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音楽歳時記「霜降」

霜降。
霜が降りるころ、という意味で、北国や山間部では霜が降りて朝には草木が白く化粧をする頃。野の花の数は減り始め、代わって紅葉が盛りとなる頃。

この一週間、ずっと雨が降っていた。
そして僕はこの一週間、ずっと23時まで働いた。
半分意地になっていろいろと引き受けていたら、いつの間にかパンク寸前。
それに、いろいろと納得のいかないことも多くてね。ちょっとやさぐれてる。
良かれと思ってやった努力はまるで報われず、正当な怒りを発露すればむしろ厄介もの扱い。なんだかなぁ。僕の心にも霜が降る、そんな10月だ。
季節はずれの大型台風も近づいて、休日も表へ出る気にもならずうだうだのグタグタ。夕方から飲んでやる。
めんどくさいことは忘れて、ゆるめなきゃ持たないぜ。
そんなちょっとやさぐれ気味のうだうだダラダラの気分によく合う一枚が、例えばキンクスのこれ。

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Muswell Hillbillies / The Kinks

いいよなぁ、このゆるさ。
よく晴れた秋の日のように穏やかで。
こんなふうにゆるくダラダラやりたいよね、ほんとはね。
テレビでは政治屋さんたちが、我田引水で調子のいいことばっかり訴えてる。都合の悪いことは棚上げにして、現状の問題点をつまびらかにせず、何をどうしていくのかのプロセスも示さず、スローガンだけを高々に声を張り上げて。
偉い人たちはいつもそうなんだ。
立派なスローガンさえ掲げりゃ、なんとかなるもんだと思ってやがる。
どんなことでも、現場で働く人たちが額に汗して働いて形になるんだぜ。
そして、何もかもプランを描いたようにはうまくはいかない。何かを改革していくときには、痛みもつきまとう。我慢する時期だって必要だ。やりはじめて、結果がうまくいかなくなったら、いきなり掌返すんじゃないだろうな、っていう疑念が消えないんだよな、あんたたちがいままでやってきたことの経験上で言うと。

Ain't got no ambition,
I'm just disillusioned
志なんてどこにもない
ただ幻滅があるばかり

って、レイ・デイヴィスが歌ってる。

そしてこんなふうにも。

Gotta keep a hold on my sanity
自分の正気にしがみついていないとな

って。

but I don't wanna die here.

でも、こんなところでくたばるわけにはいかないな。

“20th Century Man” The Kinks

なぁーんて気分のブルーな秋。
そもそも、日に日に寒さが増して、だんだんと暗くなるのが早まっていくこの時期はあんまり好きじゃない。なんとなーく憂鬱になる。
いっそもっと早く真冬になればいいのにな、なんて、そんな気分を横に置いてキンクスはふぬけたリズムですっとぼけた歌を歌ってくれるのがちょっとした救い。
そんな雨の秋の日。






♪Honesty

ショー・ウィンドウに飾られた色とりどりのたくさんのメニューの中で、5才だった僕の目を奪ったのは「お子さまランチ」だった。
うすいグリーンのクラシック・カー型の陶器のお皿ににぎやかに並べられた唐揚げ、ハンバーグ、エビフライ、オムレツ、フルーツ。山型にこんもり盛られたチキンライスの上には、カナダかどこかの国境が飾られていた。
うわぁー、かっこいい。こんなの見たことない。
でもな。贅沢だな。
「タケシ、どれにするか決めたか?」
「う、うん。」
注文したいものは決まっていた。あのお子さまランチだ。
でもな。高いんじゃないのかな。
こんな高いもの、頼んでいいのかな。

何の用事があったのか、よく覚えていないけれど、その日は珍しく百貨店でお買い物。母と、兄。弟はまだ生まれてなかったんじゃなかったかな。お昼を過ぎて、上の方の階にあるレストランでごはんを食べることになった。
子供の頃、なぜか僕は、自分の家は裕福ではないと子供心に思っていた。服も絵本も全部兄のお下がりだったし、ほしいおもちゃも買ってもらえなかったし、母は何かにつけて「もったいない。」って言っていたから。
父も母もしっかりした人だったからひょっとしたら、贅沢をせずに無駄遣いをしない暮らしを心がけていたのかもしれないし本当のところどうだったのかはよくわからないけれど、子供の頃の自分自身の認識としては「貧乏」だったのだ。
かっこいいよな、あのクラシック・カーのお皿。注文してみようかな。いくらするんだろう?えっ、780円?母が注文したのは280円のきつねうどん、兄の注文も380円のカレー・ライスだ。無理無理。そんな、僕だけ780円もするもの、頼めないよ。
でもな。
「何でも好きなもの頼んだらええで。」と母。
「う、うん。」
「ハンバーグとかにしとくか?」
「う、うん、いや。」
「はよ決めて。店員さん待ってはるし。」
「う、うん。あの。」
僕は迷った。何でも食べてええってゆーてるやん、たまにはいいんじゃないのかな、いや、やっぱりダメだよ、あんな高いもの。どうしよう、早く決めなきゃ。どうしよう、どうしよう、えいっ、頼んじゃえ。
「これ、この車の。」
「なんや、お子さまランチか。ええよ、これでええな。」
「うん。。。」

頼んでしまった。あんな高いもの。780円もあったら何が買えるんだろう。僕のおこづかいの何ヵ月分だろう。すごい贅沢しちゃったんじゃないかな。でもうれしいな。あの旗、持って帰れるかな。持って帰って、昨日作った粘土の基地の上に立てよう。それはかっこいいな。
だんだんとワクワクした気持ちが高まってくる。
まだかな。まだかな。
母のうどんが来て、兄のカレーも来た。
いよいよ僕の番だな。

「お待たせしました。お子さまランチです。」
そう言って店員がやってきた。

えっ。

僕の目の前に置かれたのは、普通のランチプレートに盛られた、普通の、どこにでもあるお子さまランチだったのだ。

えっ。
違う。
違うよ、これ。
違う。
違うって。

騙されたんだ。

さんざん悩んだ末に思いきって頼んだのに。
目の前に出されたプレートを見て、僕はやっと理解した。お子さまランチが食べたかったんじゃなくって、あのお皿と旗に惹かれてたんだ、と。でも、あのショーケースの見本は実物ではなかったんだ、と。
悔しくって、涙がボロボロ出てきた。
騙したお店に腹が立つと同時に、そんなことにワクワクして踊らされて騙された自分が悔しくて。
そして大声で泣いた。
母はおろおろして、泣きわめく僕が叫ぶ言葉の断片から、僕があのクラシックカーのお皿やカナダの国旗が来るものだと思っていたことを理解し、お店に抗議してくれたのだけど、お店の対応は、
「あれは見本ですから。」
と、素っ気なかった。
僕は、ずっと泣いていた。


この一件以降僕は、子供らしい素直さのないこまっしゃくれたかわいくない子供時代を過ごすことになった。
うわべの見せかけに騙されちゃいけない、ちょっとした欲望に踊らされちゃいけない、と強く思うようになった。そして、なんであれ僕は誠実でいたいと思うようになった。
そのことが僕の人生にとって、良かったのか良くなかったのかはよくわからないけれど。


誠実とは、なんて淋しい言葉なんだろう
誰もが真実に目をそらして生きている世界で
誠実だなんて、
今で聞いたなかでもとても厳しい言葉だけど
僕はあなたにそれを求めている

これは、ビリー・ジョエルの“Honesty”の歌詞。
誠実であることはとても難しいけれど、誠実でありたいと、それは今もそう思うのです。
あのとき泣いた、5才の僕のためにも。


“Honesty” Billy Joel

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52nd Street / Billy Joel

♪Free Falling


彼女はとてもいい子
神様と祖国を愛してて
エルヴィスが大好きで
車とボーイフレンドを愛してて

郊外の町では
1日の時間がとても長い
空き地には高速道路が通ってて
僕は悪い男
彼女のことを恋しくもない
僕は悪い男
彼女の心を粉々にした

堕ちていく
僕は堕ちていく
奈落の底までまっ逆さまに
僕は堕ちていく
(Free Fallin' / Tom Petty)

パン屋の営業の仕事なんて、とても退屈なものでさ。
早朝、工場のゲートに焼き上がったばかりのパンが箱に詰められて山積みになっている。僕らはそれを2tトラックに積み込んでスーパーマーケットを回るのだ。
預けられたシャッターの鍵を開けて台車に満載したパン箱をパンケースの前へガラガラと運ぶ。いくつかそういうことを繰り返しているうちに夜が明けていく。
開店前に慌ただしく動き回っているパートのお姉さん方の間をすり抜けてパンケースにパンを並べる。コンビニにたかが数個のパンを納品し、期限の切れそうなパンを引き上げる。そういうことを午前中いっぱいいくつも繰り返したあと、午後は注文の確認に、朝とは逆の順番でまた受け持ちのお店を回る。スーパーのオヤジに「お前んとこのパンはさっぱり売れんな。」と嫌味を言われる。
大学を出て一年め。バイトばっかりしていたとはいえのんきに無責任に暮らして学生時代から一転して、口うるさい上司からやいやい言われる毎日、学生時代に付き合っていた彼女とも別れることになり、何もかも嫌気がさしていた。トラックの中に無断でラジカセ持ち込んでパンクばっかり聴いていた。
そんな毎日の中で僕に優しくしてくれたのは、スーパーのパートの奥様方やお姉さんたちだった。
「あんた、青い顔して。朝ごはん食べてないんちゃうの。」ってサンドイッチをくれたり、「また店長に怒られたんちゃうの。」って慰めてくれたり。
あまりにもやる気なさげでガキだったから、逆に心配してくれたのだろう。
いくつかのお店で幾人かいたそういう優しいお姉さんたちの中で、とても気があったのがA子さんだった。8つ上って言ってたから30過ぎたばっかりだったのだな。ちょっと元ヤンキーっぽいやんちゃっぽさ。昼休みをずらして彼女のいる店でごはんを食べさせてもらって、たっぷり1時間、いろんな無駄話をした。
俺はねぇ、今はパン屋で配達してるけど、本当はもっとBIGなんだぜ。働いてお金貯めたら、アメリカへ行こうと思ってんのよ。とりあえず何ヵ月かかけてアメリカ横断してさ、それから気に入った街に住もうかな、とかさ、、 、なんてことをうそぶく僕。
彼女は彼女で、ずいぶん年の離れた旦那がこのところすっかり冷たくて、たぶん浮気してるんだわ、稼ぎも少ないくせに遊んでばっかりで、なんであたしが働かなきゃなんないわけ、いやんなるわ、子どもも最近全然言うこと聞かなくなってきてね、うん、10才と6才、どんどん旦那に似てくるのよね、ここの店長なんか目付きがやらしいでしょ、すれ違うふりしてお尻触られたりしょちゅうよ、誰があんなデブ、勘弁してよ、、、そんなことをとりとめもなく話す。
「今度、映画でも見に行こうか。」と誘ったのは僕の方だった。
来るはずがないと軽い気持ちだったのに、うん、いいよと彼女。
いつがいいかしら、来週は土曜日シフト入ってんのよね、日曜日にしようか。
観た映画はスティーブン・キング原作のホラー映画だった。タイトルもストーリーもまるで覚えていない。そもそも観たい映画なんてなかった。口実なんだから。
映画の途中で彼女は僕の手を握ってくる。僕も握り返す。
映画館を出たあと僕たちは、映画の感想なんて一言も言わずにホテルへ向かった。

それから数ヶ月のうちに幾度か、おそらく4回か5回、僕たちは密会を重ねた。
その間に配送エリアの担当替えがあった。
僕は彼女の体をむさぼったけれど、愛しているとか深い感情があったわけではなかった。ただただ満たされない何かをぶっ飛ばすみたいに彼女を抱いた。この女が本気になって、旦那と別れて結婚しようなんて言い出したらどうしようか、なんて内心思いながら、激しく抱いた。そんなことどうでもいいや、今楽しければそれでいい。それでいい。それでいい。

今思えば、どこかで道を誤って途方もない荒野へ出てきてしまったような感覚だったのだろう、という気がする。宝物を探して旅に出たら、いつの間にか道に迷ってしまって、気がつけば無人の荒野でひとり。食うものがなけりゃ食べられるものならなんだって食うし、寝るところがなけりゃボロ小屋でだって雨露がしのげるならありがたい。目指していた宝物のありかを追い求めるどころか、命をつなぐのに必死。

その頃出たトム・ペティのソロ・アルバムの1曲目に“Free Fallin'”という曲があった。
フリー・フォーリン。自由落下。
物理の用語で、物体が空気の摩擦や抵抗などの影響を受けずに、重力の働きだけによって落下する現象のことだ。遮るものもなく底なしにどこまでも落ちていく、という感じだろうか。


その日、彼女は待ち合わせの時間に来なかった。
どうかしたんだろうか、なんて彼女を気遣う気持ちなど持ち合わせていなかった僕は、遅れてきた彼女をなじった。
実はね、急に旦那が仕事だって出掛けてね、どうしても子どもたち置いてこれなくて連れてきてるの。向こうの喫茶店で待たせてるの、ごめん。
はぁ?子連れでデートなんてできるわけないやろ。何考えてんねん。帰れよ。子ども連れてさっさと帰れ。
それが彼女と会った最後だ。

