシモムラさんの二人めれんげ。ワタナベマモルさんもギター一本。
ドラムやベース不在でギターだけで演る、となると、ついつい弾き語りっぽいものを連想してしまうと思うのですが、そうではないのがロックンローラーがロックンローラーたるところで。

リズム隊の不在を感じさせないというと言い過ぎになりますが、鳴ってる音は紛れもなくガツンとロックンロール。
鳴っていないドラムが聴こえてくるような。
ベースのうねりが聴こえてくるような。
めれんげもマモルさんも、そーゆーとこがめっちゃかっこよくってしびれました。

やっぱりリズムなんですよね、気持ちいいのは。
リズム、ビート。それが一番大事。
いろんな音楽があるけれど、ロックンロールが大好きなのは、結局のところそこだ。
クラシックや、声楽コーラスなんかにどうも馴染めないのはそこ。垂れ流しのギター・ソロの応酬なんかに飽きてしまうのもそこ。
もちろん早けりゃいいってもんではなくって、スロウな曲でもその人なりのビートが聴こえてくる演奏とそうではないものがあるわけで。

あと、付け加えておくとすれば、konomiさんの歌のリズムもすっごくかっこいいんですよね。
歌の、というのは当然ボーカルとしての、そしてもうひとつはソングライターとしての。
こういうこと書くと本人は喜ぶと思って書くんだけど(笑)、ソングライターとして、konomiさんはいわゆる歌詞にメッセージ的なものを込めることを好まない人だ。どちらかといえば抽象的なメッセージよりも具体的なシーンやイメージが浮かぶ書き方をする。実際歌詞を文字で追うと、そんなにすごいこと書いているわけじゃない。でも、それが歌の言葉になって歌われると、すっごくかっこよく響くんですよね。
たぶんだけど、「言葉のリズムが歌われたときにどう響くか」ということにはめちゃくちゃこだわって作ってる。具体的にどうということは非常に文字にはしにくいのですが、めれんげのライヴを体感した方ならわかっていただけるのではないかと思います。

演奏にしても歌にしても、その人自身が持っている、自分自身の中に培ってきた、あるいは憧れながら持とうとしている、リズム感、ビート感。魅力を感じるかどうかはそこのところ。
結局のところ、ライヴっていうのはそれを感じに行くような気がするんですよね。


◇鳥を識る

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鳥を識る / 細川博昭

サイエンス・ライターの細川博昭さんは、鳥に関するあれこれを、いろんな視点から研究されている方のようで。
カラスやサギが大好きな自分としては、かなり興味深く読みました。

細川さんの論によると、鳥は哺乳類とはまったく違う方法で洗練された進化をした高等生物で、哺乳類と優劣をつけられるようなものではない。しかもヒトは哺乳類の中では一番鳥類に近い発達をした生き物と言えるそうで。
例えば「二本足歩行をする」こと。
爬虫類にしろ哺乳類にしろ多くの生き物は四本足歩行がスタンダード。そんな中でヒトは、「道具を使う」ために四つ足をやめて前足をフリーにするように進化した。二足歩行は手を使いたいを優先した上でのやむをえない選択だったそうだ(無理な進化をしたせいで、僕たちは宿命的に腰痛に悩まされることになった)。
鳥も同じように「空を飛ぶこと」を優先して前足を翼に変えたのだそうだ。
それから、「嗅覚よりも視覚を発達させた」こと。視覚から入る画像をすばやく処理するために脳が発達した。
もうひとつは「音声でコミュニケーションをとる」こと。鳥の啼き声には、文法とまではいかないまでも、一定のフレーズの連なりや、音の高低長短によって意味があるのだという研究がすすめられているそうだけど、鳥同士が音声でコミュニケーションをとっているのは確かだ。
さらに、鳥は「文化」を持っていると言われている。気分や感情があり、個体による好みがあるそうで、カラスやオウムなど発達した脳を持つ鳥では、生殖や食事など生命維持とは関係のない遊びをするというのもそれ。

そもそも「鳥の先祖は恐竜だった」らしいです。
この十数年で一気に一般化した理論ですが、最近の恐竜の研究では、「恐竜は爬虫類のような変温動物ではなく恒温動物だった」「恐竜にも羽毛が生えていた」「羽の色は鳥のように色鮮やかだった」といった発表も次々とされているようで、どうやら僕らが子供の頃に図鑑なんかで見ていた「大きなトカゲ」的なものではなかったようです。大型恐竜は滅んだけど、恐竜類は実は鳥類に発展して生き延びたとも言えるのかも。
そういわれればね、あの羽をはいでみれば、嘴や目の周りの感じ、腱が現になった足首あたりはかなり爬虫類直系ぽくもある。
それになにより骨格ですよね。
羽の下に覆われているからパッと見わからないけど、実は鳥の首の骨はとても長く(だから、尻尾まで嘴で毛繕いができる)、足もとても長い。
この骨格図って、確かに恐竜っぽいよね。
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今、地球上ではヒトがとても繁栄していて、我が物顔で地球を独占しているけれど、ひょっとしたら鳥が地球上の支配者だったとしてもおかしくはない。数万年後、人類が滅んだあとは、地球上は鳥の天下になるのかも。
いや、実際カワセミからペンギンまで環境にあわせてあらゆる形に進化してどんな環境でも生きている鳥類は、実は地球の裏支配者なのかもしれない。

そんなことを思いつつ、今朝もカラスの観察。
この小さな体に脈々と受け継がれている生き物の進化の連なりなどに思いをめぐらせつつ。



鳥のジャケットのレコード、ニール・ヤングの“ZUMA”より

Danger Bird / Neil Young

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音楽歳時記「霜降」

霜降。
霜が降りるころ、という意味で、北国や山間部では霜が降りて朝には草木が白く化粧をする頃。野の花の数は減り始め、代わって紅葉が盛りとなる頃。

この一週間、ずっと雨が降っていた。
そして僕はこの一週間、ずっと23時まで働いた。
半分意地になっていろいろと引き受けていたら、いつの間にかパンク寸前。
それに、いろいろと納得のいかないことも多くてね。ちょっとやさぐれてる。
良かれと思ってやった努力はまるで報われず、正当な怒りを発露すればむしろ厄介もの扱い。なんだかなぁ。僕の心にも霜が降る、そんな10月だ。
季節はずれの大型台風も近づいて、休日も表へ出る気にもならずうだうだのグタグタ。夕方から飲んでやる。
めんどくさいことは忘れて、ゆるめなきゃ持たないぜ。
そんなちょっとやさぐれ気味のうだうだダラダラの気分によく合う一枚が、例えばキンクスのこれ。

