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歌にならない木曜日 ~曜日と歌に関する一考察~

今日は木曜日、週の半ば、疲れが溜まる頃ですね。
金曜日になれば「あと1日っ!」って踏ん張れるんだけど、木曜日あたりはしんどさピークな感はあります。

さて、古今東西、量りしれないほどの歌が生まれては忘れ去られていくのですが、そんな星の数ほどある楽曲の中には、ある特定の曜日をタイトルにした歌がたくさんあります。

印象として一番多いと感じるのは土曜日でしょうか。
ベイ・シティ・ローラーズの“Saturday Night”やエルトン・ジョンの“土曜の夜は僕の生きがい” 、デイヴ・エドモンズの“Almost Saturday Night”、これはジョン・フォガティもカバーしてた。サム・クックの“Another Saturday Night、トム・ウェイツ“Heart Of Saturday Night”、シカゴ“Saturday In The Park”、ラフィン・ノーズの“Crazy Saturday Night”に山下達郎“土曜日の恋人”、浜田省吾“もうひとつの土曜日”“土曜の夜と日曜の朝” 、泉谷しげる“土曜の夜、君と帰る”、などなど、パッと思いつくだけでもいろんな曲があります。ジョン・トラボルタの“Saturday Night Fever”もあるな。

次いで多いのは、日曜日。
ハイロウズの“日曜日よりの使者”、ヴェルヴェット・アンダーグラウドの“Sunday Morning”、スモール・フェイセズの“Lazy Sunday Afternoon”、U2“Sunday Bloody Sunday”、はたまた石野真子の“日曜日はストレンジャー”に、田中星児の“ビューティフル・サンデー”(笑)。

月曜日も意外と多くて、ブームタウン・ラッツの“I Don't Like Monday”、ママス&パパスの“Monday,Monday”、カーペンターズの“Rainy Days and Mondays”、バングルスの“Manic Monday”。ブルースでは“Call It Stormy Monday”。デュラン・デュランにも“New Moon On Monday”なんてのもありました。

これが、火曜日になるとぐっと減るのですね。
ローリング・ストーンズの“Ruby Tuesday”は曜日というより女の子の愛称。デヴィッド・ボウイの“Love You Till Tuesday”、スティーヴィー・ワンダーの“Tuesday Heartbreak”くらいしか思いつかない。
水曜日も少なくて、有名なのはサイモン&ガーファンクルの“Wednesday Morning,3AM”、大瀧詠一の“雨のWednesday”くらいでしょうか。
個人的には後期ARBの“灰色の水曜日”っていう曲も大好きなんですが、あんまり知られてませんよね。
金曜日も意外と少なくて、思い浮かぶのはハウンド・ドッグ“嵐の金曜日”、ドリカムの“決戦は金曜日”くらい。スティーリー・ダンに“Black Friday”ってのがあったか。
♪きーんよーび、あしたはやーすーみ、っていうサビの歌があったけど、あれ何だったっけ。

まぁ、それはともかく。
一番思い浮かばないのが木曜日でして。
ほんっとに思いつかない。
皆無、といっても過言ではない。
少なくとも有名なヒット曲はない。


歌の中に曜日を織り込ませるのは、歌われている物語や感情により具体性を持たせるためのひとつの手法。
「今日は土曜日だぜ」と曜日を指定することで、パァーッと遊んでは嫌なことなんて忘れちゃえ!というメッセージがよりリアルになる。日曜日だからのんびりしようとか、月曜日は憂鬱だな、とか。
仕事や学校なんてめんどくさいよな、という感情を伝えるにあたって、「今日は月曜日」という舞台設定からひとつの物語に具体性が増す。聴き手はイメージしやすく、共感しやすくなる、ということ。
そう考えると、たくさん歌われている曜日ほど、その曜日による気分がはっきりしていると言えるのだろうし、平日の真ん中あたりは特別な感情を呼び起こすイメージに乏しいと言えるのだろう。

歌われる土曜日。
歌われない木曜日。
誰の人生にも、それぞれの曜日は均等に訪れる。
土曜日の数と同じだけ、木曜日を過ごすのなら、特別な土曜日のアドレナリンだけではなく、木曜日にある小さなため息や、小さな気づきや小さな幸せを歌いたくなるような生き方ができるといいな、と思うのだけど、現実的には木曜日はやっぱりちょっと疲れが溜まってヘトヘトだったりするのだ。

というわけで、ようやく見つけた木曜日の歌。


Thursday Morning / Giles,Giles and Fripp

ジャイルズ、ジャイルズ&フィリップなんて普段聴く音ではないのだけれど、英国的叙情と牧歌的な中のヒリヒリ感は後のキングクリムゾンでのいくつかの作品と同じ匂いがして、ちょっとけだるくでもひとふんばりしなきゃいけない木曜日の朝にちょうどいい。






音楽歳時記シーズン3「大寒」

1月20日、大寒。
真冬の一番底。
休日は冷たい湖の底で泥に潜って固まっているような気分で眠っていた。
犬や猫や熊のように毛皮を持たないヒトという生き物の基本設計は明らかに寒冷地仕様ではないのですよね。
冬にやる気が起きないのは当たり前だ、と自分の怠惰を人類の起源に押しつけておく。

よく冷えた夜に意識の底で鳴っている音楽は、氷のように冷たく尖った印象の音楽だ。
氷のようにクリスタルで、光の角度によって色を変えるような。

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Undercurrent / Bill Evans and Jim Hall

Undercurrentというのは、底流というような意味なんだそうで、例えば“have an undercurrent of tension”・・・目に見えない緊張感が漂った・・・みたいに使われる、日本語にはすんなり置き換わらない独特の表現だ。
言葉にならない意識下の感情だけど、無意識とも違う。言葉にするほどではないが、その意識の底流にある感情は、表情や仕草には現れてしまうレベルで気づこうとすれば気づくことができる。