ひどい男だ。
どうでもいいんだよ、どうにでもなればいい。
どうせいつかはここを出ていくんだ。
どうにでもなればいい。


僕は悪い男
彼女のことを恋しくもない
僕は悪い男
彼女の心を粉々にした

堕ちていく
僕は堕ちていく
奈落の底までまっ逆さまに
僕は堕ちていく

しゃがれた声で、トム・ペティが歌っていた。
フリー・フォーリン。


“Free Falling” Tom Petty

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Full Moon Fever / Tom Petty



♪橋の下 ー宇治川橋26才ー

「これ、いけそやな。」
「だいじょうぶでしょ。」
「3万、山分けな。」
前輪にロックがかかっているけれど、前輪をひょいと持ち上げればバイクはするすると動く。
ロックはあとでぶち壊す。
プレートは工具を使えば簡単にはずせる。

その時だ。
「オイッ!何しとんねん!」と叫び声。
続いて、
「タカっさん、やばいよ。逃げよう!」
と、ヒロユキ。
2階のベランダから若い男が何か叫んでいる。
僕たちはその場に運び出しかけていたバイクを置いて、トラックに乗り込んだ。
「やばいかな、ナンバー、控えられてない?」
「何も盗ってへんもん、大丈夫や。でもな。」
「ん?」
「この仕事、ヤバいよな。やっぱり。タケイの言うようにうまいことはいかんわ。」
「現場で地道に働いて得る報酬の方がまっとうかもな。」

そもそもは、同じ現場で働いていたタケイが持ってきた話だった。
なんでも、中古のバイクを回収すれば、あるおっさんがそのバイクの価値に応じて買い取ってくれる、という話。キャリー付きのトラックは貸し出してくれる。通勤する必要はなく、トラックは自宅に乗って返ってOK。ただし、ガソリン代は自分持ち。
「儲かるよ、けっこう。カブなんかだと1台で3万。一時期さ、原チャリってみんな持ってたやん。でも、今は乗らんようになってるのって結構家にあって、むしろ処分に困ってるらしいよ。ま、安いのもあるけどな、それでもこないだもちょっと2時間ほど流しただけで5台回収できて、ざっと2万ちょっとになったし。そんなおいしい仕事したら、現場であくせく土方なんかやってられへんで、思わん?」
「そんな中古のバイク回収して、どないすんねやろ。」
「修理して、東南アジアとか中国に売るらしいで。あっちの方、今だんだんと文化的になってきてるやろ。自転車からバイクに変わってきとんねん。日本人と違うて、ボロでも乗りよるから、あいつら。」
「なるほどな。需要はありそうやな。」
「紹介したんで。人手もっとほしいっておっさんゆーとったし。」

と、そんなことで、僕はタケイの話に乗った。
いっしょにバンドをやっていたヒロユキもその話に乗ってきた。
ところが、だ。
流しても流してもいっこうに声がかからない。
「今日、ボウズやで。5時間くらい流したけど。」
「スピード早いんちゃうか?」
「いやー、かなりスロウ。」
「ほんなら、回る地域が悪いねん。じいさんばあさん多いとこの方がええわ。息子が昔乗ってたとかな。」

「あかんわ、今日も。声かかったと思うたら、金にならん奴ばっかりや。」
実は、バイクにも金になるのとならないのがあった。スーパーカブは3万、メットインできるタイプは1万とかなのだけど、メットインではないタイプは逆におっさんに処分費用を払わないといけない。
要は、買い取りますと宣伝して流しながらも、費用がかかるタイプについては逆に顧客から金を貰ってこないといけないのだ。
「あぁ、これはね、回収対象外なんですよ。もし邪魔にしてはるんやったら5000円で処分しますよ。」とかなんとか言って、おっさんに払う処分費3000円との差額でなんとか儲けなければいけない。もちろん買い取り額も言い値でOK、カブを1万円が相場だとかなんとか言って買い取ってこれれば、差額2万が収入になる、という仕組み。
これが結構難しい。
費用がかかると言った途端に「じゃあええわ。」なんて反応がほとんどで。
それでもなんとかコツを覚えて、ガソリン代くらいは儲かるようにはなってきたものの、日当としては明らかに現場で働いているほうが確実に収入になる。

「やっぱり、どーもうまいこといかんわ。」
「しゃーないなぁ。取って置きの手、教えたろか。」
「え、どないすんねん?」
「まずは、マンションとかの駐輪場で金になるバイクの目星をつけて、回収しますのチラシをはさむ。で、3日後に再訪問。同じまんまチラシが残っとったら、そのバイクはほぼ持ち主不明や。」
「え?」
「黙って持って帰っても、わからん。」
「それって・・・」
「下手こいたらお縄やで。」

ビビったけど、もはや背に腹は変えられない。
で、タケイの言うようにやってみようとした。
なるほど、難しくはなかった。
実際、持ち主不明で放置したままのものもあったんだろうと思う。ただ、どう考えも正しい行為ではない。


僕とヒロユキは、何とか逃げきることができた。
それから、河川敷にトラックを停めて、橋の下で涼んだ。
向こう岸の橋の下には、ルンペンのおっさんの姿。
「あのおっさん、どんな人生送ってきたんやろな、ああなるまでに。」
「・・・。」
「こんなことしとったら、ああなるんかもな。」
「そやな。」
「おかん、泣くな。」
「彼女もな。」
「俺らには向いてなさそうやな。」

何にもない、橋の下。
最初の会社を辞めて3年目。
いつの間にか、こんなところまで堕ちてきた。
このままこうやって、堕ちていくのかな。
堕ちるところまで、ズブズブと。
それでいいのか?
まだ何にも始まってもいないのに。
そろそろ潮時なのかもしれない。
そろそろ。
川面には、流れてきた空き缶が浮かんだり沈んだりしていた。
やがて、渦に引っ掛かってくるくる回り、沈んでいった。


“橋の下” ローザ・ルクセンブルグ

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ROSA LUXEMBURG Ⅱ / ローザ・ルクセンブルグ


※この物語は、事実にヒントを得たフィクションです。
堕ちるところまで堕ちた気がして、真面目に働きはじめたのは本当です。


♪霧のサンフランシスコ ーゴールデンゲート・ブリッジ24才ー

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サンフランシスコの街は、思っていたより狭かった。
バス・ディーポがあるのは、半島の付け根にあたる南東部の端っこのダウンタウン。そこから中心街が広がり、坂道があって、有名なケーブルカーが走っている。ケーブルカーで丘を越えれば海だ。フィッシャーマンズ・ワーフがあって、シーフードを食べさせるレストランが並んでいて、ストリートでは大道芸人たちがあちらこちらでパントマイムやら手品やらをやっている。周りにはカップルや観光客。老いも若きも思い思いに休日を楽しんでいる。
僕はそのとき24才で、2年と半年少し勤めた会社を辞めてアメリカ横断の貧乏旅行に出ていた。

ゴールデンゲート・ブリッジは、フィッシャーマンズ・ワーフから西へ3、4kmくらいだろうか。ダウンタウンとは反対側、半島の北西側だ。
赤く塗られた長い長い吊り橋。
てくてくと海岸通の道を歩いてゴールデンゲート・ブリッジにたどり着いたのは、お昼をとうに過ぎていた。
橋の東側は金門湾、西側は太平洋、橋を渡ればマリン郡。橋が見える高台で橋の姿を見て一服。なるほど、霧のサンフランシスコと呼ばれるように、もやが立ちこめている。
それから、橋を渡ってみることにするのだが、橋の歩道に入るためには、橋の付け根まで1km以上ぐるっと戻るか、橋のたもとまで降りていって、ビルディングなら7、8階立てにもなりそうな階段をひたすら登らなければならなかった。橋の全長は2700mもあるそうで、とりあえず橋の歩道を歩き出しはしたものの、橋の真ん中までたどり着くまでにすっかり疲れて果ててしまった。
あー、しんど。もうこのへんでええか。
向こうまで渡ったところで引き返してくるだけやしな。

そのときだ。
向こう側から、男がけっこうなスピードで走ってきた。
青いシャツに赤いタイツ。背中にマントをなびかせている。
え?スーパーマン?
いや、そんなはずはない。
コスプレか?
男は僕のそばまで駆け寄ると、笑顔で手を上げ、そしてそのまま欄干に足を掛けてその上に上り、仁王立ちになった。
「Ha,Ha,Ha,Ha,Ha!Hello!」
と大きな声で笑う。
「Hey,Boy!Come on with me!」
え、なんだこれ?
ドッキリか?
そんなはずはない。
この男は?
僕がうろたえていると、男は僕に敬礼をし、海の方を向き、両手を高く上げる。
そして、大きく深呼吸をしたあと、海に向かってジャンプした。

僕はただ呆然と男を見送る。
海に架かる橋の上。
とても強い風。
男は波しぶきを上げて海に消えた。




・・・という話を、サンフランシスコのユースホステルで知り合った男から聞いた。
ゴールデンゲート・ブリッジは有名な自殺の名所だったらしい、ということを僕はそのとき初めて知った。
男は、自分の人生を最後にドラマチックに仕上げたかったのか。もはや正しい判断などできないほどに心に深い闇を抱えていたのか。

ゴールデンゲート・ブリッジの自殺者は累計で1500人を越えるのだそう。これは死体が回収された人数であって、実際はもっと多いと言われているらしい。
自殺防止のため長い間、防御ネットの設置などが要望されてきたものの、景観を損ねるなどの理由で実現していなかったが、ようやく着工させるそうだ。
完成は2018年。今は自殺防止の呼び掛けのポスターがあっちこっちに貼られているそうだけど、思い詰めて自死を選ぼうとしている人に、果たしてどんな言葉をかければ思い止まらせることができるのだろうか。

“Now I know, I should have never walked over the bridge I burned”って、エルヴィス・コステロが歌ってる。
燃やしてしまった橋は二度と渡れない、って。


“The Bridge I Burned” Elvis Costello

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Extreme Honey / Elvis Costello



♪Some Guys Have All The Luck ー三条大橋18才ー

「あーあ、やっぱり1こでも年上の方が、頼りがいがあるように思うんかねー。」
そう言いながら、スミトが川へ石を投げる。
京都・鴨川・三条川原。
その年の春、僕らは大学に入学して京都へ来た。
メグちゃんはクラスのマドンナ的存在で、僕もスミトも、好きとかつきあいたいとか思うほどではないにせよ、漠然とした憧れを抱いていた。
そんなメグちゃんに彼氏が出来たと聞いたのは秋になってしばらくたった頃。男は同じクラスの、浪人して入学したひとつ上の男だった。
居酒屋へ行く金もない僕たちは、バイトが休みの木曜日、缶ビールを買って川原でへたりこんでひとしきりボヤく。
「あんな奴のどこがええんやろうなー。たいして男前でもないし。」
「わからん。多分、女の子には優しいんちゃう。」
「パッと見、しっかりしてるように見えるんやろな。」
「そんなに骨のあるタイプでもないけどな。」
「女って、男のどこ見てるんかね。」
「めっちゃ男前とかさ、めっちゃ金持ってるとかさ、そーゆー奴ならまぁしゃーないって思えるやん。でもなぁ、あいつかぁ?って感じするやん。ワケわからんな。」
「逆に、頼りなさが母性本能をくすぐるとか?」
「その感覚は、まったくわからん。」
「とりあえず凹むなぁ。あいつやったらお前のほうがましやで。」
「まし、って(笑)。」

だんだんと日が暮れてくる。握りつぶしたビールの空き缶が4本、5本、空になったポテトチップスの袋。
気がつけば周りはカップルばっかり。
この三条大橋のたもとは、誰でも知っているデート・スポットなのだ。
夕方からちらほらとカップルたちが川に向かって座りだし、やがてそのカップルとカップルの間にひとカップル、またそのカップルとカップルの間にひとカップルと、等間隔で距離が詰まっていくことでも知られている。
時間が立つに連れてどんどんと居たたまれなくなっていくむさくるしい凸凹コンビの野郎二人。
「俺、大学に入ったらすぐにかわいい彼女ができると思ってたんやけどなぁ。」とスミト。
「大学生って、もっと華やかだと思ってたよなー。」と僕。
「かわいい彼女ができてさ、その娘といっしょに銭湯に行くのが憧れだったんだよ。『神田川』みたいな、あーゆー感じで。」
「貧乏なとこだけやん、いっしょなのは。 」

1980年代半ば。時代はバブル突入期。
マル金マルビだとか、軽薄短小だとかそういうのがもてはやされた時代。高校時代に聖子ちゃんカットだった女の子がいきなりワンレンボディコンに変身したりして(笑)、今じゃ当人にとっても笑いのネタになるような黒歴史なんだろうけど。金も車もセンスもない僕たちは、本命どころかアッシーメッシーにすらなれなかった。