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Muswell Hillbillies / The Kinks

いいよなぁ、このゆるさ。
よく晴れた秋の日のように穏やかで。
こんなふうにゆるくダラダラやりたいよね、ほんとはね。
テレビでは政治屋さんたちが、我田引水で調子のいいことばっかり訴えてる。都合の悪いことは棚上げにして、現状の問題点をつまびらかにせず、何をどうしていくのかのプロセスも示さず、スローガンだけを高々に声を張り上げて。
偉い人たちはいつもそうなんだ。
立派なスローガンさえ掲げりゃ、なんとかなるもんだと思ってやがる。
どんなことでも、現場で働く人たちが額に汗して働いて形になるんだぜ。
そして、何もかもプランを描いたようにはうまくはいかない。何かを改革していくときには、痛みもつきまとう。我慢する時期だって必要だ。やりはじめて、結果がうまくいかなくなったら、いきなり掌返すんじゃないだろうな、っていう疑念が消えないんだよな、あんたたちがいままでやってきたことの経験上で言うと。

Ain't got no ambition,
I'm just disillusioned
志なんてどこにもない
ただ幻滅があるばかり

って、レイ・デイヴィスが歌ってる。

そしてこんなふうにも。

Gotta keep a hold on my sanity
自分の正気にしがみついていないとな

って。

but I don't wanna die here.

でも、こんなところでくたばるわけにはいかないな。

“20th Century Man” The Kinks

なぁーんて気分のブルーな秋。
そもそも、日に日に寒さが増して、だんだんと暗くなるのが早まっていくこの時期はあんまり好きじゃない。なんとなーく憂鬱になる。
いっそもっと早く真冬になればいいのにな、なんて、そんな気分を横に置いてキンクスはふぬけたリズムですっとぼけた歌を歌ってくれるのがちょっとした救い。
そんな雨の秋の日。






♪Honesty

ショー・ウィンドウに飾られた色とりどりのたくさんのメニューの中で、5才だった僕の目を奪ったのは「お子さまランチ」だった。
うすいグリーンのクラシック・カー型の陶器のお皿ににぎやかに並べられた唐揚げ、ハンバーグ、エビフライ、オムレツ、フルーツ。山型にこんもり盛られたチキンライスの上には、カナダかどこかの国境が飾られていた。
うわぁー、かっこいい。こんなの見たことない。
でもな。贅沢だな。
「タケシ、どれにするか決めたか?」
「う、うん。」
注文したいものは決まっていた。あのお子さまランチだ。
でもな。高いんじゃないのかな。
こんな高いもの、頼んでいいのかな。

何の用事があったのか、よく覚えていないけれど、その日は珍しく百貨店でお買い物。母と、兄。弟はまだ生まれてなかったんじゃなかったかな。お昼を過ぎて、上の方の階にあるレストランでごはんを食べることになった。
子供の頃、なぜか僕は、自分の家は裕福ではないと子供心に思っていた。服も絵本も全部兄のお下がりだったし、ほしいおもちゃも買ってもらえなかったし、母は何かにつけて「もったいない。」って言っていたから。
父も母もしっかりした人だったからひょっとしたら、贅沢をせずに無駄遣いをしない暮らしを心がけていたのかもしれないし本当のところどうだったのかはよくわからないけれど、子供の頃の自分自身の認識としては「貧乏」だったのだ。
かっこいいよな、あのクラシック・カーのお皿。注文してみようかな。いくらするんだろう?えっ、780円?母が注文したのは280円のきつねうどん、兄の注文も380円のカレー・ライスだ。無理無理。そんな、僕だけ780円もするもの、頼めないよ。
でもな。
「何でも好きなもの頼んだらええで。」と母。
「う、うん。」
「ハンバーグとかにしとくか?」
「う、うん、いや。」
「はよ決めて。店員さん待ってはるし。」
「う、うん。あの。」
僕は迷った。何でも食べてええってゆーてるやん、たまにはいいんじゃないのかな、いや、やっぱりダメだよ、あんな高いもの。どうしよう、早く決めなきゃ。どうしよう、どうしよう、えいっ、頼んじゃえ。
「これ、この車の。」
「なんや、お子さまランチか。ええよ、これでええな。」
「うん。。。」

頼んでしまった。あんな高いもの。780円もあったら何が買えるんだろう。僕のおこづかいの何ヵ月分だろう。すごい贅沢しちゃったんじゃないかな。でもうれしいな。あの旗、持って帰れるかな。持って帰って、昨日作った粘土の基地の上に立てよう。それはかっこいいな。
だんだんとワクワクした気持ちが高まってくる。
まだかな。まだかな。
母のうどんが来て、兄のカレーも来た。
いよいよ僕の番だな。

「お待たせしました。お子さまランチです。」
そう言って店員がやってきた。

えっ。

僕の目の前に置かれたのは、普通のランチプレートに盛られた、普通の、どこにでもあるお子さまランチだったのだ。

えっ。
違う。
違うよ、これ。
違う。
違うって。

騙されたんだ。

さんざん悩んだ末に思いきって頼んだのに。
目の前に出されたプレートを見て、僕はやっと理解した。お子さまランチが食べたかったんじゃなくって、あのお皿と旗に惹かれてたんだ、と。でも、あのショーケースの見本は実物ではなかったんだ、と。
悔しくって、涙がボロボロ出てきた。
騙したお店に腹が立つと同時に、そんなことにワクワクして踊らされて騙された自分が悔しくて。
そして大声で泣いた。
母はおろおろして、泣きわめく僕が叫ぶ言葉の断片から、僕があのクラシックカーのお皿やカナダの国旗が来るものだと思っていたことを理解し、お店に抗議してくれたのだけど、お店の対応は、
「あれは見本ですから。」
と、素っ気なかった。
僕は、ずっと泣いていた。


この一件以降僕は、子供らしい素直さのないこまっしゃくれたかわいくない子供時代を過ごすことになった。
うわべの見せかけに騙されちゃいけない、ちょっとした欲望に踊らされちゃいけない、と強く思うようになった。そして、なんであれ僕は誠実でいたいと思うようになった。
そのことが僕の人生にとって、良かったのか良くなかったのかはよくわからないけれど。