ビル・エヴァンスとジム・ホールのこの演奏にUndercurrentというタイトルをつけたのは秀逸だと思う。
ピアノとギターだけによるセッション。
いずれもコード楽器でありメロディーも奏でリズムも刻む弦楽器であるピアノとギターは、下手すればぶつかりあってお互いの良さを相殺してしまうことがある難しい組み合わせだけど、マエストロふたりにかかれば当然そんなことは微塵も感じない。
ピアノとギター、それぞれが意識の底流にある気持ちを交換ながら、有機的に絡み合っていく、この心地よさ。

ジャズはほとんど聴かないんだけど、時々、ジャズじゃなきゃダメな気分のときもある。
ロックのビートがうるさいと感じるとき。ヴォーカリストの歌がどうにも邪魔なとき。
できるだけ具体的なことは考えたくない。
無意識の底の底の方へ意識を潜り込ませ、ただただその無意識の海の中へ意識を解放して泳がせたいとき。
水中を覗き込むみたいに自分の意識が海の底で漂っているのを眺めていたい、そういう気分のとき。
そういうとき、ビル・エヴァンスとジム・ホールの演奏はすんなりと心の形によくなじむ。



大寒を越えれば、少しずつ暖かくなる。
春の足音が近づいてくる。
それはそれで心地のよいもので待ち遠しくはあるのだけど、意識の穴蔵に閉じこもって底流を流れる音にただ身を委ねておくのも悪くない。

湖の底で泥に潜って、底流にある意識と戯れる、真冬の底。






25年

阪神淡路大震災から25年。

えっ、もう25年も経つのか?
っていうのが正直な感想。

当時僕は、京都市内で独り暮らししていて、今の勤め先で働きはじめたばかりだった。
大きな被害にあったわけではないけれど、それでもあの日の揺れは今でも昨日のことのように思い出せるくらいに体が覚えている。

ベッドで眠っていたら、突然下からドーンと突き上げるような衝撃を受けて飛び起きた。
えっ?なんだ?と思う間もなく、グラグラグラグラと部屋が揺すられるように揺れる。
あ、地震か、と理解して、そこからが長かった。
普段の地震なら収まるはずの6~7秒が経っても収まるどころか、ますますガタガタガタと揺れが激しくなる。
本棚から斜めに立て掛けていた文庫本が転げ落ち、カラーボックスに並べてあったCDやカセットテープがガチャガチャガチャと落ちはじめる。
なんだ、これ、やばいぞ、どーしたらいいんだ、と考えながら動けないでいるうちに、ようやく揺れは収まった。
30秒くらいは揺れた気がした。
こんな揺れはまったく初めてだった。
時計は5時46分。
あー、まだ明け方やん。
テレビをつける。京都、震度5。
電話が鳴って、受話器をとると実家の母。
「テレビで見たけど、京都、おっきい地震やったんちゃう?」
「まぁ、揺れたけどだいじょうぶや。」
愛想ない返事をして電話を切り、そそくさと転げ落ちた文庫本とCDとカセットテープをとりあえず適当に元に戻して、僕はもう一度ベッドにもぐりこんだ。

・・・まさか、そのときに、神戸であんな悲惨なことが起きていたなんて、想像すらしなかった。
神戸は情報すら寸断されて、地震が起きてからしばらくの間、神戸の被害の情報は流れてこなかったのだ。

その翌週の週末には、会社から派遣されてボランティアで、かろうじて繋がっていた青木の駅から住吉まで歩き、ぐしゃぐしゃに崩れたお店を片付けるお手伝いをした。
真ん中で折れたマンション、でこぼこになったアスファルト。
車はほとんど走っていない。
あっちこっちで道が寸断されていて走れないのだ。
途中、いくつも、ブルーシートを掛けられた家を見た。
一階部分がひしゃげてしまっている家もいくつもあった。
そこであの日の朝どんなことが起きていたのか、想像すれば胸が張り裂けそうになってしまうので、できるだけ何も考えないようにした。



25年っていうのは、それなりに長い時間だ。
僕が生まれた1967年の25年前といえば、1942年。戦争の真っ只中の時代。
僕の感覚的に言えば、1942年なんて歴史の世界だもの。
うちの娘が「震災から25年」なんていう報道に接するときの気分っていうのはそういう感覚なんだろう。
今、自分の中に生々しく残る25年前の感覚を思い起こしてみると、大人になってからの25年は短い。
だとすると、その当時、生々しい戦争体験が時代の共通認識としてまだまだ普通に残っていたんだろうな、なんて思ったりする。
時代はすっかり巡ったのだ。

人の記憶は風化する。
人は入れ替わり、生々しい傷の記憶はやがて遠ざかっていく。
だけど、地球からすれば25年なんて瞬きの一瞬でしかない。
生々しい記憶が薄れた頃を見計らって嘲笑うかのように、、、もちろん、実際に地球は見計らったり嘲笑ったりはせず、冷徹なまでに自然の法則に沿って物理的な移動を行うだけなのだけど、そう形容したくなるほど冷徹に、人の社会の記憶が薄れた頃に大きなエネルギーの放出を行ったりする。
或いは人の世でも、古い記憶が薄れた生々しい傷を持たない人ばかりになった頃に、威勢のいい好戦論がはびこったりする。
戦争を経験した生々しい記憶や、地震や台風の生々しい記憶を、社会共通の痛みとして保存しておけるメモリーバンクはないものかと思う。
政治家がそういう役割を果たさないのであれば、文学や音楽や映画の中でしかそういう記憶を残しておく手段はないのだろうか。