「そういうのは望まんけどさ、せめて在学中に、この川原へ彼女と来て、いちゃつきたいよなー。」
今思えば、そんな飢え丸出しのギラギラした男に女の子たちがよりつくわけもないんだけど。

何もかも思うようにいかず、どうしていいかもわからず、ただうだうだするしかなかった18才。
まだまだ自分が何者かもわからないまま、ただただもがいていた18才。
僕らは橋の真ん中から追いやられて、橋の下へ。

「ロッド・スチュワートのあの曲が、今の気持ちになんかしみるよな。」
「あの曲って、どの曲よ?」
「サムガイズハブオ~ザラ~、って奴。去年けっこう売れたアルバムに入ってて、MTVでもけっこうやってた曲で。」
「ジェフ・ベックが参加してたアルバム?」
「それの3曲目。」
「あー、“Some Guys Have All The Luck”な。」
「あの歌の歌詞知ってる?“何人かの男たちだけが幸運を独り占めしてる、残りの奴は痛みだけ。あいつの腕には彼女がいるのに、俺の腕の中は空っぽ。”みたいな感じの、ダメダメ男の歌なんよ。」
「へぇ、そうなんや。てっきりモテモテのロッドが、俺はこんなに幸運だ、みたいなことを歌ってるのかと思ってたよ。」
「そう思うやろ。でもそうやないところがな、ロッド・スチュワートのかっこええとこやと思わん?」
「まぁな。」
「ロッドだって、昔からモテモテってわけでもなかったらしいぜ。少年時代は貧しくて、日雇労働の墓掘り人夫とかいろんな仕事を転々として、小汚い格好で放浪しながらフォーク歌ってたりしてたらしい。」
「それが、今や、金髪のお姉ちゃんをはべらかせるスーパースターか。」
「報われない青春時代を送った奴の方が、ちやほやされてた青春時代を送った奴よりも、打たれ強くて優しくなれる、ってさ。」
「いやぁー、そんな先の事どうでもいいから、今ちやほやされたいよ。。。」

“Some Guys Have All The Luck” Rod Stewart

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Camouflage / Rod Stewart

あれから気の遠くなるような時間が過ぎて。
スミトとは大学卒業以来すっかり会ってないけど、風の噂では大学卒業式してからすぐに出会った彼女と結婚して、今じゃ小さな会社で取締役をやっているらしい。
僕もそれなりに結婚してそれなりの仕事を得てそれなりの暮らしをすることが曲がりなりにもできている。
そしてロッド・スチュワートは、落ち目になったり喉を手術したりといろんな紆余曲折を経て、今も変わらず歌っている。ロッドの歌は今もチャラいけど、その奥に悲しみや慈しみの気持ちが静かに潜んでいることも今も変わらない。



♪鉄橋を渡る ー大和川鉄橋17才ー

「歩いて帰れるんちゃう?」と言い出したのは真人だったか、啓介だったか。
高校2年の僕たちは、家で親となんか正月を迎えてられっかよ、と大晦日に住吉大社へ初詣に行くことにした。夜8時に地元の駅に集合、住吉大社までは電車で30分くらい。
人混みにもみくちゃにされながら、神社の本殿までたどり着いて、なんとかお賽銭を投げて、おみくじをひいて、そこまではまぁよかった。
ひととおりの行事を済ましてしまうと、もうすることがなくなってしまう。まだ午前2時。
当時はまだオールナイトの電車なんて走ってない。コンビニもファミレスもゲームセンターもない。
「なー、どーするー。」
「家まで歩いて帰れるんちゃう。」
「そら、歩けんことはないやろーけど。」
「ここにおってもしゃーないやん。ぶらぶらしてるうちに始発も来るんちゃう。ここにおっても寒いだけやし。」
「道、わかる?」
「電車沿いに歩いていったら何とかなるって。」
そうして僕たち3人は歩きだしたんだ。

最初の30分くらいは順調だった。線路を横目に線路沿いの道路を、くだらないことを言い合いながら歩いた。
が、しばらくすると、線路沿いの道が行き止まりになってしまう。
川だ。
一級河川・大和川。
大阪市内でも淀川に次いで大きな川だ。
川幅は100mはあるだろうか。
道は行き止まりになり、はるか向こうの方に自動車が渡れる橋がかかっている。
「おい、どーするー?」
「あの橋まで行くんかー」
「ちょっと遠そうやな。」
線路の先には鉄橋が架かっている。もちろん鉄道専用。
目の前には踏切があって、踏切からは線路内に入ることができるといえばできる。
「どーせ電車けーへんし、鉄橋渡ろうぜ。」
そう言ったのも、真人だったのか啓介だったのか、それとも僕だったのか。
高校2年生。みんな意気がり盛り。お前より俺の方が度胸がある、とみんな思っている。或いはそう思わせたいと思っている年頃だ。びびっているところは見せたがらない強がりな少年たち。
「そうしよ、鉄橋渡ろ。」
「まじで?もし電車来たらどーすんねん?」
「けーへんって。何や、怖いんか。」
「いや、そーゆーわけでもないけど。」
「あんな向こうの橋まで歩くん、だるいで。ここやったらすぐや。」
「よっしゃ、そーしょ。」

そして3人は線路内に入る。

下が川原のうちはよかった。
突き落とす振りをしてふざけたりしなががら歩いた。
あ、あんまり怖くないやん、って思った。
ところが、川の上に差し掛かると、とたんに風が強い。突風がびゅうと吹く。もちろん真冬の冷たい風。吹き飛ばされそうになる。
足元の枕木と枕木の間には何もなく、その下には真っ黒で冷たそうな川が横たわっている。
数十メートルはあるだろうか。

足を滑らせたら一巻の終わりだ。

そう思いながら一歩一歩枕木を見る。
前を見る余裕がなくなる。

もし、電車が、もし万が一、例えば点検とか車庫入れの回送とか、来たらどうしたらいいんだろう。
飛び込む?無理だ。真冬の川だぜ。泳げない。ってか、何メートルある?
枕木に寝転べば、体の上をぎりぎり電車が通過してくれるのかな。
でももしひかれたら?はねられたら?飛び込むのとどっちが助かる可能性がある?どっちにしても死ぬとしても、どっちが痛くない?
冷たい風が吹き付けているのに、脂汗が出てきた。
いらんこと考えてる場合じゃない、一歩ずつだ。
前を見ると真人がすたすたと渡りきってこっちに手を降っている。後ろから「おーい、待ってくれやー。」と啓介の声。だけど振り返る余裕がない。振り返ったらとたんにバランスを崩しそうで。
一歩一歩、一歩一歩だ。


数分後、僕たちは、放心状態で道端に座りこんでいた。
「よーこんなとこ渡るわ。あほちゃう。」
「まじでびびったわ。正直。」
「電車来たら飛び込むしかないんか、思ったわ。」
「あ、俺も。」
「正月そうそう何しとんねん、って感じやな。」
そう言って笑ったのだけど、心のどこかはまだどこかひきつった感じが残っていたのか、正直うまく笑えなかった。
みんなそうだったんだろう。安心した途端に歩く気力が萎えた。
その時、通るはずがないと決めつけていた電車が向こうからやってくる。始発の駅へ向かう回送電車。
僕らの背中がピキピキと凍りついたのは言うまでもない。

結局僕らは、それから先はほとんど歩けずに、小さな駅で電車を待ち、始発に乗って自分たちの町まで帰った。



今もときどき、電車で鉄橋を越えるときにこのことを思い出すことがある。
一歩間違えば死んでいた。馬鹿だね。
でも、あのときのことは時々役に立ったりもする。
修羅場をくぐり抜けるときは、一歩一歩だ。振り返らず、前を見すぎず、全神経を集中させて一歩一歩。そうすれば必ず乗り切れる。
そう考えると、あまり恐いものなんてないような気がするのだ。


“鉄橋の下で”

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Four Pieces / The Roosterz

音楽歳時記「寒露」

10月8日は、「寒露 (かんろ)」。
秋の長雨が終わり、秋がどんどん深まってくる頃。稲刈りもそろそろ終わり、山の木々の葉は紅葉の準備に入る時期。つまりは秋たけなわ。

本来ならば、そういう心地よい秋を存分に満喫したいのですが、なにぶん仕事が忙ししぎてまるでゆとりがない。
ダメですね、背伸びしてなんでも引き受けられる振りしちゃ(笑)。必死こいてなんとかやりあげても「これくらいできて当然」的な扱いになって、ますます仕事が増える悪循環。挙げ句、なんとか時間取り繕って作った報告文書が風向き変わってボツになるなどのひどい仕打ち。ありえへんで。
それもこれも自分で蒔いた種なのか?
ただね、男ってのは、背伸びしたがるもんなんですよね。いや、女もそうなのか、性別とは関係ないのかもよくわからないけど。

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Vacancy / 柳ジョージ

このレコードは、たぶん人生で一番背伸びしたがっていた、高校生の頃に、とても背伸びして聴いていたアルバム。
なんていうかねー、大人の感傷やロマンがたっぷり詰まっている。
こういう音楽を聴いていると大人っぽくってかっこいいだろ、なんてかっこつけたがっていたんですよね。まるっきりなんにもわかってなんていなかったくせに。
あれから何十回も誕生日を繰り返して、僕も大人になって。
今ならわかる、とは言わないけれど、大人のほろ苦さっていうか、思うようにならない人生と折り合いをつけながら、それでも優しく微笑んでみせるような感覚はちょっとだけわかるようになってきた気がする。
ジョージさんの暖かい声を聴いていると、まるで自分と折り合いのつかない背伸びは火傷の元だけど、それでもやっぱりちょっとは背伸びすることも必要なんじゃないのかな、なんて思えてくるんだよな。
背伸びして、いっぱいいっぱい背伸びして、あきらめた悲しみや届かなかった悔しさが、結局は成長の原動力になったりもするんだから。

あー、もうめんどくさい。心地よい秋をのんびり楽しませてよ、っていう思いと、ちくしょう、もうちょっとだけ、自分の中で納得いくように頑張ってみるかという気持ちと。
揺れ動きながら秋は過ぎていく。
ジョージさんは、歌の中で優しく微笑んでいる。
やれるとこまでやればいいし、ダメならダメでそれもありさ、と。
あぁ、そんなもんだよね。

紅葉は、寒暖の差が大きければ大きいほど、赤く色づくらしい。
今年の僕の葉っぱは、かなり赤くて見頃になるはずだぜ(笑)。


音楽歳時記「秋分」

9月23日は秋分の日。
この日を境に昼の長さと夜の長さが逆転する。
昼間でも暑いと感じる日は減り、朝晩には肌寒さを感じる日が増えてくる。

今年は涼しくなるのが早かったおかげで、秋が長くていいな。
これくらいが過ごしやすくて。
もう灼熱の夏なんてまっぴらだもの(笑)。
清々しい空気に、見上げれば青い空、うろこ雲がさざ波のように空の高いところにある。
秋の空の色って、どうして淡くなるんだったっけ。

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Brothers In Arms / Dire Straits

なんとなくジャケットの空の色が秋っぽい。「秋分」の一枚は、ダイアーストレイツの大ヒットアルバムで。
このほっこりした抜け加減がなんともいいんだよね。
力まず、飄々と。
でもゆるゆるでもなくって、そこには音楽を通じて語りかけてくるどこか芯のある思いというか、経験を重ねたからこその説得力というか、そういうものを感じるのです。
漂う哀愁感も秋っぽいのだけれど、それは単なる悲しみや絶望のトーンではなくって、一歩ひいて穏やかに周りを見渡した上で、大切なことを訥々と語りかけてくる感じかな。
癒されるというか、聴き終わるととても静かで落ち着いた気持ちになって、元気が回復したような気分になれるのですよね。

人生は、夏の盛りを過ぎてからが長い。
力まず飄々と、穏やかに、小さなしあわせ大切にして、短い秋ややがてくる冬を過ごしたいものだと思います。


♪コンディションを整える

おぉっ!しまったっ!寝過ごしたっ!
時計は7時45分。とりあえず大急ぎで歯を磨いて髭を剃って、ミネラルウォーターを一杯。
ちょっと走ればなんとか駅まで間に合う。
9月は毎年のことなんだけど、めちゃくちゃ忙しい。仕事の量が一気に倍になる。その上今年は、産休に入る子の仕事のサポートや、次年度に向けた改革課題の準備云々がそれに輪をかけて、実際かなりへヴィー。立場上そうそう手も抜けないし。
そんなこんなで終電帰りが三日続いたあとの木曜日なんて、寝坊しても当然っていやぁ当然だ。
とりあえず駅まで走って電車には間に合ったものの、超低血圧のハイパー・ロウ状態からいきなり走ったものだから、息が上がる。体に良いわきゃない。

めちゃくちゃ忙しいときにはやっぱり無理するからね。
心や体の声をとりあえずねじ伏せて自分の体を無理矢理動かしてしまわないとミッションをクリアできない。
それはやっぱり疲れることなので、だんだんと無理が溜まる。
心や体が軋みはじめる。
だんだんと物事を感じる力が薄れていって、目の前にある微妙な変化や些細な機微に気づけなくなる。
いつの間にか、とても大変なことを見失ってしまったり壊してしまったりする。
自分の心や体の声を聞くことって、本当に大事なことなんだろうな。
この歳になってくると、能力を高めることへの努力よりも、コンディションを整えることへの努力の方が大切なような気がする。


ここしばらくの癒しのお供、アン・サリーさん。
ちょっと吉田日出子さんみたいな鼻にかかったスモーキーな歌い方が、ぼぉーっとしたい頭に心地よいのです。
朝の電車は、こーゆーレイジーかつビューティフルな音で頭をからっぽにするのがいい。

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Moon Damce / アン・サリー
Peaceful

逆に、帰りの電車は、ちょっとビートのあるものを。
明日のためのちょっとした整理体操みたいなもんかな。
ビート感があって、タフな奴。

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Snap! / The Jam
Going Underground


コンディションを整えて。
自分の心と体を上手にコントロールさえできればね、いろいろあってもきっとだいじょうぶだ。



♪宇宙飛行士

宇宙飛行士になりたいと君は言う。
青い地球を宇宙から眺めてみたいと。
でも、固い宇宙服を着たままで、
どうやって愛し合うの?

