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ROCKってなんだ?!

「ロックってなんだ?」
という問いには、おそらくいろんな答えがある。
ロックこそが人生だ、とか、反抗反逆反体制こそロックだとか、魂の叫びだとか。
逆に、ただの音楽さ、ただの楽しみさ、という意見もあるだろう。
音楽の一形式としてならば、辞書にあるように、「1950年代にアメリカに起こり、世界的に流行した、熱狂的なダンス。その音楽。」というふうに簡単にまとめることもできるのだろうけど、文化としてのそれ、あるいは精神のありようとしてのそれはものすごく幅広くて人それぞれで、とても定義しきれるものではない。
ただ、ロックであることにとって、ひとつだけ欠かせないことがある。
それは、かっこいいということ。
ルックスやファッションがかっこいいのもそれはそれでいいんだけど、ステージ以外でのことはどっちでもいい。かっこ悪さをさらけだしまくるからこそのかっこよさというのもある。
大事なことは、出している音そのものがかっこいいこと、ステージに立ったときの姿や佇まいやオーラがかっこいいということだ。

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先週の木曜日、ブログ友のOkada氏と、日本橋であったAlley Nutsのライヴに行ってきた。
Alley Nutsはロックだ。
Alley Nutsはかっこいい。
しかも、Alley Nutsのかっこよさは、文章で伝えようとすること自体がアホらしくなるような有無を言わさないかっこよさなんですよね。
ぶっちゃけ、音が大きくてぶっとい音のハードなロックを普段聴く機会は、若い頃に比べたら減ってるし、積極的にそういうバンドのライヴをチェックしているということもないんだけど、ステージが始まった瞬間、震えあがるくらいガツーンと来て、めちゃくちゃテンション上がって盛り上がりまくりました。
すんげー。
かっちょええ!!!

正直そういうアホみたいな感想しか出てこない。
そういう言葉にできないくらいのかっこよさが、ほんとにかっこよかったんだ。
kazさんやリリーさんが、これまでどういうふうに暮らしてきて今こうやってバンドを演っているのか、正直よくは知らない。っていうか、知る必要すらない。

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ステージを降りてもかっこいいお二人だけど、ステージに立ったときはその何十倍もかっこいい。
そのことが普通にできるかっこよさは、ほんとうに生き方を含めてかっこいいから勝手に出てくるかっこよさなんだと思うのです。


Okada氏のブログもぜひどーぞ。
http://rollin-stone.jugem.jp/?eid=636#comments



















続・音楽歳時記「大雪」

12月7日は大雪。
今年は12月になっても妙にあたたかくて変な感じ、と思っていたら、明日からめちゃくちゃ冷えるらしい。最低気温3℃、最高気温9℃っていうのは、本気で冬ですね。
幸い仕事はのんびりモード、なんとなくゆるゆるした気分。
こんな季節には、ほっこりとあたたかい音楽を聴きたい。
ゆっくりと落ち着けるもの、そしてほんわかとハッピーなもの。
で、チョイスしたのは、アーロン・ネヴィルさんの『My True Story』という2013年のアルバム。アーロンさんが72才の時の録音だ。

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My True Story / Aaron Neville

いかつい顔に似合わないシルキーなスゥィート・ヴォイス。
この甘い声で50年代ドゥー・ワップなんかを演られた日にゃぁ、こりゃたまらんです。
大好きなクライド・マクファター時代のドリフターズの“Money Honey”“Ruby Baby”をはじめ、インプレッションズ、クローヴァーズ、ジャイヴ・ファイヴ、リトル・アンソニー&インペリアルズ、ハンク・バラード&ミッドナイターズ、それにニュー・オリンズ・ファンク風の“Be My Baby”にニヤリ。
元々はティーンエイジャー向けだった60年近くも前の古い楽曲が、熟成されて深みを増して、とても芳醇な香りを漂わせてくれる。
つるんとのっぺりした若僧にはとても歌えない。かといって枯れてしまって昔の栄光を反芻しているだけの爺さんではこの色気は出ない。若気の至りも、思慮浅はかな失敗も、或いはとても甘美な秘め事も、せつなくなるようなロマンスも、そんな過去を愛おしく胸に抱きつつ、あるがままをしっかり受け止めて大人になった人だけが出せる味わいや色気。

プロデューサーはドン・ウォズ、ギターにはキース・リチャードが全面参加。アーロンがドゥー・ワップのカバー集のプランをドンに話したら、「うってつけの奴がいるぜ」ってキースを連れてきたんだそうだ。
とてもフレンドリーで穏やかな空気で録音されたのだろう。くどくどと言葉で説明しなくても音を出せばすぐにわかる、みたいな。その空気感もあって、アルバム全体がほわっとあたたかいムードで包まれている。
そのほわっとあたたかい気分に包まれて、冷たい空気にさらされた心が少しずつ緩んでいくのがわかる。

冬はまだ始まったばかり。
ここから寒い日が続いていく。
ポケットの中の懐炉みたいに、こういうあったかいものがいくつかあるといいね。
苦手な冬が、ちょっとだけ好きになれそう。





韻が運ぶストーリー

前記事の蛇足で、「アース・ウィンド&ファイヤーの“September”は12月の歌」と書いたことをもう少し掘り下げてみる。
ここで言いたかったことは「この歌、みんな9月の歌だと思っているけど、ほんとは12月の歌なんだよ、知ってた?」ということではないからだ。

この歌の歌詞はこんな感じで始まる。

Do you remember the 21st night of September
Love was changing the minds of pretenders
While chasing the clouds away

詞だけを書き出すと、「9月21日の夜のこと、君は覚えているかい?」って感じですが、メロディー上はrememberとSeptemberとpretenderが対になって韻を踏んでいる。2コーラスめでringingとsinging。サビでもrememberとSeptemberが繰り返されますね。
この韻を踏むというのはマザーグースの昔からある常套手法。sunny dayとmonth of May、moonとJune、君がいなけりゃ夜は暗い/春の陽射しの中もとてもcry、、、っていうやつだ。

音楽というものは、メロディーとリズムとアンサンブルであって、歌詞というものは決してメッセージやストーリーを伝えるためだけのものではなく、メロディーやリズムとうまく呼応して心地よく響いているかどうかが大切。メッセージやストーリーだけを伝えたいのなら何も歌にする必要はなく、文章にしてしまえばいいのだから。
メロディーやリズムが歌詞のストーリーを決めていく。
わかりやすい例を挙げると、ポール・サイモンの“恋人と別れる50の方法”。

You just slip out the back, Jack
Make a new plan, Stan
You don't need to be coy, Roy
Just get yourself free
Hop on the bus,Gus
You don't need to discuss much
Just drop off the key, Lee
And get yourself free

自由になるための行動。背(バック)を向けるのはジャックでなきゃいけないし、新しいプランを練るのはスタンじゃなきゃいけない。寡黙になる必要がないのはロイだし、ガスはバスに乗るし、リーはキーを落とす。ガスがキーを落としたり、リーがバスに乗ることはありえないのだ。

或いはポリスの“Every Breath You Take”。

Every breath you take
And every move you make
Every bond you break
Every step you take
I'll be watching you

Every single day
And every word you say
Every game you play
Every night you stay
I'll be watching you

1コーラスめはk・ke、2コーラスめはay。
君の息づかいのすべて/君の行動のすべて/君が壊した絆/君のすべてのステップ
訳すとなんだか繋がらない感じも、韻を中心に見るとしっくりくる。

“September”に戻って、この歌が12月の歌である根拠は、二番の歌詞、Now December found the love that we shared in Septembr/Only blue talk and love/Remember the true love we share today、って部分だけど、おそらく作者には最初から12月の歌にするつもりはなかったのではないか。歌の軸になるremember、Septemberという言葉と韻を踏む言葉として引っ張り出されたのだろう。Novemberでもよかったけど、ノーと伸ばすよりもディッと撥音が入ったほうがリズムがよかったのではないかと。もちろん、一番で歌われた思い出が二番では「あ、今は12月なのか」と聴き手にイメージを喚起させる効果もある。
歌の歌詞というのはストーリーありきではなく、こうやってメロディーやリズムがストーリーを紡いでいくものなんでしょうね。

あぁ、理屈っぽい文章になってしまった。
そういう理屈は置いといて、音楽は音楽として楽しむのが本来の楽しみ方。
この記事そのものが蛇足です(*_*)。
そんなことより、“September”で踊りましょ♪



♪夢のカリフォルニア

もう12月かぁー。早いぜ、2018年。
車を車検に出さなきゃいけないし、健康診断の二次検診にも行かなくちゃいけないし、パソコンは壊れちゃうし、月末には父親の7回忌もあるし、まぁなんだかんだと年末は忙しい。お店の歳末セールの応援もきっと入るだろうし。
でも、本業の方は今はすごく落ち着いているのです。
社内でもエレベーターでたまたま一緒になった人なんかに「年末、忙しいやろ。」とか声掛けられて、めんどくさいので「そうっすねー。」とか答えておくのだけど、年末に現場が取り組むための準備が僕の仕事なので、忙しいのは9月10月なのだ。

ってことで、お休みにのんびりとCDや本の整理をしていた。
自分の部屋ながら「おやっ、こんなものが。」なんていう発見があるから不可解(笑)。
さっき見つけたのはこのママス&パパスのCD。

どっか中古屋で安かったので買ったんだったっけか、とか思いながらディスクをトレイに突っ込んでみる。
♪オーザリーバーラ~と聞こえてくる爽やかなコーラス、『夢のカリフォルニア』

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16 of the Greatest Hits / The Mamas and The Papas

中学生くらいのときにラジオでよくかかっていた覚えがあって、ビリー・ジョエルやなんかと並んでいわゆる洋楽を聴きはじめた頃から耳になじんだ曲のひとつ。1965年の曲で、80年当時CMで使われてリバイバル・ヒットしてたんだね。ウォン・カーウァイの『恋する惑星』でフックになるところで鳴っていたのも印象的だった。
爽やかなコーラスが、青空の晴れ渡ったカリフォルニアを連想させるけど、実は冬の歌なんですよね。

♪木の葉の色は染まり、空はねずみ色。
そんな冬の日に散歩してたんだ。
もしロサンゼルスにいたなら、
穏やかであったかい気分でいれたのになぁ。
カリフォルニアの夢を見る。
こんな冬の日には。

冬は得意ではないので、確かにあったかいところで過ごせればいいんだろうけどね。
人は誰でも満たされない境遇のとき、ここではない別の場所に憧れる。
でもさ、じゃあ別の場所へ行けば幸せになれるのかっていうと、どうなんだろ。
カリフォルニアは本当に過ごしやすい天国みたいな場所なのか?
同じ爽やか系のカリフォルニアの歌で、アルバート・ハモンドの『カリフォルニアの青い空』って歌も当時リバイバル・ヒットしていたけど、あの歌だって、イメージほどにご機嫌でお気楽な歌でもない。

♪南カリフォルニアには雨が降らないんだって
そんなふうに言われるのをよく聞くけどさ。
確かにカリフォルニアに雨は降らない。
けど、降ったらどしゃ降りなんだぜ。
どしゃ降り。

実際、ロサンゼルスの平均降水量は、夏は0.5mmとか1mmだけど、冬場は50mm~70mmくらいになるらしい。これは日本の太平洋岸の気候と特に変わらない。気温だって最低気温は一桁まで下がるらしいしね。
まぁ、そんなもんだ。
ここへ行けばすべて解決、みたいなパラダイスなんて、どこにもない。どこへ行ったってそれなりの苦労はある。
そうなってくると、その苦労の質が、耐えきれないほどのものだとか、自分の本質をねじ曲げてしまうようなものでさえなければ、今いる場所でどう自分がご機嫌でいられるか、自分らしさを滲み出させていくかを考えたほうがいいんだろうな、結局のところ。
それでも夢を見るのが人なのかもしれませんし、夢を持って努力することを否定はしないけれど、夢っていうのは実現させることよりも夢を見ることそのものとその過程に価値があるような気がします。逆に、勝手に過分な夢を見て、実現できないことに押し潰されたり嘆いたりはしたくないなぁ。


んーなんだか話があっちこっちでうまくまとまりませんがー、、、蛇足ながらついでに。

歌のイメージと実際歌われている季節感が実は違うってこと、けっこうありますね。
例えば、アース・ウィンド&ファイヤーの『September』も実は冬の歌。
12月になってから、9月の恋を思い出している歌で、二番に♪Now,December~、って歌詞が出てきます。
そんなの英語だからわかんないし、ってことだけでもなく、例えばユーミンの『卒業写真』はよく卒業の歌として3月頃にかかるけど、あの曲で歌われている光景は、卒業してからしばらく時間が経って変わっていく人の姿であって、電車から見える柳のイメージからすると6月とか初夏の歌ですよね。
まぁ、歌は理屈で聴くわけではないので別にいいんだけど、ちょっと気になる(笑)。



柿は柿色

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ぶらりと散歩していたら、あるお家の軒先で柿がたくさんなっていた。
「きれいなオレンジ色。」と思ってから、それはなにか違うんじゃないか、と思った。
柿は柿色。

いつからあの色のことをオレンジ色と呼ぶようになったのか。
子供の頃に持っていた色鉛筆では橙色となっていたけど、ダイダイなんてもはや現物を見るのはしめ飾りだけだ。
ピンクは桜色や桃色、紅梅色、薄紅色、紫なら藤色、菫色、藍色、赤にだって朱色も緋色もあるし紅色も茜色もある。青にも瑠璃色もあれば群青色もある。仕事柄、「シアンとマゼンダ30ー30で」とか「シアン100に」とかよく使うけど、ほんとは「藤色で」「菫色で」なんて指示できればかっこいいのにね。
こういう豊かな言葉が使われなくなっていくのはなんだかもったいない。

そんなことを思っていたら、図書館でこんな本を見つけました。
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美しい日本の伝統色 / 森村宗冬

日本人は古くから、たくさんの色に名前をつけてきた。
それは、四季と自然に恵まれ万物に神様の存在をみてきた日本ならではのことらしい。
とくにすごいなぁ、と思うのは、きっちりと区切れない微妙な色にも名前があること。
例えば、さだまさしの『精霊流し』に“あなたが愛した母さんの今夜の着物は浅葱色”と出てくる浅葱色。
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新撰組の羽織の色としても有名な色ですが、今なら「青緑」とか言っちゃうのかな。青でもなく緑でもなくそのどちらでもある色。(ちなみに僕のスマホ、青緑は変換するくせに、浅葱色は変換してくれませんでした。)

“鳶色の瞳に誘惑の陰り~♪”(君の瞳は10000ボルト)の鳶色はこれ。
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“亜麻色の長い髪を~”(亜麻色の髪の乙女)の亜麻色はこれ。
いちいち例えが古い歌で申し訳ない(笑)。
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“城ヶ崎の磯に利休鼠の雨が降る”と北原白秋が詩を書いた利休鼠はこんな色。
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いっそもっと古く、和歌で枕詞としてよく使われる「青丹よし」の青丹色はこんなのです。
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緑とグレイの間くらい?
日本人は青と緑を同一視していて、「青葉」「青田」「青信号」など本来「緑」のものを違和感なく「青」と表現しているのは有名な話ですが、日本古来の色には特に、青~緑~灰色~茶色あたりの微妙な色合いが多いのですよね。それだけ自然界に多い色合いだからなのでしょうか。
特に「黒」の多さは、ちょっと目から鱗でした。鈍色(にびいろ)、藍墨茶、消炭色、黒橡 (くろつるばみ)、墨色、涅色(くりいろ)、漆黒。染め物や漆器の染め方、塗り方などから細分化されていったのでしょうけど、ぜんぶ微妙に違う。
なんていうか、自然の色へのリスペクトが感じられるっていうか、古くから日本人がいかに自然を暮らしに取り込んで共生してきたかが伺える。

こういうことは若い頃はまったくスルーしてきたので、今頃になってすごく興味湧いてきました。
goldenblueも瑠璃鬱金とでも改名しよーかしらん(笑)。




続・音楽歳時記「小雪」

11月21日は、小雪。
今年も残りもう1ヶ月と少し。日が暮れるのがものすごく早くなったね。5時も過ぎると一気に暗くなりはじめて。
なんとなくこの季節はせかされるというか、例えばウェイターがラスト・オーダーを取りに来て厨房ではフライヤーを洗いはじめる時間帯の、客もまばらになった居酒屋で呑んでいるような気分みたいな感じがしてしまう。
帰り支度もめんどくさい。あぁ、コート着てくるんだったな、なんて気分になりながら、さっさと帰ってくれないと片付けすすまねーし、みたいな気持ちを丸出しにした愛想のない「あーしたー。」なんて声を聴きながら居酒屋の扉を開けると、外はもはや冷たい風。
あぁ、ほっこりしたいね。缶コーヒーでも飲むか。タバコが吸いたいな、あれ、ライター忘れてきたっけ。
なんだかね、ちょっと虚しい。