音楽を。

25年、四半世紀という関連から無理やりの、レッド・ツェッペリン“No Quarter”。



ドアを閉めて
明かりを消して
彼らは今夜帰ってこない
雪は激しく降る
君は知っているだろうか
風は冷たく吹いている
彼らは輝く真実の鋼をまとっている
彼らは伝えるべき知らせを運ぶ
彼らは慈悲などかけらも持たない


ツェッペリンのことはあまり詳しくはないけれど、歌の中に雪や風が出てくるこの歌は、こんな凍える夜にたまに聴きたくなる。
冷たい風に揺れる深い森のようなロバート・プラントの声、抑制的なジミー・ペイジのギターに重くざらついた手触りのリズム、つららのように凍てついた鍵盤の音。
重い感触だけれど、絶望的というよりはどこか暗示的だ。
“No Quarter”とは、無慈悲なという意味の成句なんだということを僕はこの歌で知った。

凍える冬に、無慈悲にも寸断された人生の痛みを少しでも想像して、そのことを噛みしめてみる。
そういう時間を紡ぐことが、時には必要だと思う。





私選 風呂場の鼻唄ベスト10

リンク:
勝手にシドバレット
“私選 風呂場の鼻唄 ベスト10”
https://ameblo.jp/katteni-sydbarrett/entry-12564512364.html

今年は暖冬傾向とはいいつつも、やっぱり夜はそこそこ冷えますね。

冬の夜の至福はあったかいお風呂。

このところまた仕事がたてこんでるだけに、夜遅くに帰宅して入るお風呂は、日々のリフレッシュのためにも必要なリラックス・タイム。
うぅぅぅぃぃ~、極楽ぅ~、、、
と、心も体も温まれば、ついつい鼻唄も口をつこう、ってなもの。
ご機嫌で鼻唄歌えば、また明日も元気に働ける、ってなものです。

そんなわけで(どんなわけだ?)、勝手にシドバレットさんの、めちゃくちゃおもしろい風呂唄ネタを拝借させていただいて、自分も「私選 風呂場の鼻唄ベスト10」を選んでみた次第です。

いやぁ、いつも自分が風呂場でどんな鼻唄歌ってるかなんて考えたこともなかったので、とても新鮮でした(笑)。

とりあえず一番に思いついたのは
① “My Girl”
テンプテーションズ


この歌はもうね、風呂場の鼻唄のために書かれたんじゃないかって思うくらい気持ちいいですね。
イントロのボボボッ、ボボボッっていうイントロから、ジャーンジャ ジャジャジャジャのギター、能天気なメロディーから輪唱的コーラスまでぜんぶ気持ちいい。

コーラスの気持ちいいオールディーズといえば
②“Be My Baby”
ロネッツ


この歌も、イントロから歌います(笑)。
ダン、ダダッ、ジャン、ダン、ダダッ、ジャン、タタタタタタタタタタタタタタタタ~♪
コーラスももちろん一人三役ですね。

と、どうやら、コーラスが気持ちいいオールディーズがどうやら風呂唄にお好みの様子。
ところがいかんせん困ってしまうのは、英語がテキトーなこと。
本人はちゃんと歌ってるつもりでも、かなりのレベルで失笑間違いない、そうなると気持ちのいいメロディーの洋楽ポップスを日本語でカバーしたものなんかがつい口をつくことになるわけです。

とりわけご機嫌なときにふっと出てきてしまうのが、なぜかこの歌。
③“恋のハッピー・デート”
石野真子


ノーランズのカバーですね。
1980年、中2だった。まだロックには目覚めておらず、ちょうど洋楽ポップスに興味を持ち初めた頃だったんだけど、石野真子のカバーのほうがすんなり耳に入ってきて。
これ書くためにyoutubeでノーランズの元歌も聴いてみたけど、全然歌が入ってこない(笑)、石野真子の圧勝です。訳詞を書いたのは森雪之丞。
“幸せすぎて涙がこぼれそうよ”って歌詞があるんだけど、なんなんだ、この絶頂のゆるい幸福感。
まさに風呂場の鼻唄にジャストフィットする。
まぁ湯船に浸かっているときっていうのは基本的に幸福で解放感あふれる時間なので、こういう能天気で解放的なのがやっぱりいいよね。

解放感のある鼻唄といえばこれ。
④“風を感じて”
浜田省吾


“自由に生きてく方法なんて100通りだってあるさ~”って、あきれるほど能天気でご機嫌な気分の鼻唄にぴったりなんだけど、この歌、なぜかカラオケで歌っても弾き語りしてみてもいまいちつまらなくって、風呂場の鼻唄が一番しっくり来る。
そもそも最初に聴いたのはカップヌードルのCM。
鼻唄でつい口ずさんでしまう歌って、テレビの影響が強いよね。

テレビで聴いた歌でめちゃくちゃインパクトが強くて、いまだに目と耳の残像がふと現れてしまうのが
⑤“愛の水中花”
松坂慶子


これはドラマの主題歌だった。ドラマそのものはまったく内容記憶にありませんが(笑)、ほぼランジェリーみたいな胸の谷間を露にした黒のタイツで歌う松坂慶子の姿は、思春期前のウブな少年にはかなりのインパクトがありました。「夜のヒットスタジオ」や「ザ・ベストテン」にもああいうスタイルで歌ってたから家族で観てて目のやり場に困った。
少年にとってあまりインパクトがあったせいか、風呂場みたいな弛んだ空間では、目と耳の残像が浮かびあがってくるのかもしれません(笑)。

テレビの主題歌といえば、もう少し幼い頃に戻って、小学校の道徳の時間に教室で観ていた教育番組のテーマ曲も、なぜかふと歌ってしまう鼻唄のひとつ。
⑥みんななかよし
東京放送児童合唱団