肌を重ねて、僕らは離陸する。
無重力になって浮かびあがって、
遠い宇宙の岸辺に打ち上げられる。
ロケットになんて乗らなくても、
宇宙の果てまで行けるのに。





9月12日は「宇宙の日」なんだそうで。

ビートルズの“Across The Universe”。

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Let it Be / The Beatles

◇不思議な羅針盤

うちの職場には喫煙室的なものはなくて、喫煙者は非常階段に置かれた喫煙コーナーで煙草を吸う。
雨の日には雨が降りかかるけど、喫煙コーナーが外にあるおかげで、一日に数回、空を見上げたりその日の気温を体感したりする機会があるのは、秘かにありがたいと思っている。
その非常階段に、蝉の死骸が転がっている。
もうかれこれ3週間以上だろうか。
短い命を生きて、夏の終わりにここで力尽きた蝉。
都会の真ん中の4階なので、アリは登ってこない。コンクリートなので土に帰ることもない。吹き溜まり的な場所にあたるのか風で飛ばされることもなく、ずっとそこにある。
その姿を見ていると、なんだかとても哀れな気がしてきてしまった。
生き物として生きている時期を全うした後は、自然に帰っていくのが本来の姿。
燃やされて水や空気になるか、埋められて土に帰るか、そうやって分解されて自然の一部に戻って初めて、命は循環するのだと思う。

そんなことを思いながら手に取っていたこの本。

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不思議な羅針盤 / 梨木香歩

梨木香歩さんのことを知ったのは、映画にもなった『西の魔女が死んだ』だったのだけど、そのときはちょっと子供向けっぽいかな、って思ったんだ。ただ、押しつけがましくない語り口で、命と自然の関わりについて語ろうとする感じには好感を持った。
この本は、素朴ですっきりした言葉で日々の気持ちが綴られているエッセイ集。
まずは、とても日本語が美しいのです。まるで美しいメロディーを聴くように読んでいて心地がよい。
花や草木に造詣が深く、庭仕事でのエピソードやそこで出会った生き物や自然から感じたことなどの話から、この方がとても自然を軸にした世界観を持っていることが伝わってくる。
自然と対峙するのではなく、自然のうちに自らの心と体を置いて感じたことを、大げさにではなくさらりと、訥々と言葉を紡いでいく。
ある出来事やある発見から、時には深い考察にはまりこんだり、改めてここまでの来し方を振り返って過去の出来事に込められた意味を見つけたり、明日への展望を見つけたり、そんな心の動きが手に取るようにわかる。
そして読後には、何か大切なものをきちんと心に届けてくれる。余韻が心地よいので、一気に読むのではなく、ひとつひとつのお話をゆっくりと味わいながら読んだ。

なんていうのかな、この方の文章は、頭でっかちじゃないんだよね。
文章の向こうに暮らしが見える感じ。
心のアンテナをピンと張って、自分の手や足を使っての丁寧な暮らし。でも自然体で無理することなく、今の自分の状態にいつも気を配って、心や体の声を聞きながら暮らしているような感じがね、とてもいい。

「堅実で、美しい」
「たおやかで、へこたれない」
「近づきすぎず、取り込まれない」
「足元で味わう」
「ゆるやかにつながる」
「世界は生きている」
「スケールを小さくする」
「五感の閉じ方・開き方」
それぞれの章のタイトルだけでも、なんとなく梨木さんの志向するものが伝わってくる。


9月10月は毎年のことではあるのだけれど、めちゃくちゃ忙しくてね。
知らず知らずのうちに心が荒む。日々の過ごし方が雑になる。気分にムラができて、言葉が荒れる。思考が短絡になる。
そんな気分のままじゃいられないときに、梨木さんの言葉はよく効いた。
丁寧に暮らしたいなぁ。
カップラーメンができるのさえ待ちきれなくて、固いまんまとりあえず口に放り込むような生活じゃなくって。
厳選した茶葉をぬるめの温度でじっくりと蒸らしながら香りを楽しんだり、朝から昆布でだしをとって味噌汁を作ったり、小さな畑の一角の雑草をとりながら、毎日少しずつ大きくなっていく実を観察したり、風呂桶に水垢がこびりつく前にゴシゴシこすったり。
そんなことの積み重ねの中から、自分も自分を取り巻く自然も同じ物質でできていて、いつかそういうものに帰っていくんだという安らかな気持ちが生まれてくるのじゃないかしら。
忙しく慌ただしい日々の繰り返しじゃ、自分の中にある茶葉の香りや昆布のだしや小さな果実を見過ごしてしまう。心の内の水垢に気づかないでこびりつかせてしまう。そして、自分以外の人のことにも。

ま、そうはいっても今はしのぐしかないのだけれど。
せめてもの抵抗を、とその時思ったんだな。
夜の11時、誰もいなくなったオフィスで。
非常階段の吹き溜まりに転がったままの蝉の死骸を、ティッシュペーパーにくるんで僕は外に出た。
そして、桜の木の植え込みの下にそっと放してやった。
いつの日か、この蝉も僕も同じになる、そのときのことを思いながら。


音楽歳時記 「白露」

母親が太腿の骨を折って人口の股関節で接合する手術したあと、術後の状況のレントゲンを見せてもらった。
腰から太腿までのアップで、うっすらとボディーラインが写っている。
「やぁねぇ、こんなにお尻がたれて。」
と母。
入院の荷造りを頼まれたときも、まだ立ち歩きもできないのに、外出用のワンピースを頼まれたり、化粧品周りは事細かに指示されたり。炊事や掃除のことはわかるけど、さすがに化粧品には疎いのでなかなか困ったよね。
この歳になってもそういう部分が気になるものなんだな、っていうのは男の子側から見た正直な気持ち。
でもまぁ、この歳っていってもまだ76。兄を産んだときはまだ24、僕を産んだときはまだ26だったんだな。26なんて、まったくの小娘じゃん。母に女を感じたことはないけれど、そんな若い頃に、一生懸命子育てをしていた母を、今は素直に素敵だと思う。
僕は母を、母としての顔しかしらないけれど、女性はいくつになっても女なんですね。
そして、母の目に映る僕たち兄弟は、きっとどこかで若い頃の父と重なりあってきているのだと、そんなことを思う。

さて、節季は「白露」。
白露という節季はあまり耳に馴染まないですが、「陰気ようやく重なり、露凝って白し」という意味だそうで、要は、秋がいよいよ本格的となっていく時期、ということ。
もし季節に性別があるとすれば、9月にはなんとなく女性的な印象があるのです。
気まぐれに日によってころころと佇まいを変えていくのだけど、どこか大らかで、すべてを包み込むようなやわらかさ、そんなイメージっていうか。
いや、正確には逆かな。
大人の女性から漂ってくる匂いが9月のイメージがするから、9月のイメージが女性的なのだ。
言い方を間違えると世間の女性に怒られそうだけれど、つまり、男から見て、大人の女性はみんな、あらゆる努力をして9月に留まろうとしているように見えるのだ。決して嫌味ではなくね。

夏の余韻をほんの少し残しつつ、ギンギラの真夏なんかよりずっと優雅で過ごしやすい秋。
そして艶やかで実り多い秋。
鮮やかにきらめいている生命のほとばしりとしての秋。
自分なりの美しさをちゃんとイメージして心も体も整えようとする女性たちの意思の強さに、男はいつも負けっぱなし、っていう気がする。

優雅で実り多い秋の女性のイメージの音楽といえば、例えば矢野顕子さん。

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峠のわが家 / 矢野顕子

「夏の終わり」とか「海と少年」とか「ちいさい秋見つけた」とか、ちょうどこの季節っぽい曲もたくさん入っているこのアルバム。「David」や「Home Sweet Home」のようなやわらかい曲の一方で「そこのアイロンに告ぐ」とか「おてちょ。」みたいなアバンギャルドなジャズ寄りの曲が違和感なく並んでいたり、自身のアイデンティティーの宣言のような「The Girl Of Integrity」みたいな曲もあったり。
ほんわりと包み込んでしまうような母のような音のやわらかさ温かさと、思い立ったらやれるだけやっちゃうわ的な自由さ、奔放さ、それを支える芯の部分での自分への確信の強さ。
決してグラビア的な意味では美人ではないけれど、この方の美しさは年を重ねてもまるでかわらない。そもそもが誰かに媚を売ったセクシーさじゃなく、人としての魅力からにじみでる女らしさが素敵な人だからかな。
そして、ある程度の年齢を重ねた女の人から感じる美しさも、そういう類の美しさなのかな。
優雅、うん、日本語で言うとちょっとニュアンスが違うかな、いわゆる英語で言うところの“グレイス”。そういう美しさ。
そういう美しさはきっと年齢とは関係なく、衰えないんじゃないか、と。

まぁ、とにもかくにも「白露」。
まだまだ暑い日もありながら、日ごとに和らいでゆく日差し、日ごとに高くなってゆく空。
夜にもなれば涼しい風、虫の声。
優雅な秋を楽しみたいね。


♪ミサイルよりも恐いもの

熊が、夜な夜な畑を荒らしに山から降りてくる。
畑だけじゃなく、鶏が襲われたりする。
村人たちは、罠を仕掛け、猟銃を手にして、狂暴な熊を殺す算段をする。
だって、相手は話が通じる相手じゃない。
黙って襲われるわけにはいかないだろ。
だけど、そもそも熊が山を降りてくるのは、人間たちが山を荒らしたから。
食べるのに困った生き物は、餌を得るために、狂暴化する。生き残るために狂暴化する。

あんな危険な隣人は放置しておけない。
そもそもあいつらは頭がおかしい。
ほっといたら殺られてしまうかもしれない。
殺られる前に殺ってしまえ。
あいつらを叩き潰せ。

ミサイルも恐いけれど、そういう考え方がどんどん当たり前になっていくのはもっと怖い。

狂暴化した熊を一頭殺ったところで、山そのものが豊かにならなければ、きっとまた次の暴れ熊が現れる。
それとも、山の熊を根絶やしにすることこそが正義なのか?
歴史は勝者の側から書かれる。
反逆者にされた側の論理には誰も耳を貸さない。
そういう論理で根絶やしにされかけた経験から、山を豊かにしようと誓った先人たちの反省は、もはや年寄りの戯言と葬り去られてしまうのか。

武器を持って戦うことがどうしても避けられないことはあるのだと思う。
けど、それは本当にやむをえないどうしようもない場合にのみとらざるを得ない非常手段であって、武器を持つものはそのことをよく理解していかなければならない。
力の誇示のために武器を使うものは、その力に復讐される。まして隣人を力でねじ伏せようとするものこそ、やがてその力故に滅びるものだ。
なんていうネイティブ・アメリカンの格言があったかどうかは知らないけれど。

あんな危険な隣人は放置しておけない。
そもそもあいつらは頭がおかしい。
ほっといたら殺られてしまうかもしれない。
殺られる前に殺ってしまえ。
あいつらを叩き潰せ。

ミサイルも恐いけれど、そういう考え方がどんどん当たり前になっていくのはもっと恐い。

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Voice Of America / Little Steven

I am a Patriot

ブルース・スプリングスティーンの右腕、リトル・スティーヴンが歌っているこの歌。
パトリオットというと追跡型ミサイルを連想してしまうけど、愛国者という意味。
ただ、この愛国者という言葉も誤解を招きやすい。誰も否定しにくい考え方であるだけに政治的な言葉として利用されやすい。
党派やイデオロギーではなく自分の生まれた国を愛する気持ちを、スティーヴンははっきりとこう歌っている。

俺は共産主義者じゃない
俺は資本主義者じゃない
俺は社会主義者じゃない
俺は帝国主義者じゃない
俺は民主党員じゃない
俺は共和党員じゃない
俺が知っている党はただひとつ
それは自由

世の中がキナ臭くなると、誰も反対できない正しさにかこつけた論理の飛躍で、それを自分たちの党派の主張に取り込もうとする人たちが出てくるのには注意しておきたい。



音楽歳時記「処暑」

処暑とは、つまりは暑さの止まる処。昼間はまだ暑い日が続くけれど、朝晩には涼しい風も吹きはじめる時期なのだそうだ。
現実は、まだまだこれからが残暑、という感じではあるけれど、ピークは越してるという実感もあり。