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Pirates / Rickie Lee Jones

そんな気分じゃいけない。
秋の終わりを心穏やかに見送りたい。
そんな気分にはリッキー・リー嬢だ。

彼女の歌は、すごく大人っぽくてセクシーかと思えば少女みたいにチャーミングで、知的なようでとてもやんちゃで、クールなようでとてもホットで、ハスキーなのに透明感があって、スイーツのように甘くてコーヒーのようにほろ苦く、そのどれでもなくまたそのすべてでもあるような、そんな感じ。ひとつの歌の中にいろんな表情が見え隠れする。
なんとなく淋しげな声でもあるんだけど、でもふわんとあったかいんですよね。
その感じが、秋の終わりにとてもよく似合う。

一番好きなのはファースト・アルバムだけど、このセカンドもすごくいい。
ジャケットの恋人たちの写真の雰囲気そのままのモノクロームの映画のプロローグのように、アルバムは“We belong together”で静かにスタートする。呟きのようなリッキー・リーの声にやがて、スティーヴ・ガッドのドラムやレニー・カストロのパーカッションが加わって、ひとつのグルーヴが生まれてくる。「わたしたち、同じとこで生きてるのよ」っていう呟きがやがて歌に変わっていく。
続く“Living it up”はしっとりと穏やかに。ピアノにあわせて訥々と呟くように歌う“Skeltons”のあとは一転、チャック・レイニーのベースが大活躍するジャズ的にグルーヴィーな“Woody and Dutch on the slow train to Peking”でいつの間にか気分もすっかり盛り上がっている。
ちょっとファーストの“Chuck.E is in love”にも似た“Pirates”。ブラスがリードしていくのりのりの曲でありながらところどころですとんとリズムが変わってピアノ一本になったりする、そんな緩急自在な感じが素敵だなぁ。
後半、“A Lucky Guy”でしんみりして“Traces on the western slopes”でシリアスになって、夢を見るように現実と幻想の境目が溶けていくようなラストの“The Returns”でアルバムは静かに締めくくられる。
通してアルバムを聴き終えればいつの間にか、クサクサした気分はどこかへ消え去って、どこか浄化されたようなとても穏やかな気持ちになれるのです。
毎日少しずつ冬に近づいていく感じのこの時期は、どうもあんまり好きじゃない。なんとなく淋しくなってしまう。でも、今年はなぜか、ほかほかとあたたかい気持ちで迎えられそう。

北の地方では、雪が降り始めたとニュース・サイト。
さっさと帰ってお風呂に入ってあったまろう。
でもその前に、コンビニ寄ってライターを買わなきゃな。









新宿ディスクユニオン

せっかく東京なんで、どっかぶらぶら観光してみるのもいいかなぁ、なんて思いつつ、足が向かうのは結局CD屋だったり本屋だったりする。
大阪にも京都にも中古CD屋はたくさんあるし、何も東京でなくったってと思いつつ、土曜日ライヴ前に立ち寄った新宿ディスク・ユニオン。
今やほしいCDなんてamazonで探せばいくらでも見つかるんだけど、基本amazonでのお買い物は禁じ手としています。
ほしいものはたくさんあるのです。ちょっと気になるものもたくさん。でも、たくさんありすぎるから、どれだけお金があったって全部は手にいれられないのですよ。いや、仮にお金があってほしいものを全部手にいれたところで、結局一枚一枚をじっくりと味わって聴けはしないだろう。音楽は聴くもの。聴きもしない所有のためのコレクションは望むところではないのだ。そういう意味でアナログ盤にもあまり興味が湧かない。いや、凝りだしたらはまりすぎそうなので避けているとも言えるのですがね。
そういう訳で、ほしいものをすべて手にいれたいとは思わない。
どんなものでも手にいれようと思えば手にはいる時代だからこそ、欲望の質をコントロールすることが大事なのだ。
すべてを手にいれるよりも、出会いを大切にしたいのです。
中古CD屋で、ほしいなぁと思っていたものや「あ、こんなのあったんだ」っていうものを見つけたときのうれしさ。それが大事。
探しているものが店になかったときは、今はまだ時期じゃないんだとあきらめる。まったく気に留めていなかったけど店でたまたま出会って興味が湧いてすっごく気に入るのもたくさんある。通販で買うのとは思い入れも違ってくる気がするしね。それに、CDやレコードがたくさんならんでいるのを物色するだけで楽しいんだ。
・・・と、金がない言い訳として、これくらいかましておけばでじゅうぶんでしょうか(笑)。
いや、負け惜しみではなく、まじで、そーゆーほうが豊かだと思ってるんだけどね。


さて、今回新宿でゲットしたCDをいくつかご紹介。

■マーシャル・クレンショウ
『Life's too Short』
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80年代に少しだけヒットを出したマーシャル・クレンショウさんの91年作。映画『ラ・バンバ』でバディ・ホリー役で出ていた人と言った方がピンとくるか。
ジャケットはフォーク歌手みたいだけど、バディ・ホリー譲りのパワー・ポップなロックンロール。

Better Back Off : Marshall Crenshaw

■マリア・マッキー 『Maria McKee』
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これも80年代半ばに少しだけヒットしたバンド、Lone Justiceの紅一点ヴォーカリストだったマリア・マッキーさんのファースト・ソロ。
かっこいいバンドだったのに、マリアを売り出したいレコード会社に音楽性をねじ曲げられて解散した不幸なバンド。
アルバム出た頃に聴いたけど、ちょっとエキセントリックなマリアのシャウトがかっこよかったのに、落ち着いたカントリー歌手みたいになってしまっていて、つまらないなぁって売っちゃったんだけど、今聴くといいなぁ。
大人っぽく万人受けに歌ってても、やっぱりどこか陰りがあって。

I've Forgotton What It Was In You : Maria MacKee

■キンクス 『Come Dancing with The Kinks :The Best of The Kinks 1977~1986』
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最後はキンクスの70年代後半から80年代半ばのベスト盤。
これも当時は「初期のほうがかっこいいや」ってどっかへやっちゃったんだけど、今聴くとこのゆるゆる感がしっくりくる。
十代の若造には、このゆるさのよさはわからんよねぇ。年食ってよかったよ(笑)。

Jukebox Music : The Kinks


と、まぁこんな感じ。
結局70年代80年代の古い音楽ばっかり探して聴いてるんだよなぁ。
新しいものがダメだとは思わないんだけど、やっぱり感性が一番豊かだった頃に響いたものが今も心にすっと落ちて心地よいのですよね。
それは年食ったと悲観するものではなくて、そーゆーものなんだろうね。18、19くらいのときにできた自分のベースから、時に遠ざかったり、時に掘り下げたりしながら大人になっていくものなんだと思う。

この3枚はどれも、3枚500円の投げ売り箱からの掘り出し物。
いいぞー、東京。さすが大都会だー。

ちなみに日曜日も帰る前に立ち寄ったのは八重洲ブックセンター。
ああいう場所でなら、一日過ごせるかも(笑)。






東京タワーと京都タワー

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六本木でのライヴの帰り、北海道から来たエンジェルダスターさんの要望で東京タワーを見に行った。
何度も東京来てるけど、実はちゃんと近くから見たことなくって、日曜日に行ってみようかとちょうど思ってたとこだったんで合流即決。
六本木からは2kmくらいあるのかなぁ、だらだらと歩いてだべって。夜中にぞろぞろ歩くってのがいいよね。金のなかった学生の頃は、河原町で飲んだあとよく下宿まで歩いて帰った。みんなお金なかったからねー。そういうの思い出した、っていうか、こうやって歩いているとみんな学生の頃からの友達みたいな気がしてくるからおもしろいもんですよねー。

遠くから見る東京タワーもかっこいいけど、足元から見上げる東京タワーは圧巻だったね。
すごい存在感。
鉄骨のひとつひとつが、まるで血管や筋肉みたいで。
あの、飾らない、素材だけで堂々と立っている感じはねぇ、なんかうまく言えないけど勇気をもらった感じ。
俺はずっとここに立ってるぜ、困ったらいつでも来いよ、みたいな。


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さて、こちらは翌日の京都タワー。
実は私、ここでバイトしてたことあるんですよ。
下宿したての19の頃。
ビルの屋上にビアガーデンがあって、そこへ通じるエレベーターでエレベーター・ボーイをしてた。
くだらないバイトでね。おもしろくもなんともない。給料は安いし。当時時給700円くらいだったかな。
今はちょっとはまともになっているけど、当時、京都タワーっていうのは京都市民からは「えらい無粋なもの建てはりまして」と蔑まれるような昭和の遺物的な存在で、フロアーはがらんとして、たまに物産展みたいなものやってなんとか集客しているようなパラダイス的なとこだった。京都に住み始めたばかりでそんなことは知らなかったんだけどね。
まぁ、仕事はつまらないわ、退屈だわ、酔っぱらいのおっさんにからまれるわ・・・そもそも女性がやるとおっさんにからまれるから男のバイトだ、ってのは後で聞いた話。
一日に4時間とかエレベーターに乗り続けるとね、なんかエレベーター降りたあとも地面が揺れ続けるんだよ。見える景色もずっといっしょ。
くだらないなぁー、嫌だなぁと思いながら一ヶ月くらい働いたんだけど、ある日急に行くのが嫌になって。金のためだからって心が滅入るようなことしてたらあかんわ。そんなの全然ロックじゃない。
でも、辞めるという勇気もなく、それまで我慢する気も萎え、病気だとか嘘をつくのもしんどくて・・・どうしたかっていうと・・・無断欠勤。ブッチした、バックレた。電話は下宿の共同電話だから、かかってきても「おらん、ゆーてくれ」って頼んで、一週間くらい音信不通にして。
まぁー・・・無責任極まりないにも程がある。
それでも給料日には、事務所へ出向いて、「辞めます。」っていって給料だけはもらってきたんだから、根性あるよね(笑)。
今だったら、19の時の自分を呼び出してコンコンと説教してやりたいけど(笑)。

まぁそれはともかく。
ビルの上にこじんまりと立って、高さもたかだか130mくらいの京都タワー。
地元では無粋と言われ、遺物と言われ、灯台をイメージしているのに蝋燭と言われ、あの堂々とした東京タワーの存在感とは似ても似つかず比べものにもならない。
でもね、なんとなく最近、そういう京都タワーだからこそ愛しく感じる気もしてきて。
ちやほやされず、地元から愛されず、観光客にはがっかりされ、時に蔑まれ、それでも彼もまた50年以上、あの場所に立ち続けてきたんだってこと。
いいじゃないか、それでって思うんですよね。
それはそれでひとつの勲章なんじゃないかって。
京都タワーの気持ちを聞いたことはないけど、彼は彼で、そういう自分を誇らしく思っているのかもしれない。たくさんの観光客との小さな思い出をいっぱい抱えているのかもしれない。
こんな私でもずっとここにいさせてもらえて、ささやかながら小さな幸せを感じてきたんですよ。他のタワーと比べてうらやましいとかどうして自分は・・・と思ったこともあったけど、比べても仕方のないこと。私は私なりにずっと立ってきたんです、って。
いや、勝手な妄想ですがー(笑)。

自分の大きさを知ること。
むやみに比べて悲観しないこと。
みんな自分の人生があって、きっとそのまんまでいい。
それでいい。むしろ、それがいい。それだからこそいい。
新幹線から降りて、京都タワーをぼおっと眺めながら、ちょっとそんなことを思ったのでした。



Late For The Sky / Jackson Browne






♪めれんげ一人旅

目が覚めたらユニットバスみたいなプラスチックの狭い天井。
えっ?ここはどこだ、あ、東京だ。

東京行きも、もう何度めなんだろう。
去年は仕事がかちあって来れなかったんで、その前の6月の六本木以来。
過去記事によると、最初に訪れたのは2011年。この7年で変わったことと言えば、ちゃんと宿をとってから来京するようになったことかな(笑)。ちょっと体力の衰え感じる近頃、40代の頃はネットカフェでもじゅうぶんだったんだけど。外国人観光客が増えたからか、この数年ですっかり安い宿を当日確保するのが難しくなった。とは言っても宿確保したの前日だけど。新宿近辺とか全然空いてなくって、六本木から歩ける範囲の赤坂で3500円のカプセルが確保できた。ネット上の評判はあんまりよくなかったけど (寝室にコンセントがないなんて、スマホ時代に致命的・・・)、いいんだ、眠れりゃどこでも。

さて、土曜日の夜。
楽しかったなぁー。
たくさんお話した人も、あまりお話できなかった人もいるけれど。
なんていうんでしょうか、主役のjukeさんをはじめ、みなさんの楽しんでいるのを見るのがとても楽しかったのです。
いい音楽と、お酒と、初めて会っても年に一度しか会わなくてもたくさん会話を交わさなくてもなんとなく気心が知れてみんなで同じ場を共有できることの幸福感。大袈裟に言えば、人生の幸せって、こういうことなのかな、と思えるくらい、ありそうであんまりないよね、ああいう場所と時間は。
こういう楽しい場を作ってくれたjukeさんとDueceのマスターと、皆さんに感謝です。


今回のライヴは「めれんげ一人旅」。
jukeさんがギター一本で演る。
今回改めて思ったんだけど、っていうか本人には今更かよっ、って怒られそうだけど(笑)、jukeさんって上手いよね、一人で演っても、ロックンロールでソウルフルだ。
舌巻いたり、ヴィヴラート利かせたり、わざとロックンロールっぽくしたりソウルっぽくしたり、っていうのはあんまり好きじゃないんですよね。英語の歌をネイティブじゃないのにすごく英語っぽく歌うのもあんまり好きじゃない。
jukeさんのは、そういう形だけ持ってきたロックンロールやソウルじゃなくって、自分の中から出てきたロックンロールでありソウルだと、少なくとも聴く側としてそう感じるんですよね。
そして、曲がいいよね。
一部の選曲は、RC、ルースターズ、ボ・ガンボス、北海道からのangel dusterさんに送るスライダーズ“ありったけのコイン”、インプレッションズの“It's Aii Right”に、ビートルズに、後半Alleynutsのカズさんとリリーさんを交えたクールス。すいません、クールスはあんまり知らなくって。ああいう感じは大好きなんだけど。
二部は“夏の朝5:20”で始まって、“あぶないふたり”、“おまえといられない”、“あいまいなリズム”、新曲“横顔(仮)”、“星がきれいな夜”、“I need somebody”、あと何演ったっけ。酔っぱらってきて記憶あいまい(笑)。
最後は“シャララ”、そして“ジェットでぶっ飛ぶ”。

個人的には、ゆるめでしっとり系のギター一本もそれこそ“Bar Music”って感じで好きだけど、一番ゾクッときたのは
「アコースティック・ギターって昔はフォーク・ギターって言われてて。演りたいのはフォークじゃないんだよね、ってエレキ・ギターを買ったのよ。」
ってMCしたあとに演った“テキーラ”。
会ったこともない高校1年生のjukeさんの姿がシンクロしたっていうか、そのときの初期衝動が大人になっても全然褪せずにそのまんまで、これこれ、これが楽しいんだよ、かっこいいーんだよ、ってのがありありと伝わってきて。
そうそう、これこれ、これがかっこいいんだ。
ロックって、このかっこよさだ。
今回一人めれんげで演ることになった経緯はいろいろとあったんだろうけどー。
jukeさんがよく使うMCで、「歌ってもいいよー。歌わなくてもいいよー。」っていうのがあるけど、あの感じと同じかなぁ。こうでなきゃってこともなく、感じ方もひとそれぞれでいい。ゆるくてもいいし、ゆるくなくてもいいし、一人でも二人でも三人でも、ステージで音を出してくれているだけで、めれんげの音になっていて、そういうイッツオーライな雰囲気も含めてみんな大好きなんだと思うんですよね。



一夜明ければ、またいつもの仕事の一週間が始まる。
お楽しみはしばらくお預けだねー。
でもね、あのロックのかっこよさを思い出した、あの感じは忘れたくないですよね。
仕事でもプライベートでも、なんであれ自分がいいと思えること、自分で楽しいと思えることをしたいね。
ま、そのことを否定されようと肯定されようと、実際最早そうしかしようがなくなってきてるんだけど。
Life goes on.
それぞれの場所で、それぞれに働いたり遊んだりがんばったり怠けたりしながら、また元気でお会いできるといいねー。