誠実とは、なんて淋しい言葉なんだろう
誰もが真実に目をそらして生きている世界で
誠実だなんて、
今で聞いたなかでもとても厳しい言葉だけど
僕はあなたにそれを求めている

これは、ビリー・ジョエルの“Honesty”の歌詞。
誠実であることはとても難しいけれど、誠実でありたいと、それは今もそう思うのです。
あのとき泣いた、5才の僕のためにも。


“Honesty” Billy Joel

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52nd Street / Billy Joel

♪Free Falling


彼女はとてもいい子
神様と祖国を愛してて
エルヴィスが大好きで
車とボーイフレンドを愛してて

郊外の町では
1日の時間がとても長い
空き地には高速道路が通ってて
僕は悪い男
彼女のことを恋しくもない
僕は悪い男
彼女の心を粉々にした

堕ちていく
僕は堕ちていく
奈落の底までまっ逆さまに
僕は堕ちていく
(Free Fallin' / Tom Petty)

パン屋の営業の仕事なんて、とても退屈なものでさ。
早朝、工場のゲートに焼き上がったばかりのパンが箱に詰められて山積みになっている。僕らはそれを2tトラックに積み込んでスーパーマーケットを回るのだ。
預けられたシャッターの鍵を開けて台車に満載したパン箱をパンケースの前へガラガラと運ぶ。いくつかそういうことを繰り返しているうちに夜が明けていく。
開店前に慌ただしく動き回っているパートのお姉さん方の間をすり抜けてパンケースにパンを並べる。コンビニにたかが数個のパンを納品し、期限の切れそうなパンを引き上げる。そういうことを午前中いっぱいいくつも繰り返したあと、午後は注文の確認に、朝とは逆の順番でまた受け持ちのお店を回る。スーパーのオヤジに「お前んとこのパンはさっぱり売れんな。」と嫌味を言われる。
大学を出て一年め。バイトばっかりしていたとはいえのんきに無責任に暮らして学生時代から一転して、口うるさい上司からやいやい言われる毎日、学生時代に付き合っていた彼女とも別れることになり、何もかも嫌気がさしていた。トラックの中に無断でラジカセ持ち込んでパンクばっかり聴いていた。
そんな毎日の中で僕に優しくしてくれたのは、スーパーのパートの奥様方やお姉さんたちだった。
「あんた、青い顔して。朝ごはん食べてないんちゃうの。」ってサンドイッチをくれたり、「また店長に怒られたんちゃうの。」って慰めてくれたり。
あまりにもやる気なさげでガキだったから、逆に心配してくれたのだろう。
いくつかのお店で幾人かいたそういう優しいお姉さんたちの中で、とても気があったのがA子さんだった。8つ上って言ってたから30過ぎたばっかりだったのだな。ちょっと元ヤンキーっぽいやんちゃっぽさ。昼休みをずらして彼女のいる店でごはんを食べさせてもらって、たっぷり1時間、いろんな無駄話をした。
俺はねぇ、今はパン屋で配達してるけど、本当はもっとBIGなんだぜ。働いてお金貯めたら、アメリカへ行こうと思ってんのよ。とりあえず何ヵ月かかけてアメリカ横断してさ、それから気に入った街に住もうかな、とかさ、、 、なんてことをうそぶく僕。
彼女は彼女で、ずいぶん年の離れた旦那がこのところすっかり冷たくて、たぶん浮気してるんだわ、稼ぎも少ないくせに遊んでばっかりで、なんであたしが働かなきゃなんないわけ、いやんなるわ、子どもも最近全然言うこと聞かなくなってきてね、うん、10才と6才、どんどん旦那に似てくるのよね、ここの店長なんか目付きがやらしいでしょ、すれ違うふりしてお尻触られたりしょちゅうよ、誰があんなデブ、勘弁してよ、、、そんなことをとりとめもなく話す。
「今度、映画でも見に行こうか。」と誘ったのは僕の方だった。
来るはずがないと軽い気持ちだったのに、うん、いいよと彼女。
いつがいいかしら、来週は土曜日シフト入ってんのよね、日曜日にしようか。
観た映画はスティーブン・キング原作のホラー映画だった。タイトルもストーリーもまるで覚えていない。そもそも観たい映画なんてなかった。口実なんだから。
映画の途中で彼女は僕の手を握ってくる。僕も握り返す。
映画館を出たあと僕たちは、映画の感想なんて一言も言わずにホテルへ向かった。

それから数ヶ月のうちに幾度か、おそらく4回か5回、僕たちは密会を重ねた。
その間に配送エリアの担当替えがあった。
僕は彼女の体をむさぼったけれど、愛しているとか深い感情があったわけではなかった。ただただ満たされない何かをぶっ飛ばすみたいに彼女を抱いた。この女が本気になって、旦那と別れて結婚しようなんて言い出したらどうしようか、なんて内心思いながら、激しく抱いた。そんなことどうでもいいや、今楽しければそれでいい。それでいい。それでいい。

今思えば、どこかで道を誤って途方もない荒野へ出てきてしまったような感覚だったのだろう、という気がする。宝物を探して旅に出たら、いつの間にか道に迷ってしまって、気がつけば無人の荒野でひとり。食うものがなけりゃ食べられるものならなんだって食うし、寝るところがなけりゃボロ小屋でだって雨露がしのげるならありがたい。目指していた宝物のありかを追い求めるどころか、命をつなぐのに必死。

その頃出たトム・ペティのソロ・アルバムの1曲目に“Free Fallin'”という曲があった。
フリー・フォーリン。自由落下。
物理の用語で、物体が空気の摩擦や抵抗などの影響を受けずに、重力の働きだけによって落下する現象のことだ。遮るものもなく底なしにどこまでも落ちていく、という感じだろうか。


その日、彼女は待ち合わせの時間に来なかった。
どうかしたんだろうか、なんて彼女を気遣う気持ちなど持ち合わせていなかった僕は、遅れてきた彼女をなじった。
実はね、急に旦那が仕事だって出掛けてね、どうしても子どもたち置いてこれなくて連れてきてるの。向こうの喫茶店で待たせてるの、ごめん。
はぁ?子連れでデートなんてできるわけないやろ。何考えてんねん。帰れよ。子ども連れてさっさと帰れ。
それが彼女と会った最後だ。