近いパターンでは“はたらくおじさん”や“できるかな”なんてのもありますが、今も昔もEテレのキャッチーさは天下無敵です。
「0655」のテーマ曲“朝が来た”(元歌はボブ・マーリーですね)や、「シャキーン」のテーマも鼻唄度が高いですが、やっぱり「おかあさんといっしょ」ソングが最強です。
娘が小さい頃、よく観てました。
うたのお兄さんお姉さんが歌うポップでキャッチーなメロディーの数々は、一度耳にすると離れません。

中でも最強なのはこれだな。
⑦にじのむこうに
杉田あきひろ、つのだりょうこ


元々は坂田おさむお兄さんの自作曲。
この人の作るメロディーはかなりかツボにはまるのです。
つい先日、朝から雨が降っていた日の午後、「あ、雨が止んだな」と思ったら♪あーめーがーあがあったよー、ってこの曲が浮かんで来て頭の中をぐるぐる回って離れなくなり仕事に支障をきたしてしまいました(笑)。
その日の夜、風呂場でしっかり歌いました。

テレビといえば、アニメの主題歌もよく出る風呂場ソング。
“あしたのジョー”や“ルパン三世”、“アタックNo.1”に“エースをねらえ”、“バビル二世”に“サイボーグ009”に“ラセーヌの星”、“キャンディー・キャンディー”、それからなんといってもカルピス世界名作劇場シリーズ、“ハイジ”、“母をたずねて三千里”、“フランダースの犬”“あらいぐまラスカル”、“ペリーヌ物語”。日曜日の夜は家族揃って必ず観てたシリーズです。
鼻唄として一番よく歌ってるのは、実はこれかも。
⑧誰よりも遠くへ
日下まろん


ちょっとカントリーやブルーグラスっぽい、元気が出る曲。
“トム・ソーヤーの冒険”のオープニングでした。
エンディングの“ぼくのミシシッピー”もいいんだよなぁ。

さて、ここまで8曲。
どうも、基本的に能天気でハッピーな曲のセレクトが多いな。
あと、妙にかわいい(笑)。
風呂場ってのは気分が解放されて、童心に還りやすいのかも知れません。

いや、そうばかりでもない。
たまにはしみじみと浸りたいような時もある。
渋い大人の男としての哀愁をひしひしと感じながら、背中で泣いてる男のロマン的に酔うのもたまにはいい。
そんなときには、演歌もいいんだけど、やっぱりブルース、いや、ブルース風歌謡だろう。
⑨コインランドリー・ブルース
柳ジョージ


一篇の映画を観るようなストーリー。
主人公に成りきって、むせび泣くように歌って哀しい大人の世界感に浸りきる。

類似には、桑名正博の“月のあかり”や上田正樹“悲しい色やね”があります。
或いは憂歌団の“嫌んなった”なんかもツボですね。関西人なんで。

さて、あと一曲。
鼻唄ってのはカラオケとは違って、きっちり歌うよりも、歌詞はテキトーでメロディーだけふんふふん、ってほうが楽しい。
そーゆー感じでついつい歌ってるのはこれだなぁ。

⑩北の国から
さだまさし





・・・とまぁ、そんなこんなの風呂唄10選。
結局、70年代後半~80年代前半、つまりは10代前半の頃に無意識のうちに刷り込まれた歌に寄ってしまうようですね。
しかも、普段ロックンロールだ、パンクだと言っているわりには、そーゆーのは一切出てこない。
清志郎も、佐野元春も、ARBもルースターズもスライダーズもブルーハーツも。
ストーンズは鼻唄で歌う感じじゃないにしても、フーもビートルズもロッド・スチュワート出てこないのね。

なんだろうか、やっぱり無意識で口をつくものは、まだ自我が形成される前に入ってきたもので、裏を返せば、ロックやソウルみたいなものは、自分ではすっかり頭の先から爪先まで染まっているつもりでも、後天的に学習して身につけたもので根っからのものではないんでしょうね。
普段の生活で服を着るように身につけたもの。
或いは、外でうまく食料を得るための道具。
外で敵に襲われないように武装するための手立て。

お風呂という、裸で無防備な場所では意識も無防備になる。
素の自分っていうのはこんな感じなんだなー、ってことと、やっぱり社会をちゃんと渡っていくためにもロックという服装や道具や武装が必要なんだよな、なんて風呂唄を通じて再認識したのでありました。





音楽歳時記シーズン3「小寒」

年が改まって最初の節季は小寒。
年の始まりには愛に溢れた音が聴きたいと思う。
穏やかで、心が温まる音。
ポジティブで前向きな歌。

スティーヴン・スティルスに“愛への讃歌”という邦題をつけられた曲があった。
分厚いコーラスやオルガンがどんどんと盛り上がっていく曲。
アレサ・フランクリンやアイズレー・ブラザーズをはじめ多くのアフリカ系ミュージシャンにもカヴァーされていた名曲だ。

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Stephen Stills / Stephen Stills

雪の中でギターを爪弾くスティルスのジャケットも冬っぽいこの一枚。
その一曲めが“愛への讃歌”だった。
原題は“Love The One You’re With”。
かき鳴らされるアコースティック・ギターとパーカッションが心地よいグルーヴを作り、そこにからんでくるオルガンの音色はたっぷりと熱を帯びている。

♪Love the one you're with~そばにいる人を愛しなさい、なんて歌う華やかなコーラスには、CS&Nの盟友デヴィッド・クロスビーとグレアム・ナッシュの他、ジョン・セバスチャンやリタ・クーリッジといったメンバーが参加していた。



Well there's a rose in the fisted glove
And the eagle flies with the dove
And if you can't be with the one you love
Honey, love the one you're with

握った拳の中で咲く薔薇
鳩といっしょに飛ぶ鷹
愛されないと嘆くなら
まずそばにいる人を愛しなさい
(Love The One You're With)