♪久しぶりの平日休暇

今日は久しぶりの平日休暇。
先週の日曜日もお店の応援でレジ打ちしてたから、ちょっと休まないとさすがにタフな僕でも体がもたないのだ。
応援といってもまぁバイト代わりみたいなもんだけど、やってみるとなかなか楽しいのですよ、レジ打ち。
コンビニなんかではかなり男性も多いものの、スーパーのレジとなるとなぜかあれは女性の仕事ってことになっているイメージがあって。そもそもは、仕事場のメンバーが女性ばっかりでレジの応援が入ると自分の仕事を置いてでも行かなきゃいけない状況になっていたので交代できるように覚えたんだけど、けっこう楽しいですね。
男性の、しかもおじさんがレジに入っているとなんだかお客さんの期待値が少し下がるみたいで、「どうせトロいんだろう」と並ぶと意外とテキパキやるので、普通にやっていても「ちゃんとやってはるわ」という印象になるみたいで、そーゆー意味では得してる感じがします。
実際のところ、仕事の適性は個人の適性があるだけで、男か女かは関係ないんだけどね。

今日は、朝から部屋の片付けをしてました。
たまっていく一方のCDを整理するため棚を増設して。
たまにはこーゆーことをちゃんとやっとかなきゃ、中古CD屋なんかでついつい持ってるCDをダブって買っちゃったりしてしまうのです(>_<)。

きれいに整理できてちょっといい気分で午後のコーヒーを。
BGMはほっこりと、ボニー・レイットさんのこのアルバムなんてどうだろう。

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Sweet Forgiveness / Bonnie Raitt

シックかつビタースィート、基本はブルージー、さらっとセクシー、時々豪快。ビシッと一本スジが通った感じの豪気さと、穏やかな物腰の中に繊細なブルース・フィーリングが垣間見えるのが素敵。
当時はまだまだバリバリギターを弾く女性は珍しかったけれど、今じゃそんなの当たり前だもんね。
音楽だって、男か女かはそんなに重要なことではない。音を通じて感じられる何かに心の何かが共鳴できれば、それはその人のその時にとって、いい音楽なのだ。


Runaway / Bonnie Raitt

Louise / Bonnie Raitt


さて、片付けも終えたし、あとはのんびりしよう。
明日は東京でロックンロールのお祭りだからね。



続・音楽歳時記「立冬」

11月7日が立冬。
名前のとおり、暦の上ではもう冬のはじまり。
酷暑だった夏の記憶も遠くに去って、冬が少しずつ近づいてくる季節。
気候が落ち着いてくると、なぜかジャズっぽい音が聴きたくなることが多くなる。なんとなくジャズが心地よく響く。
その心地よさというのは、ビートに鼓舞されたりメロディーに癒されたり歌をかみしめたり、というのとはちょっと違って、もっと大きな流れの中に身を委ねてしまうような心地よさというか、深く考えず、ひとつひとつに何かを感じとらず、頭も心もからっぽにしてただ音の流れにのっかって漂い流されていく感じというか、まぁそんな感じ。
そういう気分に適しているのは、ホーンが3本もあってピアノやベースも入り混じって丁々発止のインプロヴィゼーションを延々と繰り広げるようなジャズではなく、シングル・ホーンのサックス奏者が穏やかなトーンで淡々と歌を紡ぎ、リズム隊がそれにそっと寄り添うようなものが望ましい。

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Gettin' Around / Dextor Gordon

数多いるジャズのサックス奏者の中でも、個人的によくウマがあうのがデクスター・ゴードンさん。
いくつか名盤名演とされるレコードが残されている中で、ちょっと地味目の“Getting Around”というアルバムが好きで。
ひっそりしていてシンプルでありながらなんとなくユーモラスでもありジャケットを見てたまたま買ったアルバムなんだけど、たまたまなのかすごくしっくりきた。
発表は1966年。モダン・ジャズのピークは50年代後半から60年代前半で、この頃にはもうフリー・ジャズやファンクっぽいものが幅を効かせていたはずだから、おそらく発表当時ですら古くさいひなびた演奏だと捉えられていたはず。でも、そんなことはおかまいなしにいつもながらの古くさい歌を飄々と歌っている感じがとてもいい。
豪快でもなく、トリッキーでもなく、かといって淡すぎず、控えめすぎず、泣きに走りすぎず、ただただじっくりと、心の奥に溜め込んだなにかをひとつずつ言葉にしてみるような、ごまかしもハッタリもカッコつけもないちょっと不器用なくらいの音色。
時代がどんなに動いても、俺は俺の方法で俺の出来ることをやるだけさ、って感じ。
だからこそ、ひとつひとつの音が染みていく感じ。
ゆったりと懐の深いリズム隊は、ビリー・ヒギンスとボブ・クランショウ。楚々として控えめで寄り添うようなピアノはバリー・ハリス。そしてヴィブラフォーンのボビー・ハッチャーソンがとてもよく歌っていい味を添えている。そんないずれも地味ながら的確な演奏をする職人肌のミュージシャンたちを従えて、自分の歌を歌うゴードンさんが素敵。


Who can i turn to / Dextor Gordon


うーん、しみじみするねぇ。
お酒もいいけど、熱ぅーいお茶でも淹れようか。




♪13年めの11月2日

13年目のひとつめの記事。
13っていう数字はなんか好きだな。
2でも4でも6でも割りきれるとても器用でオールマイティーな12の隣で、割りきれない素数として隣り合う11と13。11がなんとなくスターっぽいニュアンスなのに対して、13は不幸や不吉を背負った孤高な感じがしないですか?
そういう陰り感がなんかいい(笑)。

まぁ、それはともかく。
このところ読み返していた過去ブログで、このブログのコンセプトについて書いたものを発見しました。
2007年11月2日、ブログを書きはじめてちょうど一年の日の記事。



きっかけは、40歳という人生の折り返し点を目前にして、今まで自分が過ごしてきた日々を振り返っておきたいとの思いからだった。十代の頃から自分自身の形成に少なからず影響を与えられてきた、大好きな音楽から受け取ったメッセージや、大好きな歌で語られた世界を題材に、自分のことを振り返ってみよう、十代や二十代の頃に音楽と共に感じたことを四十歳になる自分の視点で書くことで、あの頃と今、変わったことや変わらないもの、変わらなくちゃいけないものと変わってはいけないものを再確認してみよう、と。
音楽系のブログでよくある『このアルバム最高!』とか『この曲大好き』といったことだけを書くつもりはなく、その音楽が表現する世界を借りて、自分の思いを書くのが基本コンセプト。だから時には非常に個人的なそのときの感慨やら思い出話や、たわいもないことも書き束ねてきた。
いつまで書けるかはわからないけれど、書いてきた文章や、選んだ音楽のタペストリィから、自分がたどってきた日々が浮かび上がってくればいいな、と。そんなふうに思っています。




おぉ。そんなこと考えてたんだ。11年前の俺。
書いてあることはほんとそのとおりでね。
音楽ブログの形を借りた身辺雑記、がめざしたコンセプト。このスタイルは崩さずに続けてきたつもり。
あともうひとつ付け加えるならば、好きなこと好きなものについて書く。これがダメだ、これは嫌い、ということは書かない。
そうやって書いた記事が1300と少し。
最初の一年少しはもう、ほぼ毎日のペースで思い付いたものを片っ端から書いたからね、当時スマホもないのにいったいいつ書いてたんだっていう。。。
その後は、まぁ週2、月10以内くらいのペースを維持している。書きゃあいいってもんでもないし、文章のクオリティも少しは気にするようになった。読んだひとが嫌な気分になってほしくはないし、できれば喜んでもらえるものを書きたい、と。
でもねぇ、そういうことを気にしだすと逆に書けなかったりもするんですよね。
通りいっぺんのことを書いてもおもしろくないし、でもそうそう衝撃的な体験や新しい発見がこの歳になってあるわけでもなく、つまりはいつもネタ切れです。
この先ちょくちょくこうやって過去ブログを引っ張り出して記事書くかもしれない(笑)。

まぁそんなこんなの13年目のスタート。
過去を振り返るときには、人生を道や道のりに例える歌なんかを聴きたくなったりしますが、“My Way”や“The Long and Winding Road”では、ささやかな13年目にはちょっと大げさ過ぎる。
ということで、こちら、ジョン・レノンの“Old Dirt Road”を。

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Walls and Bridges / John Lennon

地味な『Walls and Bridges』というアルバムの地味な曲なんだけど、なんかすごく好きなんですよね。
最後のほうに出てくる“Keep on keeping on”っていうフレーズがすごく好き。
地味な秋の一日に、地味にほっこりする。





♪干支ひとまわり

しばらくさぼっているうちにもう10月も終わりになってしまった。
今年ももうあと2ヶ月。
若い頃、おっさんたちにいろんなこと言われた中には本当のこともそうでもないこともいろいろあったけど、「歳をとると一年がめちゃくちゃ早く感じる 」というのは本当だったな。

しばらくバテててね、ちょっと忙しすぎた。
忙しさのピークが過ぎて通常モードに戻ったらどかっと疲れが出てきてね。
だいたい、頑張りすぎるとろくなことがない。
もうちょっと落ち着いて普通にやればいいのに、つい頑張りすぎてはみ出してしまうのは僕の悪い習性だ。これは歳を重ねてもあんまり変わらないなぁ。
バテていた間は、おとなしく本を読んだり、音楽を聴いたりしていた。あ、それはバテていなくてもそうなんだけど(笑)。
そういうときに、ちょっと助けになったのは、普段はあまり会わない人たちとお話することだった。
たまたま現場へ行く用事があって昔一緒に仕事した人たちとおしゃべりしたり、十数年前一緒に働いていたお世話になったあるパートさんの一周忌の会があって当時の懐かしいメンバーと顔を合わせたり、ずっと前に研修で寄せていただいてすごく参考にさせていただいた遠くの地方の同業者が来阪されてお話を伺う機会があったり。
過去の自分の失敗には辟易することだらけだけど、そう言いながらも「あのときにはすごくお世話になった」とかお世辞でも言ってもらえるとほっとするよね。あ、いろいろあっても間違ってはいなかったのかな、なんて。表情やなんかからそれがまるっきりのおべんちゃらじゃないことくらいはわかるもの。

あと、しばらくのんびりしている間に、自分の過去ブログを読み返してみたりもした。

最初にブログを書き始めたのが2006年の秋。最初の記事が11月2日だから、もうすぐ丸12年になる。
当時はまだ現場にいて、その頃ぺーぺーだった子が現場の所属長や責任者なんかをやったりしている。5歳だった娘はもう高校2年生になるし、12年といえば、さすがにけっこうな時間ですよね。干支ひとまわり(笑)。
最初の頃に親交があった人たちでもうブログを書かなくなっちゃった人も多いし。

古い記事を読み返すとね、えらい気負ってんな、とか、相変わらずやなぁー、とか思ったり、たまに、おぉー、なかなかいいこと書いてるやん、とか思ったり。いろんな思いが湧いてきます。
あ、俺ってそんなこと考えてたよな、そのとおりやわ。へこたれてたらあかんよなぁ、なんて昔の自分に元気もらったりね。
バテてしまうときっていうのは、たぶん、ひとつの転換期なんだと思う。
ちょっと休んだらそろそろ次へ行こうか、ってことなんだろう。
そういうときに、昔の自分に助けてもらうっていうことは、悪いことではないだろう。
ま、そんなこんなでだいぶ元気回復してきました。


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Great Hits / T-Rex


12年ブログ書いてきて、実は今まで一度も記事にしたことがなかったのがT-REX。
T-REXの評価っていうのは、トラディションに則った王道というよりは、時代の徒花的なハッタリだらけのトリック・スター的かな。
でも、それもアリでしょ。
だいたい誰の人生だってハッタリ8割だ。ハッタリと言って語感が悪いなら、ありたい自分像の見せ方と言ってもいい。
そういうありたい自分と、そんなはずじゃないんだけどなぁの自分のちょうど真ん中あたりで、人生は続いていくんじゃないのかな。
ベスト盤しかもってないし、ものすごく影響を受けたってこともないし大声で大好きというほどでもないけど、たまに聴くとやっぱりかっこええやんっ!って思うよね。
若い頃におっさんたちにいろんなことを言われた中で「ロックが大好きなんて、若いうちだけ」ってのもあったけど、それは嘘だったな。
はじめて聴いたのは17、8の頃だったけど、今聴いてもかっこいいし、ゾクゾクするもの。

“Laser Love” T-Rex


・・・というわけで、13年目に突入していくこのブログ。
音楽ブログとしてはすっかりネタ切れだし、ちょいと頻度控えめになるかもしれないけれど、まだまだ続いていきますので、ひとつよろしくお付き合いのほどを。






続・音楽歳時記「霜降」

10月23日は秋の最後の節季、霜降。
霜が降り始める頃という意味だ。
いよいよこたつも出した。
秋はどんどんと深まっていく。
元々独りでいることは苦手なほうではないけれど、秋という季節は、なんとなく独りでいたい気分が増す気がする。
春爛漫の時期やピーカンの真夏に独りでいるのは時々少し淋しい感じがしてしまうこともあるけれど、秋はむしろ独りでいるのが心地よい季節であるような気がするのです。
なんていうんだろうか。通り過ぎてきた出来事を、少し落ち着いて噛みしめてみるような季節というか。
思い返して、受け止めて、改めて意味を考えてみたり、納得したり、反省したり、或いはやっぱり納得できなかったり、リベンジを誓ったり。
たくさんの人たちとつるんだり群れたりしているときは、ついつい勢いで突っ走ったり、逆に全体調和のバランスを考えたりで、ほんとうは自分はどう思っていたのか、どう感じていたのかということが自分自身でも案外つかめていなかったりするもので、改めて心の整理をするような作業は独りでないとできない。
そういう意味で独りでいる時間、独りのときにする心の作業というのはとても大切なんですよね。
集団の中で生活するということは、会社での自分、家庭での自分、友人たちとの交流の中でさえ、それぞれに良くも悪くも何らかの「役割」を担うことになる。それを正しく遂行することが求められる。それはそれで構わないのだけれど、何の役割も担わない自分自身に戻る時間はとても大切なことなのだ。求められている「役割」を正しく遂行するためにも。

自分が何の役割も求められていないのではないかと感じることが孤独。
あえて一人でいる時間を大切にすることと、孤独であることは、似ているようで違うのだ。

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Wildflowers / Tom Petty

さて、そんな気分で選ぶ“霜降”の一枚は、トム・ペティのソロ・アルバム、“Wildflowers”。

そもそもストーンズやフェイセズと違ってハート・ブレイカーズというバンドそのものが、ソロ・アーティストとしてのトムの世界観をバック・アップするためのバンドなのだから、ぶっちゃけバンドでもソロでもテイストそのものに大きな違いはない。ハートブレイカーズのメンバーもそこそこ参加しているし。
それでも、どっか違うんですよね。ハートブレイカーズの音と比べると。
ちょっとザラついて斜に構えた感じ。
そのくせとびっきりにイノセントでセンチメンタルな感じ。
どちらかといえば淡々と控えめな楽曲が並んでいるけれど、どこかザラザラした肌触りがあって、そのザラザラ感はバンドではなくソロでなければ表現できなかったのかもと思わされるような少しヒリヒリした感じがする。かと思えば、妙にほっこりするフォーク/カントリーっぽい曲がいくつかあったり、とてもへヴィーでどろっとどす黒い印象の曲があったり。
そういう感じ、なんとなくトム・ペティという人の心のうちをこっそりと聞かせてもらっているような雰囲気がある。聞かせてもらっているうちになんとなくこちらの心も整理され浄化されたような気がしてくる。
荒ぶるでもなく、落ち込むでもなく、ただ淡々と、けれどそれは平板ということではなくて、微妙な綾や機微が織り込まれていて、そよ風やさざ波のように心を静かに揺り動かしてくれる。
とても豊かな音楽だと思う。

秋は深まっていく。
そう言えば、トムが亡くなったのは去年の秋だったっけ。


Wildflowers / Tom Petty







♪Oh,No,I've said too much

7、8、9月といろいろ忙しすぎたせいで、10月になってもちょっと腑抜け状態。
急に冷え込んだせいもあってか、体も心もどかっと疲れが出てきた感じ。
もうあんまり若くないねぇ、とは思いたくはないけれど、自分が知っている自分のリミット感よりも明らかに上限が落ちているのは確かだ。
体力が落ちてきたときは、なんだかいろんなことがうまくいかなくなるねー。
良かれと思ってやったことに後になって難癖をつけられ、良かれと思って注意した指摘を愚痴られ、いつまでたっても同じ失敗を繰り返す人に指導しても馬耳東風。
ま、別に正義感ってわけでもない。
それは違うだろと思ったから違うと言っただけだし、そこはそうすべきと思ったからそうしたに過ぎないのだ。
でもなぁ、うーん、なんだかなぁ感がぼんやりと広がっていく。