ひどい男だ。
どうでもいいんだよ、どうにでもなればいい。
どうせいつかはここを出ていくんだ。
どうにでもなればいい。


僕は悪い男
彼女のことを恋しくもない
僕は悪い男
彼女の心を粉々にした

堕ちていく
僕は堕ちていく
奈落の底までまっ逆さまに
僕は堕ちていく

しゃがれた声で、トム・ペティが歌っていた。
フリー・フォーリン。


“Free Falling” Tom Petty

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Full Moon Fever / Tom Petty



♪橋の下 ー宇治川橋26才ー

「これ、いけそやな。」
「だいじょうぶでしょ。」
「3万、山分けな。」
前輪にロックがかかっているけれど、前輪をひょいと持ち上げればバイクはするすると動く。
ロックはあとでぶち壊す。
プレートは工具を使えば簡単にはずせる。

その時だ。
「オイッ!何しとんねん!」と叫び声。
続いて、
「タカっさん、やばいよ。逃げよう!」
と、ヒロユキ。
2階のベランダから若い男が何か叫んでいる。
僕たちはその場に運び出しかけていたバイクを置いて、トラックに乗り込んだ。
「やばいかな、ナンバー、控えられてない?」
「何も盗ってへんもん、大丈夫や。でもな。」
「ん?」
「この仕事、ヤバいよな。やっぱり。タケイの言うようにうまいことはいかんわ。」
「現場で地道に働いて得る報酬の方がまっとうかもな。」

そもそもは、同じ現場で働いていたタケイが持ってきた話だった。
なんでも、中古のバイクを回収すれば、あるおっさんがそのバイクの価値に応じて買い取ってくれる、という話。キャリー付きのトラックは貸し出してくれる。通勤する必要はなく、トラックは自宅に乗って返ってOK。ただし、ガソリン代は自分持ち。
「儲かるよ、けっこう。カブなんかだと1台で3万。一時期さ、原チャリってみんな持ってたやん。でも、今は乗らんようになってるのって結構家にあって、むしろ処分に困ってるらしいよ。ま、安いのもあるけどな、それでもこないだもちょっと2時間ほど流しただけで5台回収できて、ざっと2万ちょっとになったし。そんなおいしい仕事したら、現場であくせく土方なんかやってられへんで、思わん?」
「そんな中古のバイク回収して、どないすんねやろ。」
「修理して、東南アジアとか中国に売るらしいで。あっちの方、今だんだんと文化的になってきてるやろ。自転車からバイクに変わってきとんねん。日本人と違うて、ボロでも乗りよるから、あいつら。」
「なるほどな。需要はありそうやな。」
「紹介したんで。人手もっとほしいっておっさんゆーとったし。」

と、そんなことで、僕はタケイの話に乗った。
いっしょにバンドをやっていたヒロユキもその話に乗ってきた。
ところが、だ。
流しても流してもいっこうに声がかからない。
「今日、ボウズやで。5時間くらい流したけど。」
「スピード早いんちゃうか?」
「いやー、かなりスロウ。」
「ほんなら、回る地域が悪いねん。じいさんばあさん多いとこの方がええわ。息子が昔乗ってたとかな。」

「あかんわ、今日も。声かかったと思うたら、金にならん奴ばっかりや。」
実は、バイクにも金になるのとならないのがあった。スーパーカブは3万、メットインできるタイプは1万とかなのだけど、メットインではないタイプは逆におっさんに処分費用を払わないといけない。
要は、買い取りますと宣伝して流しながらも、費用がかかるタイプについては逆に顧客から金を貰ってこないといけないのだ。
「あぁ、これはね、回収対象外なんですよ。もし邪魔にしてはるんやったら5000円で処分しますよ。」とかなんとか言って、おっさんに払う処分費3000円との差額でなんとか儲けなければいけない。もちろん買い取り額も言い値でOK、カブを1万円が相場だとかなんとか言って買い取ってこれれば、差額2万が収入になる、という仕組み。
これが結構難しい。
費用がかかると言った途端に「じゃあええわ。」なんて反応がほとんどで。
それでもなんとかコツを覚えて、ガソリン代くらいは儲かるようにはなってきたものの、日当としては明らかに現場で働いているほうが確実に収入になる。

「やっぱり、どーもうまいこといかんわ。」
「しゃーないなぁ。取って置きの手、教えたろか。」
「え、どないすんねん?」
「まずは、マンションとかの駐輪場で金になるバイクの目星をつけて、回収しますのチラシをはさむ。で、3日後に再訪問。同じまんまチラシが残っとったら、そのバイクはほぼ持ち主不明や。」
「え?」
「黙って持って帰っても、わからん。」
「それって・・・」
「下手こいたらお縄やで。」

ビビったけど、もはや背に腹は変えられない。
で、タケイの言うようにやってみようとした。
なるほど、難しくはなかった。
実際、持ち主不明で放置したままのものもあったんだろうと思う。ただ、どう考えも正しい行為ではない。


僕とヒロユキは、何とか逃げきることができた。
それから、河川敷にトラックを停めて、橋の下で涼んだ。
向こう岸の橋の下には、ルンペンのおっさんの姿。
「あのおっさん、どんな人生送ってきたんやろな、ああなるまでに。」
「・・・。」
「こんなことしとったら、ああなるんかもな。」
「そやな。」
「おかん、泣くな。」
「彼女もな。」
「俺らには向いてなさそうやな。」

何にもない、橋の下。
最初の会社を辞めて3年目。
いつの間にか、こんなところまで堕ちてきた。
このままこうやって、堕ちていくのかな。
堕ちるところまで、ズブズブと。
それでいいのか?
まだ何にも始まってもいないのに。
そろそろ潮時なのかもしれない。
そろそろ。
川面には、流れてきた空き缶が浮かんだり沈んだりしていた。
やがて、渦に引っ掛かってくるくる回り、沈んでいった。


“橋の下” ローザ・ルクセンブルグ

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ROSA LUXEMBURG Ⅱ / ローザ・ルクセンブルグ


※この物語は、事実にヒントを得たフィクションです。
堕ちるところまで堕ちた気がして、真面目に働きはじめたのは本当です。


♪霧のサンフランシスコ ーゴールデンゲート・ブリッジ24才ー

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サンフランシスコの街は、思っていたより狭かった。
バス・ディーポがあるのは、半島の付け根にあたる南東部の端っこのダウンタウン。そこから中心街が広がり、坂道があって、有名なケーブルカーが走っている。ケーブルカーで丘を越えれば海だ。フィッシャーマンズ・ワーフがあって、シーフードを食べさせるレストランが並んでいて、ストリートでは大道芸人たちがあちらこちらでパントマイムやら手品やらをやっている。周りにはカップルや観光客。老いも若きも思い思いに休日を楽しんでいる。
僕はそのとき24才で、2年と半年少し勤めた会社を辞めてアメリカ横断の貧乏旅行に出ていた。