怒りや憎しみというのは、瞬間的には大きなエネルギーになる。
僕にしたって、怒りや憎しみを原動力にして乗り越えてきたことやぶち破ってきたことがいくつもあった。
ただ、そういう負のエネルギーっていうのは、エネルギーが大きすぎるが故に自分自身をも蝕んでしまうのですよね。
そもそもすべてが自分が正しいなんてことはないし、いつも何もかも自分の思うとおりになるわけじゃない。そんなことは冷静に考えれば当たり前なんだけど、自分が正しいんだと論理的に主張して意地を張れば張るほど、認められない不満がイライラになって、結局周りから敬遠されてしまうというのはよくあること。
うまくいく方法っていうのは、結局そういうんじゃなくって、一歩譲ってみる、相手の主張を認めてみることから始まる気がする。
愛してほしいという前に、愛されないと嘆く前に、まずは自分から愛してみようとすること。

そういう考え方って、押しつけられるとすごくうっとおしいけど、自然にそういう気持ちになれるとすごくいいね。



アルバムは、フォーキーなものから、ブルース、ゴスペルと多彩なスタイルを取り込んでいて、スティルスやナッシュの他、エリック・クラプトンやジミ・ヘンドリックス、リンゴ・スターやブッカー・T・ジョーンズも参加している。
スティーヴン・スティルスそのものは、ギターも巧いしマルチなんだけどどこか影が薄い。
でも、自分らしさをゴリゴリ主張するのではなく、周りの人たちを巻き込んでグルーヴを作っていくのがスティルスらしさなのかもしれない。
気分次第でやりたいことやって我が道を貫き通していくニール・ヤングもかっこいいと思うけど、最近はスティルスのようなやり方のほうがかっこいいと思うようになってきた。

Love the one you're with。

新しい一年の始まりの節季に。












進歩 ー人類の未来が明るい10の理由 ー

年が明けて2020年。
2020年という語感に近未来感を感じてしまうのは、80年代に接してきたいくつかのSF作品の影響だろうか。
例えば「ブレードランナー」で描かれていた2020年の世界では、環境破壊が進んだ結果、人類の多くは他の惑星へ移住。酸性雨が降りしきる地球では人造人間レプリカントたちが反乱を起こしていた。
例えば「AKIRA」では、第三次世界大戦の核爆弾で荒廃した東京が舞台になっていた。
いずれにしても昔のSF作品が描く近未来像ってネガティブなんですよね。
環境破壊、世界最終戦争、機械化社会の反乱、、、「ターミネーター」も確か2020年代の世界で、核戦争後に機械が人間を制圧するような話だったし。

実際の2020年はそれほどまでに深刻ではないにしろ、未来を見据えたときに、素直に薔薇色の未来像が描けるかというとそうではない。
アメリカと中国のパワーゲーム。アメリカとイランの緊張関係やペルシャ湾近辺の不安定さは日本の安全保障に大きな影響がある。
或いは人権弾圧やテロリズムや増殖する偏狭な国粋主義者たち。
プラスチックごみ問題をはじめとする環境問題。地球温暖化と異常気象。
人口爆発、食料危機、格差社会、貧困問題、超高齢化社会、超監視社会。
東南海地震、富士山噴火、原発問題だって結局解決しないまま先延ばしだし、新型インフルエンザのパンデミックの恐怖も消えたわけではない。オゾンホールはその後どうなった?マイ箸を使うくらいで森林破壊が止まったわけでもない。
未来に対する不安定要因は数えきれないほどあって、そういうひとつひとつのシリアスなニュースに接していると、とても明るい未来像など描くことができないのだ。

それでは、世界は本当に破滅寸前なんだろうか。
世界は日毎に悪くなっていってるのだろうか?
昔の方が人間は幸福で、人類は進歩しないほうがよかったのだろうか?



福島の原発事故のときに、「原発なんて即刻廃止、電気がなくなっても、明治時代の暮らしに戻ればいいだけのこと」と主張する人とちょっと論争になったことがあって。
僕とて原子力発電に諸手を挙げて賛成というわけではない。けど、電気がなくなれば、少なからず現代では救えている命が救えなくなる、労働はとてつもなく過酷になる。原子力という発電方法には人類が負いきれないリスクがあるのでこれに頼り続けるのはよろしくないけれど、電気を悪者にしてはいけない、と主張したのですが、その方はまったく聞き入れていただけませんでした。
現代を否定的に捉える裏返しで、過去の時代がユートピアに見える、ということはあり得ることだとは思う。
でも、本当に明治時代の暮らしは今よりよかったのか?
労働、衛生、社会的自由度、差別や格差。
僕にはどう考えても、現代より暮らし易いとは思えなかった。



そのときの僕の疑問を解消してくれたのが、お正月休みに読んでいたこの本でした。

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進歩 ー人類の未来が明るい10の理由 ー / ヨハン・ノルベリ