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That's me in the corner
That's me in the spotlight
Losing my religion
Trying to keep up with you
And I don't know if I can do it
Oh no, I've said too much
I haven't said enough
(Losing My Religion / R.E.M)


余計なことに口出しせずに、波風立てずに自分のことだけ淡々とやっていたって誰にも文句は言われないんだけどね、やっぱりおかしいよと思ったらおかしいって言ってしまうし、困っている人がいたら何かできないかと思うし、それはもうどうしようもないよね。ただ黙ってやり過ごすわけにはいかないだろうと思ってしまうことが悪いことだとは思えないんだよな。
まぁいいんだけど。
ちょっと疲れてる。
こういうときはおとなしくしておいたほうがいい。
エネルギーを放出してばっかりじゃ、嗄れてしまうのも当然だ。
充電が必要だ。




続・音楽歳時記「寒露」

台風が去って秋の空。
お神輿を担ぐ掛け声や太鼓の音が聞こえてくる。
節季は寒露。
朝晩には冷たい露が降り始める頃という意味で、つまりそれまでには収穫を終えなきゃね、というひとつの目安の節季でもあります。
実りの秋という言葉があるように、秋はひとつの決算期だ。
冬に蓄え春に芽吹いた何かの結果報告が求められる季節。
その結果が良かろうと悪かろうと、ひとまずはここまでの労を労い、神様に感謝しましょう、っていうことでお祭りが行われる季節。

で、お祭りといえばなんとなくこのアルバムなのです。
デキシーズ・ミッドナイト・ランナーズの1982年のアルバム「Too-Rye-Ay」。
発表当初は「女の泪はワザモンだ!」という訳のわからない邦題がついていた。邦題つける時に、Too Ray Eye=光にあふれた瞳、とでも勘違いしたのだろうか(笑)。
じゃあ実際Too-Rye-Ayがどういう意味なんだ、って言うと、どうも意味はなくって、お囃子の掛け声のようですね。アーコリャコリャとか、チョイナチョイナとか、ヘイヘイホーとか、そういう類いの言葉。
やっぱりお祭りなんだな。

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Too Rye Ay / Dexys Midnight Runners

“Ladies and Gentleman,I give you the Celtic Soul Brothers...”
アルバムはそんなアナウンスで始まり、バンドのテーマ曲のような“The Celtic Soul Brothers”、そこからホーンセクションがソウルフルな“Let's Make This Precious”へと軽快に続いていくのがすごく気持ちいいのだ。
ベースのソウルフルなうねりに、チープなドラムの温かみのあるリズム。ホーンセクションが威勢よく煽る一方で、フィドルやバンジョーやマンドリンやアコーディオン。どこかとても懐かしい感じ。
ヴァン・モリソンのかっこいいカヴァー"Jackie Wilson Said”や"Plan B”でのはっちゃけぶり、"Old"や"Until I Believe in My Soul”での胸しめつけられるようなせつなさ、それらの曲たちが泣いたり笑ったり踊ったり愛しあったりを繰り返していく様子は、ひとつの物語、ひとつの舞台、ひとつの人生を垣間見ているかのようだ。
そしてラストの大ヒット曲、"Come On Eileen"。
若い男の子が女の子を口説いている。
たぶん、お祭りの夜。
軽快なフィドルとバンジョーに合わせてケヴィン・ローランドが歌い出す。

ラジオから年老いたジョニー・レイの哀しみに満ちた歌
その昔、100万もの人々の心を揺さぶった歌声
母親たちがその昔歓喜したんだろう
それは誰にも咎められはしないさ
今、きみはは充分に大人だ
だから今、はっきり言うよ
さぁ、歌おう
僕らの親父たちがそうしたように


ジョニー・レイっていうのは1930年代に活躍した歌手。僕らの親の世代に例えれば、加山雄三や橋幸夫みたいな存在だったんだろう。
ジェネレーション・ギャップを感じつつも、父親や母親たちがしてきたのと同じような世界に足を踏み入れようとしている少年少女。この年になれば、自分にもそんな時代があったっけ?と思うような感じだけど(笑)、少年時代だからこそのやんちゃで恐いもの知らず、そんな若さがあふれたこの歌の二番が好きだな。

このあたりにいる人たちはみんな
伏し目がちで疲れ切った顔をしている
生気のない顔で「運命だ」なんてあきらめている
でも、僕たちは違う、違うんだ
あきらめるには若すぎるし、あきらめるには賢すぎるのさ


「でも、僕たちは違うんだ。」っていうひとことに、元々パンク少年だったケヴィン・ローランドの意志が現れているよね。

お祭りの夜が明けると、ひとつの決算を終えて、また次の春に向けて蓄える季節が始まる。
実りの秋。
今年、僕はどんなものを実らせただろうか。
正直、今年は少し栄養不足。今までの蓄積でとりあえずはひととおりの収穫はこなせているものの、大きな成果とはほど遠いような気もする。
まぁ、過去の経験を頼りに、最小限のエネルギーで目的地に速やかに達することができるのも大きな功績なんだろうけど、もうちょっと四苦八苦して泥にまみれながら今までに見たことのないものを手にしてみたいという気持ちと、もうそんな体力残ってないしのんびりある程度でやらしてくれよ、って気分が半々くらい。
あきらめるには歳をとりすぎたし、あきらめるには愚かすぎる、ってところか。
まぁいいや。まずはしっかりエネルギーを蓄えて冬に備えるべし。
冷たい冬の風が吹き付ける前に。







兵庫県成立の謎と失なわれた丹の国

我らが阪神タイガースは、もはやCS進出の望みもなく、最下位争いドラゴンズとの直接対決にも敗れ、最下位へまっしぐらという不名誉な結果でシーズンを終えようとしている。このふがいない闘い方と今の勝率なら、最終的に5位だろうが最下位だろうがもはや大して変わらない。
なんかいろんな選手をとっかえひっかえして、一年中オープン戦を観さされていたような気分がする(笑)。それくらい本気を感じられないシーズンだった。
期待の大きかったロサリオの不発や大山の伸び悩み、藤浪の不振や秋山の失速などいろんな要因はありましたが、、、そもそも選手たちが楽しそうじゃないのが問題かなぁ。首脳陣の責任は免れないと思いますが。

それはともかく。
大阪の人はなぜ兵庫県西宮市に本拠がある他県の球団を地元のように愛するのか、という疑問が古くからあります。
この謎の答えは、実はとても簡単。
そもそも西宮市を含む阪神地域は、大阪の一部分だったからです。
「律令国」という地域を区分けする制度は、飛鳥時代の昔から明治の廃藩置県に至るまで実に1200年以上も使われてきました。律令国の制度では、今の大阪府は摂津・河内・和泉の三つの国に分かれ、摂津国は実は淀川東岸から神戸までのエリアだったのです。
だから阪神地域と大阪は文化的には元々同じというわけ。
西宮がなぜ「西」か。大阪の西にあるからです。尼崎出身のダウンタウンが大阪的な代表として自然に認知されるのも、そもそも共通の文化を持つ土地だから。
大阪が元々3つの国で、パ・リーグに関西の球団が3つあったのはわりと理にかなっていたのだな。摂津の阪急、和泉の南海、河内の近鉄。どのチームもなくなっちゃったけど。

大阪から阪神地域をぶんどって成立した兵庫県というのは、実はとても不思議な成り立ちをした県です。
律令国は全国で五畿七道・68国ありました(明治になって廃藩置県までの間に出羽・陸奥の分割と、北海道の11国が加えられ五畿八道・84国になっています。)
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旧律令国の地域がそのまま今の県とほぼ同じなのが、上野=栃木県、下野=群馬県、甲斐=山梨県、信濃=長野県、越中=富山県、近江=滋賀県、大和=奈良県、讃岐・阿波・土佐・伊予の四国4県と肥後=熊本県、日向=宮崎県。
だいたいの県は、隣同士の国を合同させてひとつの県を作っています。だいたいはふたつの国の対等合併、小さな国ならみっつ。
伊豆+駿河+遠江=静岡県、三河+尾張=愛知県、飛騨+美濃=岐阜県、能登+加賀=石川県、越前+若狭=福井県、因幡+伯耆=鳥取県、出雲+石見+隠岐=島根県、備前・備中・美作が岡山県、備後・安芸で広島県、周防と長門で山口県、薩摩と大隅で鹿児島県。新潟県は越後一国のように見えますが佐渡国の合併です。
ところが、大都市近郊を中心に、単純合併ではないエリア変更が行われた場所がいくつかあって、兵庫県は播磨国+但馬国のみならず、摂津国の西部、丹波国の篠山・氷上エリア、さらに単体だった淡路国までを合併する巨大な県になっています。実際今もこの広い県の中での交通の行き来は悪く、友人の兵庫県民も「姫路ですら行くことないのに、豊岡なんて同じ県だと思ったことがない。」と言います。
そうやって阪神地域を併合して巨大な県になった兵庫県。でも、何百年も同じ地域・同じ文化圏だったつながりはそうそうすぐにはなくならない。
世界中にはこうやって恣意的に分断された国境を持つ国で民族紛争が絶えないわけで、これはただの例え話ですが、、、仮に戦後、日本がふたつの国に分割されその国境が兵庫大阪の府県境だったとする。兵庫側のウエスト国は運営が失敗して貧しくなり大阪側がイースト国が豊かだったりすると、西宮や尼崎市民がイースト国との民族統合を求める紛争を起こすことになる。世界で起きている紛争をそんなふうに例えて見るとわかりやすいのかもしれないです。民族なんていうほど大げさかと思うかもしれませんが、世界中の自称民族のほとんどは、播州人と大阪人の違い程度だったりします。関西人と関東人なんて世界標準でじゅうぶんに別民族です。双方がそう主張さえすれば。ま、これは完全に余談ですが。

では、どうして兵庫県が優遇されて巨大な県になったのか。
出身の政治家がゴリ押ししたとか、東京に対抗する勢力である大阪を分割して力を削いだとか諸説あるのですが、どうやらそれまで小さな漁村だった「神戸」を国際港として開き育成するために、兵庫県を大きくしたということなんだそう。兵庫県の税収を増やすため、農業漁業が盛んであった但馬国を文化的地理的につながりの濃い丹後や因幡ではなく、播磨へ合併させたということ。さらに、豊岡と神戸との廻廊にあたる丹波国の氷上、篠山をも吸収。
そのあおりで丹波の国は分断され、京都府に吸収されることになる。
丹波国は、元々山と川で分断され、京都寄りの亀岡、兵庫寄りの篠山、そして豊岡や舞鶴と繋がる福知山というそれぞれの地方がばらばらで発展し中心になるところがなかったらしいのですが、見事に分割されてしまったのです。
遠江の浜松、三河の豊橋、飛騨の高山、備後の福山など旧国の中心都市がそれなりに地方都市としての存在感を持っていることも多いことから比べると、丹波国はあまりにも存在感が薄く、京都・兵庫の付属地的扱いになってしまっていて旧国としてのアイデンティティが今や完全に消失してしまっている。ケンミンショーで京都市内出身の西村なんとかが大きな顔をしている一方で福知山出身の千原せいじがいつも小さくなっているのはそういうことだ。
もしもの話だけど、日本に開港を迫るのがアメリカよりもロシアのほうが早く、国際港として開港したのが神戸ではなく舞鶴だったら、ひょっとしたら但馬・丹後・若狭・丹波あたりで大きな「舞鶴県」みたいなのが出来ていて発展していたのかもしれない。京都は南部の山城国が近江・大和・伊賀あたりとくっついた県になっていたかもしれない。舞鶴県が栄えていれば、若狭に原発が集中することもなかったのかもしれない。

こういう意図的な統合・分離は神奈川県でも起きていて、今の横浜は元々武蔵国の辺縁の漁村だったそうですが、神戸と同じく国際港として育成するため、横浜を相模側に寄せて神奈川県の県庁所在地としたそうです。
肥前国でも幕府直轄地で国際港だった長崎を県庁所在地にして長崎県に仕立てたが、これに明治維新の勇藩だった佐賀が反発、肥前国は長崎県と佐賀県に割れることになったのだとか。
ちなみに元々「国」ではなかったのに分立して県になっているのは佐賀県以外には埼玉県だけ。ここにはどんな思惑があったのかも興味深いです。

兵庫、神奈川のように優遇された県とは逆に、丹波のように分割されて元の姿を留めなくなってしまった不幸な国もいくつかあります。
豊前国は、豊後国との単純合併ではなく、小倉など北側と炭田があった田川が筑前・筑後と併せて福岡県側に持っていかれ大分県が割りをくっています。日本の近代を支えた製鉄は本来大分県だったはずなのです。
下総国は一部が茨城県へ、一部が東京府へ、残りが千葉県に。両国という名前のとおり、武蔵と下総の国境は隅田川だったというわけ。
また、伊賀国は元々関西圏だったのに、伊勢国側へ統合。三重県は、伊勢・伊賀に志摩国と、元々紀伊国だった尾鷲・熊野が取り込まれるという複雑な成り立ちになりました。
1200年もの歴史に比べて廃藩置県があってからまだたったの150年。土地に根付いた文化というものはちょっとやそっとでさっと変わるわけではないようですね。



えーっと、どうでもいいことを長々と書いたなぁ(笑)。
元々何の話だったっけ?
阪神タイガースか。
ウーン、、、この調子では来年もあんまり期待できそうにないなぁ。。。
別に毎年優勝してほしいとかそんな贅沢は望みはしないのです。
ただ、もうちょっとスリリングでエキサイティングな野球で楽しませてほしい。さすがプロ!というプレーでワクワクさせてほしい。
景気づけに半ばやけで(笑)、六甲おろしでも歌っとくかー。

六甲おろし / 山本彩




♪ガボン

世界地図を見るのが好きだ。
暇なときに眺めていると、何時間でも見ていられる気がする。見るたびに何か発見がある。知らないことっていっぱいあるよなぁ、って思う。
で、ふと湧いた疑問。
「世界で一番知られていない国」はどこだろう。

ナウル、キリバス、ツバル、、、南太平洋の島々の国々はあんまり知られていないかも。
島国なら、カリブ海あたりの国々も未だに位置関係がうまく把握できない。えーっと、プエルトリコの南にセントクリストファー・ネイヴィスがあって、アンティグア・バブーダがあって、ドミニカ、セントルシア、セントヴィンセント・グレナディーンだったっけか。その隣がバルバドス、南西にグレナダ、一番南米に近いのがトリニダード・トバゴだ。
まぁでも、島嶼国がわかりにくいのは仕方がない。大陸にある国でいうとどこだ?アゼルバイジャンやアルメニア、或いはエストニア、ラトビア、リトアニアといった旧ソ連の国々は学生だった頃にはなかったからなじみはうすいけれど、けっこう新聞やニュースには出てくる。
やっぱりアフリカだな。ブルキナファソ、トーゴ、ベナン、赤道アフリカ、ガボン。
おぉ、ガボン。

2018100422512490f.png

この国の名前を報道なんかで見聞きした記憶がない。
無名度最強かもしれない。ガボン。
めっちゃ独断と偏見だけど。
どんな人が住んでいるんだろう、ガボン。
どんな音楽が鳴っているんだろう、ガボン。
なんか名前の響きがいいよな、ガボン。
赤道直下だから、かなり暑いんだろうな、ガボン。
そうやって想像の翼を広げている時間は、とても幸せだ。
ガボン、ガボン、ガボン。

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調べずに想いだけ馳せてりゃいいものを、わからないことはつい調べたくなる性分。
Wikipediaによると、ガボン共和国は、共和制・大統領制を持つ立憲国家で人口は163万人。国土の80%は森林のため人口は海岸部に集中し、首都リーヴルヴィルに73万人が住んでいる。コートジボワールやナイジェリアなど17ヵ国が独立し「アフリカの年」と後に呼ばれる1960年にフランスから独立。通貨はCFAフランで公用語もフランス語。
気候は熱帯モンスーンで、一年間の平均気温は29~30℃、9月から5月までの長い雨季には毎月300mmの雨が降るが、乾季には35mmと極端に乾燥する。
主な民族は南部アフリカに多いバントゥー系で、宗教はキリスト教徒が73%。産油国であるほか、ウラン、マンガン、鉄などの鉱物資源も豊富で、一人当たりのGDPは7,736ドルと世界水準と比較しておよそ75%あり、住民の暮らしはアフリカの中では比較的豊か。そのためか、都市部では近隣フランス語圏諸国からの出稼ぎ労働者も数多く、近年は中国企業の進出が著しいらしい。