過ぎていく夏を思えば、少しだけ感傷的な気分になる。
とはいっても、夏らしいことなんて何にもしなかったけれど(笑)。
秋は深まるけど、夏は過ぎていくものなんだね。
なんとなく感傷的な気分によく似合うのは、ロイ・オービソンの甘い声だ。

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Mystery Girl / Roy Orbison

この甘い声がたまらないんだな。
過ぎ去っていった思い出を拾い集めては慈しむような。
そんなことを思いながら、夏の思い出を思い返してみる。
子供会の野球の練習や盆踊りが嫌いで泣いて嫌がった小学生の頃。嫌々行った盆踊りでもらう子供じみた駄菓子のセットが大嫌いだった。
塾をサボって好きな女の子の住むマンションの部屋を坂の上からただぼぉっと眺めていた中学生の頃。もやもやとした思いをどうすることもできなかった。
毎日がアルバイトに追われてクーラーのない部屋で流れ出る汗をタオルで吹きながら缶ビールを飲んでいた大学生の夏や、2tトラックにどっかり積んだパンを、汗まみれになりながらスーパーへ納品しては、八百屋あがりの息の臭いスーパーの店長に説教を食らっていた夏、汗だくになって工事現場で天井用の石膏ボードを何百も何千も運び続けていた日雇い労働の夏。
あら、ろくな思い出がないじゃないか(笑)。
いや、そんなことばっかりでもなかったはずだ。
小学校の裏の田んぼで友達といっしょに夢中になってザリガニ釣りしたり食用ガエル捕まえたり、田舎の親戚の家で花火大会したりお墓で肝だめししたり、部活の合宿なんてのも夏だった。部活も練習も少しも楽しくはなかったけど、家を離れて夜更かしするのは楽しかったよな。船で丸二日かけて行った沖縄の海とか、バイト明けに仲間たちと一晩中車を飛ばして行った鳥取砂丘で見た夜明けとか、つきあっていた彼女と訪れた夏の終わりの海辺とか。それから、別れ際にドキドキする思いを抑えながらなんとか引き留めた彼女と交わしたキスのときめきとか。
いずれにしても夏の思い出は、どこかせつない。ほとんど苦くてときどき甘い。
まぁ夏に限らず思い出というものはそういうものなのかも知れないけれど。

少しだけ涼しくなりはじめた夏の夜風と、甘くせつない思い出とロイ・オービソンはとても相性がいい。
苦い思い出だって、いつか透き通っていって、ソーダ水みたいに甘くなっていくものさ、とロイ・オービソンがせつない声で歌う。
まだまだ暑いじゃん、なんてボヤいてはみても、遅かれ早かれ夏は過ぎていくのだ。
そういうものだよね、と一人頷きながら、僕は缶ビールを開けてタバコをふかす。

California Blue / Roy Orbison




♪天架ける橋

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天架ける橋 / 古謝美佐子

「橋」というイメージで思い出していたのがこのレコード、初代ネーネーズだった古謝美佐子さんの初めてソロ・アルバム「天架ける橋」でした。
CDのブックレットの扉には
“天の川 橋渡らせば その上へ
ゆもい渡らさむを 秋にあらずとも”
という万葉集の大伴家持の歌が書かれている。

タイトルの「天架ける橋」だけではなく、橋をテーマにした歌がいくつか収められていて。
「橋ナークニー」は、思い人に会うために橋を架けて渡りたい、という恋の唄。
「夢かいされ」は、夢の中ならば一足で橋を渡っていけるのに、とか、思い出の橋を渡って結ばれたい、といった歌詞が並ぶ。
少女の頃に遊郭に売られた経験を持つ詩人、吉屋チルーさんの詩にメロディーをつけた「恨む比謝橋」という唄もある。嘉手納町にある比謝橋にはチルーさんの歌碑があるのだそうだ。
そして「天架ける橋」は、亡くなった母親に捧げられた歌だ。
先立った夫が天に舞い戻る母親に手を差し出しともに橋を渡る。残された子供たちの上に光が降り注ぐ、そんなイメージの歌だ。

隔てられた二つの世界に、互いを必要とするにも関わらず距離的に、時間的に、或いは精神的に引き裂かれてしまう人たち。
その世界に、ある限られた時間だけ橋がかかる。
そういう物語の構造というのは、古今東西誰もが考える普遍的な発想なのだろうな。
それは、それくらい、会いたいと願っているのに離れて暮らしている人々がいつの時代にもどこの国にもたくさんいた、ということでもあるのだと思う。

ある程度の複雑な生き物はみな、個別の個体という枠で自分自身である領域をはっきりと持っているにも関わらず、性は二つに分かれ、異性の存在がないと子孫を残すことができない仕組みになっている。
そのことが、独立した個体であるのに別の個体の存在を必要とする性質を作りあげてきた。その二つの個体を出会わせるイメージとして「橋」というものがとてもイメージしやすいのだろうか。
「橋」というのは、離れた二つの場所を繋ぐもの。でも、二つを統合したり混ぜ合わせたりはしない。行き来を可能にするだけだ。
って、何が言いたいんだか(笑)。

古謝美佐子さんの声には、そういうある意味哲学的っぽいようなことを考えさせ思い起こさせるような普遍的ななにかがあるような気がするんですよね。
この人の声、この人の歌は、遠い土地に住む違う文化を持つ人たちにもじゅうぶん届くのではないか、と。
例えばRCサクセションの音楽は、もちろん大好きなんだけど、ある時代のある世代の日本人にしか響かないんじゃないかと思う。或いはストーンズにしろビートルズにしろ、今生きているすべての地球人に響いたとしても、300年前、500年前の人に響くとは思えない。
でも、古謝さんの歌ならば、アフリカでもインドネシアでもアイルランドでも、そして例えば鎌倉時代や平安時代の人たちにも響くんじゃないか、場合によっては、鯨や牛や犬や猫にも何かを感じさせるんじゃないか、と。つまりは、惹かれあうもうひとつの個体を求めあう生き物になら、誰にでも。
その源はなんだろう。
愛?愛の源にある、誰かを求めたくなる気持ち、その奥にある、ひとつの個体として生きて死んでいくことの孤独。だからこその限定的な生命を慈しむ心。

思春期の頃、よくそういうことを考えたけれど、その頃とはまた違う次元で、そういうものに今改めて少し興味がある感じ。


♪子どもの頃に遊んだ川に架かる橋

「橋」というものの記憶の最初は、この出来事だったと思う。
今も実家がある小さな町のはずれに架かっていた橋、まだ舗装されていなくって土だったんだよね。きっと木造だったんだろうな、車が通るたびに土煙りがあがって、橋がどすんどすんと揺れるんだ。
3才くらいだったのか、5才くらいになっていたのか、僕は母が運転する自転車の後ろにまたがっていた。足を車輪に巻き込まれないように大きく足を広げていなさい、って言われたにもかかわらず、何があったのかな。何かに気をとられてよそ見をしていたんだろう、突然ぎゅぎゅぎゅって音がして、体が熱くなって、見ると僕の足首が車輪に飲み込まれて、母が慌てて引っ張り出すとくるぶしのあたりが傷だらけで血がじわじわっとにじみ出てきていて。
痛くはなかったな、何が起きたのかよくわからなかった。
すぐ診療所へ連れていかれて、ピリピリ染みる黄色い液体で消毒されて。
母がそのとき何を言っていたのかとか、全然覚えていない。
ただ、どすんどすんと土煙りを上げて揺れる橋の景色だけをやたらと覚えている。

橋の下に流れている川は小さな川で、子供の頃よくその川で遊んだ。
魚をとったり、潜ったり、空き缶を流してレースをしたり、発泡スチロールの船を浮かべてそれにめがけて石を投げたり。
川原にはいちじくの木があったり、すいか畑があったりして、その実を勝手にいただいたこともある。
向かいの川岸には、火事で焼けたホテルの跡地が取り壊されずにあって、小学生にとってはかっこうの冒険の場所だった。

子供の頃はわりと本を読んだり絵を描いたりばっかりしていたと思っていたのだけれど、わりとやんちゃな子供だったんだね、今思えば。3つ上の兄にくっついて、兄の友達にそういうところへよく連れていってもらったんだったのかもしれない。

先日実家へ行ったときに、その橋と川へ行ってみた。橋はもちろん鉄骨のものに架けかえられている。それでも車が2台ぎりぎりですれ違えるくらいの小さな橋だった。
自分で思っていた以上に小さな川だった。
夏草がぼうぼうに繁っていて、子供なんて誰も遊んでいなかった。

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子供の頃のぼんやりとした記憶を歌った歌。
ザ・ブームの「釣りに行こう」。

大人になってもう一度あの川へ戻れば、まだたぶん君は昼寝の途中。
自転車の後ろで泣いていた少年も、きっと今もどこかにいる。

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◇橋をめぐる物語

川が流れる風景を見ているとなぜか落ち着くのは、うお座生まれのせいか、それとも誰でもみんなそうなのか。
普段の暮らしでも、どこかへ旅行へ行ったときでも、なんとなく川のある風景を眺めたくなります。
そしてそこに橋があると、景色がより立体的になっていい。
というわけで、橋の話。

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橋をめぐる物語 / 中野京子

中野京子さんのこの本は、古今東西のいろいろな橋にまつわるエピソードが、短いながらも端正な文章で綴られたもの。西洋文化史に造詣が深い中野さんならではの中世ヨーロッパの橋はもちろん、日本やアメリカの橋、大きさも形も時代も様々で、歴史的に大きな意味をもった橋、絵画や小説に書かれた橋、恐ろしい言い伝えのある橋・・・などなど、テーマごとに奇・驚・史・怖と章が分かれている。

橋とは、ふたつのものを「つなぐ」場所であり、「渡る」という行為が人生の転機を象徴するものなんですね。
また、人生が交差する場所であり、此岸と彼岸と繋ぐ所。
あちらに渡れるなら、あちらからもこちらに異界のものが渡ってくるという意味でも怪しく危うい場所でもある、と。
深いなぁ。
橋は比喩でもいろいろ使われます。
「危ない橋を渡る」とか「後戻りできない橋を渡った」とか「人と人との橋渡しをする」とか。
実際50年の中ではいくつか危ない橋や後戻りできない橋を渡ってもきたし、きっとまだこれからもいくつかの橋を渡っていくことになるんだろう。
英語には“Don’t cross the bridge until you come to it.”、橋に来るまでは橋を渡るな、ということわざがあって、要は先のことを取り越し苦労するな、ということ。橋に来たときに決断すればいいのだ。
「石橋を叩いて渡る」という言葉もあるけど、橋を渡るたびに叩いてたんじゃきりがない。渡ると決めたらエイヤァーって渡っちゃいたいですね。


音楽歳時記 「立秋」

朝からとても蒸し暑いのは台風の影響だろうか。
青い夏空と入道雲。
朝のうちから父のお墓へ行ってきた。
しばらくほったらかしにしていたせいで、夏草が生い茂っている。
幸い夕べ降った雨のお陰で土はやわらかく、草は抜きやすい。
この世への道を照らすというほおずきの入った仏花を供えて、お線香をあげて、蝋燭を灯して。

お墓は実家から車で30分もかかる山の中。
正直めんどくさい。自分がこの墓に入ることはイメージできないし、娘がここへ墓参りに来ることも想像できない。罰当たりを覚悟で言うと、そもそもあの世だこの世だということすら信じてはいない。
それでもお墓参りへ行くのは、まぁ故人への礼儀ということ、それから、母の思いの代行。
先月に脛椎の手術で退院したばかりの母から明け方に電話があったのは先週のこと。ベッドから起き上がるときに転んで動けない、と。救急車を呼んで緊急病院へ搬送、症状は右大腿骨脛部骨折。先週木曜日に手術を終えた。
「動かれへんなんて、年取るとこんなことになるんやなぁ。いっそ転んだまま電話せんかったらあっさり向こうへ行けてたかもしれん。」
「そんな、骨折くらいで死ぬかいな。」

そんな冗談を言っていたことすら、いつか思い出になって、そんなことを思い出しながらお墓に手を合わせる日が来るのだろう。
お墓参りというのは、結局のところ、その一連の儀式的なプロセスを経ることで故人を思い起こすためにあるのだろうな。
と、そんなことを思う程度には僕も大人になったようだ。