ゴールデンゲート・ブリッジは、フィッシャーマンズ・ワーフから西へ3、4kmくらいだろうか。ダウンタウンとは反対側、半島の北西側だ。
赤く塗られた長い長い吊り橋。
てくてくと海岸通の道を歩いてゴールデンゲート・ブリッジにたどり着いたのは、お昼をとうに過ぎていた。
橋の東側は金門湾、西側は太平洋、橋を渡ればマリン郡。橋が見える高台で橋の姿を見て一服。なるほど、霧のサンフランシスコと呼ばれるように、もやが立ちこめている。
それから、橋を渡ってみることにするのだが、橋の歩道に入るためには、橋の付け根まで1km以上ぐるっと戻るか、橋のたもとまで降りていって、ビルディングなら7、8階立てにもなりそうな階段をひたすら登らなければならなかった。橋の全長は2700mもあるそうで、とりあえず橋の歩道を歩き出しはしたものの、橋の真ん中までたどり着くまでにすっかり疲れて果ててしまった。
あー、しんど。もうこのへんでええか。
向こうまで渡ったところで引き返してくるだけやしな。

そのときだ。
向こう側から、男がけっこうなスピードで走ってきた。
青いシャツに赤いタイツ。背中にマントをなびかせている。
え?スーパーマン?
いや、そんなはずはない。
コスプレか?
男は僕のそばまで駆け寄ると、笑顔で手を上げ、そしてそのまま欄干に足を掛けてその上に上り、仁王立ちになった。
「Ha,Ha,Ha,Ha,Ha!Hello!」
と大きな声で笑う。
「Hey,Boy!Come on with me!」
え、なんだこれ?
ドッキリか?
そんなはずはない。
この男は?
僕がうろたえていると、男は僕に敬礼をし、海の方を向き、両手を高く上げる。
そして、大きく深呼吸をしたあと、海に向かってジャンプした。

僕はただ呆然と男を見送る。
海に架かる橋の上。
とても強い風。
男は波しぶきを上げて海に消えた。




・・・という話を、サンフランシスコのユースホステルで知り合った男から聞いた。
ゴールデンゲート・ブリッジは有名な自殺の名所だったらしい、ということを僕はそのとき初めて知った。
男は、自分の人生を最後にドラマチックに仕上げたかったのか。もはや正しい判断などできないほどに心に深い闇を抱えていたのか。

ゴールデンゲート・ブリッジの自殺者は累計で1500人を越えるのだそう。これは死体が回収された人数であって、実際はもっと多いと言われているらしい。
自殺防止のため長い間、防御ネットの設置などが要望されてきたものの、景観を損ねるなどの理由で実現していなかったが、ようやく着工させるそうだ。
完成は2018年。今は自殺防止の呼び掛けのポスターがあっちこっちに貼られているそうだけど、思い詰めて自死を選ぼうとしている人に、果たしてどんな言葉をかければ思い止まらせることができるのだろうか。

“Now I know, I should have never walked over the bridge I burned”って、エルヴィス・コステロが歌ってる。
燃やしてしまった橋は二度と渡れない、って。


“The Bridge I Burned” Elvis Costello

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Extreme Honey / Elvis Costello



♪Some Guys Have All The Luck ー三条大橋18才ー

「あーあ、やっぱり1こでも年上の方が、頼りがいがあるように思うんかねー。」
そう言いながら、スミトが川へ石を投げる。
京都・鴨川・三条川原。
その年の春、僕らは大学に入学して京都へ来た。
メグちゃんはクラスのマドンナ的存在で、僕もスミトも、好きとかつきあいたいとか思うほどではないにせよ、漠然とした憧れを抱いていた。
そんなメグちゃんに彼氏が出来たと聞いたのは秋になってしばらくたった頃。男は同じクラスの、浪人して入学したひとつ上の男だった。
居酒屋へ行く金もない僕たちは、バイトが休みの木曜日、缶ビールを買って川原でへたりこんでひとしきりボヤく。
「あんな奴のどこがええんやろうなー。たいして男前でもないし。」
「わからん。多分、女の子には優しいんちゃう。」
「パッと見、しっかりしてるように見えるんやろな。」
「そんなに骨のあるタイプでもないけどな。」
「女って、男のどこ見てるんかね。」
「めっちゃ男前とかさ、めっちゃ金持ってるとかさ、そーゆー奴ならまぁしゃーないって思えるやん。でもなぁ、あいつかぁ?って感じするやん。ワケわからんな。」
「逆に、頼りなさが母性本能をくすぐるとか?」
「その感覚は、まったくわからん。」
「とりあえず凹むなぁ。あいつやったらお前のほうがましやで。」
「まし、って(笑)。」

だんだんと日が暮れてくる。握りつぶしたビールの空き缶が4本、5本、空になったポテトチップスの袋。
気がつけば周りはカップルばっかり。
この三条大橋のたもとは、誰でも知っているデート・スポットなのだ。
夕方からちらほらとカップルたちが川に向かって座りだし、やがてそのカップルとカップルの間にひとカップル、またそのカップルとカップルの間にひとカップルと、等間隔で距離が詰まっていくことでも知られている。
時間が立つに連れてどんどんと居たたまれなくなっていくむさくるしい凸凹コンビの野郎二人。
「俺、大学に入ったらすぐにかわいい彼女ができると思ってたんやけどなぁ。」とスミト。
「大学生って、もっと華やかだと思ってたよなー。」と僕。
「かわいい彼女ができてさ、その娘といっしょに銭湯に行くのが憧れだったんだよ。『神田川』みたいな、あーゆー感じで。」
「貧乏なとこだけやん、いっしょなのは。 」

1980年代半ば。時代はバブル突入期。
マル金マルビだとか、軽薄短小だとかそういうのがもてはやされた時代。高校時代に聖子ちゃんカットだった女の子がいきなりワンレンボディコンに変身したりして(笑)、今じゃ当人にとっても笑いのネタになるような黒歴史なんだろうけど。金も車もセンスもない僕たちは、本命どころかアッシーメッシーにすらなれなかった。