・・・思っていた以上に裕福な国らしいね。
アフリカだから未開だなんてことは今やありえない。そんなのは日本人はサムライ、ゲイシャだと同じような知らないが故の思い込みに過ぎないわけで。
音楽は、近隣の音楽大国コンゴのポリリズムを使った音楽や同じフランス語圏の西アフリカの影響のほか、アメリカの音楽もかなり入ってきているようで、ヒップホップが盛んらしい。
Youtubeではこんな動画も見つかった。

Abiba et Sidiki Diabate “Gabon 2017”

これはどうやら、2017年に開催された、サッカーのアフリカネイションズカップのテーマ曲のようだ。

ストリートでは、ヒップホップや弾き語り。
当たり前のことなんだろうだけど、すごく今のアメリカン・ミュージックとコミットしていてかっこいい。

Kero Skar “Babe on Rente”

Jarvi K “Comme Une Ombre”

ちょっと行ってみたくなってきたよ、ガボン。





◇台風の夜のカラスと「ライ麦畑」

先日の台風の夜のこと。
9時くらいまではなんてことなくって「台風来る来る詐欺か?」って思ってたら10時くらいから吹いた風のすごいのなんのって。
ベランダの向こうに見える大きな木が今にも折れそうにしなっていて。
ふとカラスのことが心配になって「こんな夜にカラスたちはどこで眠るんだろう。」ってFacebookで呟いたんだけど。
うちの近所には宮内庁管轄の大きな森があって、そこが近所のカラスたちのねぐら。
この季節だとまだ巣立ちして間もない若いカラスたちがたくさんいて、かなりパニックになって騒ぎまくってるんじゃないかと。

で、しばらくして、この呟き、どっかで聞いたことあるかも、って思った。
出所はこれだった。

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それから、急に思いついたことがあってね。「ねえ、君」と、運転手に声をかけたんだ。「《セントラル・パーク・サウス》のすぐ近くにあるあの池にアヒルがいるだろう? あの小さな湖さ。つかぬことをきくけど、もしかしたら君、あいつらが、あのアヒルがさ、池がみんな凍っちまったとき、どこへ行くか知らないかな?へんなことをきくようだけど、知らないかな?」
言いながら僕は、知ってる可能性は百万分の一しかないと思ったね。
運転手は後ろを振り向くと、気違いでもみるような顔をして僕を見やがった。
「どんなつもりでそんなことをきくんかね、あんた」と、彼は言った。
「おれをからかうつもりか?」
「とんでもない――興味があったからさ、それだけだよ」
彼はそれ以上なんとも言わなかった。それで僕も黙っていた。
(J.D・サリンジャー 『ライ麦畑でつかまえて』 野崎孝訳より)
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うーん。50過ぎてサリンジャーか(笑)。
若い頃にはまったものっていうのは、こういうときにふと無意識で出てくるものなんだな。

Facebookには友人たちが10ばかり「いいね」をつけてくれたので、僕はホールデン君のようにうちひしがれてしまうことはなかったけど。
こういう感じをすんなり共感してもらえるかどうかが、友達になれる人となれない人の差なのかもしれない・・・ってふと思った。

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◇サリンジャーに関しては、10年くらい前に書いたけっこうお気に入りの記事がありました。

http://goldenblue67.blog106.fc2.com/blog-entry-165.html


204X年

時は204X年。
秋の臨時国会で「禁煙法」が可決された。
ついにタバコは非合法になったのだ。
国会前では愛煙家たちが「タバコを吸う権利を!」とデモを行って訴えたが、世論は冷淡だった。
今や日本の喫煙人口はわずかに2.6%、しかもそのほとんどは納税していない70代以上だったのだからやむを得ない。
喫煙者が減るにつれて国内のタバコ農家も収入減から次々と廃業し、JTも5年前からは高齢者用の医薬品や子供のいる家庭への非課税法制導入後に急遽増えはじめた乳幼児用食品を事業の中心に据えるようになったのだから、愛煙家にとってはもはや梯子をはずされたのも同然だった上に、デモのあとの公園の芝生で大量の吸殻が発見されたことが週刊文秋で大々的に報道されたことが致命傷になった。
かくして、1920年代アメリカの禁酒法よろしく、喫煙者のためのブローカーが暗躍することとなった。

「兄さん、いいものあるよ。一本2200円でどうだい?」
「お、おう、これは、、、」
差し出されたのはメビウスone。私が人生の多くの時間を共にしてきたかけがえのない相棒だ。
「こんなのもありますがね、ちょっと値は張りますが。」
そういってブローカーが開いたアタッシュ・ケースには、今や見かけることなどなくなった幻のタバコがずらり。
マイルドセブンやセブンスター、なんともいえない香りが魅力的だったピース・ライト、ラッキーストライクにキャメルといった洋モクから、ハイライト、しんせい、わかばまで。
「これなんかどうですか。メビウス改名直前のマイルドセブン、2013年1月製造のレアものですぜ。1本5000円くらいにお安くしておきますが。」
とりあえずは我が人生の相棒、メビウスoneをいただくことにする。
1本2200円。初めてタバコを吸った頃は一箱220円だったのだから、実に200倍だ。
思えばたくさんの稼ぎを煙にしてきたものだ。

連れていかれたブローカーのアジトには様々なシチュエーションのセットが用意されていた。学校のトイレ、体育館の裏といった定番ものから、居酒屋風、カラオケボックス風、オフィス風、警察の取り調べ室風、締め切り間近の漫画家風、ディレクター・チェア付きの映画監督風、今や懐かしい路上の喫煙コーナー風のものから、高級ホテルの一室で一夜を共にした女性といっしょにベッドで一服という悪趣味なものまで。
違法行為なだけに少しスリル感を味わいたくて、体育館の裏セットにすることにした。気の弱いいじめられっこの見張りオプションもサービスで付いているという。学生服のオプションもすすめられたがこれはお断りした。我が校はブレザーだったからだ。
せまい体育館の裏へ忍び込むように入って、見張り役に「先生がきたらうまいことごまかせよ!」と声をかけて、これもいまや入手困難なTOKAIの100円ライターでおずおずと火を付けて、ゆっくりと大きく吸い込む。
ライターで火を点ける瞬間。これがたまらない。電子タバコなんてのもあったけど、あれは邪道だ。タバコは炎を灯してこそだ。
大きく息を吸って、煙を吐き出すとくらくらする。
あぁ至福。
タバコってこんなにおいしかったんだよな。
はじめて吸ったときの、なんか大人になったような気持ちを思い出す。
思えば、タバコにはほんとうにお世話になった。
仕事で煮詰まったとき、上司に説教くらったとき、部下からわけのわからない苦情を申し立てられたとき。にっちもさっちもいかない判断を迫られたとき。
あの一服が僕を救ってくれた、ということがいくつもあった。
それから、集中して一仕事を終えたときのなんともいえない充実感とともに味わうタバコ。
休みの日になぁーんにもすることがなくてぼけーっとしているときに吸うタバコの開放感。
せわしなく流れる時間の中で追い立てられているとき、タバコを吸っているほんの数分間だけは、時の流れをこちら側に引き寄せているような気がしたものだった。頭をからっぽにしてゆっくりと吐き出す煙の中に、吐き出せない思いを全部込めていたんだ。

ゆっくりと時間をかけて一本のタバコを吸い終わろうとするときだった。
「おいっ!」と声がした。
「ん?教師に見つかるオプションなんて付けてないよ?」と思うや否や、うぉんうぉんと吠える声が聞こえてロボット警察犬が飛びかかってきた。続いて制服の警察官。
警察官は、警察手帳を見せびらかすように僕に見せ、
「ニコチン摂取及び煙草等吸引に関する法律第1条違反の現行犯により逮捕する。署まで同行願おう。」

・・・あぁ、ついに前科者だ。
拘束されてニコチンパッチを貼られてしまう。
それでも、それでもだ。
最後にゆっくりと一本のタバコを吸えてよかったよ。
観念して僕は腕を差し出す。
ありがとう、メビウスone、ありがとう。。。


拘置所で聞いた話では、このブローカー自体が、政府が仕込んだ罠だったのだそうだ。
タバコを吸いたい気持ちを逆手にとった摘発手法。まるでゴキブリホイホイみたいに愛煙家がぞろぞろと検挙される。しかもそれらの資金は、僕たちが長年政府に払い続けたタバコからの税金が使われているのだという。
自分で自分の墓の穴を掘っていたなんて、なんて間が抜けた話なんだろう。なんて愚かなんだろう。
まぁ、仕方がない。タバコを吸うという行為自体が、客観的にみて愚かな行為であることに違いないからだ。
でも、そういう愚かさこそが人生なんじゃないのか。愚かさをなくした人間なんておもしろくもなんともないんじゃないのか。なぁ、そうは思わないか、取り調べ官さん。
「2755008号、つべこべいわずに腕を出せ。ニコチンパッチを貼り替える時間だ。」


・・・時は204X年。







10月1日から、タバコ値上げ。
もし遠い将来にタバコが違法になっちゃうと、こんな素敵なアルバム・ジャケットも差し替えられたりしてしまうのかなぁ。。。

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台風を待ちながらの秋の夜に、リッキー・リー嬢を。
風を感じながら、ゆっくりと一本のタバコを吸おう。


Danny's All Star Joint / Rickie Lee Jones











♪跳び箱、或いは、努力は必ず報われるか

4月にうちの部署に来て、もうすぐ半年になる新人さんがいるんだけど。
彼がなかなか仕事の習得が遅くて、ちょっとみんなの悩みと心配の種になりはじめていて。
不真面目な人ではないので、教えたことはとりあえず「はい。」って返事してやろうとするのですよね。「できた?」って聞くと「できました。」、でも中身を点検してみると結構めちゃくちゃで。
そりゃ、わからないなりにやるんだから仕方がない。間違えて覚えればいい。で、間違えていた箇所を指摘して、正しい考え方を教える。すると「わかりました。」と。
ところが、次やってもらうと、またとんちんかんで、前回の指摘がまるで活かされていない。「えっ、ここ、前にもゆーたやん。」
「あ、そうでしたっけ。」
「これは、何でこうしようと思ったん?」
「え、それは、うーん、なんででしょう。」
そういうことがやたらと繰り返される。
コーチしている同僚もだんだんとイライラしてきてるのがわかる。
そうこうしているうちに時間だけがどんどん過ぎて、上司から「あいつ、こんなこともまだ理解しとぉれへんぞ。もう何ヵ月や。どんな教え方しとんねん。」などと言われはじる始末。

彼が努力していないとは思わないんだよね。
ただ、たぶん努力の方法がずれている。
そういうことってあるよなぁ、と子供の頃のことを思い出した。
小さな頃、僕は運動が苦手だった。
例えば跳び箱。
小学校も三年生くらいになると、みんな5段や6段くらいは平気で跳べるのだけど、僕は跳べなかった。
高いのじゃ無理なのか、と3段や2段に下げてもらっても跳べない。
みんなができていることができないということを、女子も含めてクラスメイトみんなが見ている前で曝されるというのは本当に耐えられないほど辛いもので。僕が跳べないと笑いが起きる。授業が終わってもからかわれる。小学校三年生あたりとういのはほんとうに残酷で容赦がない。(こういう状況でいじめられっこ的に転落しなかったのは、僕がお絵描きや漫画がとても上手かったからなのだが、その話はまた別の機会に。)
子供心にはものすごく落ち込んだよね。体育の時間が嫌で嫌で堪らなかった。
自分なりには一生懸命やろうとしてるんだよ。
でも、できないものはできないんだ。
ボクハキットヒトヨリモオトッテイルンダ、、、キットダメナヤツナンダ、、、コレカラモズットコウヤッテワラワレルンダ、、、
自己否定。できないことを延々とやらされることは、ほかのいろんなことまで自信ややる気を失わせていく。

そんなとき、担任以外の別の先生がアドバイスをしてくれたんだった。
「君は、踏み台を蹴ったあと、上に上に跳ぼうとしていて手が前に出ていない。跳ぼうと思わずに、体を前に出して、跳び箱の一番向こうの端っこをつかむようにしてごらん。」
半信半疑で言われたようにやってみると、今までは跳び箱の真ん中でどすんと尻餅を着くような感じだったのが、おしりをかすめるくらいまで跳べた。あ、できるかも。そう思って幾度かトライすると、すとんと跳べた。
なんだ、跳べたやん。できるやん。できないわけじゃなかったんだ。やり方が悪かったんだ。そういうふうにやれば跳べるなんて、誰も教えてくれなかったじゃないか。

どんなことでも新しいことをするときは、まず観察から入るようになったのはそれからだ。何をどういうふうにやったらどうなるのか。まずはじっくり観る。構造を把握する。間違ったやり方で馬鹿みたいに努力したって上達するはずはない。どうやって「コツ」をつかむかだ。
そういうことがわかりはじめると、馬鹿みたいに根性根性でまずはやってみろとかいう教え方をする教師や、理論や理屈で教えることができない大人を軽蔑するようになった。(そういう経験は、やがて学校や親に対して反抗的になって、ロック大好きになっていくことにつながるのだけど、そういう話もまた別の機会で。)

「努力は必ず報われるか」というよくある問いかけがある。
僕なりの結論としては、「無駄な努力ならやらないほうがまし」ということになる。
努力をすれば必ず報われるわけではない。
無駄な努力は逆に自信を失わせ、やる気を後退させる。どーせ何やってもダメだしどーせ怒られるし、って。できなかった悔しさをバネにがんばれる人も中にはいるんだろうけど、そういう人ばかりじゃない。
必要なのは、努力の量ではなくて努力の質。
努力の質を上げるために必要なものは、観察力と分析力。
できている人はどうやっているのか。自分はそのときどんなふうにやっているのか。それを客観的に見つけることができれば、自ずと問題は解決に向かう。
質のいい努力は、たとえ結果がついてこなくても何か残って、それは別の機会のときにすごく有効だったりするのですよね。そういう意味では「(質のいい努力なら)努力は必ず(何らかの形で)報われる」と言えるけど。

この跳び箱の話を先日彼にしてみたんだけど、うーん、リアクションは薄かった。。。
うまくコツを見つけてくれるといいんだけど。うまくコツを伝えられるといいんだけど。




Jump / Aztec Camera

跳び箱、ジャンプつながりで、アズテック・カメラの“Jump”を。
仕事帰り、雨が降っていたのでジャンプ傘を持って帰ったら、前の台風で壊れてた。

続・音楽歳時記 「秋分」

秋分。
あの酷暑がウソみたいに、すっかりと秋の佇まい。
誰だよ、今年は残暑が厳しいって言ってたのは。
たったひと月で15℃近くも気温が変わるとなかなか体がついてこない。ただでさえ疲れが溜まってなかなかベストの体調とは言い難い中で、ちょっとすっきりしないなんだかなぁ感を引きづりながらぼやぼやしている今日この頃であります。
こういう季節のこういう体調、スコーンとストレートなものよりもちょっとネジくったもののほうが心地よかったりするのです。でも、へヴィーなのはダメだ。余計に疲れてしまう。
ということで、秋分のチョイスはスティーリー・ダンなんかはいかがかと。

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Aja / Steely Dan

元々、パンクでブルースな音が好物な僕としては、若い頃はそんなに好きなほうではなかったのですよね、スティーリー・ダン。マニアックな人たちがああだこうだと蘊蓄を語るのもあまり好感度が高くない理由のひとつ。音楽は理屈じゃないだろっ、って思ってしまう。
でも、その「音楽は理屈じゃない」という観点でいくと、やっぱり理屈じゃなくかっこよくって気持ちいいのですよ、この音は。
精密で複合的で繊細な作りであるにもかかわらず、とても強度が高い。さらっと聴いてもいいし、じっくり聴いてもいい。シルキーなのに骨太。楽しいときにはポップな音に聴こえるし、辛いときにはへヴィーな音にも聴こえる。聴くたびに「いいなぁ」と思える場所が違っていて、どこにでも宝島へのルートが仕込んである。そんな、一筋縄ではいかない音楽。そういうところ、ドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーの二人の仕掛けた罠どおりに、罠だとわかりながらはまってしまうのですよね。
この二人が望んでいるのは、ただただ「いい音楽のためにすべてを機能させる」こと。そのために細部まで徹底的にこだわる。練りに練った上で、基準以下のものは惜しげもなく捨てる。自らがプレイヤーでありながら、自身は弾かずにもっと巧い人に任せることも当たり前。
そういう意味で、この二人の「仕事人」としての凄みにはただただ感服するばかりです。
「仕事とは、文字通り事に仕えること」
って、誰かが言ってたけど、事を成就させるためには、結局は、諸々の感情もしがらみも一旦横へやって、求められる結果に対して最善の方法を選択し続けることしかないんだよな。
この二人のやり方は、そういう意思に貫かれている気がする。
ありとあらゆる可能性を考えた上で、ねじくりまわしこねくり回した上で、最後は自分の中で響いているグルーヴを信じる。具体的で現実的な行動の積み重ねの上にだけ時折天から降りてくるマジック。
いい仕事っていうのは、結局はそういうもんだろうな。