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Indigo Munch / 山弦

“夏の思い出”や、はっぴいえんどの“夏なんです”、サイモン&ガーファンクルの“アメリカ”など、繊細なギターの音色に、穏やかな気持ちになる。

暑いけど、静かな夏。
少しずつ盛りを越していく。
明日は立秋。




♪夏の朝にキャッチボールを

今年の夏はわりと雲空続き。
暑いのはしんどいけど、どーせ暑いならスコーンと晴れた青空が見たいですね。

夏のよく晴れた朝に聴きたくなる一曲。
ハイロウズの「夏の朝にキャッチボールを」。

元々はマーシーが、川村カオリさんに提供した曲だったんですよね。

夏の朝にキャッチボールを / 川村カオリ

いいよなー。
シアワセになるのには別に、誰の許可もいらない。

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Banbita / 川村カオリ

このアルバム、かっこいいよ。
I Love R&R BandとかSuper Special Monkey Magicとか、サイコーに楽しくてかっこいい。

こんなに元気な歌を歌っていた人が今はもうこの世にいないって、なんだかせつないね。

♪ぼうずあたま

毎日暑いっすね。

お会いしたことのある方はご存知ですが、僕のヘアースタイルは「ぼうずあたま」です。
ぼうずにしたのはかれこれ5年前の夏の日。
あまりにも暑くて、髪の毛がうっとおしくって。
いいよー、ぼうずあたま。
直射日光があたると暑いんじゃないと言われるけど、意外とそうでもない。
むしろ涼しい。
顔を洗うみたいに冷たいタオルで頭皮ごと拭き拭きしたり、あたまから水ぶっかけて冷やしたりできます。すぐ乾くしね。
あまりにも便利なのでそれ以来はまってしまって、今はバリカン買って自分で剃ってます。

暑さ以外のもうひとつの理由は、、、要は毛髪量の減少という現象が発生してきたため。
中央のてっぺんがね、伸びないんだ。父親は額から禿げ上がっていくタイプだったので安心してたんだけど、てっぺんがどんどん減っていく。伸ばしても両サイドばっかりが伸びて、むしろてっぺんの薄さが目立つんだよね(笑)。いわゆるカッパ的な。誰に似たんだと思ったら、母方のじいちゃんがつるっぱげだった(笑)。

毛髪というのはやはり気になるものでね。
だからって、いわゆるアー◯ネイチャーやら◯デランス、或いはなんとか増毛なんていうのをやろうとは思わない。人それぞれなんでそういう人を否定はしないけど、個人的にはなんか、カッコ悪いんじゃね、と思うんですよね。人工的に隠すっていうのがね。
ありのままで何が悪いよ、と。
で、思いきって剃ったらすっきりして気持ちよかったんだ。高校の頃はぼうずを強制されるのが嫌でスポーツ系の部活には入らなかったくらい嫌だったのに、剃ってみるとちょっと中学生の頃の自分に再会できてなかなかかわいいやん、と思ったり。

元々「頭を剃る」という行為には、社会から離脱するような意味があるようで、なるほどそれで坊主や囚人は頭を剃るわけだな。だったら尚更パンクでブルースっぽくてええやんか、なんて思いつつ今に至るわけです。


さて、日本で一番かっこいいぼうずあたまといえば、ヒロトさん。

「人にやさしく」を初めて聴いたときは、ゾクゾクするくらい衝撃的だった。
で、アルバムもすぐに買って、当時バイトしていたレンタル・レコード屋で大音量でガンガンにかけまくってた。
1987年、もうハタチも過ぎていたから人生変わるほどのめり込むところまではいかなかったけど、中学生高校生の頃だったら神様級にめちゃくちゃはまってただろうと思う。

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The Blue Hearts / The Blue Hearts

これは、ぼうずあたまとは関係のない、単なる仕事上のぼやきなんだけど、昨日ある商品トラブルがあって、夕方遅くに発覚したんだけど、その日いた10数名で残業して利用者に電話を掛けたんだ。
いわゆる部署のトップの偉いさんたちは、電話掛けないんですよね。腕組んで見てるだけ、まぁ先に帰らなかっただけましなんだろうけど(笑)。
僕が偉くなることはないんだけど、もし偉くなるようなことがあっても、「俺も掛けるわ。」って言えるようでありたいな、って思ったな。
ブルーハーツの音楽は、そういう気持ち、一番厳しい場所にいる思いを思い起こさせてくれる。悔しくて泣きそうな気持ち、こういうことされたら自分だったら悲しいよね、という気持ち。
人として大切にしたいこと、底辺からの景色、そういうことを忘れない大人になりたいよね。
そういう意味でも、ブルーハーツがいつまでも心に響くようでありたいよね。


♪白桃

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母親は岡山県の小さな村の出身で、僕も小さいときには田舎には何度も連れていってもらいました。
おばあちゃんが母親を「カズちゃん」と娘扱いするのがなんとも不思議な感じがしたのをよく覚えています。
母は小さい頃からおいしい桃を頂いていたようで、今も桃が大好き。でも缶詰めの桃は絶対に食べないのです。つまり「あんなのは桃じゃない。」ということらしい。

職場で休憩時間に母親の入院退院の話をしていたときに、岡山県出身の同僚に話していたら、先日その同僚から桃をいただきました。
「どかっと送ってもらったから、お母さんに。」
そういう心づかいって、ほんと嬉しいよね。

昨日、実家に帰って、掃除やら洗濯やら風呂洗いやらを手伝って、それからその桃をいただきました。
手間隙かけて子供を育てるように大切に育てられたんだろうな。傷がつかないように優しくくるまれて岡山から運ばれたんだろうな。
香りよく、たっぷりとみずみずしく、しっかり甘くて、でもしつこくないさわやかさ。
たくさんある農作物の中でも一番愛情がこめられた果物かもしれないね、桃。


桃にまつわる歌で気分にあうのがなかったので、なんとなく感傷的な夏の歌を。

「花のように」 松たか子

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Five Years Singles / 松たか子


♪きゅうり

この季節にうまいもの。
きゅうり。
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妻も娘もあんまりきゅうりは好きではないみたいで、あまり我が家の食卓に登ることはない。「あんなもん、水ばっかりで栄養ないし。」なんて言われている始末で。
でも、好きなんで、たまに自分で買って帰ったりする。
おっさんが一人できゅうり二本だけ持ってレジに並ぶ。ちょっと奇妙な光景(笑)。

老後に家庭菜園をやりたい、なんて夢はないのだけれど、きゅうりだけは作ってみたいな。
毎朝もぎたてのとげとげのきゅうりを収穫しては、ポリポリかじるのだ。
今日はマヨネーズ、明日はもろきゅう、或いは塩昆布ともんで簡単浅漬け。
あー、きゅうり。


きゅうりにちなんだ歌なんてあったっけ、と思ったら、あった。
エコー&ザ・バニーメンのアルバム「Ocean Rain」の中の一曲、“Thorn Of Crowns”。

幻想的な雰囲気の中で、イアン・マッカロクが
C-c-c-cucumber
C-c-c-cabbage
C-c-c-cauliflower
なんてまるで魔法の言葉みたいに吠えるんだ。

ジャケットもクリスタル・ブルーがなんとも幻想的。
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Ocean Rain / Echo & The Bunneymen

氷のようなひんやりと冷たい雰囲気は、この季節のクール・ダウンにちょうどいい。
しっかし、蒸し暑いね。バテる。。。
もろきゅうでビールだぁ。

音楽歳時記「大暑」

7月23日が大暑。
文字通り、暑さ最大限。一年で一番暑い時期ということだ。
この時期は、単に気温が高いというだけではなく、湿気がめちゃくちゃ高いから、不快指数はまさにMAX。うだるような暑さ。息するだけで疲れる(笑)。
特に三方を山に囲まれた盆地である京都や、街中に極端に緑が少ない大阪の暑さといったら。たぶん東京と体感温度で3℃くらいは違うんじゃないかと。

と、そんなクソ暑い真夏のド真夏、せめてリラックスしてご機嫌にいきたいね、って感じでの大暑のチョイスはデヴィッド・リンドレーさん、1981年のファースト・アルバムです。

david lindley
El Rayo X / David Lindley

なんともご機嫌で能天気なヌケた音。
見た目のイカつさとは真逆の妙にかわいらしい歌。
なんとなーく、なんでもいいや、って気分になれる。
うー、とりあえずビール(笑)。

収録された曲のうち、半分はカバーなんだけど、これが実にいい味わい。エヴァリー・ブラザーズの“Bye Bye Love”やアイズレー・ブラザースの“Twist And Shout”、テンプテーションズの“Don't Look Back”などなど、レゲエのリズムで仕上げられたR&Bの名曲たちのなんともかわいらしい感じ。かと思えば、バリバリのハード・ロック風に駆け抜ける“Mercury Blues”あり、スペイン語で歌われる“El Rayo X”やフランス語の“Petit Fleur”でのテックスメックスやケイジャンあり、泥臭さ満点なのに妙にキュートで、能天気でありつつもそこはかとなく哀愁が漂って。
リンドレーの弾くスライド・ギターやフィドルの響きも実にマッチしているんですよね。青い空へ吸い込まれていくみたいにユラユラと立ち昇っていく。
見上げれば真夏の抜けた青空、灼熱の太陽、陽炎が揺らいでいる。

こんな季節はそもそもがんばっちゃいけない。
めんどくさいことはいろいろあるけど、リンドレーみたいなゆるーいリズムでテキトーにやりすごしたいもんですがね。。。


♪母親の退院

脛椎の手術でひと月半ほど入院していた母親が先週退院しました。
退院したのはめでたいことなんだけど、一人暮らしなのでこれからがまたたいへんっぽい。
歩けるのは歩けるんだけど、首にまだ固定具をつけているから足元がおぼつかない。実家の階段は狭くて暗くて急だからできるだけ昇り降りはほしくないのだけれど、洗濯物はやっぱり二階のベランダの物干しで干したいらしい。
弟は「転んで怪我したらあかんから。」ってやめさせようとするんだけど、まぁかれこれ50年以上もやっていることだからね、そうそう簡単に習慣を変えたくないんだろう、って気持ちもわからないではない。やめろって言うのは簡単だけどだからって毎日世話できるわけでもないし、たいへんでも自分でやりたいと思う気持ちがあるならきっとその方がいいはず。

日曜日も実家へ行って、あれをどこへ動かしてくれとかこれはいらないから屋根裏へ上げてくれとか母親の要望にひととおり応えて、買い物に連れていって、掃除機かけて、風呂掃除して。これからしばらく、少なくとも首の固定具がとれるまでは頻繁に実家へ行くことになりそうだ。
家にいることがどうも居心地が悪くて、高校を出てから一年せっせとバイトして金を貯めて家を出た、あれからもう30年以上だ。こんなふうに実家を行き来することになるとは当然想像すらしなかったな。

ちなみに手術そのものは、脛椎の軟骨がへたって神経を圧迫していたことによる痛みを、脛椎のうしろに器具を入れて固定させるというもの。
レントゲン画像を見せながら、
「ここに固定具を3つくらい取り付けたということなんやて。」と母。
「サイボーグ手術やな。」と茶化す兄。
「割れたり錆びたりせーへんのやろうな。」と弟。
「セラミックやから強いみたいやで。」と答える母に、
「最後に焼いたあと、骨といっしょにそれが出てくるんやな。」とシュールな冗談をいう自分の口調が、とても死んだ父親にそっくりだな、って思った。



一応音楽ブログなので何か母親に関する歌を、と思ったのですが、どうも「家族」を歌った歌は苦手でね、なんとなく。
昭和の頃はやたらと、苦労をした、あるいは苦労をかけた母の歌が、平成のいつ頃からかは、産んでくれてありがとう、とか、いつか母さんみたいに、とか、やたら感謝っぽい歌が多いような気がするんだけど、そーゆー歌を聴くと、なんとなくどこかむずがゆいような感じがしてしまうんですよね。
あるべき正しい価値観を押しつけられてるみたいな、なんとなーく痒いような居心地の悪い感じがしてきてしまうのです。僕の感じ方のほうがひねくれているのは間違いないんだろうけど。
別に家族が苦手だっていいじゃん。家族が揃って愛に満ちていて、支えあって生きていく、みたいなのが幸せの理想像じゃなくってもいいじゃん。逆にそういう価値観を目指した結果、思うようにいかなくて崩壊寸前の家族がたくさんあるんじゃない?だいたい、そんな価値観を押しつけられなくったって切りようのない縁なんだからさ。

母親が出てくる歌で好きなのは、シオンのこの歌かな。

街は今日も雨さ / SION

都会へ出てギリギリの生活をしている男が、公衆電話から実家に久しぶりに電話する。
母親は静かな声でたった一言、「生きてなさい。」って言うんだ。
その言葉にあるどうしようもなく複雑な感情こそがね、薄っぺらな言葉じゃとても言い表せない深い愛情なんじゃないかって。





◇夏服を着た女たち

アーウィン・ショーの名作短編に「夏服を着た女たち」という作品がある。
舞台はニューヨーク。夫が妻といっしょに出掛けたときに、「夏服を着た女性たちを見るのが好きだ。」なんて言って、妻がすねる。夫はそんな彼女の心象にまるで気づかないまま、夏服を着た妻のことを「きれいな女だな。」と思う、みたいなお話だった。