「そういうのは望まんけどさ、せめて在学中に、この川原へ彼女と来て、いちゃつきたいよなー。」
今思えば、そんな飢え丸出しのギラギラした男に女の子たちがよりつくわけもないんだけど。

何もかも思うようにいかず、どうしていいかもわからず、ただうだうだするしかなかった18才。
まだまだ自分が何者かもわからないまま、ただただもがいていた18才。
僕らは橋の真ん中から追いやられて、橋の下へ。

「ロッド・スチュワートのあの曲が、今の気持ちになんかしみるよな。」
「あの曲って、どの曲よ?」
「サムガイズハブオ~ザラ~、って奴。去年けっこう売れたアルバムに入ってて、MTVでもけっこうやってた曲で。」
「ジェフ・ベックが参加してたアルバム?」
「それの3曲目。」
「あー、“Some Guys Have All The Luck”な。」
「あの歌の歌詞知ってる?“何人かの男たちだけが幸運を独り占めしてる、残りの奴は痛みだけ。あいつの腕には彼女がいるのに、俺の腕の中は空っぽ。”みたいな感じの、ダメダメ男の歌なんよ。」
「へぇ、そうなんや。てっきりモテモテのロッドが、俺はこんなに幸運だ、みたいなことを歌ってるのかと思ってたよ。」
「そう思うやろ。でもそうやないところがな、ロッド・スチュワートのかっこええとこやと思わん?」
「まぁな。」
「ロッドだって、昔からモテモテってわけでもなかったらしいぜ。少年時代は貧しくて、日雇労働の墓掘り人夫とかいろんな仕事を転々として、小汚い格好で放浪しながらフォーク歌ってたりしてたらしい。」
「それが、今や、金髪のお姉ちゃんをはべらかせるスーパースターか。」
「報われない青春時代を送った奴の方が、ちやほやされてた青春時代を送った奴よりも、打たれ強くて優しくなれる、ってさ。」
「いやぁー、そんな先の事どうでもいいから、今ちやほやされたいよ。。。」

“Some Guys Have All The Luck” Rod Stewart

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Camouflage / Rod Stewart

あれから気の遠くなるような時間が過ぎて。
スミトとは大学卒業以来すっかり会ってないけど、風の噂では卒業してからすぐに出会った彼女と結婚して、今じゃ小さな会社で取締役をやっているらしい。
僕もそれなりに結婚してそれなりの仕事を得てそれなりの暮らしをすることが曲がりなりにもできている。
そしてロッド・スチュワートは、落ち目になったり喉を手術したりといろんな紆余曲折を経て、今も変わらず歌っている。ロッドの歌は今もチャラいけど、その奥に悲しみや慈しみの気持ちが静かに潜んでいることも今も変わらない。



♪鉄橋を渡る ー大和川鉄橋17才ー

「歩いて帰れるんちゃう?」と言い出したのは真人だったか、啓介だったか。
高校2年の僕たちは、家で親となんか正月を迎えてられっかよ、と大晦日に住吉大社へ初詣に行くことにした。夜8時に地元の駅に集合、住吉大社までは電車で30分くらい。
人混みにもみくちゃにされながら、神社の本殿までたどり着いて、なんとかお賽銭を投げて、おみくじをひいて、そこまではまぁよかった。
ひととおりの行事を済ましてしまうと、もうすることがなくなってしまう。まだ午前2時半。
当時はまだオールナイトの電車なんて走ってない。コンビニもファミレスもゲームセンターもない。
「なー、どーするー。」
「家まで歩いて帰れるんちゃう。」
「そら、歩けんことはないやろーけど。」
「ここにおってもしゃーないやん。ぶらぶらしてるうちに始発も来るんちゃう。ここにおっても寒いだけやし。」
「道、わかる?」
「電車沿いに歩いていったら何とかなるって。」
そうして僕たち3人は歩きだしたんだ。

最初の1時間くらいは順調だった。線路を横目に線路沿いの道路を、くだらないことを言い合いながら歩いた。
が、しばらくすると、線路沿いの道が行き止まりになってしまう。
川だ。
一級河川・大和川。
大阪市内でも淀川に次いで大きな川だ。
川幅は100mはあるだろうか。
道は行き止まりになり、はるか向こうの方に自動車が渡れる橋がかかっている。
「おい、どーするー?」
「あの橋まで行くんかー」
「ちょっと遠そうやな。」
線路の先には鉄橋が架かっている。もちろん鉄道専用。
目の前には踏切があって、踏切からは線路内に入ることができるといえばできる。
「どーせ電車けーへんし、鉄橋渡ろうぜ。」
そう言ったのも、真人だったのか啓介だったのか、それとも僕だったのか。
高校2年生。みんな意気がり盛り。お前より俺の方が度胸がある、とみんな思っている。或いはそう思わせたいと思っている年頃だ。びびっているところは見せたがらない強がりな少年たち。
「そうしよ、鉄橋渡ろ。」
「まじで?もし電車来たらどーすんねん?」
「けーへんって。何や、怖いんか。」
「いや、そーゆーわけでもないけど。」
「あんな向こうの橋まで歩くん、だるいで。ここやったらすぐや。」
「よっしゃ、そーしょ。」

そして3人は線路内に入る。

下が川原のうちはよかった。
突き落とす振りをしてふざけたりしなががら歩いた。
あ、あんまり怖くないやん、って思った。
ところが、川の上に差し掛かると、とたんに風が強い。突風がびゅうと吹く。もちろん真冬の冷たい風。吹き飛ばされそうになる。
足元の枕木と枕木の間には何もなく、その下には真っ黒で冷たそうな川が横たわっている。
数十メートルはあるだろうか。

足を滑らせたら一巻の終わりだ。

そう思いながら一歩一歩枕木を見る。
前を見る余裕がなくなる。

もし、電車が、もし万が一、例えば点検とか車庫入れの回送とか、来たらどうしたらいいんだろう。
飛び込む?無理だ。真冬の川だぜ。泳げない。ってか、何メートルある?
枕木に寝転べば、体の上をぎりぎり電車が通過してくれるのかな。
でももしひかれたら?はねられたら?飛び込むのとどっちが助かる可能性がある?どっちにしても死ぬとしても、どっちが痛くない?
冷たい風が吹き付けているのに、脂汗が出てきた。
いらんこと考えてる場合じゃない、一歩ずつだ。
前を見ると真人がすたすたと渡りきってこっちに手を降っている。後ろから「おーい、待ってくれやー。」と啓介の声。だけど振り返る余裕がない。振り返ったらとたんにバランスを崩しそうで。
一歩一歩、一歩一歩だ。