著者のヨハン・ノルベリさんはスウェーデンの歴史学者。
いろいろな視点からのエピソードを引用し、現代と過去をデータで比較して根拠を示している。

(食料)
・1600~1800年代、天候不順による不作はしばしば飢餓につながった。
機械や冷蔵保存、灌漑、化学肥料なしでは、作物の不作は常に起こりうる脅威で、通信や輸送がない世界では不作は飢餓に直結した。
・1800年代半ばの西欧での平均日量摂取カロリーは2000~2500kcalで、これは現代のアフリカ貧困地域以下の摂取量。
(衛生)
・コレラやチフス、ペストなど、安全な水へのアクセスがない時代、疫病の流行で人口が激減することが多々あった。
・1882年のニューヨークの住宅の下水道普及は約2%。
・殺菌された上水へアクセスできる世界人口は、1980年に52%、2015年には91%。
(期待寿命)
・食料事情と衛生状況の改善の結果、幼児や児童の死亡率が大きく低下した。
・医療と栄養の知識の進歩により、1800年代の期待寿命(生まれた子が平均何年生きられるか)は30才。1970年に50才、2010年には70才に伸びた。
(貧困)
・1800年代の最富裕国のアメリカ、イギリス、フランスでさえ、40~50%の人は現代でいう貧困状態で暮らしていた。
・1日1ドル未満で暮らす貧困世帯は、1850年に80%、2010年には10%。
(暴力)
・戦争と暴力はかつては人類の常態だった。競争し征服した相手を虐殺することは理にかなっていた。
・拷問や残酷な刑罰による見せしめ、生け贄もどこの集団でも行われていた。
・16世紀~17世紀にかけて、西欧列強国は75~100%の年に戦争を行っていた。
・第二次世界大戦以降、民主主義国同士の交戦は激減した。
・自由主義と経済相互依存の世界では、戦争は損失の方が大きい。
(環境)
・1960~70年代には増加の一方だった環境汚染は、技術革新により劇的に減っている。
・六大大気汚染物質の総排出量は、1980年~2014年で2/3に減少、酸性夏臨界負荷量を上回る地域は1980年の43%から2010年には7%に減少。
・貧困であれば目先の経済利益最優先になるが、世界中が豊かになることで環境配慮の技術導入が促進される。
(識字率)
・1820年の世界人口比での識字人口率は12%、2015年には86%。若年層だけなら95%近く。

自由や平等に関しても、奴隷制度や人種差別制度は撤廃され、男女ともに参政権があるのは当たり前になった。
まだまだ地域差はあるものの、個人が自由に発言して処罰されることも民主主義国ではほとんどなくなった。
性別、生まれ、職業、特定の病気で差別されることも、まだまだ因習として残っているとはいえ、いけないことである認識はこの20年近くでずいぶんと高まったという実感があります。

総じて、文明発祥の4000年前から西暦1800年くらいの期間にはなかった変革がこの200年の間に起き、それはトータルでは明らかに多くの人生を豊かなものにしていた。
この期間に起きた変革を延長していけるならば、人類は今起きている問題に対しても何らかの解決策を見出だすはずで、人類の未来は破滅的ではない、というのがこの本の論旨。

では、人類史上最大級の豊かさを享受しているにもかかわらず、なぜ人類は未来を悲観的に捉えるのか。
著者によれば、それは情報量の問題ということらしい。
前提として、生き物は本能的に危機情報の収集には敏感であることがある。
1000分の999の安全情報よりも1000分の1の危機情報を見落とすことが生命の維持に関わる問題になる。
その本能のせいか、平穏なニュースは誰も喜ばず、事故や悲惨な事件の報道の方がウケるので、メディアもそういう情報が頻繁に流すことになる。
そういう情報に囲まれると、人間は世界を悲観的に捉えてしまうということなのだろう。


まぁ、数字なんていうのはどの角度からどういうふうに切り取ってくるかなので、この本に書いてあることをそのまま鵜呑みにするわけではない。
物質的に恵まれたことと心の問題がどうリンクしているかにも言及がない。
ただ、人類はずっと、置かれた環境を少しでも改善しようとする生き物なのだということにはもっと信頼を置いていいのかも知れない、とこの本を読んで思ったのです。

新年の始まりだしね。
悲観的になるよりも、明るい未来をイメージしたいですね。




Can't Stop Loving You

新年おめでとうございます。
旧年中はたいへんお世話になりました。
今年もよろしくお願いいたします。

新しい年の始まりには、これまでの来しかたを振り返り、新しい年の抱負などを立てたりしつつ、心持ちを新たにしたいもの。

ではあるのですが。

三が日、これといってお正月らしいことも特にせず、だらだらと過ごしております。
初日の出も拝まず、初詣にも行かず、書き初めもせず、年賀状も書かず。
まぁ、毎年そんなもんです。
年が改まったからって何かがいきなり変わるわけでもない。
今さら身の程知らずの大きな野望を企てるでもなし、これまでにやらかしたミスもチャラになるわけでもなし。
これまで経験してきたことや得てきたものでやっていくしかないわけで。
新年だからって殊更新たな抱負を立てるより、普通に何気なく過ぎていく暮らしの中で感じられるシアワセを大切にしたいな。
だんだんと年を重ねてきていいなぁ、と思うのは、いい意味でこだわりがなくなってきたこと。
ああでなくっちゃ、こうでなくっちゃという縛りがどんどんほどけて、あるがままを受け入れるのが上手になってきた。
嫌いなものが少なくなって、小さなことにシアワセを感じることができるようになってきた。
そういうものを否定することで乗り越えてきたこともたくさんあるんだけど、今は受け入れた上でそれを乗り越えていきたいと思うのですよね。
なんて書くと抱負くさくなっちゃうからやめておこう(笑)。


お正月明け、最初の音楽。
明るく元気で、どこか新しい始まりに似合う音を。


Can't Stop Loving You / Van Halen

ハードロックやへヴィーメタルはほとんど聴かないけれど、ヴァン・ヘイレンは別格に好きで、特にサミー・ヘイガー在籍時のちゃんと真面目でかつポップな音は好き。
これ、95年だったっけ、ヒップホップっぽいのとオルタナっぽいのばっかりのヒットチャートの中で、80年代産業ロックっぽいテイストのわかりやすいポップさと明るさとパワフルさはすごいと素直に思った記憶があります。
「レイ、あんたの言ったとおりだったよ。愛することは止められない。」
っていうラストのフレーズもかっこいい。



ところで、ふと浮かんだ素朴な疑問。
抱負、ってなんで「負ける」なんていうマイナスっぽい漢字なんだろ。

調べてみました。

「負」は「負ける」じゃなくって
「負う」という意味なんですね。
心に抱き、負うもの。
なるほど、納得。



今年もこんな感じでうだうだ書いていくと思います。
おつきあいのほど、よろしくお願いします。




すべてはAlright(Ya,Baby)