なぁんてことを思いながらも、今はこの心地よさに身を委ねて頭をからっぽにしておきたい気分。
暑さ寒さも彼岸まで。
蒸し暑かったり肌寒かったり、雨が降ったり爽やかないいお天気だったりを繰り返しながら、季節は少しずつ冬に向かっていく。
結局のところ、どこかでマジックがスパークすることを、過度に期待せずにそれでもあきらめずに待ちながら、目の前の日々やるべきことに気持ちを込めて積み重ねていくしかないのですよね。
暑さ寒さも彼岸まで。



Black Cow / Steely Dan


♪It's Alright

疲労困憊。フラフラだ。
先週の木曜日くらいかな、外出先から帰りの電車に乗って座ったとき、一瞬、脳味噌がフリーズしてなんにも言葉が出てこないような感じになった。あ、なんかヤバいぞ。
とりあえずその日はさっさと眠って回復したものの、土曜日、月曜日と立て続けで大きなイベントもあって、ユンケル飲んでしのいだ。週はじめからもうフラフラだ。
元々お盆明けから秋口にかけては大きなミッションがあって非常に忙しいのだけれど、今年は特にちょっと背負わないといけない状況があって、お盆休み返上で働いたのだ。
そのミッションの一番の剣ヶ峯は越えて、ほっとすると同時にちょっと疲れが出てきた、という感じ。ほんとはさっさと山を降りたいのだけど、このあとはだらだらと下り坂が続いてなかなか下りきれない。
加えて今年の夏の酷暑。けっこう堪えたよね。地震、豪雨、台風、その都度緊張もしたし、事後処理も諸々あった。
ここへ来て急に涼しくなってきて、体のほうが「そろそろ休ませろよ。」とストライキを起こしはじめているのかもしれない。
そもそもの原因は肩凝り、もしくは運動不足からくる全身の凝り、血行不良。
仕事柄、運動はしない上に、パソコンで細かい文字を読んだり書いたりチェックしたりするから、そもそも肩凝りは慢性的。その上リフレッシュでもモノを書いたり本を読んだりするから、なかなか脳や眼は休まらないよね。
僕くらいの肩凝りのプロになると、普通の肩凝りくらいではもはやなんともない。背中がバキバキになってきて背を反らすのも痛いくらいになってきたり、足首やふくらはぎが痺れてきてようやく「これはかなりヤバい状態になってるな」と気づくのだ。
こんなとき、一番の治療法は大好きな人の胸で眠ること(笑)。いや、それは冗談だけど、それが叶わないときの治療法といえば銭湯だ。
ちょん切って財布にしまいこんである、新聞の折り込みについている割引券の有効期限を確認してからカウンターへ行き、タオルを借りる。コインロッカーに服をしまう。
軽く湯船に浸かってから、サウナへ。ぼとぼとを汗が滴り落ちる。それから露天風呂で放心状態に。これを3回繰り返して、きっちり一時間。仕上げはジェット・バス。
あぁ、生き返る。
溜まった老廃物が流れ落ちて、血が隅々まで堰を切って流れていく。背中のバキバキや足首のゴリゴリが溶けていく。
リハビリテーション。
心も体も知らないうちにいつの間にか凝り固まるからね。
ほぐさなきゃ。
銭湯を出ると秋の夜風が心地いい。
銭湯から帰るカー・ステレオで聴いていたのは、斎藤誠さん。ギターとオルガンがとても気持ち良く鳴っていて、そこに哀愁漂う秋の風のように穏やかで深みのある声。インプレッションズへのオマージュのようなソウル・サウンド。

“It's Alright ” 斎藤誠

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Number9 / 斎藤誠


夏のはじめに西城秀樹さんが逝って、秋になってさくらももこが亡くなって、安室さんが引退し、樹木希林さんが逝った平成最後の夏から秋。
時代も季節も移ろっていく。
いつの間にか歳月が重なっていく。
そりゃ、だんだん無理がきかなくなってくるのも当然なのかも、と衰えと停滞を受け入れつつ、うーん、まだもうひとふんばりしないとなぁ。。。






「かたい」おせんべい

仕事柄、校正や校閲に関わりがあって、ちょいちょい「日本語って難しすぎっ!」と思うことがあります。
敬語なんかも難しいけど、やらかしがちなのは同じ意味の言葉でどの漢字を充てるのが正しいのか、ってやつ。
例えば「かたい」という言葉には「硬い」「堅い」「固い」がありますが、これらはどう使いわけるのか。
さて、問題です。
「かたい」おせんべいは、「硬い」?「堅い」?「固い」?
解りました?解けるかな?当たるかな?

ほとんどニュアンスの世界ではあるのですが、これは反対語を考えると判りやすいのだそうです。
「かたい」の反対語って「やわらかい」に決まってる?それが、そうでもないらしい。
まず、「硬い」の反対語は「柔らかい・軟らかい」です。一番よく使うのはこれ。物質としての硬度が高いもの。元々硬いものもあれば、硬くなるというような使い方もされます。
「堅い」の反対語は「脆い」なんですね。
堅い意思とはいうけど、軟らかい意思とは言わないでしょ。「硬い」がひとつのモノであるのに対して、もともとは硬くないものが集まって硬度が高くなったニュアンスがあります。鉄は硬いけど木は堅いのです。堅牢な建物は、ひとつひとつは堅くなくても頑丈な作りなのです。
で、「固い」はどうだっていうと、これの反対語は「ゆるい」なんですって。固まるの反対語は、緩む・弛むとか溶ける・融ける・熔けるとかですよね。だから、氷は固いし、角砂糖も固い。豆乳を固めてつくるのだから豆腐も固いのです。豆腐のようなやわらかいものにも使えるということは、「硬い」が絶対的な硬度の表現であるのに対して「固い」は相対的な表現であると言えます。
なんとなくお分かりでしょうか。

で、「かたい」おせんべいの問題の解答は・・・
元々堅焼きにしてあるおせんべいだったとしたら「堅い」おせんべいが正解です。
ただし、元々堅くないおせんべいが、封を開けて置きっぱなしにして乾いてカチカチになってしまったとしたら、これは「硬いおせんべい」といってもいいのかもしれません(笑)。
英語だとぜんぶ「ハード」で済むんだから、ややこしいったらありゃしない(笑)。
英語だと、実現への難易度を表す「難い」まで「ハード」ですからね。ちなみにこの「難い」の反対語はもちろん「易い」です。
日本語、奥が深い。。。
もちろんこれは日本人が繊細で機微が豊かでアメリカ人ががさつ、ということではありません。例えば日本語だと「高い、安い」で表現される言葉が、英語では「ハイ、ロー」の他に「エクスペンシヴ、チープ」があったりします。
要はどこに注目するかの民族性の違い。

実は、この文章に他にも漢字を使い分ける言葉を他にもいくつかちりばめておきました。

・解る ・判る ・分かる
「解る」は、正解がある問題の答えを導きだすようなニュアンス、「判る」はAorBを判断するニュアンス、「分かる」は物事を理解すること。

・柔らかい ・軟らかい
「柔らかい」は、ふかふかとかぷよぷよ、「軟らかい」はぐにゃぐにゃ。軟体動物とか軟式ボールみたいに芯がないものには「軟らかい」、それ以外は「柔らかい」、でしょうか。

・当てる ・充てる
「当てる」は、元々の的があってそれにぶつける、命中させるというニュアンス。「充てる」は容れものがあってそれをいっぱいにするというニュアンス。充たすともいいますね。

・緩む ・弛む
「ゆるむ」は、傾斜や締まり具合など、きつくなっていたものがそうでなくなった状態のこと。概ね「緩む」でカバーできるようですが、弦とか弓とかピンと張っていたものがそうでなくなったときだけは「弛む」が使われるみたい。ギターのペグが緩んで弦が弛むのかな?

・溶ける ・融ける ・熔ける ・解ける
「溶ける」は液状のもの、もしくは固まっていたものが液状に戻る感じ、ただ金属など本来個体のものが高い温度で液状になる場合に限っては「熔ける」。「融ける」は液体に限らず、結んでいたものがほどけるような場合も指す。「解ける」は単に、解くという動詞の可能形だから、正解に導かれる、あるべき状態に戻るような感じ?魔法が解けるとか。

・安い ・易い
「安い」は、価格などがある規準より低い状態。「易い」は、ある規準を越えることに対しての可能性が高い状態、、、という感じ?価格が安いと買い易いのですね。

こういうこと考えていくのはとてもおもしろい。
モノ以外の「心の状態」に対してもこういう表現は使われますが、固い意思、頑固、決意を固めるなどというところからすると、日本人は「心」というものは液状もしくは小さな粒状のものであると捉えているのでしょうね。
一方、手堅いとか堅実とかいう言葉からは、人間の行動は、こよりのように寄せ集めたり束ねたり積み重ねたりして強度を増していくものだと捉えている感じが窺えます。
絆とか友情は「堅い」かなぁ。友情はほどけるイメージだけど団結はゆるむから「固い」か。いや、絆は深いがなぜか使われるね。愛情も深い、だ。これはまた別の問題。
充実するということは、心の中には本来充たされるべき空洞があるのだなぁ、とか、生活態度が緩んでいる、ということは、生活というのは張っているのが普通の状態と捉えられているのだなぁ、とか。

ブルーハーツのファースト・アルバムに『パンク・ロック』という名曲があって、♪あぁ、やさしいから好きなんだ~僕 、パンク・ロックが好きだぁー、ってヒロトさんが歌うのだけど、あれ「優しい」からなのか「易しい」からなのか、ほんとはどっちなんだろう?

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The Blue Hearts / The Blue Hearts




続・音楽歳時記 「白露」

とんでもなく強烈な台風が去ったかと思えば北海道の大きな地震。
被災された方の無事と安寧な暮らしが少しでも早く戻ることをお祈り申し上げます。
でも、どうしようもないよね。
災害に抗う手立てはないんだと思う。
いつだって自然は、人間の想定なんて、軽々と越えてくる。人間の想定を嘲笑うかのように、なんて比喩すら通用しない。自然は嘲笑ったりはしない。ただ、現象としてそこにあるだけだ。人間たちだけが勝手に、経験上からこの程度だろうと勝手に想定して、勝手に想定外だと騒いでいるだけなのだ。

・・・なんていうものの見方は、ニヒルに過ぎるだろうか。
だけど心配したってしかたがない、不安になったってどうしようもない。今は状況を受け入れて、耐えるしかない。
お天気は巡るし、季節も巡る。月は満ちては欠ける。
台風だって地震だって、来るときは来る。
人間の暮らしとは関係のないところで古代から未来までずっと繰り返すサイクル。
そういうのが来たら、できるだけ安全な場所を見つけて、辛い時期が過ぎていくのを待つしかないんだ。

節季は白露。
狂ったような酷暑が過ぎて(これもただの比喩で、自然は狂いはしないのだが)、幾ばくか過ごしやすくなったのに、なんだか大きな穴がぼこっと開いた、いや、えぐりとられたような気分が拭えない。
こないだ大阪で起きたことは、これからも起き得ることだ。今、北海道で起きていることは、いつかそのうち、僕らの街でも起こり得ることだ。
でも、びびったってしかたがない。
そういう世界で、生きていく、生き延びていかなくっちゃいけない。
悲壮になってもしかたがない。
どこ吹く風でやり過ごすんだ。なんてことはない。どうせ、生きてるだけで儲けもん。

秋の入り口にふさわしい音楽をと思ったんだけど、今はもうちょっとニヒルでクールな気分。でもどこかぶっ飛ばしたい気分。
そういうとき好んで聴くのは、例えばこんなレコード。

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Eventually / Paul Westerberg

ポール・ウェスターバーグさんは、元々リプレイスメンツというカレッジ・バンドにいた人。
アルバム・タイトルのEventuallyっていうのは、“結局”とか“やがて”とかいう意味。論理的な結論というよりは、“とどのつまりは”みたいなニュアンスだろうか。
ちょっとアコースティックでフォーキーな味わいがありつつ、どこかクールでニヒルでパンキッシュ。
決して情熱的でもポジティブでもない。だけど、やけっぱちでもない。そこはかとないアキラメ感はあるけれど、絶望的なテイストは希薄で、ざらざらとした気持ちを歌いつつもどこか淡々としてこざっぱりした感じもある。
いろいろあるけど受け止めてさ、なるようにしかならん世の中だけど、ぶれずにまっとうするしかないんちゃうの、あんたに強要はしないけど、俺はそんな感じやってくから・・・みたいなね。

大好きな一曲に、“Good Day”という歌がある。

Good day doesn`t have to be a Friday
Doesn`t need to be your birthday
The next one then you won`t survive
Sing along hold my life
A good day is any day that you`re alive
Yes a good day is any day that you`re alive

良い日は金曜日でなくったって構わない
誕生日でなくったって構わない
次の瞬間、きみは生き延びてはいないのかもしれない
暮らしにしがみつて、歌うんだ
きみが生きている日はいつだって良い日
きみが生きている日はいつだって良い日



そういうことだよね。
生き延びたいね。
必死にならずに、飄々と、笑みを浮かべてね。
季節は秋だ。
穏やかにいこう。楽しんでいこう。




◇固有名詞統一戦線、もしくは役に立たない雑学

何気に気になりませんか?
なぜ、金正日はキム・ジョンイルなのに、周近平はシュウ・キンペイなのか。
金正日は日本語読みでキン・ショウニチと呼ばず現地語読みでキム・ジョンイル、でも周近平は現地語読みでシー・ジンピンとは呼ばない。
これは1984年に韓国の要人に関しては現地語で表記せよ、と韓国からの申し入れがあったことを受けてのもの。日本の植民地支配時代に創氏改名を押し付けられたことへの反感と自立心が背景にあったと思われます。それで、当時の全斗奐=ゼン・トカンと呼ばれていた大統領はチョン・ドファンと呼ばれるようになり、それ以降韓国人・北朝鮮人は現地語読みで報道されるようになりました。新聞にもよく見るとルビがふってあることが多いです。この協定がなければ、ぺ・ヨンジュンは裵勇浚=ハイ・ユウシュン、チャン・ドンゴンは張東健=チョウ・トウケンとでも呼ばれていたのかもしれません。なんだかピンときませんね。
一方中国とはそういう協定がないので、それぞれが漢字を自分とこの読み方をしている。安倍晋三は中国ではアーペイ・チンサンと呼ばれているそうだ。それもなんか違うよなー。

人名以上に地名はめちゃくちゃです。
中国は基本漢字を日本語読みですが、なぜか北京、上海、香港、青島あたりは中国語読み優先。誰もホッキョウとかジョウカイとは呼ばない。でもウーハン(武漢)はブカン、ハンチョウ(杭州)はコウシュウなのですね。クワンチョウ(広州)もコウシュウだからややこしくてたまらない。日本語読みか中国語読みかの線引きの基準はかなりグレーなようです。判断基準はどっちがメジャーかっていうレベルみたい。