数分後、僕たちは、放心状態で道端に座りこんでいた。
「よーこんなとこ渡るわ。あほちゃう。」
「まじでびびったわ。正直。」
「電車来たら飛び込むしかないんか、思ったわ。」
「あ、俺も。」
「正月そうそう何しとんねん、って感じやな。」
そう言って笑ったのだけど、心のどこかはまだどこかひきつった感じが残っていたのか、正直うまく笑えなかった。
みんなそうだったんだろう。安心した途端に歩く気力が萎えた。
その時、通るはずがないと決めつけていた電車が向こうからやってくる。始発の駅へ向かう回送電車。
僕らの背中がピキピキと凍りついたのは言うまでもない。

結局僕らは、それから先はほとんど歩けずに、小さな駅で電車を待ち、始発に乗って自分たちの町まで帰った。



今もときどき、電車で鉄橋を越えるときにこのことを思い出すことがある。
一歩間違えば死んでいた。馬鹿だね。
でも、あのときのことは時々役に立ったりもする。
修羅場をくぐり抜けるときは、一歩一歩だ。振り返らず、前を見すぎず、全神経を集中させて一歩一歩。そうすれば必ず乗り切れる。
そう考えると、あまり恐いものなんてないような気がするのだ。


“鉄橋の下で”

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Four Pieces / The Roosterz

Appendix

Profile

golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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51NacLGHbDL.jpg Musical Romance 81Jiymj05iL__SL1417_.jpg Ramblin Bob Amazing Bud Powell 1 I'm Jimmy Reed 91nimun-gdL__SX425_.jpg The West Coast Sessions 51N428T8D2L.jpg 71Y7cZxniBL__SL1098_.jpg Ella & Louis Chicago Bound アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション+1 51RNkrRkrKL.jpg ベスト・オブ・バディ・ホリー 51Y1W0GNK4L.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 51r1Jn3KysL.jpg 418FMPHEH8L.jpg 41BMZZ4644L.jpg 91gRh3dMZCL__SL1500_.jpg 41D5N5A2NPL.jpg 71rf2SLpdpL__SL1000_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 41D7S4CZWBL.jpg 41+QbmWm7aL.jpg presandteddycover.jpg clyde mcphater VERY BEST OF Man & His Music A1DhxQZCjXL_SL1500_.jpg marvin-fellow.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg The_Rolling_Stones-1964-The_Rolling_Stones.jpg Beatles for Sale My Generation: Deluxe Edition 51AcnSJcHyL.jpg 51bNj+ULpSL.jpg 51DHQC61ZWL_SX425_.jpg 41o9XeUuZjL.jpg 20 G.H. Live in Europe tomt 51cKCqaKQxL__SY355_.jpg 81DCRuSH25L__SL1500_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg MI0002782768.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg soulman_original_alb.jpg 51FGtOkImKL_SX300_.jpg west_side_soul1.jpg Beggars Banquet エヴリ・ワン・オブ・アス+1 randynewman.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 71otoVzhCuL__SL1105_.jpg 413AMGT7SFL.jpg 51ds00OKe-L.jpg 616osu5m8iL_SX425_.jpg 305a1614.jpg 81pMwMtFveL__SL1345_.jpg 81f2DLVCzJL__SL1300_.jpg 51uOzyp+Z6L.jpg 71eG2rIxazL__SL1046_.jpg 51ZJJGM2ZZL.jpg Fire and Water 91nimun-gdL__SX425_.jpg th.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg Fragile littlefeat.jpg 715IJ+j9EuL__SL1131_.jpg Music Muswell Hillbillies 71ctdmsHsJL__SL1084_.jpg 71PD4tBKioL__SL1116_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg SantanaCaravanserai.jpg 61XXWX6tmCL.jpg 61NAZCOWDDL__SL1100_.jpg セイリン・シューズ(紙ジャケットCD) 71eNbpCI6UL__SL1077_.jpg 511-tyxVUpL.jpg 91gT9fqhZ3L_SX425_.jpg I'm Still in Love With You 414HP65MBKL.jpg 51X8dY66CsL.jpg 愛と自由を求めて 51RXYQ9OO3L.jpg Takin My Time Closing Time There Goes Rhymin Simon 明日に架ける橋(紙ジャケット仕様) ひこうき雲 GP Moondog Matinee 716rGZASCKL__SL1425_.jpg 41SSP93BHWL.jpg 51zJyUc+r6L.jpg 51jCzIh4qRL__SS280.jpg 61-8DQVxWjL__SL1050_.jpg 61dZdC6t62L__SY355_.jpg 71aWAFuF6BL__SL1050_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 51JbSP69QaL.jpg 渚にて 5197RcTXXnL.jpg 81A5c2hHeyL__SL1425_.jpg 81qgW6uhF1L__SL1500_.jpg Born to Run Nils Lofgren 61BdFFiXniL__SX425_.jpg スネイクス&ラダーズ(ベスト)(紙ジャケットCD) 20171026013241d1d.jpg ROCK 'N' ROLL 61ijQ7n04TL__SL1065_.jpg 31vqqUxOjnL.jpg 612tlGtI4sL_SX425_.jpg Malpractice c674c8d38b834d1a46f26cee2f0381b7.jpg 71f0CPCXaJL__SL1050_.jpg 71s7uOgUVBL__SL1092_.jpg 81-hcf-9GdL__SL1228_.jpg In Concert: Best of Pretender 3112T4QJV9L.jpg Equal Rights Songs in the Key of Life “1976” 6184mADL6LL.jpg Ronnie_Lane_-_One_For_The_Road_-_LP_RECORD-57899.jpg Brinsley_Schwarz_Surrender.jpg 51sDSqlWYbL.jpg マーキー・ムーン Ramones L.A.M.F. - The Lost Mixes Never Mind the Bollocks Here's the Sex Pistols マイ・エイム・イズ・トゥルー+1 New Boots & Panties 7139dYLoG8L__SL1050_.jpg 21EXZVPG4AL.jpg 51fnZ7zzuUL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg KinksSleepwalker.jpg 4129-Q6sVHL.jpg 61NLoHBAYAL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg Black Woman Chaka Briefcase Full of Blues 616WAJF3SGL.jpg 91U+8UJ1+vL__SL1500_.jpg 80 51Cm3YGmDQL.jpg 51JKKZA9W4L_SX425_.jpg 518Vq58mgUL.jpg 41VQXG3BFML.jpg 31V0AVW674L.jpg Long Run 71Y9bXH9D+L__SL1412_.jpg labour_of_lust_nick_lowe.jpg Into the Music London Calling マラッカ(紙ジャケット仕様) Rickie Lee Jones 81zR19Ga9VL__SL1079_.jpg 41cLeG0ZrFL.jpg The River Emotional Rescue THE ROOSTERS Woman and I...OLD FASHIONED LOVE SONGS(紙ジャケット仕様) RHAPSODY 41Tcvs70ZPL.jpg 51tRgx3mLgL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg Poet david lindley 91nimun-gdL__SX425_.jpg A00003808.jpg 800.jpg 51au3oRpDSL__SS280.jpg Heart Beat 61rH90dDhtL__SL1050_.jpg 71gHPyBVGqL__SL1050_.jpg lookout.jpg milk_hi.jpg 女の泪はワザモンだ!!