夢を見るのは悪いことじゃない
コトを焦りすぎちゃだめさ
ちょっとだけ時の流れが
きみを焦らしてるだけさ



すべてはAlright / RCサクセション


さて、いよいよ今年も終わる。
平成31年/令和元年だったんですね。
ずっと前の話のような気がするな(笑)。

今年はどんな一年だったかと一言で言うと、、、
よく働いた!
少なくともこの10年で一番働いたね。

ずっと、うぬぼれて踊ってた。
組織の方針よりも自分が思ったこと。
組織のヒエラルキーよりも自分が感じたこと。
それは今も心構えとしてはそんなに変わらないんだけど。
組織からの期待と自分がやるべき思いが奇跡的に一致することがあったりもするもので、ずっとそうであるべきだろうと思っていた方向へこの1、2年でぐっと組織が寄ってきた、みたいな感じかな。

頭ごなしに笑われても
うぬぼれて踊ってりゃEのさ
突然の贈り物を
受け取るときがきっと来るさ


僕らの世代はまだまだ体育会系的腕力と瞬間に数字を引き上げる力で仕事してきた人間の方が多いんだけど、今の若い子達にはそーゆーのまるで通じない中で、非体育会系・本質草食系の自分の考え方の方が成功への正しいルート、みたいになってきてる感があります。
消費者本位、労働者目線、低成長堅実路線。時代の転換期。
いい風が吹きはじめている。
任される範囲が広く、責任が重くなる分、仕事は増える。量も増えるし質もよりレベルアップが求められる。
でもそれは信頼の証でもあるし、無理して自分をねじ曲げてやるんじゃないから、もちろん肉体的な疲労はあるにせよ精神的にはそこまで疲れないのです。
むしろやるべきことがたくさんあってワクワクするくらい。

そういう感じで迎える年末。
しんどいなりに充実したよい一年だった、とそう思えるのは良いことだ。

気分を出してその気になって
コトに立ち向かうしかないぜ
だいじょうぶさ うまくやるさ
すべては始まったばかりさ


まだまだこれから。
もうひとがんばりしなくちゃいけない。
でもだいじょうぶ。
それなりのキャリアは積んできた。
うまくやれるはずだ。


とまぁ、仕事の話しかしてませんが、家庭でも私生活でも、それなりに穏やかに満足に過ごせた一年でした。
満足度の高さは、欲求のハードルがどんどん低くなっている故でもあるのだけれど。
一度に多くを望まない。身の丈以上の高みは目指さない。人並み以上に楽しめることが1つ2つあれば、あとの8つ9つはどうでもいい。
そういうスタンスの方が幸せ度は上がるよね。

たくさんの方の、俺がんばってるよ、私はここにいるよ、おまえもがんばれよ、そういう報告に励まされ支えられ今の自分があると感じています。
皆さん、ありがとうございます。

来年も、半径数メートルや、自分の身近な人だけでも、少しでもシアワセを感じられる一年であればいいのにな、と思います。
まぁ、いろいろあるけど、すべてはAlright。
起きたことは全部、悪いことじゃない。
そんな感じで焦らず慌てず、ぼちぼちやれるといいですね。






仕事納まらず

仕事柄、年末は大晦日までみっちり仕事なのです。
自分の職種は後方部門なので基本的にお取引先の皆様はほぼ金曜日で仕事納め。
年末のご挨拶にぞろぞろとやってくるのを「まだまだ仕事なんでよいお年をなんてピンと来ませんわー。」などと言わなくてもいい余計な一言を添えて見送る。

最年末の仕事はほとんどが現場のヘルプだ。
配送だったり店舗だったりのお手伝い。
現場があって本部があるわけだから、繁忙期にヘルプに行くことには何の異論もない。自分が現場にいたときはやっぱりヘルプをアテにしてたし、来てもらう以上ちゃんと役にたってほしい。
それを立場が変わったらいきなり、めんどくさいだのこっちも忙しいんだぜとか言うようにはなりたくないとは思っています。いや、実際はめんどうなんだが(笑)、めんどうなものほど、ちゃんとテンション上げとかなくっちゃ臨めない。

先週はお店の応援でレジ打ち。
レジの仕事は息つく間もなく忙しいんだけど、わりと好きなのです。
なにしろ、次々とお客さんの応対をしているうちにあっという間に時間が過ぎること。
他の部署に応援に行って一番辛いのは、忙しいんだろうけど何をやっていいのかわからないとき。店からしたら「忙しいんやからいちいち指示してられへんし、何か見つけて要領よくやってくれや。」ってことなんだろうけど、勝手のわからないアウェイな環境でそうそううまくは動けない。結局高校生のバイトみたいな仕事を黙々とこなして、役に立ったんだかよくわからない状態でとぼとぼ帰るのはなんとも虚しいのです。
その点レジは、役割がはっきりしていていい。ちゃんとお手伝いして自分の役割を果たした感がはっきりしているのは、とても気分がいいものだ。

もうひとつレジが気に入っている理由は、お客さんの買い物動向が垣間見えること。そこからお客さんの暮らしが想像できること。
冬至の日にかぼちゃとゆずを買って帰る奥さん。
手作りケーキやデコレーションを買って帰る母娘。
大量のビールにふぐやかき、牛肉、白菜、春菊・・・親戚やなんかが集まって鍋パーティーでもするんだな。
レジを通しながら、そういう人々の暮らしに思いを寄せると、少し心が暖かくなる。
それぞれの人々にささやかな暮らしがあって、いろんな思いがあって、めんどくさいことや嫌な気分になることもあるけれどトータルとして世の中はいいもので、悪い人なんて一人もいない、と思えるのだ。