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夏服を着た女たち / アーウィン・ショー

僕なら奥さんの前で、他の女のひとをきれいだと思う、みたいな話は絶対しないけど(笑)、いや、奥さん以外のどんな女のひとの前でもだ。仕事柄、女のひとと接する機会やご意見をお聞かせいただく機会はとても多いし、上司も同僚も女性比率がとても高いので、そーゆーことがいつの間にか身につきました。家庭内でも女2対男1だし。
そもそも女のひとは、誰だってそのひとなりにとても美しいというのは、ある意味当たり前のことだもの。なんていうとかっこつけすぎか(笑)。でも、ほんとうにそう思うんですよ。美しい美しくないには客観的評価が入るのでおいておくとしても、女のひとの考えること感じることには、正しい正しくないではなく一理ある、といつも思っています。

まぁ、そういうことはともかくとして。
夏服を着た女たち。なんていうかね、夏服っていう響きがなんかいいよね、って思うんですよね。
涼しげな生地のワンピースやノースリーブのチュニック、健康的なタンクトップに薄いショールとか、素足のサンダルとか、いいなって思う。いや、スケベな意味ではなく、涼しそうでさわやかで。
男なんて年中ワイシャツとスーツだからね、、、暑いんだ、これが。
ようやくネクタイなんていうわけのわからないものはしていなくても失礼じゃないという認識は当たり前になってきたけど(パン屋で配達の仕事をしてたときなんて、何度ネクタイとっちゃおうかと思ったこととか・・・)、まぁ相変わらずワイシャツ&スーツなんですよね。着る服考えなくていいから楽ではあるんだけど、なんでTシャツじゃだめなのさ。ほんとはランニングシャツに短パンとビーチサンダル&ねじりハチマキで行きたいくらいだけど(笑)、襟がないと、っていうんならポロシャツでもアロハでもええやんかいさ、と。
だいたいワイシャツ&スーツなんて、寒いヨーロッパの国のもの。日本の都会は亜熱帯だぜ?
昔、エジプトで着せてもらったガラベーヤという民族衣装はとても涼しかった。最初は下から風が入ってスカートはいているような気分がしたけど(笑)、風が通って、でも直射日光は防げて、とても理に適っていた。和服だってそうですよね。明治維新以降、西欧の文化を旺盛に取り入れていったことはよかったんだろうけど、和服が廃れてしまったのだけは残念だな。
最近はすっかり誰も言わなくなったけど、スーパークールビズのキャンペーンをまたどこかの政治家さんがやってくれないもんかな。
男連中が暑苦しい格好しているせいで室内温度は24℃、女性たちは寒くてカーディガン羽織ったり膝掛けしたり、、、なんてアホ臭い。そんなことで原子力で作った電気を消費すべきじゃないだろー、って、まぁほんとは自分が暑い嫌でクーラーも苦手だからなんだけど。



音楽歳時記「小暑」

7月7日、今夜はは七夕なんだけど、二十四節気では小暑。
梅雨明けがまだのこの時期、なかなか牽牛と織姫は会えないんですよね。本来の七夕は旧暦の7月7日なので今の暦なら8月半ば。その時期なら雨もあんまり降らなくて、宵の口には白鳥座が天の川にかかって、牽牛と織姫は年に一度の逢瀬をたっぷりと楽しめるのにね。
「小暑」というのは文字通り、「大暑」と比較してのこと。小さいというよりはLess Thanという意味合いでの「小」。いよいよこれからどんどん暑くなってきますよ、って時期だ。

今から30年も40年も前のことだから・・・今じゃ考えられないことだけど、実家にはクーラーという文明の利器が存在しなかった。真夏といえばシャツ一枚で汗だくで首にタオル巻いて過ごすのが慣れっこで、それでもやたら暑くてたまらないから、真夏の夜といえばいつも外で過ごしていたような気がする。
昼間の熱を帯びたアスファルトは夜とともに冷え始め、田舎だったせいもあるんだろうけど山から涼しい風が吹いてきてそれなりに涼しかったような気がする。
蚊に食われたり蛾を追い払ったりしながら、だらだらと何時間もツレと話こんだり、とても暑くてたまらないときは自転車でおもいっきり下り坂を飛ばして風を浴びたり。
田舎なりに遠くでチカチカ光る団地の灯りや、田んぼの中を貫ぬく幹線道路の街灯がきれいだったり。
牽牛や織姫みたいなロマンチックなことなんてなーんにもなかったけどね。

さて、そんな暑い夏の夜に似合う一枚ということで、これを。

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Volume One / The Honey Drippers

収録されている曲はすべて50年代後半~60年代前半のいわゆるオールドスタイルのロックンロールとリズム&ブルース。
ツェッペリンを解散して隠居同然だったロバート・プラントが、ジミー・ペイジやジェフ・ベックを呼んで、、、なんてことはこの際どうでもいい。このレコードにパッケージされているのは、そういうロック伝説みたいなものとは遠いところにある、青春の熱気みたいなものだと思うから。
ノリノリのレイ・チャールズの“I Got A Woman”やロイ・ブラウンの“Rockin' At Midnight”のゾクゾクするようなセクシーさ。甘ぁーくロマンチックな“Sea Of Love”。そしてベン・E・キングの“Young Boy Blues”のキュンとするようなせつなさ、たった5曲の収録曲をがぜーんぶかっこいい。
青春っぽいっていうか、とろけるような甘さも、胸締め付けられるようばせつなさも、熱く迸るようなドキドキも、ぜーんぶ制御できないような心の底から迸りだったり疼きだったりするようなね、そんな感じ。

いよいよクソ暑いド真夏へと向かう小暑の夜。
疼くような熱気をたまには思い出しながら、ロッキン・アット・ミッドナイト。



♪Sittin' On The Fence

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先週の六本木。
ライヴ前、ガードレールに座って缶ビール。
夏の夕暮れの風が気持ちよかった。
基本出不精なんで、明るい空や外の空気を感じるのはなんだかずいぶん久しぶりのような気がした。
いいもんだよね、夏の夕暮れ時。

♪ドアの前に突っ立って、通りすぎる女の子たちを眺めていた
なんて歌があったけど、ちょっとそんな気分だったかも。

Waiting On A Friend / The Rolling Stones

子供の頃は、けっこう外で遊ぶのも好きだった。学校帰りは毎日寄り道ばっかりしてた。
中学生や高校生の頃は、家にいると兄貴や父親や母親がうっとおしくって、やっぱりよく外でぶらぶらしてたな。

ストリートの上、といえば、思い出すのはこれだ。

Standing On The Street / ARB

それから、これ。

Sittin' On The Fence / The Roosters

フェンスに腰掛け、明るい空の下、
考えているところ
これから何をやろうかな。

こう蒸し暑いと、ビール飲むしかないな。
表へ出てもむんとした熱気。
もう7月だぁー。


♪東京散歩

東京へ行くときはできるだけ誰か東京在住の友人に会うようにしているのだけど、今回はバタバタしているうちに誰ともアポをとっている暇がなくって。
あー、そういや俺しょっちゅう東京行ってるけど、新宿近辺と上野近辺くらいしかうろうろしたことないなー、と思って、今回はいろいろ歩いてみた。

初日は山手線を新橋で降りて、汐留→築地→勝鬨橋で折り返して銀座→日比谷。日比谷公園ではアフリカ・フェスティバルっていうお祭りをやっていて、ゴスペルっぽいバンドが演っていた。そこでビール飲んですっかりいい気分になって、それから国会議事堂を横目に虎ノ門→東京タワーの見えるとこまで歩いてから六本木へ。
翌日は、地下鉄を半蔵門で降りて、千鳥ヶ淵→皇居の北の丸で日本武道館を見て靖国神社。カラスがいっぱいいて、しばらく観察してた。靖国神社のカラスって人に慣れてるのかな、全然逃げないんですね。
それから坂道を下って西神田→水道橋→お茶の水→秋葉原。ここまで来たんならってスカイツリーも見ておきたくなって、最後は隅田川を渡って両国まで。
いずれもニュースやなんかでしょっちゅう見聞きする地名ばっかりだけど、実際歩くと位置関係がよくわかる。これは、若い頃海外をうろうろしていたときによくやったんだよな。街に着いたらまず地図を手に入れてとにかく歩く。ブロックを越えるごとに街の表情が変わっていくのが楽しいのです。

DSC_0453_convert_20170629231147.jpg

写真は、お茶の水の聖橋から秋葉原方面の風景。
この景色はいつか見てみたいと思っていたんだよね。
さだまさしの“檸檬”っていう歌に出てくるんだ。

食べかけの檸檬/聖橋から放る/快速電車の赤い色がそれとすれ違う

投げられたレモンは川面に落ちて波紋を広げ、主人公の恋人はその波紋の広がりを数えたあと、ため息混じりにこう呟く。
「捨て去るときにはこうしてできるだけ遠くへ投げあげるものよ。」
橋の上から高く投げ上げられたイエローの固まりが回転しながら落ちていくところへ赤い快速電車が通りかかる。ゴゥゴゥと音を立てて。そんなビジュアルが鮮やかに浮かんでくるこの歌の景色。「檸檬」っていうのは、もちろん梶井基次郎が一枚かんでいる。青春のもやもやを時限爆弾に見立てて丸善に置かれた、あのレモンだ。
お茶の水近辺っていうのは文京区っていうだけあって学生街なんですね。
「まるでこの街は青春たちの乳母捨て山みたい。」「ほら、そこにもここにも、かつて使い捨てられた愛が落ちている。」という主人公の恋人もしくは元恋人の言葉が、街を歩いてみるととってもしっくり来る。

食べかけの夢を/聖橋から放る/各駅停車のレモン色がそれを嚙み砕く

夢の行き止まり。青春の、なんともへヴィーな局面。
放物線を描いて川面に落下してゆくレモンに込められた、ひとつの終わり。
なんてブンガク的なんだ。
さだまさしの原曲はさすがにもっちゃりしていて70年代フォーク感が古くさくも感じてしまうけれど、例えばシオンあたりがブルージーに演ったりするとすげえかっこいいだろうな。
なんてことを思いながら、聖橋の上で、行き交う電車をしばらくずっと眺めていた。
電車についてはまるで詳しくないしまぁ詳しくなろうとも思わないんだけど、電車が行き交う風景っていうのはいつまでも飽きずに見ていられるものですね。
みんなそれぞれに行き先があって、ほんの少し交差して、それぞれの場所へまた去っていく。
そのちょっとせつない感じ。
人の流れにも似て。

と、ここまで書いて、「流れていくもの」への憧れが自分にはあるのかも知れないと思った。
今回の散歩のコースはなんとなく東京らしいところ、って考えただけだったんだけど、隅田川の河口から始まって、江戸城のお堀周りから神田川を下るコースは全部水辺なんですね。川の流れ。
それから音楽も流れていくものだ。
やってきて、ひとしきりなにがしかの感情を残して、去っていく。
流れそのものになるよりも、流れを眺めているのが好き。
そう思って後ろを振り返ると、自分もやっぱり流れてた。


♪6月24日六本木

さて、楽しかった週末の出来事をどこから話そうか。
あまりに楽しすぎて、言葉が見つからない。あるいは、どんなに言葉を尽くしてもきっと伝えられそうにない、というのが正直なところ。

きっかけは六本木のバー“Deuce”のマスター・サトシさんからkonomiさんへの一本の連絡だったそうだ。
「うち、またライヴやるんで、よかったらまずはやってくれないか、」って。
六本木一丁目にあるバー“Deuce”は、それこそ20人も入れば満杯の小さなハコ。建物も実際ボロボロで、オーナーが建て替えを考えて立ち退きが決まったそうで、ここでライヴをすることができなくなった、それが4年前。
ところが、オーナーが代わったとかで立ち退きの話は立ち消えになったんだそうだ。

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夕方5時ごろ。新幹線で東京に着いた僕は、“Deuce”の前で今夜の主役「めれんげ」のVo、Gでソングライターのkonomi氏とスタッフの花マロリンさんと11月以来の再開。まだ夏至を少し過ぎたばかりの明るい空。いつもは11月なんでこの時間はもう薄暗いんだよね。
そして、続々と集まってくる美しくもどこか個性漂うお姉さま方と一部お兄さん。みんなkonomiさんのブログでつながった仲間たちだ。なぜか女子率高く。
「野郎どもにもっと来てほしいんだけど。」と言いつつ、まんざらでもなさげなkonomiさん。
再開を喜びあうみなさん、それからはじめましてのご挨拶の方々。
konomiさんや花マロさんがハグして喜びあう姿を見ながら、僕は2011年の秋のことを思い出していた。
みんな、ここで出会ったんだ。
konomiさんや花マロさんはもちろん、今回は来れなかった波野井さんやezeeさんやmegumick、Miyaちゃんヒデソン氏、deguちゃんやシゲさん。今はどうしているやらのリュウくん。再開できたsaltちゃん、そしてバンドのメンバーのみなさん。それより前にお会いしていたのはOkadaさんくらいだもんね。
もう7年も経つんだ。konomiさんが最初にブログにコメントくれてからもう10年くらい経つんだ。いつの間にか「そういえば、いっつもいますよね。伊勢の方?」とか言われちゃうくらい、めれんげの東京ライヴはすっかりなくてはならない行事になっておりますが(笑)。