<デラックス・エディション>(紙ジャケット仕様) Pipes of Peace 51QeHiRUz8L.jpg JOAN20JETT202620THE20BLACKHEARTS20I20LOVE20ROCKN20ROLL.jpg 62805277.jpg 71WCRrbfr5L__SL1500_.jpg 51YJOxD55iL.jpg 51SSVnYVsJL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 812JxniX3jL__SL1500_.jpg 41o+TOhThhL__SL500_.jpg 嘉門雄三 51wXhNgjs4L__SS280.jpg 510RsGZt0KL.jpg 71fefvSZXFL__SL1076_.jpg 71sCe7ReLUL__SL1273_.jpg Innocent Man 91nimun-gdL__SX425_.jpg 51ipQpNEBPL.jpg 51b+kbtwmZL__SX355_.jpg Uh-Huh (Rpkg) Learning to Crawl North of a Miracle 510NH8D9RTL.jpg MI0003515862.jpg 2017102722040546a.jpg 61gyVhU1QCL.jpg Ocean Rain インナ・ビッグ・カントリー<30周年記念デラックス・エディション>(紙ジャケット仕様) LIGHTS OUT 41uaexamSNL.jpg 819qdTNLMxL__SL1500_.jpg 616vZDe-wFL_SX425_.jpg 51Nh3RjwObL.jpg 31219QDNA0L.jpg Live in Italy YELLOW BLOOD(紙ジャケット仕様) 0831oyamatakuji.jpg pj.jpg 98e7c281-3edb-4b58-b382-0fee520de343.jpg 51xUBB5IDXL.jpg 51W5vbzNSoL_SX425_.jpg This is the sea Southern Accents Centerfield Rose Of England Poor Boy Boogie 51KQnRGfZkL.jpg 61P1R84YZTL.jpg THE仲井戸麗市BOOK 81xvZZeDEqL__SL500_.jpg 71uNe1yRlOL_SX425_.jpg 41BiuimcyaL__SL500_.jpg 71mWhnbZlBL__SL1045_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 51Uv2AegNJL.jpg Lone Justice Shake You Down 71qx7rhRauL_SL1247_.jpg Talking With The Taxman About Poetry 71PrfBnIAlL__SL1417_.jpg 51JC0ZVZ2JL.jpg 41FRDVE5HHL.jpg 51MCNZnwnYL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 41kyWjIskxL.jpg kaminari.jpg 61pfESgIsfL.jpg 51161GGhY3L.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 81341iLwJBL__SL1500_.jpg TearsofaClown2.png 41G391YlKQL.jpg 41H2ZNKB5BL.jpg RogerTroutmanUnlimited517753.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 71+LokGlumL_SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 51vj8mxfgpL_SX425_.jpg 61r6gn5Zw7L__SL1050_.jpg 81KoDrysvWL__SL1402_.jpg 81CONxXc05L__SL1425_.jpg MARVY Dream of Life 41P61852YRL.jpg First of a Million Kisses covers.jpg 51WXla6D4UL.jpg 51iMxsNHHpL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg MONKEY PATROL If I Should Fall From Grace With God Lou Reed NY アメリカ roy orbison mystery girl NZO.jpg tbirds.jpg ナポレオンフィッシュと泳ぐ日 浮世の夢 51lOB6A0QuL.jpg 31TRAKHBS3L.jpg 201710170003023bc.jpg 41HETTEDKEL.jpg 61WRTiXKDxL__SX425_.jpg 71XidOygo4L__SL500_.jpg 71VhTv2GwpL__SL1079_.jpg 61GF12GYFTL.jpg 41CX6E9PEDL.jpg 29b546020ea0dffa61f19110_L.jpg thEJUVZLEV.jpg 71sLT+3QzeL__SL1000_.jpg 51EXCEcq9XL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 51Cu2Y3de7L__SS280.jpg album-worldwide.jpg 416RTFVCTCL.jpg 愛があるから大丈夫 71-OO+VcMTL__SL1400_.jpg STICK OUT 91nimun-gdL__SX425_.jpg Through the Fire 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg album-four-chords-several-years-ago.jpg Mitakuye Oyasin Oyasin/All My Relations king-cake-front.jpg 81nBa9cn4ML__SX425_.jpg 71mdoTOXk2L__SL1084_.jpg 51zRUTKe5SL__SX425_.jpg 51AeVTRTGL.jpg 51uHHCgmeUL.jpg New World Order Sound of the Summer Running 41PFEPPAEHL.jpg 615 61umgDYJ83L_SS500_SS280.jpg 20170806160213709.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg Home Girl Journey All That You Can't Leave Behind 91nimun-gdL__SX425_.jpg 31ARJGY84EL.jpg 31BGVPYMTKL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 日々のあわ 20171117081733097.jpg Soulbook 廻る命(DM008) 41mNSDBqy6L__SX355_.jpg Dance-With-My-Father-by-Luther-Vandross-J-Rrecords.jpg 81XonM-Wu4L__SX355_.jpg Okinawauta.jpg 41JYS3WjE6L.jpg 81DSuwZXaxL__SL1400_.jpg cover32.jpg 61gyVhU1QCL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg yjimage.jpg Chuck-Berry-1.jpg

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