本当は世の中は、たくさんの愛で溢れている。
ただ、それは見つけようとしないと見つからない、探しにいかないと見つけられない。
でも、四つ葉のクローバーみたいに、ちょっと探せばきっとすぐに見つかる。

***

Cats are crying
gates are slamming
the wind is howling
'round the house tonight
I'm as lonely as a boat out on the sea
when the night is black and the tide is high.
Oh, on nights like these
I feel like falling to my knees
I feel like calling "Heaven please"
find my love
find my love

猫が鳴いてる
扉がガタガタ音をたてる
家の周り、風が吠えるように吹き荒れる
今夜
海の真ん中の船みたいにひとりぼっちで
夜は暗く、波は高い
こんな夜はひざまづいて
お祈りしたくなる
「あぁ、天国よ、どうか、
わたしの愛を見つけて」

(Find My Love / Fairgroung Attraction)



フェアグラウンド・アトラクションのファーストアルバムも、冬になると聴きたくなるレコードのひとつ。
アコースティック・ギターやウッド・ベースのやわらかで、道端に咲いた名もない花のように可憐なサウンド。トラディショナルな雰囲気とどこかジャズっぽさも交えたリラックスした演奏。

なぜだか今年の年末は、年末感が薄い。
節目として少し振り返っておこうという気持ちになかなかなれないのは、がんばりすぎなのかもしれない。
まぁ、いいや。
年が改まったところでやることは変わらない。
フェアグラウンド・アトラクションの音楽みたいに、ゆるくやわらかに、リラックスしてやっていくのが一番いい。
誰かの役に立ったり、誰かにお世話かけたりしながら、時折、四つ葉のクローバーを探すみたいに、世の中にたくさん溢れている愛を探したりして。

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Fairground Attraction / Fairground Attraction






音楽歳時記シーズン3「冬至」

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The Gift / Midge Ure

ミッジ・ユーロの“If I Was”は1985年にUKチャートでNo.1になったヒット曲。
当時好んで聴くのはギターがぎゃんぎゃん鳴っているハードなロックやパンク系の攻撃的な音一辺倒だったから、ミッジ・ユーロや彼が在籍していたウルトラヴォックスにはまるで興味もなかったし、彼が曲を書いた“Do They Know It's Christmas”みたいな、みんながんばりましょう的チャリティーなんて中指立ててfxxk you的に大嫌いだったんだけど(笑)、この曲だけはけっこう大好きだったんだよな、って、冬に似合うレコードを考えているときに突然30年ぶりくらいに思い出して。

スカスカな打ち込みのリズムと大仰で安っぽいシンセ、ただただ淡々とリズムを刻み続けるギターとベース。
でもそのシンプルさがすっごく心地よかった。
安っぽいけど温かみがあるんですよね。
冬の夜、きらびやかなクリスマスのイルミネーションや賑やかな酔っぱらいたちを横目に通りすぎながら、心の底には個人的に大切な思いをひっそりと抱いているような、そんなささやかだけどとてもかけがえのない温もりを感じたのです。
大騒ぎも悪くはないけど、こういう感じのほうが好きだな、と。



“If I Was”はこんな歌。

If I was a better man
Would fellow men take me to their hearts
僕がよりよい男だったら
仲間たちは心を開いてくれるだろうか

If I was a stronger man
Carrying the weight of popular demand
もし僕がより強い男だったら
たくさんの人に影響を与える人気者になれるだろうか

もし僕が賢い男だったら、
もし僕が優しい男だったら、
もし僕が兵士なら、
もし僕が絵描きなら、
もし僕が詩人なら、
もし僕が指導者なら、、、

簡単にいえば弱っちい男の弱々ソング。
「もし○○だったら」をいくつもいくつも夢想する歌。
大人になってしまった僕がもしもそんなふうに夢想ばっかりしている気弱な青年に出会ったとしたらきっとこう言うだろうと思う。
「そんなふうに夢想ばっかりしてたって何にも変わらない。それより何でもいいからやれることをやれよ。」
って。
でも。
それは大人になったから言えること。
それはひょっとしたらこういう夢想の中にある、「ある種の無防備な柔らかさ」を失ってしまったということなのかもしれない、と気づいて少しがっかりしてしまうのだ。

ある種の無防備な柔らかさ。
それを守りたい。守ってあげたい。
この歌のブリッジの展開のところに、そういうメッセージに聞こえる場所がある。

Come here my baby
Oh they can't touch you now
I'll keep you safe and warm
I'll never leave you at all

Come here my baby
Oh they won't touch you
Dishing up love for a hungry world
Tell me would that appease you
I want to please you again

あなたをあいつらに触れさせはしない。

世界は邪悪なもので溢れている。
邪悪な、というか、ピュアなものをピュアなままにしておくことを許さないような圧力のようなものが確かに存在する。
放っておけば、「ある種の柔らかさ」は無防備であるが故に、汚され、引き裂かれ、踏みつけられてしまう。
そんな力からあなたを守りたい。
そういう思いこそが愛なんだと思うとき、夢想だらけのこの歌が、強く、深く、温かく聴こえてきたのです。


12月22日、冬至。
例年より暖かいせいか、それとも忙しすぎるのか?
もうすぐクリスマス、あと一週間と少しで今年が終わる、という感じがどうもピンと来ない。
クリスマスの夜もきっと普通に仕事してそうだ。
まぁ、それもいいだろう。
クリスマスのチキンやケーキもいいけれど、冬至のかぼちゃや柚子の方がなんとなく心がほかほか温まる気がする。
短くなっていく一方だった日の光があたる時間がこの日を境に反転する、冬至は明るい兆しの始まりを象徴する日。
よりよい男でも強い男でもなくていい。
かけがえのない身近な人たちの「ある種の無防備な柔らかさ」が、邪悪な心に不用意に傷つけられないことを願いたいと思う。






Appendix

Profile

golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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