ライヴの第一部は、konomiさんとG.下村さんの二人での弾き語り。
いきなりの“東京ブギウギ”で始まって、ビートルズの“A Hard Day's Night”、RCの“あの娘のレター”、「ソウルバラードを演りまーす。」というMCで“My Girl”のイントロのあとに始まったのは“はじめてのチュウ”。下村さんの麗しいギターの見せ場“Till There Was You”のあとはルースターズを二連発。スライダースが来て、下村さんが歌うコーナーはまさかの永六輔中村八大“黄昏のビギン”に、続いてkonomiさんがまさかまさかの“ハッとしてGood”、ドラムの藤倉さんが歌ったのはサウスの有山節、あとなんだっけ、konomiさんのルーツであろうキャロルとクールスか。インプレッションズの“It's Alright”もあったっけ。
全部書いてたらキリないんではしょるけど(笑)、二部は基本めれんげのオリジナル名曲集。途中Alley NutsのKazさんとLillyさんをフューチャーしたブルース・コーナーがあって(ピアノの馬橋さんのヴォーカルもいい味!)、アンコールはチャック・ベリーに捧ぐ“Jonney.B.Goode~Bye Bye Johnney”。
たっぷり楽しみました。

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「やっぱりお客さんに楽しんでほしいからね。」って、ライヴがはねたあと酔っぱらったkonomiさんは言うんだ。
「こんな伊勢の田舎のバンドのために、みんな集まってくれる。俺たちが楽しいから演ってることなのに、チャージ払ってね。ありがたいよ。楽しんでもらいたいよね。」
「いつか、書いてくれてたやん、“めれんげの音楽は、お客さんが楽しんでくれて完結する音楽だ”って。ほんとそうなんだよ。」

土曜日演奏された曲は全部、カバーもオリジナルも全部、きっと具体的に「この人にこの曲を聴いてほしい」という意図があって選ばれたんだと思う。
天国のOnnzyさんへのスライダース、東京ライヴのきっかけになった清志郎へのリスペクト、バンドのメンバーのため、お母さんやお姉さんのため。若くして亡くなられた恋人のための“夏の朝5:20”は、亡くなられた小林麻央さんとダブって余計に泣きそうになったけど。
この曲を聴いて足を運んでくれたというジャズ・ヴォーカルのかずさんのための“星の隠れ家の前で”。めれんげファンのためにもはや欠かせない“ブルースは聴かせないで”と“シャララ”。それから若かりし自分自身へのためのキャロルやルースターズ。この日お誕生日を迎えられた初参加ちびさんのための“Happy Birthday”。
そういうところがね、konomiさんの一番の魅力なんですよね。
そして、そんな人柄が演奏にあふれている。
僕たちは、音楽だけじゃなく、音楽の形をした心を聴いている、受け取っている。
もちろん本人のために弁護しておくと、ただの優しい男ではない。
「ステージでイェーィ、ロックだぜー、なんて言っているけど、ほんとは暗いやつなんです、そこんとこわかってくれる方だけおつきあいよろしくー。」なんてMCをしゃあしゃあとのたまう人で、だからこそみんな頷けるし、一人一人「俺も」「わたしも」って思っちゃうっんだろうな、なんて。

とりとめもなく長文になりすぎました。
それからちょいと誉めすぎた(笑)。
たぶんだけど、土曜日の演奏は、本来のめれんげからすると70%くらいの出来だったんじゃないかと思う。
でもね、それくらいゆるいくらいが僕はけっこう好きだな。
ゆるくっていいから愉快に、でもだらだらではなく譲れないセンはちゃんとキープして、50過ぎるとだんだんそうやって、自分自身が楽しめることと目の前のあなたが楽しんでくれることの真ん中くらいで生きていけるのがきっと一番素敵なことなんじゃないかって思うんですよね。
っていうか、konomiさんたちとのおつきあいやみなさんとの出会いを通じてそう思うようになってきたって感じかな。

まだまだ先はもうちょっとある。
また笑顔でお会いしましょうね。



Appendix

プロフィール

golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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Live in Europe tomt 51cKCqaKQxL__SY355_.jpg 81DCRuSH25L__SL1500_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg MI0002782768.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg soulman_original_alb.jpg 51FGtOkImKL_SX300_.jpg west_side_soul1.jpg Beggars Banquet エヴリ・ワン・オブ・アス+1 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 71otoVzhCuL__SL1105_.jpg 413AMGT7SFL.jpg 51ds00OKe-L.jpg 616osu5m8iL_SX425_.jpg 305a1614.jpg 81pMwMtFveL__SL1345_.jpg 81f2DLVCzJL__SL1300_.jpg 51uOzyp+Z6L.jpg 71eG2rIxazL__SL1046_.jpg 51ZJJGM2ZZL.jpg Fire and Water 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg Fragile 715IJ+j9EuL__SL1131_.jpg Music Muswell Hillbillies 71ctdmsHsJL__SL1084_.jpg 71PD4tBKioL__SL1116_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 61XXWX6tmCL.jpg 61NAZCOWDDL__SL1100_.jpg セイリン・シューズ(紙ジャケットCD) 71eNbpCI6UL__SL1077_.jpg 511-tyxVUpL.jpg 91gT9fqhZ3L_SX425_.jpg I'm Still in Love With You 414HP65MBKL.jpg 51X8dY66CsL.jpg 愛と自由を求めて 51RXYQ9OO3L.jpg Takin My Time Closing Time There Goes Rhymin Simon 明日に架ける橋(紙ジャケット仕様) ひこうき雲 GP Moondog Matinee 716rGZASCKL__SL1425_.jpg 41SSP93BHWL.jpg 51zJyUc+r6L.jpg 51jCzIh4qRL__SS280.jpg 61-8DQVxWjL__SL1050_.jpg 61dZdC6t62L__SY355_.jpg 71aWAFuF6BL__SL1050_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 51JbSP69QaL.jpg 渚にて 5197RcTXXnL.jpg 81A5c2hHeyL__SL1425_.jpg 81qgW6uhF1L__SL1500_.jpg Born to Run Nils Lofgren 61BdFFiXniL__SX425_.jpg スネイクス&ラダーズ(ベスト)(紙ジャケットCD) ROCK 'N' ROLL 61ijQ7n04TL__SL1065_.jpg 31vqqUxOjnL.jpg 612tlGtI4sL_SX425_.jpg Malpractice c674c8d38b834d1a46f26cee2f0381b7.jpg 71f0CPCXaJL__SL1050_.jpg 71s7uOgUVBL__SL1092_.jpg 81-hcf-9GdL__SL1228_.jpg In Concert: Best of Pretender 3112T4QJV9L.jpg Equal Rights Songs in the Key of Life “1976” 6184mADL6LL.jpg Ronnie_Lane_-_One_For_The_Road_-_LP_RECORD-57899.jpg Brinsley_Schwarz_Surrender.jpg 51sDSqlWYbL.jpg マーキー・ムーン Ramones L.A.M.F. - The Lost Mixes Never Mind the Bollocks Here's the Sex Pistols マイ・エイム・イズ・トゥルー+1 New Boots & Panties 7139dYLoG8L__SL1050_.jpg 21EXZVPG4AL.jpg 51fnZ7zzuUL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 4129-Q6sVHL.jpg 61NLoHBAYAL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg Black Woman Chaka Briefcase Full of Blues 616WAJF3SGL.jpg 91U+8UJ1+vL__SL1500_.jpg 80 51Cm3YGmDQL.jpg 51JKKZA9W4L_SX425_.jpg 518Vq58mgUL.jpg 41VQXG3BFML.jpg 31V0AVW674L.jpg Long Run 71Y9bXH9D+L__SL1412_.jpg labour_of_lust_nick_lowe.jpg Into the Music London Calling マラッカ(紙ジャケット仕様) Rickie Lee Jones 81zR19Ga9VL__SL1079_.jpg 41cLeG0ZrFL.jpg The River Emotional Rescue THE ROOSTERS Woman and I...OLD FASHIONED LOVE SONGS(紙ジャケット仕様) RHAPSODY 41Tcvs70ZPL.jpg 51tRgx3mLgL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg Poet david lindley 91nimun-gdL__SX425_.jpg A00003808.jpg 800.jpg 51au3oRpDSL__SS280.jpg Heart Beat 61rH90dDhtL__SL1050_.jpg 71gHPyBVGqL__SL1050_.jpg lookout.jpg milk_hi.jpg 女の泪はワザモンだ!!<デラックス・エディション>(紙ジャケット仕様) Pipes of Peace 51QeHiRUz8L.jpg JOAN20JETT202620THE20BLACKHEARTS20I20LOVE20ROCKN20ROLL.jpg 62805277.jpg 71WCRrbfr5L__SL1500_.jpg 51YJOxD55iL.jpg 51SSVnYVsJL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 812JxniX3jL__SL1500_.jpg 41o+TOhThhL__SL500_.jpg 嘉門雄三 51wXhNgjs4L__SS280.jpg 510RsGZt0KL.jpg 71fefvSZXFL__SL1076_.jpg 71sCe7ReLUL__SL1273_.jpg Innocent Man 91nimun-gdL__SX425_.jpg 51ipQpNEBPL.jpg 51b+kbtwmZL__SX355_.jpg Uh-Huh (Rpkg) Learning to Crawl North of a Miracle 510NH8D9RTL.jpg 61gyVhU1QCL.jpg Ocean Rain インナ・ビッグ・カントリー<30周年記念デラックス・エディション>(紙ジャケット仕様) LIGHTS OUT 41uaexamSNL.jpg 819qdTNLMxL__SL1500_.jpg 616vZDe-wFL_SX425_.jpg 51Nh3RjwObL.jpg 31219QDNA0L.jpg Live in Italy YELLOW BLOOD(紙ジャケット仕様) 0831oyamatakuji.jpg 51xUBB5IDXL.jpg 51W5vbzNSoL_SX425_.jpg This is the sea Southern Accents Centerfield Rose Of England Poor Boy Boogie 51KQnRGfZkL.jpg 61P1R84YZTL.jpg THE仲井戸麗市BOOK 81xvZZeDEqL__SL500_.jpg 71uNe1yRlOL_SX425_.jpg 41BiuimcyaL__SL500_.jpg 71mWhnbZlBL__SL1045_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 51Uv2AegNJL.jpg Lone Justice Shake You Down 71qx7rhRauL_SL1247_.jpg Talking With The Taxman About Poetry 71PrfBnIAlL__SL1417_.jpg 51JC0ZVZ2JL.jpg 41FRDVE5HHL.jpg 51MCNZnwnYL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 41kyWjIskxL.jpg 61pfESgIsfL.jpg 51161GGhY3L.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 81341iLwJBL__SL1500_.jpg 41G391YlKQL.jpg 41H2ZNKB5BL.jpg RogerTroutmanUnlimited517753.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 71+LokGlumL_SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 51vj8mxfgpL_SX425_.jpg 61r6gn5Zw7L__SL1050_.jpg 81KoDrysvWL__SL1402_.jpg 81CONxXc05L__SL1425_.jpg MARVY Dream of Life 41P61852YRL.jpg First of a Million Kisses covers.jpg 51WXla6D4UL.jpg 51iMxsNHHpL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg MONKEY PATROL If I Should Fall From Grace With God Lou Reed NY アメリカ roy orbison mystery girl NZO.jpg tbirds.jpg ナポレオンフィッシュと泳ぐ日 浮世の夢 51lOB6A0QuL.jpg 31TRAKHBS3L.jpg 41HETTEDKEL.jpg 61WRTiXKDxL__SX425_.jpg 71XidOygo4L__SL500_.jpg 71VhTv2GwpL__SL1079_.jpg 61GF12GYFTL.jpg 41CX6E9PEDL.jpg 29b546020ea0dffa61f19110_L.jpg thEJUVZLEV.jpg 71sLT+3QzeL__SL1000_.jpg 51EXCEcq9XL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 51Cu2Y3de7L__SS280.jpg album-worldwide.jpg 416RTFVCTCL.jpg 愛があるから大丈夫 71-OO+VcMTL__SL1400_.jpg STICK OUT 91nimun-gdL__SX425_.jpg Through the Fire 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg album-four-chords-several-years-ago.jpg Mitakuye Oyasin Oyasin/All My Relations king-cake-front.jpg 81nBa9cn4ML__SX425_.jpg 71mdoTOXk2L__SL1084_.jpg 51zRUTKe5SL__SX425_.jpg 51AeVTRTGL.jpg 51uHHCgmeUL.jpg New World Order Sound of the Summer Running 41PFEPPAEHL.jpg 615 61umgDYJ83L_SS500_SS280.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg Home Girl Journey All That You Can't Leave Behind 91nimun-gdL__SX425_.jpg 31ARJGY84EL.jpg 31BGVPYMTKL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 日々のあわ Soulbook 廻る命(DM008) 41mNSDBqy6L__SX355_.jpg Dance-With-My-Father-by-Luther-Vandross-J-Rrecords.jpg 81XonM-Wu4L__SX355_.jpg Okinawauta.jpg 41JYS3WjE6L.jpg 81DSuwZXaxL__SL1400_.jpg cover32.jpg 61gyVhU1QCL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg yjimage.jpg

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