そもそも中華人民共和国、中国語ではジョンファ、チャイナというのは日本語でいう支那と同じ秦の始皇帝の「秦」からきた言葉。英語でチャイナはOKで支那は差別語扱いというのはちょっと腑に落ちない。
韓国のコリアも「高麗」から来てるからずいぶん古い。ハン流という言葉も定着したんだからテーハミングク、ハングクでいいと思うけど、まぁあちらさんもニッポンとは呼ばずイルボンだからおあいこか。
実際のところ、自称と他称が違う国というのは思いの外多いのです。
オランダはネーデルラント、スペインはエスパーニャ、くらいはわりと知られていますが、インドはバーラト、ギリシャはエラス、エジプトはミスル、アイルランドはエール 、フィンランドはスオミ、ハンガリーはマジャール、クロアチアはフルバッカ、ポーランドはポレスカ、オーストリアはエスターライヒ・・・などなど。
古くから知られている国ほど違う呼び方がまかり通っているようで、ドイツやウクライナなんかは日本語と現地語が一致していて英語が違う珍しい例。Uklaine、そりゃそのまま読めばユークレインでしょうけど、ウクライナとはだいぶ語感が違うよね。
日本でだけしか通じない誤用の代表格がイギリス。イングランドのポルトガル語読みが語源だそうだけど、イングランドをイギリスと呼ぶならまだしもウェールズやスコットランド、北部アイルランドとの連合国をイギリスと呼ぶのは明らかな誤用。グレートブリテンかUKでいいんじゃないかと。
誤用といえばアメリカ合衆国の訳もですね。United Statesは直訳すれば諸国連合。合衆国ではまるで民衆が団結している国みたいだけど、実際のところそうではない州の集まりなんだから、せめて合州国とすべきです。
メキシコはメヒコ、アルゼンチンはアルヘンティナ、ホンジュラスはオンデュラス、これはまぁ、スペイン語読みと英語読みの違いだけど。ニッポンのジャパンもまぁここに当たるのかな。「日」という字はジツとも読むように、中国語ではジー。これがジーベンになってローマ字でJになり、ジャパン、スペイン語圏ではJをハ行で読むのでハポン、というわけ。
読み方といえばコスタリカはひと続きではなくコスタ・リカだし、プエルトリコはプエルト・リコと区切るのが正しい。Costa Rica、英語で言えばRich Coastだし、Purto RicoはRich Portなのだから当然だ。

現地語読み以外では読んでくれるなと通達を出したのがコート・ジボワール。昔はアイボリー・コーストとか象牙海岸とか呼ばれていた。
エベレストがチョモランマに、エアーズロックがウルルに、エスミモーがイヌイットに、能年玲奈がのんに(←これは違う)なったみたいに、自称を主張すればそのうち定着するはずだ。最近ではボンベイがムンバイに、カルカッタがコルカタになった例もあったし、グルジアがジョージアと呼んでくれと宣言してようやく定着してきたわけで、どこの国もそういう宣言すればいいのにね。ミャンマーみたいに、そう呼んでくれと戦争をしても、軍事政権を認めないと拒否されてビルマもしくはバーマと呼ばれ続けている国もあるけれど。
まぁ、そんなふうに世界は実はみんな自分とこ都合で自分とこの事情にあわせて相手を呼んでいる。昔訪れたギリシャでは、イスタンブールのことをコンスタンチノポリスと表記していて、「イスタンブールへ行きたいのです」が通じなくて困ったことがあった。ギリシャ人にとってはあの街は未だに東ローマ帝国の首都でトルコ人の支配を認めたくないということなんだろう。
そんなふうに、固有名詞が呼ばれ方が違うのはややこしいよね。通じないなら意味ないんじゃね、って思ってしまいます。

などなど、かなり長文で蘊蓄語ってますが、元ネタとしてはこういう本。

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世界の国名地名うんちく大全 / 八幡和郎

まぁ、自分のブログで蘊蓄語るのは良しとしていただければ。
こういうことを知って、なんかためになるのか、と言われると、チコちゃんに「ぼぉーっと生きてんじゃねーよっ!」って怒られない程度のことかもしれないんだけど(笑)。
ただ、固有名詞っていうのは、唯一無二でアイデンティティーの依り処ですから、やっぱり当事者が納得する呼び方をするのが一番ですよね。「お前の名前はこうだ」と第三者に決められた名前で呼ばれたくはないのです。






◇ポケットに物語を入れて

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ポケットに物語を入れて / 角田光代

文庫本には必ず巻末に解説が載っている。
この解説を読むのがけっこう好きだ。
場合によっては、つい解説から先に読んでしまうという、本読みとしては邪道極まりないことをすることもあるくらい。邪道だろうがなんだろうが、好きなものは好きなのだ。
その解説で書かれたことが、実際自分が読んだ感想ととても近いこともあれば、まるで違うこともあるのだけれど、たぶんそういうことはどっちでもよくって、誰かが表現したことに対してどう向き合ったか、ということを聞くのが好きなんだろうと思う。

角田光代さんは、世代が近いだけあって、なんとなく物の感じ方が近いような気がして勝手に親近感を抱いている作家のひとりで、この本は、角田さんが書いた解説や雑誌に掲載された書評みたいなものばっかりを集めたというちょっと掟破りな本だ。
解説や書評がブンガクとして成り立つのか?という素朴な疑問はすぐに吹き飛んでしまう。
読んだことのある本は実際そう多くはないのだけれど、どの書評からも、角田光代さんという作家独特の感じ方が浮かびあがり匂いたってくる。その本を読みたいというよりも、人はそうやって誰かが表現したことに対して共感したり、自分の思いを手繰り寄せたりするものなのね、と感じることが楽しい。
水面に石を投げ込んだときの広がる波紋のように、誰かの言葉が心の中で広がって別の波を呼び起こす。さざ波はやがて岸辺にたどり着いて、また別の波紋を起こす。そうやって心のさざ波が連鎖して行く中で、今まで気づいていなかった自分の中にある感情が呼び覚まされたりする。

誰かが感じた何かも、自分が感じた何かも、心の底に一度沈んで、混ざりあったり溶け込んだりしながら静かに堆積していく。
その地層みたいな堆積物の連なりの中からひょっこりと新しい言葉が生まれたりする。或いはそういうものが生まれなかったとしても、その地層を眺めるだけでもその人らしさがうかがえたりもする。
そういうのって、ちょっといいよね、って思ったりするのですよね。








◇パックス・モンゴリカ

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パックス・モンゴリカ ーチンギス・ハンがつくった新世界ー / ジャック・ウェザーフォード

「モンゴル帝国」について最初に興味を持ったのは、エジプト・トルコへ旅行した時にたまたまトランジットでモスクワに立ち寄ったことがあってからのこと。いわゆるバックパッカー的な貧乏旅行で、当時まだソ連だったエアロフロートがカイロへ行くには一番安かったのだ。
モスクワで一泊して赤の広場とかを観て、数時間街をうろうろした。そのときはなんとも思わなかったのだけど、その後トルコに行ったら、建物や街の作りがとてもモスクワと似ていて。え、なんでそんなに近いんだ?と思って帰国してからいろんな本を読むうちに、ロシアもトルコもかつてはモンゴル帝国に支配されていた期間が長かったんだ、ということを知ったのだ。その後、中国の内陸の町へ行った時ににも同じことを感じて。
そもそも、ロシアという国がヨーロッパから中央アジア、シベリアに広がるあんなにどでかい国土を持っているのは、モンゴルの支配地をそのまま受け継いで拡大したから。そもそもは黄河、長江流域の中原地域だけを支配していた歴代のいわゆる中国各王朝が、満州・内蒙古・ウイグル・チベットを含む漢民族以外の領土を持つようになったのも、モンゴルが拡大した支配地をそのまま受け継いだからだ。

モンゴル帝国については、学校の世界史ではほとんど習わないのですよね。
チンギス・ハン率いる騎馬民族が中国を支配下に置いて「元」という王朝を作ったこと、西方まで勢力を広げてキプチャク・ハン国、イル・ハン国、チャガタイ・ハン国といった国になったことや、日本も支配しようと戦争を仕掛けたが失敗したこと、、、くらいしか教科書には出てこない。
元寇の脅威と西欧中心の歴史観が相まって、モンゴル帝国=残酷な虐殺を繰り広げて人民を蹂躙した悪徳国家のような印象が強いのだけど、モンゴルが全ユーラシアを平定したからこその安定の時代「パックス・モンゴリカ」の時代があり、世界史に大きな影響を与えた、というのがこの本の主張。
この本を読むと、モンゴル帝国の行ったことっていうのは、教科書1、2ページ程度でトピックス的に扱われる辺境での出来事ではなく、世界史上の最重要の出来事のひとつだったことはおろか、モンゴル帝国が作り上げたことが現代社会の基礎として受け継がれていることがよくわかる。

モンゴルという国は、交易、すなわち商業を中心に成り立っていた。遊牧民の暮らす本国は何ら産物を生み出すわけではなく、支配した土地から収奪する、或いは上納させる富で権力を維持していた。やがて収奪が一定の限界に来ると、交易を発達させることで国家の収入を得ることになる。
モンゴルが行った国家運営が他の国々と違っていたのは、代表的には以下のようなこと。
●統治者であるハーンは指名による世襲ではなく、一族のみとはいえ選挙を通じて選任されていた。
●公正な貿易を行うために広い支配地域に共通の法律を整備した。
●道路を整備して山賊を取り締まり、50kmごとに駅を置く駅伝網を整備することで情報通信網を整備した。
●世界中から集めた莫大な富を信用に、紙幣を流通させた。
●異民族を支配はするものの、忠誠さえ誓えばその地方に大きな自治権を与え、宗教や言語は押し付けず、政教分離を行い信仰の自由を守った。
モンゴルの国家運営はとても合理的で、それらはいずれもそれまでの中世社会にはなく、とても革新的なことだった。
そしてそれらは、後にグローバル化していく世界の価値観・・・資本主義や民主主義、政教分離や自治による連邦制などの基礎となっていったということなのだそうだ。

そもそもモンゴルがユーラシア大陸を東から西まで統一するまでは、ヨーロッパ~西アジアまでの地中海世界と、中国・東アジア世界の間には直接的な交流はなかった。それぞれの地域がそれぞれに発展を遂げてきたわけで、13世紀のモンゴルの出現によってはじめて「世界史」が始まったのだ。
そして、交易が活発化することで、羅針盤などの航海技術や製紙技術、印刷技術、それに火薬などの軍事技術など中華文明の優れた技術が14世紀を通じてヨーロッパに伝わったことが、15世紀以降のヨーロッパのルネッサンス、そして世界進出の礎になったのだそうだ。
もっとも良いことばかりではなく、ペストという災厄をヨーロッパにもたらしたのもモンゴルの交易網によるものなのだが、ペストで中国世界が壊滅的になったからこそのその後のヨーロッパの躍進という側面もある。
もし、モンゴル帝国が存在しなければ、ヨーロッパの席巻する大航海時代はなかったのかもしれない。アメリカの発見やアフリカの植民地化もなかったのかもしれない。
もし、元寇に敗れて日本もモンゴルの支配地となっていれば。朝鮮やチベット同様にそのまま中国の属国となっていた可能性も大いにあり得る。
まぁ歴史に「もし」はなく、歴史いうのはそうやって相互に影響を与えながらすすんでいくものだけれど。

ちなみに元は、1274年と1281年の二度の失敗で日本をあきらめたあと、1288年にはベトナム、1292年にはジャワ(インドネシア)にも派兵し、敗北している。それで海での戦いには懲りて台湾やフィリピンには攻撃すらしなかったのだとか。日本が守られたのは、神風なんて関係なく、ユーラシアを席巻した騎馬隊の戦法は海では通用しなかったということだったのですね。
同様にヨーロッパの西への侵攻が旧ソ連圏までで止まったのも、森や山脈に阻まれてのこと。馬に餌を与えるために必要な草原がない場所では、モンゴル軍は思うような活動ができなかったのだそうだ。

いずれにしても、学校で教わる「世界史」というのは「西欧史」と「中国史」に偏りすぎていて、ついつい西欧と中国が古代からずっと覇権を握り続けていたような潜在意識を刷り込ませるのだけれど、なんてことはない、パックス・モンゴリカの時代、西欧は世界の辺境だったし中国も非支配地域だったのだ。
それが時代を経るうちにひっくり返る。
世界は元々、そんなふうにダイナミックだった。
アメリカと中国の関係がどんどんキナ臭くなっている昨今の情勢。
そんな中でこの国はどこへ向かおうとしているのか?
なんとなく今までの流れの延長上でなんとかなるさとぼんやりしてたら、とんでもない場所へ追い込まれてしまうのではないのかしら?なんて思ったりもする。









続・音楽歳時記「処暑」

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On The Beach / Chris Rea

クリス・レアの“On The Beach”。
このレコードがリリースされたのが1986年。
19歳だった。
一人暮らしをはじめて、アルバイトばっかりしていた。バイトのない日にはどこか友達の部屋で飲んでいた。
その頃の僕は、ハードなロックやパンクばっかり浴びるように聴いている少年だった。心の中の野獣を解き放つようなカッコよさにしびれていた。ただただ意気がって虚勢を張ってばかりの自分、荒波にもまれて呑み込まれてしまいそうな自分。そんなちっぽけな自分自身が、溺れたり迷ったりバラバラに砕けてしまったりしないようにするためには、ロックのビートがもたらしてくれるエネルギーが必要だったのだと今は思う。ハードなギターの音や激しいシャウトでからだの中を満タンにすることが、あの年頃特有の不安や不満から逃れる一番の方法だったのだ。

そんな僕が、ハードでへヴィーな表現とは程遠い、老人のひなたぼっこみたいにひなびたこの音楽を気に入ったのはどうしたわけだったのか。
なんの予定もない日なんかに、このレコードをかけてぽかんとするのが好きだった。部屋の隅っこで膝を抱えて、ってほどではなく、むしろ狭い6畳部屋に精一杯大の字に寝転んで、窓からほんの少し覗く空をながめたりしながら。
クリス・レアの声はとてもしゃがれてはいるけれど、ブルースマンたちの音楽のようにざらついてはいないし重苦しくもない。むしろしゃがれた声質とは裏腹にやわらかで穏やかで、奇妙な明るさや爽やかさすら感じるのだけれど、数多いるAORのシンガーのようにただの甘い優しさでもなく。そんな不思議な立ち位置。抑制の効いた歌い方で感情を表に出さず、けれど感情を圧し殺しているわけでもなく、淡々と歌う中に諦念の感情は感じるけれど、それは絶望とはまるで違う種類のもので。
聴いているうちに、青い空に吸い込まれて溶け込んでしまうような気がして、30年も40年もがあっという間に過ぎてしまうような気分になったものだった。

そして、実際あれから30年以上が、思い返せばあっという間に経ってしまった。
1986年の夏と今年の夏、果たして一体何が違うのだろう。あの頃から失ってしまったもの、あの頃はまるでわからなかったこと。変わってしまったこと、今も変わらないもの。それを成長と呼んでいいのかどうかはよくわからないけれど。
あの頃50歳を過ぎた自分の姿なんて想像もつかなかったけれど、現実に50才を過ぎた自分が紛れもなくここにいて、それがなんだかとても奇妙な気がする。うまくは言えないけれど、心の底をうわぁぁぁーっとかきむしりたいような気分になる。それは、そんなに悪い感情ではないのだけれど。

それにしても暑かったねぇ、今年の夏。
実際まだまだ蒸し暑くはあるのだけれど、暦は処暑。暑さが止まるところ、という意味だ。
どんなに暑い夏だって、やがては穏やかに過ぎていく。
それも、決して悪い感情ではない。
穏やかに過ぎていく。
その景色を、かみしめるようにゆっくりと味わえそうなほどには大人なったのだろうか。
っていうか、実際のところ、暑いのはもううんざりなんだけどー(笑)。


Just Passing Through / Chris Rea







陸前高田

初めて陸前高田を訪れたのは、震災があった年の夏だった。
決して自発的な意思からではなかった。
勤務先がボランティア団体と関わりがあったことから、要員として駆り出されたに過ぎない。
そういう活動がとても大切だということは頭ではわかる。けど、同時に、どこか胡散臭い感じ、敢えて言うならば偽善っぽい臭いもしないではなく、できるならば避けたい気持ちもどこかにあったというのが正直なところ。

春先に行った先発隊はトラックを運転して陸路で現地に入り、その後の部隊はそのトラックを使って物資の運搬を行うことになった。被害の少なかった遠野に拠点を置いて全国から集まった支援物質をプールし、仕分けを行い、沿岸部の被災地へ運ぶのだ。とりわけ支援は陸前高田市と大槌町が中心になった。津波で行政そのものが壊滅的になっていたからだ。
遠野のボランティア・センターでボランティアの登録を行い、倉庫として提供された町立の体育館で物質の仕分けを行う。仮設住宅で必要な消耗品はもとより、お皿やお茶碗、衣類や寝具、毛布や扇風機なんかが特に要望としては多く、それらをできるだけトラックに積み込んだ。
陸前高田までは車で一時間と少し。山あいの谷間をジグザグと縫うように下っていく。
いくつかの山を抜け、いくつかの集落を越えて高田に入る頃にはもうお昼前だ。
川沿いの国道の直線を下り、緩やかな丘を越えると海が見えた。
その手前にはだだっぴろい埋め立て地のような景色が広がっていた。四方2、3kmくらいはあるのだろうか。荒っぽい土だらけのゴツゴツした風景には草すら生えていない。
平地から丘にあたる手前に、壊れた車がまるで廃車センターのように集積されていた。いくつかの重機が荒れ地に住む特別な生き物のように無機質に音を立て、ボタ山みたいな瓦礫の山がところどころにうず高く積み上げられていた。
ところどころに建物が、というよりはかつて建物だっったらしいものが見える。そのかつて建物だったものは例外なく一階部分がぶち抜かれている。まるではらわたをえぐられたように。
説明されなければこの場所がかつて町だったとはおそらく誰も想像できないだろう。
唯一の記念碑みたいに、沿岸部の道路にガソリンスタンドの看板が立っていた。

僕たちはトラックで、地域のあちこちに点在する仮設住宅を訪ねて歩く。
「こんにちは。大阪からボランティアで来たものです。お困りのことや必要なものをお聞きしてまわっています。」
阪神大震災のときにもたくさんの支援物資が全国から寄せられたけれど、現地の被災者が必要としているものと送られてきたものにずいぶんアンマッチがあり、結局集まった支援物資はじゅうぶんに活用されずに廃棄せざるえを得なかったという話を、来る途中の新幹線の中で聞かされた。実際、集まった支援物資の中には、どうせバザーかフリーマーケットで処分しようと思っていたのよ的なガラクタまがいのものもたくさん混ざっていたのは確かだ。とりあえず被災者のために何かしたいという思いから出た行動なのだからそのことは否定的にとらえるべきではないのだけれど、結果としてそれらのものは役には立たないことがほとんどだということを目の当たりにする。それでもこれは善意なんだと自分に言い聞かせながら仮設住宅を回る。
「扇風機、いただけるの?この仮設住宅って風通しが悪くってね。」
「もしあれば、毛布があるといいんだけど。夏とはいえ夜は冷えるから。」
「うちは、とくに必要なものはないです。」
訪ねた仮設住宅にはいろんな方がおられました。老人の一人暮らしの方、小さな子供を抱えた若い世帯。お母さんが亡くなられたのか、書いていただいた家族状況の表にお父さんと子供たちだけの名前が並ぶお宅。聞けなかったけど、となりの方がお話を聞かせてくださる。
「うちはみんな大丈夫だったんだけど、お隣はね、奥様が亡くなられて。まだ中学生と高校生なのよ、お子さん。ご主人の勤め先も流されてしまって。」
「そうなんですか、、、」と言ったっきり僕には次の言葉が見つからない。
「あの時はほんとうにたいへんでね。わたしたちは車で逃げたんだけど、渋滞でまったく動かなくなってしまって、バックミラーに津波が迫ってくるのが見えて慌てて車を置いて走ってね。ほんとうに波に飲まれる寸前で、ほんとに必死で山を掛け登って。」
「・・・」
仮設住宅で状況を聞き取りするとき、被災されたときの状況をこちらから詮索してはいけない、と言われていた。ただし、相手が話を自分からしてこられたら、いくらでも聞いてあげてください、とも。相槌を打つだけでいいからずっと聞いてあげてください、と。
「ここに来る途中、市役所のあたり、車がたくさんあったでしょう。あれ、みんなあそこで乗り捨てたのよ。」
廃車センターみたいに見えたあの光景には、そんな理由があったのか。そういうことだったのか。
「ほんとうに、目の前で起きていることが信じられなくってね、何にも考えられなかった。」
「・・・」

そんなふうにして仮設住宅を回って、お住まいの状況を聞き取り、必要なものはないかを聞いて回る。トラックに積んでいるものがあれば差し上げて、ないものは住居表にチェックする。子供のおもちゃ、CDラジカセ、下着、除湿機・・・いろんな商品がリストに並ぶ。そういう些細なものたちが、暮らしにどれだけの安心感を与えているのかなんて今まで当たり前にありすぎて考えたこともなかった。

夕方になって、遠野まで帰る時間になり、来た時に通った海岸沿いの大通りに出る。
工事車両用に応急で整備された交差点に差し掛かったとき、ふとトラックのカーナビが目に留まったんだ。
ナビの画面には、現在いる交差点の角にはモスバーガーがあることになっていた。コンビニがあって、ガソリンスタンドがあって、ファミレスと紳士服店が並んでいて、近くには駅があって病院があって、スーパーマーケットがあって。
この何にもない、だだっぴろい埋め立て地みたいな場所には、つい数ヶ月まえまで普通の暮らしがあったんだ。町があって、普通に人々が暮らしていたんだ。
何にもなくなってしまったその場所が、確かに町だった痕跡。
その画面を見て、僕は泣いてしまった。



それから幾度か陸前高田を訪れることになった。
この町が、あのカーナビで見たような普通の暮らしがある町に戻るまで、僕はこのことを忘れるわけにはいかないだろう、と強く思ったからだ。
そう言いながら、もう三年以上足を運べていない。
聞いた話では、あのだっぴろい埋め立て地みたいな場所はかさ上げ工事が終わり、最後に訪れたときに張り巡らされていた山からの土を運ぶ巨大なベルトコンベアも撤去されたのだそうだ。新市街地には、図書館を併設したショッピングモールと大きな広場ができ、海沿いにあった慰霊施設もそこへ移動したそうだけど、新市街地と呼ぶにはまだまだあまりにもだだっぴろいガランとした場所なのだそうだ。
またいつか訪れるとき、その場所がとても賑わっていて、人々の笑顔があふれているといいな。いや、賑わっていなくても、笑顔でなくても、ただ普通の暮らしがあるといいな。




Bridge Over Troubled Water / Aretha Franklin

荒れた川に架かる橋のように
私はこの身を横たえよう

ボランティアの帰路にはいつも、このアレサの声に励まされ、癒されていました。

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30Greatest Hits / Aretha Franklin







Appendix

Profile

golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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51NacLGHbDL.jpg Musical Romance 81Jiymj05iL__SL1417_.jpg Ramblin Bob Amazing Bud Powell 1 I'm Jimmy Reed 91nimun-gdL__SX425_.jpg The West Coast Sessions 51N428T8D2L.jpg 71Y7cZxniBL__SL1098_.jpg Ella & Louis Chicago Bound アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション+1 51RNkrRkrKL.jpg ベスト・オブ・バディ・ホリー 51Y1W0GNK4L.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 51r1Jn3KysL.jpg 418FMPHEH8L.jpg 41BMZZ4644L.jpg 91gRh3dMZCL__SL1500_.jpg 41D5N5A2NPL.jpg 71rf2SLpdpL__SL1000_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 41D7S4CZWBL.jpg 41+QbmWm7aL.jpg presandteddycover.jpg clyde mcphater VERY BEST OF Man & His Music A1DhxQZCjXL_SL1500_.jpg marvin-fellow.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg The_Rolling_Stones-1964-The_Rolling_Stones.jpg Beatles for Sale My Generation: Deluxe Edition 51AcnSJcHyL.jpg 51bNj+ULpSL.jpg 51DHQC61ZWL_SX425_.jpg 41o9XeUuZjL.jpg 20 G.H. Live in Europe tomt 51cKCqaKQxL__SY355_.jpg 81DCRuSH25L__SL1500_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg MI0002782768.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg soulman_original_alb.jpg 51FGtOkImKL_SX300_.jpg west_side_soul1.jpg Beggars Banquet エヴリ・ワン・オブ・アス+1 randynewman.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 71otoVzhCuL__SL1105_.jpg 413AMGT7SFL.jpg 51ds00OKe-L.jpg 616osu5m8iL_SX425_.jpg 305a1614.jpg 81pMwMtFveL__SL1345_.jpg 81f2DLVCzJL__SL1300_.jpg 51uOzyp+Z6L.jpg 71eG2rIxazL__SL1046_.jpg 51ZJJGM2ZZL.jpg Fire and Water 91nimun-gdL__SX425_.jpg th.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg Fragile 2018102520542977d.jpg littlefeat.jpg 715IJ+j9EuL__SL1131_.jpg Music Muswell Hillbillies 71ctdmsHsJL__SL1084_.jpg 71PD4tBKioL__SL1116_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg SantanaCaravanserai.jpg 61XXWX6tmCL.jpg 61NAZCOWDDL__SL1100_.jpg セイリン・シューズ(紙ジャケットCD) 71eNbpCI6UL__SL1077_.jpg 511-tyxVUpL.jpg 91gT9fqhZ3L_SX425_.jpg I'm Still in Love With You 414HP65MBKL.jpg 51X8dY66CsL.jpg 愛と自由を求めて 51RXYQ9OO3L.jpg Takin My Time Closing Time There Goes Rhymin Simon 明日に架ける橋(紙ジャケット仕様) ひこうき雲 GP Moondog Matinee 716rGZASCKL__SL1425_.jpg 41SSP93BHWL.jpg 51zJyUc+r6L.jpg 51jCzIh4qRL__SS280.jpg 61-8DQVxWjL__SL1050_.jpg 61dZdC6t62L__SY355_.jpg 71aWAFuF6BL__SL1050_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 51JbSP69QaL.jpg 渚にて 5197RcTXXnL.jpg 81A5c2hHeyL__SL1425_.jpg 81qgW6uhF1L__SL1500_.jpg Born to Run Nils Lofgren 61BdFFiXniL__SX425_.jpg スネイクス&ラダーズ(ベスト)(紙ジャケットCD) 20171026013241d1d.jpg ROCK 'N' ROLL 61ijQ7n04TL__SL1065_.jpg 31vqqUxOjnL.jpg 612tlGtI4sL_SX425_.jpg Malpractice c674c8d38b834d1a46f26cee2f0381b7.jpg 71f0CPCXaJL__SL1050_.jpg 71s7uOgUVBL__SL1092_.jpg 81-hcf-9GdL__SL1228_.jpg In Concert: Best of Pretender 3112T4QJV9L.jpg Equal Rights Songs in the Key of Life “1976” 6184mADL6LL.jpg Ronnie_Lane_-_One_For_The_Road_-_LP_RECORD-57899.jpg Brinsley_Schwarz_Surrender.jpg 51sDSqlWYbL.jpg マーキー・ムーン Ramones L.A.M.F. - The Lost Mixes Never Mind the Bollocks Here's the Sex Pistols マイ・エイム・イズ・トゥルー+1 New Boots & Panties 7139dYLoG8L__SL1050_.jpg 21EXZVPG4AL.jpg 51fnZ7zzuUL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg KinksSleepwalker.jpg 20181109142546dcf.jpg 4129-Q6sVHL.jpg 61NLoHBAYAL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg Black Woman Chaka Briefcase Full of Blues 616WAJF3SGL.jpg 91U+8UJ1+vL__SL1500_.jpg 80 51Cm3YGmDQL.jpg 51JKKZA9W4L_SX425_.jpg 518Vq58mgUL.jpg 41VQXG3BFML.jpg 1624540jpg.jpg 31V0AVW674L.jpg Long Run 71Y9bXH9D+L__SL1412_.jpg labour_of_lust_nick_lowe.jpg Into the Music London Calling マラッカ(紙ジャケット仕様) Rickie Lee Jones 81zR19Ga9VL__SL1079_.jpg 41cLeG0ZrFL.jpg The River Emotional Rescue THE ROOSTERS Woman and I...OLD FASHIONED LOVE SONGS(紙ジャケット仕様) RHAPSODY 41Tcvs70ZPL.jpg 51tRgx3mLgL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg Poet david lindley 91nimun-gdL__SX425_.jpg A00003808.jpg 800.jpg 51au3oRpDSL__SS280.jpg 51ELgR5V6tL.jpg Heart Beat 61rH90dDhtL__SL1050_.jpg 71gHPyBVGqL__SL1050_.jpg lookout.jpg milk_hi.jpg 女の泪はワザモンだ!!<デラックス・エディション>(紙ジャケット仕様) Pipes of Peace 51QeHiRUz8L.jpg JOAN20JETT202620THE20BLACKHEARTS20I20LOVE20ROCKN20ROLL.jpg 62805277.jpg 71WCRrbfr5L__SL1500_.jpg 51YJOxD55iL.jpg 51SSVnYVsJL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 812JxniX3jL__SL1500_.jpg 41o+TOhThhL__SL500_.jpg 嘉門雄三 51wXhNgjs4L__SS280.jpg 510RsGZt0KL.jpg 71fefvSZXFL__SL1076_.jpg 71sCe7ReLUL__SL1273_.jpg Innocent Man 91nimun-gdL__SX425_.jpg 51ipQpNEBPL.jpg 51b+kbtwmZL__SX355_.jpg Uh-Huh (Rpkg) Learning to Crawl North of a Miracle 510NH8D9RTL.jpg MI0003515862.jpg 2017102722040546a.jpg 61gyVhU1QCL.jpg Ocean Rain インナ・ビッグ・カントリー<30周年記念デラックス・エディション>(紙ジャケット仕様) LIGHTS OUT 41uaexamSNL.jpg 819qdTNLMxL__SL1500_.jpg 616vZDe-wFL_SX425_.jpg 51Nh3RjwObL.jpg 31219QDNA0L.jpg Live in Italy YELLOW BLOOD(紙ジャケット仕様) 0831oyamatakuji.jpg pj.jpg 98e7c281-3edb-4b58-b382-0fee520de343.jpg 51xUBB5IDXL.jpg 51W5vbzNSoL_SX425_.jpg This is the sea Southern Accents Centerfield Rose Of England Poor Boy Boogie 51KQnRGfZkL.jpg 61P1R84YZTL.jpg THE仲井戸麗市BOOK 81xvZZeDEqL__SL500_.jpg 71uNe1yRlOL_SX425_.jpg 41BiuimcyaL__SL500_.jpg 71mWhnbZlBL__SL1045_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 51Uv2AegNJL.jpg Lone Justice Shake You Down 71qx7rhRauL_SL1247_.jpg Talking With The Taxman About Poetry 71PrfBnIAlL__SL1417_.jpg 51JC0ZVZ2JL.jpg 41FRDVE5HHL.jpg 51MCNZnwnYL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 41kyWjIskxL.jpg kaminari.jpg 61pfESgIsfL.jpg 51161GGhY3L.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 81341iLwJBL__SL1500_.jpg TearsofaClown2.png 41G391YlKQL.jpg 41H2ZNKB5BL.jpg 20180314085724079.jpg RogerTroutmanUnlimited517753.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 71+LokGlumL_SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 51vj8mxfgpL_SX425_.jpg 61r6gn5Zw7L__SL1050_.jpg 81KoDrysvWL__SL1402_.jpg 81CONxXc05L__SL1425_.jpg MARVY Dream of Life 41P61852YRL.jpg First of a Million Kisses covers.jpg 51WXla6D4UL.jpg 51iMxsNHHpL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg MONKEY PATROL If I Should Fall From Grace With God Lou Reed NY アメリカ roy orbison mystery girl NZO.jpg tbirds.jpg ナポレオンフィッシュと泳ぐ日 浮世の夢 51lOB6A0QuL.jpg 31TRAKHBS3L.jpg 201710170003023bc.jpg 41HETTEDKEL.jpg 61WRTiXKDxL__SX425_.jpg 71XidOygo4L__SL500_.jpg 71VhTv2GwpL__SL1079_.jpg 61GF12GYFTL.jpg 41CX6E9PEDL.jpg 29b546020ea0dffa61f19110_L.jpg thEJUVZLEV.jpg 71sLT+3QzeL__SL1000_.jpg 51EXCEcq9XL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 51Cu2Y3de7L__SS280.jpg album-worldwide.jpg 416RTFVCTCL.jpg 愛があるから大丈夫 71-OO+VcMTL__SL1400_.jpg STICK OUT 91nimun-gdL__SX425_.jpg Through the Fire 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg album-four-chords-several-years-ago.jpg Mitakuye Oyasin Oyasin/All My Relations king-cake-front.jpg 81nBa9cn4ML__SX425_.jpg 71mdoTOXk2L__SL1084_.jpg 51zRUTKe5SL__SX425_.jpg 51AeVTRTGL.jpg 51uHHCgmeUL.jpg 201803020818585d9.jpg 20180302222942b4c.jpg New World Order Sound of the Summer Running 41PFEPPAEHL.jpg 615 61umgDYJ83L_SS500_SS280.jpg 20170806160213709.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg Home Girl Journey All That You Can't Leave Behind 91nimun-gdL__SX425_.jpg 31ARJGY84EL.jpg 31BGVPYMTKL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 日々のあわ 20171117081733097.jpg Soulbook 廻る命(DM008) 41mNSDBqy6L__SX355_.jpg Dance-With-My-Father-by-Luther-Vandross-J-Rrecords.jpg 81XonM-Wu4L__SX355_.jpg Okinawauta.jpg 41JYS3WjE6L.jpg 81DSuwZXaxL__SL1400_.jpg cover32.jpg 61gyVhU1QCL.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg 91nimun-gdL__SX425_.jpg yjimage.jpg Chuck-Berry-1.jpg image3-e1508841142364.jpg

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